1弾・2話 惑星グルグロブ


 リブサーナが寝入ってから七時間半が経過した。デスクの中にしまっていた携帯端末が鈴鳴る音を立てて、リブサーナを夢の世界から引きずり出した。コール音を聞いてリブサーナははっとして瞼を開けた。

「何? もう次の目的地に到着したの?」

 リブサーナは寝ぼけ眼をこすりながら半身を起こし、タラップを降りて机の引き出しに放り込んでいた携帯端末を出した。携帯端末は丁度リブサーナの掌に入る大きさで、長方形に一面の画面に八つのアイコンが表示されている。アイコンは通信や図表記など絵柄で表示され、リブサーナは〈通信〉のアイコンを指で触って、機能を発動させる。

『起きたか、リブサーナ。おはよう』

 画面からグランタス艦長の顔が立体的に映し出され、リブサーナに呼び掛ける。

「か、艦長、おはようございます」

 リブサーナは左手に端末、右手を敬礼の形に変え、艦長にあいさつする。

『実はな今から八時間前にラムダ星域連合軍から依頼が来てな、これから八十時間以内に惑星グルグロブに宇宙盗賊が攻め込んでくるとの連絡が届いてきた。

 現在ウィッシューター号はグルグロブに向かっている。到着するまでに対侵略者実践訓練だ。到着は約七十二時間後だ。よいな?』

「はい、艦長」

 そうして通信がアウトされ、リブサーナは端末を机上に置き、クローゼットから服を取りだして、寝間着から普段着に着替える。リブサーナの着る服はホジョ星にいた頃と同じ簡素な型や作りの服が多い。中には色っぽいレオタードや露出の少ない全身スーツもある。

 リブサーナはベルトで留めるシャツとハーフパンツをまとい、更に黒いリストバンドとブーツを身につけ、シャツは苔緑(モスグリーン)でハーフパンツはクリームイエローである。部屋を出たリブサーナは食堂に行き、アジェンナが作ってくれた朝食をみんなで食べる。アジェンナの作る食事はスタミナのつくものが多い、単眼単足鳥の卵焼きと縞豚のくん製、卵焼きに添えたカラフルな野菜炒め、岩石イチゴとファイやアップルとサンダーバナナのヨーグルトが大盛りである。軍人であるドリッドと艦長は全部食べきれるが、やや細身のリブサーナには多すぎる方であった。アジェンナは大雑把なのだ。

 そして朝食の後はお待ちかねの戦闘訓練である。戦闘訓練室は艦員(クルー)の個室の四倍の広さで腹筋台や室内走行機やパンチングマシンなどのトレーニングマシンやマットを敷いただけの闘技場が設置されている。

 最初は準備体操をし、次は腕立てや腹筋などの訓練、そして次は武器を使った実践訓練である。マットの上にブリックとアジェンナが立ち向かい合う。

「始め!」

 艦長の掛け声と共にブリックは三又矛(トライデント)、アジェンナは長剣を構える。ブリックは槍を回転させながら舞い、矛先をアジェンナに向ける。アジェンナも剣を左下、右上、横に剣を振るう。リブサーナとピリンは体育座りをしながら二人の試合を観戦し、ドリッドは艦長の命で操縦席の番をしていた。

 ブリックが槍を大きく振りまわし、アジェンナが槍の振り交わしたところから剣を叩きつけ、ブリックの槍を落とした。ガチーンと金属音の響く音がし、ブリックはひざまついた。アジェンナがブリックの鼻先に剣をつきつける。

「そこまで!」

 艦長の判断でアジェンナの勝利となった。

「あたしの勝ちね。まだ二〇〇年以上も生きられるのに衰えちゃった?」

 アジェンナがいたずらっぽく笑いながらブリックに言う。

「……からかいはよせ。まだ戦える」

 ブリックは冷めた表情のまま言い返す。レプリカントは〈生きる人形〉と云われているが、ブリックは無表情や冷静さはあるものの、リブサーナや他の艦員(クルー)はブリックが笑ったり照れたりする表情を見たり、驚いたり哀しんだりする様子を目にしている。レプリカントも長く生きていれば人間と同じようになるのだと。

「ドリッドとそろそろ交代せねば。あいつはじっとしているのは苦手だからな」

 そう言ってブリックは起き上がり、訓練室を出ていった。艦内の操縦室の番は三時間おきに交替している。それからしばらく経ってドリッドが入れ替わりに入ってきた。

「あ〜、見張りつかれたぜ。やっぱ体を動かす方がいいわ」

 ドリッドは肩を鳴らし、腕を振り回す。

 艦長が次の実践訓練の指名をしてきたので、リブサーナは立ち上がる。

「はっ、はい!」

「サァーナー、がんばってねー」

 ピリンがリブサーナを応援する。

「この訓練終わったらランチだから」

 アジェンナが言う。いつの間にか訓練を始めて三時間。そろそろ(艦内時間の)昼食事時である。リブサーナとドリッドはマット敷地の中で向かい合い、リブサーナは両手に直刃の短剣を持ち、ドリッドは両手にトンファーを持っている。

「始め!」

 艦長の掛け声と共に二人は踏みだし、短剣の刃とトンファーがぶつかり合った。ドリッドは空いた左手のトンファーをリブサーナの眉間に向けてきて、リブサーナはとっさに避けて、担当を持った姿勢で敷地内ギリギリのところでしゃがみ待ち、ドリッドが来るのを待った。実践訓練のリブサーナは大概、三分以内で倒されるか、攻撃を避けても敷地内から出てしまう事が多い。

(今日は敷地内から出ないで済んだ! さて、どう反撃しようかな……)

 よく見てみるとドリッドも動かない。ドリッドにも作戦があるのだろうか? 

(何で動かないの? 何なら、わたしが……)

 そう思ってリブサーナは立ち上がって軽く跳んだ。そしてドリッドの体に峰打ちを入れようとした時――。

「隙あり」

 そう言ってドリッドはリブサーナの背をトンファーで軽く突いて、転ばせた。

「あうっ」

 その場でリブサーナは倒れて伸びてしまう。

「そこまで」

 艦長が左手を上げて終了の合図を出す。

「まーた、リブサーナ負けたか」

「サァーナ、たんじゅんしゅぎ〜」

 艦長の隣で座って見ていたアジェンナとピリンも呟く。

「……訓練くらい勝とうぜ。もうお前が猪突猛進に向かってくるのは見え見え、つーか」

「そんな事、言われても……たたた」

 リブサーナは背中を押さえながら起き上がり、本日前半の訓練は終わった。その後はリブサーナとピリンが本日のランチの担当をし、訓練で負けた気をとり直して台所で料理を作る。台所は壁にレーザーコンロや高速オーブン、食器洗い機と調理台、調理台の下には肉や魚や用途に使い分けた四つの包丁、他にもお玉やフライ返しなどの調理器具。料理の種類に分けた大小平などの食器、そして食堂に転送するための台。

 台所の隣にある食糧庫から真空パックされた数種類の野菜と肉、デザートの果物を選び、パックの袋を丁寧に破り、野菜の皮を剥き、単眼単足鳥の肉を刻み、直角角羊の乳でシチューを作り、高速オーブンで焼いた無発酵のふわもちパン、濃いめのお茶、デザートには氷結晶型の果物、アイスプラムを添え、それらを六人分の食器に分けて転送台に置き、食堂に送った。リブサーナはエプロンを外し、ピリンと一緒に一同のいる食堂へ向かった。

(家事は出来るんだけどな)

 リブサーナは心の中で呟く。十六年間育った環境や状況のためか、つくづく考えてしまう。ホジョ星にいる時は作物の出来と村人の健康を考えていていたが。

 食堂に着くと日々の糧の感謝の祈りの後、みんなはリブサーナの作った昼食を食べた。宇宙の移動中の食糧は真空状の包装や長期間保存出来る缶詰や乾物、飲み水はブリックが作った清水製造機で水を着陸先の惑星で手に入れた水を集めて等分に分けたタンクに保存して使っている。

 食事が終われば食堂テーブルの食器を台所に転送し、また訓練。次は射撃訓練室で銃撃戦の訓練でホログラム映像の的をピリン以外が全員所持する携帯銃(ハンドライフル)で撃つというもの。携帯銃はスコープと照準器と誤発防止の安全装置がついた小型のライフルでこれまたブリックが作ったエネルギーパックを光線や粒子弾にして発射する。

 全ての訓練の後は自由時間で、操縦室の番や晩食担当と分かれ、アジェンナは毎回購読している各惑星のファッション雑誌やグルメ情報誌の鑑賞、ブリックは新薬や発明品の開発や研究、ピリンは惑星間の放送電波を宇宙船で受信して見るテレビやおもちゃで楽しみ、ドリッドは武器の手入れや昼寝、艦長は操縦室で各所で手に入れた製本された書籍、文学や神話や伝説の本、音楽を聴いたりと一日の半分以上を操縦席で過ごしている。リブサーナも日記を書いたり、ピリンの遊び相手をして自由時間を過ごしている。ワンダリングの日課は任務以外こうである。

 それからして目的先の惑星、グルグロブが見えてきた。宇宙から見れば全体が明るい緑色の惑星である。艦内では皆操縦席に着いて座っている。胴と腰を押さえるベルトを装着し、着陸態勢に入ろうとしていた。

「大気圏突入バリア作動。着陸先座標位置確認。ウィッシューター号、グルグロブに入ります」

 ブリックのオペレーションでウィッシューター号に大気圏突入時の摩擦熱で宇宙船を保護するための特殊光波バリアを作動させ、グルグロブに入ろうとする。

 グルグロブの上空からウィッシューター号は大気圏を離脱し、少しずつ下降していってグルグロブの中に入る。上空から見たこの惑星はリブサーナより大きい肉厚の葉が生い茂げ、魚鱗のような樹皮の大木が数え切れないほど伸びており、幹は太いのに枝の細い木や鉤状の葉を生やした大木といった地で、空は白くて太陽がぼんやりと照らし、赤や青や緑の極彩色の羽毛と長い嘴の鳥達が密林の中や空を飛んでいた。

 ウィッシューター号は林木のない空地に降り、停泊させた。ウィッシューター号胴体左横から扉が左右に開いて、更にタラップが降りてきた。中からグランタス艦長、ドリッド、アジェンナ、ブリック、ピリン、そしてリブサーナが降りてくる。今回は全員の出撃である。ピリン以外は共通の銀色の胸鎧と手甲と脛当てを装着している。

 胸鎧は肩パットと中心に透き通った恒星型にはめ込まれた石が付いている。手甲や脛当てにも付いている。防具は鋼鉄のように頑丈で意外に軽いオーロニウムという金属で出来ており、耐久性の強度のため鉛や純鉄も入っている。石はプリズマイトという準貴石で個人によって色が違うのは、防具の所持による判別。グランタスが黒、ドリッドが赤、アジェンナが紫、ブリックが青、リブサーナは緑である。

 リブサーナは薄緑のチュニックと緑のキュロットの上からは鎧をまとい、足元のレッグウォーマーの上から脛当てを付けている。密林域に入るには本来なら皮膚の安全対策や小虫が入らないようにするために長袖長ズボンが望ましいが、ブリックが用意してくれた止汗剤と環境適応剤のおかげで他の面子も腕や脚をむき出しに出来る服装である。普段は素肌を見せないブリックも二の腕を出し、切り込みの入ったズボンを身につけている。当然だが皆腰に携帯銃、背中に武器を背負っている。リブサーナの脛当ては短剣の鞘になっている特注品である。

「こっかりゃみりゅと、おそりゃがみえないねぇー」

 ピリンが密林の地面から顔を見上げて叫ぶ。地上からのグルグロブの空は樹林の葉で覆われ、その隙間から木漏れ日が入り込んできて、地面に白い斑を作っている。湿度の高い密林だが、止汗剤のおかげで皮膚がスーッとしていて楽である。ドリッドが艦長に訊く。

「艦長、宇宙盗賊の着地点は?」

「うむ、ここから南東八〇ポイントにある原住民の集落近くだ。目的はまだ不明だが、食糧と女性目当ての奴隷収穫だ。何としてでも被害を出すな!」

「了解!」

 ワンダリングス艦員(クルー)は右腕を横にし、敬礼を行う。

(被害を出すな、被害を出すな……)

 リブサーナはこれから向かう原住民の集落の保護を完遂させるために言い聞かせた。すでにトラウマとなった自身の故郷と同じ惨劇を出さぬために……。

「リブサーナ」

 名を呼ばれてリブサーナはハッとした。呼んだのは艦長である。

「これ、携帯用の食事と常備キットだ。持っておけ」

「あ、はい……」

 リブサーナは艦長から腰を覆うほどのポーチを渡される。ポーチには携帯銃の掘るスターと同じベルトに着けられる仕組みになっており、中には絆創膏や消毒液などの救急キットや針や糸や安全ピンなどの裁縫道具、乾パンやエネルギースナックなどの携帯食、ハンカチやティッシュも入っている。携帯端末も全員所持している。

 一行はグルグロブの原住民の保護のため、歩いて出発した。グルグロブは密林の惑星だけに十人以上が囲める大きさの木や三日月の葉をたくさん生やした低木、蛇の鱗のよう樹皮の木、蔓植物もリブサーナの腕二本分の太さで、蛇と見間違う位だ。植物だけでなく動物も大きいものもいる。

 赤銅色の大きな掌位に入れるゲジゲジが黒く湿った地を這い、樹の幹にピリンの背丈より大きいナナフシがぶら下がっていたり、太陽を思わせる大きな白い鼻の中心には実際の花びらのような蝶が止まって蜜を吸っていた。もちろん米粒のようなハエやカも飛んでいたが、リブサーナ達には寄らなかった。ブリックの作った止汗剤がどうも苦手らしい。止汗剤の中に虫が嫌がる成分が混じっているのだろう。耳をすませると蟲の羽音やグルグロブの鳥や獣の鳴き声が響き渡り、リブサーナはどんな生き物が出てくるか、そしてグルグロブの住人の姿が気になった。

 しばらくすると環境適応剤のおかげとはいえ、喉が渇いてきた。

「この辺りに川とか泉とかないのか〜?」

 いくつもの戦場を駆け貫けてきた軍人とはいえ、ドリッドが抜けた声を出してきた。

「いくらブリックが携帯ろ過装置を持ってきたとはいえ、水なんてどこに見つかるか……」

 アジェンナも水がありそうな場所を探す。

「何やってんの、ブリック?」

 リブサーナが突如、地にかがみ、素手を地面につけたブリックを見て訊ねる。

「水脈の位置を見つけようとしている。水辺がなければ湧き水を見つけるだけの事よ」

「あ、そうでしたね、艦長……」

 艦長に言われてリブサーナは返答した。リブサーナの故郷のエヴィニー村でも井戸が壊れたり水汲み場を新しく設ける時、村人達が枝角牛(ブランチカウ)に水脈を探させて枝角牛が地面を叩いた場所を掘り当てて湧き水を出した事を思い出した。更にブリックは背中に背負っていた三又矛を出し、水脈のありそうな所を矛先で突いて調べる。

「ここだ。この岩の下に水があるぞ」

 他の皆も駆けつけて、地面に半分埋まった岩に駆け寄る。

「ここを掘れば水が出てくるんだな」

「やーっとお水様にありつけるわ」

「でも、どーやって……」

 リブサーナがこの岩をどうやってどかすか考えていると、ピリンが前に歩み出る。

「そしたりゃ、このこにたのむよぉ。エステ・パロマ・ダ・グリュリュモ〜」

 ピリンが持っている杖を振るうと、袋が破裂したような音と共に、一匹の獣が現れた。大きさは目の前にある岩と同じ大きさで、両手が農具のクワみたいになっており、眼はつぶらで小さく、灰茶の毛と突き出た鼻と口を持った生き物で尻尾がミミズみたいである。

「出た! ピリンちゃんの妖獣召喚!」

 リブサーナがピリンの呼びだした生き物を見て叫ぶ。

「グリュちゃん、このいわのまわりをほってね〜」

 ピリンがグリュちゃんと呼ぶ生き物にそう言うと。グリュちゃんは岩の周りの土を掘り始めた。掘り返した土は少しずつ山となって積り、グリュちゃんが掘っていく岩の溝もだんだんとすり鉢状に掘られていく、岩の中心からじわっと水がわき出て、グリュちゃんの穴掘りが成功したと皆は悟った。

「みんなで岩をどかすぞ!」

 ピリン以外の五人は仕上げに専念する。グランタス艦長が戦斧で岩と地面を切り離すために戦斧を差し込み、てこの原理で押し出す。他の四人は岩をずらす役目だ。岩は少しずつずれていき、ゴボゴボと勢いよく水がわき出た。

「やったぁ!」

 リブサーナとアジェンナは叫び、水は穴の三分の二まで溜まった。といっても湿った土と混じったままだとまずいのでブリックが作った携帯ろ過装置で水を浄化させてから飲むことにした。携帯ろ過装置は真珠色の細長い水筒と変わらないが、注ぎ口部分に成分をとりこむフィルターがついているのだ。一旦水を汲み、しっかり閉めて振り、カップに注ぐと澄んだ水が出てきた。ピリンもグリュちゃんに水を飲ませ、グリュちゃんは柔らかな弾ける音と共に消滅した。召喚獣はピリンの故郷のフェリアス星から一時的に呼ばれ役目が終わるとすぐ還されるのだ。

 水分補給した一同は再び目的地の村へと歩み出す。グルグロブでは蟲の他、他の生物も四肢ならぬ六肢を持っている事にリブサーナは気づいた。例えば気の表面を這うトカゲはリブサーナの掌に乗るぐらいだが、体は灰色がかった緑で足が六本ある。一瞬昆虫と見間違えるほどである。木から木へと飛び移る猿も体毛はフサフサの金色だが、脇の下にもう一対手がある。更に長い尻尾も使うので、八体満足といえる。そして鳥も赤や青の極彩色で嘴も長く、尾も長いが翼が二対で脚が一対、もしくは翼が一対で脚が四本あるというものである。鳥や獣の手足が一対、昆虫なら三対が普通のホジョ星とは大違いである。

(……となると、グルグロブの星の人も手が四つあったり、目が四つだったりするのかなぁ)

 リブサーナはグルグロブ人の姿を想像してみた。二ヶ月間とはいえ、多くの異形の異星人をたくさん見てきたりリブサーナは初めて入る度、その星の住民に不安を持っていた。ホジョ星にやってきた買人はホジョ星人と同じ姿が多かったからかもしれない。とはいえ、艦長やドリッドはホジョ星人とは程遠い姿だが、異種族の集団だったからこそ受け容れられたのかもしれない。

「ブリック、盗賊の到着予定まであとどれぐらいだ?」

「あと八時間です。目的地ではあと二〇ポイントで着く頃でしょう」

 ブリックが携帯端末の計算機能で時間と距離を計る。それからして一同は長い串状の木材がいくつも並べられた壁にぶつかった。木材は先端が鋭く削られており、少しきつめの刺激臭が放たれている。

「でっかいねぇ。もしかして。ここがもくてきちぃ?」

 ピリンが壁を見上げて叫ぶ。

「そうだよ、ピリン。ここがラムダ星域連合軍将校殿に頼まれた依頼先……。原住民の一部族、カラッコラ族の集落だ」

 ブリックがピリンに説明する。

「カラッコラ族……」

 リブサーナは呟いた。どんな姿で、どんな暮らしをしているのかを。

「入口はどこなのかしら?」

 アジェンナが辺りを見回す。

「右か左か?」

 ドリッドも首をキョロキョロさせる。

「いや、いきなり入ってもカラッコラ族の者達はまず我々を侵入者だと思って襲いに来るに決まっている。本日は……要撃作戦だ」

 艦長がドリッドにそう制した。

「要撃作戦って何ですか?」

 リブサーナが訪ねてきて、艦長は要撃の説明をする。

「我々は盗賊が来るまで、ここで待機する。盗賊が入り込んできた時点で、とっちめる――。これが要撃作戦だ」

「了解」

 一同は返答し、リブサーナも返答する。

「了解しました……」

 それからして、ワンダリングスは一時間おきにカラッコラ族の集落にいつ盗賊が来るか見張りを開始した。最初はドリッド、次がブリック、アジェンナ、その次がリブサーナとピリンがセット、最後に艦長、と交代で見張るのだ。見張り以外の者はグリュちゃんが掘り当てた水飲み場の水を飲んだり、グルグロブの花蜜や果物の採取をしたりと時間を潰していた。

 リブサーナとピリンの番になった時には空は薄い紫に染まり、太陽が地平線の彼方へ沈もうとしていた。相変わらず鳥や獣の鳴き声はやまない。

「リブサーナ、ピリン。あんた達だけで大丈夫?」

 アジェンナと替わろうとした時、リブサーナとピリンは訊かれた。

「だ……大丈夫だよ。何度も修羅場を……くぐり抜けてきた……し……」

 リブサーナは自信があるのかないのかと思わせる台詞を吐いた。

「修羅場……って、あんたいっつも失敗してんじゃん」

 アジェンナに突っ込まれ、リブサーナは心がちくりとするも、首を振って言い返した。

「こ、今度こそは……やってみせるもん……」

「ま、肩の力を入れ過ぎない程度に頑張りなさいよ。密林といえど、夜は冷え込むからね。ドリッドが見張りしている時にウィッシューター号に戻って寝袋取ってきたから、寒いと感じたら使ってね」

「ありがとう」

 リブサーナはアジェンナから寝袋を受け取る。アジェンナは茂みの中に入り、艦長達と共に敵の襲撃が来るのを待った。

「暗くなる……。ブリックが見張りしている時に念のためと思って、薪(たきぎ)拾ってきて良かった……」

 リブサーナは地面に薪を積み重ね、腰ポシェットから小型バーナーを出して、火を着けた。ポッと赤い炎が薪を燃やし、だんだんと大きくなる。パチパチと火花の音が鳴る。リブサーナとピリンは近くの大石を椅子代わりに座っている。それからして、二人はポシェットの中の携帯食を食べた。小さな袋に入った乾パンや拍子木状のエネルギースナックには乾燥させた果物の粒が入っている。それから砂糖菓子のようなゼリーはフリーズドライされており、かじるとカリカリである。後方の茂みから艦長達の声が聞こえてきた。艦長達は艦長達で食事し合っているようであった。

「サァーナ、とうじょくたいじがおわったりゃ、またウィッシューターにもどれるぉ」

 リブサーナがぼんやり携帯食をほおばっている時にピリンが声をかけてきたので、リブサーナは思わず乾パンを喉に詰まらせてむせてしまった。

「サァッ、サァーナァー!!」

 ピリンはむせるリブサーナを見て騒ぎ、ピリンの声で艦長達が駆けつけてきた。むせているリブサーナを見てドリッドが背中を叩いて、リブサーナの喉につっかえていた乾パンを解放させた。

「はぁ……はぁ……」

 リブサーナは胸と喉を押さえて呼吸を取り戻した。

「お前何やってんだよ。食べ物を喉に詰まらせて窒息死なんてかっこ悪いぞ」

 ドリッドがリブサーナに皮肉っぽい台詞を言うと、アジェンナが水筒の水をリブサーナに飲ませ、落ち着いたリブサーナが困った顔をしながら言い返した。

「ちょっと考え事をしていて……」

 その時、集落の壁の向こうで悲鳴がいくつか上がった。

「ギャーッ!!」

「ワァァーッ!!」

 つんざくような叫びがワンダリングスの耳にも届いた。

「艦長、これは……!」

 ブリックが艦長に訊ねる。

「敵襲じゃ! カラッコラ族を救いに行くぞ!」

「了解!!」

 ワンダリングス一同は戦いの準備を始める。


「俺達は宇宙盗賊アバドゥン団だ! 老人と男はぶちのめせ! 女子供は生け捕りにして奴隷にしろ!」

 黒い複眼と金色の冷たい目と黒いたてがみと黒ずんだ緑の体をしたアバドゥン団のリーダーが部下達に命じる。アバドゥン団は皆同じ姿をしており、部下のアバドゥン団もといキョコー星人はリーダーの体と違って灰色っぽい緑である。黒真珠色のバトルジャケットと灰色の軍服をまとい、エネルギー弾の長銃や機関銃、両腕に装着するビーム砲を装備している。

 アバドゥン団を見て逃げまどうカラッコラ族は茶色や灰色の縞模様の毛むくじゃらで尻尾も長くて膨らんでおり、両手足の爪は鋭く長く、耳は頭部について猫科生物を思わせる。皆、葉っぱや草を編んだ衣を着ており、女のカラッコラ族の方が頭の毛が長い。男達は木と石で作った斧や槍を持っているが、どこかの兵器商人から買った武器で暴れているアバドゥン団には敵わない。女や赤子や幼子を抱いて高床式の家の奥に隠れており、老人も若者達の家の窓から覗いている。男のカラッコラ族は十数人倒されている。アバドゥン団十八人に対し、カラッコラ族の戦士の方は三十人なのだが……。

「カラッコラ族に言う! 命が惜しけりゃ、女子供を全て我らによこせ! さもなければ"死"だ!」

 その時、一人のカラッコラ族の青年の戦士が踏みつけられながらも、アバドゥン団のリーダーの足首をつかんだ。

「やめろ……仲間に……手を出すな……」

 青年のカラッコラ族が言った。

「ほーう、このアバドゥン団の長、ティーディード様にたてつく気か? なら貴様が先に逝くが良い!」

 ティーディードはそう言うと、腰に差していた戦剣(サーベル)を引き抜き、青年を刺そうとした。

 その時だった。突然、戦剣の刀身が折れ、折れた刃は宙を舞ってアバドゥン団員の足元に突き刺さった。

「だっ、誰だ!?」

 ティーディードが振り向くと、そこには壁を斬り破って集落に入ってきた雇われ兵団、ワンダリングスがそこにいたのだ。

「そこまでだ、宇宙盗賊達よ。大人しく縄につけい!!」

 グランタス艦長が戦斧を向けてティーディードに言う。アジェンナが剣で壁をくり抜くように斬り、ドリッドがエネルギー弾丸を放ったのだった。

「貴様ら……連合軍の犬どもか!? いいだろう、まず貴様らから血祭りにあげてやる!!」

 ティーディードが叫んだ時、アバドゥン団の戦士達がワンダリングスに襲いかかってきた。グランタス艦長が戦斧を振り回し、向かってきた団員をなぎ倒した。艦長の斧になぎ倒された団員達は後ろにいた団員達数人とぶつかり、失神。ドリッドは背中の銃口十三ミリ機関銃の弾丸をさっきのエネルギー弾と素早く替え、先程船長が倒した団員と近くの団員に撃ち放った。弾丸に当たった団員は「ぐわっ」と悲鳴を上げた後、けいれんを起こしたまま動かなくなった。

「麻酔弾だ。絶命よりましだろ」

 グランタス艦長とドリッドの銃術を見てビビった盗賊達は完全になめていた少数兵団に恐れおののき、後ずさりしようとした時だった。ベチャッと足元を何か踏みつけ、見てみると黄色い粘り気のある液体がばらまかれていた。

「ナメちゃん、あいちゅらうごけないようにしてねぇ」

 ピリンがいつの間にかドリッドよりも大きな角がねじくれていて水色の眼をした更に触手が四つあるカタツムリのような妖獣、ナメちゃんを召喚しており、ナメちゃんが出した粘着液をばら撒き、盗賊団員を捕まえたのだった。

「くそっ……、このガキ……」

 盗賊団員の一人がエネルギー弾の携帯銃をピリンに向けてきた時、アジェンナが腰にぶら下げていた携帯銃を撃ち放ち、盗賊団員の銃を吹き飛ばした。ワンダリングスの携帯銃もエネルギー弾である。相手の銃身だけが壊れ、グリップを持っている手はそのままになっている。アジェンナの背後に二人がかりで盗賊団員が短剣を出して襲いかかろうとした時、ブリックが三又矛を回転させ、銃を矛の刃で壊した。ない砂フォローである。

 リブサーナはというと、カラッコラ族の人命救助にあたっていた。ケガをしている者を家の中に入れるよう扇動し、ケガした者はブリックから教わった応急処置法で傷口を押さえた。リブサーナがカラッコラ族の一人を肩の傷口を止血している時だった。アバドゥン団の一人がリブサーナに銃口を向けてきた。

「危ない!」

 仲間を家屋に入れていたカラッコラ族の老女がリブサーナに向かって叫んだ。

「え?」

 リブサーナが振り向いた時だった。銃を持っていたアバドゥン団員が引鉄を動かそうとした。しかし、ドリッドが撃ち放った麻酔弾によってアバドゥン団員は大きく横に倒れた。

「リブサーナ、油断しすぎだ!」

 ドリッドがリブサーナに向かって説教する。

「お前さんが雇われ兵団のお頭さんかい? どんなお方かと思っていたら……老兵だったとは」

 アバドゥン団のボス、ティーディードはグランタス艦長に刃を向ける。ティーディードの戦剣は折れてしまったため、部下のを拝借した。

「わしは多くの戦場を駆け巡ってきたインデス星第三王子で大将軍グランタスであるぞ。この体は老いをおっても、腕は確か。アバドゥン団首領ティーディードよ、大人しくお縄にかかれ」

「フン、いいだろう」

 そう言う也ティーディードはグランタス艦長に戦剣を向けてきた。しかし艦長は素早く受け止め、戦剣と艦長の戦斧が鋭い金属音を立てる。戦剣を受け止められたティーディードは戦剣を振りまわし、隙のある所を斬りつけようとするが、艦長の長年の戦術と戦略、動体視力によって受け止められてしまう。だが艦長はティーディードの一方的な剣技を受け止めいっているうちに後ろに下がり続け、杭の壁にぶつかっってしまった。

「もう引き下がれねぇぞ、じいさん。これで終わりだ」

 ティーディードが戦剣をグランタス艦長に突きたてようとした時だった。横から1番小さなアバドゥン団員が吹っ飛んできて、ティーディードと衝突した。

「ぐはぁっ!!」

 ティーディードは飛んできた部下と折り重なって倒れた。

「艦長、大丈夫ですか!?」

 アジェンナが走ってやって来た。艦長が追いつめられた時、アジェンナが近くにいたアバドゥン団を投げ飛ばしてティーディードにぶつけたのだ。

「おお、すまぬな、アジェンナ」

 ティーディードはというと、首やアバラは折れてはいなかったものの、かなりの痛みを受け、ぶつかってきた部下を罵り叩きながら、自分達の軍団の戦況を目の当たりにして、冷や汗をかいた。六人はピリンが召喚したナメちゃんの粘液で動けなくなっており、三人は相手の化学繊維ネットで生け捕りにされて網の魚になっており、四人は戦闘の熱気を出しながらのびていた。そして免れた三人がティーディードと近くの団員に駆け寄った。

「ティーディード様、こうなってしまっては我々も捕まるのも時間の問題です! 一旦引きましょう!」

 部下に言われてティーディードは頷き、カラッコラ族の集落から逃げ出した。

「お前ら、必ず部下達の仇は討つからな〜!!」

 ティーディードは部下に連れられて命からがら逃げ去っていった。

「おとといおいで〜」

 ピリンがアバドゥン団の生き残りに言い返す。

「艦長、大丈夫ですか?」

 ブリックが艦長に手を差し伸べる。

「わしは平気だ。お前達も無事か?」

「ええ、まあ……」

 アジェンナが呟く。その時、リブサーナが五人の前にひょっこりと来る。

「あの、艦長……あたしまた……」

 リブサーナは顔をうつむかせ、口ごもる。また戦いそびれた……。そんな自己批判。

「いや、お前はお前なりによく頑張ったぞ。人命救助も大事な役目の一つだ」

 グランタス艦長は傷ついて手当てされたカラッコラ族の戦士を見てリブサーナに言った。

「艦長、後でラムダ星域連合軍に連絡して、盗賊の護送を要請しますね」

 ブリックが携帯端末を操作しながら艦長に言った。