2弾・7話 ハーフズ星の未来は……



 ウィッシューター号はハーフズ星を出て、濃紺の地に白や赤や青の光沢の星々の海を飛んでいた。エンジン部から青白い放物線を出し、ニュー星域の軍法会議所へ向かっていった。

 コクピット窓がモニターにもなる画面の操縦席に座っているのはドリッドとアジェンナ、奥の司令官席にはグランタス艦長。

 これからワンダリングスはニュー星域連合軍に向かって、連合軍を不当脱退したハインヒルドを引き渡す為であった。

 今から五時間前、ハーフズ星を出発し、ウィッシューター号に乗って旅立つハインヒルドをプルア族は見送ったのだった。

 通路の窓から次第に遠ざかるハーフズ星を見つめて、ハインヒルドは沈黙していた。

「もう、戻れなくなるかもな……」

 窓から宇宙の景色を見つめるハインヒルドを見てブリックが訊ねてきた。

「俺や君のようなレプリカントは三〇〇年も生きられるとはいえ、罪も犯した場合も刑期が長い。俺がいなくなっても、ハーフズ星は今より豊かになるさ」

 ハインヒルドが呟く。仮に自分が終身刑の身になったとしても、自分の意思を継いでくれる者が出てくれるという風に。

「ねー、サァーナ」

 ピリンは自分の部屋にきてくれたリブサーナに訊ねた。ピリンの部屋は白いフリルやレース付きのカーテンや寝具、床のカーペットは白と薄桃の市松柄で、ウサギやクマや猫や犬などのぬいぐるみがあり、本棚に各惑星の絵本や童話集が並び、他星の言葉を訳す翻訳ボード端末もあった。

「ハインヒルドしゃん、どうなるんだろ」

「そうねぇ、ナルッス少将のプランに反対して廃止にさせたとはいえ、逃げ出しちゃったからね」

 リブサーナはピリンの部屋で正座しながら。ピリンの背中の翅を撫でつけた。その時、リブサーナの服のポケットに入れていた携帯端末が発信音を鳴らした。リブサーナは端末を取り出して通信モードに替えた。

『リブサーナ、もうすぐ着くぞ。準備しろ』

 端末の画面から艦長の姿が立体的に映し出され、リブサーナとピリンに伝える。

 そしてウィッシューター号は宇宙空間に浮かぶ衛星の上半分を平らに削り、白銀の金属素材で出来た四角錘の屋根に正方形と横長の長方形を合わせたような建物――宇宙連合軍ニュー星域軍法会議所に到着したウィッシューター号が着陸すると、建物から通路チューブが出てきて、ウィッシューター号の出入り口と接合した。

「行けるか?」

 グランタス艦長がハインヒルドに訊ね、ハインヒルドは黙って頷いた。

 ワンダリングス一行とハインヒルドは大きな宇宙猛獣の腸のような接続チューブを歩き、やがて終りが来ると、ニュー星域のラクレス中将と二人の獣人型連合軍兵が待ち構えていた。

「御苦労、グランタス殿。さぁ、ハインヒルドをこちらに……」

 ラクレス中将がグランタス艦長に言うと、みんな渋い顔をしてハインヒルドを差し出した。そしてハインヒルドは二人の兵によって裁判室へと連行された。ワンダリングスも行こうとした時、ラクレス中将に止められた。

「すみませんが、たちのいてくれませんかね。ワンダリングスご一行は連れて来るだけで、傍聴する義務も権利もないので」

「なぁんで? ハインヒルドしゃんがむじゃいかゆーじゃいになりゅか、ちりたいだけなのにぉ!」

 ピリンがわめくと、アジェンナが止めた。

「ピリン、あんたの気持はわかるけどさ、あたし達一応無関係だからさ。今回の件については……」

「ありゅお! ハインヒルドしゃんはわりゅいひとじゃ……」

 ピリンが背に抱えていた杖を取り出して、妖獣を召喚しようと呪文を唱えた。

「エステ、パロマ、ダ……」

「よっ、よせ、ピリン!!」

 グランタス艦長とドリッドがピリンを止めた。それを見ていたラクレス中将はここで妖獣を召喚されて暴れたらまずいと思ったのか、こう叫んだ。

「わ、わかりました! 裁判は見られませんが、会議所内の待ち合い室でお待ち下さい! 裁判が終わったら知らせますから!」


 ワンダリングス一行は会議所の外でウィッシューター号を停泊させ、会議所内の待合室でハインヒルドの裁判を待つ事にした。

 待合室には白い壁に灰色のカーペットが敷かれた床はウィッシューター号の司令室一.五倍の広さで、一人から三人がけのソファーに壁に備え付けられたモニター、デスクトップ型のコンピューターにニュー星域内のあらゆる娯楽雑誌もマガジンラックの壁棚に置かれていた。

「ハインヒルドしゃん、わりゅくないのに……」

 むくれたピリンはソファの一角に座る。

「まあそう怒るなって。おい、幼児向けの絵本もあるぞ」

 ドリッドがピリンもなだめるように数冊の絵本を棚から出した。絵本のタイトルは複雑な書体で書かれているが、絵はどれもこれもカラフルで個性的であった。

 リブサーナとアジェンナはコンピューター机に座って、ニュー星域内の電子ネットで時間を潰す事にした。コンピューター内に様々な惑星のファッションや風景の画像や動画が映し出された。艦長やブリックも雑誌を手に取りソファに座って読み始めた。

「みんな、またなきゃいけないからって、これはどうかとおもうお!」

 ピリンはハインヒルドの裁判が終わるまで雑誌を読んだり電子ネットをうろつくみんなを見て、呆れた。

 それからどれ位が経っただろうか。天井近くの壁に設置された電子版の時計は〈11:00〉を指していた。軍法会議所は衛星の上に造られているため昼も夜もないが、一日を〈二十四時間〉に設定と定められていた。

 ワンダリングスがここに着いたのは〈10:00〉。丁度一時間が経ったのだ。

 ピリンはいつの間にか眠っており、アジェンナとリブサーナは電子ネット、グrんタス艦長達も雑誌を読みふけっていた。

 すると待ち合い室の扉が左右に開いて、中にヘルックス中将が入ってきた。プシュー、とドアの開く音でピリンはハッとして、ヘルックス中将の顔を見た。

「あっ、ヘルックス中将」

 艦長達も顔を上げて席から立ち上がった。

「ナルッス少将とハインヒルドの判決が下った」

 判決と聞いて一同は息をのんだ。

「まずナルッス少将だが、ハーフズ星のエネルギー海の独占権によるハーフズ星民の生活の悪化とハインヒルドに冤罪を被せた罪状により、連合軍永久追放罪となった。もうナルッスはマンシー星の一般庶民となった」

 ナルッスに下された判決を聞いて、ピリンは「わーい」と喜んだ。

「あのオヤジ、ろくでもないことすりゅかりゃ、こーなったんだ〜い」

「それと、ハインヒルドについてだが……」

 ヘルックス中将が制するように言った。ヘルックス中将の声ではしゃいでいたピリンはピクッとなった。

「彼の処分は二〇年間ニュー星域北方帯の鉱山衛星での労働刑に決定した。ナルッスの過失傷害と連合軍脱退違反で、それなりに相応しい刑罰を与えた」

 ヘルックス中将はワンダリングス一同にハインヒルドの罪状を伝えた。

「つまり……左遷というやつですか?」

 ブリックが訊ねると、ヘルックス中将は「そうだ」とうなずいた。

「よかった……。ハインヒルドしゃん、しけいにも、かんごくいきにもなりゃなくて……」

 ピリンも安堵した。

「あーでも二〇年左遷か……。長命種族やレプリカントなら短ぇかもしれねぇが、俺的にはきついな」

「わたしも……。二〇年経ったら、三十六だよ?」

 ドリッドとリブサーナがハインヒルドの左遷期間を聞いてうつむく。一年に一歳だけ年をとる種族は二〇年は長いものだ、と。リブサーナも一年に一歳としをとるホジョ星人だがホジョ星は一年が十六ケ月あって、一季が四ヶ月と数える。

「今、ハインヒルドはどこへ……」

 ブリックがヘルックス中将に聞くと、ラクレス中将はハインヒルドは拘置室にいると伝えた。

「今から十時間後に鉱山衛星に護送するが、三〇分だけ面会許可を与える」



 ニュー星域連合軍軍法会議所の拘置室は天井と床と両壁は灰色で納戸のように狭く、奥に付いたついたてと小さな便器、手前には備え付けの寝台兼椅子、入口は電磁光画鉄格子のように発せられており、逃げようとすれば全身に感電して下手すれば死である。

 ハインヒルドは椅子に座って空(くう)を見つめていた。

「ハインヒルド、面会許可が下った。三〇分で済ませろ」

 看守を担当していた連合軍兵がハインヒルドに言った。すると、ハインヒルドのいる独房の前にブリックとピリンが立っていたのだ。

「お前ら……」

 ブリックとピリンの顔を見て、ハインヒルドは目線を変える。

「何ていうか、その……。ハインヒルドが二〇年間鉱山衛星に左遷されると聞いて、送られる前に様子を見に来たんだが……」

 ブリックは指先でほおをかきながらハインヒルドに言った。艦長達はというと、ハインヒルドのいる拘置室から離れたところで見守っていた。

「ハインヒルドしゃんは二〇ねんもこーじゃんではたりゃかなきゃいけないの? それでいいの?」

 ピリンが訊ねると、ハインヒルドは軽く笑った。

「ああ、鉱山衛星で二〇年間、同場の使役者と共に働かなくちゃならないさ。でもいいんだ。俺にはハーフズ星の二〇年後を目にするという夢が出来たから」

「夢?」

 ブリックが訊ねた。

「ナルッス少将によるエネルギー海の独占権がなくなり、エネルギー海は五、六年で陸と同じ範囲に戻り、家族や友人と離れて他星に出稼ぎに行っていたハーフズ星人は舞い戻る事が出来て、物価高や重税も減っていき、浮遊車や列車の流通も元通りになる。

 プルア族は六〇年という寿命だが、今の彼らの子供や孫が集落や掟を守り続けていくさ。それが俺の夢だ」

 ハインヒルドは自分が二〇年後、ハーフズ星に帰還できたら……とブリックとピリンに伝えた。

「そうか……。レプリカントにとって二〇年は短いものだな。そうだろうなぁ、二〇年先のハーフズ星はそうであってほしいな」

 ブリックはハインヒルドの夢を聞いて、くすりと笑った。

「ブリック、お前はまだワンダリングスにいるんだろう? もう終わりにしてどこかの星で根付こうと考えたり思ったりする事あるか?」

 それを聞いてブリックは目をぱちくりさせた。ブリックにも夢がある。それはワンダリングスに入る前、同じ場所で共に過ごした恋人セルヴァと結婚して夫婦になる事だった。今セルヴァはブリックと離れ離れになり奴隷になるも連合軍内のレプリカント保護区で精神治療を受けていた。

「私にだって……、終わりは来るさ。今はワンダリングスに留まる事に……」

「でもよかったなぉ。ハインヒルドしゃん、おもったよりもげんきで……」

 ピリンはハインヒルドの様子を見て安堵した。


 ハインヒルドとの面会が終わると、ワンダリングスはウィッシューター号に戻り、ニュー星域連合軍軍法会議所から出発した。

 濃紺の地に赤や青や白の星々が煌めく宇宙空間に薄青い機体が入っていった。

 ワンダリングスはウィッシューター号とミニーシュート号の燃料を買うために軍法会議所から一番近い惑星へ飛んでいった。ウィッシューター号の中ではドリッドとアジェンナは戦闘訓練室で組み手、リブサーナは食事当番のためキッチンで今日の昼食を作り、ピリンとグランタス艦長は司令室で操縦の番をし、ブリックは自分の研究室でハーフズ星を去る時に入手した木の実や草の根、葉や果物、樹液で新しい薬品の研究をしていた。

 根や実のエキスをサンプルに採り、顕微鏡で様々な効果を見て、ミニコンピューターで記録を書きこんでいた。

「保存」のアイコンを押すと、ブリックは壁によっかかった。この十四日間は色々な事があり過ぎて、心に疲労が出ていたと。

 セルヴァの事は連合軍を通して連絡し合えばいいだけだし、ハインヒルドも鉱山衛星で左遷されたけど、本人が前向きだったのが救いだった。

 レプリカントは子供を産む事も年老いる事もない。有機生命体では危険な場所で働く為に「無」より生まれし超人工生命体。だけど、友情や恋愛感情があり、結婚や養子縁組といった有機生命体と同じ事は許されていた。

 有機生命体、それも人間型星人の中には亡くなった伴侶や子供に似せたレプリカントを製造センターに頼んで造る事もしばしある。中には身内の脳をレプリカントに移植する事もある。

(私もアジェンナやリブサーナが亡くなったら、二人に似せたレプリカントを造るのだろうか?)

 ブリックはそう思ったが、やめた。生命には終わりがある。寿命や老化は違えど、亡くなった者達の代わり(レプリカ)を造っても本人でないのは承知の上だ。終わりが来たら、覚悟も決める――。リブサーナだって、宇宙盗賊に殺された家族や友人知人を弔った。そしてリブサーナは今を大事にしている。

 そしてブリックはエキスを全て採取すると、四角錘の透明ケースに入れて、ラベルを張った。

 そして懐から軍法会議所を去る前にラクレス中将から渡された封筒を出した。封筒は薄いピンクで、連合軍の紋章の封蝋がしてあった。すると差出人の名はセルヴァだった。

 ブリックは直ぐに読みたかったが、仲間のいる前では読めず、一人になる所を見計らって封を開けた。

 中には封筒と同じ色の便せんがあり、丸みを帯びた手紙のエプシロン星域で使われる文字で書かれていた。

 手紙の内容はセルヴァは精神治療を受け、連合軍内のオリエンテーションを受けている内容であった。最後にはいつかブリックと一緒に暮らしたいと書かれていた。

「艦長や連合軍のお偉いさんに頼んでみようかな……」

 どうしても、とセルヴァと暮らす日を夢見てブリックは手紙を閉じた。デスクの上のブリックの携帯端末が鳴り、通信アイコンを叩くと、ピリンの顔が現れた。

『ブリック、もうすぐつくぉ! ねんりょーのありゅわくせいへ!』

「ああ、今操縦室に行く」

 ブリックはそう伝えると自分の研究室を出て、操縦席へと向かった。

 広大なる宇宙――それは幾多の生命体が存在している世界。

 人間も星も命の循環を繰り返しているのだ。