1弾・5話 戦友との再会


 

 エクセター王城近くの果樹園は町民の住む城下町と夜になると花弁が光る花、グロービウムの花畑の間にある。そこで国王軍の偵察部隊は反乱軍の一部隊に襲われたのだった。

「うわー!!」

 太陽が深緋に変化して地平線に潜ろうとする紫と朱色の空の中、王国軍兵は鎧などの武装はしてないものの、銃器と刀剣類だけで戦う反乱軍に苦戦していた。

 果樹園村内の樹木には王国軍が寄りかかったり、枝が銃弾に当たって熟れた丸い赤紫の実が地に落ちて血飛沫のように砕けて薄茶の大地を点々と染めていた。

「うわっ」

 赤茶の鎧を着た若い青年兵が反乱軍の剣を受け、地に倒れた。反乱軍は皆、簡素な作りの衣とズボン、帯やベルトには銃や剣の鞘を下げている。衣は所々破れていたり、地や砂ぼこりで汚れている。剣は細身の長剣が多い。反乱軍の男が左肩を傷つけられ、右手で傷を押さえている青年兵に剣先を向ける。

「覚悟しろっ!」

 青年兵がもうダメかと思ったその時だった。反乱軍の男が横に飛ばされ近くの樹木にぶつかって倒れたのだった。

「大丈夫かい!?」

 アジェンナが青年兵に言う。青年兵は視線で反乱兵に何をしたのかと訊ねる。

「安心しな、殺しちゃいない。峰打ちだよ」

 他にもブリックが三又矛を振るって反乱軍をなぎ倒し、ドリッドが大型の散弾銃を撃ち放って反乱軍の体に麻酔弾を撃ち込む。無益な殺生をしない雇われ兵団は火薬弾を使わず、麻酔弾を使って戦闘不能にする。反乱軍の肩や腹や胸に弾丸の先が割れて出てきた針に刺されて倒れる。

「うわー、助けてくれー」

反乱軍が十人程、何かに追われて逃げ惑う。

「それ、それ〜。バオちゃん、やっちゅけりょ〜」

 ピリンが妖獣を召喚して反乱軍を追いまわす。バオちゃんは二メートル声の高さに堅い皮膚と扇形の大耳と長鼻を持つ像に四本の牙と頭に楔状の角と八本の脚を持つ妖獣で、丸太のような脚で丸い凹みが地面に出来、鼻で反乱兵を叩いたり巻きつけたりと攻撃していた。

「あ、あの怪獣に踏みつけられたら一たまりもねーっ」

反乱兵はバオちゃんの暴れっぷりに恐怖し、バオちゃんの背に乗っているピリンは楽しそうにバオちゃんを操っている。

「ピリーン、このジュビジュバの木は潰さないように暴れてねー」

 反乱兵と戦っているアジェンナがピリンに注意した。グランタス艦長も戦斧を振り回し、次次に襲いかかる反乱兵と戦う。そしてリブサーナも王国兵と共に反乱兵と戦っていた。

リブサーナは両手に短剣を持ち、刃を×字状にして反乱兵の剣を受け止め、右手の短剣を後ろに引いてから力を入れて戻して敵の剣を弾き返した。リブサーナを小娘として甘く見ていた反乱兵は後ずさりをし、後ろに居た王国兵に後頭部を叩かれ失神した。

「ナイスフォロー」

 リブサーナと王国兵は親指を立てる。偵察に出ていた七人の王国兵は三十人の反乱兵に襲われるも、雇われ兵団ワンダリングスの協力を得て、形勢逆転したのだった。

「ようし、あと三人だ! このまま行け! ワンダリングス!」

 ケガをして動けないエクセター王国兵が応援する。グランタス、アジェンナ、ブリック、ドリッドが四方から反乱兵を追いつめた時だった。

「うわあああ!」

 その時、戦える王国兵の叫び声が艦長の後方から飛んできた。別の場所で反乱兵を鎖で縛りあげるようにと王国兵から言われたリブサーナとピリンもはっとした。王国兵の一人が仰向けに倒れ、背中から十字状の斬られた痕が走り、服や地面を赤い血で汚れつたっていく。

「ふふ……はは……やったぞ! 俺達、反乱軍の助っ人が来てくれたぞ!」

 追いつめられた反乱兵の一人が笑い、グランタス艦長達は王国兵を斬りつけた者の姿を目にする。

 黒い堅皮で覆われた体と頭部の複眼と触角はえんじ色で、背中に黒い堅翅と薄翅を持ち、肩に「>」の突起、口から出た二本の刃状歯、薄汚れた灰色のマントをはおり、着ている服も擦り切れた濃緑の軍服、節のあるえんじ色の手にはさっき斬りつけた血が滴る銀の蛮刀を持った異形の者であった――。

「久しぶりだな、グランタス」

 反乱軍の助っ人と呼ばれる男はグランタス艦長を見て言う。

「お前は……ダイラム!! 一体、ここで何を……!」

 反乱軍の助っ人とはグランタス艦長と同じインデス星の者で、しかも艦長と知り合いらしいとドリッド達はどうしたものかと驚いていた。

「艦長、知り合いなんですか?」

 ドリッドが艦長にダイラムの事を訊ねる。

「ダイラム、あやつはわしとは王子の頃からの戦友でわしの忠臣だった。武力も軍事もわしに劣らず、わしはインデス星を出る時、ダイラムと共に宇宙を旅しないかと誘ったがあやつは断った。

 わしはてっきり、ダイラムが己の夢を見つけたからかと、別れた……」

 艦長はドリッド達にダイラムの過去を話し、かつての戦友で忠臣だと話した。

「じゃ、じゃあ何でエクセター星の王様にケンカを売っている反乱軍に入っているんですか! まさか、脅されて仕方なく、なんでしょ?」

 アジェンナは艦長の旧友なら反乱軍の手助けなんかする筈がない、と思ってダイラムの方へと目を向ける。

「俺はグランタスと別れた後、各地で用心棒を勤めて食い扶持や路銀を稼いで生きてきた。

 金のためなら兵器密輸、違法薬物売買、強奪、暗殺もやってやたさ。庶民に生まれ、遺産相続権の低い末っ子で、学のない戦いしか知らない者が生きるにはこうやって生きた方がお似合い、と悟ったもんでな」

 ダイラムは平気で他人事かのように自分の人生を艦長とアジェンナ達に語った。

「そんな……。ダイラムよ、お前は我がインデス星の立派な、立派な勇士だと思っていた、のに……」

 艦長はかつての戦友が転げ坂の人生を進んでいた事を知ると、ショックのあまり目まいを起こし、持っていた戦斧が鈍い金属音を立てて地に落ち、体をよろけた艦長はドリッドとアジェンナによって支えられた。

「かっ、艦長!」

 心配するドリッドをよそに、艦長は返答する。

「だ、大丈夫だ、わしなら……。お前達、何とかして戦えるか?」

「も、もちろ……」

と、アジェンナが言いかけた時、悲鳴が飛んできた。

「サァッ、サァーナ!!」

 ピリンが様子を見て叫んだ。動ける反乱兵が艦長の気が揺るんだ時、ダイラムにリブサーナを人質にするようアイコンタクトをとり、リブサーナを捕らえたのだった。

「サァーナをはなしぇ! ばかぁ!」

 ピリンがダイラムにたかろうとした時、ダイラムの太い脚がピリンを蹴飛ばした。ピリンは地滑りをして倒れ、ブリックも隙を突かれて槍を持ったまま反撃できずにいた。アジェンナが艦長とピリンを起こし、リブサーナはダイラムによって両手を後ろに回され動けない状況であった。

「あっ、その、艦長……」

 反乱軍はリブサーナを縄で縛りあげ、更にみぞおちに拳を入れてリブサーナを気絶させて持ちあげた。

「こいつは人質だ。これからどうするか、手前(てめぇ)で考えな。行くぞ!」

 ダイラムと残った反乱兵はリブサーナを連れてジュビジュバの果樹園を去っていった。

「かんちょお、サァーナ、どーしゅるの? たしゅかりゅの?」

 ピリンが艦長に訊ねる。

「あ、ああ……。しかし、ケガした王国兵と捕らえた反乱兵を王城に連れていかなければ……」

 グランタス艦長は体はともかく、心がだいぶまいっている状態でワンダリングス艦員と無事な王国兵をに指示を出した。

「ピリン、大丈夫だよ。リブサーナは無事でいると私は信じている」

 アジェンナがケガをした王国兵を抱えて、涙目のピリンに言った。

 彼らが今できるのは、王国兵の救助とリブサーナの安否を祈るだけ。


 紺青の夜空と半月に近づこうとしている背中合わせの青白い月を背景にエクセター本星の中心にそびえたつ王城。それは金褐色の山が長い年月をかけて城のように変化していったもので、窓もバルコニーも人為的に造られたものでなく、風や雨で削られ丸みを帯びている。そしてエクセター人が結晶などを使って床石や扉、柱や窓枠などを入れて王城にしたのである。

 その王城の一室、ワンダリングスが王国兵将校と会議していた広間では。

「何とかしてリブサーナを助けに行きましょうや、艦長!」

 ドリッドがせかす。ワンダリングスは一時撤退した後、王国兵の小型空母により、捕らえた反乱軍と負傷した王国兵を連れて王城に戻ったのだ。

 王国兵の空母は王城の後ろの黒曜石の山を一部艦庫にし、艦庫には五人まで乗れる小型空母と十五人が乗れる中型空母が収納されている。空母はどれも削った功績のように鋭角で真上から見ると二等辺三角形で石英結晶のように白濁である。それにのってワンダリンスは王城に戻ってきた。

「落ち着け。ドリッド。かつての仲間が罪と欲にまみれた雇われ兵となって敵対し、更にリブサーナまで捕らわれて艦長の精神は弱っている。せかせば艦長のストレスは悪化する」

 ブリックはドリッドに制す。艦長は椅子の一脚に座り、頭を抱えている。そして会議室の卓上には王城の従者が差し出した食事が五人分用意されていた。

 銀色の卑金属楕円型トレイには卑金属の椀や皿に盛られたアメ色半透明のスープやエクセター星で採れるハート型のサラダ菜やこれまたハート型のトマトや白い芋の茹で盛りや保存食らしい肉の塩漬けを軽くあぶったものや堅めに焼いたエクセター麦のパンもあり、バターが添えてあった。飲み物も透明な結晶を筒型に削った水差しの中に赤茶色の透明な茶が入っている。

 ピリンはお腹が空いていたので、薄切りパンの一枚にバターを塗って食べていた。

「艦長、食べないと次の戦に出れませんよ……」

 アジェンナが気を落としている艦長に勧める。

「ん、ああ? そうだな……」

 艦長はフォークを持って茹で芋の塊を突く。

「とこりょでしゃ、はんらんぐんって、ほりょをごーもんすりゅの?」

 ピリンがみんなに訊いてきたので、ドリッドは口に入れていたスープを噴き出し、アジェンナもフォークを落とし、ブリックも動揺してコップを揺らして水をこぼした。

「なななな……。何を言っているんだ、ピリン……。てか、俺らが今まで戦ってきた軍隊の中で、捕虜を捕まえて拷問しながら尋問にかけたりする奴らもいたぜよ。

 てか、ピリン。そんな縁起の悪い事、言うもんじゃねぇ……」

 ドリッドがむせながらピリンに言った。艦長もブリックもアジェンナも気まずくなって沈黙した。

「リブサーナは大丈夫だ。捕まってはいるが拷問とかはされていないって……。

 もしかしたら上手く脱走しているかもよ」

 ドリッドがうろたえながら返事した。


 王城の南下に広がる城下町は店や住宅はどの家も四角すいの建物が多く、中には複数の世帯が共生する長屋もあった。どの建物も赤銅色で屋根は鉄黒。内戦に参加するような者は他の区域や分星に避難しており、家畜も飼育生物もいない。いるとしたら、町をはいずり回るネズミやトカゲ、飼い鳥になれる筈がないカラスやスズメが家の軒下に住んでいる位である。ただ、エクセター星の獣や鳥は体毛や羽毛が長い。

 昼間は暖かい気温であったが夜になると流石に冷え込んだ。その赤銅色の一戸建ての家並みの中に一戸建て六軒分ある銀灰色の建物があった。平行に近い三角屋根に四角いレース場の窓枠が並ぶこの建物は、城下町の議事会館で反乱軍の本拠地であった。

 その議事会館の地下倉庫にリブサーナは閉じ込められていた。地下倉庫はやや広めで黄色い壁と仄暗い床、天井には電灯がいくつもぶら下がってリブサーナを照らしている。壁の天井近くには風通しの鉄格子と換気扇があり、換気扇は時折風によってゆったり回転していた。両壁には鉄の棚があり、棚にはボール紙の箱に使用済みの銃の薬きょうやエネルギー銃の空になったカートリッジ、食べ終わった缶詰や瓶詰の容器が入っていた。

 リブサーナはもう何十分も棚の右上にある通気口目がけてジャンプしていた。武器も携帯端末も敵に取り上げられてしまったが、防具だけは残っていた。拷問も受ける事はなく、気絶している間に議事会館の地下倉庫に入れられたのだ。当然両開きの扉は反対側から閂が掛けられ出られなかった。そこでリブサーナは通気口を見つけて、そこから脱出しようとしたのだが……。

(あそこに手が届けば、この部屋から出られるのに)

 リブサーナはカビ臭い空気と埃を吸う度に息を詰まらせ、通気口に手を伸ばす度にジャンプと一休みを繰り返していた。その時、リブサーナのいる地下倉庫の閂が外れる音がして、ギギギ……という音と共に扉が内側に開いて中に反乱兵二人とその間に立つエクセター人の青年が入ってきた。

 内側に反った二つの頭角と細身と高い背丈に細面の顔に高い鼻と切れ長の瞳、肌は元々白かったのが日に焼けて浅黒くなっており、背中まである長い髪と瞳は黒曜石のようにつやのある黒で、簡素な作りの衣とズボンは元々の色が泥と血で所々染みがついている。

「こんな所で何をしている?」

きつい口調の澄んだ声で青年はリブサーナに向かって問いただす。

「あの、それは……」

 リブサーナは口ごもり、反乱兵はリブサーナが抵抗できぬよう縄で拘束した。そしてもう一人の反乱兵が木箱を持ってきてリブサーナを座らせた。

「お前が叔父貴の軍の助っ人になった者か。俺はカーマン・エクセター。先代エクセター王の息子だ」

 青年はリブサーナに自己紹介をする。

(彼がエクセター王の甥で反乱軍のリーダー……!)

 リブサーナは青年の顔と名と役職を知って心で納得する。

「お前はどこの誰だ?」

 カーマンが尋ねてきたのでリブサーナは素直に答える。

「わたしは雇われ兵団のワンダリングスのリブサーナ、生まれはホジョ星のエヴィニー村……」

「ワンダリングス……。それが叔父貴に救いを与えた連中の名か。そしてお前は連中の一員リブサーナで、ホジョ星という辺境の者か……。

 お前の他に何人いる?」

「五人です。他はいません」

 反乱兵の一人が傍らでごわごわした素材の紙にペンでリブサーナの答えを書き込んでいる。

「お前らは叔父貴に頼まれて王国軍の手助けをしたのか? それとも誰かに頼まれたからか?」

「連合軍の依頼です……」

「その連合軍はお前らや王国軍に武器や食糧の支給はしているのか?」

「それは……していません」

 リブサーナは怯えながらもはっきりと反乱軍隊長カーマンの尋問に答えた。カーマンは王国軍が有利にならないかどうかワンダリンスの一人を捕らえたのだった。もし捕まえたのがリブサーナではなくアジェンナやドリッドやブリックだったら返り討ちに遭ったかもしれないし、ピリンだったら幼子相手に卑怯者呼ばわりされていただろう。

「そういえば、我々が雇ったダイラムとかいう男は、お前の一団のリーダーと同族らしいな。それも上手の軍人。偵察部隊とぶつかったうちの下っ端達から伝わった」

 カーマンはリブサーナにグランタス艦長の元戦友ダイラムの事を話す。

「あの、まさか、わたし達が来る前に王国軍が押されていたの、って……」

 リブサーナはカーマンにダイラムの事を訊ねる。

「そうだ。ダイラムのおかげ。あいつは我が軍十数人分の戦力を一人で持っているようなもので、叔父貴を倒すのにも苦労はかからないだろう」

 カーマンは喉をククク、と鳴らして笑う。

「そんな……。エクセター星の王様があなたの父親に何をしたっていうの!?」

 リブサーナは叔父である王を憎むカーマンに訊ねる。カーマンは冷たい笑みを浮かべた後、リブサーナに言った。

「五年前の戦争で、俺と父と叔父貴は兵士と共に我が星の鉱石資源を奪いにきたヴェスカトラの軍隊と戦った。

 我がエクセター星では億を越えるほどの鉱石が採れる。それを狙ってきたヴェスカトラと戦った。

 ヴェスカトラの奴らはナメクジに手足が生えた不気味な奴らなのに頭脳も武力もある。兵も何十騎と犠牲が出た。俺は父上と叔父貴とは別々の場所にいた。俺が崖の下から父と叔父貴を見つけた時、信じられぬ光景を目にした。

 敵の砲弾が飛んできた時、叔父貴は父上を盾にして絶命を免れたんだ!!叔父貴は父上を犠牲にして、ヴェスカトラを追いだした後は父の後を継いで王となったんだ! 

そして俺はその日から叔父貴を憎むようになった。

 叔父貴は気弱なくせに、王位を手に入れるために戦を利用して父を殺したんだ!!」

 カーマンからエクセター両王の話を聞いて、リブサーナはショックを受けた。レヴィトン王は自分が生き延びるために兄を犠牲にしたという話を。リブサーナは兄と姉が宇宙盗賊に襲われた時、否応なしに兄や姉や親を喪ったのに対して。

「そして、俺は父の無念を晴らすため、叔父貴の悪事をエクセター全国民に伝えるべく、叔父貴に対する派閥を立てた大臣や将校、叔父貴に不穏を持つ国民を集めて五年かけて反乱軍を結成させた! そして今にでもいずれ、叔父貴の首をとる!!」

 カーマンの憎しみに満ちた目と表情を見て、リブサーナは呆然とする。

「そ、そんな筈ない! わたし、エクセター国王陛下に会ったけれど、彼はどうも王位にこだわっているような感じじゃ……」

「部外者のくせに口を慎め! この方は反乱軍の長といえど、王子なのだぞ!」

 反乱兵の一人がリブサーナの胸ぐらを掴む。

「よせ、この者は叔父貴とは全くの無縁だ。傷つけてしまっては我々がこの者の主に叩かれるだけだ」

 カーマンがリブサーナの胸ぐらをつかんでいる反乱兵に言った。反乱兵は手を離し、リブサーナは再び腰を下ろす。

「縄もほどけ。食事も与えるように」

 カーマンに言われて反乱兵はリブサーナの縄を解き、カーマンと共に地下倉庫から出ようとした。反乱兵の一人が通気口の枠を外して金属網を張り、枠を戻した。これでリブサーナは出られなくなってしまった。

「後で食事を持ってくる。大人しくしてろ」

 カーマンはリブサーナにそう言うと、地下倉庫から出た。それからリブサーナは通気口や鉄格子から入ってくる夜の冷気に震えていた。しばらくして先程の反乱兵の男がリブサーナの食事を持ってきてくれた。トレーもマグカップも皿もフォークもスプーンも長年使ってきたような金属で出来ていた。中に入っている食べ物は新しく、搾りたての家畜獣の乳に薄切りのパン二枚、様々な豆のスープと缶詰の肉の薄切りが二枚入っていた。肉は恐らく獣のである。

「あと、これも使えとカーマン様からだ」

 兵はリブサーナに一枚の毛布を与えた。軍支給のものでくたびれているが暖かそうであった。

「あのっ、ありがとうございます!」

 リブサーナは兵に礼を言った。

「はいはい、あとでカーマン様に伝えておくから食って寝ろ」

 兵はぶっきらぼうに言うと地下倉庫を出て閂をかけた。リブサーナは反乱兵の出してくれた食事を残さず食べると、毛布にくるまって体育座りの姿勢になった。毛布は元々の色なのか日に焼けて薄くなったベージュ色で一面が毛羽立っていたが暖かい。

(敵に捕まって閉じ込められるなんて……。まぁ、よく考えたら閉じ込められている分、毛布や食べ物をわたしに差し出してくれただけでもありがたいよね……)

 リブサーナは反乱軍の行いを見てエクセター王の甥や反乱兵は"いい人"なんじゃないかと思い始めた。

(そうだよ、本当はみんな五年前の戦争のせいで人間信頼のタガが外れちゃったんだよ。そうであってほしいよ)

 それからリブサーナはだんだんと眠気がさし、毛布にくるまって座った状態で寝入ったのであった。


「それは……本当なのですか、陛下!?」

 グランタス艦長はレヴィトン・エクセター王から五年前の先代王の戦死を聞いて、驚いていた。

「ああ、そうだ。私がもっともっと、早く伝えていれば……内乱は起きずに済んだのに……」

 レヴィトン王は掌を震わせ、目に涙を浮かべながらワンダリングスに話を語っていた。

「いわゆる〈若さゆえの暴走〉ってヤツか……。〈ボタンの掛け違い〉とも言ってもいいな」

 ドリッドが会議室の椅子に座ったまま呟く。

「でもさ、反乱軍は艦長のかつての仲間、ダイラムを雇っているんだよ? しかも強いし」

 アジェンナが反乱軍の雇われ兵を思い出して深刻な顔をする。

「問題はそれなんだよな。どうしたらいいものか」

 ブリックも椅子に座って腕組みしながら言う(因みにピリンは既に寝入っており、王が用意した別室のベッドに居る)。

「亡き兄の忘れ形見から非道呼ばわりされるのなら、わたしは王になる資格を棄てる。あの子に王位を譲る。そして私は王族領から離れた後宮に移ろう」

 後宮とはエクセター星の王族が住まう場所で分星にあり、主に老いて国務を務められなくなった王や王太后、王位を継げなくなった王族の余生の住処である。それからレヴィトン王はヨナタン中将を呼び、明日の労入りの刻(午前九時あたり)に前国民に全国民に反乱軍への降伏とカーマンへの王位継承の生放送を映像、電波、国網線で発表するようにと伝えた。

「内紛を止めるにはこの手しかなかったのでしょうかね……」

 ドリッドがグランタス艦長に耳打ちする。

「わしもかつてはインデス王族の三男。歯車のズレや勘違いで近辺の星国に内紛や王位争いを耳にしてきた。かといってレヴィトン王陛下は重税や独裁政権を立てていた訳でもないのに、五年前の悲劇でこうなるとは思ってもなんだろう……」

 艦長は溜め息を吐きながら部屋を出るレヴィトン王の背を見つめていた。

 自分の寝室に戻ったレヴィトン王は枕の下から一つの小ビンを取り出した。中に赤紫色の透明な液体、大きさは掌一つにおさまる位である。寝室は執務室より広く、結晶の床と壁と天井、黒耀の窓枠には白い紗の幕、ベッドは大人四人が寝れる広さで、天蓋の布地とカーテンが高級絨毛、寝具は絹である。

(あの子が私を手にかけなかったら、これを使うしか……)

 それからしてワンダリングスもレヴィトン王が用意してくれた寝室で眠っていた。黒い木材のベッドに麻らしき布の寝具という質素なもので部屋も狭く、出入り口側のベッドと窓側のベッドが壁にぴったり寄せられている。出入り口から見て左側が男で右側にアジェンナとピリンが寝入っていた。ドリッドは出入り口側のベッドでグガグガいびきをかき、艦長も真ん中のベッドで静かに寝ている。ピリンはみんなより早く窓際のベッドに寝ており、レプリカントであるブリックは有機生物のように眠る必要がないため、布団に入ったまま目を開けていた。ブリックはみんなが眠っていて自分が起きている時には科学研究をしている。反対側の真ん中のベッドに眠るアジェンナは本来なら自分の左で寝ている筈のリブサーナの安否を気にしていた。

(あの子、大丈夫かな……)


 それからしてエクセター星の春の夜が明けて、リブサーナは明け方の空気の冷えで目が覚めた。

「うううっ」

 目覚めるとリブサーナが入れられている地下室は少しずつ色を付け、明かりとりの窓からは明け方の木漏れ日が床を白く照らしていた。

「もう朝か……。日の出になったから反乱軍の人達が動く頃なんだろうな……」

 だとしたら出入り口を閉ざされ、通気口からも出られなくなった自分は地下室に入れられっぱなしになるのだろうか、と考えた。何かの病や体に脱水症状などの異変が起きたら反乱軍の人達は自分を助けてくれるのだろうか、とリブサーナは位考えにはまってしまった。

 その頃、リブサーナが囚らわれている地下倉庫の上の国民議事会館の一階にある会議室では大型スクリーンがある席を上座として座っているのはカーマン。他の席には反レヴィトン派の大臣や将校が座り、どうやってレヴィトン王を降伏させるかの会議を開いていた。会議室はとても広く、壁や天井はべっ甲色の鉱石で床には褐色の絨毯が敷かれ、長い机を八つに並べ、椅子と机は黒い木肌の木材である。

「こっちは部外者とはいえ、人質を一人とっています。人質を出汁にすれば国王は降伏するのでは?」

 カーマンがリブサーナの尋問をした時、メモを書きとめた反乱兵が言った。

 その時、会議室全体にそれぞれ違う音の端末機の着信音が鳴り響き、反乱兵もカーマンも、また別室で仮眠をとっていた反乱兵も誰もが端末に手を伸ばした。エクセターの端末機は薄くて平たい折りたたみ式の端末機で、左に画面、右に数字やエクセター文字のアイコンがびっしり並んでいる。もちろん、リブサーナから没収した端末機も。

『エクセター国民、反乱軍に告げる』

 端末の画面にレヴィトン・エクセター王の顔が映った。

「叔父貴……!」

 カーマンは王の画像を見て呟く。そして内戦から逃れて山間や漁村、分星に逃れているエクセター庶民も音波機や大型小型問わずの国網線の端末画面、家庭内の放送もモニターに映った顔見て驚いた。

『私は本日、反乱軍に降伏し、王位を放棄し、反乱軍隊長カーマンに王位継承権を与える事にした』

 レヴィトン王は苦い顔をしながら、王国軍空母に乗って、上空から電波を発信し、生中継で全国民に発表した。レヴィトン王が乗っている空母は王城より北の域におり、中には王の他、ワンダリングス、操縦兵五人、ヨナタン中将、そして王室仕えの侍女エウレーネが乗っていた。エクセター空母は舵輪で操縦し、操縦席にはオペレーター用などの四つの席に分かれていた。ワンダリングスは控え室の席に座り、甲板にはヨナタン中将とエウレーネ、スタンドマイクの前に立つエクセター王が立っていた。

「カーマン、聞こえるか? 我々国王軍は本日を持って降伏する。そして私は王位を我が甥、カーマンに継承させる。色々考えたが、内紛を治めるにはこれしかなかった。

 カーマンよ、身勝手に見えるがこの内紛が起きたのは私の責任。あと一刻の間に城下町前に来てほしい。ここで、全国民に国王軍降伏の王位継承の儀、この両方を行う」

 反乱軍も国民も控え室のワンダリングスも、王城の兵士も従者達もレヴィトン・エクセター王の生中継を視聴していた。地下室に閉じ込められているリブサーナも外から聞こえてきた町内のスピーカーから国王の降伏宣言を耳にしたのであった。

「そんなの……何かおかしいような気がする。まるで遺言みたい……」

 リブサーナは王の言葉がそういう風に聞こえた。死んで詫びようと。

(そんなの間違っている! 二人とも生きてもらわなきゃ! でも……今のわたしは籠の鳥。祈る事しかできない……)

 無力だ、とリブサーナは思った。その時、地下倉庫の扉の閂が解かれ、中に昨日とは違う反乱兵が入ってきた。リブサーナより少し年上の女性兵二人である。

「これから国王陛下を乗せた空母が城下町の北口にやって来るわ。あなたは自由よ。空母にはあなたのお仲間がいるだろうし」

 二人の女性兵はリブサーナに言った。女性兵も簡素な衣と巻きスカートとレギンス、足元はサンダルという服装である。やはり服は擦り切れて泥と血で汚れている。

「ありがとうございます……」

 リブサーナは女性兵に礼を言うと、女性兵はリブサーナを連れ出して議事会館の台所へと連れていった。台所は冷温の蛇口と大理石のような流しと部屋の中心に黒い正方形の台があり、上が鉄板で下が竈のようになっている珍しい形である。そしてその近くに床に敷かれたタオルの上に大人一人が入れる木だらいが置いてあって水がはってある。

「このままお仲間に引き渡すより、清潔なままでいたいでしょ? 体を洗ってから帰すわ」

「あ、はい……」

リブサーナは返答する。窓には幸い分厚い生成り色の幕が掛けられていたので外から見える心配はなかった。リブサーナは服を脱いで女性兵が石けんをつけた小さいタオルで身体の垢や汗を拭い、たらいに座った状態で洗髪と洗浄をしてもらった。その後はタオルで水気を拭ってもらって服を着直した。朝食も出してもらってリブサーナは空腹を満たした。食事は相変わらず保存のきく缶詰やビン詰めだったが、文句は言ってられなかった。

そして女性兵に連れられてカーマンと十人程の反乱兵と共に城下町の着た出入り口を出て、王城と城下町の間の荒野にやって来た。リブサーナは反乱兵から武器と携帯端末を返してもらったが、やりきれない気持であった。

そして、空から唸るようなエンジン音が鳴り響き、白濁色の王国空母が降り立ったのだ。