鉱物惑星カムサのティルシーの東区の中央に建つ工場は、元々は黒い金属屋根に灰色のコンクリートの壁だったのが、屋根などの金属部分は長年の歪みやサビで曲がったり孔が空いたりサビの赤茶色で古びており、壁にはヒビや孔が入り、一部は崩れている所もあった。 中は広く、ホコリや蜘蛛の巣がはびこり、古びた金属机や椅子、棚などは工場が閉鎖されても放置されたまま、棚や金属の箱には厚手の古布が敷かれており、これが孤児たちの寝床であった。 その廃工場を根城にしているエーギルはぎょろ目にボサボサの髪と髭、つぎのあるコートやズボン、キャスケット帽子は色あせており、靴ははいていたが何度も修繕したためか縫い目が目立っている。 エーギルと共に暮らす子供たちは大概が親を亡くした子が多く、中には親の思い通りにならないからと北区や西南区から追われた子供、目が悪かったり耳が悪かったり片足を引きずっている身体障害児もいた。 エーギルは子供たちを集めていては健常な者にはスリや万引きで食糧や衣類や金銭を集めるように命じて、身体障害児には洗濯や掃除や寝床の整え、炊事をさせていた。 エーギルの前に少年が一人やって来て、黒い蛇皮の財布を見せた。 「今日北区に行ったら虫型異星人(エイリアン)の軍人から財布を盗ってきたよ」 「おお、軍人か。でかしたぞ、マーレイ。中佐以上の将校なら尚更金を持っていそうだな」 エーギルは財布を開くと、中に千コズム紙幣が三枚、コインも七五コズム入っているのを目にすると、他にも金券やクーポン券が入っていないか確かめる。 「金の他には宇宙市場(コスモマーケット)の買い物スタンプカード、これは宇宙連合軍の医療機関で使える保険証のようだが、何て書いてあるのか読めねぇな。ああでもクレジットカードはあるな。おっ、星域外の宇宙銀行のカードが二つも入っている。暗証番号の紙もあればだが……」 エーギルが財布を漁っていると、子供たちの叫び声が聞こえてきた。 「な、何だ!?」 エーギルが自分の部屋にしている所の窓から顔を出して覗いてみると、見知らぬ二人の女と幼女、虫型異星人の男、そして赤と白の機体のロボットが廃工場の入口に立っているのを目にしたのだ。 「な、何だあいつらは!?」 エーギルは自分の住処に現れた異星の連中を見て目を丸くする。 そして赤と黒の体に触角と翅を持つ男が鬼のような、いや鬼よりも怖い形相で赤い三白眼をエーギルに見せた。 「エーギルゥゥゥ!! いるかぁぁぁぁ!!」 虫型異星人の男が貧民街全体に響き渡るような大声を出した。周りにいた仲間も男の怒号で声を抜かし、エーギルや廃工場の孤児たちも男の怒号を聞いてひっくり返った。 「ド、ドリッド……」 男の仲間である長髪の女がドン引きしながら呼びかける。 「エーギルぅぅぅ!! いるんなら姿を見せろやぁぁぁ!! この卑怯もんの大バカ野郎がぁぁぁ!!」 男が声を上げれば上げるほど、周囲や工場近くの者たちは耳をふさぐ。 「ドリッド、やめて〜」 ロボットが男に震えながら注意する。するとエーギルが耳を塞ぎながら連中の前に姿を見せる。 「や、やめろ……。み、耳がつぶれる……」 エーギルが現れたのを目にしてドリッドはつかつかとエーギルの胸倉をつかんできた。 「よぉ、会いたかったぜ、エーギル。俺ぁ、連合軍の雇われ部隊のドリッドっていうんだ。お前と暮らしているガキがよぉ、俺の財布を盗みやがったんだ。身寄りのねぇガキ共を使って盗みをさせて生活してきてるだと? 貧乏人の風上にもかけねぇよな。おぉ!?」 「こ、これじゃあドリッドがわりゅものにみえるぉ」 幼女のピリンがドリッドの様子を見て引く。 「まぁまぁ、落ち着きなさいって」 もう一人の女、リブサーナがエーギルに喰いかかっってくるドリッドをなだめる。 「これが落ち着けるか、ってぇ!? いっそのこと、こいつを充分に傷めつけてやらねーと気が済まねぇんだよ!!」 ドリッドが左手でエーギルの胸倉を掴んでいる一方で右手は拳にしていた。 「せ、せめて無傷で連れ出してあげてよ〜!!」 ロボットのヒートリーグがドリッドを止める。 「いいや、一発殴らせろぉ!!」 ドリッドが拳を振り上げた時だった。 「ひぃぃぃっ!! さ、財布は返しますからお許しを……!!」 エーギルはドリッドの気迫に押されて財布を渡す。 「中身は奪っていないだろうなぁ?」 「う、奪ってません、奪ってませんから!」 エーギルが涙目で主張しているのを見てドリッドは冷めた目で見つめる。ドリッドはエーギルを話して財布の中身を調べる。すると長髪の女アジェンナがエーギルに視線を向ける。 「エーギルさん、一安心しているとこ悪いけど、パイ星域の連合軍からあなたの逮捕指令が出ているのよ。 孤児たちに窃盗強要と宇宙児童福祉法違反でね。連絡によるとあと三〇時間内には連合軍の宇宙艇が来るとのことよ」 アジェンナはエーギルに逮捕内容を伝える。 「みんなもうエーギルって人から盗みを強要されず、パイ星域の連合軍の難民救済センターで暮らせるのよ。勉強や作業とか習わらなくちゃいけないけれど……」 リブサーナは孤児たちに言った。孤児たちは誰もが顔を見合わせて悩ませている。 「どうする?」 「この人たち、悪いこと言ってなさそうだしなぁ……」 他者の物を盗んで生活してきた孤児たちの中には流石に好きで盗みをやっている訳でもなく、罪悪を抱いている子もいた。 「連合軍のお使いさんたち、私は親を亡くしたり行き場を失くした子供たちに居場所と糧を与えてやってんですよ。それが何が悪いのって……」 エーギルはヘラヘラ笑いながら自分の言い分をドリッドたちに伝えた。 「お前が悪人であるかどうかは連合軍の犯罪者裁判で決めるが、罪人なのは当然のことだ。大人しくひれ伏せ」 ドリッドはつかつかとエーギルに歩み寄り、ドリッドの節のあってたくましい腕がエーギルの枯れ枝のような手首をつかんだ。 「ヒイッ、ご勘弁を……。ですが、私よりも悪い者を取り締まってくれたら……、大人しく逮捕されます」 「?」 エーギルのセリフを聞いてドリッドたちは首を傾げた。 「どういうこと……?」 リブサーナが疑問に思うと、エーギルは困り果てながらも答える。 「このティルシーの市長で北区最大の工業社長であるジーモンであるせらです。はい」 北区にあるビル街。二〇から三〇階建てのビルが多く、金属とコンクリート素材、金属と石素材の建物と多々で、その中枢部に位置する青灰色の四十四階建てビル、ティルシー市庁ビル。市庁ビルの内部は階層ごとに役所が設置され、千人ほどの公務員が務めている。 その最上階にある市長室及びザイディック工業社。その市長でザイディックの社長であるジーモン=ザイディックは横長の机に高級革張りの背もたれ付き回転椅子に座り、机の両端にあるモニターには今回の仕事のデータ表、建設中の橋やビルの生中継映像、通信役の部下の待機映像が映し出されている。 ジーモンの後ろはガラス張りの窓。青い空と高さ形色の異なるビルの背景である。 ジーモンは浅黒い肌にいかり肩、筋骨隆々の胴体に一九〇センチはある背丈、セピア色の髪に冷たい冷青の瞳、口元は釣り上がり、黒いメタリック素材のスーツ、左手首には金細工の腕時計、指にはオブシディアンやガーネットなどの指輪が薬指を除いて八つはめられている。 『市長、報告でございます』 部下との連絡モニターに金髪をアップにした女秘書の顔が映し出される。 「何の件だ」 仕事データに目を向けていたジーモンが返事をする。 『カムサ星外の宇宙ジャーナルの記者がアポなしで取材したいとのことで……』 「宇宙ジャーナル? 仕方がない、通せ」 ジーモンは渋々ながらも秘書に伝える。しばらくしてノック音が入り、ジーモンが出入り口の開閉スイッチを押すと、中に二人の女性が入ってくる。 「どうも〜、宇宙ジャーナルパイ星域東担当の者です〜」 一人は当蜜色の髪に黒縁メガネ、青いピンストライプのジャケットとスカート姿で、肩には茶色のショルダーバッグ。もう一人は白いジャケットに灰色のワイドパンツにパンプス、紺青の髪をアップフェミニンにした女性である。 「アポなしとはいえ、取材は困りますねぇ」 ジーモンは二人の女性記者に顔をしかめつつも仕方がないように言う。 「すみませ〜ん、上司からの命令でして〜、記事が足りないものですから〜」 青いスーツの女性が愛想を振りまきながらもジーモンに尋ねる。 「すみませんがザイディック市長。あなたはどういう経緯でティルシーの市長に就任したわけで?」 白いジャケットの女性がジーモンに質問してくる。 「ええっと、今から五、六年前に中堅工業会社の経営者である私は一度に三種の金属鉱脈を発見してからで、二年前に市長選挙に当選した今に至ります」 青いスーツの女性は手帳にジーモンの質問の答えを書き込んでいく。 「では、現在のこの不満なことはおありですか?」 「まぁ、あるというなら、東区の者たちにいずれ仕事を与えようかと思います。東区はスラム街でして、あそこでは孤児や身寄りのない大人たちがうようよしてますからね。彼らにも働いて稼ぐことを仕込ませようと考えています」 「東区の生活者の暮らしをより良いものにするために好感度アップってやつですか?」 白いジャケットの女性がジーモンに尋ねてくると、ジーモンはこう答えたのだ。 「いえ、最近になってわかったんですが、東区の地下全体に未開の鉱脈があるのが判明しましてね、東区の貧民者どもに重労働をさせて採掘させようと思いましてね」 ジーモンがこう答えたので、女性記者はさっと顔色を変えた。 「だってそうでしょ? 東区の奴らは北区や西南区の住人から金銭や食糧を盗んで生きているようなクズばっかなんですよ。だったら、その償いとして新鉱脈の労働として使うのが一番じゃないですか。それに過労死や重労働耐えかねて自殺したって、新しい働き手ははいてもいるんですからね。あっ、今のところカットしておいて下さいよ? 私のクビが危ういんでね……」 ジーモンがヘラヘラ笑いながら今後の市についての内容を女性記者に語ると、女性記者は顔を引きつらせるも、ジーモンに返した。 「い……インタビューに答えてくださってありがとうございます。お忙しいところを失礼致します」 女性記者はジーモンに会釈すると、そそくさと市長室を去っていき、エレベーターに乗り込んでいった。 エレベーターが時間をかけて一階に着くと、女性記者は人ごみの中を歩きながら、あるファッションビルの中に入り、更にトイレの中に入る。そして髪をほどきスーツを脱いで、動きやすいトップスとボトムに着替える。 「行こう」 「うん」 女性記者はリブサーナとアジェンナの変装だったのだ。二人は折りたたみ式のバッグの中に変装に使った服を入れえ、ファッションビルを出た。 「孤児たちを使って北区や西南区の住民から財布や食糧を盗ませていたエーギルが悪人だと思っていたら、まさか市長の方がワルだったとはねぇ……」 アジェンナが呟いた。この北区のどこかでジーモン市長の部下が盗み聞きしているのかわからないため、アジェンナはインデス語を使ってリブサーナに言った。 「うん。ジーモン市長の言葉も録音したしね。ジーモン市長の台詞を連合軍に送ってどうするか判断してもらわないとね」 「ああ、そうだね。一先ず東区で待っているドリッドとグランタス艦長にメールをしておかないとねぇ……」 アジェンナは携帯端末を取り出して、ジーモンから聞き取った会話を文面にして、一つはドリッド、もう一つはウィッシューター号で待機しているグランタス艦長に送信した。 東区にある廃工場。そこでエーギルの監視をしているドリッドとピリンはアジェンナから送られてきたメールの内容を見てドン引きした。 「う〜む、何てこった。まさかこの街の市長が東区の地下にある鉱脈開拓のために、東区の人間たちを強制労働させようとしてたとは……おっそろしい」 ドリッドはジーモンがこれから行おうとしている計画を知って首を横に振った。 「エーギルしゃんはしょのことをしっていたの?」 ピリンがエーギルに尋ねる。 「ま、まぁな。知っているといっても、噂程度だったから、どこかで中止になると踏んでいたもんで……」 エーギルはドリッドたちにジーモンが起こそうとしている計画は知っていても、半信半疑だったことを語る。 「要するに、エーギルは犯罪者であるが悪人ではなく、ジーモン市長は犯罪者ではないが悪人ってことになるのか……」 ドリッドは顔をしかめながらそう考える。 「とこりょでしゃ、しちょーしゃんがひがしくにしゅむひとたちをはたらかせりゅ、ってことは、このこたちもはたらかされりゅ、ってことになりゅんでしょ?」 ピリンはエーギルの部下の子供たちを見て思った。 「む……昔から炭鉱とか水脈探しとかの狭い場所では、大人の体じゃ通れない場所もあるからって、子供に採りに行かせる事実もあったから……、ここにいる子たちが労働酷使される可能性だってあるよ」 エーギルは児童労働についての事柄をピリンに話す。実質、発展途上の惑星では子供が何らかの理由で働かされることはよくある。畑を耕やかされたり大量の糸を紡がされたり、食用の塩を作らされたり、高山の木を切りに行かされることもあれば。人員不足の戦場にかり出されることもあった。戦場で手柄を立てれば将校になり、権力を握ることが出来るからだ。そういった子供たちは識字率が低く、他惑星の言葉どころか自分の星の文字の読み書きすらもできない。地理も歴史も気象もわからない無学という不幸を背負うことになるからだ。 一方で連合軍では戦術の他、他星コミュニケーションのため他星の言葉や文化や文明を学ぶ機会を得られる。リブサーナやピリンに至っては人造人間(レプリカント)のブリックから語学や科学などを教えてもらっていたのもあるからだ。 「何とかして連合軍に伝えないと、子供たちの未来が危うい……」 ドリッドは腕を組んで考え込んだ。 一方でリブサーナとアジェンナは北区の街外れに停泊させていたバイク姿のヒートリーグに乗って、東区に向かっていった。 「ティルシーの街の市長がこんな物騒なことをねぇ……」 バイク姿のヒートリーグはアジェンナとリブサーナを乗せながら、ビル街から住宅街へと変わる街の中の道路を走っていった。 「うん……。子供たちも含めて東区の人たちを地下鉱脈の開拓に酷使させる、って話だからねぇ……」 リブサーナはアジェンナの腰につかまってヒートリーグに言った。 「でもこれではっきりしたわ。東区の子供たちには盗みより労働させられる方が酷いってね。艦長たちには伝わったかしらねぇ……」 バイクのハンドルグリップを握りながらアジェンナは言った。 「誰が一番悪いのか、ってのが今回のテーマだからね」 ティルシーの街から離れた場所の岩地に停泊させているウィッシューター号内では。 「うーむ、何てけしからんことだ……」 グランタス艦長とブリックはアジェンナから送られてきたジーモン市長のインタビュー内容を聞いて顔をしかめていた。 「まさかエーギルより酷い者がいたなんて思ってもいませんだから、ね」 傍らにいるブリックがグランタス艦長に言ってくる。 『東区の貧民どもに重労働をさせようと……』 ジーモンの録音台詞が盤状モニターから流れてくる。 「この録音内容をパイ星域の連合軍に送ってみれば、ジーモンの悪だくみを防ぐことが出来るかもしれん」 グランタス艦長はパイ星域の連合軍にジーモンの録音台詞をコントロールパネルで駆使して、パイ星域の連合軍部に送った。 その時、ドリッドから連絡が入ってきた。 『グランタス艦長、俺たちはこの後どうしたらいいでしょうか?』 盤状モニターにドリッドの顔が映し出される。 「ああ、うっかりしていた。そうだなぁ、今カムサ星のティルシー周辺は秋初めの時期であと三、四〇分で日の入りだそうだ。今からウィッシューター号に変えるのは大変だそうだし、西南区辺りの宿泊施設で一泊した方がいいんじゃないか」 グランタス艦長はドリッドに伝える。 『はっ、そうしておきます。では、また後ほど』 ここで通信が終了し、グランタス艦長は司令席に腰を掛ける。 「今回の任務はちぃとばかり、難航になるかもしれんな……」 ドリッド、アジェンナ、リブサーナ、ピリンは艦長の勧めに従って、西南区の宿泊施設で一晩過ごしてからウィッシューター号に戻ることにした。空は日が西の方へ傾いていて、青かった空はオレンジ色に染まり雲の白がくっきりとわかる。 街の住民も子供たちは家の中へ入り、大人たちも窓を閉めたり雨戸を引き出したりして戸締りを始める。東区からの貧民被害に警戒しており、昼間より神経が過剰になっているのがわかる。 ドリッドは通りすがりの男性に話しかける。 「あのー、すみませんけど〜、この街の宿泊施設って、どこだかわかります?」 話しかけられた中年男性はドリッドを見て顔をしかめるも、方角の一ヶ所に指をさす。 「この道を右に曲がった所にカプセルホテルがある。あそこは他の客と泊まらなくちゃいけないけれど」 「ありがとっす」 男性に教えてもらった通りに足を進めると、確かに二階建ての多い住宅の中に三階建ての白い建物、カプセルホテルがあった。中に入ろうとすると、リブサーナがヒートリーグに言った。 「ヒートリーグは外の駐車場にいて。あなたがホテルの中に入ると、他のお客さんが驚くから」 「ええ〜っ」 リブサーナの発言を聞いて、ヒートリーグはバイク姿になって、駐車場に入っていった。 カプセルホテルは三段重ねの横になる個室が六〇もあり、バイクで旅をする者、大学生のグループ旅行者、出張者などの客が泊まっていた。ホテルは二階と三階が宿泊室で一階が食事処と浴場とフロントになっていた。食事処ではカウンター席と四人ひと組のテーブル席に分かれており、宿泊者は食券で欲しい定食を買い、厨房から受け取るという仕組みになっていた。 リブサーナたちはテーブル席に座り、ひと切れのパンと野菜の煮込みとチーズとハムが一枚の食事を注文して食べた。 「肉が少ないわねぇ……」 アジェンナが煮込みの中を見て呟く。 「俺たちはそんなに金を持っていねぇんだ。仕方ねぇだろ」 ドリッドがアジェンナに言った。リブサーナはパンをちぎっては煮込みの汁につけて食べ、ピリンももくもくと食べる。 (北区や西南区の子供たちは満足に食べられるけど、東区の子供たちは一人につきひと切れ一杯だけが精一杯でおかわりなんてできないんだわ……) リブサーナは食べながら東区の子供や虚弱な大人や老人たちの体つきが骨が透けるほどやせていたことを思い出した。一番安くて質素な食事とはいえ、自分たちのはまだ恵まれている方だと思った。 それから一夜が経った。カムサ星は一日が三〇時間と長く、初秋の今は日の出入りが一時間早く、リブサーナたちは起き上がったら危ないカプセルホテルの寝台で目を覚ます。 客人たちは次々に起きて寝所の隣にある更衣室で着替えて、一階の食堂へ向かう。 皆次々に厨房に行って頼んだ食事を受け取り、リブサーナたちもサラダとパン、果物とヨーグルトの皿を一つずつ受け取って食べる。食べていると、ブオオーッと大型の重力車のエンジン音が外から響いてきた。 「? 何か朝からやけにうるさいな。何が起きたんだ?」 ドリッドが重力車のエンジン音を聞いて首を傾げていると、若いビジネスマン風の男がドリッドに話しかけてきた。 「あんたたちは異星の人だから知らないだろうけど、今日から東区の住民と刑務所の囚人を労働力として、市長が東区の地下にある鉱脈の採掘を開くことになったんだよ。 東区はスラム街だし、そこの子供たちは北区や西南区の住民から金や食べ物を盗んでいるから、鉱脈の発掘の償いをさせるのは当然じゃないのか?」 「ええっ!?」 リブサーナはそれを聞いて思わず叫んだ。あそこには子供たちが、いや老人や虚弱な人もいるというのに……。 「北区と西南区ではもう一〇日も前に伝えられていたよ。市長が東区と北区をつなぐ橋は鉱脈の鉱物の運搬のために市長がわざわざ自費で出してくれたそうだしな」 そう言ってビジネスマンの男はお盆を持って去っていった。 「こうしちゃいられねーぞ。急いで艦長の所へ戻らないと……」 ドリッドが他の面々に向かって言う。リブサーナもアジェンナもピリンも頷く。四人は急いでフロントに出てチェックアウトし、一晩中駐車場に停泊させていたヒートリーグと共に北区、そして街の囲いの森林区へ向かい、ウィッシューター号に戻っていった。しかし、街中ではヒートリーグを人型にすると目立つため、リブサーナとピリンをバイク姿のヒートリーグにウィッシューター号に戻るようにと催促した。 「ドリッドとアジェンナはどーすんの?」 「俺らは東区に行って、少なくともそこの住民を避難させる」 「わかった。気をつけて」 リブサーナとピリンはバイク姿のヒートリーグに乗って道路を走っていった。アジェンナとドリッドは東区へ進んでいく。 一方、東区では灰色の数台の大型重力車から、黒い軍服と軍帽、長銃を持った兵士たちがぞろぞろと出てきて、東区の住民を次々に捕らえていった。 「うわっ、何するんだ!」 東区の住民は突然の出来事になすすべもなく、兵士たちに押さえつけられてしまう。 エーギルの廃工場にも、兵士たちが次々と入ってくる。 「お前ら、何だ!?」 すると隊長らしい兵士がエーギルに言ってくる。 「何って、東区は今日から鉱脈発掘のため我々が管理することになった。市長の決定でな。そこでだ、東区の住民に採掘の人材として尽くしてもらおうとな。きちんと働けば一日に三食出してやる」 子供たちは隊長と兵士たちの威圧に怯える。エーギルも恐れつつも、黙って立っているしかなかった。 一方外では東区の住民の年齢問わずの男女がツルハシやハンマーなどの道具を持たされて建物近くの空き地や道路に穴を掘るように働かされた。兵士たちが銃口を住民に向けてくる。逆らえば撃たれる。人々は殺されたくないがために動き出した。 貧民街の東区はこの日、突然、地獄と化した。 |
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