6弾・12話 禍との戦いと事実


  神奈瑞仁は海神町にある自宅の私室で寝ていた。瑞仁の部屋は五畳間で机と椅子とベッドと本棚、クローゼットに青いダンガリーの絨毯、机の下は通学用の紺色のデイパックやクラブ活動の時に使うエナメルのスポーツバッグが置かれていた。

「う〜ん」

 瑞仁は布団の中で唸ると、今日はデートの日だったからと起きてスマートフォンを手に取って、メールのアイコンを操作すると、受信メールの一つに安里からのメールが一通届いているのを確かめると中身を読んでみた。

『神奈くん、先に舟立海岸に行っています。お昼に落ちあいましょう。安里』

 そのメールを目に通した瑞仁は眠気が吹っ飛んで、まるで最後の対面を思わせるような安里の文書を読んで胸騒ぎを覚える。

「どういうことだよ、これ……」


 一方、舟立海岸では安里・炎寿・比美歌・法代・ブリーゼ・ジザイ・そして水妖精の技を鍛えた徹治、法代の祖母の毬藻が砂浜で揃い踏みしていた。マダム=テレーズの予言通りに舟立海岸に現れる〈禍を起こす者〉と立ち向かうために。

 四人の勇士と支援者たちは足元から走るような悪寒を察し、更にさっきまで白と薄い青になっていた空が次第に暗い青紫色に染まっていくのを目にした。

 すると空や海中から安里たちが携わってきた二本の触角を持つ影の怪物や鳥女、砂と土塊の人形や白い冷気をまとう女のような怪物が次々と出てきた。安里たち四人の時はそれぞれ一体ずつだったのに対し、今回は少なくとも数十体はいたのだ。

「ひぃっ、あの時と同じだ……」

 徹治が尻込みをし、炎寿が彼に活を入れる。

「今更何を言っている。お前は亡き父の水妖精の能力を鍛えてきたではないか。岸尾はあくまでわたしたちのサポートだ」

「いくよ、みんな!!」

 安里が比美歌と法代と炎寿に声をかけると、三人は頷いて首にかけているライトチャームに念を入れて、薄紫・純白・緑・真紅の光に包まれて、しかも強化態の姿で変身を遂げる。

「変身した……」

 徹治はアクアティックファイター姿の四人を見て目を丸くする。

「ぼやぼやしている場合ではないぞ。お主は我々を守るのじゃ」

 毬藻が徹治にそう指示した時だった。〈禍を起こす者〉の量産型の配下たちが徹治と毬藻とブリーゼとジザイの方へ向かってくる。徹治は亡き父から受け継いだ魚精の力を出して、水のドームを発生させて毬藻たちを外敵から守った。

「徹治さん、おばあちゃんたちを頼みました! ウィーディッシュ=エナジーバインド!!」

 法代が武器のフレイルを振るいながら土塊の敵に向けて、海藻型エネルギーの綱を出してきて敵を縛り上げて緑色の光の綱に縛られた土塊の敵が次々に砕けて砂塵になっていく。

「セイレーン=フォルテシモウェーブ!!」

 比美歌が武器のフルートステッキを振るって四分や八分などの音符型エネルギー弾を発して、鳥女の群れを次々に打ち消していくも、前の十体が倒されると次の十体が出てくる。比美歌はフルートステッキを横笛にすると聖なる音色を奏でて、鳥女の群れは聖なる音色に苦しめられて呻きだす。その隙に比美歌はフルートステッキをト音記号になぞって光の波動を出すセイレーン=クリアパッションを出して、比美歌の攻撃を受けた鳥女の群れは闇の粒子となって消滅していった。

「バイパー=フレイムピラー!!」

 炎寿が武器の剣と盾を出して、剣を振るって冷気の怪物たちに火柱を出して倒していく。炎寿の火柱を受けた冷気の怪物たちは赤い炎の中でどろどろと溶けていく。

「マーメイド=スプラッシュトルネード!!」

 安里は三又槍から黒い影の怪物に向けられた光を帯びた水竜巻を出していき敵を倒していく。光の水竜巻を受けた影の怪物の群れは黒い霧となって消えていくものの、また新たな群れが安里の襲いかかってくる。

「マーメイド=アクアウェッジ!!」

 安里が矛先から光を帯びた水の楔を三本出して影の怪物に向けられ放って霧散していく。

 量産型の敵が全て倒しつくされていくも、安里たちアクアティックファイターの体力も気力も消耗していった。

「だ、大丈夫かなぁ……。炎寿さんたち、あんなに疲れ切っている……」

 水のドームを張りながら徹治がアクアティックファイターの様子を見てジザイたちに尋ねてくる。その時、毬藻が邪悪な気配を感じ取り、闇色に染まった海と空の狭間から巨大な怪物が出現してきた。

「あ、あれが〈禍を起こす者〉なの!?」

 安里が海と空の狭間から現れた怪物を目にして呟く。

 その怪物は黒いずんぐりした体に青い眼が百もあり、触手のような腕が十本もあり、両脚は短くペンギンのようで、更に頭の頂に厚めの口唇が付いているという醜悪な姿であった。

「うええ、思っていたより気持ちが悪いな〜」

 法代が〈禍を起こす者〉を目にしてドン引きする。

「桁外れの禍々しさだな……。だが、わたしたちが後には引かない!」

 炎寿が胸を張る。

「友達や家族、ようやく手に入れた夢を守るためだものね」

 比美歌も立ち留まる。

「みんな、〈禍を起こす者〉をここで止めよう。世界中に禍が拡散しないように」

 安里が三人に声をかける。〈禍を起こす者〉は触手を伸ばしてくるも、炎寿が剣を振るって斬り落とすも斬られた所から新たな触手が出てくる。法代が海藻型エネルギーの盾、ウィーディッシュ=エナジーウォールで敵の出した眼光による青白い光線を防ぎ、比美歌が敵の攻撃を受けないようにと歌声と共にダス超音波・セイレーン=ビューティーサウンドを発して、敵が比美歌の超音波で体がけいれんして怯んでいると、安里が三又槍の矛先から光を帯びた水の直線攻撃・マーメイド=トリアイナスラストを出して〈禍を起こす者〉の眉間の一つを貫いた。

 しかし敵は直ぐに体を再生させ、安里の攻撃で貫かれた箇所が壁の穴がセメントで塗られたように塞がれる。法代が肩を落とす。

「そんなぁ……。全力を出しても効かないなんて……」

 その時、海岸にいる徹治が気づいた。

「そうか、奴はわざと大量の敵を送り込んだところで、炎寿さんたちの体力を削ってきたんだ! これは敵の計算なんだ!」

「何ですって!?」

「まさかあの醜い也であんなに知恵があったとは……」

 徹治の言葉を聞いてブリーゼと毬藻も予想していなかったことに口を出す。海では〈禍を起こす者〉が無数の眼を安里たちに向けてきて、四人はそのにらみで体が動かなくなってしまった。

「な、何だ!?」

「体が石のように動かないわ……」

 炎寿と比美歌が敵の技を受けて言う。

(光線を出してきたり、触手を伸ばしてきたり、自己再生もあって、その上雑兵をくり出させてわたしたちに倒させた後に攻めてくるなんて……。この強さは思ってもいなかった……)

 安里は三又槍を両手で持った状態で静止しており、〈禍を起こす者〉が触手を伸ばしてきて安里に巻きついてきて持ち上げて、頭の頂の口の中に放り込んだのだった。

「安里――!!」

 比美歌・法代・炎寿が敵に呑み込まれた安里を見て叫ぶが、これで体が動く訳ではなかった。またジザイたちも安里が敵に喰われたのを目にして、呆然としていたのだった。


 安里は暗闇の中にいた。深い海の中にいるようで、泳いでみようと思っても上手く泳げなかった。だけど暗くて深いのに、冷たさや怖さがなく、むしろ寂しくて物足りないような感覚であった。

 次第に目が暗さに慣れてくると、暗闇の中に一点の光が見えてきたのだ。

「あれは、何かしら?」

 動きづらいけど、両脚を人魚の尾ひれに変えて安里は泳いでみた。それは両手の中に収まるほどの白真珠のような光の玉であった。安里は思わず、その球を両手で触れてみた。

 すると安里の脳内に玉の持ち主の記憶らしき虚像が入ってきたのだ。

 澄みきった水辺、緑生い茂る大地、山々は大小並び、空は今よりも薄くて白と黄色と薄紅だった。山や大地の中には茅葺の家々が建てられ、それが村だとわかった。

 住民の男は髪を左右縦に結わえ、女は後ろで一括りか真後ろでお団子にしていた。服は木の繊維や獣の皮を着て、骨や色石で耳飾りや首飾りにして身につけていた。

 時代的に縄文時代だろう。人々は川や池で魚を獲り、森で木の実や茸や山菜を採り、鳥や獣を弓矢で射て捕まえていた。だけどもっと驚いたのは水辺には人魚、森には木の妖精ドリアード、空には翼や翅を持つ妖精が飛び、村には人間の幼子と同じ背丈の妖精が村人のために弓矢や小刀などの道具を作っていた。

「これは、どういうこと……!? ミスティシアに住む妖精が人間の世界にいたってことなの? それとも人間もミスティシアにいた、ってことなの?」

 ただわかるのは人間と妖精が共に暮らす時代があったということだ。だけど、その虚像は次の景色に変わる。

 人間と妖精が共に暮らす村で、大きな土地の蛮族の人間が現れた。家は焼き払われて赤々と燃え、蛮族は男を剣や斧や槍で殺し、女子供の妖精と人間は蛮族に捕らわれて子供は田畑の番などの奴隷、女は蛮族の男にひれ伏す立場になってしまった。

 村の家や倉は焼けて炭となり、屍が地面に横たわり、たまたま地下室に隠れていた妖精の娘が荒らされた村を目にして嘆いていた。

(かわいそうに。親兄弟や友達を蛮族に奪われて……)

 その生き残った妖精はどうしたのだろうか。と、その時妖精の娘は敵に滅ぼされた住民の怨念を吸って、青黒い気の力が妖精の娘の中に入り、彼女の姿が大きく醜く変化していき、今の安里たちが戦っている〈禍を起こす者〉の姿になったのだ。

〈禍を起こす者〉は蛮族の土地に現れ、蛮族は弓矢や剣で対抗するも歯が立たず、目から出る光線や触手による縛殺、口から出る影や鳥女や土塊の人形や冷気の女の怪物を出していき、蛮族の土地は燃え砕け壊れていった。しかし、その巻き添えで捕虜となっていた村の人間や妖精たちも死んでしまった。

〈禍を起こす者〉は無数の目から涙を流した。友も死なせてしまったことに。その時、人魚やセイレーンなどの妖精たちの長が〈禍を起こす者〉を見つけて、妖精たちの長は〈禍を起こす者〉を海と空の狭間に封印し、妖精たちも古代の地球を去って、地球各地にある異界への門をくぐって、空と海と緑と大地のある異世界の民になりミスティシアと名付けて、今に至るのであった。

「そうか。〈禍を起こす者〉は家族や友達を喪った妖精が蛮族に滅ぼされた人間と妖精の怨念を吸った負の塊だったのね……」

 安里は思った。この禍の怨念を助けないといけない、と。安里は首に下げているライトチャームとシュピーシェルを手に持って念じた。

(お願い、わたしの声を外にいる仲間や人々に伝えられるようにして!)

 安里の祈りが通じたのか、ライトチャームとシュピーシェルがまばゆく紫と銀の光を発して、舟立海岸の沖近くにいる比美歌・法代・炎寿のシュピーシェルが鳴って開いた。それだけでなく、浜辺にいる徹治のスマートフォン、毬藻のガラケーの画面、それから保波市の家にいる郁子や脇坂迅、海神町にいる瑞仁、瑞仁の兄・秀樹と恋人となった瑞仁の幼なじみの鈴村史絵、他の日本各地の住人や国外の住人のスマートフォンなどの通信機器にも伝わり、更に妖精世界ミスティシアのマリーノ王国の女王や安里の両親ムース伯爵とエトワール夫人と妹ラルーシェ、同年代の人魚スエーテや腰巾着、ローン族のクーレー一家、陸や空に住むミスティシアの妖精が持つ鏡や通信具にも届いたのだった。

「みんな……、聞いて下さい! わたしは〈禍を起こす者〉と戦っている真魚瀬安里といいます! わたしは〈禍を起こす者〉の中にいます! ですが、〈禍を起こす者〉は遠い昔、邪な輩に住処と親兄弟や友達を滅ぼされた哀しい者なんです! どうか救って下さい! 世界中の人たちの善良な心が必要なのです!」

 安里は二つの世界の住人に伝えた。しかしどっちの世界の住人も、最初や電波や念波のジャック犯の仕業だと疑ったが、その出所はなかった。

「ウソだろ……。真魚瀬がやべぇ存在と戦っていたなんて……」

 瑞仁はスマートフォンから聞こえる安里の声を聞いて呆然とする。画面はバスケットボールとコート場の待ち受け画像になっているが、間違いなく安里の声だった。それでも安里は続けて訴えてくる。

「信じてくれなくてもいいです! だけど、憐れな彼女を救ってあげたいんです!!」

 所変わって地球各地の海上・陸上自衛隊基地のモニター室では、山や森や地中や海や水辺から謎の生命反応をキャッチしたとオペレーターが上官たちに伝えてくる。

「モニターに映せ!」

 世界各地の自衛隊の最高官がオペレーターたちに指示を出す。それは何と、無数の妖精たちだった。大きいのや小さいのや、翅や翼を持つ者、鱗や獣耳がある者と多種多様だった。また舟立海岸の沖合から安里の両親や妹、クーレー一家や多くの水妖精たちが出現してきた。

「みんな、ルミエーラに想いを届けるんだ!!」

 ムース伯爵が他の水妖精たちに向かって叫び、水妖精たちは祈りの姿勢になり、また個体によって赤や白や青などのオーラが〈禍を起こす者〉の上空に集まっていく。

 続けて空にいる妖精、陸の妖精が祈りのオーラを出して、海の妖精が出したオーラがどんどん大きくなって巨大な虹の笠のようだった。

 それから人間たちも瑞仁、郁子、彼らの家族、比美歌の父や法代の両親と弟、桂子や睦実、深沢修や本多澄子に元木織音、学校の先生や他の同級生、そして世界中の人々が祈りのオーラを出してくる。

 虹色のオーラはとうとう〈禍を起こす者〉を包む大きさとなり、虹色のオーラに包まれた〈禍を起こす者〉は聖なる光が悪しき闇をかき消すように散り散りに消えていった。

「やった、のか……?」

 炎寿がこの様子を見て呟いた。