「キャーッ!!」 城の奥でつんざくような金切り声が響き渡り、ボロネーゼを追い詰めたワンダリングスと女王ははっとなった。 「アリア!?」 一人娘をじいやとばあやと共に残していたマズルカ女王は子供の身の危険に胸騒ぎを感じた。 「しまった! 王女が危ない!」 グランタス艦長が王女の身に危機が起きた事をリブサーナとピリンに王女の救出を命じた。 「リブサーナ、ピリン! お前達は王女を助けに行け!」 「ここはわしらが!」 「は、はい!」 「わかったお!」 リブサーナとピリンは王女を助けに女王の執務室を飛び出していった。 執務室を飛び出したリブサーナとピリンは、城の中の階段をかけ昇り、王女のいる上層の部屋へとやって来た。 「王女様!」 リブサーナとピリンが王女の部屋の扉を押し開くと、一度に二〇人は寝られる王女の部屋にはアリア王女のじいやとばあやが膝まづいており、薄いピンクのじゅうたんが敷かれた床には王女の玩具である積み木や絹ベルベッドのドレスを着せた人形、木馬やボードゲームのさいころや駒が無造作に転がっており、バルコニーの窓が開いて薄絹のカーテンが風でなびき、王女は怪しい人物の脇に抱きかかえられていた。 「あ、ああ……王女様ぁ……」 黒い燕尾服のじいやと古代紫の地味なドレスのばあやは王女を人質に取った怪人物を見て震えていた。 「何? この人は……!?」 リブサーナは怪人物を見て言う。怪人物は機械人間の様だった。黒い鳥を思わせる鎧兜に鳥の翼を思わせるマント、鎧やマントには炎のような赤い模様が入っている。 「助けてぇ」 アリア王女は手足をばたつかせてもがいたが、怪人物はしっかりと抱き抱えている。 「ア、アリアおーじょをはなしぇ!!」 ピリンが叫ぶが、じいやとばあやが制した。 「だ、だめです! 奴を挑発させてはいけません!」 「ここはとてつもなく高いのです。もし奴に手を出したりしたら、王女様を落とされるに違いありません……」 「うっ、確かに……。じゃあどうしたら……」 リブサーナとピリンがうろたえていると、王女の部屋に何者かあが飛び込んできて、漆黒の機械人間に襲いかかってきたのだ。 「うわあああっ!?」 機械人間は突如部屋に飛び込んできて王女を人質に取った対象を驚いて王女を思わず放してしまったのだ。 「おっ、王女様ーっ!!」 じいやとばあやはバルコニーから落ちた王女を見て叫んだ。するとピリンが宇宙真珠と紅水晶の花で出来た杖を出して、呪文を素早く唱えた。 「エステ・パロマ・ダ・ドレーク!!」 ピリンの出した杖の先端が白く輝き、空中から鱗と牙と翼を持った妖獣、ドラゴンキッドが召喚され、ドラゴンキッドは落下していく王女を口と前肢でつかんだのだった。 「た、助かったぁ〜」 落ちていく王女を見て助かったと安心したじいやとばあや・リブサーナは脱力して腰が崩れた。 「大丈夫ですか!?」 その時、部屋に入ってきたのはティリオだった。ティリオは王女の叫びを聞いて現場に駆けつけてきたのだ。 「ティ、ティリオさん!!」 リブサーナはティリオを見て叫んだ。地獄に仏とは正にこの事である、と。 「ティリオ〜」 ドラゴンキッドに助けられた王女が部屋に入ってきた。王女が部屋に着くと同時にドラゴンキッドも煙と共に消えていった。 「王女の叫び声がしたので、賊が出たのかとかけつけてきたんです」 ティリオがリブサーナ達に説明した。アリア王女はじいやとばあやに抱きしめられ、王女を捕えた黒鎧とシブは戦っていた。シブは牙と爪で黒鎧の身体に噛みついたり引っかいたりするが、黒鎧の表面に細かく傷がつくだけだった。 「シブ、下がれ! こいつは僕がやる」 ティリオはシブに命令を下し、シブは黒鎧から離れ、ティリオはマントの下からウィッシューター号の侵入の時に持ち入れたクロスボウを黒鎧に向けて引金を引いた。 十二センチ程のピアエンテ合金の弓矢が風を切って飛び、黒鎧の胴体に突き刺さった。 「ひゃっ!!」 リブサーナとピリンは思わず目をそむけた。すると黒鎧の様子に異変が起こり、体中に火花が弾け、ガシャーンと大音を立ててバルコニーの中に倒れたのだった。 「ティリオさん……、一体どうして……」 黒鎧に弓矢を向けて倒したティリオを見てリブサーナはびっくりする。 「見てくれ」 ティリオはリブサーナ達に言った。黒鎧の目と口元の黄色い輝きが消え、すると顔に金属製の覆いが外れ、何と中には小さな異星人が入っていたのだ。 「ちっ、ちっちゃいエイリアンがあやちゅっていたの!?」 ピリンも驚いた。その異星人は身の丈十五センチの蟲型異星人で体が純白で目が黒く、皮膚がつるりと柔らかさを持ち、昆虫や節足動物をいうよりは寄生生物の様だった。 「よっ、よくも機巧体(バトルボディ)を……」 異星人はかん高い男のような声を出し、黒鎧の体からはいずり出る。その異星人は身の丈こそは十五センチであるが、尾がとても長くまるでミミズか背骨の様であった。だがシブが前脚で異星人の尾を強く押さえつけ、逃げられないようにした。 「あひゃあ! 爪を立てるな、バカ猫! 痛い! 痛い!」 シブに尻尾を押さえつけられて、胴体をずりずり引かれながら喚いた。その様子がかえって不気味さを増させる。するとティリオが片手で異星人の頭を押さえつけた。 「ひぎっ!!」 リブサーナの髪 異星人は不気味な叫び声をあげ、額を床に叩きつけられた。 「こいつはクシー星域のコントラ星人さ。でも、コントラ星人は普段は水中ですごしていて、地上にはなかなか上がらない筈だ。この機械の身体は彼らの財政では簡単に買えない。この機械の体は何処で手に入れた? そして、王女をどうしようとしたんだ?」 ティリオはコントラ星人に尋問をかける。 「こっ……、この機巧体(バトルボディ)はリークスダラーって奴から買ったんだ! 王女を誘拐すれば安く売ってくれると、契約したんだ! でもリークスダラーって奴は全身黒づくめで顔も隠していてどんな奴か俺も知らない! それは本当なん、だ……」 コントラ星人は早口で言うようにティリオの尋問に答えた。 「じゃ、じゃあボロネーゼっていう大臣の仲間なの?」 今度はリブサーナがコントラ星人に尋ねる。 「ボロネーゼ? 俺はそいつとは関わっていないが、俺の同胞がそいつと関わっている。今頃は……」 コントラ星人はティリオやリブサーナ達に教えた。 「それだけ情報が手に入れれば、お前には用はない」 そう言ってティリオは空いている方の手でコントラ星人の頭部を殴りつけた。 「ふげごぉっ!!」 コントラ星人は独特のある叫び声をあげて気絶したのだった。そしてティリオはコントラ星人の尾を使って、コントラ星人の胴体を縛って拘束した。 「すご……」 ティリオの吟遊詩人の温和そうな姿とは裏腹に一戦士の様な素振りを見て、リブサーナはポカンとしていた。 「何を感心しているの? ティリオは吟遊詩人としてだけでなく、ちゃんと護身術も身につけているのよ。宇宙ピューマのシブと共にいくつものの危機を味わってきたんだから」 アリア王女は生意気そうにリブサーナに言った。それを聞いてリブサーナは少し沈黙する。 「じいやさん、ばあやさん、王女を頼みます。リブサーナちゃん、ピリンちゃん、グランタス艦長の処へ行きましょう」 ティリオがリブサーナとピリンに言った。 「あ、はい!」 「りょーかいだお!」 三人と一頭はじいやとばあやに王女を任せ、廊下を飛び出し階段を降りていった。 「なぁっんだぁ……!? こいつらは!!」 突如城内に現れた謎の黒い鳥のような風貌に赤い炎模様の鎧の戦士たちが現れて、ピアエンテの王城内の各所に出没したとの情報が入り、ドリッド達は驚く。 「女王様と王女様を守れ――っ!!」 「門を閉ざせ! 町や村に敵が侵入したら、星内は大混乱になる!」 空中から降ってきたとはいえ、ピンポイントで王城に侵入してきた敵軍の拡大を防ぐために王兵は敵を攻め、門を守り、戦陣を切っていた。そのため戦闘要員ではない庭番や台所番、女官達は王城内の安全な場所に避難していた。 ピアエンテの王兵対黒鎧軍団との戦いで、折角整えた花畑や植木が切られたり踏みつけられたり、家きんや家畜達の小屋が壊れて動物たちが逃げ出したり、洗いたてのシーツや衣服が破かれたりと困惑していたが、自分達の命には替えられなかった。 王城の中でも力自慢の重騎兵の巨漢達が巨大な鉄槌を振り下ろして黒鎧を叩き壊し、黒鎧を破壊された白い体に長い尾のコントラ星人がはいずり出て逃げようとしたが、捕獲網を持ったミらない兵達に捕らえられた。 メタリックブルーの鎧を着た男兵士と対照的なメタリックパープルの鎧を着た女兵士達は細身のレイピア剣や矛先が小さくも鋭い槍で黒鎧を突いたり刺したりして、叩きのめしていった。もちろん、グランタス艦長率いるワンダリングスも。 グランタス艦長は斧槍で次々に黒鎧の兵士達を斬っては叩き割り、割れた黒鎧から白い体に長い尾の異星人(エイリアン)が出てきて、艦長の威圧と武力に恐れて逃げていったが、ピアエンテの王兵に尻尾を踏みつけられて捕まってしまった。 「コントラ星人か。人間型(ヒューマンタイプ)や亜人型の異星人だと人件がかかるという理由で武力のない分、技術と知性のある異星人に機巧体(バトルボディ)に入れて動かす雑兵にしたか」 グランタス艦長は黒鎧を壊されるたびにどんどん出てきてピアエンテの王兵に捕獲されていくコントラ星人を見て呟いた。 「でもねぇ、艦長。こいつら嫌ってほどに出てきますよ」 ドリッドがエネルギーパック装てん式の携帯銃(ハンドライフル)を黒鎧の群れに撃ち放ちながら、グランタス艦長に言った。 「そんな愚痴をこぼしたって、終わるわけでもないがな!」 ブリックが三又矛を振り回しながら、黒鎧を一度に三、四体もなぎ倒し、更に矛先で黒鎧の手足を切断して動きを封じ、動きの封じられた機巧体(バトルボディ)を使い物にならないと判断したコントラ星人は機巧体(バトルボディ)を乗り捨てて逃げだしたが、ピアエンテの王兵に次々と拘束されていった。 アジェンナは剣を腰の鞘から抜いて、次々に黒鎧を斬り倒していき、遂にはピアエンテの女王に忠誠を誓うふりをし、他の王族を殺めていったボロネーゼの処へたどり着いた。 「うぬぅ……」 自分の前で次々に倒されていく黒鎧の兵と機巧体(バトルボディ)から逃げていくコントラ星人を見て、ボロネーゼは後ずさりした。 「次はあんたよ! 女王と王女をだまし、ティリオの星や仲間達を人質にとり、ティリオに悪事を強要させた卑怯者がっ!!」 アジェンナは剣を下斜めに振り、ヒュンッと音を鳴らした。ボロネーゼは後ろが一階へと降りる階段だと気づくと、足を踏み外せば首の骨を折るか腰をへし折ってしまうかと感じた。 「覚悟っ!!」 アジェンナが剣を持ってボロネーゼに向かってきた。しかし、ボロネーゼは護身用の中振りの剣をローブの下に隠してあった腰の鞘から引き抜いてアジェンナの剣を受け止めた。 「我が野望……、ここで終わらせたりはせん!!」 そう言ってボロネーゼはアジェンナに刃を向けて、突き刺そうとしてきた。しかしアジェンナはすぐさま自身の剣で防ぎ、ボロネーゼの剣を弾き返した。 「やるな、女」 「こっちは幼少の頃から剣術も武術もやってんのよ。唄ったり踊ったりするだけが女じゃないって事を!!」 アジェンナはバックステップし、刃を持ち直して構える。 「じゃじゃ馬が……」 ボロネーゼが何を思ったのか、天井に目をやり、一度にロウソクが五〇本は立てられるシャンデリアに目をつけた。シャンデリアは広間や王族が使う部屋の物とは違って鈍く光る銅である。 「おい、娘。わしの事が赦せぬのなら、ここまで来てみろ。わしの首をうち取ってみろ」 ボロネーゼはアジェンナを挑発し、アジェンナに心に火をつけた。 「上等じゃないの。やってやるわ!」 アジェンナは剣を持って、ボロネーゼに向かって飛び出す。その時、コントラ星人の操る黒鎧軍団を倒し終えたグランタス艦長、ドリッド、ブリックが駆けつけた。 「! だめだ、アジェンナ! これは奴の罠だ!」 「え!?」 ドリッドの叫びで立ち止まり、アジェンナは艦長らの方を振り向く。 (今だ!!) そう思ったボロネーゼが懐から携帯銃を取り出し、引金を引いて銃口から赤い高熱弾をうち放った。ボロネーゼが撃った高熱弾はアジェンナのちょうど真上のシャンデリアを吊るしている鎖を砕き、アジェンナの上にシャンデリアが急行落下してきた。 「!! アジェンナーッ!!」 階段から降りてきてリブサーナとピリンも叫び、シャンデリアは激しい金属音と立てて、砕けた。 「あ、ああ……アジェンナ……」 シャンデリアの下敷きになってしまったと一同はその場に崩れ落ちた。だがよく見てみると、落下の衝撃で激しく歪み、ロウソクも折れたシャンデリアにはアジェンナはいなかった。 「……!? 一体どこへ?」 リブサーナとピリンも顔をあげ、アジェンナは何処に行ったか辺りを見回す。すると、回っ団の吹き抜けの梁に宇宙ピューマのシブがアジェンナを背に乗せていたのだ。 「よ……よかったぁ〜」 アジェンナの無事にリブサーナは腰を抜かし、艦長達も安堵する。 「シブ、ありがとう。助けてくれて……」 「ガウ」 シブはアジェンナを背に乗せたまま梁から降り、アジェンナは廊下に足を着ける。 「アジェンナ……、間一髪だった……」 リブサーナの後ろにティリオが立って現れる。ティリオは思わずアジェンナに駆け寄った。 「ティリオ、王女様は?」 「大丈夫だよ。それよりも今は……」 ティリオは視線をボロネーゼに向ける。 「くっ……おのれえええええ!!」 やけになったのかボロネーゼは携帯銃の銃口をティリオとアジェンナに向けた。だがしかし、ティリオの方が一足早く、ボウガンの弓をボロネーゼの持つ獣の経口に撃ち放ったのだった。 「ぬおおおっ!?」 獣が赤く爆ぜ、窓ガラスも爆風で砕かれ、周りに硝煙が漂う。 「エホッ、エホッ、エホッ……」 硝煙が目と口に入り、一同はむせるがボロネーゼは両腕が暴発で火傷と煤まみれで服も両そでがひどく破れて、他の部分もほころびのように破れているが、息はあった。 「う……ううう……」 爆風で後方に飛ばされるも、ボロネーゼは衝撃と痛みで仰向けに倒れていた。 「わしこそが……ピアエンテの王だ……。どんな手段を使ってでも……」 負傷してまで自身の野望を叶えようと呟くボロネーゼにアジェンナが歩み寄る。 「ボロネーゼ、あんたには刑務所区域に行ってもらうわ」 ボロネーゼは何も言わなかった。 こうしてピアエンテ星での女王親子の完全保守と忠臣の謀反の阻止をする任務をワンダリングスは見事に果たしたのだった。 ピアエンテ王城での戦いが終わった後、城の兵士達も使用人達も城下町に住む幾人かの民やワンダリングス、そしてティリオは王城の修復と犯罪者の護送に入った。 謀反者のボロネーゼとコントラ星人五十五人は城の地下牢に閉じ込められて、数日後にブリックの通信を受けてピアエンテ星にやってきたクシー星域の宇宙連合軍によって裁判と尋問にかけられる事になった。コントラ星人は丈夫な耐性プラスチックの封印カプセルに一人ずつ入れられ、ボロネーゼは両腕を負傷したため両腕には包帯が巻かれており、護送の際はニの腕と胴体を電磁バンドで拘束されていた。 王城では壁や床の崩れた部分はレンガや漆喰でふさぎ、壊れた椅子や卓などの調度品は王室仕えや町の家具職人が修理し、庭園の花壇や畑、庭木や王室仕えの庭師達やリブサーナが直した。折れたり燃えてしまった木や花は掘り直した地面に新しい苗や種を植えた。数ヵ月後には成長して苗は若木となり、種は花を咲かせるだろう。 負傷した兵士や使用人達はブリックと城の医師、ボランティアで集まった人々の手当てを受け、悪化して取り返しのつかない事になる危険はなかった。 スィームラや家畜達の世話や家畜舎の修膳はアジェンナとティリオと家畜番や大工と共に行(おこな)った。スィームラや家畜達はティリオの奏でる〈獣静めの音色〉でおとなしくさせ、その間にアジェンナや大工達が家畜舎を立て直した。 これらの業務は実に十日近くもかかり、良かったのは復興の機関に強風が来たり、雨が降ったりする事はなかった事だ。 「はぁ〜、疲れたぜ、連日続けて働きづめだったのは」 ウィッシューター号の司令室の座席でドリッドが背をだらつかせてがに股座りでピアエンテ星に着いてから王族領内のパトロールと反逆者との戦いと王城の修膳で寝食以外は働きまくっていた事について零した。 「皆、お疲れだったな。二、三日ゆっくり休むがよい。それにしても……、王城の修膳が終わったと同時に嵐が来るなんてな」 ウィッシューター号が停泊している野原では雨が滝のように降り注ぎ、野原に咲く花が豪雨で頭をもたげたり、花弁や葉が散ったりしていた。空も明るいピンク色ではなく、灰色の雲に覆われていた。 「事件が解決してよかったと思いますよ、艦長。アジェンナもティリオさんも敵対する事なくって……」 司令室の折りたたみ座席に上半身を横たわせたリブサーナが言った。リブサーナもピアエンテ星の農業や庶民の暮らしぶりを見て楽しんだのとアリア王女を守っていた反動と疲労のためヨレヨレになっていた。 「ほんとだぉ。ブリックもメンテナンスをうけていりゅし……」 同じくリブサーナと同じ席でグデンと座っているピリンが呟いた。ブリックのメンテナンスとは、人造人間レプリカントである彼は四〇日に一度はレプリカントに必要な成分を二十四時間摂取しないと体に支障をきたすため、研究室の奥のメンテナンス室で特別な台に寝そべって眠っているのだ。 「しょーだ、アジェンナは?」 ピリンが艦長に尋ねる。アジェンナは昨日からずっと、ピアエンテの王城で寝泊まりしているのだ。 「ああ、アジェンナか。今頃は……」 * すっかり修膳が終わったピアエンテの王城では、アジェンナはティリオとシブと共に五年間離れ離れだった分だけ、過ごしていた。王城では女王が執務に励み、王女は教師達から読み書きや計算、舞踊や楽器演奏などの勉強、じいやばあやから礼儀作法や女のたしなみとして裁縫や生け花などを学んで過ごしていた。 「アジェンナはこれからどうするんだい?」 王室仕えの吟遊詩人として女王から与えられたティリオの個室でアジェンナは飲みかけの甘茶のカップの手を止めた。 「えっ……? あー……、私ティリオと再会するためにアンズィット星を飛び出して、流浪の兵団ワンダリングスに入ったからなー……。ティリオと再会した後、どうしようかと考えていなかったから……」 アジェンナは顔をうつむかせながら苦笑いする。部屋の隅ではシブが座ってのんびりとしており、部屋には飾られた歌覚えの花は少ししおれていた。 「そういうティリオはどうするの?」 アジェンナがティリオに聞き返した。 「僕は……エイスル星に帰るのはやめておく。故郷から電報が数日前に来た。父や母や幼馴染達が反乱を初めて……」 「えっ!? ティリオの星を支配している奴と戦争しているの!?」 アジェンナがティリオの肩を持った。 「帰って……。お父さん達や友達の手助けをしてあげなよ! あんたの故郷の人達が自由と平和のために立ちあがったんだよ!?」 「アジェンナ……」 ティリオはアジェンナの真剣な眼差しを見て、はっとなった。 「そうだね、アジェンナ……。僕はピアエンテ星を出て、エイスル星に帰るよ。父さん達を助けるよ……」 「うん……、そうしなさいよ。あたしは……、アンズィット星に帰ろうとも思ったけれど、家出同然で飛び出したわけだし、五年も経っているし、それに艦長達だって……」 アジェンナは言った。自分とティリオはのうのうと過ごしている場合じゃない。ティリオにはティリオの事情があるし、アジェンナにだって戦士としての務めがあるのだから。 「アジェンナ……。君の戦いぶりを見て、僕は巨悪に対する勇気が出なかった。エイスル星を支配している奴が恐ろしくって、少々臆病になっていたのかもしれない……。盗賊や災厄ならともかく、僕はそいつの返り討ちに遭う悪いイメージしか……」 ティリオはアジェンナを見つめ直した。じゃじゃ馬なところもあったけど、いつの間にか美しくなって、心も勇猛になっていた娘さんが純粋に弱者や困っている者のために戦う……。自分も彼女を見習おうと決めたのだった。 「アジェンナ、新しい曲を聴いてくれるか?」 「もちろん」 ティリオは竪琴を持ち、すらりとした指で弦を弾いていった。優しくて温もりのある音色だった。その音色はアジェンナやシブだけなく、王城の中の王女や女王、使用人や大臣達やスィームラ達家畜の耳にも入っていったのだった。 雨の中の美しい旋律(メロディ)だった。 |
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