3弾・2話 惑星フリズグラン



 海には流氷が浮き、惑星の二十五%を覆う大地は氷雪に包まれた惑星、フリズグラン。

 ワンダリングスはクシー星域連合軍の依頼を受けて、フリズグランの戦争に参加したのだった。

 フリズグランの空は白濁の空で大地は霜に覆われて、植物は針葉樹と葉や茎の厚い草花ぐらいで、穀物はせいぜい寒さに強い豆、種子類、キノコとリンゴや柑橘類ぐらいが住民の植物性食糧であった。

 海は流氷が集まって分厚い氷の浮島と化したものがいくつも紺碧の海にあり、大きい流氷は島国一つ分もあった。

 その二つの島程の流氷でワンダリングスと手を組むことになった温厚種族、リンジール族と獰猛種族の戦争があった。

 リンジール族は黒いつぶらな瞳と灰茶に和紋模様の毛と平べったい手足と長いひげを持つアザラシやオットセイを思わせる種族で、どのリンジール族も海藻や水草の繊維でできた衣や靴や頭巾をまとい、巨大魚の骨で作った鎧や手甲や兜や銛や矛などの武器を装備していた。

 そしてワンダリングスもピリンを除く全員が各々の飾り石付きの銀色の鎧と手甲とすね当てだけでなく、ボア付きのダウンコートやヒートインナーやマフラーや手袋や耳あてといった寒冷対策をしていた。

「艦長さん、あいつらなかなか手強いですだ。新しい武器の準備でもしているんでしょうかね」

 リンジール族の戦闘部隊隊長がグランタス艦長に尋ねる。リンジール族もワンダリングスも真っ白な突き出た浮氷島の一部から様子を窺っていた。

 リンジール族は誰もかれも厚い脂肪のついた雪だるま型の体型で、戦える者は武装し、幼子や老人といった力なき者は陸地の村でひっそりと待機していた。

 リンジール族は原始的な石弓や斧槍といった武器を使っているのに対し、敵方のティロザリア族は海水や氷塊を銃弾や水銛に変える事のできる兵器を使用していた。

 ティロザリア族は宇宙では稀有な恐竜型エイリアンで、顔は鋭い目に大きな三角状の口、長い尾ひれにどんな場所にも適応できる体質を持っており、寒冷惑星出身のためか白っぽい体の色をしていた。

 ティロザリア族の戦士は彼らが主食とする猛獣や海獣の毛皮と骨でできた衣をまとい、中には宇宙行商人から買った防御服(ガードウェア)を着る者もおり、防御服は一見黒や赤や紫のつなぎに見えるが寒さや暑さや耐久性に優れていた。彼らの武器であるエネルギー物質変換機もシンプルな型の銃や剣の柄に見えるが、自然のエネルギーを物体に換える事で、海水や氷塊を銃弾や刃に変えているのだ。

「奴らのほうが泳ぎがうまく、どこから攻撃を仕掛けてくるかわからない。まさに時間との戦いだ、艦長さん」

 リンジール族の戦闘隊長がグランタス艦長に泣き言を言うかのようにティロザリア族の戦闘術を伝えた。

「ハッ!?」

 氷の浮島で伏せていたリブサーナが真下から透けて見えるティロザリアの兵士がエネルギー物質変換銃を向けているのを目にした。

 ズガキン! と鋭い音がして、リブサーナの足元に丸く孔が空いて煙を立てていた。リブサーナはその恐怖で腰を抜かした。

「サァーナ」

 毛皮やマフラーを身につけてまん丸く着膨れしたピリンがリブサーナに駆け寄った。

「サァーナ、しっかり」

「だ、大丈夫よ、ピリン……」

と、リブサーナがピリンに顔を向けると、近くにいたアジェンナが叫んだ。

「キャーッ」

 斜め下からティロザリアの戦士が水中から撃ってきたのだ。アジェンナの左肩から血が吹き出て、氷の上を赤く染めた。

「あ、アジェンナ!」

 リブサーナがこの状況を見て叫んでうろたえた。アジェンナは仰向けに倒れ、口から吐く息が白くついた。

「安心しろ。寒さのせいで出血は激しくない。だが、このままではまずい」

 長い銀髪に青い眼の人造人間(レプリカント)の青年、ブリックがアジェンナの傷を見て言った。レプリカンとは戦術や医学をはじめとするありとあらゆる知識と技術を持っている。

「このまま氷塊を動かして、陸へ運ぶんだ!」

 グランタス艦長がアジェンナの安否のため、戦いを離脱し、リンジール族の戦士が長い木の櫂で氷の浮島を近くの陸地へと移動させるために漕いで行った。

 その様子を見ていたティロザリア族は、沖にある氷塊を拠点に待機している戦闘隊長に小型の耐水性通信機で敵陣の様子を伝えた。

「隊長、奴ら逃げていきますぜ。後を追いましょうか?」

 アジェンナにケガを負わせたティロザリア族の戦士が隊長に尋ねる。

「いや、このままにしておけ。どうせ奴らは最低でも一日でも戦いに出ないだろうな」

 薄紫の体に細かい傷跡が体中にあるティロザリア族の戦闘隊長が言った。顔にはほうれい線や髭のあるためか老兵だと思われる。

「撤退しろ」

「はっ!」

 ティロザリア族は隊長の命令で隊長の乗った氷塊を水中から武器の棍棒や槍で漕ぎながら、自分達のアジトへ戻っていったのだった。


 ケガをしたアジェンナは仲間達やリンジール族の手助けで陸地に停めていたウィっシューター号まで運ばれ、ブリックによる治療を受けた。

 ウィッシューター号の医務室は出入り口から見て、左側が手術台や医療機器などがそろった手術室、右側が金属と透明パーツで出来た筒型カプセルが三つ並んでおり、その真ん中のカプセルの中には青い透明な液状治療エキスが満たされ、アジェンナはビキニ状の水中衣を着せられ、体中に生命パルスコード、口にはエキスが入らないようにするための呼吸マスクが装着されていた。

「幸い骨や筋には傷がつかなかったが、表面の傷が酷い。治るまでに二十四時間はかかるだろう」

 アジェンナが寝かされているカプセルを見つめながらブリックがアシスタントをしてくれたリブサーナに言った。宇宙艇の中は暖房がきいており、防寒着を脱ぎ普段着のチュニックシャツやズボンの姿でいられた。

「アジェンナは助かったからいいけど……、敵のティロザリア族の人達がウィっシューター号まで探ってこないかしら」

 リブサーナが不安げにブリックに尋ねる。

「それはない。ウィッシューター号には透明化機能が備えられている。ここが暗闇のない白夜の星とはいえ、奴らも眠って体力を温存する。恐竜型エイリアンがスタミナと精力がある奴らでも寝食はあるさ」

「恐竜型エイリアンねぇ……」

 リブサーナも恐竜型エイリアンを直で見たのは初めてだった。知的型生命体という人型生物が支配している星もあれば、恐竜のように野蛮で本能のみ活動する生き物が進化して恐竜型エイリアンになる星もあるのだ。


 アジェンナが治療カプセルで眠っているさ中、ウィッシューター号の司令室では艦長、ドリッド、リブサーナ、ピリン、ブリック、リンジール族の戦闘隊長ブルェル、若い戦士のピエール、射撃担当のザムガルが集まっていた。彼らは二メートルはあるドリッドよりも大きく、三人が宇宙船に入るのが精いっぱいだった。

 ブルェルは海藻や水草の繊維の衣の他、巨大海魚の骨や貝で出来た首飾りや腕輪を身につけており、ほかの二人も大海魚の骨や貝の装身具の他、ザムガルは琥珀を削ったゴーグルを身につけ、ピエールは白や黒の海鳥の羽根で出来た羽織をまとっていた。

「グランタス艦長、改めてよく来てくださいました。本来なら長老が挨拶をするのですが、老齢の身で動けぬため私が代りに挨拶を送ります」

 ブルェルは深々と頭を垂れて、グランタス艦長にフリズグラン星リンジール族の救済に来てくれたグランタス艦長に来訪の挨拶を述べる。

「いや、わしらも連合軍からの依頼が唐突だったもので、フリズグラン星に駆けつけるた時はリンジール族とティロザリア族の戦争が始まっていて驚いた。どう見たって、リンジール族が不利という事ぐらいしかわからなかったが」

 ワンダリングスがクシー星域の連合軍からフリズグラン星でのリンジール族救済の依頼を頼まれた今から数時間前、到着したのは一時間半前だった。ありったけの燃料を使って全速前進で迎い、更に寒冷地の装備も支度するのに時間がかかった。

「とこりょでさ、ティロジャリアのひとたちは、あんなぶきをもっていたの?」

 ピリンがブルェルに尋ねる。

「……いいえ。フリズグラン星は寒冷惑星で、狩猟や林業などの生活用具や生活方式の文明の発展はともかく、地上では最近では数十年前、兵器までは発展させてなかったと思います」

「つまり、わしらがフリズグラン星に来る前に進展兵器を入手した……と?」

 艦長がブルェルに尋ねる。

「ええ。ですがティロザリア族は戦力も知力も技術力も我々より上です。彼らは海底に居住区に築き、発展した科学技術や文明で海底で暮らしていたんです。

 我々リンジール族は海辺から近い陸地で狩猟や林業や工業で暮らしていたんですよ」

 ピエールがティロザリア族とリンジール族での住み分けや生活様式の違いをワンダリングスに教えた。

「どうして住み分けて暮らしていたっぽいのに、戦争を始めてしまったの?」

 リブサーナがリンジール族に尋ねた。

「ある生物の利権ですよ」

 ザムガルが言った。

「生物? 何のだよ」

 ドリッドがぶっきらぼうに尋ねるとブルェルが答える。


 リンジール族は穏やかな種族で、女子供老人だけでなく、他の弱い種族や生き物には優しかった。

 今から八年前、寒冷惑星に棲む生物、宇宙ピューマが密猟者や生物商人によって濫獲され、数が激減していった。宇宙ピューマの毛皮は高い衣服や敷物になり、牙や爪や骨は武器やアクセサリーや土産物になるからだ。

 宇宙各地の生物保護団体や連合軍は対密猟者特殊部隊や反濫獲団体を設立し、フリズグラン星ではリンジール族が宇宙ピューマ保護。繁殖協会に任命した。

 穏健派種族であるリンジール族は当然この任務に懸命になり、フリズグラン星の激減した宇宙ピューマを八倍に増やす事に成功したのだった。

 その話を聞いてワンダリングスのメンバーは沈黙した。

「こんな事が起きていたのかよ……」

「どこの惑星・どこの星域や時代でも保護対象の生物の利権問題はあがるものだな」

 ドリッドは宇宙ピューマをめぐる問題を聞いてうつむき、ブリックは半ば呆れるようにつぶやく。

「にんげんたちのかってのしぇいでうちゅーピューマがらんかくされりゅのって、ひどすぎるぉ!」

「そのために連合軍やリンジール族が保護活動をしているのではないか」

 ぷんすか怒るピリンに艦長が言う。

(宇宙ピューマかぁ。アジェンナが探している吟遊詩人のティリオって人も、宇宙ピューマを連れていたんだっけ)

 宇宙ピューマの話を聞いてリブサーナは思い出す。アジェンナから聞いたティリオが連れているピューマのシブもどこかの惑星から連れてきていてそれから共に旅をしている、と、いう事を聞いていた。

「しっかし、ティロザリア族は自分達のためにって宇宙ピューマを狙っているカンジでリンジール族にドンパチを仕掛けてきたって訳じゃなさそうだな」

 ドリッドが拳にした手を掌で受け止めながら言った。

「それって……、誰かにたのまれた、ってことだぉね?」

 ピリンがドリッドの発言に首をかしげる。

「宇宙ピューマの毛皮や爪を狙っている金持ちの宇宙人(エイリアン)が宇宙ピューマをティロザリア族に捕えさせて、捕えた宇宙ピューマを宇宙各地の金持ちに売るっていう寸法で漁夫の利的な者か……」

 グランタス艦長も腕を組みながらティロザリア族にリンジール族を襲わせた誰かを思い浮かべる。

「そういえば、もうすぐ一七時……太陽のある惑星なら夕暮れになるっていうのに、空が明白……」

 リブサーナが司令室のコクピット窓から見えるリンジール族領の雪原と空を見て呟いた。

「そうですね。フリズグラン星をはじめとする寒冷惑星は冷気による影響で暗くなる事はありませんから」

 ピエールがリブサーナにフリズグラン星の白夜を説明する。

「しかし、雪原で待機するのもなんでしょうから、我々の村へ来ませんか? 村に残った者が鎧毛深鹿を捕えたんで、助けに来てくれたお礼ともてなしをしますよ」

 ブルェルが艦長達に自分達の村へ勧誘した。

「え、でもアジェンナが……」

「いや、行ってこい。わしは寒さに当たるのは嫌だから、ウィッシューター号で待っている」

「アジェンナは私に任せて、もてなしに行くがよい。遠慮はいらんぞ」

 艦長とブリックがリブサーナに促した。

「では行きましょう、亀ぞりに乗って」


 リブサーナ・ピリン・ドリッドはリンジール族の乗る亀ぞりに乗ってリンジール族の村へと走っていった。大地は雪と霜に覆われ、空も明るい灰色に明滅し、丈夫な氷柱樫(つららがし)で出来た大きなそりに大きな亀、ダイヤモンドタートルがそりを引いていた。ダイヤモンドタートルは高さ二メートル全長五メートルもある大きな亀で、甲羅は半透明白、体は青白く、目が赤い亀である。亀は動きがのろいという考えが強いと思われがちであるが水中や柔らかい大地なら速く動けるのだ。

 リブサーナもピリンもドリッドも寒冷惑星での装備であるヒートインナーやボア付きのダウンコートやマフラーや手袋や耳あてや長靴をまとっていた。

 そしてウィッシューター号を離れて数十分経った頃、平たい雪原に青菜のように青い氷柱樫の柵で円く囲まれているリンジール族の村へとやって来たのだ。

 村の家々は丸太を積んで重ねた小屋が多く、雪が積もっても流れるように三角屋根である。男も女も老人も厚い脂肪のついた体に毛深い体、男女問わずひげがあり、村の住民は樹皮や草の繊維で出来た衣をまとっており、女の中には草や花で染めたネッカチーフをかぶっている者もいた。

 村の中心は広場で、リンジール族の二倍の体に白い体毛が足首まである鎧毛深鹿が大きく横たわっており、体中に弓矢で射た赤黒いシミがいくつもあり、枝は細い若木のようで三又に分かれていた。

 大きな包丁を持った男のリンジール族が鎧毛深鹿を皮と肉と内臓に解体し、毛や骨や角は村の住民の所有にし、内臓は村の近くの草の茂みに埋められた。その後、村の者達が肉を焼いたり煮たり蒸したりして、岩塩や香辛料、糖蜜と地中で成る香味野菜で作った漬け汁でリブサーナとピリンとドリッドにもてなした。

「鎧毛深鹿の肉や乳はそのままだとくさみがあるでな。あっためるとくさみが減って、塩とかで味付けして食うんじゃ」

 白いひげに灰色の体の長老がリブサーナ達に教える。確かにくさみはそんなにでもなく、歯ごたえがあって特に筋がおいしかった。他にもリンジール族は川魚のスープやツルのような水草の炒め物や大事な主食である甘芋の蒸した物ももてなした。

「かんちょーたちにもたべさせたかったぉ」

「なぁに、あと一日もすればアジェンナも回復する。肉や野菜はまだ余っているから、それを喰わせてやればいいさ」

 ふかし芋をほおばるピリンに蒸留した甘芋の酒を飲むドリッドが言った。

「また戻るのもなんでしょうから、今日は私の家に泊ってください」

 ザムガルがリブサーナ達に宿泊を勧め、リブサーナ達はザムガルの家に泊まる事にした。

「どうもすみません。艦長に連絡しますんで……」

リブサーナダウンジャケットの内ポケットから掌大の画面タッチ式の携帯端末を取り出し、メールのアイコンを押して、艦長に自分らはリンジール族の村に泊まる文書を送った。


 ザムガルの家は広く、暖炉と煮炊きをするためのかまどは石と粘土で出来ており、窓には薄手のカーテンや今まで狩った獣の毛皮や鳥の羽毛で出来たソファやクッションやベッド、そんなにではないが本もあった。それも端末にデータチップを入れて読む電子書籍ではなく、印刷された字や絵の入った紙の本である。

「どうぞゆっくりして下さい。私は長老の家で今後のティロザリア族の対策の会議に行きます。用があったら妹のコゴエに頼んでください」

 そう言ってザムガルは家を出て、残ったのはリブサーナ達とザムガルの妹、コゴエであった。

「みなさん、私に何でも申しつけてくださいね」

 コゴエは白っぽい灰色の体に輪の模様が入っており、青緑のネッカチーフをかぶったリンジール族の娘であった。

「二階で寝床をふるいましたから、ごゆっくりどうぞ」

「あ、はい……。でもコゴエさんは?」

 リブサーナがコゴエはどうするのかと尋ねると……。

「私はもう少し起きて糸を紡いで、一階で寝ます。明日のお食事も用意しますから」

 コゴエはそう伝えると、丸い三脚椅子と糸車の台を持ってきて、樹皮を裂いて糸を紡いだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 ドリッドはそう言って、リブサーナとピリンと共に用意された二回の寝所へ階段をつたって昇っていった。寝所は布地に羽毛が詰められたベッドに寝具が二つあり、一つはドリッド、もう一つはリブサーナとピリンが一緒に入って寝たのだった。


 ウィッシューター号ではグランタス艦長がリブサーナから送られてきた電子メールを司令室の立体モニターで読んでいた。司令室は操縦席の他、艦長が座る椅子と碁盤型モニターとコントロールパネルが一段高い場所にあり、艦長は司令席に座っていたのだ。

「そうか……。確かに宇宙艇に戻るのは大変だろうしな」

 そう呟くと艦長はコントロールパネルを操作し、「現在外では吹雪になった」とメール文書をリブサーナ達の端末に送ったのだった。

「艦長、ココアを持ってきました」

 濃い青のブルゾンに白いパンツ姿のブリックが水色のマグカップに温かなココアを持って司令室に入ってきた。

「ああ、すまないな。アジェンナの方はどうだ?」

 艦長がブリックからココアのマグカップを受け取ると、尋ねてきた。

「あと五、六時間も回復完了して動けるようになりますよ」

 医療・薬学・機工学・化学などあらゆる知識や技術を生まれた時から持っている人造人間であるブリックがアジェンナの様子を確かめた事を伝える。

「艦長、そろそろお休みになられた方が……。操縦席は私に任せてください」

「それもそうだな……。では休ませてもらおう」

 そう言うと艦長は司令室を出て、自分の部屋へと向かっていった。


 極寒による影響で空が昼同然の一夜が明けて、ザムガルとコゴエの家で一泊しているリブサーナ達は目が覚めた。

「う〜〜っ、寒っ。この感じは夜明けだ」

 リブサーナは寒さで震えながら寝床から起きると、カーテンをめくった。この家のカーテンは白夜でも深く眠れるように黒に近い茶色や青や緑なのだ。

「サァーナ、おはよ……。さむいぉ」

 ピリンも震えながら寝床を出た。

「ふぁ〜あ、この星にはあったかな陽の光なんてねぇから起きるのしんどいぜ」

 隣の寝床のドリッドがあくびをしながら出てきた。一階ではコゴエがリブサーナ達の朝ごはんを用意していた。

「おはようございます、皆さん。今、出来上がりましたので」

 四角いテーブルの上には色や大きさの違う布キルトで出来たテーブルクロス、籠の中のパンは種子類を粉にして焼いたパンが茶いく焼けてて積まれており、パンにつける鹿乳のバターや果実で作った赤や紫のジャム、赤い透明な茶、刻み野菜入りのスープ、リンゴに似た赤い果物もあった。

 三人はコゴエの作った朝食を食べて、今日の朝のエネルギーを蓄えた。パンは外はパリパリで中はもっちりしており、ピリンはバターとジャムをたくさんつけ、スープは昨日の鎧毛深鹿の骨で出汁をとっているのがわかり、紅茶はてん菜という野菜の汁から採った砂糖を入れて飲み、デザートのリンゴみたいな果物はかじると甘さと酸っぱさ、そして辛みもあった。この果実を一口食べただけで体が温まった。

「それはポカイロという果物で、寒冷世界では主食の一つなんです」

 コゴエがリブサーナ達に果実の説明をする。

「喰っただけで体を温めてくれるのか。ホットドリンクにすれば外に出ても保温補給が出来るって事か」

 ドリッドがガブガブとポカイロの実をかじり、残った芯を皿に置いた。食事の途中でリブサーナの携帯端末が鳴って、リブサーナが懐から取り出すと、それは艦長からだった。リブサーナは文書を読み、表情を明るく変えた。

「アジェンナの傷が治って、もうすぐ起きるって! 良かった。わたし達も食べ終えたらウィッシューター号に戻らないと」

 リブサーナが嬉々としていると、玄関の扉が開いて冷気と粉雪と共にザムガルが入ってきた。

「兄さん、さっき宇宙ピューマの居住エリアに行ってきたんじゃないの?」

 コゴエが兄に駆け寄り、ザムガルは扉を素早く閉めて、体中についた雪を払った。

「行ってたさ、宇宙ピューマは無事だった。だが今は猛吹雪で止むまで時間がかかる。すみませんが皆さん、うちで待機しててください」

 ザムガルに促されて、リブサーナ達はザムガルの家に留まった。

 ザムガルの家には宇宙電子網や電波通信によるラジオもテレビもなかったが、本があった。色々な物語や詩の本、フリズグラン星の歴史や実録記、色とりどりの画集や絵本……。それは猛吹雪で出られない時のフリズグラン星の住民の娯楽であった。

 クシー星域の言語の本は読みづらかったけれど、携帯端末の翻訳機能でホジョ星などの言語に訳しながら読んだ。

 それからどれ位が経っただろうか。リブサーナは一冊の詩集を手に取り、タイトルに目をやった。その本は真っ白い堅表紙と真っ白いページの本で、自分の好きなように文書や絵が書き込める自由本(フリーブック)であった。表紙と背表紙に手書きのタイトルで『煌めく白銀の星で』とあらわされており、中には細くて繊細な肉筆の詩が書かれていた。

(コゴエさんが趣味で作った本かな……)

 リブサーナは詩集を読み、つらつらと文字を目に通す。詩集は二ページずつ一つの詩で埋まっており、「流氷」や「氷柱樫」などのフリズグラン星に関する言葉が使われており、どれもこれも素晴らしかった。

 終わりに近づくと、最後のページとその手前に写真と後書きが載っていた。

 写真はコゴエとザムガルが人間型(ヒューマンがた)宇宙人(エイリアン)と宇宙ピューマの子供と一緒に写っている写真で、村の近くの氷柱樫を背景に撮られていた。そして後書きにはこう書かれていた。

『異邦人である私を快く村に滞在させてくれたリンジール族の兄妹にお礼と感謝の詩を送ります。


星暦二五九年霜休月八日・ザムガルとコゴエとシブと』


(この人は……!)

 リブサーナは写真の中の男性を見てはっとなった。フリズグラン星に着く前、アジェンナが自分の惑星を旅立つきっかけになって探している吟遊詩人のティリオである。そしてコゴエが抱いている宇宙ピューマの子供はティリオの相棒シブだろう。

(この人、フリズグラン星に来ていたんだ……)

 リブサーナはティリオの写真を見つめていた。

「あら、懐かしいわね。吟遊詩人さんがこの村に立ち寄った時、詩(うた)を書いてくれたんだっけ」

 コゴエが後ろから覗いて昔の写真を見つめて語りだした。

「はあ、そうなんですか……。この人、宇宙ピューマをいつから連れているんですか?」

 リブサーナが尋ねると、ザムガルが返答する。

「ああ、来た時は……一人だったな。そういや親を亡くした宇宙ピューマの子供が一匹この吟遊詩人になついてついていったんだよな。確かその吟遊詩人の名前は……ティ、ティ、ティー……」

「ティリオじゃなかったっけ? 兄さん」

「おお、そうだ。ティリオだった。んで、宇宙ピューマにシブと名付けて、旅に出て行ったんだよな……」

 ザムガルとコゴエの話を聞いて、リブサーナは驚いたが口にはしなかった。何とアジェンナが探している吟遊詩人のティリオはアジェンナと出会う前にフリズグラン星の、宇宙ピューマの保護と繁殖の命(めい)を担っているリンジール族の居住区に立ち寄っていた事を。

(今のフリズグラン星の星暦は三〇六年。この時、十一年前か……。あれ? そーすっと、ティリオさんっていくつだ……!?)

 宇宙人は住んでいる星の自転の長さや種族ごとに寿命や成長が異なるとはいえ、ティリオはこの時幾つで、アジェンナと出会った時はいくつか知らなかった。

「フリズグラン星では八ヶ月で一年、一ヶ月は二〇日単位、全部で一七二日で一年なんです」

 コゴエがフリズグラン星の暦を教えてくれた。フリズグラン星は暦がそんなに長くはないものの、リブサーナはむしろティリオの惑星での年月の数え方と年齢の方が気になっていた。

 その時、リブサーナの携帯端末が再び鳴り、リブサーナは通信アイコンに触れて、送信先を確かめる。すると端末の画面が立体的に映って、紺色の長い髪と長い銀の触角に紫の眼と白い肌の女の顔が映し出された。

「アジェンナ、起きたのね!」

 リブサーナは治療を終えたアジェンナを見て、喜んだ。

『心配掛けさせてごめんね。でも、もう大丈夫。吹雪が止んだら、ウィッシューター号を動かしてリンジール族の村へ行くからね』

「うん……。待っているよ」

 そこで通信は切れ、画像は一瞬にして消えた。リブサーナはティリオがかつてリンジール族の村に来ていた事を伝えようとしたがやめた。というのも、今はそんな悠長な事を話す場合でもなく、いつティロザリア族が攻め込んでくるかわからない状況下にあったからだ。

 外では殴りつけるような吹雪はとっくに止んでおり、濃青の魚を思わせる宇宙艇、ウィッシューター号がリブサーナ達が待機しているリンジール族の村へと向かっていった。