千葉市にある民族博物館。ここは古代日本の遺産の展示場であり、土偶や埴輪、竪穴式住居や古墳の模型、原始時代から飛鳥弥生時代までの歴史物が記されている。夏休みの今は夏休み自由研究のため、小学校高学年や中学生のグループ、暇つぶしのために来ている親子、気晴らしにやって来ていた二、三十代の男女も来ていた。 安里と比美歌もここに来ており、安里は夏休みの研究レポートの作成のために、比美歌は安里の付き添いであった。博物館では時代ごとに展示品が異なっており、縄文時代なら竪穴式住居の模型は半分に割っており中には炉や獣の皮の敷物や縄文人のミニチュアで再現されていた。遺跡から発掘された縄文土器のレプリカはガラスケースに収められていた。 安里は古墳時代から飛鳥奈良時代の古代物についての説明をレポート用紙に書き写し、博物館の職員の許可ももらって、使い捨てカメラで古代物の展示品の写真を撮っていた。人間界に来てから安里は古代日本の産物に触れたことがなく、また夏休みの宿題として、古代日本の品物の数々を選んだのだった。資料が充分に集まると、安里と比美歌は博物館を出て、冷房が効いていた建物内から日差しと熱気のある場所に足を入れる。 「比美歌ちゃん、ここの場所を教えてくれてありがとう。おかげで完璧なレポートが作れるよ」 安里は比美歌に礼を言った。民族博物館の周囲は雑木林のある総合公園と様々な家の並ぶ住宅街。雑木林からミーンミーン、ジージーなどのセミの鳴き声が聞こえてくる。二人はバス停まで歩いていき、木の枝で日影になっている処で、バスが来るのを待った。 「比美歌ちゃんも自分の研究レポートがあるってのに、わたしに付き合ってくれて……」 「いいのよ。安里ちゃんのために昨日調べておいたから……」 比美歌は述べる。安里のために資料が揃っている博物館を父と共用で使っているパソコンで調べた。安里は民族博物館に来た時、古代日本の道具や建物の再現模型を眼にした瞬間、その形や用途に感心した。土偶はよく知られる遮光器土偶の他に顔がハートになっている土偶、埴輪も筒状の体に手足と顔をつけたシンプルな物の他、タケモリノイクサに似た武人型や騎馬型とあり、古墳も有名な前方後円墳、上円下方墳、円墳方墳とあって、これが古代の豪族の墓で、エジプトのピラミッドに当たる物だと知った。他にもヒスイやメノウを使った勾玉ネックレス、銅鏡、土器、銅鐸、矛もあった。 安里の故郷、ミスティシアにも古代妖精によって宮や墓として造られた遺跡もあって、それは種族によって彫りや装飾が異なっていた。 「人間も妖精も同じようなことをやってたんだね」 「うーん、古代物に限らず、神話や伝説も国や人種によって類似している場合があるからねー……」 安里の意見に比美歌が返事をする。マリーノ王国の学校では人間界学も勉強してきたため、ドレッダー海賊団に国を乗っ取られて人間界の日本国に移り住んだ時、安里は困ることはなかった、といってもマリーノ王国の人間界学の項目は人間界文字の読み書きや歴史、法律や道徳ぐらいなもので、細かい各国の伝承や成り立ちといったものは少なかった。 しばらくしてバスが走ってきて、安里と比美歌は整理券を取って乗り込む。バスの乗客は数人いて座席に座っており、窓の景色からは住宅地や団地、ガソリンスタンドや店舗のある町並みと変わっていく。 バスはやがて花見川駅に着いて、安里と比美歌と他の乗客は下車する。花見川駅はバスロータリーとタクシー乗り場、飲食店メインの駅ビルがある。安里と比美歌は花見川駅ビルの中に入って、アジア料理店で昼食を採ることにした。 アジア料理はビビッドカラーのリトグラフに板壁と床がダークオーク調で、カウンター席と二人がけの席に客人が座り、安里と比美歌は二人席に座る。 「ナシ……ゴレン? フォー=ガー? カオマンガイ……、トムヤムクン……」 安里はメニューのアジア料理の名前を読んで首をかしげる。 「ナシゴレンはインドネシアの炒めご飯で、フォー=ガーがベトナムの米粉麺でフォー=ガーはチキンヌードルになるの。カオマンガイはタイのチキンライスで、トムヤムクンはタイの代表スープよ」 比美歌がアジア料理の説明をすると、安里は「ああ、そうなんだ……」と返事をする。 安里はカオマンガイ、比美歌はフォー=ガーを注文をし、襟の立ったシャツと黒いエプロンの店員が料理を運んでくると、安里は初めてのアジア料理を目にする。カオマンガイは蒸したチキンとライスが乗っており、チキンに付けるソースとサラダもある。フォー=ガーは汁入り丼に白い半透明の麺とモヤシと鶏の胸肉がパクチーなどの香辛料と共に入っていた。 「思ってたより美味しい!」 安里はカオマンガイを一口食べて感想を言った。 「でもミスティシアでもエスニック料理みたいのはあるでしょ?」 比美歌が尋ねてくると、安里は記憶をたどり寄せて思い出す。 「……あったといえば、あったけど……。南にある大陸の……密林に住む……確か、ティシコイという妖精たちの主食に似ているかも」 「もしかしてミスティシアって安里ちゃんも知らない妖精が思ってたより、いるんじゃないの?」 比美歌に言われて、安里は思わず沈黙する。安里はマリーノ王国に住んでいた時は学校行事で陸地や空中都市に住む妖精との交流を受けていたことはあったが、それはマリーノ王国の近くの島や陸地、空中都市ぐらいで、実際は安里が見たり触れたりしたことのない妖精の方が多かった。 「ミスティシアに住む妖精の種族って、五十も超えているからねぇ。人間だって白人や黒人、ユダヤ人やロマ族、原住民だってアボリジナルやネイティブアメリカンとかたくさんいるし」 「それもそうだね」 妖精界も人間界も種族や宗教、国籍が多種多様なのは同じなのだと安里と比美歌は言い合った。 アジア料理店でのランチが終わると、二人は花見川駅に入り、京成電鉄で保波市に帰ることにした。白い車体の赤紫のラインの電車に乗り席に座り、窓の景色は花見川駅の町並みから橋の上を渡るJRの電車、高台の住宅街、何台ものの自動車が走る道路、クラブ活動を校庭で行う学校の景色が目に入る。 「ああ、そうだ。安里ちゃん、八月最後の日曜日の夜、出かけない?」 比美歌が訊いてきたので、安里は返してくる。 「その日の夜、何があるの?」 「うん。舟立海岸で花火大会があるからさ、見に行かない? 郁ちゃんや法代ちゃんも誘ってさぁ」 「花火大会ねぇ……。その時は郁子ちゃんも日本に帰ってきている頃だろうし」 郁子は比美歌のオーディションがあった日の二日後、家族旅行でシンガポールに行っていた。今は帰国する日で、飛行機に乗っている時だろう・ 安里と比美歌が民族博物館に行っている頃、『メゾン磯貝』の真魚瀬家ではブリーゼがエアコンのある居間で涼んでいると、玄関のインターホンが鳴った。 「はーい、どちら様?」 ブリーゼは変化自在法でカモメの姿から、人間の中年女性の真魚瀬潮に姿を変える。玄関の扉を開けると、涼しげな渋い色のワンピース姿の老女と二の腕まである長い黒髪の少女が立っていた。 「あら、根谷さんとこの……。法代ちゃんも来ていたのね。いらっしゃい」 「お邪魔します」 潮は老女と孫娘を中に入れて、更に台所に行ってグラスに氷入りの麦茶とゼリーを運んでいく。老女と孫娘は居間に座り、潮が差し出した麦茶を手に取る。 「暑い中、よく来てくれましたね、根谷さん」 潮は老女、根谷家の祖母に声をかけてくる。 「そんなに堅苦しく言わずに、気を緩くし、ブリーゼ」 根谷の祖母は潮の本当の名前を呼んだので、潮はかしこまる。 「同じミスティシアの出身者でも、あなたの方が先輩ですし、リーモアさん」 潮は根谷の祖母にミスティシアの名前を言ってきた。 根谷法代は海藻の妖精、ウィーディッシュの血を引くクォーターで、彼女の父方祖母の根谷毬藻(ねや・まりも)はミスティシア出身の純粋なウィーディッシュで、老女の姿は変化自在法による仮の姿で、一〇〇歳超えているとはいえ、本当の姿は若々しいのだ。 法代の父は人間とウィーディッシュのハーフだが、妖精としての能力は孫である法代に受け継がれた。法代もアクアティックファイターとして覚醒してからは、自分の祖母が妖精だったことには知らなかった。 「お宅のお嬢さんは今どちらへ?」 根谷毬藻が尋ねてくると、潮は答えた。 「アンフィリット様なら比美歌ちゃんと一緒に千葉市にある民族博物館で夏休みの宿題の資料を求めに……」 「民族博物館? 四年生の時の春の遠足に行った所だ」 それを聞いて法代が言った。 「そういえばアンフィリット嬢の友達の……比美歌って子も、妖精の血を引いているんだっけ。あの子は母親が……」 「セイレーンです。だけど、比美歌ちゃんが七歳の時に急病で亡くなって……」 毬藻の言葉に潮が答える。 「アンフィリット嬢も比美歌ちゃんもアクアティックファイターとして、進歩していっているんだってね。ついこの間は新しい技が発動したそうじゃないか」 「はい。比美歌ちゃんのオーディションの最中にヨミガクレのヤドリマが出て、その時に」 潮と毬藻の話を聞いていて、法代は羨みが湧いていた。 (いいなぁ、新しい技が使えるようになって。わたしも使えるようになりたい) ヤドリマが今すぐに出てきたりしない限り、それは無理というものであった。比美歌のオーディションがあった日からヨミガクレの情報や出現はなかったからだ。 地下数百メートル下にあるヨミガクレの本拠地。女王の間にハガネノモリタテが女王に申し出る。 「女王様、今度はわたしめに行かせてください。指定の日にヤドリマを出しておきたいのです」 「指定の日? それは何ぞや?」 女王が仕切り越しにモリタテに尋ねてきたので、モリタテは簡潔に答える。 「それは多くの人間の集まる時で、誰もが喜びに満ちる日でございます」 八月最後の日曜日。安里はお祭りの日と同じように浴衣を着て、『メゾン磯貝』を出発した。 「行ってきまーす」 家ではブリーゼとジザイが残り、安里は空が西日に向いて橙と紫に染まった保波町を歩きだした。そしてバス停に着くと、浴衣姿の比美歌と郁子と法代が待っていた。 「お〜、間に合ったねぇ。あと三分でバスが来るよ」 郁子がやって来た安里に声をかける。安里たちの他にもカップルや小学生の息子が居る父親などが三、四組いた。 それからして白地に青いラインの舟立海岸行きのバスがやって来て、安里や他の人たちが乗り込む。バスは低層ビル街、住宅街、商店のある町並みに入っていき、船立海岸に到着する。夏の今は海水浴などで来ている人々で満員になる時で、今夜は花火大会のため花火をより見られるように場所取りしている人も多かった。他にもたこ焼き屋チョコバナナなどの屋台もいくつかあった。 「うっわ。こんなにいるんじゃ、花火をよく見れないよ」 郁子が花火大会に来ている人たちの数を見て困る。 「数時間前から席を確保している人もいるようだし……。でも町中と違って空を見上げていれば……」 比美歌が郁子に言った。 「おっ、お前らも来ていたのか」 後ろから声をかけられて振り向くと、見覚えのある男子が四人、それから額だしショートヘアの女の子が立っていたのだ。 「あっ、か、神奈くん。それにバスケット部のみんな……」 安里は男子を見て返事をし、更にショートヘアの女の子、鈴村史絵も目にする。史絵は黒地に細かい花模様のワンピースを着ていて、男子もシャツやパンツなどのラフな服装である。 「す、鈴村さんも来ていたんだ……」 史絵は安里と比美歌を目にして呟く。 「ええ。保波市の舟立海岸で花火大会があるっていうから、保波高校に通っている瑞人にお願いしたの。結構見映えいいらしいのね」 史絵は舟立海岸の花火大会に来た理由を安里たちに語り、神奈くんの他にも来ていた大島くん・中島くん・小島くんが声を出す。 「本当はおれたち四人で行く予定だったんだけど、海神駅でたまたま瑞人の幼なじみと遭遇して、案内することになったんだよ」 「女の子の頼みは引き受けておかないと」 「おれたち屋台に行ってくっから、また落ち合おうな」 そう言って神奈くんたちは別の方向へ行ってしまった。 (神奈くん、史絵さんのお願いを引き受けるなんて、優しいな……。幼なじみだから?) 安里は思った。安里は住んでいたマリーノ王国では幼なじみと呼べる男の子も女の子いなかった。安里が飛び級で進級していく中で同世代の妖精たちからかけ離れていったのだから。安里は幼なじみの存在に憧れを感じた。 船立海岸に着いた夜、安里たちは屋台で焼きそばや冷えたジュース、フランクフルトやかき氷を買って花火の出番を待っていた。 ヒュルルル……という音がすると、一発目の花火が打ち上げられた。赤と黄色の花火がドォン、という音と同時に藍色の夜空に輝いた。 「うわぁ、すごい!!」 法代が花火を目にして叫んだ。続いて、青や緑や白の花火が次々に打ち上げられていき、船立海岸の夜空は正に色とりどりの花を咲かせていた。 次々に打ち上げれていく花火を目にして、安里は呟いた。 「フェルネ……」 安里が一度ミスティシアのマリーノ王国に戻ってドレッドハデスを倒した時、四人目のアクアティックファイターのフェルネは罪滅しの名義でマリーノ王国で再教育を受けて、安里の実両親であるムース伯爵とエトワール夫人と暮らしていた。 フェルネは炎蛇族と呼ばれる炎を使う妖精だが、悪の海賊でありながら卑怯を嫌い己の意志のために戦いを重んじていたのがきっかけで、アクアティックファイターとして覚醒した。 「安里ちゃん、何か言った?」 レモン味のかき氷を食べながら、郁子が尋ねてきたので、安里は口ごもった。 「え、ええっと……、花火がきれいだなー、って思ってて」 人間である郁子にフェルネ、いやアクアティックファイターやミスティシアのことを知られたらマズイと感じて安里は誤魔化した。 一方、船立海岸の花火会場から数キロ離れた船着場で、ハガネノモリタテは桟橋に立って、何そうか浮いている船の一台に一枚の呪符を貼りつけた。 「人の手により造られし物よ。今ここにヨミガクレの手により、ヤドリマとして生まれん」 小型クルーザーの甲板に呪符を貼り付け、クルーザーは怪しい灰色の光を出して、クルーザーはは海老のようなハサミと脚を出して、船頭に黄色の目が浮き出て、ヤドリマと化す。 「行ってこい、ヤドリマ。人間たちを襲い、地上を降伏させよ」 ハガネノモリタテはヤドリマの上に乗り、ヤドリマはモリタテを乗せて、花火大会のある方向へ向かっていった。 舟立海岸の会場から離れた岸辺では、花火職人の男たちが花火玉を筒に入れていた。 「よーし、これで終わりだ」 男の一人が花火玉のセットをすると、火を付けようとした職人がある音を聞いて点火を止める。 「ん? 何か聞こえないか。激しい波の音が」 「いやぁ、満潮までにはまだ時間があるぞ。もうすぐクライマックスなんだから」 仲間に言われて、音を聞いた職人は火を点けようとしたが、だんだの音が大きくなるのを耳にして、点火を止めた。 「おい、やっぱりおかしいぞ。波が低くて晴れの日にいきなり波音が大きくなるなんて!」 「幻聴か? 早くしないと見ている人たちが待ちくたびれるぞ……」 仲間の花火職人は海の方を目にした。何と、船の形をした怪物が自分たちの方に近づいてくるのを。 「なっ……、なんだありゃあ!?」 怪物は海岸の方に突進してきて、波が花火職人のいる位置にかかり、花火筒が倒されて職人たちにも水がかかる。 「ばっ、化け物だーっ!!」 花火職人たちは花火会場の方へ走り、怪物も会場のある方角へ向かっていった。 「みんなー! 大変だー! 化物が出たぞーっ!!」 花火職人が恐れにおののくのを走ってきたのを目にして、会場の人たちはざわつく。 「化け物? 何のことだ?」 会場の人たちは海の方を目にして、船の形をした怪物がこっちに向かってくるのを見て驚いた。 「ほっ、本当に化け物だーっ!!」 会場の人たちは男も女も子供もそろって逃げ出し、安里・比美歌・法代もヤドリマの気配をキャッチして、逃げゆく人々の流れを利用して、海の方へ走って駆けていった。首に提げているライトチャームを取り出して、祈りを込めて、アクアティックファイターに変身する。 「来たか、アクアティックファイターどもよ」 ヤドリマに乗っかっているモリタテが紫・白・緑の衣装をまとった安里たちを目にする。 「折角の思い出をヨミガクレに壊されるなんて、たまったもんじゃないわ!」 安里がモリタテに向かって叫ぶ。 「ふん、人間たちは我々ヨミガクレに従えばいいだけなのだ。この世界の住人でもない妖精が偉そうな口を叩くな。ヤドリマ!!」 モリタテがヤドリマに命令をして、体から生えているハサミを振り下ろして、安里たちに襲いかかってくる。安里・比美歌・法代は三方向に後退して、ヤドリマのチョップをよけて、ヤドリマのハサミが当たった砂場が丸く凹む。 「法代ちゃん、援護をお願い!」 「了解!」 安里の指示を聞いて、法代は手から緑色の海藻型エネルギーのウェーディッシュ=エナジーバインドを出して、ヤドリマの左手のハサミを巻きつけて拘束する。 ヤドリマの右方向を比美歌が音符型のエネルギー攻撃、セイレーン=ビューティーサウンドをぶつけて、ヤドリマを怯ませる。そして安里が真正面から両腕を上げて水のつぶてをぶつけるマーメイド=アクアスマッシュを放ってきた。比美歌と安里の攻撃がヤドリマに当たって光の粒子となって散る。 「くくく……。これぐらいでヤドリマを倒せると思っているのか?」 モリタテが嘲笑って、ヤドリマは自分の身体を後退させて海に潜り込む。 「うわっ!!」 ヤドリマを海藻のロープでつないでいた法代も体が大きく弧を描いて、海の中に放り込まれた。 「法代ちゃん!」 「しまった!」 安里と比美歌が海の引きずり込まれた法代を目にして叫ぶ。 その頃、舟立海岸に怪物が出たことで、海岸から離れた人々は、ざわついて急遽花火大会スタッフが呼び寄せたバスに乗って保波市に引き返すところだった。 「押さないで、落ち着いて!」 花火大会スタッフの人がバスに乗り込む人たちに指示を出す。 「あっ、しまった。携帯電話を落とした!」 人ごみの中、史絵や中島くんたちと共に避難でしていた神奈くんが叫んだ。 「ええ!? どうすんだよ!」 大島くんが神奈くんに言うと、神奈くんは踵を返して、海岸の方に走っていった。 「ちょっと瑞仁! 海岸は今、危ないのよ!」 史絵が止めたが、神奈くんは振り返らずに叫んだ。 「悪ぃけど、先に行ってくれ!」 史絵たちは神奈くんの背を見つめ、他の人たちに押されていった。 「法代ちゃん、今助けに行くから!」 安里が海に入ろうとした時、海岸と道路の境目の足場で、神奈くんが月灯りと電灯の光の下(もと)で、異様な光景を目にする。 「なんっ……だ、ありゃあ……」 船の形をした怪物が二人の女の子を相手に戦っているという、日常にはあるまじき光景であった。 「いや、そんなのを見ている場合じゃない。携帯電話……」 神奈くんは僅かな光を頼りにして、携帯電話を探し出す。すると、ベージュの砂に混じって夜空色(ミッドナイトブルー)の長方形の物を目にした。 「あ、あった!」 神奈くんはそっと砂浜に降りて、素早く携帯電話を拾って懐に入れた。 その時、海に入ろうとした安里は神奈くんがいるのを目にして、立ち止まる。 (えっ……、どうして神奈くんがここに!?) 安里は海に入るところで足を止め、神奈くんを見つめる。 「君は……!」 神奈くんはアクアティックファイター姿の安里を目にして沈黙する。 (神奈くんがよりによってこんな時に……) 比美歌が神奈くんを発見したが、何とかしてヤドリマを止めるのと法代を海から引き出すことに専念した。 海に落ちた法代は少しずつ沈むも、海底から出てきたある人物によって抱えられて、水面に上昇していった。 「ぷはぁっ、助かったぁ」 法代は目をこしらえて、自分を助けてくれた者を月光の下で確認する。 「あなたは……!」 |
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