5弾・5話 宇宙豪華客船ドーンヴィーナス号


 紫紺の背景には金銀の煌きや赤や青の惑星、灰色や白の衛生が浮かぶ宇宙――。その中に赤と黒の機体の中型宇宙艇が後部から赤い放物線を出して進行していた。宇宙艇は触角のようなセンサーと翅のような抵抗翼があり、腹部を光らせる昆虫、蛍のようだった。複眼のようなコックピット窓は黄色で、操縦席には赤紫の髪に黒いエナメル材の衣服をまとった人間(ヒューマン)型異星人(エイリアン)の女ベラサピアとヒレを持ち体から粘液を出す魚型異星人(エイリアン)スワンプ星人のヌーメが座っていた。コンソールは両手で持つハンドル、空気や燃料などのメーター、宇宙座標レーダーなどが設置されている。

 コックピット窓の一箇所が長方形に映し出されて鋭い両眼と大きな口だけの画面が現れる。

『ベラサピアよ、ヌーメの回収ご苦労だった。これよりお前たちには我の元に帰還してもらう』

 画面に映し出された者は恐ろしさのある低い声を出し、ベラサピアに伝える。

『御意。では到着次第また連絡致します』

 ベラサピアは自分の主に返答すると通信を切った。

(それにしても、あのリブサーナという子、見かけよりも気骨のある子のようだったわ)

 ベラサピアはバトナーチェ星を出る時、ヌーメを追いかけてきた連合軍の雇われ人、リブサーナの根気を思い出して考えていた。

(もしまたあのコと出会ったら体力良好の時に対決したいものだわ)

 ベラサピアとヌーメを乗せた宇宙艇は進路を変えることなく直進していった。


 宇宙空間の中に設けられた白い円筒形の四階建ての巨大な建物、宇宙市場(コスモマーケット)。一番大きな下の層は宇宙艇停泊場でオミクロン星域の各惑星からやってくる異星人(エイリアン)たちの宇宙艇が入ってくる。宇宙艇は惑星や種族によって大きさも色も形も性能も異なり、やってきた客たちも人間(ヒューマン)型、獣型、鳥型、魚型、虫型、爬虫類型、人造人間(レプリカント)と多種多様だった。

 ワンダリングスもバトナーチェ星での任務の後にオミクロン星域の宇宙市場(コスモマーケット)に来ており、しばしの休憩に勤しんでいた。

 宇宙市場(コスモマーケット)は天井はマス目状の電灯、壁も柱も床も白く、オミクロン星域各惑星の名産品の果物や野菜や魚や薬、衣類に宝石に家具、おもちゃや書物、電化製品と多様であった。

 リブサーナとアジェンナとピリンも束の間の休暇を楽しんでいた。

 新しい服や靴や髪留め、オミクロン星域の菓子やドリンク。もちろんバトナーチェ星名産品のフルーツソースまんじゅうもあった。

 休憩が終わるとウィッシューター号の燃料や武器のエネルギーパックや必要な食糧を仕入れに行っていたグランタス艦長、ドリッド、ブリックと宇宙艇停泊場で合流し、薄青い魚型の機体のウィッシューター号に乗って、宇宙市場(コスモマーケット)を旅たっていった。

 その後は宇宙艇内の時間設定に合わせて二時間おきに操縦室内の交代をし、他の艦員(クルー)は戦闘訓練室や射撃訓練室で特訓に励んだり仮眠をとったり研究や情報処理といった各人に合わせて過ごしていた。

 オミクロン星域の宇宙市場(コスモマーケット)を出発してから六時間後、休眠から目が覚めたリブサーナが操縦室に入ってきて、コックピット窓にいるドリッドと代わるためにやってきた。

「ふわ〜あ。ドリッド、来たよ」

 あくびをしながらリブサーナはドリッドに声をかける。

「ああ、来たか。俺はじっとしているのが苦手だからそろそろ体を動かしたい、って思っていたとこだ。後は頼んだぜ」

 ドリッドが操縦席を立ち上がってリブサーナと入れ替わろうとした時だった。

『こちらクシー星域連合軍。ワンダリングス応答願う。繰り返す、ワンダリングス応答願う』

 盤状モニターに〈連合軍〉という送信先の通信が入り、リブサーナとドリッドはモニターのコンソールに手を伸ばし応答に出る。

「はい、こちらワンダリングス艦長補佐ドリッドです。どうぞ」

 すると盤状モニターに灰色の髪に褐色の肌、黒い眼と灰色のあごひげをたっぷりたくわえた紺色の軍服を着た人間(ヒューマン)型異星人(エイリアン)の男の姿が映し出される。

『私はクシー星域連合軍大将ダルトだ。ワンダリングスに依頼を申しにきた』

 ダルト大将の通信連絡の音声で艦長、ピリン、ブリック、アジェンナも司令室に入ってきた。グランタス艦長がドリッドに替わって通信に入る。

「替わりました。ワンダリングス艦長、グランタスです。その依頼内容とはいかに……」

『今から六〇時間前、クシー星域の監獄ステーションから脱獄者が連合軍の移動用宇宙艇を奪い取って逃走した。その者たちの逮捕を依頼する』

「移動用宇宙艇の航行記録はありますかな?」

『今そちらに送る』

 ダルト大将は脱獄者が奪っていった宇宙艇の航行記録のデータをウィッシューター号に送信する。するとコックピット席の窓モニターにダルト大将からのデータが届く音が鳴る。

『ワンダリングス、任務の健闘を祈る』

 ダルト大将が敬礼をし、ワンダリングスも敬礼をした処で通信が終わる。

 早速ブリックがダルト大将が送ってきたデータを調べて宇宙艇の航行記録を探る。ブリックがコントロールパネルのキーを操作して、コックピット窓のモニターに宇宙座標と宇宙艇のレーダーが映し出される。

「脱獄者たちはクシー星域の監獄ステーションをから逃げ出した後、連合軍から宇宙艇を奪いその宇宙艇はクシー星域とニュー星域の間にある宇宙豪華客船に向かっていたと思われます」

 ブリックが航行経路の調査結果をグランタス艦長に伝える。

「宇宙豪華客船? そこで何が行われているのかなぁ?」

 リブサーナが脱獄者たちの逃走先を耳にして腕を組んで考える。宇宙豪華客船は主に王侯貴族や資産家などの富裕層が利用することが多い。パーティーだったり演舞だったり闘技だったり用途は利用者によって異なる。

「だちゅごくしゃたちがごーかきゃくせんににげたのなりゃ、しょこにいるひとたちにきけんがおよぶぉ」

 ピリンが脱獄者たちが宇宙豪華客船に逃げたのならの想定をリブサーナに言う。

「そうよね、もしかしたら客船の人たちを人質にとるかもしれない。どう考えても危ないわ」

 アジェンナも頷く。

「よし、皆の者。進路をクシー星域とニュー星域の間にあるという宇宙豪華客船に向けよ」

 グランタス艦長が艦員(クルー)に指示を出し、リブサーナたち艦員(クルー)は操縦席に座り、進路をクシー星域とピー星域の間にあるという宇宙豪華客船に向けて進行していった。


 ウィッシューター号が連合軍の依頼を受けてから三十二時間が経過した。幾多の惑星や衛星群を通過し、彗星や流星をいくつも追い越していったが、目的の宇宙豪華客船にはまだたどり着けなかった。その間に艦員(クルー)は休眠と食事、体力トレーニングや宇宙豪華客船に関する情報を行(おこな)っていた。

 出発から三十七時間後、一人で操縦室にいるリブサーナはレーダーに映る生命反応をキャッチした。

「む、これは……」

 リブサーナがコントロールパネルを操作すると、コックピット窓のモニターに宇宙空間に浮かぶ物体を発見した。

 それは白い機体に黄色と緋赤のディティールが入った鋭角な宇宙船であった。それも尋常な大きさでなく、横の全長が三五〇メートル、縦の全長が一〇〇メートルもある巨大な宇宙艇だったのだ。リブサーナは宇宙船を目にすると別室にいる艦員(クルー)を無線で呼び出す。

「こちらリブサーナ、ワンダリングス全員司令室に集合。目の前に巨大な宇宙船を発見」

 リブサーナからの呼び出しを受けて別室でトレーニングや研究をしていた艦員(クルー)たちは司令室に集まってきた。

「これがごーかきゃくせん!? とてつもなくおおきいぉ!」

 ピリンがモニターに映し出された宇宙豪華客船を見て口をあんぐりさせる。

「ここに脱獄犯が逃げ込んだってのか?」

「らしいわね。しかしどうやってあの宇宙船に入ったのかしら……」

 ドリッドとアジェンナが宇宙豪華客船を見つめていると、ゴウンと宇宙豪華客船の下層あたりの部分が開いて中から軽く数百キロはありそうな食べかすやボロ布などのゴミが排出され、ゴミは宇宙空間を漂いやがて恒星に呑み込まれて焼かれたり通りゆく流星によって燃やされるのだ。

「うーむ、あの大きさの船内ゴミ排出口なら小型宇宙艇はらくらく入れるな」

「……てことは脱獄犯はあの排出口から侵入して宇宙艇を乗り捨てて客船の中に入っていったっていうの?」

 ブリックが推測してリブサーナが尋ねてきた。その問いにブリックが答える。

「これはあくまで私の推測だが……。艦長、あの宇宙客船の艦員(クルー)に交渉して中に入れてもらいましょう」

「そうだな」

 グランタス艦長は司令席を立ち上がり盤状モニターのパネルを操作して宇宙客船の乗務員に交渉を始める。

「あー、こちらワンダリングス艦長、グランタス。宇宙客船の応答を願う。どうぞ」

 すると盤状モニターに立体映像が映し出され波が入っているものの、一人の人間型(ヒューマンがた)異星人(エイリアン)の顔が映し出される。

『こちら、ドー……ンヴィーナス号船長……、ハーヴェ……イ……。応答……願う……。どうぞ……』

 通信相手に届き、ドリッドが通信を良くするために操縦桿を操作して、ウィッシューター号を客船に近づける。すると盤状モニターに映る者の顔が次第にはっきりと形がわかり、音声の方も雑音も薄れていき白い制帽に白い航海士の制服姿の浅黒い肌に灰色混じりの茶色い短髪と灰色の眼と髪の毛と同じ色の口ひげの人間型(ヒューマンがた)異星人(エイリアン)の男が映し出された。

『私はこの豪華客船ドーンヴィーナス号船長ハーヴェイだ。ワンダリングス艦長グランタス殿、応答願う』

 モニターに映った航海士が艦長に尋ねてくる。ハーヴェイ船長の言葉はワンダリングスの面々にわかるように機械翻訳されている。

「あー、初めまして、ハーヴェイ船長。私はフリーの兵団ワンダリングス艦長、グランタスといいます。

 我々がハーヴェイ船長の指揮する宇宙客船に来た理由はですね、この宇宙客船にクシー星域の監獄ステーションから逃げ出した脱獄犯が転がり込んだと調査の末判明したのです」

『なんと……! もしかしたら人質を取るかもしれないし、ドーンヴィーナス号をハイジャックするかもしれない。わかった、船内の入場許可を承認する』

 ハーヴェイ船長はグランタス艦長の話を聞いて顔色を変えてワンダリングスの宇宙客船入場許可を出した。その時ワンダリングスの宇宙艇のコックピットにドーンヴィーナス号の船内データが送り込まれて表示される。宇宙客船の数カ所に宇宙艇の出入り口があることを教えてくれた。

 ワンダリングスはウィッシューター号をドーンヴィーナス合の中に入り、ワンダリングスは接続通路を通って、宇宙客船の操縦席へ向かっていった。

 ドーンヴィーナス号の操縦席はまるで宇宙市場並みの広さで、コックピット窓にはレーダーや計測器、燃料や船内空気のメーターなどが窓のように表示され、ハーヴェイ船長と同じ白い帽子に航海士の制服を着た人間型(ヒューマン)や魚型や爬虫類型や鳥型の異星人(エイリアン)の航海士が数十人もおり、それぞれコントロールパネルを操作していた。ハーヴェイ船長は一番高い席におり、舵輪型の操縦桿にはアクセルやブレーキなどのレバーも備えられていた。

「お邪魔します」

 グランタス艦長が敬礼しながら操縦席のハーヴェイ船長にあいさつする。ハーヴェイ船長は一年単位年齢でいえば七〇近い老人だが背は高めで背筋がしゃんとしている。

「初めまして、グランタス殿。よく来てくださった」

 ハーヴェイ船長は左胸のバッジ型言語翻訳機でグランタス艦長の言葉を自分の星域でわかる言葉に変えてあいさつする。

「このドーンヴィーナス号に脱獄犯が……」

「ええ。我々の任務はその者の逮捕です。どうかご協力を」

「わかりました。ご協力致します」

 こうしてワンダリングスは宇宙豪華客船ドーンヴィーナス号に潜入した脱獄犯を捕らえるためにしばらく留まることになった。


 ドーンヴィーナス号も重力設定や二十四時間プログラムといった過ごしやすい設備が施されており各異星人の体質性質・生活環境に合わせて衣食住が分けられており、客室従業員室が三〇〇あり、他にもテニスやゴルフなどのスポーツがこなせる運動場、宇宙衛星旅館に負けないほどの種類がある大浴場、ウォータースライダーや飛び込み台などの種類があるプール、ホールや店舗も五〇はあるという名の通りの豪華さで、宇宙艇も大型なら五台、中型は二〇、小型は五〇台も収容できるのだ。

 流石に研修を受けている航海士や従業員も迷子になるため必ず船内マップと連絡用端末の所持の義務が設けられていた。

 そしてワンダリングスも脱獄犯を捕らえるために航海士及び従業員の制服を着用していた。

「は〜、何とも堅苦しいわ。航海士の服ってのは」

 ドリッド・ブリック・グランタス艦長は白い帽子に白い上着の航海士の制服を着ていた。

「脱獄犯が捕まるまでの辛抱だ。だが私はこの制服は気に入っているがな」

 ブリックが制服を見つめる。航海士の制服は左胸と両肩に階級を表す級章が付けられており、ハーヴェイ船長は最高の五つ星であった。グランタス艦長たちは潜入活動とはいえ一つ星であった。

「うわぁ、かわいい〜!」

 リブサーナとアジェンナは女性従業員の制服を借りていてリブサーナは制服のデザインにうっとりする。白いフリルのヘッドドレスに白いフリル付きのエプロンにパフスリーブと膝丈と赤い胸リボンつきの紺色のワンピース。足元は白いレースソックスと紺色のストラップパンプス。

「脱獄犯がこの宇宙船に潜んでいるからとはいえ私服やワンダリングスの鎧を着ていれば、かえって脱獄犯が警戒するからな」

 グランタス艦長が制服姿のメンバーに忠告した。

「でもピリンのせーふくないぉ」

 ピリンだけは普段着の白いドレスのままだったので、ハーヴェイ船長が困り顔をしつつも笑いながら言った。

「この船では児童労働は禁止されているのでね。ピリン嬢は大人たちと行動するほうが安全だから」

「だってさ。ワンダリングスではちゃんと仕事があるんだから」

 アジェンナがピリンに言った。その後ワンダリングスは男性陣は一等航海士から船上ルールとあいさつ、接客法を学習しアジェンナとリブサーナも従業員の仕事内容と船内ルールを従業員頭の女性から教えてもらった。従業員頭は二メートル近い背丈に細身の人四人分もある茶色の毛に覆われて手足の先がヒレ状になっている獣型異星人(エイリアン)カッパ星域のスケアード星人だった。従業員も航海士も自分以外の異星人(エイリアン)とのコミュニケーションが出来るように制服の左胸にバッジ型の言語翻訳機の所持が与えられていた。

 ドリッドは機関室、ブリックは監視カメラの警備室、グランタス艦長は巡回、アジェンナとリブサーナは船客がそろって朝食や何かの宴を催すホールの仕事を当てられた。

 ホールでの仕事は床やテーブルの清掃、食事の運搬、体調が悪くなったりした船客の世話であった。といってもアジェンナとリブサーナは別々のホールで潜入することになったので同業者は異種族の異星人(エイリアン)だらけだったので短くて数ヶ月、長くて五年以上働いている者ばかりでリブサーナは彼女たちに度々教えてもらっていた。

「テーブルクロスが三枚足りないよ。リネン室から持ってきて」

「スープとジュースが絨毯に染み込んじゃったから汁抜きしておいて」

「メルトリー星の赤ワインをワインセラーから二本追加!」

 制服は可愛いけれど仕事内容は意外とハードな従業員の仕事にリブサーナはホールと別室を行ったり来たりとシーソーのように動いた。

 客人の中には気の利く者もいて五〇コズムから一〇〇コズムのチップを従業員に差し出し、リブサーナもチップを受け取ったのだ。

 それからしてワンダリングスがドーンヴィーナス号に潜入してから一一二時間が経過した。脱獄犯らしき者や情報は見つからず、船客にも怪しい者がいなかったため、この任務はいつまで続くのかと誰もが思われていた。

 ドーンヴィーナス号にいるワンダリングスは豪華客船内に停泊させているウィッシューター号に寝泊まりし、船内で食事を取るという生活を送っていた。船内では数十の種族の異星人(エイリアン)が利用しているため、客に出された食事のあまりは従業員の食事として回されることもあった。

 リブサーナは厨房でホール従業員たちと共に客たちに出した昼食の残りのパンや焼肉、サラダや魚のスープ、デザートの果物や菓子をいただいて腹ごしらえしていた、

 厨房も惑星や星域別の料理を作るために七つあり、部屋のような巨大な冷蔵庫に一度に一〇〇枚の皿が洗える食洗機、換気扇も五つあり、オーブンや四口で一台のコンロも何台かあり、調理台も黄金比型が六台もあり、流しも大型水槽の大きさであった。

「あ〜。働いた後の食べ物っておいし〜」

 リブサーナは他の従業員と共に昼食を食べていた。どの料理も味付けや食材、盛りつけが異なっておりリブサーナは大食漢のように食べた。

「ちょっとリブサーナ、いいかい?」

 食べている途中、スケアード星人の女性従業員頭のマルヴォルがリブサーナを呼んだ。

「食べたら四〇一号質のお客様に軽食を運んでいってくれないかね? 遠いけど頼むよ」

「あっ、ハイ……」

 マルヴォル女史に言われてリブサーナはきりのいい処で昼食を食べ終えて、四〇一号室の客人に持っていく軽食を運ぶことにした。

 船内販売や客室に軽食を運ぶカートは反重力装置が備えられており、カートは床から一〇センチほど浮いており、壁や人物にぶつかっても倒れることのない仕組みになっていた。リブサーナはカートに耐熱性の金属で作られたティーポットとティーカップ、上等のパチュナ星の麦でできたクラッカーと四本角牛の乳で作られた白っぽいバターに紫苺のジャムを乗せて四〇一号室へ向かった。

 客室や従業員室は宇宙船の上層にあり、また部屋の広さや用途によって値段が異なる。一番安いのは二段ベッドが左右にある五畳間でDランク、次に安いのは五畳間の一人部屋で椅子と机と小型テレビ付きのCランク、Bランクは机と椅子と小型テレビとベッドが二脚ある二人部屋でAランクはベッドと机と椅子とテレビの他トイレとシャワーがあり、SSランクはダブルベッドと机と椅子の他ミニキッチンとトイレと風呂があり値段も高く一泊一七〇〇〇コズムであった。

 四〇一号室の部屋はSSランクであった。

(てことは、ここに泊まっている人は資産家か貴族なの!?)

 リブサーナは扉の前で足を止めた。SSランクは扉も立派で金色であった。しかしリブサーナは扉を二回叩いて、部屋の主に告げる。

「四〇一号室のお客様、軽食をお持ちいたしました。失礼します」

 扉の向こうから一人の若々しい男の声が聞こえてきた。マルヴォル女子からは四〇一号室の客人はラムダ星域の富豪と聞かされてリブサーナはホジョ語であいさつしたのだった。

「ああ、ご苦労。入っていいよ」

 扉が左右にシャッと開き、リブサーナはカートを押して中に入る。リブサーナはSSランクの部屋の豪勢さに目を見張る。

 壁紙は緑と白の上品なストライプ、天井は電熱シャンデリアで金色の光沢を放ち、サテンと絹の寝具カバーのダブルベッド、大理石のカウンター机に背もたれの大きい高級純木の枠にベルベッドのクッション、床はワインレッドのスウェードで部屋の奥はトイレと浴室の扉、その隣に小さな台所で戸棚もコンロも流し台も冷蔵庫も白で統一されており、机と反対の壁には壁に備え付けられたテレビモニター。そして椅子には一人の青年。どうやら人間型(ヒューマンがた)異星人(エイリアン)のようらしい。

 直毛の黒髪、白い肌、細身の体躯、赤みがかった褐色の瞳、四角いべっ甲淵の眼鏡、良質な毛織のジャケットとシャツ、レザーパンツに革靴の服装、この男の人はどこかで見たことあるような……とリブサーナが思っていると、青年は訛りも高低もないホジョ語でリブサーナに言ってきたのだった。

「君はホジョ星人だね?」

 青年はリブサーナを見て尋ねてくる。

「はい。そうですけど……」

「やっぱりな。君はリブサーナだね」

 青年がリブサーナの名を呼んで、リブサーナハッとした。

「も、もしかして……パルプリコさんですか!?」

「そうだよ。君の姉の婚約者だったパルプリコさ」

 リブサーナは青年が姉ゼラフィーヌの婚約者がこの宇宙船に乗っていたことに驚き、パルプリコにリブサーナの村エヴィニー村がザーダ星人の宇宙盗賊によって滅ぼされ父も母も兄も姉も友人も喪い、生き残ったリブサーナは宇宙盗賊を捕まえにきたワンダリングスに助けられて知り合いも親戚もいなかったため、ワンダリングスと共に行動していることを話した。

「そうか、辛かったろうね。何故僕を尋ねなかったのかい? 君の姉の夫になっていたのに」

「……よく知らなかったからだと思ったからです。そりゃあ初めての頃は慣れない体術訓練や機械調度品の扱いでしたが今は一介の雇われ兵なんですよ!?」

 リブサーナは家族の死後はグランタスカン長たちと宇宙各所の戦争援助や悪党退治に貢献していることを話した。

「それでか、以前よりも何かたくましくなった気がしたのは。雇われ兵団の一員である君がどうしてこの宇宙客船にいるんだい?」

「二〇〇時間前位にクシー星域の監獄ステーションから脱獄者が出て、宇宙艇の記録を辿っていたらドーンヴィーナス号に侵入していたので船長さんに頼んで潜入捜査を」

「脱獄者がこのドーンヴィーナス号に!? そうか、気をつけるんだな……」

 リブサーナの話を聞いてパルプリコは顔が凍りつくも、リブサーナに忠告した。

「パルプリコさんもどうしてこの宇宙船にいるんですか?」

 リブサーナガ聞いてきたのでパルプリコはしばし沈黙するも咳払いをする。

「あ、ああ。結婚式兼新婚旅行だよ。僕自身の……」

「えっ!?  パルプリコさんの? パルプリコさん、ゼラフィーヌお姉ちゃん……」

「リブサーナ、聞いてくれ」

 パルプリコはリブサーナの両肩を両手で掴んで真顔で言う。

「ゼラフィーヌが死んだのは残念だ。僕だって数年は喪に服そうと思っていた。しかし父と母が別の女性との結婚を押し付けてきてね、それで僕はゼラフィーヌの喪明けを待たずに、しかも宇宙客船で式を挙げることになったんだ……」

「そうだったんですか……」

 リブサーナはパルプリコの話を聞いて納得する。そしてパルプリコにお茶とクラッカーを差し出すと退室していった。

「失礼します」

 リブサーナはおじぎをしてパルプリコの部屋を出る。ホールに帰る通路を歩きながらリブサーナは思った。

(パルプリコさんがああ言っているんじゃ、仕方ないよあぁ……)

 姉が死んだからといって親の決めた結婚でドーンヴィーナス号にいる姉の婚約者の様子を見て、人間というのは運命に抗えない時もあって当然なのかもしれないと感じた。