3弾・8話 ヨミガクレの真相


 文化祭が終わり比美歌がJポッププロデューサーの玉城五夢にスカウトされてから一週間が経った。安里と炎寿はいつものようにマンション近くのバス停で保波駅行きのバスに乗り、バスの中で郁子と合流したが比美歌はいなかった。

「歩ちゃん、今日はお父さんと一緒に学校に行くって」

 郁子からそのことを聞いた安里と炎寿は顔を見合わせる。

 比美歌の歌手プロデビューが決まったということは、比美歌が保波高校を転校することを意味していた。

 比美歌は玉城氏から歌手になるには芸能科のある学校でレッスンを受けて、また芸能活動をしながら通学するには芸能学校に通うのが手立てだと言われたからだ。比美歌は当然父とも話し合って県立の保波高校から東京の南東端にある錦石町(きんいしちょう)の浄美(きよみ)アートアカデミー高等部の声楽科に編入することになった。

 中学校からの付き合いである郁子や同じ学校の友人であり仲間妖精である安里と炎寿と学校が変わってしまうことには寂しくて仕方のないことだが、比美歌の歌手になる夢には替えられなかった。

「八ヶ月も同じ学校に通っていたとはいえ、比美歌ちゃんの夢が一歩叶った処だもんね……」

 安里はつぶやいた。安里が最初に人間界での初めての友人が比美歌なのだから。安里は最初のうちは比美歌も自分の出来の良さをひがむと思っていたが、そうではなかったことに気づいたのを思い出していた。

「わたしも歩ちゃんと一緒に通学できなくなるのは寂しいけれど、同じ町に住んでいるからそれはそれでいいかと」

 郁子も二人に言った。

「わたしが保波高校に転入してきたと思ったら次は比美歌が他の学校に転校するのは予想していなかったしな」

 炎寿も言った。嬉しいことには失うものもあるのだと実感したのだった。


 保波高校の校長室では比美歌が父と共に保波高校から浄美アートアカデミーに編入する届けを出して、転校手続きを済ませたところだった。校長の机には校長先生が座り、傍らには教頭先生、一年四組の担任である江口吉夫先生が立っていた。

「短い間でしたが、お世話になりました」

 比美歌の父が校長先生たちに頭を下げた。

「まぁ、娘さんにとっては諦めることの出来ないチャンスですから……。浄美アカデミーに行っても元気でいて下さいね」

 校長先生が比美歌親子に優しく言った。この後は校長室を出て、比美歌の父は校舎から出ると職場となるタクシー会社へ向かい、比美歌は江口先生と一緒に一年四組の教室へ向かっていった。丁度この時、江口先生の担当である現代国語の授業中で、他の生徒たちは自習していて少しばかり騒がしかったが、先生が来るとさっきまでうるさかったのが静かになった。比美歌は自分の席に座り、江口先生は教壇に立ってみんなに伝えてくる。

「みんな、まだ授業中とはいえ、報せなくてはならないことがある。今日限り宇多川比美歌がこの保波高校から転校して錦石町にある学校に編入することになった。寂しくなるかもしれんが、宇多川の決めたことだからな」

 それを聞いて一年四組の面々は軽くざわついた。安里と郁子以外の生徒たちはいきなり比美歌の転校で驚いたからだ。

 休み時間になると女子の殆どが比美歌の転校理由を尋ねたところ、比美歌は文化祭後の出来事を話したのだった。

「音楽プロデューサーの玉城五夢にスカウトされて芸能学校に転校!?」

「来年の春にプロデビュー!?」

「すごいじゃない、夢への道が一歩縮まったじゃない!」

 同じクラスの女子たちは比美歌の転校理由を聞いてはしゃぐ。

「うん……。そのために保波高校をやめることになって……」

 比美歌は女子たちにまごつきながらも答えた。その様子を安里と郁子が静かに見守っていた。


 ところ変わってヨミガクレの本拠地の地下洞。青い炎の行燈で照らされた四方の白い仕切には女王の影姿がかすかに映り、幹部のタケモリノイクサは仕切の前に立っていた。

「タケモリノイクサ、わらわは決めた。わらわは早いうちに地上に出て、地上を征圧する」

 仕切りの向こう側から女王の声がして、タケモリはそれを聞いて疑問に思って訊いてきた。

「じょ、女王様自らが行うのですか? もう私と女王様しかいないのですよ」

「タケモリ、わらわは自分でわらわたちの邪魔をしてきた異界の妖精たちを自分で見たいのじゃ。わらわたちは七千年前に人の手で創られ、今から千年前に別の人間によって命を吹き込まれ、そしてわらわたちを危険視した者たちによって三百年間、地底で生きる羽目になったのだ。

 そしてわらわたちは同胞を増やすために地上を侵略しようとした矢先に、アクアティックファイターと名乗る異界の妖精どもに何度も妨げられてきた。

 同じ人でない者とはいえ、妖精どもは人間の味方をし、わらわたちの仲間を滅してきた。それが気に障るのじゃ」

 女王自らの侵略の理由を聞いてタケモリは沈黙する。

(女王様は本気だ。ならば私も最後までついていく覚悟を背負わないと……)


「わたしがブリーゼさんとジザイさんと帰った後に、比美歌さんが音楽プロデューサーにスカウトされて、芸能学校に転校することになった……。おめでとうございます」

 比美歌の転校が決まった後の土曜日の昼、保波駅から二駅先の一河駅近くの大型スーパー内のタピオカドリンク店近くのフードコートで法代は比美歌から彼女の転校の話を聞いて祝福してあげた。フードコートはたこ焼き店やアイスクリーム店、ラーメン店などのいわゆるB級グルメ品の並ぶ店ばかりで、客人は幼い子供を連れた母親や地元の小中高生、買い物帰りの老婦人などと騒がしく、安里たちは壁付けの椅子と椅子が向かい合っている席に座っていた。安里たち四人のアクアティックファイターの他にも郁子も来ていた。

「うん。来年の春のCDデビューに向けて、歌とかのレッスン受けるには芸能学校に行くしかないから……」

 比美歌はストロベリーミルクのタピオカドリンクを飲みながら法代に言った。

「でも芸能界って人気を争う場所なんでしょ? 比美歌ちゃん、先に芸能界にいる人たちと上手くやれるのかな」

 安里が心配そうに比美歌に言った。もし比美歌が他の芸能人から人気や才覚をねたまれたなら、比美歌の芸能界デビューが無駄になってしまうのではないか、と。妖精界のマリーノ王国で出来の良さを同世代の妖精にひがまれていた頃の自分と同じように。

「まだ半年もあるから大丈夫だって。気づかってくれるだけでも嬉しいよ」

「そうだぞ。比美歌は内面が強いから」

 比美歌は安里に笑いながら言い、炎寿もフォローする。その後は五人で一河駅内の駅ビルの洋服店や雑貨店を見て回り、午後三時になると電車に乗って保波市に帰っていった。

 保波市に着くとバスに乗ってそれぞれの家の近くの停車場で下車し、比美歌と郁子は同じ磯貝三丁目で下車し、それぞれの家の近所で別れて帰っていった。

 三棟並ぶ三階建て団地の一角で比美歌の家で、比美歌は玄関ノブを回そうとしたところ、鍵がかかっていることに気づく。

(あ、そっか。お父さん、二時から出勤だったんだ)

 比美歌は水色のトートバッグから玄関の鍵がついたチェーンストラップを出して、ドアを開けた。家の中は静かで夕方のためうす暗かった。比美歌はキッチンに入ると、父の置いたメモを目に通す。

『洗濯物をしまって畳んで、今日の夕飯を作って下さい』

 比美歌はベランダの干された洗濯物を片づけて父と自分と風呂場と台所の物に分けて畳んで、リビングにはテレビとローテーブルと壁に備え付けのエアコン、大切なものを入れる小タンスの他、部屋の隅に小さな黒い仏壇があり、仏壇には比美歌によく似た顔立ちの女性の写真が飾られていた。比美歌は仏壇によって亡き母の遺影に手を合わせる。

「ただいま、お母さん」

 遺影の女性は比美歌の母で真美歌といい、妖精界ミスティシア生まれの歌妖精セイレーンでもあった。

「わたしが歌手デビューが決まったのって、お母さんが天国で導いてくれたからかもね」

 そう言うと比美歌は仏壇から立ち上がって台所に行ってエプロンを着て、野菜や回答した牛肉を出して刻んで鍋に入れて柔らかくなるまで煮込んだ。比美歌の好物であるビーフシチューを今日の夕食にすることにしたのだった。

 それから灰汁を取ってデミソースと料理用赤ワインを入れさらに煮込ませている間、比美歌は自分を呼ぶ声を耳、いや頭の中に入ってきたのを感じた。

『アクアティックファイターよ、わらわはヨミガクレの女王、暗闇治女(クラヤミノオサメ)。お前の住んでいる場所の近くに来い。クックック……』

 それを聞いて比美歌は背筋が凍るような感覚が走り、心が震える。流石に逃げる訳にはいかないと悟って、念のため貝殻型通信機シュピーシェルを出して、仲間たちに連絡を取った。

「あ、安里ちゃん? 比美歌だけれど……。さっきヨミガクレから呼び出しが来て……」

 すると自宅にいた安里が比美歌からの通信を受け取って返事に出る。シュピーシェルの上蓋の鏡には送信してきた仲間の顔が映し出される。

「ヨミガクレ!? それでどこに……。比美歌ちゃんの住んでいる所の近く? 暗くなっちゃったけど、わたしや炎寿も……」

『いや、全員で来たら相手の思うつぼになると思うの。わたし一人で行く。もしわたしにピンチが来たら助けに来て』

「比美歌ちゃん……」

 比美歌は安里に通信を伝えるのを切ると、コンロの火を消して家の廊下以外の電灯を消して玄関を閉めて団地を出たのだった。


 比美歌は団地に出ると隣の棟との間にある敷地に足を踏み入れた。比美歌の住んでいる団地には駐車場と駐輪場の他、一号棟と二号棟の間はブランコなどの遊具がある公園、二号棟と三号棟の間は団地の住民がバーベキューなどを開く広場で夜の今は無人地だった。

「ヨミガクレの女王、来たわよ。わたしはアクアティックファイターの宇多川比美歌。姿を見せなさい」

 比美歌は月と星が曇天で覆われている漆黒の中でヨミガクレの女王の名を呼んだ。その時、広場の真ん中まで来た時、比美歌の足元の地面が凹んで比美歌はその土の中に埋もれてしまった。

「あっ……!」

 比美歌は叫んだが、体は足元からズブズブと沈み、声を上げる間もなく上半身しか見えなくなった頃、偶然タクシー会社から帰ってきた比美歌の父がその場を目撃した。

「あっ、比美歌!!」

「おとう、さん……」

 比美歌の父は比美歌の手を掴もうとしたが、比美歌は地中に埋もれてしまった。

「そ、そんな……。比美歌が、いなくなるなんて……」

 その時、比美歌からの連絡を受けて安里と炎寿、法代が駆けつけてきて、彼女たちも比美歌が地中に飲み込まれるのを目にしたのだった。

「何てことだ。比美歌のことが気になって来てみれば……」

 炎寿が驚いて呟くと、安里が広場の真ん中でひざまづいている比美歌の父を見つける。空は闇に包まれていたが、団地の周囲には外灯がいくつか設置されていて、オレンジ色の灯りの下に照らされている地面の色がはっきりとしていた。安里はおそるおそる比美歌の父に声をかけてみた。

「あ、比美歌ちゃんのお父さん……」

「き、君たち……。比美歌が、比美歌が地面の中に沈んでいって……。でも、警察に言ったって信じてくれないだろう……」

 比美歌の父はパニックに陥っており、安里たちに伝えた。すると法代が比美歌の父の額に手を当てて、比美歌の父は静かになって気を失った。

「法代ちゃん、今のは……」

 安里と炎寿が法代が比美歌の父を静かにさせたのを目にして、法代が答える。

「ウィーディッシュ=エナジーウェーブです。おばあちゃんがウィーディッシュは戦闘時以外でも技が使えて、しかも相手の気持ちを沈ませられるって教えてくれたんです」

「ああ、そうだったな」

 炎寿は法代の祖母が海藻の妖精ウィーディッシュで、法代も祖母の妖精力を受け継いでいるのを思い出して、ウィーディッシュの補助効果にも納得する。

『アクアティックファイターよ、お前たちの仲間はこの地中内にいる。わらわはヨミガクレの女王、クラヤミノオサメ。仲間を返してほしくば、陣の中に入れ』

 安里たち三人の脳内にヨミガクレの女王の声が響いてきた。そして比美歌が飲み込まれた地面の上にヨミガクレの本拠地への入り口――幹部たちがヤドリマを出す時道具に貼る札と同じ五芒星の中心に目の紋章で、陣は赤黒く怪しい波動が漂っていた。

「行くよ、二人とも」

「ああ」

「比美歌さんを助けなきゃ」

 安里、炎寿、法代は陣の上に立ち、三人は呑みこまれるように地中の深部へと突入していった。


「う……」

 比美歌はヨミガクレの女王の呼びかけに応えて団地の広場に来た時、突如地面に呑み込まれて、気付いたら暗くてかすかに青白い灯かりがともされている地中の洞窟の中にいたことに知ると、横向けに倒れていた体を起こす。

「起きたか」

 険しい男の声がしたので顔を上げると、青い灯かりの中、古墳時代の武人のような男、タケモリノイクサが立っていた。

「あなたは……! ここはもしかしてヨミガクレの本拠地なの?」

「そうだ」

 比美歌の問いにタケモリは返答する。二人がいるすぐ前には四方を白い布の仕切りで囲まれて、周囲には青い行燈が立てられているのを目にした。仕切にはうっすらだが中の者の姿が映っていた。

「あなたがヨミガクレの女王……!?」

 比美歌が仕切の中の者に尋ねてくると、仕切りの向こうから地上で聞いた時と同じ女の声が響いてきた。今度は頭の中ではなく、直接耳に入ってきて。

「そうじゃ。わらわはヨミガクレの女王、クラヤミノオサメ。お前とは初めて対面するがな」

 比美歌は女王の声を聞いて、固唾をのむ。これから今まで以上の困難が出てきそうな気がして。

「心配するな。お前たちの仲間もすぐここに来る。流石に一人だけ捕らえておくのは堂々でない」

 すると比美歌の背後でドサッという音がして振り向くと、尻餅をついた三人の少女がいたのだ。

「安里ちゃん、炎寿ちゃん、法代ちゃん!!」

「比美歌ちゃん、無事でよかった!」

 安里が比美歌の様子を目にして安堵すると、炎寿と法代が仕切りを目にする。

「あそこか、怪しい気配がしたのは」

「この中にヨミガクレの女王が……」

 炎寿と法代も怪しい気配が身に伝わるのを感じて、じっとする。

「アクアティックファイターよ、初めて目にするな。わらわはヨミガクレの女王、クラヤミノオサメ。お前たちは異界の者とはいえ、わらわたちの地上侵略を阻んできた。だから、わらわとタケモリの手でお前たちを倒すことにした」

 クラヤミノオサメの言葉を聞いて、安里は返答する。

「わたしは確かにミスティシアの妖精だけれど、わたしは自分が住んでいたミスティシアの一角が海賊に支配された時、二人のお供と一緒に人間界へ逃げてそこで生活しながら海賊と戦ってきた。

 海賊との戦いが終わっても、わたしは人間界に留まって、ミスティシアでまた暮らすために人間界で学んでおくことにしたのよ。平和を脅かす輩と戦うのは勇士の役目だから」

「安里ちゃん……」

 比美歌が安里の戦う理由を聞いて微笑する。

「まぁ、そんなわたしもかつてはマリーノ王国を襲った海賊の一人だったが、アクアティックファイターとして目覚めてからは、罪滅ぼしとしてマリーノ王国に貢献したり、安里たちのサポートをすることになったがな」

 炎寿が進み出る。

「わたしだって、妖精の力が目覚めた時は正直戸惑っていたけど、悪者と戦うための力だってわかったけど」

 法代も立ちはだかる。

「フン。そんなのはただの言い訳や綺麗事にすぎない。我々付喪神が地上を侵略し、世界中の人の手で作られた物をヤドリマに変えて、人間を支配するのだからな」

 タケモリが「付喪神」と言ったのを聞いて、安里たちは思ってもいなかったように仰天した。

「付喪神? あなたたちが?」

「確か付喪神は何十年も形も保っていれば命を宿すってのは本で読んだけど……」

 安里がヨミガクレの正体の意外さを呟き、法代も自分が知っている情報を口にする。

「確かにわらわたちは付喪神だ。創られたのは七千年前、人間たちが縄文時代と呼んでいた時代に誕生し、豪族の墓の副葬品として地中に埋められた。

 それから数千年後に一人の人間の呪術師、いわゆる陰陽師が偶然わらわたちを見つけて、物に命を吹き込む術でわらわたちに命が宿った。

 だがわらわたちを気味悪がった他の陰陽師の手によって、わらわたちは渓谷の洞窟に封印され、今から三百年前に地震で封印が解かれたのをきっかけに人間どもに復讐しようとしたが、今度は天女によって妨げられて、その天女はわらわたちを封印しなかった代わりに『地中に留まれ』と戒めたのだ。

 最初は人間、次は天女に妨げられたと思ったら、次は異界の妖精たちがわらわの邪魔をしてきた。わらわたちはやめたかった! 暗い地中の中で過して生きるのは!」

 クラヤミノオサメは自分たちを封印したり妨げてきた者たちへの憎しみを吐き出した。安里たち四人はヨミガクレの地上侵略の理由を聞いて動揺するも、止めることを選んだ。ヨミガクレが地上に出たら世界に混沌と恐怖が訪れる、と。

「さぁ、妖精どもよ。我々を止めたかったら戦うことだな」

 タケモリが四人に向かって挑発してくる。

 安里は比美歌・法代・炎寿に言った。

「みんな、行くよ」

「ええ」

 三人も立ち上がり、ヨミガクレの女王と将軍との決着をつけるために戦う――。