2弾・3話 遊郭衛星(プジョーブ)崩壊



「いやー、プジョーヴに来てから、おじさん達の相手をしていたから、ストレス発散したかったのよねー」

 レプリカント輸送船が来る前にアジェンナが従業員寝室のベッドでドレスから黒いフィットシャツと薄紫のフィットパンツに着替え、下のベッドで着替えているリブサーナに言った。二段ベッドには着替えをするためのカーテンが遮っている。

「だけど、ドリッド来てくれるの? 店の中には用心棒が何人も雇われているし」

 リブサーナが白いコンバーティブルスーツから緑色のチュニックと白いリボンベルト付きのハーフパンツに着替え、更に隠し持っていた物質亜空保管カプセルから防具と武器を取り出した。カプセルの上ぶたを回すと、鎧と手甲と脛当て、携帯銃(ハンドライフル)が飛び出して、ごろんと布団の上に転がった。リブサーナは鎧と手甲と脛当てを付け、携帯銃のホルスターを腰に下げる。防具は全て銀色で、胸鎧の中心に超新星型に削られた石がはめ込まれて肩パットがついている。重そうに見えるが軽くて純鉄や鉛も入っているため丈夫である。リブサーナの脛当てには短剣の鞘がついている。

「アジェンナ、着替えたなら開けるよ?」

 リブサーナが上段にいるアジェンナに訊ねると、「いいよ」と返ってきた。カーテンを開けると、上のベッドからアジェンナが下りてきて、彼女も胸鎧と手甲と脛当てを装着していた。

「あとはブリックだね」

 リブサーナが向かい側のカーテンの閉められたベッドを見て呟く。少し経つと、カーテンが開いて長い髪のかつらを取り、青い全身スーツを着たブリックが現れた。ブリックも鎧と防具と脛当てと携帯銃を装備している。胸の鉱石だけは個人によって色が異なり、アジェンナは紫、ブリックは青、リブサーナは緑である。

「やっぱりブリックはこっちの方がいいね」

 リブサーナは女装を解いたブリックを見て笑う。

「それで、リブサーナとブリックが隠居区域にいるレプリカントを見つけに行くのね?」

 アジェンナがブリックに訊ねる。

「ああ。リブサーナは戦闘より救助の方が向いているしな。アジェンナは一階の社長室の死角で待機して、ゴラスが社長室に入ってきた時点で逮捕してくれ」

「了解」

 アジェンナは頷き、三人は他の従業員が廊下にいないのを確かめてから作戦を実行した


 リブサーナとブリックは足音や雑音を立てないよう、レプリカント隠居区域へと向かった。例の〈関係者以外立入禁止〉のついたてに来ると、ブリックは従業員カードをスラッシュしてセンサーを解除する機械を目にした。センサー解除機の従業員カードは全ての従業員が入れる訳ではなく、社長や上役の従業員しか入れない。ましてや新人として潜入してきたリブサーナ達は入れない。

「どうやって入るの?」

 リブサーナが隠居区域に張り巡らされた赤外線センサーを見てブリックに訊ねる。

「大丈夫だ。私はレプリカント。こんな機械などウィッシューター号のエンジンよりも簡単だ」

 そう言ってブリックは左の手甲の中に隠していたドライバーやニッパーなどの工具を出して、まずドライバーでセンサー解除機の外装を外し、続いて中のコードやチップが設置された構造を見て、コードを入れ替えて赤外線を解除した。張り巡らされていた赤外線は消え、解除機の外装を戻してブリックとリブサーナは隠居レプリカント居住区の中へ入っていった。

 廊下に天井の電灯がいくつも並んでいて明るい従業員居住区と違って、隠居レプリカント居住区は薄暗かった。灯りもぼんやりとしたオレンジ色で、刑務所の夜を思わせる。しかも部屋は左右に二つしかない。

「何か不気味……」

「一つ言えるのは、この扉の向うがかなり怪しいという事だ」

 ブリックが分厚い鈍色の扉を見て言う。扉は左右開閉式で、外側から施錠する仕組みである。その鍵というのが、番号を入力して扉を開けるシステムである。

「まさか……、いろいろ試さないと入れない、ってやつ?」

 リブサーナが番号の列を見て、無表情になる。

「いや、その必要はない」

 ブリックが腰から下げた携帯銃を取り出して引金を引いた。黄色い閃光が銃口から出て、錠を破壊した。入力キーは崩れ、白い煙が昇る。

「ブリック……。いきなりすぎる……」

 リブサーナが普段は見る事のないブリックの大胆ぶりを見て驚く。しかしブリックはおかまいなしに扉をこじ開けた。ゴゴゴ……と扉は左右に開き、二人は中に入った。

 中は目をこらさなければならないほど薄暗く、内部は三〇人程の美女達が身を寄せ合っていた。丸や楕円のソファーベッドに美女達が寝たり座ったりしていて、ぼんやりしている。

「あなた達、新しい子?」

「誰? 見慣れない人ね」

 女達はブリックとリブサーナを見て口々に言う。衣服や髪の色や目の色はばらついているが、共通は誰もがぼんやりしているという事だ。

「この人達……何故、このような場所に?」

 リブサーナが女達を見て疑問に思う。こんな場所で何故ぼんやりしているのか、と。

「彼女達は……レプリカントだ」

 ブリックが女達を見て言った。よく見ると、右足首の内側に個人識別番号のアザがある。「EU―08」「AK―61」といった番号が刻まれている。

「あの……すみません。あなた達は、どうしてこのような場所に!?」

 リブサーナがレプリカントに訊ねる。だが彼女達は焦点の合わない視線でリブサーナを見る。

「あなたもレプリカント? あなたも仕事と住処を失ってここへ?」

 リブサーナを見たレプリカントが訊ねる。レプリカントはリブサーナの質問に答えるどころか質問してきた。何を思ったかブリックは部屋を出て、反対側の扉を携帯銃の光線で施錠装置を破壊した。そして、扉をこじ開けると、何もない広い部屋に白い布を被った女性達を目にした。数は二〇人くらいいて、座っているか床に寝そべっている。ブリックは一人の寝ている女の顔を見て、言葉を失った。

「! これは……」

 顔や手足にしわが走り、赤茶色の染みも浮いていて髪が白い老女だった。そしておそるおそる足首を見てみると、「MK―83」の番号のあざがあった。

「見てしまったようだね」

 横たわっていた老女を見ていたブリックに他の老女が声をかけてきた。

「あんた達は一体……」

 ブリックが老女たちに訊ねると、老女の一人が「レプリカントだよ」と答えた。

「ブリック、急に扉を壊して……あっ」

 リブサーナが部屋に入ってきて、老女を見て叫んだ。

「ブリック、このおばあさん達は……?」

 リブサーナが立ちすくんでいるブリックに声をかけてきた。

「この者達は……レプリカントだ。私や先程の部屋にいた者と同じ……」

「えっ!? でもレプリカントは年をとらないんじゃ……」

 リブサーナが疑問に思っていると、老女の一人が答えた。

「そうだ。私達はかつてはこの者と同じく瑞々しかった。戦争や災害で色と住処を失い、プジョーヴで娼婦をする条件で、住んでいた。

 だけど、ドモ・ゴラス社長が与えてくださった錠剤を飲んでいく度に、私達はこんな姿になってしまった……」

「薬!?」

 老レプリカントの話を聞いて、ブリックとリブサーナは、はっとした。

「仕事がはかどるようにという成分の薬だよ。まさか、老化の副作用が入っていたなんて……」

 老女が声を震わせながら言った。続いて別の老女が、

「あの薬は急に老ける事はないが、服用していくうちに物事が考えられなくなり、最後の段階で老いる……。こんな姿では、私達はお払い箱で、ここで惨めにいる他ない」

 リブサーナは不老のレプリカントの老いた姿を見て涙ぐみ、ブリックは話を聞いて震え、部屋を飛び出していった。



 その頃、単身ドモ・ゴラスの社長室に向かったアジェンナは誰にも気づかれぬよう、社長室の扉が開くのを待っていた。アジェンナのいる社長室の死角とは、社長室の向かい側にある角で、そこは薄暗く使い古された椅子や机が置かれていた。

 アジェンナは少しずつ覗きながら、ゴラスが来るのを確認した。やがて、白いスーツを着たゴラスが三人の黒いスーツの男性社員のクラナビックル星人と共に社長室に入るのを目撃した。

(今だ!)

 アジェンナはそう悟ると、腰にさげていたエネルギーパックを装てんし、携帯銃を構えてゴラスに銃口を向けた。

「ドモ・ゴラス! レプリカント権侵害罪と違法売春経営の罪で逮捕する!」

 社長室に入ったアジェンナを見て、ゴラスは振り向いた。三人の男性社員が銃を持ったアジェンナを見て驚く。

「おや、君は飲食店層のジェニー嬢ではないか。銃なんか持って、何のつもりだね?」

 ゴラスはアジェンナを見ても動じず、立ち止まっている。

「何の、って……。あなたは多くのレプリカント女性を集めて娼婦にし、彼女達の意思なく働かせていたじゃないの。レプリカントにだって、職種を選ぶ権利はあるわ」

「意思なく働かせていただと……。笑わせるな! 彼女達は戦争や災害で住居や職を失い、私達が拾って仕事を与えたのだ! それの何が悪い!?」

 ゴラスはアジェンナの発言を聞いて、否定した。そしてこう言い続ける。

「だいいち、有機体の女を使えば色々ともめ事が起きて、おちおち営む事すらできないだが、レプリカントならどうだ。彼女達は子を生せないし、性病にもかからない。それがメリットだというのだよ」

そう言い終えると、三人の部下達がアジェンナにエネルギーパック装てん式の中型携帯銃を出してきた。

「お嬢さんが連合軍によって送り込まれたスパイだという事は気づいたよ。この女を始末しろ!」

 ゴラスの部下達は引金を引き、エネルギーの弾丸を撃ち放った。白い光が弾丸の形をとり、アジェンナに向かってくる。アジェンナはローテーブルをひっくり返して盾にし、ローテーブルは孔だらけになり、アジェンナは床に転がって携帯銃の引金を引いて金色の弾丸をリズミカルに撃った。エネルギー弾は部下の手首に当たり、次々に銃を落としていった。クラナビックル星人は皮膚は硬くて刃物や銃弾は貫通しない者の、エネルギー弾は震動による痛みで体に負担がくる。

「このっ……!」

 ゴラスは部下が落とした中型携帯銃を拾い、アジェンナに銃弾を放つ。アジェンナは自分の持っている長剣でエネルギー弾をはじき返し、剣先で銃口を斬り落とした。銃の先端が地に落ちて、ゴラスがもう一丁の銃を拾おうとした時、アジェンナが峰打ちでゴラスの背中を打ちつける。

「ぐっ……」

 ゴラスは地べたに倒れ伏し、アジェンナが社長室を出てリブサーナとブリックの所へ行こうとした時だった。廊下から十数人ものの走る音が聞こえ、アジェンナが社長室を出ると、クラナビックル星人や獣人型、蟲人型などのエイリアンが銃を持って現れた。ホストもいればロビーボーイや白い前掛けと調理服のコックもいる。ゴラスが隠し持っていた呼出装置(コーラー)で呼び集めたのだった。

「いくら連合軍の雇われ兵でも、これだけの数が相手だと不利だろう?」

 ゴラスがほくそ笑んだ時、後方にいた連中が叫びを上げて倒れた。

「うわっ!!」

「ぎゃっ!!」

 倒れた男達の背や肩には針のついた薬きょうが刺さっていた。そしてそこにいた……。赤褐色の体に赤と黒の三白眼、背に甲翅と薄翅を持つ軍人が立っていた。軍人の手には大きな銃身、胸と腕脚には銀の防具が装備されている。

「間に合ったか、アジェンナ」

「ドリッド、来てくれたのね!」

 アジェンナがドリッドを見て叫ぶ。

「おのれ、仲間がいたのか! お前ら、やれっ!!」

 ゴラスが銃を持った男達に命じ、ドリッドとアジェンナに銃口が向けられる。しかし、ドリッドの長銃の方が速く、男達の肩や胸に麻酔弾を撃ち放ち、男達は叫ぶとバタバタと倒れる。

 アジェンナも右手に長剣、左手に携帯銃を持ち、剣で銃のエネルギー弾をはじき、男達の腕や脚にエネルギー弾を撃ち放った。

「ぎゃっ!!」

「わぁっ!!」

 そしてたった二人の女性兵と巨漢に十数人が倒された。

「あとはあんただけよ、ドモ・ゴラス。大人しく捕まりなさい……」

 アジェンナがゴラスに近づいた時だった。

「捕まってたまるかっ!」

 ゴラスは机の灰皿をとり、灰皿の中の灰や葉巻の吸い殻をアジェンナにばらまいた。

「うっ!」

 アジェンナの顔や髪に灰がかかり、吸い殻や他の灰が床の絨毯に散らばった。ゴラスは一目散に逃げ、ドリッドが麻酔銃を撃とうとした時、クラナビックル星人が美容に使う磨き液のビンを懐から出し、透明な液がドリッドの目や口に入り、ドリッドはその場で顔を押さえた。

 ゴラスが四階にある秘密の場所に隠してある小型宇宙艇の所へ行こうと階段を昇ろうとした時だった。二階の踊り場の所で、突如現れたブリックがゴラスの腕をつかんで止めたのだった。

「き、貴様は……! お、男だったのか!?」

 ゴラスがブリックの顔を見て驚く。女だと思っていたレプリカントが実は男だった事に衝撃を受けたのだった。ブリックはゴラスに憎しみの眼差しを向け、左手でゴラスの胸ぐらをつかみ、右手を拳にしてゴラスを殴りつけたのだった。ドゴォン、と地響きのような音がして、ゴラスの顔に亀裂が入り、床にも凹みと亀裂が入ったのだった。

「ゴラァ〜ス!! 貴様は、貴様は絶対に許さん!! レプリカントを売春の商売道具にしただけでなく、薬漬けにし、力や美しさを奪った!!」

 ブリックはゴラスの上で馬乗りになって、ゴラスを殴り続けた。有機生物よりも上回る力でゴラスを殴り、ゴラスの険しかった顔はブリックの殴打で原型が歪み、更にブリックは怒りで力のコントロールが出来なくなっていて、更に拳の皮膚が破けて赤い血が流れているのも気づかずに殴っていた。

 ブリックが思い切って殴ろうとした時、ドリッドがブリックの手首をつかんだ。

「よせっ! 殺す気か!? いつもの冷静なお前はどうした?」

「止めるな! こいつは、レプリカントを短期でボロ雑巾のように変えてしまったんだぞ!」

 ドリッドに止められたブリックが叫びを上げる。

「やめろ。もう、こいつは動けない」

 ドリッドに言われて、ブリックはゴラスの顔を見る。細く開いた目から涙が滝のように流れ、口と目から白い半透明の血を流し、顔には削られたような凹凸があった。

「こいつを死なせたら、お前が連合軍刑務所に行かなくてはならないんだぞ」

「……」

 レプリカントのブリックに殴られたとはいえ、ゴラスは息を吐きながらその場で伏せていた。その時、アジェンナが駆けつけ、血が出たブリックの手の甲に自分のハンカチを裂いて止血してくれた。

「すまない。取り乱してしまって……」

「わかればいいんだよ。リブサーナはどうしている?」

「四階の隠居レプリカント居住区で、そこにいるレプリカント達と一緒にいる」

「じゃあ、早く行きましょ! あと一時間で、連合軍が来るわよ」

 ブリックはアジェンナとドリッドを率いて、四階の隠居レプリカント居住区へと向かっていった。


 レプリカント隠居区にいる薬剤の副作用で老いた多数のレプリカントを見て、リブサーナはどうやって連れ出そうか考えていた。老化したレプリカントの他にも薬のせいで物事が考えられる事の出来ないレプリカントもいるのだ。

(やはり連合軍が来るのを待つしかないのかしら)

 他のメンバーにレプリカントをどうやって助けるべきかと、携帯端末を懐から出そうとした時だった。

「おやおや? ここは立入禁止ですよ。私のような関係者以外は、ね」

 後ろから押しつぶしたような男の声がして、リブサーナはドキッとなって振り向いた。老化したレプリカントの部屋の出入り口に両目が飛び出した赤ら顔に体中にヒレと鱗、バルーン袖とバルーン裾の服を着た男が立っていた。

「あ、あなたは……」

 リブサーナが男を見て呟いた。自分らがプジョーヴに潜入した日に社長室で出会ったあの奴隷商人である。

「デメイズ星人のファーリン……」

「おや、あなたはあの時の……、私を知っているという事は、連合軍のスパイでしたか」

 ファーリンは相も変わらず押しつぶしたような声を出して笑う。リブサーナはダーリンの笑みと声に気味悪さを感じるものの、振り切って叫んだ。

「悪いですけど、あなたにレプリカント権反故罪による逮捕依頼が出ているんですよ。出来れば、自ら捕まってくれればありがたいんですけど……」

 だが、ファーリンはリブサーナから見ればわかりづらい首を振って、返答した。

「すみませんけどね、私の商売やれなくなったら、あなたに賠償を求めますよ。レプリカントでも宇宙孤児でも金になれば商売あがったりなんですよ」

 そう言う也、ファーリンは水かきのある手を懐に入れて、中から銀色のカプセルを取り出してきた。物質亜空保管カプセルである。ファーリンはカプセルの蓋を捻ると、

二つに分かれたカプセルから、足が八つ、長いマジックハンドが二つついた平べったい機械が現れた。ファーリンはそれに乗り、平べったい機体の上の操縦かんを握った。

「なっ……何これ!?」

 リブサーナはファーリンが出してきた機械を見て驚き叫ぶ。

「ふふふ。これが私の奥の手。奴隷捕獲パワードマシン、クラブレックです!!」

 ファーリンは自分の操縦パワードマシンを紹介すると、操縦かんを動かして機体の長いアームがリブサーナに近づけさせた。リブサーナは危機を察知し、腰のホルスターからエネルギーパックの携帯銃を出して、アームに捕まる前にファーリンを狙おうとした。金色の弾丸がファーリンに放たれるが、長いアームが銃弾を防いだ。ファーリンのパワードマシンの八つの脚がずかずかと前に向かってくる。

(ここにいたら、レプリカントの人達が危ない!)

 リブサーナはそう悟ると、部屋を飛び出して廊下に出て、プジョーヴ従業員居住区へと逃げていった。他の従業員は自分の職場へ足を向けたり、勤務が終わって自分の部屋に入ろうとする者の姿が見えた。朱色のたてがみに深緑の鱗を持つ老料理人が突如現れたリブサーナを見て、少し怯んだ。

「おや、リソナちゃんじゃねぇか。確か今日はお休みを取ったんじゃなかったのか?」

 老料理人はリソナことリブサーナと親しくなった同じ店の従業員だった。リブサーナの出てきた通路の暗がりから、ガシンガシンという音がし、そこから長いアーム二本と八つの脚を持つパワードマシンが出てきたのだ。

「ひっ、ひえええええ!!」

 老料理人はファーリンの操縦するパワードマシンを見て腰を抜かし、その声で食堂や個室にいた従業員が扉から顔を出してきたのだ。

「どうした?」

「何だ、何だ!?」

 様々な姿や顔のエイリアンやレプリカントが叫び声を聞いて通路に顔を覗かせたのだ。すると、通路に巨大な甲殻類・カニのようなパワードマシンを見て驚いたのだ。

「わっ、何だあれは!?」

「どうしてこんなものがここにあるの!?」

 男も女も誰もがファーリンのパワードマシンを見て口々に叫ぶ。リブサーナは思い切って、居住区の従業員達に言った。

「み、皆さん! この男とプジョーヴのオーナーは、レプリカントの女性を集めて娼婦として働かせ、更に危ない薬を与えてレプリカントの人達を中毒にさせ、中毒になったレプリカントの人達はしわくちゃの老人に変わっていたんです! わたし、この目で見ました!」

 リブサーナの言葉を聞いて、娼婦館へ勤めに行こうとしたレプリカントの女達はゾッとした表情になった。多くのエイリアン従業員達もリブサーナの言葉を疑いもせず、ファーリンに冷たい視線を向けた。もちろん老料理人も。冷たい眼差しを向けられて、ファーリンは震えて、リブサーナに叫んだ。

「こっ、この小娘が! よくもべらべらと……」

 ファーリンは操縦かんを動かし、ハサミに似た手先のアームでリブサーナに伸ばしてきた。左手のアームがリブサーナを捕らえ、リブサーナは両手がふさがれてしまった。

「しまっ……」

 右手のアームがリブサーナに近づき、ハサミの間からレーザーの銃口が出てきた。銃口がリブサーナの顔に突きつけられる。

「私に対する名誉を汚したあなたには、傷をつけましょうかね。この綺麗な顔に!」

 ファーリンが操縦かんのスイッチを押そうとした時、誰かがファーリンの手首を強く握った。ファーリンの周りには、四、五人の女レプリカント達がファーリンを取り囲んでいた。

「何をする!? やめろぉぉ……」

 女レプリカント達は自分の同胞が薬漬けにされた上、老害にされたとリブサーナの言葉を信じて、ファーリンに手出ししたのだ。

「うぐっ、何をする。やめろ……」

 ファーリンは女レプリカントに取り押さえられ、操縦かんを離した時、リブサーナを捕らえているアームが離れ、リブサーナは拘束から解放された。リブサーナは着地すると、携帯銃の引金を引いて、パワードマシンの操縦席に金色の弾丸を撃ち放ち、操縦席はバン! と音を立てて爆破され、パワードマシンは停止した。機体の内部が破損しているのが見え、黒い煙と共に火花のような放電が起きていた。

 ファーリンは操縦席から引きずりおろされ、煙の煤で顔が汚れていた。

 その時、階段を駆け上がって四階にやってきたブリック、アジェンナ、ドリッドが駆けつけてやってきた。

「リブサーナ!」

 ブリックが携帯銃をホルスターに収めているリブサーナを見て言った。

「どうやら無事なようで……」

 ドリッドが伸びているファーリンを見て言う。アジェンナがプジョーヴの従業員に伝える。

「私達は、連合軍より派遣された一団、『ワンダリングス』です。ここにいるファーリンとプジョーヴの経営者はこれから来る連合軍の者が連行しますので、皆さんはここで待機を願います。尚、プジョーヴの悪徳店員とプジョーヴで裏と手を組んでいる客らは捕縛しておりますので」

 アジェンナが一同に説明すると、彼女の携帯端末が鳴った。アジェンナが〈通信〉のアイコンを叩くと、グランタス艦長の姿が映し出された。

『みんな、ミュー星域の連合軍の艦がプジョーヴに到着した。レプリカント輸送船も確保した』

 それを聞いてリブサーナもアジェンナも安堵し、ブリックも輸送船に恋人がいるかどうか確かめたい気持ちが起こっていた。


 遊郭衛星プジョーヴに四体の大型宇宙船が停泊していた。一つは灰茶の角ばったレプリカントの輸送船、その周りを取り囲む丸みを帯びた白と青の宇宙船はミュー星域の連合軍の宇宙艇である。プジョーヴの中では、青い軍服を着た様々な連合軍兵が動き回って、レプリカント娼婦を宇宙船に入れたり、プジョーヴでの密売や密輸取引をしていた客らを捕らえていた。ドモ・ゴラスとファーリンも連合軍の将校によって手錠をかけられ、連合軍の船に乗せられた。

 レプリカント娼婦は健常な者も、中期症状者も老化した者は全て連合軍に保護された。レプリカント娼婦が保護される様子を見て、リブサーナ達は一階のロビーで立っていた。

「もう、あの老いたレプリカントの人達って戻れないのよね」

 リブサーナがしわとしみと白髪姿のレプリカントを見てみんなに呟いた。

「ああ。残念ながら、元には戻れない。それに寿命も縮まって、二、三〇年てとこだ」

 ドリッドが言った。

「だが安心しろ。老けた者は連合軍内の居住区で養護してもらえる。また薬物中毒中期の者も治療してもらえる。そっちの者は老いる事はないが」

 艦長がリブサーナに言った。

「あーあ、こんかいはピリンのでばんなくって、ざんねんだったぉ。とこりょでブリックはどこぉ?」

 ピリンがブリックの姿がない事に気づく。

「ブリック? あいつなら、今輸送船の中にいるよ。恋人がいるかどうかって、連合軍の人に頼んだみたいよ」

と、アジェンナ。


 ブリックはミュー星域連合軍の女性将校と共にファーリンの部下が操縦していた輸送船の中を見せてもらった。そして、船内の貨物層の中にいるレプリカントの女性らを見つめた。どのレプリカントも沈んだ眼をしており、ブリックはその中にいる短い薄桃色の髪と水色の眼のレプリカントを見つけた。

「セルヴァ? セルヴァか?」

 ブリックがレプリカントの名を呼ぶと、女は顔を上げてブリックの顔を見た。

「ブリック……?」

 女はブリックの顔が目の前にあるのを確かめて、体育座りの状態から起き上がった。

「セルヴァ……良かった。生きていたのか……」

「ブリック……。私を探しに来てくれたんだ……」

 ブリックもセルヴァも互いが生きていた事に喜んで抱き合った。数年越しの願いがやっと叶ったのだから。ブリックとセルヴァの再会を見つめていた女性将校は二人に言った。女性将校は真珠色の巻き毛に黄色い巻角、両足が蹄になっているラムラ星人である。

「悪いけど、彼女達はメンタルケアを受ける必要があるから、一緒にいる訳には……」

 将校はブリックに言う。捕らえられたレプリカントは、連合軍内の医療施設でメンタルケアを受けて、日常復帰させる訓練をしなくてはならない。封鎖された空間によるストレスなどの負担が染みついているからだ。セルヴァはそれを聞いて、ブリックにしがみついた。

「またブリックと離れるの? もういや。別れたくない」

 セルヴァは目を潤ませて将校に駄々をこねる。

「でもね、あなたにワンダリングスの仕事は向いてなさそうだし、悪いけど連合軍で……」

 ただでさえ、生存競争の激しい宇宙で辛い目にあってきたセルヴァには、雇われ兵をするには将校には目に見えていた。

 そこで将校はブリックと一緒にいたがっているセルヴァに一定期間の許しを与えた。

 それは一五〇時間だけ、ブリックと一緒に過ごす事であった。それを聞いた艦長はブリックとセルヴァを二人きりにしてあげる事に同意した。

 リブサーナとアジェンナとブリックの潜入捜査のおかげで、遊郭衛星プジョーヴは封鎖された。レプリカント娼婦でもゴラスの部下でもない他の従業員達は自分の故郷へ戻ったり、他の惑星や星域に行って仕事を探しに行った。

 そしてリブサーナ達も。

 アジェンナは衛星群の中に停泊させたウィッシューター号の食堂で、艦長やドリッドと一緒にミュー星域のお酒やお銚子で打ち上げをやっていた。透明な赤紫の酒は甘くて炭酸が入り、色んな魚の刺身や加工食肉がテーブルに置かれて、三人で楽しくやった。

 リブサーナはというと、久しぶりにウィッシューター号内の自室のベッドで手足を伸ばしていた。

 あとはブリックの帰りを待つだけ……。