4弾・3話 ウォーテニック星の危機



 タウ星域の末端にある暗黒小惑星群――その星は赤黒いオーラに包まれ、草木も花も黒く、大地は荒野が多く、空も黒と赤に染まり、流れゆく水も泥のような色をしていた。毛もやや鳥や虫といった動物の姿はなく、たまに宇宙からの流浪者が迷い込んでくるだけで、その者は濁った水や苦みの植物を口にしたために中毒死あるいはその見た目で食べたからず餓死してしまうのだ。

 その暗黒小惑星の一つに即席家屋(インスタントハウス)があった。木と石で出来たように見える小ぶりの家だが、家具や調度品、食糧も一定期間だけあり、そこに一人の兵器商人が少し前から滞在していた。

 壁に備え付けられたソファやクローゼット、机のあるベルベットの青いじゅうたんが敷かれた居間、そこにフリズグラン星のティロザリア族に最新兵器を売りつけたリークスダラーがそこにいたのだ。

 リークスダラーはカウンター机に通信や営業用のノート型端末を開いて操作していた。

『こちらリークスダラー、聞こえますか。応答願います』

 リークスダラーがモニター画面の波に映る主の様子を伺っていると、画面の波はおさまり、不気味な顔の映像が映し出される。

『おお、リークスダラーか。お前の兵器の売り上げはどうか?』

 主はノイズが入ったような声を出しながら、主はリークスダラーに向かって尋ねてくる。

「はは。クシー星域のフリズグラン星のティロザリア族に売りつけたところ、フリズグラン星の深海真珠を十個弱で買い取ってくれました。この真珠、調べてみたところ、かなりのアギトテオ波が放出されている事がわかりました。これ二つでアギトテオ砲一台はたやすい事かと」

 だがリークスダラーは深海真珠を一個くすねて自分の物にした事を悟られないようにしていた。

『そうか。よくやったぞ。この調子で次々に各惑星のエネルギー放出鉱石を集めてくるのだ。全宇宙の支配のために』

 ここで通信は切れ、リークスダラーは端末を情報検索モードにして、自分の商品に喰いつきそうな買い手を探しだした。


 オミクロン星域の惑星間内で、薄青い機体に魚のような型の宇宙艇、ウィッシューター号は後部から青い放物線を放ちながら、ダイチェ星へと向かっていた。

 ワンダリングスはオミクロン星域の辺境の惑星のパルバム星の王から依頼を渡されたのだった。

「これをはこんでほちい、って……。どうちてパルバムしぇいのおーさまはピリンたちにおねがいちたんだろ?」

 ピリンがウィッシューター号の司令室で、ピリンの頭ほどもある宝箱の中の穀物や野菜の種を見つめていた。パルバム星の作物の種は種類ごとに小袋で分けられ、白や黄色や青などの色付きや青い縞や黄色の斑紋入りもあった。

「うむ、パルバム星の王の使いが最初の三回は自ら運ぼうとしたのだが、フリズグラン星でティロザリア族に兵器を売った商人の仲間達によって、命を奪われてしまった。

 パルバム星は連合軍に加盟しているものの、連合軍に頼めばそれなりの税が加担される。

 それでフリーの雇われ兵団であるわしらワンダリングスが良かったという訳よ」

 グランタス艦長が司令席に座りながら、ピリンに説明した。

 パルバム星とダイチェ星は二〇〇年前からの交流があり、どちらかの星が困っている時に残っている方が助けるという掟があった。

 今回はダイチェ星が長きに渡る霜で作物が不足して物価高になったため、パルバム星の穀物や野菜の種を分けてもらい、暮らしが豊かになったらダイチェ星の光沢金剛石(ティンクルダイヤ)で返してもらうという仕組みであった。

「その上、ダイチェ星に行く途中の惑星ウォーテニックに寄らなければならない」

 司令室の前頭の操縦席で宇宙艇を操縦しているブリックが言った。

「なんで?」

「それ、わたしも思った」

 ブリックの左隣に座るリブサーナもピリンと同時に問いをかけてきた。

「ダイチェ星まであと少しの星間区域で数年前からブラックホール……子供でも強力なのが発生して、その数年の間に一〇〇人近くのダイチェ星人、パルバム星人が亡くなったりブラックホールに飲み込まれて生死行方不明になっている」

「え……」

 ブリックの説明を聞いてリブサーナとピリンが引いて、両端の操縦席のドリッドとアジェンナもブリックの話を聞いて青ざめる。

「だが安心しろ。ダイチェ星近くのウォーテニック星人の科学技術で、ウォーテニック星からブラックホールを一時的に消してもらってダイチェ星に行けるようになったのだ。まずはウォーテニック星のブラックホール管理塔へ向かって、パルバム星の王からもらった許可証を見せる」

 グランタス艦長が安全で確実に行ける方法を艇員(クルー)らに説明して、一同は安堵する。

 瑠璃色の空間に白銀や赤や青の明星や小惑星の天体で埋め尽くされている空間の中に、ウィッシューター号の進路を妨害するかのように衛星群が立ちはだかっていた。

「おお、そうかい。簡単に行かせてくれない、って事か」

 ドリッドが衛星群を見て悪態をつくが、ブリックがドリッドに衛星群を抜ける準備をするよう促した。

「何を言っている。今はここをさっさと抜けるぞ。宇宙艇に障害物遮断バリア発動。ウィッシューター号、衛星群に突入!」

 操縦席からいつもより強く防ぐ人体保護のガードバンドが出て、操縦担当の体を包み、艦長の司令席、司令席の補助席のピリンにもガードバンドが装着され、ウィッシューター号から障害物遮断バリアが張られ、機体は衛星群へ突入していった。

「くっ……!!」

 細かな衛星群が弾丸のようにぶつかってくるが、ウィッシューター号の障害物遮断バリアのおかげで衛星は粉砕され、機体は傷一つつかない代わりに何度も揺さぶられた。

「離脱まであと一秒……!」

 ブリックがカウントをし、何度も大きな衛星に打ちつけられながらもウィッシューター号は衛星群を離脱する事に成功した。

「はぁ……。衛星群突入はいつもヒヤヒヤしちゃうよ」

 リブサーナは力が抜けた体ながらも、衛星群離脱が終わった事に安心した。

「あっ、あれみて……」

 ピリンが衛星群を抜けた先の操縦席の窓モニター越しの惑星を見て、みんなに教える。

 その惑星は薄藍の惑星で人魚を思わせる白い浮彫りがあった。

「もしかしてあれが、中間地点のウォーテニック星……?」

アジェンナが惑星を見て、星の中の人魚を見て丸くする。

「ウォーテニック星は星の八〇%が海で、住民は小島の諸島で暮らしている。水質汚染も温暖化による水位減少もない美しい惑星だそうだ」

 ブリックがウォーテニック星の環境情報を他の艇員(クルー)に教える。

「よし、離脱する前にまずウォーテニック星のブラックホール管理塔の者達と連絡を取らなければな」

 グランタス艦長は席を立ち、盤状の立体モニターのコントロールパネルを操作し、四角い盤状モニターに波の画線が入り、ノイズが混ざった声も聞こえてくる。

『ヴ……パラカ……ヴヴカ……』

「何て言っているの?」

「恐らくウォーテニック星の言語だろう。もう少しでつながる」

 リブサーナが首をかしげていると、ドリッドがもう少し待つように言った。そして画像がはっきりと映し出され、聞き慣れないウォーテニック語が聞こえてきた。艦長はコントロールパネルの翻訳機能を調整し、ウォーテニック語はワンダリングスの艇員(クルー)なら理解できるインデス語になった。画像もヒューマン型星人のウォーテニック星人の姿が映し出される。

『私はウォーテニックのブラックホール管理塔管理長、ミネラー=ルルゥだ。通信を送った者、応答願います』

 画面には白い真珠の如くの肌、髪は水色のウェーブヘアで眼はエメラルドグリーン、頭部には魚のヒレを思わせるものが耳辺りに生え、また背には青みがかった翼を生やし、白と明緑の四対ボタンのユニフォームを着ていた。しわもしみもないこの男は青年に思われた。

「初めまして、ミネラー=ルルゥ管理長。わしは宇宙の雇われ兵団ワンダリングスのリーダー、グランタス=ド=インデスと申します」

 グランタス艦長は画面越しとはいえ、ミネラー管理長に軽く会釈する。

『その雇われ兵団がウォーテニック星に何か?』

 ミネラー管理長に問われるとグランタス艦長はパルバム星の王から渡された通行許可証を見せる。通行許可証は一見四角い小筒に見えるが縦や横に広げると、立体電子版が出てきて、絵や文字が浮かび上がる。パルバム星の王から渡される通行許可証は、ウォーテニック星への通行理由・パルバム星の王の署名と捺印・空欄にはウォーテニック星での捺印と署名が入っている。

『わかりました。では、経度一二〇、緯度三二に着陸して下さい。ブラックホール管理塔がの近くですので、そこの小島から来て下さい』

 ミネラー管理長は塔のある地図を映し出し、地図の赤いひし形が塔を現しており、緑を地、水辺や海を青で表示されていた。

「了解。そちらへ向かいます」


 ウォーテニック星は海の中に小島がいくつもある海の惑星で、空は薄いピンクと白濁色で、潮風が吹いて暖かく、住民は人間型(ヒューマンタイプ)であるものの、頭部の側面や両手首・両足首・腰に魚のヒレが、背にはあぶらっけのある羽毛の翼を持っており、青や白と様々で海鳥のようだった。

 もちろん鳥も獣も魚も虫もおり、鳥は羽毛が厚くて水かきを持ち、獣も四肢のあるのや水かきを持つもの、魚も鮮やかな色のが多く、虫は陸上の木々に泊まっていたり、根に棲みつく虫もいた。

 ウォーテニック星人は小島の洞を家にしており、長く泳ぐための船や長く飛ぶための飛行技術が猛けていたのだ。もちろん、他の機械技術もあるが、リブサーナ達はウィッシューター号のを大きめの離島に泊め、草と潮に強い花の生い茂る砂と土の混ざった地面に降りたった。

「ねぇ、ブリック。こんな格好で本当に大丈夫なの?」

 リブサーナがブリックに尋ねる。リブサーナの服装はいつものチュニックシャツとキュロットと皮長靴の姿ではなく、モノキニ水着のような薄緑と黒の撥水素材の服で、胸元と肩と腰と脚がむき出しのままで、他の装備は水中を泳ぐ時の厚い透明材のゴーグル、両腕と両脚には見えないヒレのように泳ぐ事のできる人工気泡ヒレ発生装置(エイリアルフィンスターター)が手首ひじ足首ひざにバンドが巻かれている。

「何そんなに恥じらっているのだ、リブサーナは。〈郷に入っては郷に従う〉ということわざをしらんのか。これは連合軍でも使われている撥水・防弾・耐水圧・耐熱・耐電素材の水中活動衣だ。一見柔らかそうに見えるこの服は切り立った岩や硬骨魚の棘にもびくともしないのだ。

 それにウォーテニックの女達も似たような姿だから、恥ずかしくないぞ」

 リブサーナと同じ装備品に三分丈三分袖の青と黒の一つなぎの水中活動衣姿のブリックが言った。ドリッドもブリックと同型の服で赤と黒、アジェンナはリブサーナと同型で紫と白、艦長もブリックとドリッドと同型の黒と黄色の服だが、水辺の惑星インデス育ちの艦長には人工気泡ヒレ発生装置(エイリアルフィンスターター)を装備していない。ピリンに至ってはリゾート水着のような三段フリルとスカートと白と薄ピンクである。

「いや、どう見たって、ウォーテニック星の女の人達の方がちゃんとした衣装をまとっているような気が……」

 リブサーナが宇宙艇着陸の時に見かけたウォーテニック星の女性はビスチェやホルターネックなどの上衣に腰布(パレオ)や長めのスカートをまとっていたのだから。

「まぁ、それはどうと早く行こうぜ。確かブラックホールの消滅の時間は長く持たないんだろ?」


 ドリッドが護身用の携帯銃と武器の入った物質亜空保管カプセルを懐に入れて、更に防水パックで保装した携帯端末と食糧、救急キットといった必需品は腰の防水製ビニール腰バックに入れた。

 ワンダリングスは口に酸素棒(オキシジェンバー)をくわえ、水中ゴーグルをつけて、次々に水中に入っていった。水に入ると、人工気泡ヒレ発生装置(エイリアルフィンスターター)が作動して、装置から気泡がいくつも出てきて、ヒレが付いたように泳げるようになったのだ。

 海の中は黄色い砂や白い岩で埋め尽くされ、様々な色や形の海藻が漂い、淡いピンクの魚が群れを作って泳いでいたり、両手がハサミになっている斑のカニや縞模様の二枚貝が岩礁に張りついていたのだ。

 リブサーナは海の惑星とはいえ、ウォーテニック星の美しい自然に見とれていた。

 更に進んでいくと、海面に茶色い長いモノが丸く絡まって、いくつも浮いているのを見つけ、茶色く長いそれには透明なエビの幼生やカニの幼生がついていた。

(これって植物なんだっけ。水面から出ていると、ちゃんとした樹になっているんだよなぁ……)

 その時、ピリンが両手足が水かきになっている青い亀を見つけ、追いかけっこしだした。手足の先に小さな爪がある水辺の亀と違い、海亀は水中を長く泳げる体の作りになっているのだ。

 ピリンが海亀を追いかけていると、ドリッドがピリンの首根っこを掴んで、軌道に戻した。

 更に進むと、ウォーテニック星人の広場に着き、広場は陸上のキノコに似た広い笠のサンゴ、フジツボやヒトデのついた岩を椅子にして座るウォーテニック星人の若い女性がお茶会をし、巻貝の器から飲み物を摂取していた。他にも砂の中の青や黄色の貝殻を拾って海藻の網袋に入れる子供達、食用の貝を集める男のウォーテニック星人の姿も見られた。

 広場を越えると、岩礁の中を家屋にしているのがわかり、家屋は窓の部分は水晶を何層も重ねてはめ込んだ窓、照明は平たい二枚貝に海蝋と木の繊維の芯でできたもので、透明な水晶の板とサンゴの枠のカンテラであった。ウォーテニック星では採れる金属が少ないため、他の惑星の住人と物々交換で、金属をもらう代わりにウォーテニック星の真珠や結晶、食糧や獣皮・鳥毛などを渡していたのだ。

 岩礁の建物は幼い子供達の通う学校や様々な品物を売るお店は貝の器に飲み物や軽食を乗せた飲食店、海藻や小島の木や花で作った服や靴を売る衣服店、文字や絵を描くための水晶の石板に軟体生物の墨と魚骨の筆を売る文具店、サンゴを枠組みにして棚や椅子や机といった家具を売る家具屋などの海の中にある以外は陸上と変わらない生活様式だった。

 海中町場を抜けると、漆黒の岩礁に着き、それがとてつもなく広いとわかると、ここがブラックホール管理塔のある島で、地中からいくつも白い二の腕ほどもある太さのケーブルがのびていると把握したからだった。

 一同は水面に向かって、浜辺まで上がっていった。鮮やかな青一面の世界から、潮風と薄ピンクの空が見える白い砂浜に着くと、リブサーナ達はゴーグルを外し、長い事口にくわえていた酸素棒(オキシジェンバー)を離した。空は下半分がピンク色で上半分紫色が混ざっていた。砂浜は白い砂粒や様々な貝殻や海藻があり、管理塔のある島から見た景色は、休み場にしかならない島から海小屋一軒しか建てられないような島ばかりで、リブサーナは何故、歩いたり空から行かずに進んでいった理由がわかった。

「見ろ、これが管理塔だ」

 グランタス艦長が家が五、六軒が精一杯の島の中心に建てられたブラックホール管理塔をみんなに見せる。

 ブラックホール管理塔は二等辺三角形型の四角すいの建物で、他の惑星から手に入れた耐塩水の石をいくつも積み重ね、窓は外から見えない黒曜張りで、一番上の部分にはブラックホールを消す事の出来る円状のパーツと銀色の主砲が着いていた。

「ここでダイチェ星の妨げとなるブラックホールを消せるんですね……」

 リブサーナが塔を見て艦長に言った。

「さよう。しっかし、おかしいのう。こういう建物には警備がいる筈なんだがな……まさか」

 悪感づいたグランタス艦長はドタドタと大股で管理塔の中へ入っていった。

「か、艦長!? どうしたんですか!」

 ドリッドが艦長が塔の中へ入っていったのを見て、自分達もたて続けに塔の中へ入っていった。


「なっ……んだ、こりゃあ!?」

 ドリッドが管理塔に入ると、薄茶色の透明材の床のエントランスホールにウォーテニック星人の警備員が十数人も倒れているのを見て驚きのあまり叫んだ。ウォーテニック星人の警備員は海辺や水中のウォーテニック星人のような軽装ではなく、皆白い大きな襟のダブルボタンのシャツに緑色の七分丈のボトム、足は黒い爪先出しの中長靴、そして空気中の水分を銃弾にして撃つ大気元素銃(エイリアルエレメントガン)を装備していた。だが、今はどの警備員も身体に赤や青のあざがあり、中には赤い血を流している者もいた。

「どうしたんだ!? 一体誰にやられたんだ!」

 グランタス艦長が警備員の一人に声をかけ、警備員はかすれ声で答える。

「うう……、二人の異星人のならず者……。たったの二人で……、我々十六人を打ち倒した……。最上階の管理室……」

 そう言うと、ベテランらしい警備員の男は気を失った。

「大丈夫だ、仮死状態になっただけだ。みんな、急いで最上階に行くぞ!」

 グランタス艦長は一同に管理塔を乗っ取った二人のならず者を退治しに向かっていった。

「艦長、エレベーターは動きません。どうやら敵にロックされているようです」

 ドリッドが二列に並ぶエレベーターのスイッチを押すが、びくともしなかった。

「うーむ。二手に分かれて行動した方がいいな。ブリックとピリンはここに残って、警備員達の手当てを。ドリッドはワシと、リブサーナとアジェンナはワシらとともに」

「はい、艦長」

「りょーかいだぉ。……でも、わりゅものみてみたかったぉ」

 ブリックとピリンを一階のエントランスに残し、リブサーナとアジェンナとドリッドとグランタス艦長は二階へと続く非常階段へと駆け上がっていた。


 二階へ入ると、ここからは二手に分かれて行動する事にした。一階はエントランスホール、二階はレストランと土産屋、三階は展望室、四階が畜燃料室で、その奥が管理室となっているのだ。

「ワシとドリッドが敵と戦い、その間にリブサーナとアジェンナは管理室の開放と人質の救助を頼む。いくら相手がだけとはいえ、どんな危険が及んでいるかわからぬ。気をつけろ」

「了解」

 三人は声をそろえる。まず艦長とドリッドが先に三階へ通じる非常階段を上ろうとしたその時だった。

 ブシャアアアアアッ!!

「うおおっ!!」

 ドリッドが非常階段を上ろうとした時、管理塔の火災を消すために消化元素気体が放出され、周囲を白い霧に包ませた。

「なっ……、なな何だよ……。こんなのは出てくるなんて、きーてねーぞ!」

 ドリッドが放出された消化元素気体の突発を目にしたのを驚いてぼやいた。

「ケホッ、ケホッ。装置が壊れていたの?」

 リブサーナがむせながらぼやくと、アジェンナが壁に設置された掌大の正方形の機械が左右の壁に対に仕掛けられているのを目にした。

「これだ……。罠発動装置(トラップスターター)……。左が生体センサーになっていて、生体反応を掴むと右の和罠が出てくる仕組みなんだわ」

「ってこたぁ、装置を一つずつ潰していくしかない、って事か!? エネルギー装てんパックの予備は二つしかないんだぜ? 最上階までに全部使い切っちまうんじゃねぇのか?」

 ドリッドが最上階までに行くために仕掛けられた罠を一つずつ潰すのはともかく、エネルギーパックの残量を気にして口走ると、リブサーナが声をかけてきた。

「携帯銃のエネルギーパックを無駄にしないで行く方法はあるといえば、あるんじゃないの?」


 最上階のコントロール室では、ダイチェ星への進行を妨げるブラックホールを消すための設備と数人の管理者がいるのだが、管理長であるミネラー=ルルゥをはじめとする管理者はならず者の二人にブラックホール管理塔を乗っ取られ、自身にはコントロール室の領となりの畜燃料室に拘束され閉じ込められていた。

 コントロール室の窓は外側から割られ、周囲には窓ガラスの破片が散らばっていた。

「いい眺めだなぁ、ザック。ウォーテニックの奴ら、こんなめでたいものを建てるなんてよぉ」

 身体を白い甲殻に包まれ、頭部や手首や脚に甲殻類の脚のような棘を持つアーマル星人の男、ハーダーがコントロール塔の様々なデータを画面で調べるシーモア星人のザックに声をかけた。

「待っていろ、ハーダー。今、ブラックホールの圧縮方法とその制限時間の計算を計っているところだ。これを逆の方法にするには……」

 緑色のドレッドヘアに赤ら顔で円状のつり目に小さな口のシーモア星人のザックは、コントロール室のキーをねじれた五本の指を両手で器用に操作しながら、中央の椅子に座るハーダーに返事をする。

 ザックはサイケデリックな服装に対し、ハーダーは黒鉄の帷子に簡衣服と足首を覆うサンダルという蛮闘士風のいでたちだった。

 二人は空中の小型移動艇に乗って、管理塔の最上階へ跳び下りて侵入し、管理塔を乗っ取ったのだ。しかも、一人のならず者はウォーテニックの戦士五人分の強さのため、警備員はあっという間にハーダーとザックにやられてしまったのだ。

「ブラックホールを拡大化させてダイチェ星に向ければ、滅びるだろう。ダイチェ星人は自身の星がブラックホールに呑みこまれるのを恐れて、我々や"あの御方"に従うに決まっている。ダイチェ星から活動資金となる光沢金剛石(ティンクルダイヤ)も手に入れやすくなるという事だ」

「それもそうだな。ウォーテニック星、ダイチェ星、その次に狙うのは当然パルバム星だな」

 ザックはウォーテニック星のブラックホール管理塔の機能を利用してブラックホールを広げてダイチェ星、ダイチェ星と関わりのあるパルバム星の支配を目論んでいたのだ。ザックとハーダーは"あの御方"の従者にしかすぎないが、武力や戦略術

があるためスカウトされた。

 その時、ドゴォォンという崩壊音がして、ハーダーは椅子から転げ落ち、ザックはキーから指を滑らせて情報をリセットさせてしまった。

「なっ……、何だ今の音は!?」

 二人は驚いたが、ハーダーが塔の中の映像を調べるモニターを覗いてみると、二階の天井が硝煙と粉々になった瓦礫で崩れ落ち、廊下に散らばっていたのだ。

「な……何故だ!? 一体誰が……!?」

 ハーダーが二階の映像を見て驚いていると、再び爆破音がして、しかも前より大きくてコントロール室のすぐ後ろの廊下だという事がわかった。何かが感電する音と同時に左右開閉式の扉が無理矢理開かれ、そこに赤銅色の巨漢の虫型星人と黒曜の体の虫型星人の老兵が入ってきたのだ。

「おっ……お前らは……」

 ザックが入ってきた二人を見て驚くと、巨漢が名乗り出る。

「宇宙兵団、ワンダリングス戦将、ドリッド!」

 続けて黒い老兵もハーダーとザックに名乗りを入れる。

「流浪兵団ワンダリングス艦長、グランタスだ。貴様らさては"宇宙の巨悪"の配下だな? ピアエンテ星の王家を葬ったボロネーゼと同じ……」

 ザックとハーダーは顔を見合わせて、ザックが拳を掌で叩いて思い出したように言う。

「ああ! 王族でありながら、末子のため王位継承権を持たず、戦いで糧を得て盗賊退治や猛獣狩りで活躍してきたという……。

 お会いできて光栄だな。俺はザック。"あの御方"から使われし謀略担当」

「そして俺は同じく"あの御方"の配下、決闘士ハーダー」

 ハーダーもドリッドとグランタス艦長に名乗り出る。

「お前ら、さてはこの塔の機能を利用してブラックホールを広げて、ダイチェ星の連中を脅して支配させよう、ってんだろ。そんな事、させてたまるかよ!」

 ドリッドは懐から物質亜空保管カプセルを取り出して中を開け、自身の武器であるトンファーを取り出して持ちかまえる。艦長もカプセルを開いて戦斧(ハルバード)を出して、ザックとハーダーに向ける。

「どうやって入ってきたんだ?」

 ザックがグランタスとドリッドに尋ねてくると、ドリッドはご丁寧に説明する。

「うちにはひらめき屋のメンバーがいてな、そいつがレストランの厨房にある道具を利用して、爆弾を作って通路の天井を爆破させて壊して入ったという訳よ」

 リブサーナは建物の構造図を見て、一階から四階の中心が全て通路だと気づくと、そこから侵入するようすすめたのだ。

 ブラックホール管理塔を乗っ取った二人のならず者とドリッド・艦長の戦いが始まる。