3弾・7話 宇宙温泉湯けむり殺人(問題編)



 ピアエンテ星での王位強奪者との戦いが終わり、またアジェンナも五年ぶりに再会した吟遊詩人ティリオと別れ、ワンダリングスはまた星々の煌めく宇宙空間へと飛び込んでいったのだった。ウィッシューター号は後部から青白い放物線を放出し、時折小惑星や衛星群とぶつかりながらも宇宙の海をかけていった。

「はぁ〜あ、もう六日目よぉ。いつになったら惑星にたどりつくのかしらねぇ」

 障害物のない宇宙空間に浮かぶウィッシューター号の操縦席でアジェンナが背もたれによっかかりながら呟いた。隣ではリブサーナがモニターにもなるコックピット窓の映像を見つめている。ティリオとシブが故郷の星の家族や友人を助け出すためにピアエンテ星の王室仕えをやめ、またアジェンナと別れたと聞いたリブサーナはアジェンナが落ち込んでいるかと気にしていたが思っていたよりも元気な事に安心していた。

「うん。でも六日間も宇宙空間を漂っている、っていうのは悪い事や嫌な事が何もなかったって言う証拠でしょ。その間のわたし達は訓練やウィッシューター号のメンテナンスといった役目があったじゃない」

 リブサーナがモニターの現在点座標を確認しながら返事をする。

「そうだけどさぁ……。実戦がないと、体が怠るっていうか、訓練の結果が出ないというのよねぇ……」

 ドリッドはこの時、実戦訓練室で筋トレをしており、ブリックも治療薬のストックを研究室で作っており、艦長もボロネーゼ大臣と契約していた悪の情報を探っており、ピリンも昼寝中だった。

「だけどもさぁ……ん?」

 アジェンナはモニターを見て、宇宙空間の一ヶ所に何か一つの衛星に一棟の建物があるのを目にした。衛星の上半分をまっ平らに削り、中央に「E」の字形の二階建ての建物は衛星でできた瓦屋根と壁、建物の周りには七つのドームに覆われた貯水所があり、密林樹や花畑などの趣が施されていた。

「何……あれ……」

 リブサーナも衛星の上に造られた建物――正しくは施設を見て、目を見張る。そして施設の屋根近くの看板にはクシー星域主文字、記号型文字でこう書かれていた。

『宇宙空間温泉・カミロの湯』



 ウィッシューター号は『カミロの湯』の旅館近くに停泊させ、旅館から通路チューブが伸び、ワンダリングスはチューブを通って、旅館の中に入る。旅館の中はフローリング風の合成防水素材の床、黒い升目状の木枠に紙布が貼られた戸――いわゆる障子窓や障子戸が壁にいくつも設置され、開いている戸や窓からはいくつも内装が見られた。どの部屋も白い壁に木材の壁棚と色つきの紙布の引き戸、床は長方形の緑の草で編んだ敷台が六つ収められていた。

「ようこそ、カミロの湯へ。わたくしがこの温泉宿の主、ポッカ・ユッケ・ムーリンです」

 ワンダリングスの前に木だらいのような帽子に紺色の羽織、青い縦縞の着流しのヒューマン型星人が現れた。カミロの湯の館主はリブサーナより少し高めの背丈に少し猫背の小男で元からなのかにやけ顔である。

「我が温泉宿は曾祖父の代から続けている由緒ある宿でして、飛び入り宿泊の方は予約の一.5倍のお値段になってしまいますが……」

 ポッカ氏はワンダリングスに宿の宿泊費用などの説明をし、ワンダリングスはグランタス艦長、ドリッド、ブリックは温泉と食事だけにして、女性人にだけ部屋付きというプランを申し出た。

「えっ、いいんですか? 艦長、わたし達が泊っていっても……」

 リブサーナが尋ねると、ブリックが答える。

「なぁに、どうせ二十四時間だけだ。六人泊まるところを三人だけにしたんだ。気にするな」

「わぁーい、おんせん、おんせん!」

 ピリンは艦長達の足元でピョコピョコ飛び跳ねて喜んでいた。


 アジェンナとピリンとリブサーナは赤紫の衣を着た女性従業員の案内で、三人だけでも十分広い寝所に案内された。白い壁に天井一面が電灯になっている他、木造りの棚と板の間にテレビ、色付きの紙布の引き戸は桃色と紫のグラデーションの鳥の柄、床には緑の草で編んだ敷き板が八つも収められていた。リブサーナは初めて目にする敷き板を素手で触り、その柔らかさと仄かに香る草の匂いを感じとった。

「リブサーナは畳を知らないんだね。床に座る時に足を痛めないようにするための道具よ」

 アジェンナが畳を手でさする。

「畳っていうんだ、これ。エヴィニー村では木の椅子と綿や羽毛を詰めたクッションで座っていたから……」

「ねっころがるにもきちいいぉ」

 ピリンが畳の上でころころ転がった。

「それじゃ、温泉に行きますか」

 アジェンナが立ちあがってリブサーナとピリンに言った。温泉宿は大広間が六つ、小広間が六つ、小部屋が十二あって、小広間の一つを館主の居住区、小部屋の三つを従業員の部屋、リブサーナ達が泊るのは小広間の二階の、真中であった。従業員はブリックと同じ人造人間(レプリカント)で宇宙事故ではぐれたところをポッカ氏が拾って従業員に採用したのだった。ワンダリングスの他には七人の客が来ていたが、仕事休みの旅行客だったり新婚旅行の若夫婦だとか、課題旅行の学生さんとまちまちだった。

「どうぞ、これにお召変えを」

 レプリカントの女性従業員がリブサーナの部屋にやって来て、三着の衣と帯と三枚の手ぬぐいと大判タオルを持ってきた。

「浴場へ行く時の湯帷子でございます。どうぞ」

 リブサーナやピリンが湯帷子を手に取ると、衣は簡易型で帯でしめて、白地に青い湯けむり模様の柄であった。ピリンの衣は当然幼児用でアジェンナが着せてくれた。

 浴場は一階と繋がっており、宇宙の星空が見渡せる露天風呂、熱帯の星に咲く植物が植えられたジャングル風呂、一つの浴場に六つの浴槽に六種類の花が香り浮かぶ花風呂、クシー星域のテルドラ牛の乳を入れたミルク風呂、クシー星域の農業惑星リノミィ星のマッコラ葡萄の酒風呂、フリズグランの岩塩を使った塩風呂、浴槽から泡が出て体のツボを刺激するジャグジー風呂があった。

 リブサーナ達はミルク風呂の浴場へ行き、湯帷子を脱衣所で脱いで上の半円が浴場、下半円が流し場の小広間より一.五倍はある湯殿に目を見張る。壁にはシャワーと水と湯が出る蛇口が七つ並び、水にふやけない木材の風呂椅子や風呂桶も七つ重ねられており、壁と床は大理石でつやつやに磨かれていた。

「おおーっ、まっしろだぉ」

 ピリンが湯気とミルクの匂いに包まれた浴場を見て叫ぶ。浴場にはミルク剤のシャンプーやボディソープもあり、髪と体を充分に洗ってから湯につかった。

「はぁ〜っ、偶然見つけたとはいえ、こんな愉しみが味わえるなんて……。ついているわねぇ、あたし達」

 アジェンナが湯船につかって伸びをする。

「うん。わたしなんか温泉なんてそんなに行ってなかったからなぁ。ホジョ星にはあったけれど、主に長旅の人が使う場所で、畑を耕す人達には一生に何回かの贅沢だってお父さんが言っていたし」

 リブサーナは白く濁ったミルク風呂の湯をまんべんなく腕や首につけていた。ピリンなんか浴場の広さを利用して、泳いでいる。


 一方、艦長達男性陣は麦や稗や粟などの穀物酒風呂に入っていた。湯気だけでなく穀物酒特有のにおいが漂い、一回吸引しただけでも酔いそうな感じだった。

 充分に入浴を楽しんだ後は、白湯で酒の匂いを流してから、タオルで体をぬぐい、湯帷子を着た。

「艦長、食事は一階の大広間で他の客達と合同の時間で採

るようです。館主を入れて従業員が三人しかいないから、同じ場所同じ時間でまかなっているんですって」

 ブリックが艦長とドリッドに言った。カミロの湯は館主が接客と経理、清掃員、調理師、整頓担当と分かれており、また衛生上の温泉宿のため、雇用も難しかった。そこで館主は仲間とはぐれたレプリカントを温泉宿の仕事を仕込ませて雇っていたのだ。

「だろうな……。惑星内の温泉宿と違って、客もあまり来ないのもあるだろうし。あと、宇宙移動者が体の疲れと汚れをとるためだけ、あと食事処として扱っているそうだ」

「まぁ、個人経営ってのもあるけど、税金で造られた公共浴場よりはそんなにせかせかしてなくていいような気もするな」

 艦長とドリッドが湯帷子を着ながら返事をする。


 ワンダリングスや他の宿泊客は一階の大広間『麗蘭(れいらん)の間』で本日の夕食(建物の時間的に)のために集まり、真四角の紫の座布団の上に座って待機する。大広間の畳は二〇枚あり、祖の上座には木板の舞台があって、劇や歌舞などの催しをするための場所でもあった。

 座布団は上座から見て右に七枚、左に六枚敷かれ、ワンダリングス、若夫婦、三人の学生、そして中年男とその部下らしい女性であった。若夫婦は夫は赤や黄いや緑の羽に覆われ、妻は茶色と灰色の羽毛に覆われた鳥型星人(エイリアン)で、二人とも金色の眼をしていた。三人の学生は一人はリブサーナやアジェンナと同じヒューマン型星人であるが、側頭部に白い花弁のような房があり、手首や足首にも生えていた。一人が緑色の肌に飛び出た両目と大口に大柄な体つきのカエルみたいな星人、それから髪の毛が緑の蔓状で赤い目に白樺の木肌みたいな植物型星人でカエル男とは対照的なひょろ長であった。

 最後の一組が額に三本の角、ギョロ目にがに股に赤い肌の小太りの男で、部下の女性――秘書とは思われる女性が男とは反対にのっぽの細身で丸い目に小高い鼻と真っ直ぐな唇の色白の長い黒髪であった。

 グランタス艦長は左側の上座近くに座り、その隣にドリッド、ブリック、アジェンナ、リブサーナ、ピリンが座り、グランタス艦長の向かい側に小鬼男、その隣に秘書、大、中、小の学生、そして鳥型星人の夫と妻が座る。小鬼男とカエル男とドリッドが胡坐で座り、女性は他の男性は正座、リブサーナとピリンも普段慣れない正座で座る。 

 その時、館主と女性従業員が小さな食膳を運んでくる。食膳には白磁器に青い染料の食器と黒塗りの器、近くの惑星から仕入れてきた海老や魚の刺身が盛られ、丸い磁器には卵や木の実や山菜を入れた茶碗蒸し、サイコロ状に切って香味野菜と炒められた牛肉ステーキ、漆器の碗には海藻で白葱と麩の味噌汁が湯気を立て、食膳と一緒に運ばれた木の丸櫃には白米の飯がたんまり入っていた。

「おおっ、旨そうだな!」

 ドリッドと大柄な学生が食膳のごちそうを見て嬉々とする。女性給仕が湯煙模様の湯のみにお茶を一杯ずつ入れて客達に配る。

「それでは夕食を存分に楽しみ下さい。おかわりとかが欲しかったら、私にお声かけて下さいね」

 女性給仕は次の作業をしに広間を出て、一同は食事を開始した。

「うん、うめーな!」

 ドリッドが刺身をほおばり、他の客もサイコロステーキや茶碗蒸しに白飯に舌鼓を打ち、大柄な学生は言うまでもなく味噌汁や白飯をおかわりし、ピリンは茶碗蒸しをフーフーしながら食べ、ワイワイ楽しんだ。

「おい、エガーテ。レプリカントの給仕に白麦酒を五合頼んでくれないか」

 食事のさ中、鬼男が秘書の女に言った。しかし秘書の女は、

「いけませんよ、社長。一ヶ月前の健康診断で、肝臓異常が見つかったからお酒は三ヶ月は控えるように、と言われていたではありませんか」

 低音が特徴的な訛りのような言語で社長と秘書が言い合った。自身の惑星の訛りや方言のような言語は星域の境目の辺境の惑星では使われる事が多く、高低や音程のアンバランスが特徴的なのだ。まぁ、リブサーナの故郷のホジョ星もラムダ星域の辺境惑星に入るが、ホジョ星の言葉は隣の星域の標準語に近いためによく使われているのだ。

「なんていってりゅの?」

 ピリンがブリックに尋ね、ブリックは二人の会話を聞いて他の者に教える。

「ああ、彼は酒を飲みたいが部下の女性から飲むを止められているんだ。健康診断で引っかかったからだ、と」

「それでか」

 アジェンナが呟くと、小鬼男は秘書を睨みつけ、飲ませろと駄々をこねる。秘書は小鬼男のわがままに折れて、席を立って給仕の女レプリカントに酒を頼みに行った。

「何だあの男は……」

「我侭なうえに人使い荒いわねぇ。社長、って言われていたけど、どっかで見た事あるような……」

 若夫婦が小声で顔をしかめながら話し合っていて、三人の学生も立ちあがって大広間を出ていった。

「あんな奴と一緒にいたら飯がまずくなるよ」

「部屋に戻ってレポートを書こうぜ」

「う、うん」

 学生達もひょろ長、ヒューマン、大柄がぞろぞろと大広間を出ていった。三人の食膳はきれいさっぱり食べ終えられていた。


 夕食を終えた後はワンダリングスも男性陣は旅館の外に停泊させてあるウィッシューター号、女性陣は旅館内の『明霞(あけがすみ)の間』に戻って館主と女性給仕が敷いてくれた布団の上に入っていた。

入口はアジェンナ、真中はピリン、部屋の奥がリブサーナという風に。リブサーナとピリンは旅館内のテレビをつけて、近くの惑星のバラエティ番組を楽しんでおり、アジェンナは持参してきた紫のエナメルポーチから化粧水と乳液を使い捨てパフにつけて肌荒れの予防をしていた。

「それにしても、あのおじさん。空気読めない人よね。自分だけならともかく、他の人達だっているんだからさ」

 アジェンナが呟くと、テレビを観ていたリブサーナが振り向く。

「あのおじさん、クシー星域の辺境の星で製薬会社の社長だって。あの若い夫婦の人達が言っていたよ」

「どうやって聞いたの?」

 アジェンナが尋ねるとリブサーナは説明する。

「部屋に戻る途中、自販機近くの共同の洗面所で夫婦の人達が嘴と歯を磨いていて話し合っていたのを小耳にはさんだの。そしたら惑星キエイの製薬会社、オルガンコーポレーションの社長さんで、二、三〇年前に前の社長さんを追い出して社長の座に就いた、って噂らしいよ……」

「まーた乗っ取り話かいな。つい最近に王座のっ取ろうとした大臣を取り押さえたってのに……」

 アジェンナが小鬼男の話を聞いて呆れる。

 そして旅館内の時計が〈22:00〉を示すと消灯が入り、全ての客が寝入りし、レプリカントの従業員は大広間や空き部屋の掃除、浴場の清掃や明日に備えての作業にいそしんだ。


 宇宙空間に朝や夕入りの時はなく、衛星上の旅館内では六時間ごとに時間帯が割り振られ、〈6:00〉に館主が起床し、〈7:00〉客達を起こすための起床音楽が館内に流れる。川の流れと小鳥のさえずりを合わせたメロディが流れ、客達は目を覚ます。

『宿泊客の皆さま、おはようございます。本日も宇宙温泉「カミロの湯」をご利用ありがとうございます』

 各客室に設置された天井近くのスピーカーから館主のアナウンスが流れ、リブサーナ達も起き出す。

『本日の朝食は〈7:45〉にお開きします。場所は大広間「麗蘭の間」です』

「あ〜っ、よく寝た。どうせなら朝食の後、温泉に入ろっかなー」

「きょーはおはなのおふろにはいりたいぉ」

 朝食の場に向かう途中の廊下でリブサーナとピリンが言った。『麗蘭の間』に到着すると、3人の学生、鳥型星人の若夫婦、ワンダリングス男性陣、女性秘書が来ており、昨日の夕食と同じ場所に座っていた。朝食も用意されており、木の櫃に入った白米飯、食膳には本日の朝食である青魚の塩焼きに味噌汁、ムーカンバーと恒星茄子の漬物、卵焼きにマーズピナッチのおひたし、デザートには岩石イチゴのヨーグルトが用意されていた。

「おおっ、今日も旨そうだな!」

 ドリッドが朝食を見て喜び、塩焼き魚の匂いが鼻腔をくすぐる。

「あれ……、あの社長さんはどうしたんですか?」

 リブサーナが小鬼男が来ていない事に気づくと、秘書の女性エガーテが言った。

「あ、社長ですか? 今朝起きたら隣の部屋で寝ている筈の社長の返事がなかったので、もしかして先に来ていると思って……」

 エガーテが返答すると、廊下から悲鳴が聞こえてきた。

「キャーッ!!」

『麗蘭の間』にいた一同は叫び声を聞いて立ちあがり、廊下へ飛び出た。

「な、何があったんだ!?」

 ヒューマン型星人の学生が言うと、館主と白い調理服の男性レプリカントと紺の着流しの男性レプリカントが駆けつけてきた。

「ワイン風呂の湯からだ!」

 中肉中背の調理師レプリカントが他の二人に言った。


 館主、レプリカントの従業員二人がワイン風呂の湯に駆けつけると、女レプリカントの従業員が脱衣所で膝まづいて震えていた。

「な、何があったんだ、フィーユ!?」

 館主が震えている女レプリカントのフィーユに声をかける。フィーユは震えながら、湯殿のガラスの引き戸を指さす。ガラスの引き戸は半分開いていた。

「あ、あれ……」

 円状の浴場に上半分が浴槽になっている湯殿は白い湯煙りに包まれ、赤紫色のワインが入った湯、そして浴槽の中には小鬼男がうつ伏せで湯の中に浮いていたのだ。

「死んでいる……。脈がない」

 中肉中背の男レプリカントが衣の裾を上げて湯の中に入り、小鬼男の脈を調べた。

「ど……どうするんだよ……。客が死んだなんて……。頭でも強く打ったのか? それとも湯の中で発作を起こしたのだ?」

 館主はうろたえて頭を抱える。

 大柄な紺の着流しのレプリカントが小鬼男を引き上げ、タオルで身を包んだ。赤紫色の露が白いタオルを染め、血ともワインともわからぬかのように。


 小鬼男が死亡した事を聞いた他の客は盛大なショックを受け、連合軍の公安部隊に連絡したグランタス艦長は客・従業員を『麗蘭の間』に集めた。社長が亡くなった事を知ったエガーテはわっと泣き出し、彼女はアジェンナにピリンに連れられて席を外したのだった。ブリックは従業員のレプリカントと共に死体を調べ、死体に外傷はなく小鬼男は発作で亡くなっていたと判明した。

「すみませんが、貴方の部屋と社長さんの部屋を調べさせてください」

 グランタス艦長がエガーテに頼み、エガーテは泣きながら頷く。

 グランタス・ドリッド・リブサーナ・エガーテ・館主はエガーテの泊まっている部屋『紅梧(べにご)の間』へ行き、館主がマスターカードキーでエガーテの部屋の右隣の『月(つき)笹(ざさ)の間』の扉を開け、障子型の扉は片側に開いて、室内には小鬼男が寝ていたと思われる片方めくれた布団、昨日勝ったと思われる酒の一合瓶が二つ、黒い革の旅行鞄、ふすまの近くには小鬼男が着ていたと思われる茶色のスーツと水色のシャツと紺色のネクタイがハンガーに掛けられていた。そして枕元にはガラスの水差しと湯のみがあった。

「変ね……」

 エガーテがこの様子を見つめて呟いた。

「社長の服にも鞄の中にも常備薬がないのよ……。透明な錠剤ケースに入っていて、そのケースすらも見つからないのよ」

 エガーテが言った。

「もしかして忘れてきちゃったんじゃないんですか? それで……」

「いいえ、嬢ちゃん。ちゃんと日に何度も秘書の私が調べているからそんな事はないわ……」

 エガーテがリブサーナに言うと、グランタス艦長が一同に伝えた。

「これはただの不慮の死ではなさそうだな。この衛星上で起きた殺人だ……」

「ええええ!?」

 館主も従業員もリブサーナ達もそろって叫んだのだった。


『麗蘭の間』の一同は公安部隊が来るまでの六時間は事情徴収を一人ずつグランタス艦長とドリッドから受けた。

 三人の学生、ひょろ長のバチルデ星人のキシリスは昨日の夕食の後は二人の仲間と共にクシー星域立学院薬学研究部の課題旅行のレポートのために三人とも『火桜(ほざくら)の間』で過ごし、自分はレポートを終えると、〈19:00〉に眠ったと語る。そして起きたのは〈6:30〉で他の二人はまだ眠っており、レポートの修正をしていた。

「僕のような植物型星人は眠りが早くて起きるのも早いんですよ」

 大柄大口の学生、フローシュ星人のゲッゲーロはレポートを書いた後は〈19:45〉に売店に行ってチョコレートバーや芋チップス食べながらレポートをまとめていた。寝入ったのは〈22:25〉。

「はい、これが証拠のレシート。ちゃんと時間書かれているでしょ」

 ゲッゲーロが持っていたレシートには〈19:52〉の文字が買った商品名と共に刻まれていた。

 ヒューマン型の学生、アマゾリア星人のフワルーはレポートを書いた後の〈20:40〉頃に花風呂の浴場に行って20分過ごした後部屋に戻り、寝入ったのは〈22:40〉だった。

「あのおじさんの様子見た後、課題やっていてもイラついていたもんですからリフレッシュしてたんです」

 次に事情徴収を受けたのはフェーザーナ星人の夫婦、ホロロ=ケンケと妻のキキリ=ケンケである。結婚三ヶ月目の新婚で、夫のホロロはフェーザーナ星の公役所員で妻はアロマセラピストである。

「私も妻も夕食の後は二人でテレビを見ていました。就寝は〈22:15〉で起きたのは〈6:45〉で妻はテレビの朝情報番組、私は今後の仕事内容を携帯端末のメール機能で上司や同僚に出していました。これがそのメールです。

 ホロロは携帯端末を出し、薄い小板のような画面からメールのデータが映し出されており、時間は〈6:50〉と表示されていた。

 レプリカントの従業員は清掃員のサッツは一九〇センチ近い背丈に黒い髪を短くし、金褐色の眼の白い肌の男で、自身は昨日は〈20:00〉から今日の〈5:30〉までずっと各湯殿の清掃や点検を一人でやっていて、ワイン風呂の清掃・点検の時の〈3:00〉から十五分の間には誰もいなかったと語る。

「もし俺だったら、真っ先に館主に伝えてますよ」

 調理師のカルルスは栗色の巻き毛に瑠璃色の眼に白い肌と中肉中背の男レプリカントで彼はずっと昨日の〈20:00〉から今日の〈5:00〉まで宇宙電子網(スペースネット)で食材の注文や食器洗いや朝食の調理を厨房でやっていた。

「あ、そういえば館主さんが〈4:45〉に厨房に来ていたな。『水を一杯くれないか』って。あの人、軽くだけど汗をかいていたな」

 旅館の清掃・宿泊食事の準備担当の女レプリカントのフィーユは肩まである深緑の髪に茶色の眼の一六〇センチ大の背丈の女性で、まだ死体のショックが強かったのかしゃくりあげていた。

「わ、私は〈20:00〉から〈5:00〉まで『麗蘭の間』の後片付けやお客さん達の布団のセッティングや空き室や遊技場の掃除、あとゲッゲーロさんの商品の清算をしておりました」

 フィーユは横目でゲッゲーロを見つめ、ゲッゲーロも頷いた。

「うん、この子がちゃんと清算をしてくれてたよ。彼女を疑うの?」

 ゲッゲーロに言われて、ワンダリングスは突き刺さるも否定した。

 館主のポッカ・ユッケ・ムーリンは〈20:00〉からは新しい予約客の注文を承り、売上などの勘定を計算して、〈22:30〉には就寝し、〈4:45〉に一度起きて水を飲みに厨房へ行ったのだった。

「ああ……死者が出るなんて開業して一五〇年の間に出なかったのに! このままでは破滅だ……」

 館主は泣きそうな顔をするも、ふと何かを思ったのかグランタス艦長の顔を見る。

「グランタスさん、どうして殺害だってわかったんですか?」

「うちのブリックが調べてみたところ、あの社長さんは持病があったとエガーテ女史が言っておったろう。老化性四肢神経症という病気で、日に二回の投薬か毎日の薬剤の服用をしないと手足に痺れが走り麻痺して動かなくなるという病気だ。それに酒を控えさせられたのも持病の悪化が増すという事もな」

「はい、そうです。うちの社長……ザンゴー=オルガン社長は数年前から老化性四肢神経症にかかってそれ以来薬を投与していたんです……。昨日の晩食の後、社長は肝臓異常があったにもかかわらず、五穀酒を二瓶も買っていたのです。そうでしょう、フィーユさん?」

 エガーテがフィーユに尋ねる。

「はい。買っていました。五〇コズム分です」

 フィーユがしゃくりあげながらも答える。

 宇宙空間に浮かぶ衛星上の温泉宿で起きた事件……、ワンダリングスはこの事件を解決する事が出来るのだろうか!?