1弾・7話 エクセター星内乱後日


 エクセター本星の内戦が終わってから五日が経過した。
 分星や臨海地区、山間部に避難していた城下町のエクセター国民は城下町に戻る事となり、反乱兵や王国兵と共に町の壊れた壁や塀を直し、荒れた田畑を耕して新たな糧となる穀物の苗や菜果の種を植えた。男も女も子供も汗と泥にまみれながら、平和だった頃の暮らしに戻す努力を努めた。
 その数日前にさかのぼり、ダイラムはその後、ミュー星域の連合軍に連行され、連合軍が所有する宇宙監獄に送還された。ダイラムは連合軍の母艦に乗せられる時、触れ腐れた表情をしており、グランタス艦長やワンダリングスの顔を見ず、ヴォムフ中将と同じ姿形の連合軍兵と共に去っていった。
「重要指名手配者の逮捕にご協力ありがとう、グランタス殿」
 エクセター王城の北部の黒曜石の岩場に停泊させているウィッシューター号の中でヴォムフ連合軍中将がグランタス艦長に礼を言う。
「グランタス殿、さぞ辛かったでしょうな。かつての戦友を捕らえるのは」
 ヴォムフ中将は艦長にソフトに言うが、艦長はウィッシューター号操縦室の司令席に座ったまま何も言わない。艦長の体には包帯や湿布などの手当てが施されていた。
「中将殿、今は……その……そっとしておいてくれませんかね」
 艦長の付き添いをしているドリッドがヴォムフ中将に言った。少し表情がうろたえる。ヴォムフ中将も少し沈黙してから、取り直して指名手配者逮捕の協力料である小切手をドリッドに渡した。小切手には五〇〇万コズムの単位が表示されていた。
「他の者達はどうしましたかな。特に反乱軍の捕虜になっていたお嬢さんは……」
 ヴォムフ中将がドリッドに訊ねた時、また顔をしかめた。
「疲れのあまり、エクセター星の時間で一日寝入っております」
 艦長が横から割って入ってくる。
「そうか。戦いつかれているのか……。私はこれから連合軍議会があるのでもう行くか、明日の真昼の刻にカーマン殿下の裁判が全国民に発表されるようだから見ておくように伝えてほしい」
「は……」
 艦長とドリッドはヴォムフ中将に敬礼をし、ヴォムフ中将はウィッシューター号を出て、宇宙連合軍の小型空母に乗ってエクセター星を去っていった。
 連合軍の小型空母はウィッシューター号の半分の大きさである真珠色と群青色の流星型の艦で真上に透明状のドーム型の窓がある。動力装置を入れ、ヴォムフ中将と二人の部下、そして電磁拘束具をつけられたダイラムを乗せて小型空母はエネルギーを放出して飛びだっていった。
「艦長、これからどうするんですか?」
「リブサーナが目覚めるまでわしらも待つとしよう。明日、カーマン殿下の裁きを見ておくのも必須だ」

「あー……、よく寝た」
 リブサーナは半身を起こし、両手を上にのばして目覚めた。
「……って、ここどこ!? ウィッシューター号の中じゃない!」
 リブサーナは自身が寝かされていた場所を見て辺りを見回す。シャーベットのような淡緑の結晶の壁と床と柱、黒い石の窓枠と生成りの紗幕、麻のような素材の寝具と黒い木材のベッドの出入り口から見て右下のところにリブサーナはいたのだ。鎧も服も脱がされており、薄い布のガウン型の寝着に着替えさせられていたのだ。
「何でここにいるんだっけ」
 リブサーナは目を閉じ、右人差し指を額に当てて思い出そうとする。
「そうだった。ダイラムって人、艦長がやっつけて、その後みんなで王城まで行ってわたしがどうしてか気を失って……」
 その時、扉が開いてアジェンナとピリンが入ってきた。
「リブサーナ、起きたんだね」
「サァーナ、グースカねてたぉ」
 二人は目覚めたリブサーナを見て声をかける。アジェンナは鎧と全身スーツではなく、紫のタンクトップと薄いカーキグリーンのズボンと黒い編みあげブーツの姿で、ノートPC型の端末を持っていた。
 ピリンは白地に裾と袖口が赤紫色になっているフレアスリーブのドレスを着ていた。そして頭の上にリブサーナの着替えを両手で抱えている。
「あんた、二日も寝ていたんだよ。寒い所に入れられて眠りたくても眠れなかったんだね」
 アジェンナはリブサーナの隣のベッドに座る。
「サァーナ、きがえだぉ」
 ピリンがリブサーナに着替えを渡す。
「二日? こんなに寝ていたの?」
 リブサーナは自身の睡眠時間に驚く。
「うん……。エクセター星は本星と分星で日の出入り時間が一時間ごとにずれているけど、基本的に本星の時間中心だからね。エクセター星は一日三十二時間で、あんたは二日も……正しくは五十時間も寝ていたんだよ」
 アジェンナがリブサーナの眠っていた期間を教える。
「ウィッシューター号じゃ、二十四時間が一日になっているのに……」
 リブサーナは着替えながら艦内での時間とエクセター星での時間の差に驚く。惑星によっては太陽の数や軌道の差などで一日がもの凄く長かったり、人間の睡眠時間と同じだったりとばらつきがある。
 リブサーナは薄緑のチュニックシャツと緑のキュロットに着替えると、アジェンナとピリンに艦長や他の艦員(クルー)はどうしているか訊ねる。
「艦長はケガしていたけど、ウィッシューター号で生活しているから大丈夫。ドリッドもブリックも艦長の側にいるし」
「サァーナだけだぉ。エクセターのおしろでねてたの」
「はは、そうだね。わたしだけだよね、エクセターの王城で眠っていたのは……」
 事件が終わってその疲労のために深く寝入ってウィッシューター号の自室のベッドではなく、任務先の王城のベッドで眠っていた事にリブサーナは軽く笑う。
「……と、もう時間だね。カーマン殿下の裁判」
 アジェンナが端末の電源を入れて放送モードににし、ピリンも後ろから覗き見る。
「さ、裁判!? カーマンさん、どうなっちゃうの?」
 リブサーナはカーマンの裁判を初めて耳にした。眠っていたとはいえ、知らなかった。てっきり和解して、大人しく王城か王族の所有地にいるのかと思いこんでいたのだ。
「思い余ったとはいえ、内戦起こしちゃったんだから、和解だけで済まないわよ。軽い罪状で終わればいいんだけど……」
 アジェンナは暗い表情をするリブサーナに言う。リブサーナはカーマンの優しさを知っている。リブサーナを捕虜にしたとはいえ、傷つける事もなく、食事や納付を与え、生かせておいてくれたからだ。
 端末の画面にカーマンの裁判の映像が映しだされた。場所は城下町の議事会館の会議室で、大きな部屋に十人が座れる大理石のような床と壁と柱があり、窓は厚手の膜で遮光され、上座にレヴィトン王、他の席にヨナタン中将や他の将校や大臣が座り、一番下座の席にカーマンが座っていた。それから複数の兵がカメラやマイクや反射パネルを持っている。会議室には王城の会議室にあるのと同じ椅子がある。上座のレヴィトン王の前にはマイクがある。レヴィトン王は深緑のガウンとマントを着、将校や大臣も丈の長い上着とスカーフとズボンをまとい、カーマンは庶民の簡易型衣を着ていた。ただ、レヴィトン王や大臣達は顔を上げているのに対し、カーマンはうつむき両手をひざに置いている。
『エクセター星、全国民、そして内戦時に王国軍を援助してくれたワンダリングスに告ぐ』
 レヴィトン王によるカーマンの裁判放送が始まった。
『内乱が起きるきっかけとなったのは五年前のヴェスカトラ軍の襲撃から始まった。その時の戦争でエクセター星に多くの犠牲が出た事は全国民も存じているだろう……』
 エクセター星の分星の住民、本星の住民、王城の者達、ワンダリングスは放送機器や端末の映像を通してライブを視聴している。
『カーマンの父で私の兄である先代王は戦火に巻き込まれて死亡した。
 その時、カーマンは兄が私を庇って倒れた様子を見て、私が兄を盾にして生き延びた、という思い込みで現在の内乱を起こしてしまった。
 私は王としての務めの他に、甥に事実を話すべきだった。さすれば内乱は免れ、平穏なエクセター本星のままでいられたと思っている。
 カーマンが私を憎んで生きる位なら、私は自死して償おうとも考えた。私がいなくなれば、内乱が終わり、カーマンの憎しみも消えるだろうと思って……』
 その映像を見ていた王城の者や国民、ワンダリングスは思わず泣き出しそうになった。
『だが、結果的にカーマンとは話し合いで解決した。私が毒を飲んで死のうと思った時、カーマンは私を赦してくれた……』
 そしてレヴィトン王はカーマンに判決を下した。
『カーマンは一年間、王城での謹慎と戦場地にした土地の復興活動に従事させる』
 カーマンに下された判決を聞いて、ヨナタン中将も大臣達も手を上げて賛成した。
「異議なし!」
「私もです!」
 こうしてカーマン・エクセターは辺境地への左遷や牢獄に入れられるという罰を受けず、〈内戦の後始末〉という形で終わった。
「良かった……。カーマンさん、恐ろしい罰を与えられるんじゃなくって……」
 リブサーナは安堵した。一緒に見ていたアジェンナやピリンも喜んでいる。そしてカーマンも涙をこぼしながら、叔父の寛大さに感謝していた。

エクセター本星内戦勃発者のカーマンの裁判放送が終わってからリブサーナはアジェンナ、ピリンと共に艦長達の待つウィッシューター号に帰ってきた。
「艦長、ただいま帰ってきました!」
 グランタス艦長は司令席に座ったまま、リブサーナの帰還を喜んだ。
「おお、リブサーナ。よく戻ってきてくれた」
「本当だぜ。二日前に倒れた時はどーなるかと思っちまったぜ」
 ドリッドもリブサーナの背を痛がらない程度に叩いた。
「すみません……。でも、もう大丈夫です。
 ところでいつぐらいにエクセター星を出発するんですか?」
 リブサーナが艦長に訊ねると、明日の早朝だと教えられた。
「あと少しでエクセター星ともお別れか……。肉親同士のごたごただとか艦長の古い知り合いとか、この星では色々あったなー……」
 一まず息を尽くリブサーナを見て、ブリックは暫く考えてからリブサーナに言った。
「エクセター星では美しいものもあるが、見てみるか? 夕食の後に」
「?」
 リブサーナはブリックが何を言っているのかよく思い浮かべられなかったが、ブリックの言う通りにするかと首を縦にした。
 それからワンダリングスの一面は夕食時になるまで体力トレーニングや読書、映画鑑賞や日記を書いたりと過ごした。
 エクセター星最後の晩さんはブリックが作ってくれたエクセター星の家畜、赤角牛(ドレッドホーン)のシチューと川魚の一種、青ヒレヤマメのくん製のサラダ。エクセター星の生野菜を見たのはリブサーナは初めてであった。葉菜も根菜も色が濃く、肉厚で歯ごたえがある。今までずっと缶詰などの保存食だったから、その上二日も寝ていたから昼食は持っていた携帯食で空腹をおさえていたから凄く久しく思えた。
 他にも山積みの丸い白パンや付け合わせのジャムやバターやチョコソースもいっぱいあったから、リブサーナはおおいにこの戦い後の食事を楽しめたのだ。この日の晩さんの食材はエクセター王の報酬の一部で、他にもジュビジュバの果実で作った避けや焼き菓子や生菓子などのお菓子、エクセター星の鳥や獣の肉や魚の真空詰めの食品、もちろん金品もある。
 それからしてワンダリングスの一面はウィッシューター号を動かし、夜の王城と城下町の荒地へと発進した。空は濃紺に染められ、星が散りばめられ、背中合わせの双月が仄青く輝いていた。
 ウィッシューター号はそっと着陸し、六人は足を地に着ける。そして〈輝き木の葉〉の森とは反対方向の地へと歩き出した。
「うわぁ……」
 リブサーナはブリックがいった〈いいもの〉を目にして、顔を輝かせた。
 そのには五つの花弁を大きく開き、淡い緑色に光るグロービウムが何百何千本も咲いていたのだ。
「綺麗……!」
 リブサーナはこの美しい光景を目にした感想を放った。艦長もドリッドもアジェンナもピリンも、グロービウムの花畑を見て歓喜を満たす。
「リブサーナが捕らわれた後、眠らなくても平気な私は、王城の窓からぼんやりと光るものを見つけた。てっきり敵方の仕業かと思っていたが、このグロービウムの群生だったという訳だ」
 ブリックはリブサーナ達にグロービウムの特性を教え、そして六人で見ようと思いついたのだった。
 エクセター星産植物、グロービウムは昼間は五つの花弁と割れた葉を持つ姿でいるが、夜になると昼間に溜めた日光入りの花びらを輝かせるという神秘的な草花だった。
「一つだけもってかえりたいな」
 ピリンが数千あるうちの一つだけなら自分のものにしていいかな、と言うように呟く。
「それは出来ない。というのも、グロービウムは非常にデリケートな植物だからな。新鮮な地下水と浄化された大地とそして自然の光でないと生きていけない。電灯の光では充分な発光の養分にならない。十日余りで枯れてしまうよ」
 ブリックはピリンにグロービウムの生存条件を話す。ピリンはがっかりするが、リブサーナが携帯カメラを取り出して、この光景を写真に収めようと言ってきた。リブサーナの掌と同じ大きさの薄い長方形型のカメラは夜景に咲く満面のグロービウムの花をカメラの中のデータチップに収めた。
「さあ、今夜も冷える。艦の中に入るぞ」
 艦長は五人に呼び掛け、一行はウィッシューター号の中に入って明日の早朝に備えて眠りに着いた。リブサーナも久しぶりに艦内の自室ベッドに潜り込み、エクセター王城のベッドよりも心地の良い布団の中で眠りに着いた。

 朝陽が昇り、空が白々と染まる頃、ウィッシューター号はエクセター星を飛び立とうとした。艦内の操縦席では皆席に座り、エンジンや大気圏脱出のチェックなどを行い、王城と城下町の間の平原から発進し、ウィッシューター号は空の彼方へと飛んでいった。
 大気圏を離脱し、宇宙圏に入っていったウィッシューター号は大気圏突入装置を解除し、安定した状態で宇宙の中を飛んでいった。後部から白い放物線を放ち、彩りの惑星や大小の衛星、遠くで弾ける超新星が浮かぶ星の海を駆け巡る。
 ワンダリングスの面々も事態が起きるまで司令室に艦長を残して自由行動をとる。
 ドリッドは訓練室で腕立て五〇〇回、アジェンナも食堂に行ってエクセター星の干し肉や干し貝を肴にしてジュビジュバ酒を飲み、アルコールの苦さと果実の甘さが口の中で混ざり合う。ブリックも自分の研究室で新たな薬品開発に勤しむ。ブリックの研究室は各人の個室より少し広めで、壁の棚には四角柱の硬化プラスチックの容器に入れられた液体や粉末の薬品が用途別に収められ、台の上には底に磁石のついたフラスコや試験管のストッカーが置かれ、ブリックは白衣を着て、スポイトにシャーレの薬品を垂らしたりと実験していた。
 ピリンはリブサーナの部屋でリブサーナが撮影したグロービウムの花畑の写真を中型端末機にデータを移行し、更にプリンターを繋げて写真を作る。プリンターは小さな箱型だが、写真は凄い。撮った写真の映像が立体映像として浮かび上がり、まるで本物かのように飛び出すのだ。
「これでいつでも見られるよ」
「やったぁー」
 それからエクセター星を出てから最初の食事の時間が来た。みんなは食堂に集まり、エクセター星の食材を使ったスープやソテーやパンを口にしながら今後の事を話しあった。
「艦長、次はどこへ?」
 飲料水を口にしながら、ドリッドが尋ねる。
「うむ。ここから艦内時間で三十時間後に無人の惑星リズンがあってな、ここで少し休暇を取ろうと思う。
 みんな任務や艦内暮らしで身体と心に息抜きを与えないとな」
「バカンス? それで、何がありますか?」
 リブサーナが興味津々訊いてくる。
「リズンは一〇〇年以上前に生まれたという惑星で、生物は人間以外ならなんでもいる。
 空気が澄んでいて、水も清くて、陸地も島ばかりだが、木の実と薬草は豊富らしい、と未開惑星の探索ネットサイトで報告されている。因みにリズンと名付けられたのはそこに行ったレプリカントの固有名詞から取ったらしいな」
 艦長の説明を聞くと、みんなわくわくして溜まらないように嬉々する。
「ワンダリングス限定のリゾートかぁ、愉しみー」
「サァーナ、みじゅあしょびできるぉ」
「うん、ホジョ星みたいな綺麗な所っていってるし」
「そこの惑星の植物でいくつか果実や草や葉を採取して、新たな薬品の研究素材に……」
「おい、ブリック。研究もいいけど遊ぼうや」
 リズンに着いたら何をしようか考えたりはしゃぐ艦員(クルー)を見て、艦長は微笑ましく感じた。