3弾・3話 入り江の戦い



 暗く冷たい鉄紺色の深さ数百メートルの海底にティロザリア族の居住区があった。

 ティロザリア族の居住区は中心に銀色と鉄黒の八角形状ドームを中心に同じ型の小型ドームが八方に通じており、冷たく仄暗い海底でも過ごせるようにドーム内の空気は暖かく、海底地熱による電力や熱気を利用して生活している。

 ドームは中心・八方共に住まいや学校や病院などの機関が設置されており、ティロザリア族は海底に住みかを持つ以外は他種族と変わらぬ生。活や文明を持っていた。

 西南にある軍事機関では、ティロザリアの宇宙ピューマ捕獲軍部の会議室で一人の客人が来ていた。軍事機関内の軍会議室は八つあり、リンジール族と対峙している軍会議室は三日月を対にしたようなテーブルと一度に十数人が座れるようになっており、出入り口の対の壁には巨大モニターが設置されている。他の壁にはティロザリア族の紋章のタペストリーが掛けられている。

 女や未成年も含めた部隊の会議室に入ってきた客人はティロザリア族でもリンジール族でも、ましてや他のフリズグラン住民でもワンダリングスでもなかった。

「ごきげんよう、皆さん」

 客人は黒いフード付きマントに身を包み、片手に黒いアタッシェケースを下げている。

「お前は……」

 薄紫色の体に白い髭を蓄えた部隊長が客人に鋭い視線を向ける。部隊長だけでなく、何人かのティロザリアの兵士が客人を見つめる。

「はい。我が戦争商品、エナジーアームの使い道のコメントをいただきに、それと、新しい商品のご紹介を……」

 客人はくせのある男の声でティロザリア兵達に言った。

「ああ、あんたが俺達に売ってくれたあの武器か」

「何せエネルギーが自然のモノだけで済むから安上がりだぜ。俺達の科学技術製品よりも灰スペックだ」

 ティロザリア兵が客人に言う。

「そう。それはよござんす。今回は部隊長殿に商品の紹介を……」

 客人は部隊長のいる石にまで歩きより、アタッシェケースの中を開封する。中には電卓(二〇ケタ表示)と高級素材の契約書の書類と筆記類、そして薄いタブレット端末。

 客人は指先が鋭く木の枝のように細い指でタブレット端末を取り出し、端末の画面のアイコンをタッチして操作し、タブレットの画面から移動砲台の映像が立体的に映し出される。砲台はW二口径の大型で人一人が乗れて操作できるという仕組み――をティロザリア族に紹介する。

「商品名フィアヘーレ二〇一四―SP。戦地問わず自然エネルギー充電式で今なら四十万コズム。無料保証期間は一〇年。お得でしょう」

 客人はティロザリアの軍隊長にフィアヘーレ二〇一四―SPを見せ、軍隊長は少しためらう者の、ティロザリア族の総統から渡された軍資金の入った箱を差し出す。箱はブリキのような薄っぺらい金属で出来た長方形型の片手に収まるほどの物である。

「コズム貨幣はない。だが六、七十万コズム相応の宝玉ならある」

 軍隊長は箱を開ける。中には金色や銀色、虹色や一つに二色以上が入った小型の鳥卵程の真珠がいくつも入っていた。

「ほおお……フリズグランしかない深海真珠がこんなに……。これだけの数なら一個ぐらい私がいただいてもわからない……。おおっと、じゃなくてお買い上げありがとうございます。では、この書類に買い上げた証拠のサインを」

 客人はアタッシェケースから羊皮紙や亜麻紙を思わせる高級用紙の契約書を差し出し、軍隊長は自分の名前と更に指の一か所を傷つけて、自分の血で判を押した。ティロザリアの血は植物を思わせる鮮緑で名前の欄の?に捺印した。

 契約書はフリズグランやティロザリア語以外の角や丸などの図形を思わせる文字であったが、客人が訳してくれたので読めた。

 買い手・ティロザリア軍隊長ズメータ。

 売り手・宇宙兵器商人リークスダラー、と。


 青い氷柱樫(つららがし)に囲まれたリンジール族の村に薄青い魚のような宇宙艇、ウィッシューター号が村の近くに降りてきて、中からボアコートやインナーやマフラーに身を包んだ艦長、ブリック、アジェンナが宇宙艇から出てきた。

「よっ、久しぶり」

 アジェンナが二十四時間前とは違った様子でリブサーナ達に挨拶する。

「アジェンナ……。良かった、思ったより元気そうで」

 リブサーナがアジェンナに駆け寄る。

「だいじょーぶだって。子供の時から鍛えているから」

 アジェンナは余裕の笑みを見せる。

「艦長、ティロザリアの連中はまだ来ておりません。特攻を仕掛けてくるって事も……」

 ドリッドが艦長に伝える。

「そう予測するな。あそこにほれ、やぐらがあるだろ?」

 艦長が指をさす。リンジール族の村の出入り口の十二時の方角にやぐらがあった。やぐらには氷柱樫のはしごと村の異変を知らせるための鐘があった。そこには一人のリンジール族が周囲を見張っていた。

「グランタス殿、我が一族の戦士はこの通り。ティロザリアよりは数は劣りますが……」

 ブルェルが村から集めたリンジール族の戦士を紹介する。どのリンジール族も海藻や樹皮の繊維で出来た衣をまとい、巨大魚や獣の骨で出来た鎧や防具、同じ素材の矛や石弓や槌、狙撃担当は分厚い琥珀で出来たゴーグルを身につけている。主に青年で年配者や若者、女を含めて二十五人はいる。

 その時、カーンカーンという音が鳴って、一同はやぐらに目を向ける。

「ティロザリア族が二時の方角から攻めてくるぞーっ!!」

 見張り役のリンジール族の青年が鐘を叩きながら叫んだ。

「みんな行くぞ! 双方に死者を出してはいけない! 血は新たな争いを生み出す。ティロザリアの者を絶対降伏させるのだ!!」 

グランタス艦長の命でワンダリングス&リンジール族は「おおーっ!!」と叫んだ。

 *

 ティロザリア族はリンジール族の集落の北東から何キロも離れた入り江からやって来た。その入り江は三日月を半分にしたような形で、青白い砂と岩壁に覆われていた。

 様々な体の色や姿のティロザリア族が海から出てくる。どのティロザリア族も防御服(ガードウェア)や自然エネルギー変換武器を持っており、次々に登場してくる。

 後で出場するというから指揮を頼まれたティロザリア族の服戦闘隊長のテーツクは四十余人の兵士達に命ずる。

「皆の者、よーく聞け! 今こそ雪の降らないこの時間帯を利用し、我がティロザリアの目的を阻むリンジール族を攻め打つ!! 死ぬ気で行くぞ!!」 

「おおーっ!!」

 ティロザリアの兵士達はテーツク副隊長の命で腕をあげて叫ぶ。テーツクは老兵であるがズメータ隊長よりも一世代下で、青磁色の体に黄色い目、その右目は昔の戦争による傷があり黒い眼帯を付けていた。

「……? おかしいな、ワンダリングスの姿もリンジール族も姿が見えないぞ。どこに隠れている! 出ている!!」

 テーツク副隊長が叫び、空と入り江に声が響いてエコーする。

「来たか、ティロザリア族!!」

 入り江の高台からリンジール族の戦闘隊長ブルェルが現れる。

「もうこんな戦いは止めて、今まで通り戦争前の暮らしに戻ろう。道具は創り直せても、命は〇からなんだ。宇宙ピューマだって誰にも干渉されないのが一番なんだ」

 ブルェルがなだめるように言うが。テーツク副隊長は十秒だまるも言い返した。

「ふん、戯言を。これで最後にするというのなら、今のうちに言っておいてやろう。宇宙ピューマの乱獲の件は我々の意思ではない。宇宙兵器商人を通して、さる御方から頼まれたのだ。フリズグランでは科学技術の優れた我らティロザリア族に託されたのだ。

 さる御方はこう言ったのだ。『宇宙ピューマの利権問題を潰してくれれば、ティロザリア族により優れた科学技術を献上する』と」

 テーツク副隊長の発言を聞いて、ブルェルは尋ねる。

「さる御方とはどこの誰だ?」

「知らぬ。宇宙兵器商人はそう言っていたのだ。もういいだろ! 皆の者、一斉射撃(オールファイア)!!」

 テーツク副隊長の掛け声でティロザリア族の兵士達が自然エネルギー変換銃を向けてきて、空気エネルギーを弾丸に変えてブルェルに向けてきた。

「そうはいくか!!」

 ブルェルは強く足踏みすると、地面から青黒い石の壁を出してきて、ティロザリアの兵士達が撃ち放ったエネルギー弾を防いだのだ。地面に寝かせてあったその出っ張りを二メートル以上あるリンジール族の巨大の一踏みで起こせるように造られている。

 ガァン、ギィンとエネルギー弾の当たった音が入り江に響いた。

「これは……凍結石(とうけつせき)……」

 テーツクはブルェルが踏み起こした石の盾を見て呟く。

「いつの間にそんな物を用意していたんだ?」

 ティロザリアの兵もリンジール族の用意の良さに驚く。

 高台の先から少し離れた場所にいるリブサーナがザムガルに尋ねる。

「本当に……いつからあったの?」

「実は猛吹雪の中、湾岸に数キロ置きに置いたんだよ。いやぁ全く、雪にぶつけられたり視界が遮られたりしたけど、前もってね」

「ほぉ〜、うちゅーピューマのようしゅをみにいっただけでなく、たてもおいていったのか……。それはそれでなっとくいくぉ」

 ピリンも感心する。

「フリズグランをはじめとする惑星は長いこと分厚くなった氷が岩石程の硬さになる事がある。生物の骨格が何千何万年も地中で埋まっていた化石のようにな」

 ブリックが凍結石についての説明をする。

「くっ……、こんな手の込んだ事をやっていたとは……。同じ箇所をまとめて狙え! そうすれば砕けるはずだ!」

「はっ!!」

 テーツク副隊長が指示を出し、狙撃担当のティロザリア兵を凍結石の盾の中心を総攻撃して撃ち放つ。自然エネルギー変換剣を持ったティロザリア兵が高台に向かって表面が凍結してまっ平らな坂を駆け上がってくる。

「そうはさせるかよ!」

 ドリッドが仁王立ちして、リンジール兵が四人がかりで運んできた氷柱樫の丸太を強く蹴っ飛ばして、丸太は地響きが激しいほどの音を立てて転がってきた。

「うわあああ!!」

 ティロザリア兵は転がってきた氷柱樫にぶつかって地面や岩壁に叩きつけられ、丸太に当たらなかったティロザリア兵十数人がリンジールとワンダリングスのいる高台に上ってやってきた。

「皆の者、突撃!!」

 ティロザリア兵の経験の長そうな一卒兵が他の兵士達に号令をかける。ティロザリア兵が自然エネルギー変換装置の剣を持って向かってくる。柄の先から冷気を細身の刀身に返還させた武器を構えて突っ込んでくる。リンジール族の戦闘員は巨大魚の骨や鎧毛深鹿の角でできた槍や銛を向けて防ぐ。

「わしらも行くぞ! 総員出撃!!」

「おおーっ!!」

 グランタス艦長の号令でワンダリングスもティロザリア族を迎え撃つ。

 ドリッドはトンファーを持ち、ティロザリアの兵士を三人、まとめて倒す。トンファーを片手で回して刃を受け止め、残った方で鳩尾を強く突いて押し出した。左右から二人が突っ込んできたが、ドリッドは両方のトンファーを高速回転させて振り回し双方のティロザリア兵の顎をアッパーした。ドリッドの攻撃を受けてティロザリア兵はダウンして白い地面に倒れた。

 リブサーナはすね当てが鞘になっている二本の短剣を抜き出して、ティロザリアの一女兵と対峙する。女兵は薄い赤紫の体に水草や海藻を思わせる薄茶色の髪を生やしており、風や地震の動きでなびく。リブサーナもうねりのある糖蜜色の髪をなびかせ、自分よりも背の高いティロザリアの女兵に立ち向かう。ティロザリアの女兵は冷気を刀身に変換させてリブサーナを襲うとするが、一八〇センチ越えの女兵よりリブサーナの身体の方が小回りが利き、女兵の刃をかわした。そして、峰打ちを入れて失神させる事に成功したのだった。

 ブリックは三又矛(トライデント)を持って槍を回転させたり大きく振るってティロザリアの兵士をなぎ倒し、石突きの部分で鳩尾や腰を突いて失神させた。

 グランタス艦長は斧槍(ハルバード)を持ってティロザリア兵の冷気エネルギーの剣を斬りまくって更に斧の平坦や柄でティロザリア兵を叩きつけて気絶させていった。

 ピリンも妖獣を次々に召喚して、子供の妖竜ドレークが空中を飛んで口から火炎弾を出して攻撃し、大きな耳と長い鼻と円柱型の八本足を持つバオネーシャを召喚させて敵兵を踏みつけさせたり、鼻で叩きつけたりしてティロザリア兵を撃退させていった。

 そしてアジェンナは体が回復したためか、武器の長剣を出してティロザリア兵に立ち向かい、エネルギー変換剣の冷気の刃を斬って砕いただけでなく、エネルギー噴出孔の付け根も斬って使用不可能にしていった。

 一方、狙撃担当のティロザリア兵はリンジール族が設置した凍結石の盾を同じ箇所に集中攻撃していた。だが、それが災いしてかリンジール族の狙撃担当によって、打たれてしまったのだった。

「敵でも殺生は禁止」と云われていたので、弓矢の先端には麻痺薬や睡眠薬が塗られていたため、ティロザリア兵の肩や脚や尾に刺されると、彼らは体中に痺れが走ったり、眠気に襲われていったのだった。


「しっ、しまった……!! 一点集中攻撃と突撃だけにとらわれてしまって、私一人になってしまった……」

 テーツク副隊長は自分とこの兵士が皆、リンジール&ワンダリングスの同盟によって、倒されてしまった事にうろたえる。

「後はお前だけだ、今なら降伏が可能な時。まだ間に合うぞ」

 ザムガルがテーツク副隊長に言った。

「くっ……!」

 テーツクが一歩退いた時だった。両軍が率いる入り江の外海の沖から大きな音と白い大きな気泡が弾けて、リンジール&ワンダリングスのいる高台に何かが向けられて放たれたのだった。

「む!」

 艦長が空から自分らのいる場所に降ってくる物体を目にした。

「みんな、よけろ!!」

 艦長の呼びかけでリブサーナ達は散り散りになってその場を離れた。

 ドドーン、と空と大地が鳴り響き、丘の中心に大きな凹みができ、雪と氷の大地がビターショコラを思わせる層にえぐれていた。

「なっ……、何だぁ!?」

 ドリッドが目の前の衝撃を見て腰を抜かしながらも叫んだ。

「あっ、皆さん! あれを見てください!」

 ブルェルが海の方に指を差して一同に声をかける。彼らのいる入り江の沖の海から水飛沫と共にリンジール族四人分の大きさもあるチャコールグレイの砲台が出てきたのだ。

 砲台はヒラメを思わせる機体に背に二本の二〇五ミリの経口の銃身(バレル)、その間に挟まるように膜のような操縦席にいるズメータ戦闘隊長が搭乗していたのだ。

「なぁに、アレェ?」

 ピリンが砲台を見て言った。

「お、おおおお……。ズメータ戦闘隊長! 来て下さったのですか! 私だけになってしまった時、絶体絶命だと思っていたのです!」

 テーツク副隊長が砲台に乗って現れたズメータ戦闘隊長を見て嬉々として叫んだ。ズメータは砲台を前進させ、リンジール&ワンダリングス軍に砲台に装備された拡声器を使って伝える。

「グハハハハ……。ワンダリングスとリンジール軍よ、驚いたか! これぞ、我がティロザリア軍のとっておきの兵器、フィアヘーレ二〇一四―SPだ!! 今度こそ、我らの勝利する時だ!!」

 ズメータはそう叫ぶと、砲弾発射のスイッチを入れ、二本の砲口から赤いエネルギー弾をワンダリングス&リンジール軍に向かって撃ち放った。

「また来るぞーっ!!」

 ドリッドが叫んで、砲弾の一つが両軍に撃たれて降ってきて、爆音と共に高台の一ヶ所がえぐったように削れて石屑がボロリとこぼれ、煙が立っている。そしてもう一つの砲弾は凍結石の盾を砕き、凍結石は中心から放射状に砕かれていた。

「な……凍結石の盾がいとも木っ端みじんに……」

 リンジールの兵の一人が破壊された盾を見て、背筋を凍えさせた。

「くっそぉ! こんなのを受けたたら、一発で冥界送りだぜ!」

 ドリッドが吐き捨てると、リブサーナが敵方の水上砲台を見て疑問に思った。

「ねえ、砲台で威力の強い砲弾を撃っているのに、どうして撃った時の反動で転ぶ事がないの?」

「あの砲台の礎が水面の表面張力装置が備わっているのだろう」

 ブリックが答える。

「水中に油をまくと、油が浮く原理と同じだ」

「あと、海水の塩分濃度にも関係していると思います」

 ザムガルが答える。

「フリズグランのような寒冷惑星は塩分密度がやたらと濃いんです。島程の氷が浮くのもそのっためです」

「そうだったのか……」

 リブサーナがザムガルから聞いた情報を知って納得する。

「……にしてもさ、ちゅぎのこーげきがくりゅとおもったら、なかなかこないぉ」

 ピリンが敵の砲台を見てみんなに言った。

「うーむ、ありゃ攻撃が強い反面、次の攻撃まで時間がかかるという事か……」

「どうします、艦長? 今すぐに反撃しますか?」

 ドリッドが艦長に尋ねる。


「次の攻撃までエネルギーチャージが数分もかかるとはなぁ……。陸に行った奴らはテーツク鹿残っていないし、まあいい。気長に待つとしよう」

 ズメータは水や外気を防ぐ透明な防護膜の中で脚を伸ばして腕を組んだ。

「ズメータ隊長、次の攻撃に時間がかかるから、って何悠長な事を……」

 岸で自分以外の兵士が全て戦闘不能となり、一人取り残されたテーツク副隊長は軍用の双眼鏡から沖にいるズメータ隊長の様子を見つめ、苦い顔をする。その時、テーツクの背後からそろりと一人の影が近づいてきた。

「ん?」

 気がつくとテーツクは自分の喉に長剣の刃がつけられているという事に気づいた。

「ちょっといいかしら? ティロザリアの副隊長さん?」

「お、お前は……!」

 テーツクに刃を突き付けていたのはアジェンナだった。ズメータの放つ砲弾に時間がかかると知ったワンダリングス&リンジール軍は一人がテーツクの元へ忍びよって隙を狙ったのだった。

「よし。チャージ完了。今撃てるのは四発だから、四発で終わるとするか……」

 ズメータは姿勢を直し、操縦桿を握り直す。そして照準を入り江に合わせると、砲弾のスイッチを入れようとした。

「発射!!」

 発射スイッチを入れた時、反動で機体が大きく揺れた。

「のわっ!?」

 水上砲台は左側に大きく傾き、放たれた砲弾の一つが入り江とは全く離れた岩壁に当たって崩れ、もう一つの砲弾は入り江の岸にいるアジェンナとテーツクに向けられた。アジェンナとテーツクは麻痺や眠りで動けないティロザリアの兵士を入り江の洞窟の中に入れていた。ズメータの砲弾を受けないために。

「わああああ!!」

 入り江の岸が勢いよく爆ぜ、砂や氷塊が粒の飛沫となって視界を塞いだ。

 一方海ではテーツクが待ちぼうけている時に海に入ったリンジール族の兵が数人、テーツクやズメータに気づかれるように高台を下りて海に入り、水上砲台を支えている装置をいじったのだ。それで発射の反動で傾いたのだった。

「おのれぇっ、リンジール族めっ!!」

 ズメータは沈んでいく砲台を乗り捨てて海中に逃げようとしたが、リンジール族の兵に捕えられてしまった。

「この勝負……我々の勝ちだ!!」

 ブルェルが叫ぶと、一同は声を張り上げて歓声を上げた。


 こうしてリンジール族とティロザリア族の宇宙ピューマの利権をめぐる戦争は終わり、リンジール族の勝利となった。

 その後、ティロザリア族の代表である総統閣下がリンジール族の長老との話し合いでズメータ戦闘隊長をはじめとする兵士達に一〇〇日の謹慎処分を与え、宇宙ピューマをめぐっての戦争は降伏を宣言すると誓った。

 戦争の後はワンダリングスはズメータとテーツクに水上移動砲台フィアヘーレ二〇一四―SPをはじめとするティロザリア族に売りつけた宇宙兵器商人の情報について尋問にかけた。

 戦場となった入り江の洞窟でズメータとテーツクは正座して丸めた手を膝に置いてワンダリングスの尋問に答えていた。

「お前達に自然エネルギー変換銃刀や水上移動砲台を売ったという兵器商人とは、どんな姿でどんな異星人(エイリアン)でどこの星の出身で、何て名前なんだ?」

 ドリッドが仁王立ちをしてズメータとテーツクを見下しながら言った。勝敗が決まる前はそんなに威厳を感じなかったが、負けると大きく見えると思ったズメータとテーツクであった。ドリッドの隣には携帯端末で書き込むブリックの姿も見られ、艦長と女子三人は傍観していた。

「知らん。何せ全身黒づくめのフードマントの姿で、顔もスカーフで覆われていてどんな顔かもわからなかった。

……ただわかるのは、声が無性に低かったから男だと思う。いや、もしかしたら変声機を使った女かもしれん。

 あと、契約書に奴の名前がこう書かれていた。文字はフリズグラン語やクシー星域以外の言語だったが、奴は読める事が出来た。リークスダラーという名だった」

 ズメータの返事でブリックは携帯端末に書き込む。

「リークスダラー……と。あまり耳にしない名前だな。まぁ、宇宙には似たような個人名が数えきれないほどあるからな」

 ブリックが呟きながら宇宙兵器商人リークスダラーの情報を入力して保存する。


 ズメータとテーツクをティロザリア族の居住区に送還させたワンダリングス&リンジール族は一次休暇を取った。

 リブサーナ達もザムガルとコゴエ兄妹の案内で宇宙ピューマのすまう雪原にやってきた。雪原の三方は氷柱樫の林、赤茶や灰色や白や黄色い毛の宇宙ピューマが走りまわったり、氷柱樫の木の枝に上ったり、親よりも当然小さい子ピューマはじゃれ合っていたり寄せ集まっていたりしていた。

「おぉ〜、たくしゃんいるぉ、うちゅーピューマが」

 ピリンがピューマの群れを見つめて感心する。

「ええ、でも増えすぎると、鎧毛深鹿が絶滅に瀕しますからね。自然の摂理に基づかせるのって大変なんですよ」

 コゴエが説明する。アジェンナは赤茶色のピューマを見つめながら、ワンダリングスに入る前の故郷のアンズィット星にやって来たティリオとシブの事を思い出していた。

「そろそろフリズグランを出発するぞ。わしゃ、寒いのには我慢ならん。行くぞ」

 艦長が白くつく息を吐きながら、リブサーナ達に言う。リンジール族から報酬として鎧毛深鹿の干し肉とポカイロの実を一籠受け取り、リブサーナとアジェンナも踵を変えようとした時、コゴエが一冊の本をリブサーナとアジェンナに渡した。

「私のお礼……といっても、私個人としてのお礼ですが……」

 リブサーナはタイトルを見て目を見開いた。『煌めく白銀の星で』であった。

「えっ、でもこれ、コゴエさん達にとって大切な物なんじゃ……」

「いえいえ、お礼として受け取って下さい。本の一冊くらい人に譲ったって平気ですから……」

「そうですか……。じゃあ、大切にします……」

 リブサーナは本を受け取ると、ぺこりと頭を下げた。

「それでは、わたし達はこれで……。また、いつか会う日まで、さようなら」

 リブサーナはアジェンナと共にコゴエ兄妹と別れて、ウィッシューター号の処へ駆けていった。


 ウィッシューター号では、艦長、ドリッド、ピリン、ブリックが司令室のメインコンピューターに、ティロザリア族に兵器を売った兵器商人、リークスダラーの詳細情報を宇宙電子情報網で調べてみたが、情報は得られず。そこでリークスダラーについての手掛かりを宇宙連合軍に送信したのだった。宇宙連合軍なら、艦長の知り合いが幾人いるから判明すると思って。

「みんな……、もしかしたらこれから我々は今までより強い敵と対決するかもしれん……。

 その覚悟はできているか?」

 艦長が真剣な眼差しで艦員(クルー)にそう言ってきたので、少しはためらうものの、三人は答えた。

「も……もちろんです!」

「どんな修羅の道でも、誰もが通りますよ」

「そ……そうだぉ。やるっきゃないぉ!」

 ドリッド達の発言を聞いて、艦長は安堵したかのように頷いた。

(宇宙盗賊、宇宙兵器商人、多種多様の宇宙犯罪者……。だが彼ら以上に強い敵が出てきそうな予感はするが……流石に連合軍が多勢でも太刀打ちできなさそうな気がする)

 そう思った艦長はアジェンナとリブサーナがウィッシューター号に戻ってくるのを待っていた。