3弾・幕間 ティリオは何処へ


 ウィッシューター号はアジェンナとリブサーナが帰還すると、フリズグランを出発し、瑠璃色のベースに赤や青や白などの星々を散りばめた星の海へ飛び込んでいった。

 宇宙空間から見てみたフリズグランは地上で見た海よりも青さが明るくなっており、陸地は白い雲とほころびの様に深緑の森林が現れていた。

「はーっ、全く寒いのはもう当分避けたいわよねー」

 ウィッシューター号に入って、ダウンコートとヒートインナーから薄紫のベストとスカートのツインウェアと黒いインナーシャツとガータータイツ姿のアジェンナがリブサーナに言った。

「うん。わたしも冬は苦手だよ。霜で作物が腐ったり、地面が凍って畑が耕しにくくなるし……」

 リブサーナは返答した。リブサーナもダウンコートやヒートインナーか麻や木綿を思わせる緑色のカットソーと白いキュロットと黒いスパッツの姿に着替えていた。二人が今いるのはコックピットで、現在はリブサーナとアジェンナが番をしていた。艦長は寒さにうたれたのを直すために自室で仮眠をとっており、ドリッドは戦闘訓練室で体力作りをしており、ブリックが今日の食事当番でキッチンでご飯を作っており、ピリンもお手伝いしていた。

 ウィッシューター号をはじめとする宇宙艇は一日二十四時間に設定されており、重力制御装置で地上と同じ活動ができ、室温も二十五度前後に設定されている。

 アジェンナはモニター画面にもなるコックピット窓を見つめながら席に座っており、リブサーナもアジェンナの隣の席に座って、フリズグランを離星する時にコゴエがくれた詩集、『煌めく白銀の星で』を読んでいた。

「あ、そうだ。アジェンナ、これよかったら読んで」

 リブサーナはアジェンナに詩集を渡した。

「ん、コゴエさんがリブサーナにあげた本? 手作りの詩集かぁ。どれどれ……」

 アジェンナはリブサーナが渡してくれた詩集を開いて、ペラペラとページをめくる。そして読んでいくうちにアジェンナの顔つきが変わっていった。

「え、何これ……。私がアンズィット星にいた時、ティリオから聞かせてもらった詩(うた)ばかり……。これってもしかして……」

 アジェンナはページを一気にめくり、詩集の末尾に書かれている後書きと同じページの写真を見てはっとなった。

「ティリオだ……。一緒に写っているピューマはシブだ……」

 アジェンナは本の末尾のコゴエとザムガルと一緒に写っているヒューマン型星人の青年と宇宙ピューマを見て呟いた。

(やっぱり『煌めく白銀の星で』を書いたのはティリオさんだったんだ。でも、この本はわたし達が来る随分前に……)

 リブサーナは直感した。ティリオはフリズグラン星に来ていた、と、だがコゴエ兄妹からはその後の行方は聞いていない。当のアジェンナはというと……。

「そっか……。ティリオはやっぱし吟遊詩人を続けていたんだ……。良かった……」

 本を握りしめてほくほく顔であった。

(良かった。アジェンナが回復する前にわたしがティリオさんの本を読んでおいて、アジェンナにすぐに伝えなかったのは正解だったな。

 もし伝えていたら……確実にフリズグラン星での戦いは負けていた)

 リブサーナは心の中ですまないと思いながらも、アジェンナの様子を見て安堵した後で、切り替えてアジェンナに尋ねた。

「アジェンナ、ワンダリングスに入ってからも、ティリオさんの情報は見つかっているの……?」

 たったひとりの男のため、故郷を飛び出して両親や姉妹や友人とも話なく別れ、星外では戦争や暴動は日常茶飯事の宇宙に入ってワンダリングスがフリーの兵団なのを理由に入団したアジェンナはティリオの事はどうやって調べているんだろう、とリブサーナは本気で思った。

「宇宙各地の情報誌や宇宙(スペース)電子網(ネット)、宇宙(スペース)音波(ラジオ)、それから連合軍部や宇宙市場(コスモマーケット)の口コミとかで……。

ラジオで時々だけどティリオの紹介があった時は録音ディスクに入れている。

 吟遊詩人もそうだけど、フリー兵団って根なし草だから何処で接するかわからないし。

 だから、ってアンズィット星で自軍の兵になったって、『また会える』って訳でもないし」

 アジェンナは操縦桿を持ちなおしながらつらつらと話す。リブサーナは一人になった日、頼れる知り合いも親戚もなく、都会に行くにも生まれ育ったエヴィニー村から二日半かかるため自分を助けてくれたワンダリングスに入団して安からかな家となる宇宙艇に見合った仕事や知識や技術も手に入れて今日まで生きてこれた。

「何? リブサーナはホジョ星に戻りたいの? それとも家族や友達の墓参り?」

「いや……もうわたしはホジョ星に戻りたい気持ちはあっても、またホジョ星で危険な目には遭いたくない。戻れなくてもいいから、安全に暮らしたい。

 リブサーナはアジェンナに自分の気持ちを伝えた。ホジョ星のエヴィニー村が懐かしいというホームシックになった事もあった。でも心は受け容れなくても頭では理解しきっている。家族や友人も帰る家はもうないし、地図にも載っていない場所だから。

「アジェンナ……の家族に一回でいいから会ってみたい。特にお姉さんと妹」

 リブサーナがそう言うと、アジェンナは軽く笑って返した。

「妹はアンズィット星の暦では十二歳で、リブサーナと近いよ。実際に会ってみてみれば、友達になれるかもね」


 アジェンナとリブサーナが操縦席の番をしている頃、艦長は自室のカウンター机に座り、タブレット端末を画面にしてキーボードパネルをつなげて、各星域の宇宙兵器商人の情報と商品の売買歴と前科を調べていた。艦長の自室はモノトーン調で、壁に様々な額縁の写真がいくつも飾られており、ドリッドをはじめとするワンダリングスの面々と一緒に写っている写真や連合軍や旅先の星で出会った様々な宇宙人と写っているのがたくさんあった。

 部屋の中は上半分が象牙色(アイボリー)、下半分が暗銅色(ダークブロンズ)というはっきりした明暗に、画面から白や青などの点滅がいくつも繰り返されていた。

(年の功というべきか、それとも伝説だと思われていたものが本当にあったものなのか……。宇宙での生活がこれから厳しくなるとは、誰も予想していなかったからなぁ……)

 グランタス艦長は端末を操作して、フリズグラン星のティロザリア族に自然エネルギー変換武器やフィアヘーレ二〇一四―SPを売りつけていた宇宙兵器商人の情報を探していた。

 グランタス艦長がインデス星にいて、まだ皇子で幼かった頃、インデス星に戦争を仕掛けてきた敵星軍がフィアヘーレ二〇一四―SPに似た移動砲台を持ってやって来たのを。その移動砲台は二連大型経口報に水陸両用で、上に人一人が乗れる操縦席があり、名前もよく似ていた。

(わしが子供の時に見た敵軍の移動砲台の名は、フレイアヘルム……番号は確か……一九八四……いや八五だったかな……)

 グランタス艦長は五〇年近く前の記憶を手繰り寄せていたが、何しろ遠い昔の出来事のため、はっきり思い出す事はできなかった。

 その時、机上の艦長の携帯端末がコール音を上げ、艦長は我を戻して携帯端末を手に取った。

『艦長、お食事の時間です。そろそろ起きて下さい』

 携帯端末の画面からブリックの姿が立体的に映し出されて、艦長は机上の端末の電源をスリープモードにし、自室を出て食堂に向かっていった。


 食事が終わると、リブサーナはブリックを手伝って食器の片付けと洗浄、ドリッドが操縦席の番となり、艦長は再び自室、ピリンはドリッドについていき、アジェンナは自室のベッドに寝転がる。

 ワンダリングス艦員(クルー)の自室は壁に備え付けられたクローゼットとカウンター机、出入り口の対となる壁に丸い窓があり、机の近くの椅子は背もたれつきの回転式である。

 アジェンナの部屋は宇宙市場(コスモマーケット)で買った組み立て式の本棚があり、その本棚にはアンティークドレスや宇宙各地の流行服の雑誌や切り抜きのスクラップ帳、宇宙音波(スペースラジオ)放送で録音したティリオ関連の音楽ディスク、それから詩集や景色などの写真集が収められており、他に壁にバラや水連を思わせるタペストリー、一度に写真が数枚も収められたフレーム、そしてラジオと録画録音ができるミックスエレキテルが設置されており、金色や星を思わせるクリスタルビーズの装飾がなされている古風調(アンティーク)であった。アジェンナはワンダリングスに入ってからも、部屋だけは故郷のアンズィット星の館にいた頃のと同じようにアレンジしている。

 アジェンナはリブサーナから貸してもらった『煌めく白銀の星で』読んで、ティリオといた十六歳の春祭りの事を思い出していた。

 ティリオはアジェンナ一家の館で宿泊し、昼間は詩を唄って町人に聞かせたりする他、アジェンナとその姉妹と一緒に近くの野原でのんびりと過ごした時もあった。妹のリールカは宇宙ピューマのシブの背に乗って、野原を駆け回っていた。

「思えば、ワンダリングスに入る前の一番楽しかった出来事といえば、あれなんだよなぁ……」

 アジェンナは成人し、次ぐ次に仲間も増えて、色々な宇宙人と戦ったり、仲良くなって来たのだった。流石に五年も経つと、家族がどうしているのか気になる事もあったけど、アンズィット星から大分離れると、その話は絡めなかった。

(私もそうだけど、ティリオもティリオなんだよなぁ……。一年中寒さに覆われている星の靴屋の息子で、一度は故郷に帰った事がある、って聞いた事なかったもんなぁ……)

 ティリオの星も辺境の星だったと思っていたが、エイスル星に革命などの異変が起きたならば、連合軍の広報や宇宙情報網(スペースネット)を伝ってアジェンナの耳にも入る筈だ。

(ティリオに万が一会えたとしても、私だとわかるだろうか?)

 アジェンナはロフトのベッドを降りて、宇宙の星々を窓から眺めた。

 ウィッシューター号は今宵も星の海を駆けていく――。