2弾・6話 追尾してきた連合軍



 脱走兵の宇宙艇が落ちた森と白と灰色の建築物が並ぶ都市の間に挟まれた石と土だけの荒れ地に停泊させているウィッシューター号。長いようで短い夜が明け、空が少しずつ白みが差してくる。

 ウィッシューター号内のリブサーナは山に住む原住民プルア族に捕まったピリンとブリックを気にしながらも、一夜を過ごした。

 ゆったりとしたパジャマから若草色のシャツと白いミニスカートと光沢のある丈夫で破れにくいレギンスを身にまとい、折り返しハイカットブーツをはいて、更に普段は結えない髪をポニーテールにして緑色の色紐で結い上げた。

 身支度を整えると司令室に向かい、先に来ていたグランタス艦長、ドリッド、アジェンナと接触した。

「来たか、リブサーナ。これで全員そろったが、まずニュー星域の将校、ナルッス少将から連絡が入った。これが、この連絡だ」

 グランタス艦長はコントロールパネルのキーボードを操作し、パネルのスクリーンから小柄な男の映像が映し出された。連合軍の青い軍服にやけに背がリブサーナより小さく、ヒューマン型星人で濃い目の金髪を垂らして額が広く、左腕にギプスが固定されて三角布をつるしていた。目は濁った緑でごつい顔に無精ひげである。

『あー……ワンダリングスの諸君、私はニュー星域連合軍のナルッス少将だ。見ての通り、レプリカント兵のハインヒルドによって左腕を負傷させられた。

 これよりハーフズ星の時間で四時間後にハーフズ星の宇宙艇落下地点に到着させる。私の他、選りすぐりの兵士十余名と共に飛来する。

 尚、レプリカント脱走兵についてはこの場で抹殺或いは現行捕縛する。もしワンダリングスも脱走兵をかくまうような事をしたら、軍事会議で懲罰を与える。以上だ』

 ナルッス少将の映像としゃがれ声が消えると同時に、一同は背筋が凍るような思いを痛感させた。

「艦長、どうしよう……」

 リブサーナが不安を募らせながら、艦長に目を向ける。

「かくまえば、俺らも罰せられるって、何考えてんだよ。あの将校……」

 ドリッドが身震いしながらナルッス少将の冷酷さに不満を覚えた。

「まあ、待て。昨日の夜、わしらが寝入っている時に、ブリックからの連絡がウィッシューター号のマスターサーバーに入っていた。

 そっちはまだ調べていないが、通信が入ったという事は、ブリックとピリンは無事だという事だ。どんな内容か調べてみんとな……」

 艦長はコントロールパネルのキーボードを操作し、マスターサーバーに保管されていたブリックからの通信文を展開させた。パネルのスクリーンからブリックが送ってきたメールの文書が浮かび上がった。

 一同はブリックの通信文を読んで驚くものの、真実を知って安堵したのち、ブリックとピリンを助けに行く事を決めて出動したのだった。


 その頃、ブリックとピリンはプルア族領で岩屋の中で夜を過ごした。夜は寒かったけれどプルア族の人が獣の毛や鳥の羽毛で編んだ灰色や茶色や斑模様の掛け布団を貸してくれたのでピリンは凍えずに済んだのだった。傍らにいたブリックはれプリンカントのため毎日眠る必要がなく、ピリンを見守っていたのだ。

 夜が明けると、プルア族の人々は昨日の昼に集めた木の実や果物や山菜を粘土ね固めて焼いた壺から出した木の実を石臼で引いて粉にして水と花虫の蜜で練って焼いてパンケーキみたいに石を積んでかまどで焼いて、果物も石鉢と木の手きねで潰してパンケーキの添えにして、山菜を石で削った鍋で茹でで水気を切り、更に同じく昨日釣った生簀の魚の内臓を取って焼いたのだった。あとは岩塩と一緒に食べるだけ。

 もちろんブリックとピリンにも一膳ずつ運ばれ、プルア族の朝ご飯を食べたのだった。

「ふぅむ、プルア族の暮らしは自給自足だが、朝食だけでも栄養があるな。数種類の木の実の粉を一つにして必要なたんぱく質や脂質を採り、果物で糖分とビタミン、魚はカルシウム、山菜はカロチン、塩はミネラルという具合に栄養を採っている訳だな」

 ブリックはプルア族が運んできた朝食を食べて感心する。ピリンもよっぽどお腹が空いており、出してくれた食事を全部食べた。

 すると岩屋にハインヒルドが入ってきた。ハインヒルドは背負いかごに二羽の大きなカモに似た水かき足の鳥二羽と白と茶色の大きめのキノコを一ダースほど、山菜を三〇束程入れていた。

「おおっ、ハインヒルドしゃん! このかごの中はなに? みんなでたべりゅの?」

 ピリンがハインヒルドの背負いかごの中の鳥の足を見て訊ねる。

「いや、これは俺一人で採ってきた。俺は居候だから自分の分は自分で集める。しかもじょうちゃんの五倍は食べるからな」

「戦闘用レプリカントはあれくらい食べないと活動できないからな。ある意味困った体だ」

 ブリックがピリンに言った。戦闘用レプリカントで、四〇〇〇キロカロリーの食事を毎日採り、メンテナンスも二〇日に一度という体に造られているハインヒルドはかつてプルア族に助けられ、今は連合軍内の事件で逃亡の身でプルア族の居候として自分も自給自足の生活である。

 ハインヒルドは自分で石を集めて炉を作り、太い枝を刺し、枝の二又の部分に太い枝を置いて他所から借りた石の鍋でキノコと山菜を煮て汁にし、羽をむしりさばいた鳥を炉に入れて焼いて食べた。味は岩塩で整えて、豪快に食べた。

 むしり取った鳥の羽毛はプルア族にやり、鳥の骨はこれまたプルア族が弓の矢尻や釣針といった生活用具に作り変えていた。流石に内臓は森の中に埋めてきたが。

「ごちそうさん」

 ハインヒルドは合掌して食べ終えると、石の炉を片づけて灰をプルア族集落の畑に持っていった。プルア族集落にも小さな畑がいくつかあり、主に豆やキビ・アワに似た穀物を育てていた。灰は肥料になるのだ。

 プルア族集落は食事が終わると、男達は森に行って薪拾いや狩猟、女は集落に残って畑仕事や近くの川辺に洗濯、家に残った者は鳥の羽毛や獣の皮で衣類や敷物といった生活用具を作り、小さな子供は一ヶ所の岩屋に集められて、そこで教育を受けていた。石ころや木の枝を使って数の数え方を習い、老人のプルア族が男の子には狩猟や林業を教え、女の子には布の作り方や調理方法といった家庭科に近い事を教えていた。ブリックとピリンはプルア族の暮らしを見つめていた。

「見かけはちょっとこわいけど、ふだんのくりゃしはけっこう、ふちゅーだね」

「ああ。リブサーナが住んでいた村もこんな風だと語っていたからな。だが、都市では個人に合わせての特定の授業や職に着く為の専門授業があるんだろう。

 プルア族は古来からの生活術で充分みたいだな」

 ハインヒルドの手引きのお陰で岩屋に閉じ込められずに済んだブリックとピリンは艦長達が来るまで集落を歩き回っていた。ハインヒルドも狩り担当のプルア族と一緒に出ており、大分経った時だった。

「ん?」

 ブリックが空を見上げると、空の彼方から黒い点が見えてきて、それが次第に大きくなっていくのを目にした。

 丸みを帯びた灰白色の宇宙母艦が一隻、こちらに向かってくるではないか。その宇宙母艦は集落をおおうように近づき、空中停止して、集落は暗い影に包まれた。

 集落に残ったプルア族は女子供と老人だけだ。彼らは突然の出来事に恐れを抱き、怯えていた。

「ブリック、これって……」

「ああ。ハインヒルドを探しに来た、連合軍の将校だ」

 ブリックはピリンの肩を持ち、母艦の船艇中心から白い光の柱が出てきて、そこから数人の人間が下降してきて集落の空き地に着陸した。

 そこには十人の様々な人間(ヒューマン)型、獣人型、蟲人型、魚人型の星人がゴーグル付きヘッドギアや鎧に似た戦闘ベスト、赤い軍服とアーミーブーツ、片手にはエネルギーパック式の光線長銃(レーザーライフル)を携えたニュー星域連合軍の対凶悪対策部隊であった。

「やあ、ワンダリングスの君達」

 赤い軍服の兵士に混じって中心に立つやたらと小柄で額の広い縮れた金髪を垂らした青い軍服の男がしゃがれ声に似た声を発した。左腕にはギプスが付けられ三角巾で吊るしていた。

「私はニュー星域連合軍のナルッス少将だ。私を負傷させたレプリカントの脱走兵はどこにいるかね?」

 ナルッス少将は濁った緑色の眼を二人に向け、右腕で無精ひげのあるあごをさすった。岩屋の中のプルア族の老人や女子供は兵士の持っている光線長銃(レーザーライフル)を見て、自分達を撃とうとしないかと震えていた。

「見たところ、君もレプリカントのようだが……。まさか同胞同士でかくまっているって事は、ないだろうなぁ?」

 ナルッス少将はブリックを見て言った。

「ナルッス少将閣下。ハインヒルドを本当に〈抹殺〉するのですか?」

 ブリックはナルッス少将に訊ねる。

「そりゃあそうだ。奴は私の考えたプランに口出ししてきただけでなく、手出しもして私をこんな風にした。ハインヒルドをかくまうのであれば、君達にもそれなりの刑罰を与えるよ!?」

 ナルッス少将は半ば脅すようにブリックとピリンに言った。


「お前ら、ハインヒルドがいるかどうか調べろ!」

「はっ!!」

 ナルッス少将は兵士達に命令し、岩屋の出入り口の木板の扉を足で蹴破り、ハインヒルドを探した。岩屋に残されたプルア族の老人や女子供はいきなり入ってきた連合軍に驚いて叫んだりわめいたり泣いたりしたが、兵士は構わず衣類を入れる行李や酒や酢を作る大きなカメをひっくり返し、室内を破片や散らかした物で壊しつつ、くまなく探した。

 保育所となっている岩屋で兵士が入り込んできた時、保育所にいたプルア族の子供の一人が兵士の足にかじりついた。幸い兵士には軽くつねられた程度にしか感じられず、子供の襟首をつかんで高く上げた。

「邪魔するな、このガキ!」

 兵士が自分にかみついたプルア族の子供を強く放り投げて、子供は岩屋の灯りとりと風通しの窓から奇声に似た声を上げ、他の子供や教師役の老人は「やめてくれ」と言う風に叫んだが、子供を投げ出した兵士が銃口を老人に向けた。

「逆らうとどうなるかわかってんだろうなぁ!!」

 窓から投げ出された子供はピリンが召喚した妖獣・ドラゴンキッドによって地面にぶつかる前に助かった。

「だ、だいじょぶ?」

 ピリンはプルア族の子供に近寄り、傷の有無を確認した。幸いうなじに兵士に首根っこをつかまれた時の引っかき傷だけでそんなに深くはなかった。

 ブリックはナルッス少将の部隊が脱走兵を見つけるためとはいえ、岩屋の中をあさり、少ない穀物の畑を踏み荒らしたりする様子を黙って見ているしかなかった。逆らえば自分も消されると思っていたからだ。

(艦長達が来てくれれば……)

 希望を失いかけていた時だった。

「うおおおっ!!」

「ぐわあっ!?」

 兵士の幾人かが腕や脚を鳥獣の骨や石で出来た矢尻の矢によって刺されて、銃を落としたり、膝まづいたりした。

「何者だ!?」

 ナルッス少将が兵士の体に矢を突き刺した視線に目を向けると、それは狩りに出ていたプルア族の男達が自分達の集落に空から謎の大きな船艇が飛んできたと察知して、舞い戻って来たのだ。プルア族は弓の弦を弾いて矢を撃ち放ち、連合軍兵の腕や脚に当て、石や骨で出来た槍を次々に投げつけてきた。

 ある兵士は腕脚から血を流し、またある兵士は光線長銃を撃とうとしたが、銃口を矢や矛先で封じられ、またある兵士は力づくでプルア族を捕らえようとしたが、逆に小柄だが力強いプルア族に羽交い絞めにされて、手足を押さえつけられた。

 兵士達はあっという間にプルア族の攻撃を受けて、残るはナルッス少将だけになってしまった。

「ふ……ふとどき者の脱走したレプリカントを捕らえるために集めた兵士が……。こんな蟻どもにやられおって……!!」

 ぐぬぬ、と目を睨ませて歯を食いしばって空いた右手を拳にして自分一人だけになってしまった様子を見て、ナルッス少将は悔しがった。兵士達は皆失神しており、逆転したこの状況を見て、立ちつくすしかなかった。

「お、お前らーっ! 私はただ、ハインヒルドの奴を探しに来ただけだ! なのに、どうしてこのような扱いを受けなくてはならんのだーっ!! 狩りと農業と林業だけで生きているような下等共めーっ!!」

 ナルッス少将はプルア族に人差し指を向け、罵詈雑言を吐いたが狩りに行っていたプルア族の男の一人がナルッス少将に言った。

「▲○◆☆◎×※▲◆◎!!」

「ウゴウゴじゃわからん!! 私にわかるように話せっ!!」

 プルア族の語源を聞いて更に癇癪を立てるナルッス少将にブリックが言った。

「少将閣下、プルア族は本来、他の種族と交流を関わらないのです。ですが、あなた達が脱走兵を探しに彼らの住処を荒らしてまですれば、誰だって許しませんよ」

 ブリックの発言にナルッス少将が口をはやし立てた。

「貴様っ、部外者とはいえと同じレプリカントを庇うのか!? あいつは私を撃ったんだぞ!! あんな奴を野放しにしたら、どんな危険が起こるかわからんのだぞ!!」

「なにをいってりゅの。しゃっき、プリュアじょくのこをまどかりゃたたきちゅけようとしていたじゃない! どっちがひどいとおもうお!!」

 ピリンもナルッス少将の態度を見て口を出す。

「もうこんなプランやめてください、少将……」

 森の茂みからハインヒルドが出てきた。自分の昼食と晩食を集めるためのかごを背負い、兵士達が鎮まるのを待って出てきたのだ。

「出たな、ハインヒルド! この裏切り者め!! 私のプランに口出ししただけでなく、私に銃を向けてきたんだぞ! お前ら、確かフリー兵団のワンダリングスだろ? ならこいつを捕らえて連合軍に差し出せ! 愚図共が!」

「少将、いい加減に……」

 ハインヒルドがナルッス少将の前に進み出た時、ハインヒルドが目まいを起こし、膝まづいたのだ。

「どうちたの!?」

 ピリンがハインヒルドに駆け寄り、彼の顔を覗いた。ハインヒルドの息が荒くなり、顔が蒼白になり、口から白い泡を吐き出し、泡が地面を黒く濡らした。

「これは栄養切れの症状……。メンテナンスの時期だったか! こんな時に……」

 ブリックがハインヒルドの苦しみようを見て、拳を地面に叩きつけた。ピリンはハインヒルドの様子を見てうろたえ、彼の背中をさすった。

「ふふふふふ……。私に逆らうからこうなるのだ。このまま放っておいてもあと三時間でくたばる。お前ら、ハインヒルドを差し出せ!! 軍法会議でこいつの悪事を世間に公開してから公開処刑にさらしてやる!!」

 ナルッス少将が一歩ずつ三人に迫ってくる。

「グ……グ……」

 槍や弓を持ったプルア族の男達がナルっす少将に襲いかかろうとしていたが、ナルッス少将の右手が懐に入っているのを目にして、静止するしかなかった。その時だった。

 ヒィィィィ……ン……

「このエンジン音は……」

 ブリックが上空から聞こえてくる音を耳にして顔を上げた。すると白い空から青い機体の魚に似た小型宇宙艇、ミニーシュート号が飛んできて、プルア族集落の愛達に下降してきた。

「ミニーシュートごうだお!! かんちょーたちがきてくれたお!!」

 ピリンが叫び、機体のハッチが開いて中からグランタス艦長、ドリッド、アジェンナ、リブサーナが出てきた。

「ピリンちゃん、ブリック! 大丈夫ー!?」

 リブサーナが心配そうな顔をして二人の方へ駆け寄った。

「おおっ、サァーナ! しょれよりも……」

 ピリンとブリックの傍らにいる男の苦しんでいる様子を見て、リブサーナは目を見開いて言葉を失った。うずくまって口から泡を吐き出す様を目にして驚いたからだ。

「こんな事があるだろうと思って、あんたの研究室からレプリカント用栄養剤を持ってきたよ」

 アジェンナが四角い箱を持って駆けつけた。

「かたじけない、アジェンナ」

 ブリックがアジェンナから薬品箱を受け取り、ブリックが箱を開けて注射器を取り出してアンプルのビンから栄養剤を入れてハインヒルドの腕に注射した。

「お前ら、どうしてこんな奴を助ける!? さっさとこいつを捕らえんか!!」

 ナルッス少将が今更かと言うようにグランタス艦長にわめいた。だがグランタス艦長とドリッドはプルア族の集落や住民の様子、ハインヒルドの状態を見つめてからナルッス少将に訊ねた。

「ナルッス少将殿、これは一体どういう事なのですか?」

「フン、決まっているであろう。選りすぐりの兵士を集めて私のプランに反し、負傷させた脱走兵ハインヒルドを捕らえに来たのだ。このハインヒルドはハーフズ星の野蛮人どもにかくまってもらわせ、お前の仲間の優男と幼女を人質にとった卑怯者なのだぞ。なのに、こやつは素直に捕まろうとするどころか野蛮人と共に兵士達には向かったのだ。

 こんなずるくて卑怯で腰抜けで冷血なレプリカントは早く捕らえて軍法会議にかけて公開処刑にかけるのだ。さあ早く、捕らえろ!!」

 ナルッス少将はグランタス艦長にせかすように命じた。

(何、この人!? よくもまあ、平気で人の悪口をはやし立てるなんて)

 リブサーナはナルッス少将の様子を見て、義憤を感じた。風上にも置けない、戸はこの事だろうか、と。

「すいませんがナルッス少将殿」

 ドリッドがナルッス少将に話しかけてきた。

「さっき連合軍ニュー星域軍部から、このような映像が送られてきたんですが……」

 ドリッドが自分の携帯端末を出して、ナルッス少将に端末の画面から立体的に映し出された映像を見せた。

 映像は床も天井も壁もモニターと操作盤の付いたデスクも白い光沢の部屋でそこの机にナルッス少将が座り、その机のそばにハインヒルドが立っていた。

 ハインヒルドは書類の束を机上に叩きつけて少将に責め立てていた。

『どういう事ですか、少将!!』

 そんなに大きくでもないが、音声も入っている。ナルッス少将はこの映像を見て凍りついた。

「こっ、この映像は……!?」

 目を大きく見開き、口を酸素不足の魚の如くパクパクさせ、右の人差し指を不安定に揺らすナルッス少将は声も震えていた。

『少将、ハーフズ星の「海」だけでなく、陸も手に入れようとするのですか!!』

『そりゃあそうだ。ここを連合軍エネルギー基地にするという計画だ。ハーフズ星の海は高純度高性能のエネルギーだ。わざわざ小惑星衛星から取り寄せる必要もなくなるのだぞ?』

『そんな事をしたら、ハーフズ星の生態系はますます狂い、人々は高いエネルギーを買い求めるために家族や友と別れて他星へと働きに行かなければならず、税も上がって暮らしが苦しくなってしまいます!!

このような計画、おやめ下さい!!』

 映像のハインヒルドはナルッス少将が作った企画の書類の束を真っ二つに破いた。

『貴様っ、よくも私のプランを……!』

『少将、ハーフズ星の「海」を、ハーフズ星人に返還してください!!』

『貴様っ、軍に仕える"人形"のくせに、私に逆らうというのか!!』

 映像のナルッス少将は腰に差してあった光線銃を抜き出し、ハインヒルドに銃口を向けた。

『少将、何を!?』

『私に逆らうと言うなら、ここで撃つぞ!!』

 ナルッス少将が引鉄を引いた時、赤い爆破と共に映像が灰色の波になった。

「おおおおおお前ら……、この映像、どうやって……!?」

 恐れおののくナルッス少将はもうこれ以上、言い逃れが出来なくなった。

「連合軍の監視カメラが扉が半分開いていたあなたの部屋を覗いていたようです。

 これでハインヒルドのえん罪が証明されました。連合軍の優秀なオペレーターが見つけたようですね」

 うなだれるナルッス少将を見て、グランタス艦長が押しを入れた。

「あときっかけはブリックがハインヒルドから教えてもらった情報をもとに、電子メールを連合軍ニュー星域に送信したんです。そしたらこの映像が見つかりましてね。

 もう言い逃れは出来ませんよ。それとも、まだ自分は悪くないと言い張るつもりで?」

 ドリッドの台詞でナルッス少将はうなだれて膝まづき、もう何も言い返さなかった。


 それからして数時間後、ニュー星域連合軍の戦艦が数隻来て、連合軍の最高司令官がナルッス少将と部下達を連行して、ナルッス少将は後日軍法会議で裁かれることとなった。

 ハインヒルドはというと、ワンダリングスによってウィッシューター号に運ばれ、ブリックの研究室の奥にあるレプリカントメンテナンス室で体中に管をつけて薬剤注入されていた。

 そしてブリックとピリンは――。

「お前らが無事でホントよかったわ。ハインヒルドの無実も証明が出来たし、命もとりとめたし」

 夜になってプルア族の集落の立て直しから帰ってきたドリッドがウィッシューター号の中で待機していたブリックとピリンに言った。

「本当に、ありがとうな。ハインヒルドはメンテナンスに間に合ったし、プルア族の居住区も立て直してくれて……」

 大きめの食卓と椅子が六脚あるウィッシューター号の食堂内で、艦長達に差し出す食事を作っていたブリックが帰ってきた艦長達に言った。

「あー、でもハインヒルドも冤罪とはいえ、軍法会議にかけられるんでしょ? 逃げだしかから」

 薄紫のツナギ姿でプルア族集落で立て直し作業を手伝っていたアジェンナが席の一つに座りながら言った。

「わたしは楽しかったよ。久しぶりに土をいじって種をまいたのは」

 リブサーナが言った。リブサーナも萌黄色のツナギ姿である。ナルッス少将が連れてきた兵士によって荒らされたプルア族の畑は農業惑星人であるリブサーナが直した。久しぶりの農業に精を出したリブサーナは嬉しそうだった。

「おーい、シャワー浴びてきたから次入っていいぞ」

 プルア族集落の立て直しに行ってウィッシューター号に帰ってきて汗と泥を流してツナギ姿から簡素な衣に着替えた艦長が食堂に入ってきた。

 アジェンナとリブサーナも浴場に行き、汗と泥を洗い流して普段着に着替えて、ブリックが作ってくれた夕食に目をやった。

 体中のヒレにトゲが付いた赤と黒の川魚のフライに花びらのような形と弾力を持つハーフズ星のサラダ菜添え、ハーフズ星に行く前に捕らえた獣の肉で作った星米(スターライス)の炒飯、家畜乳とパランプキンで作ったポタージュ、デザートは雫レモンのゼリー。

 ピリンはプルア族の集落で食べた質素だけど栄養のある食事の次に食べられたのがいつものメニューに喜んで舌鼓をうった。

「こら、ピリン。そんなにがっついたら喉を詰まらせるよ」

 アジェンナが夕食を早食いしながら食べるピリンに注意した。

「だぁって、おいしいんだもん」

 ピリンは口を尖らせる。夕食は終わり、後片付けも済んだ頃、リブサーナは自分の部屋で寝る支度をしていた。

 リブサーナが髪の毛が絡まないように丸くて頭をおおうナイトキャップを被ると、ノック音が聞こえてきた。

「誰?」

 リブサーナがドアを開けると、そこに立っていたのはピリンだった。ピリンもレモンイエローのフリルとレースの付いたネグリジェを着ていた。

「何か用?」

「サァーナ、いっちょにねていい?」

 ピリンはリブサーナにお願いした。

「いいよ。ずっとブリックと一緒だったしね」

 リブサーナはピリンを自分の部屋に招き入れて、机の上に備え付けられたベッドに入って一緒に寝た。

「ピリンちゃん、プルア族に捕まった時、怖くなかった?」

 リブサーナはピリンがプルア族の男達に捕まった時の状況を訊ねてきた。

「こわかったお。だってかりゃだがあおくて、かみのけがみじゅくしゃみたいだったかりゃ。

 でもブリックがいてくれたかりゃ、だいじょうぶだったぉ」

「そっか。それ聞いて安心した」

「ブリックはまだおきていりゅし、ハインヒルドしゃんはまだおねんねちてるし、これかりゃどうしゅりゅんだりょ」

 ピリンがハインヒルドの行く末を気にして呟いた。

「……艦長がニュー星域の軍法会議先に引き渡して裁判にかける、って言ってたな。

 冤罪をなすりつけられてたから、ってあの人も逃げたんだし」

 リブサーナが自室に行く前に、艦長が司令室で連合軍と通信会話をしていたのを目にした事をピリンに話した。

「しょっか……」

 ピリンは残念そうに呟いた。

「ピリンちゃん、わたしとしてはピリンが帰ってきてくれただけでも嬉しかったよ。

 ピリンがいなくなったら、わたしは罪悪感に苛まれていたと思う」

 リブサーナは自分の故郷で、自分以外の村人が宇宙盗賊によって全滅した時、自分一人になった悲しみと自分だけで生きてしまった罪の呵責に苦しめられた事を思い出した。

「しょだったね。サァーナはピリンのおねえちゃんだもんね……」

 自身も故郷の天変地異で一人になってしまったピリンも呟いた。

 二人とも明日の出発に備えて、眠りに着いた。