1弾・3話 リブサーナとピリンの小冒険


 

 捕らえたアバドゥン団は電磁オリの中に入れられた。捕者の四隅に小さな四角の機械装置を置き、スイッチを入れる事で電磁波の網が出て、捕者を閉じ込める事ができるのだ。因みにこれは連合軍の支給品である。アバドゥン団員はカラッコラ族の集落の真ん中に閉じ込められた。カラッコラ族の戦士達はブリックの医療具と薬品で手当てされた。包帯は集落の織たての布を消毒して適度な幅に裂いて巻きつけている。薬は足りない分は村の老人の知恵を借りて、薬草や薬花や効き目のある樹皮や根をすり潰して粘液状にしてあて布につけていた。無事だったカラッコラ族の者は包帯や薬草からの薬を作り、生まれつき知識と知性が豊富なブリックの指示を受けてケガ人の手当てをした。当然、リブサーナや艦長やアジェンナ、ドリッドも。

 それから数時間後にラムダ星域の連合軍兵の一部隊が現れた。隊長は長い金色の髪に山猫のような耳と顔と尾を持つラムダ星域のギャリニャ星の大将で、連合軍の証である青い軍服と軍帽を着用していた。続く部隊兵山猫の耳と顔と尾を持ち、大将よりも丈の短い軍服を着、手に長銃を持っている。

「グランタス殿、罪人の他区と原住民の保護救済、ご苦労」

「は……。このような辺境の内部によく来てくれました、ラムダ星域連合軍少佐バーミルトン殿」

 グランタス艦長はひざをつき、バーミルトン少佐にうやうやしく頭を下げた。もちろんアジェンナ達も艦長にならって、ひざをつき頭を下げた。

 バーミルトンは出身惑星では大将のランクだが、連合軍内では少佐の地位にあたる。連合軍は惑星の軍事レベルで官位に多少差が出るようだ。バーミルトンの部下達は電磁オリの装置を解除すると、今度はアバドゥン団の下っ端達に頑丈な手錠をかけ、他の場所で待ちかまえている護送船へと連れ立てた。アバドゥン団の下っ端達は舌打ちしたり、ワンダリングスや連合軍に憎しみの眼を向けたり、鼻息を荒々しく出すようにして、バーミルトンの部下達によってジャングルの中へと消えていった。

「報告は後で私が連合軍の上層部に伝える。その後は自由にしても良い」

 バーミルトンはグランタス艦長にそう告げた。バーミルトンはワンダリングスの中で一番後ろにいるリブサーナに目をやった。

「グランタス殿、この娘さんは?」

 バーミルトンに訊かれたので、グランタス艦長は答えた。

「この娘は二ヶ月前、我々ワンダリングスがラムダ星域の辺境のホジョ星で保護し、本人の志願でワンダリングスの一員になったリブサーナといいます」

 リブサーナは少し瞼を開き、バーミルトンの顔を見た。

「ふむ……。そうか。確か報告ではホジョ星の一村が盗賊によって滅ぼされたのだったな……。彼女に戦兵の重荷を背負わせてしまうとは……。連合軍の生活労働員として置いた方が良かったのでは?」

 バーミルトンはリブサーナに訊くように言った。連合軍の生活労働員とは連合軍内の基地での炊事やリネンや掃除といった雑用の事で、非戦闘員にあたる。ちゃんと住居も給料も連合軍兵と同じ品物が与えられる。つまり安住できて安全な生活である。リブサーナは動揺した。だがピリンが遮った。

「サァーナはしゃ、まだたたかいなれてないけど、がんばってんだぉ」

「ピ、ピリン! お上の者に……!」

 アジェンナが顔を青くして注意した。バーミルトンは口を曲がらせて他の兵士達に退くよう命じた。

「まあ、後は任せる。私は彼女の身の為に言ってみただけだからな……」

「閣下。アバドゥン団は全て捕まえておりません。首領を含めた五人が逃走し、このグルグロブに身を潜めております。そこは我らが後始末を……」

 グランタス艦長はバーミルトンにアバドゥン団残党の件を伝えた。

「わかった。だがもし捕獲したら、報告してくれ。我々が後で連行する」

 バーミルトンは回れ右をして、去っていった。

グランタス艦長は一応お上であるバーミルトンの一隊が去っていくと、一同は全身の力が抜けた。

「何を言われるか冷や冷やしましたぜ、艦長」

 ドリッドがため息交じりに言った。

「ピリンが連合軍少佐にズケズケと言うから寿命縮んだかと思った」

 アジェンナも言う。

「サァーナがいなくなったらヤダぉ」

 口を尖らせるピリン。

「しかし、リブサーナ。バーミリオン殿は君のために新しい仕事を紹介してくれたが……」

 ブリックがリブサーナに目を向ける。

「あの……あたしは……その……」

 リブサーナは口をごもらせる。その間にカラッコラ族の集落の空の上は墨を広げたように暗く、大小様々な星が煌めいていた。月も眉のように細い。カラッコラ族の長老はワンダリングスに礼を言った。

「ワンダリングス、皆さん、ありがとうございます」

 村長は全身が生成り色の毛に覆われ、黒い木の杖をついていた。着ている服も長年着込んだ獣の皮である。

「いえ、どう致しまして……。ですが、まだ残党が残っております。夜が明けたら残党の退治に出ますが、油断してはなりませぬ」

 グランタス艦長はカラッコラの長老に言った。ワンダリングスは一旦集落を出て、暗いジャングルを渡ってウィッシューター号に戻る事にした。ウィッシューター号にはカモフラージュ機能も備わっており、ジャングルの中の岩と木々の立体映像で囲っていたからこそアバドゥン団の残党に乗っ取られたりされる事はなかった。

「ウィッシューター号、大丈夫でしたね」

 アジェンナがグランタス艦長に安堵しながら言った。

「うむ。艦内に入ったら反省会と休眠をとらねばな。明日のために……」

 ワンダリングスは立体映像をすり抜けて艦に入り、司令室で短い反省会とお湯を入れたりレンジに入れるだけのレトルト食品で腹を満たし、入浴を済ませて後は各個室のベッドで眠った。特に活躍した艦長、アジェンナ、ドリッドは深々と寝入り、ピリンもすやすや眠っている。レプリカントであるブリックは五日眠らなくても平気な体だが、ほんの少し休息をとった。

 リブサーナはというと、鎧を脱いで寝着に着替えたものの、寝付けなかった。今回も戦闘に出馬したというのに、敵を一人も倒せなかったからだ。ケガ人の手当てや侵略被害者達の保護も立派な仕事の一つだが、生まれて十六年、農業という仕事に奉仕してきた己に戦は向いていないのかと思っていた。ラムダ星域連合軍将校もリブサーナが戦闘向けでなさそうなのを見極めているし、安全な仕事を紹介してくれたのは親切だとわかるけど……。

「はぁ……。だめだ。寝られない。少し散歩しよう……」

 リブサーナはベッドから起き、薄緑のチュニックシャツと緑のキュロットに着替えて、万が一の事も考えて鎧も身につけ、武器と携帯端末、ハンカチなどの外出必需品も装備して寝静まっている艦内を抜け出した。ウィッシューター号は通常の出入口の他、艦が何らかの時に使う非常口もある。非常脱出口は円い穴でふたを開けると耐火・耐電・耐水ビニールのチューブが出てきて滑り降りる事ができる。

 リブサーナはまだ夜に包まれたジャングルに降り立ち、冷たく清々しい空気を吸い込んだ。精一杯のびをしたのち、瑠璃色の上空に散らばる星々を見上げる。グルグロブは一日が三十時間と長く、夜明けまでに十時間もある。惑星によって日の出日の入り、一日の長さに多くの差がある事をリブサーナはホジョ星以外の新境地で学んだ。そして怪しい人物や猛獣が出てきたりしないか見回し、ウィッシューター号を離れた。

 リブサーナは洞窟などの暗い場所に使うヘッドライトを額に付け、夜の気分転換を味わった。夜のジャングルというのは音がやたらと響く。グルグロブの四枚羽コウモリの羽ばたく音や翅が狭い場所で輝くガや甲虫の羽音、夜光性生物の歩く音が聞こえる。夜光生物といってもそんなに大きくないジャコウネズミやリブサーナと同じ大きさの草食獣ぐらいである。その草食獣はジャングルの木の葉と同じ緑色の長い毛で覆われ面長の顔に六本の蹄脚と捻じれた四本角を持っている。

 リブサーナがウィッシューター号を抜け出してどれ位が経っただろうか。かなり歩き回っているのにリブサーナの疲れは溜まってこない。それどころか体内のアドレナリンやらのホルモンがどんどん湧きあがるのを感じる。

(もうそろそろ帰るか。往復すれば体力使いきって寝られる筈……)

 そう思ってリブサーナは引き返そうとした。ところ足に植物の蔓が絡まってしまい、思わず声を上げてしまった。

「あっ

 更にそこは斜面だったのでリブサーナは態勢を崩し、斜面を転がり滑り、谷の中へと放り込まれ、宙を投げだされたが大きな柔らかいものが衝撃を防いでくれて、リブサーナはかすり傷程度で助かった。

「あいたたたた……。ここ、どこ?」

 リブサーナは転んだ拍子にスイッチが解除されてしまったヘッドライトをつけ直す。ぱっ、と黄色の明るみがリブサーナの足元を照らす。肉厚の、明るい緑色のつるつるした表面のもので萌黄色の長い直線がいくつも走っていた。触ってみると弾力性があってとれたての野菜のように青臭い。

「……?」

 リブサーナが頭をもたげてヘッドライトの光を照らすと、長い緑色の柱のようなものが目に入った。そして更に見回してみると……。

「ひっ……、ひぎゃあああああ

 リブサーナは叫んだ。おぞましいものを見たような金切り声を。何とそこは……食虫植物獣の棲まう谷であった。軽く三十〜四十メートルはありそうな大きさで、鋭い牙付きの口にような植物獣に葉の先が粘りのある触手のような植物獣、岩壁から生えた袋のような植物獣の口からは舌が出ている。その舌がやたらと長くて赤い。よく見てみると周りに獣や人間の骨がいくつも散らばっていた。

 植物獣には目はないものの、リブサーナの生体反応を触覚でキャッチして、口葉と触手と舌を伸ばしてきた。

「いやあああ〜!!」

 リブサーナは恐ろしさの余り悲鳴を上げて逃げだした。口植物獣の茎の上を走って逃げていき、骨だらけの地面を走り、我を忘れて一目散に谷底を駆けまわった。植物獣の口葉や触手や舌がリブサーナを狙ってくるが、リブサーナはちょこまか動くので触手や舌が地面に当たるのであった。リブサーナは岩がいくつも積み重なった場所に辿りつき、必死によじ登ろうとした。岩肌がざらざらしていて、手先やつま先が当たって削れたりもしたがリブサーナは死にもの狂いで逃げようとした。

「うわっ!」

 リブサーナは半分よじ登ったところで、袋植物獣の舌に巻きつかれた。赤くてぬめぬめした舌がリブサーナの細い腰に巻き付き、更にねばねばの触手とかみ合わせる牙葉がリブサーナの方へと近づいてくる。

(も、もうダメだぁ〜!!)

 リブサーナがそう思った時だった。流れるようにオレンジ色の炎が現れてリブサーナを巻きつけている舌と触手と牙葉を焼き切ったのだ。リブサーナは舌から解放された後、地べたに落下しそうになったが、何かがリブサーナの襟首をつかんだ。リブサーナを狙った植物獣の舌と触手と牙葉は本体から薄緑色の体液を吹き出し、千切れたパーツからは瀕死の生物のようにびくんびくん動きながら炎に包まれ燃えていった。

「サァーナ、だいじょぉぶ?」

 リブサーナは自分を助けてくれた主の声を聞いて、はっとなる。リブサーナはコウモリの羽を持った首の長いトカゲのような生き物――ドラゴンの両手につかまっていたのだ。そのドラゴンの上に乗っかっているのは

「ピリンちゃん!」

 リブサーナは突如現れて助けてくれたピリンを見た。ピリンはフリル付きのネグリジェから白地に藍色の縁どりのドレスを着ている。ピリンはそのまま谷から妖獣ドラゴンキッドと共に脱出し、崖の上に下ろした。リブサーナは地面に着くと、ドラゴンキッドは白い煙と共に消え去った。

「ピリンちゃん、ありがとう。どうして……」

 リブサーナはピリンの顔にヘッドライトの灯りを当てて訊ねる。

「ぴりんがぐっすりねむっているときにね、ガタンっておとがしたかりゃ、どろぼーしゃんかなー、っておきてみたりゃね、サァーナがひじょーぐちからでていくのをみたんだぉ。でもまだわるものがいたりゃどぉしようとおもってついていったんだぉ」

「ピリン……、わたしの事、心配してくれたの……? ぴりんまでいなくなったらみんな心配するから、みんなが起きる前に帰ろ?」

 リブサーナは起き上がった。しかし、周りを見てみると、ウィッシューター号からだいぶ離れた場所に来てしまったと気づいた。谷底に落ちた時、植物獣に襲われたパニックで方向を見失ってしまったと悟ったのだった。

「いや、報・連・相がまだあった。助けを求めて……!」

 リブサーナは懐から携帯端末を出し、艦長達に連絡を取ろうとしたが……。スピーカーからは雑音、画面には白黒の波が映し出された。壊れた? いや、違う。どうやらリブサーナとピリンがいる地帯に電子機器を狂わせる自然磁気が発生しているのだ。

「どっ……どうしよう……。かっ、帰れない……!」

 リブサーナは立ちすくんだ。夜の、密林の某所で猛獣やさっきの植物巨獣や盗賊の残党が出てもおかしくないと絶望感に襲われた。戦闘経験の浅い十六歳と幼女二人で"死"と隣り合わせの世界にいなくてはならないとひざまづく。

「サァーナ、あしょこ。あの木に大きなあながありゅよ」

 ピリンが落ち込んでいるリブサーナのシャツの裾を引っ張って言った。

「え?」

 リブサーナが顔を見上げると、一つの大きな樹があった。幹の太さは大人七、八人が手をつないで円になった位で、根や枝は締め縄状に捻じれ、葉は猫の眼のような端が鋭くて深緑、その木の真ん中に大きなウロがあったのだ。

「あしょこでよるをしゅごしょ。あしゃになったら、ウィッシューター号にかえりょ」

 ピリンが良き案を出した。見かけはリブサーナより幼いが三十年生きているだけであって知恵がある。

 リブサーナとピリンはその木のウロに入って一夜を過ごす事にした。木のウロは広く、ワンダリングス六人が全員は言っても平気そうであった。幸い猛獣とか病原菌を持っていそうな小型生物もなく、リブサーナとピリンは体を寄せ合って眠った。

「サァーナ」

「ピリン、どうしたの? もよおし?」

「ううん、ママといっしょにくらしていたときのこと、おもいだしたの。ママといっしょにねてたの、あったたかったぉ。サァーナもあったかいぉ」

「そっか……」

 居住区の天変地異で母を亡くしたピリンはまだ甘えたかったのだろう。父の顔も知らず、母だけが頼れる存在のピリンは兄や姉といった家族も欲しかったのだろう――とリブサーナは思った。リブサーナも幼い頃は両親とよく寝いていたし、姉や兄と寝る事もあった。


 グルグロブのリブサーナとピリンのいる域の夜が明けて、太陽が地平線から顔を出し、群青色の空を少しずつ薄紅に染めていった。虫達は朝露を吸い、木の上やウロの中で眠っていた鳥達が目覚めて、そのさえずりでリブサーナとピリンは起きた。眠っていた大木のウロから降り、近くの小泉の水で口をゆすいだり顔を洗って、携帯食で朝食を取って、ウィッシューター号のある道を探す。

「うーん、まだ通信機がつながらない。どーしたらいいものか……」

 リブサーナはピリンと共に生い茂るジャングルの中を歩いていた。朝の日差しが薄暗いジャングルの中に木漏れ日として差し込む。暗幕に金銀のビーズを散りばめたようだ。蟲がリブサーナとピリンに寄ってこないのは、ブリックの作ってくれた薬品の効果がまだ残っていたからだ。

「サァーナ、みて! あしょこ。あのみち……、いきどまりなのにやたらくらいぉ!」

 ピリンがジャングル内の十一時の方角を指さす。リブサーナはそれを聞いて顔を上げた。

 ピリンが教えてくれた方向がやたらと暗い。純粋な黒さというよりは、黒に近い青の方が正しいのかもしれない。

「洞窟なのかな。何だろ……」

 リブサーナとピリンはその方向に行ってみた。岩壁や土壁といった洞窟の礎みたいなものはない。その時、太陽の光が差し込み、リブサーナとピリンが足を踏み入れた場所の正体を教えてくれた。

「あああ……」

 二人は驚く。それは瑠璃のような石を積み上げられて造られた神殿であった。四角形の礎に楔形の階段が四方に備えられ、方形屋根には枝分かれした角のような飾りが施され、梯子を横にしたような窓が何段もあり、神殿の外壁には白く刻まれた鳥や獣や魚の模様があり、芸術そのものと認識できる。

「すごい……! グルグロブの王様の住みかかな。こんな場所があるなんて、知らなかった……」

 リブサーナは建物の美しさと大きさに見とれ、感激する。

「でもしゃあ、おうさまがいりゅんなら、へーたいさんとかいりゅはじゅだぉ。ここにはそーゆうのいなそうだぉ」

 ピリンが王宮や神殿の「よくある事」をリブサーナに言う。確かに人間どころか騎馬や家畜も番獣といった生き物もいない。

「……もしかしたら遺跡なのかもしれない。つまり誰かが住んでいたのは、ずっとずっと前で、今は誰もいないんじゃないかな……。

 だけど、骨董品と金貨や宝石ぐらいはあるんじゃないかな……」

 リブサーナは瑠璃宮の歴史を推理してピリンに訊く。するとピリンがこう言ってきたのだ。

「じゃー、しょしたらしょのたかりゃものをしゃがしてもってかえろーよ。かんちょーもアジェンナもブリックもドリッドもよろこぶとおもうぉ」

「え」

 ピリンの発言にリブサーナは目をぱちくりさせた。

「はいろーよ、たからものみつけにいこー」

「ピ、ピリンちゃん……!?」

 ピリンはリブサーナの手をぐい、と引っ張り神殿の中に入っていった。リブサーナはピリンのお宝を見つけたい意欲によって引きずり込まれていく。

「ちょっ、待って、ピリン! まだ探しに行くとは……! 艦長達と合流するのが先でしょ〜!!」

 何でこうなるの、とリブサーナは渋々とピリンの思うがまま、遺跡の中に足を踏み入れたのだった。


 遺跡の中も瑠璃色で長い廊下も天井が丸みを帯びた高い壁も観音開きの瑠璃色で扉の蝶番や窓枠や天井にぶら下がっている燭台は銀色であった。何の金属までかはわからないけど、硬くてひんやりとした金属である。

 部屋の中は数え切れないほどのグルグロブ蜘蛛の巣と埃、外から侵入してきた木の根が張っていた。扉や窓を開けると埃がブワッと吹き出し、リブサーナとピリンは目と口に埃が入って喉をむせてせきこむ。

 家具も埃や蜘蛛の巣だらけで、絹らしいベッドのシーツや枕、椅子のクッションは表面の布地が擦り切れて中身の蟲糸の詰め物が出ている。背もたれの大きな椅子や天蓋付きのベッド、六人が着席できるようなテーブルは白や赤の鉱石で出来ている。

「よっぽど立派な王族のようだね……。王制のシステムは廃止されて共和制になったのかな、グルグロブは」

 リブサーナは各部屋を覗いて遺跡の過去の様子を思い浮かべる。かつての遺跡の持ち主だった王家や大臣や従者達はカラッコラ族とは違った人種――リブサーナと同じヒューマン型種族で誰もが絹や木材繊維の服をまとって、王様は純金と宝石で出来た冠を頂き、下女は王様に金の盃に入れた酒を運び、王子達は兵士達と武術の稽古――というような想像が浮かんできた。

「サァーナ、ここにはいってみぉ。ここ」

 ピリンがまだ入っていない扉を指さしてリブサーナに言う。扉は分厚い金属で出来ている。

「ん? ああ……」

 しかし扉をよく見てみると、大きな閂にはこれまた大きな錠がかかっている。錠は元々銀色だったのがさびついて赤茶けた染みが散っている。リブサーナは錠と閂を引っ張ったり押したりしてみたが外れない。

「こりゃ無理矢理壊さないとだめ、って感じだわ」

 リブサーナは手をひらひらさせて顔をしかめる。

「ほーほーあるぉ」

 ピリンがステッキを出して呪文を唱える。

「エステ・パロマ・ダ・ドレーク〜!!」

 すると昨夜食人植物獣の谷にいたリブサーナを助けてくれたドラゴンキッドが煙と共に現れた。

「この子を呼んでどうしろっていうの?」

 リブサーナがドラゴンキッドを見てピリンに訊く。するとドラゴンキッドは口から炎を吐き出し、リブサーナが入れるほどの孔を作ろうとしたのだ。ドラゴンキッドが吐き出す高熱の炎は扉の閂と錠を焼き切り、扉もどろりと溶けていき、数分でリブサーナとピリンが入れる孔を作ったのだった。

 ドラゴンキッドは役目を終えると煙と共に消えていき、リブサーナとピリンは中に入る。溶かした扉の金属が熱気をこもらせていた。

「こっ、これは……!」

 リブサーナは入った部屋の中を見て驚く。何と数え切れないほどの金貨や銀貨、宝石に陶器の瓶や木箱の中に詰め込まれていたのだ。

「しゅっ、しゅごいぉ、サァーナ! やっぱり、おたからあった!!」

「う、うん、ピリンちゃん! どんくらいあるのかな……」

 リブサーナは宝物を一つずつつまみ上げてみてみる。掌大のガーネット、二連のダイヤモンドネックレス、エメラルドにサファイア、オパール……。ホジョ星ではこの部屋全体の一〇〇分の一の宝があれば、働かずに暮らせるだろう。

 リブサーナは金貨を一枚つまみ上げる。宇宙共通のコズム通貨ではない、コズム硬貨は円状とは限らず正方形や三角といった様々な形や色をしている。この硬貨は円く、表に太陽と月、裏にはこの遺跡と同じ建物の模様が刻まれている。

「これは見た事のない硬貨だ。そうだ、ブリックなら知っているかもしれない。調べてもらおう」

 そう呟くとリブサーナは金貨と銀貨と銅貨を一枚ずつポケットに入れて、遺跡から出ようとした時だった。

「おおっと、嬢さん達、大人しくしてもらおうか!」

 さっき開けた孔から声が飛んできてリブサーナとピリンは振り向く。

「!!」

 それは取り逃がした宇宙盗賊アバドゥン団残党であった。ティーディードと四人の部下達は体をかがめて孔をくぐり抜けて携帯銃の銃口を二人に向けていた。

「へへへ……、俺らの仲間を捕らえた連中の弱っちぃのと、このお宝の山を見つけるなんて、ついてますね、ティーディード様」

「ああ、宝は全部我々のものだ。さて、お前達はどう料理してくれようか……」

 ティーディードは口元を吊り上げて不敵な笑いを浮かべる。

「ど、どうしてあなた達がここに……!?」

 リブサーナが突如現れたアバドゥン団に驚きながら訊ねる。

「俺達は逃げた後、惑星グルグロブをほっつき歩いていた。夜の寒さに耐え、体に這いつくばる蟲にも耐え、うっかり起こした猛獣に追いかけられながらも、この遺跡に入っていくお前らを目にして、後をつけてきたって訳だ!」

ティーディードは一晩中の苦労をリブサーナとピリンに淡々と話した後、二人に言った。

「まぁ、それも報われる。命が惜しけりゃ、この宝を全部よこせ! 嫌なら……」

 ティーディードは銃口をリブサーナの額に焦点を合わせる。

「さっ、サァーナ〜!!」

 ピリンがリブサーナの足元にしがみつく。リブサーナも怯えながらも固唾を飲んだ。何とか隙をついて脛当てに差してある短剣を抜いて斬りつけようと考えた。だが、その隙が見いだせない。

「うおおっ」

 右端一人と左端二人のアバドゥン団員が突然倒れて叫んだ後、動かなくなった。

「なっ、何が起きた!?」

「ひえっ! いきなり何!?」

 ティーディード達もリブサーナも突然の出来事に叫んでしまった。倒れたアバドゥン団員の背中と肩と腰に麻酔針が刺さっている。弾丸に薬品と注射針を仕込んだものだ。

「これは……!」

 リブサーナは見覚えがあった。そして宝物庫の扉の開けた孔から銃口が覗いていた。

あの銃は……。

「大丈夫、あんた達!?」

 アジェンナが孔から顔を出して覗く。

「アジェンナ!!」

 リブサーナはアジェンナの顔を見て叫ぶ。

「おい、この孔小さすぎて俺らじゃ入らねぇぞ。ちゃんと後先の事考えておけってーの」

 ドリッドも孔から顔を出してリブサーナとピリンの様子を見る。

「ドリッド〜、こいちゅらやっちゅけて〜」

 ピリンがドリッドに声をかける。

「くっそ、ワンダリングス! だが、今の俺らにはここに手ごろな人質がいるのを忘れたのかぁ〜〜っ!!」

 ティーディードが声を張り上げて、リブサーナの手を後ろに回して左手で拘束し、撃たれなかった部下もピリンを捕まえた。

「しまった!!」

 アジェンナが捕まったリブサーナとピリンを見て叫ぶ。ティーディードはリブサーナの喉元に戦剣(サーベル)を突き付け、ピリンは部下によって銃口を頭に向けられた。

「ひいっ!!」

 リブサーナは捕まってしまった上、刃先を向けられた事に奇声の悲鳴を上げる。

「お前ら、卑怯だぞ!! 女子供を人質に取るなんて!」

 ドリッドがティーディードと部下の行為を見て叫ぶ。

「フン、俺ら宇宙盗賊は既に軍人や戦士としてのプライドを捨てた。勝つ為生き抜く為には汚い手を使ってまでもやってやるさ! こいつらを死なせたくなけりゃあ、武器を床に置け!!」

 ティーディードはアジェンナとドリッドに命令し、武器を捨てさせた。アジェンナは携帯銃と長剣、ドリッドは麻酔弾入り長銃を床に置く。

「よし、聞き入れがきくじゃねーか。よし、次はお前らだ、ガキども。いいか、おれ達の服のポケットに金や宝石をたくさん入れるんだ。たくさんな! わずかでも入れなかったら……」

「わ、わかりましたから……ちゃんと入れますから……」

 リブサーナとピリンは拘束を解放され、宝の山の中に倒れた。アジェンナとドリッドは声を上げそうになったが口をつぐんだ。

「全てのポケットに詰めるんだ!」

 ティーディードがリブサーナとピリンに命令する。リブサーナは両手で宝を一つかみすると、意外な重さという事に気がついた。そしてティーディードと部下のポケットというポケットに金や宝石を詰め込んだ。ジャラジャラと硬貨と宝石がぶつかり合う音がして、ティーディードと部下のポケットにははちきれそうになるまで宝が詰め込まれた。アジェンナとドリッドは盗賊に言われるまま宝を詰め込むリブサーナとピリンを見ているしかなかった。やがて……。

「もうどこにも入れません」

 リブサーナがティーディードと部下に言った。既にティーディードと部下のポケットというポケットには数え切れないほどの硬貨や宝石が詰められ、太ったように見える。

「ならそれでいい。これだけあれば三〇、四〇年くらいは遊び暮らせる。では、行くぞ!」

 ティーディードと部下が動こうとした時だった。何と体が重たくて動けないのだ。腕も上がられず、足も軽々と持ち上げられない。

「おっ、お前ら、俺達に何をした!?」

 ティーディードは頭しか動かせず、横にいたリブサーナを睨みつける。

「何って、わたしはあなた達に言われるままポケットに宝を入れてあげただけ(・・・・・・・・・・・・・・・)です。他は何もしていません(・・・・・・・・・・)」

 リブサーナは顔をひきつらせながらもはっきりと答えた。その状況を見ていたアジェンナとドリッドはリブサーナとピリンのした事が敵に言われるがままの行為ではなく、機知だという事に気がついた。

「そうか……。貴金属は小さくても卑金属よりも重たい。小さくても集めれば集まるほど重たくなる……。

 大したとんちだよ、リブサーナ!!」

 アジェンナが二人を褒めてやった。

「お、おのれぇ〜=!!」

 ティーディードは相手が馬鹿正直に言う事を聞いたと思っていたら、作戦の一つだという事実に悔しがった。だが、どうにもならなかった。ティーディードと部下達はそのまま外に連れ出され、ジャングル全体が見渡せる峠に置き去りにされ、そこで電磁オリに入れられた。ワンダリングスが連合軍に差しだすために見つけやすい場所に置いたのだった。


「バカ者っ!!」

 ティーディードの一味を捕らえた後、リブサーナとピリンはドリッドとアジェンナと共に遺跡を出た後、迎えに来てくれたウェイッシューター号の中でグランタス艦長に怒鳴られた。

「野獣や盗賊の一味がうろついている時に一人で勝手に外部でうろつく! ピリンもわしに知らせずリブサーナの後を追う! 危機の使えない地帯(エリア)とはいえ、他にも連絡手段があったろうに! 迷惑をかけおって……。まぁ、お前の携帯端末の発信電波をキャッチできたから把握できたからいいが……。罰として……」

 リブサーナはどんなお仕置きをされるか硬直していた。ピリンも震えており、アジェンナとドリッドもハラハラしている。

「ブリックから点線記号とのろしの使い分けを教わっておくように」

 艦長が意外な罰を出してきたので、アジェンナもドリッドもピリンもリブサーナも驚いた。

「あの……艦長、てっきり腹筋五〇〇回とか腕立て一〇〇〇回とかそういうのかと思ってました……」

 ドリッドが何故と艦長に訊く。

「リブサーナはドリッドがアジェンナが戦えなかった時、短剣や銃でもなく、とっさの知恵でお前達を助けてくれた。生活の知識や技術、戦学や武術だけでなく、リブサーナはこういうやり方を思いついた。あとは……他のノウハウを学ぶだけだ」

 それからして、ブリックが司令室に入ってきた。青い全身スーツの上から医者のような白衣を着ている。

「艦長、ラムダ星域連合軍本部から連絡が入りました。アバドゥン団残党逮捕の他、あの遺跡にあった貴金属類や宝石も回収するとの事です。グルグロブ文化遺産のためにと」

「ええ〜! あのおたから、ぜぇんぶれんごーぐんがもらっちゃうの〜!? みちゅけたのピリンとサァーナだぉ!!」

 ピリンが怒って顔を真っ赤にする。折角見つけた宝を連合軍に持ってかれるのが悔しくてたまらない。

「ピリン、仕方ねぇよ。お上の決めた事なんだから……」

 ドリッドがなだめる。リブサーナは「宝」と聞いて、ポケットに入れていた瑠璃の遺跡で見つけた金貨と銀貨と銅貨の事を思い出した。キュロットのポケットを探ると、親指の爪と同じ大きさの銅貨、銀貨は銅より一回り大きく、金貨は銅貨四枚分の大きさである。

「ブリックに調べてもらおうと……これだけ持ってきたんだっけ」

 リブサーナは三つの硬貨を掌に乗せてみんなに見せた。

「ええ〜っ、あんたソレ……連合軍に黙って……いや連合軍に知らせる前だからいいのか」

 アジェンナは「三つだけなら……」というように言った。

「でもしゃ、みっちゅだけじゃ、おかねもちじゃあないぉ」

 ピリンが言うと、ブリックが硬貨を見てこう言う。

「いや、このスカーナ王朝の硬貨はグルグロブの時間でいうと、七〇〇年前のものだ。この三つだけでも相当な価値だよ」

「価値って?」

 アジェンナがブリックに訊くと、ブリックは硬貨三種の価値を言う。

「この三つだけでも、コズム金貨五〇〇枚分だ」

「きっ……金貨五〇〇枚!?」

 アジェンナとドリッドがスカーナ王朝硬貨三種一セットの換算価値を聞いて驚く。リブサーナは硬貨を他の物に換えたくない気持ちが湧きあがる。

「ん〜、これ、このままにしておきたいな。わたしの宝物にしたい」

 リブサーナが呟くと、艦長が優しく言った。

「これはお前が持っていなさい。お前が見つけたんだから、お前の好きにすればいい」

「え!?」

 アジェンナとドリッドの二人は勝手に金貨五〇〇枚で何を買おうとはしゃいでいる時に目をまん丸くさせて仰天する。

「何勝手に騒いでいるんだ、お前達は。リブサーナが見つけたんだから、リブサーナのものに決まっているではないか」

 艦長が二人にきつく言った。アジェンナとドリッドは一気に天国から現実に落されたように動きを止めた。

「艦長、ありがとうございます」

 リブサーナはコインを握りしめる。

 それから一時間後、ウィッシューター号はグルグロブを出発し、大気圏から宇宙へと飛び出していった。

 カラッコラ族やグルグロブの鳥や獣達は真っ白な空に飛びこんでいくウィッシューター号が去っていく様子を目にしたのであった。