カムサ星ティルシー市長でザイテック社長のジーモンはティルシーの貧民街の東区の地下に未開の鉱脈があると発見すると、東区の住民である人間を老若男女問わず強制労働させ、軍服と軍帽をまとった兵士たちが東区の住民に長銃(ライフル)の銃口を向けてきた。 「さぁ、さっさと掘るんだ!」 「撃たれたくなければ従え!」 男も女も老いも幼いもツルハシやシャベル、金属の楔とハンマーを持たされ、地面や道路を掘らされた。身寄りのない孤児たちを集めて北区や西南区の金持ちから食糧や金品を奪わせていたエーギルもシャベルを持たされて地面を掘らされていた。 「ああっ、遅かったか……」 「東区の人間を酷使させて鉱脈を掘り当てされているわ……」 ワンダリングスのドリッドとアジェンナは宇宙連合軍からの依頼によりエーギルに盗みを強要させられている子供たちを保護しにカムサ星に来たところ、エーギルからティルシー一の権力者のジーモンが東区の人間を労働させて鉱脈を掘らせようとしていると聞かされると、リブサーナとピリンをヒートリーグに頼んで街の外で待機させているグランタス艦長とブリックの元へ行かせている間は自分たちが東区の人間を避難させようとしたが、時すでに遅し。ジーモン市長は軍隊を呼び寄せて東区の人間を酷使させていたのだ。 「何て酷いことを……」 「艦長たちが来るまで俺たちが東区の住人を助けるんだ!」 アジェンナも迷っている暇はなく、隠し持っていた亜空保管カプセルを出して、中に収納されていた銀色の胸鎧と手甲とすね当て、携帯銃(ハンドライフル)のホルスターと本体、銃のエネルギーパックを出して装備する。 東区の住民の老人が地面を掘らされていると、腰を痛めて膝まづいたところ、見張りの兵士が老人を睨みつける。 「じいさん、ツルハシを持ち直せ! 撃たれたいのか!?」 「こ、この老いぼれに力仕事は……」 老人は腰を押さえながら兵士に言った。老人は歯は半分抜けており、腕も脚も震えていた。 「ふん。まぁ市長命令で動けなくなった者は射殺してもいいという許可が出ているしな。じいさん、今楽にしてやるぜ」 兵士が銃口を老人に向けた時だった。 バシュン! という弾丸以外の銃の爆ぜる音がして、兵士の目の前をかすった。 「だっ、誰だ!?」 兵士が振り向くと、赤銅色の昆虫型異星人(エイリアン)の男と長い紺青の髪の人間型(ヒューマン)異星人の女が携帯銃を兵士に向けて放ったのだ。 「おっ、お前らは何者だ!」 兵士が二人を見て尋ねてくると、男の方が言った。 「連合軍の依頼兵団ワンダリングスだ! ティルシー東区の人間の救助に来た!」 「老人に銃口を向けるとは兵士の風上にもおけないわね。あと少しもすれば連合軍が現れるわ」 兵士は〈連合軍〉と聞いて口を結び、携帯銃の発砲音を聞いた他の兵士たちが十数人現れる。 「おい、何があった!?」 「連合軍の依頼兵だ。東区の奴らの救助に来たらしい。誰かがジーモン市長の計画を知って連合軍に伝えたらしい」 「連合軍の犬どもめ! 連合軍が来る前にお前らを始末してやる!!」 兵士たちはドリッドとアジェンナに長銃の銃口を向けてくる。 「鉱物惑星の割にはアナログな銃を使っているのね」 アジェンナがカムサ星の兵士の銃を見て呟く。 「撃て!!」 老人を撃とうとした兵士が声を出したと同時に一斉に兵士たちが引鉄を引き、鉄や鉛を使った合金の弾丸がアジェンナとドリッドに向けられる。しかし彼らは戦闘経験豊富な雇われ戦兵であったため、弾丸を使った銃撃戦の対処はあった。 ドリッドとアジェンナは手甲で弾丸を防いだり携帯銃のエネルギー弾で弾丸を撃ち放って溶かし、防具でひしゃげた弾丸が地面に落ちた。 「くそっ。ならば力尽くで取り押さえろ!!」 銃弾を弾かれたのなら力尽くで捕らえることにしたカムサ星兵はアジェンナとドリッドに押し寄せてきた。 「そうはいくか」 ドリッドはカムサ星兵の攻撃を易々と交わしていき、鳩尾にパンチを入れたり手刀でうなじを叩いて次々に倒していく。 「このアマ、捕らえて労働酷使させてやる!」 七、八人のカムサ星兵がアジェンナの前に向かってくるが、アジェンナは相手の動きや隙を見て蹴りを入れてきたりアッパーを入れたりと兵士をバタバタと倒していった。 「う、ううう……」 カムサ星兵は殺されはしなかったものの、たった二人の連合軍の雇われ兵によって倒され呻いていた。 「じいさん、大丈夫か?」 ドリッドが殺されかけた老人に歩み寄る。 「わ、わしは大丈夫じゃ。だけども他にも動けない者や女子供もいて……」 老人はドリッドに立たせてもらい、古びた廃屋の中に入れられる。 「あと少ししたら、俺たちの仲間と連合軍の宇宙艇がここにやって来る。ここで待っていてくれ」 「わかった」 ドリッドとアジェンナは老人を残して、他の東区の住民の救助へ向かっていった。 他の東区の人間も老人も女子供も含めてツルハシやシャベルやハンマーを持たされて地下鉱脈の発掘をさせられていた。特に幼子のいる母親や体力のない小さい子にとって、発掘作業は重労働であった。 「もたもたするな! 撃たれたいのか!」 兵士の怒鳴り声で東区の住民は兵士の銃に撃たれたくないとアスファルトや地面を削っていく。エーギルと孤児たちも重たいスコップやハンマーを持たされて、穴を掘る。 「ああっ」 エーギルに仕えている少年の一人が掘った土をカゴの中に入れて運ぼうとした時、重みで足がぐらついて転んでしまう。ザァッと掘り出した土や砂、小石が兵士の足元にかかった。 「何をやっている、この愚図がっ!!」 兵士が少年に手をあげようとした時、エーギルが少年を庇った。 「ま、待ってくれ! ダムは昔から左足が弱いんだ! この子に土運びは無理だ!」 「何だと? 身寄りのないガキどもを集めて盗みをさせまくっていたくせに!!」 兵士は拳でエーギルの顔を殴りつけ、エーギルは後ろに倒れて鼻血を出す。 「エーギルさん……」 ダムがエーギルを見てうろたえる。 「クズはクズのまんまか。言うことが聞けないのなら、今ここで始末したほうがいいな」 兵士はダムとエーギルに銃口を向けて引鉄を引こうとしたその時だった。 「た、大変だ! 連合軍からの派遣者がここに来て、他の兵士たちを打ち倒していったぞ!」 別の場所にいた兵士が現れて報告にやってきた。 「何っ!?」 すると見慣れない非カムサ星人の異星人(エイリアン)が二人現れたのだった。 エーギルはドリッドを見て安堵する。 「やいやいやい、てめぇら! か弱き子供に手をあげるとはぁ、お天道様は赦してもこのドリッドが赦さねぇぜ!!」 カムサ星兵はドリッドの出現を見て引くも、気を取り直してドリッドに長銃の銃口を向ける。他の兵士も二〇人程駆けつけてきて、ドリッドとアジェンナを囲む。 「ふふふふふ、連合軍に送り出されてきたとはいえ、流石にこの数では太刀打ちできない」 兵士の一人がほくそ笑んだ時だった。 「うおおっ」 ドリッドとアジェンナを取り囲んでいた兵士たちが声を上げて、次々に倒れていったのだ。エーギルとダム少年を撃とうとした兵士だけは立ったままだった。 「な、何が起こったんだ……!?」 アジェンナとドリッドがよく見てみると、兵士たちの腕や脚や背中に先端が針になっている弾丸が刺さっていたのだ。 「これは麻酔弾……」 アジェンナとドリッドが周囲を見回すと、後ろの小高い廃墟の屋根の上に糖蜜色の髪の少女と銀髪の青年の人型異星人、そして赤と白と黒の機体のロボットが立っていたのだ。少女と青年はアジェンナとドリッドと同じ銀色の胸鎧と手甲とすね当てを身につけており、男の方は大型の連射式ライフルを持っていた。 「おお、ブリックとリブサーナとヒートリーグじゃねぇか!」 「グッドタイミングだわ!」 ドリッドとアジェンナは駆けつけてきた仲間を見て嬉々とする。 「待たせたな。兵士たちは眠らせただけだ」 「二人とも〜、待たせてごめんね〜」 ブリックが敵を殺さずに撃破したことを伝え、リブサーナはドリッドとアジェンナに詫びる。 「お、おのれ! まだ仲間がいたのか!」 一人だけになってしまった兵士がぐぬぬと唸って一歩退いたその時だった。 「これは一体どういうことだ?」 兵士が振り向くと、上空から黒いヘリコプターが降りてきて、中から大柄なスーツの男、ジーモン=ザイテックが現れる。 「し、市長! も、申し訳ありません! れ、れれ連合軍の派遣兵が現れて……」 兵士はジーモンを見て震えながら弁解する。ジーモンは荒んだ貧民街に似合わない高級な黒いスーツと革靴のまま降り立ち、場の状況を把握する。そしてアジェンナとリブサーナを見て呟いた。 「まさか昨日の宇宙ジャーナルの記者がお前たちの変装だったとはな……」 リブサーナはジーモンの冷たさと恐ろしさに引くが、アジェンナはキッと唇を結ぶと、ジーモンに言い返した。 「で、でもあんたの悪巧みはすでに連合軍に報告済みよ! エーギルよりもあんたの方が悪辣だわ!」 ジーモンは軽く鼻息を出すと、口を開いた。 「悪辣……ねぇ。だけど、貧しき罪人を罰するのも視聴の役目でねぇ」 そう言うとジーモンはつかつかとダム少年とエーギルの方へ歩み寄り、兵士から長銃をひったくると、ダム少年とエーギルに銃口を向けたのだ。 「ヒイイッ」 ダム少年は悲鳴を上げ、エーギルは声を上げずにダムを抱きしめた。 「な、何をしやがる!?」 ドリッドがジーモンの行動を見て叫んだ。 「おっと、今から動いたり声を出したりすると、この二人を撃つ!」 ジーモンはドリッドたちに脅しを入れ、リブサーナも声を出さないようにと手で口を押さえる。 (こ、この人本気だわ……。わたしや他の誰かが動いたり声を出したりなんかしたら……、エーギルさんとあの男の子は撃たれる……) リブサーナは目の当たりの状況を見て理解し、東区の人間もジーモンの脅しを見聞きして静止する。 「どうしても、って言うんなら、私の行いを白紙にすれば二人を生かしてやるがな。どうする?」 ジーモンはワンダリングスに条件を持ちかけてきた。ジーモンの悪事を消せば人質を解放すると。 (だが、あんなクズを赦さねぇ……) ドリッドは内心そう言おうとしたが、声を出せばエーギルとダム少年が殺されると察して歯を食いしばった。 だが、その時だった。 突然エーギルが立ち上がってダム少年を離し、ジーモンに飛びかかってきたのだ。 「きっ、貴様、何をする!」 エーギルはジーモンの長銃を持った手を押さえてジーモンを押し倒してきたのだ。 「貧乏人だからって、お前のような卑劣なマネには頭が来たんだ! 俺にだって誇りってもんがあるんだ!」 エーギルは両手で銃を持ったジーモンの手を押さえて、両膝でジーモンの腹の上に乗っかった。 「市長を離せ!」 兵士がエーギルを引き離そうとしたその時だった。ライフルの銃口が詰まった状態になっていたことに気づかず、ジーモンは引鉄を引いた。カチリという冷たい金属音の次にドウンと熱く爆ぜる音が鳴り、赤い爆風と炎が悪人でない犯罪者と犯罪者でない悪人を包み込んだのだった。 誰のものともわからない叫び声が成層圏を突き破るように響いた。 「それで、銃が暴発したんだね?」 あの出来事から三、四時間後にパイ星域の宇宙連合軍が来て、リブサーナたちワンダリングスはパイ星域連合軍将校の鳥型異星人から尋問を受けていた。リブサーナと将校は白と青の丸みを帯びた連合軍の宇宙艇の近くにいて、人型や獣型などの様々な連合軍の兵士たちがティルシー東区の住民の男や女子供、老人を次々に宇宙艇に乗せていった。連合軍の兵士は姿や言葉や生まれは異なるが、白と青の軍服を着ていた。 「もう、本当にあれは予想もしていなかったことでして、私たちは唖然としていて……」 ブリックが右手で前髪をかきあげながら説明する。アジェンナも貧血を起こしたように顔色が悪く、リブサーナは目を赤くはらしながら涙を流し、ドリッドは無表情、ヒートリーグは泣いているリブサーナをどうしていいかわからずオロオロしているばかりであった。 「折角エーギルが見つかったというのに……。あんな顛末じゃなぁ……」 ワンダリングスを尋問する将校が横目でタンカを運ぶ連合軍兵を横目で見る。タンカは二つあってすっぽりで布で全身を覆われていた。どちらも焼死体であるため、顔も体も隠されていたが、大柄な方の死体から靴をはいた足が出ていた。 「……まぁ、後で判明したことだが、ティルシーの市長は今回の件でなく、カムサ星以外の惑星で違法な取引や賄賂、脱税を行(おこな)っていて、遅かれ早かれ社会的制裁を受けるハメになってたんだ」 将校はジーモンについての詳細をワンダリングスに述べた。 「あの……」 リブサーナたちが振り向くと、胴体も腕も脚もか細く薄茶色のぼさぼさの髪に青白い肌に灰色の眼の少年が声をかけてきた。 「助けてくれて、ありがと……」 「ダムくん……」 ヒートリーグが少年の名を呟いた。 「エーギルはもういねぇけど、お前や他の子供たちはこれからだ。元気でな」 ドリッドはダムの頭を撫でると、ダムは人型の女性連合兵に連れられて連合軍の宇宙艇の中へ入っていった。 こうしてカムサ星ティルシー市の東区の住民はパイ星域の連合軍に保護されて養成施設で社会訓練を受けて、その後はカムサ星の各地で就学就職して生きていく。 連合軍がティルシー東区の住民を保護及びジーモン市長に呼ばれたカムサ星兵を現場から追い返し、また死者が二人出たため死体を回収してだいぶ時間が経った頃――。 連合軍の宇宙艇は全機退出し、空も赤みを帯びて西に日が沈み、鳥が鳴きながら山や雑林地区へ飛んで行く頃、空気はほのかに冷たさを出し、現場にいる六人の非カムサ星人と一体のロボットが立ち、夕日が彼らの影を長く伸ばしていた。 現場にいる六人の中で一番小柄で若葉色の巻き毛に薄い細翅を持つ幼女が、他の者に声をかける。 「死者が出るなんて思ってもいなかったんだ。今は……そっとしておいてやれ」 黄色い複眼と両眼を持つ黒い体の昆虫型異星人の老兵が幼女に言った。ドリッドは瓦礫の中の縦横比が丁寧なコンクリートの欠片を見つけて、更に持っているナイフでガリガリと何かを削り始めた。 「一体何をやってるんだろう?」 ヒートリーグが首を傾げる。 「もうすぐ夜になる。中に入ろう」 老兵が一同に声をかける。彼らの宇宙艇――薄青い機体に魚を思わせる形のウィッシューター号の搭乗ハッチが開いて、ドリッド以外の者は中へ入っていく。 彼らはウィッシューター号の中に入ると、シャワーを浴びたり着替えをしたりして、この日の汚れと疲れを洗浄した。 食堂でブリックが今日の夕食を作ってくれたが、ピリンとグランタス艦長を除く面々は食べる気が少なかった。今回の出来事があまりにも生々しすぎて空腹でも食べる気がなかった。 リブサーナとアジェンナは食堂を出て、重い足取りで自分の部屋へ帰って行く途中の廊下で、リブサーナはアジェンナに尋ねてきた。 「戦い、って……なんなんだろうね」 リブサーナの問いにアジェンナが返事をする。 「大切な場所や人を守るためにだったり、欲しいものを手に入れるためだったり、場所や個人によって違うから……」 「ティルシーの東区は戦場だったんだね……」 リブサーナが呟いてきたので、アジェンナはこう答える。 「同じ星でも一方では争いも暴動もない場所で、もう一方は平和も平穏も知らない、ってのはよくあることだから……」 リブサーナはそれを聞いて沈黙する。長いことホジョ星で家族と作物を作り、争いも暴動も味わうことなく生きていた一六年。ホジョ星以外の惑星では戦争や差別、その他多くの問題が起きていたことを知らず、のうのうと生きていた自分は何者なのだろうと改めて考えてしまった。 するとその時、ウィッシューター号のハッチが開く音がしたかと思うと、ドリッドが入ってきたのだ。 「ドリッド、あんた何やってたの?」 アジェンナがドリッドに尋ねてくる。 「ああ、ちょっとしたことが忘れられなくてよ……。ところで飯、まだ残っているか?」 「うん。ブリックに聞けばあると思うよ」 リブサーナがそう言ったので、ドリッドは食堂の方へ足を向けた。 それからして、ウィッシューター号はエンジンを起動し、明け方の白い空の彼方に向けてカムサ星を出発した。ウィッシューター号の後部から青白い放物線が放たれ、また任務も終わったため、再び宇宙空間の中へ突入していった。 ウィッシューター号が去っていった後のカムサ星ティルシー東区の小高い丘の上には長方形のコンクリートの破片にはいびつなカムサ星母語でこう刻まれていた。 『東区の孤児たちを集めて世話をし、またティルシーの市長の計画による強制労働で失敗した幼子を助け、非業の死を遂げた男、エーギルの行いをここに記す』 その後、ティルシー東区は完全封鎖の後、別の市が鉱脈開口で拓かれ、鉱物発掘地区となった。 そして誰かがコンクリートに記された言葉を白い大理石に写して記念碑として置かれたことはカムサ星で長く語られることとなる……。 |
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