王国軍の中型空母が下降してきて、タラップにもなる出入り口が開いて、エクセター王、侍女のエウレーネ、ヨナタン中将、ワンダリングスの面々が降りてきた。 「出てきたか……」 カーマンはエクセター王を見て、ほくそ笑む。それからカメラと録音マイクとフリップパネルを持った王国兵が出てくる。カメラは肩に担がなくてはならないほどの大きさで、マイクも棒で角度を調整する。 国内のテレビ画面や国網線の端末画面に王国兵のカメラがこの様子を映し出し、分星の者も避難している城下町民も議事会館に居る反乱兵もこの様子の釘づけになった。 エクセター王は赤いマントと金モールのついた黒い軍服型の礼装と皮革のブーツをまとって甥の前に現れた。白に近い灰色の曇天の下、生温かい風がなびき、エクセター王がカーマンへの降伏と王位継承を全国放送して内乱を終わらせる儀式が始まろうとしていた。 「王位継承の前に、捕虜の娘さんを離してやってほしい……」 エクセター王はカーマンにそう頼み、カーマンは頼みを聞いてリブサーナを国王達のいる側へ行かせてやった。 「リブサーナ!」 「サァーナ!」 ワンダリングスの面々はリブサーナの無事に安堵する。 「みんな、心配かけさせてごめんなさい……。でも今は王様が……」 「あ、ああ……。わかってるぜ……」 ドリッドがリブサーナの肩を持つ。 「そして、お前に先代王の死の真実を伝えたい」 「真実だと……!? はっ、父上を盾にして生き延びて王位に着いた卑怯で狡猾なお前がでっち上げた嘘としか思えないな」 その会話を視たり聴いたりしてエクセターの国民は驚きおののく。 「レヴィトン王がそんな事……!?」 「そんな訳あるのか!?」 どこの地域でもどの身分の者もカーマンの言葉に耳を疑った。 「俺はこの目で見たんだ! 叔父貴が父上を敵の砲弾から避けるために父を盾に……」 「それは違うぞ、カーマン!! 五年前のヴェスカトラ国軍との戦いでお前の父で私の兄のニルソンは私を敵の砲弾から庇って亡くなったのだ!! これは嘘ではない!!」 レヴィトン王は力を込めるようにカーマンに先代王戦死の真実を伝えた。カーマンは「そんな筈ない」と言うように動揺して後ずさりした。後ろから聞いていたリブサーナはエクセター王の言葉を聞いて、その可能性に賭けた。 (やっぱり誤解だったんだ……!) 「聞け、カーマンよ。私はお前が子供の頃からどんな人物かよく知っている。母の王妃を早くに亡くし、父王に大事に育てられ、甘やかされる事も厳しく躾けられる事もなく、お前は父を思いやり、重臣も従者達をも思いやり、花や虫にも慈しみを持つ優しい子だという事を……」 レヴィトン王はカーマンに自分から見たカーマン・エクセターという人間がどうかというように語った。 「叔父貴……」 「カーマンよ、王位継承志望だけでは飽き足らず私の事を憎んでいるのなら、剣を取って私を刺せ」 リブサーナ達ワンダリングスはレヴィオン王が左手で胸を叩いて狙ってこいという仕草を見て、青ざめる。ヨナタン中将が止めに入ろうとしたがレヴィトン王は右手を中将達に向けて、首を振る。その様子を見ていた反乱兵もレヴィトン王に対する反発心が一つずつしぼむように銃や剣を地に捨てた。ガシャン、ガシャンという音が渇いた大地に響いた。 「お、お前ら……」 武器を捨てた反乱兵を見て、カーマンは呆然とする。 「出来ないよ……」 「あんなに潔く散ろうとしているんなら、かえって嫌だよ……」 「俺も……」 議事会館や城下町周辺に簡易テントを張って待機していた反乱兵もラジオや国網線の端末でエクセター王の様子を視聴していた。 「演技かと思っていたけど、どう考えても本気に思える……」 「まさか本当に……」 誰もがエクセター王の潔さに心打たれていた。そしてエクセター王は懐から赤紫の液体が入った小ビンを出した。そしてエウレーネに茶を入れるように指示した。エウレーネは持っていた結晶を削った水差しから冷えた香甘茶を金色の杯に入れた。杯には小さな紅玉が散りばめられていた。エウレーネは杯に茶を入れると王はそれを受け取り、懐から出したビンの中身を入れた。 (この匂いは……!) ブリックがビンと杯から漂ってきた匂いを吸って気づいた。レプリカントは視覚や聴覚といった五感が優れており、ビンの中身が危険物と知ったのだった。 「カーマン、新しい王としてエクセター星を導いてくれ……」 エクセター王が杯に口をつけようとした時、カーマンがエクセター王に飛びついてきた。 「叔父上!!」 カーマンが飛びついてきた拍子で杯が手から離れて茶が地面に黒い染みを作った。 「叔父上、すみません……。俺は、俺は……受け入れたくなかったんです……。子供の頃から誰にでも親切で叔父上が父上を盾にするような卑怯な人間じゃない、って事は知ってます……。だけど、憎んでしまった。叔父上はこんな事をする筈じゃない、父上を蹴落としてまで王位を入れようとする輩じゃない、と。それがいつしか、だんだんと歪んでいって……」 カーマンはエクセター王の胸に顔をうずめて嘆いた。そうでないのに憎んでしまった。信頼と疑惑の間でカーマンは反乱という間違いを起こしてしまったのだ。 「よ、良かった……。二人とも助かって……」 「本当だよ……」 エクセター王は死んで詫びようとしていたと感づいていたリブサーナとエクセター王の茶の中に混じった液体の正体を察知したブリックは安堵する。リブサーナはもらい泣きしてしまい、ドリッド、アジェンナ、ピリン、艦長は杯の内側が黒ずんでいるのを目にした。 「毒を飲んで死のうと思ったらしい。それも強力な即死性のを……」 ブリックはみんなに杯の中の毒をみんなに説明する。 「これにていっけんらくちゃく」 ピリンが呟いた時だった。カーマンの服の懐に入れてある彼の携帯端末が唸るような着信音を立ててきて、その音に反応したカーマンは懐から端末を取り出した。端末を開き、何があったのか確かめる。 「どうしたんだ、サブロン班!!」 『たっ、助けてください、カーマン様!! ダイラム殿が、うわああ……』 端末の画面に波が走り、別の場所に待機していた反乱兵の通信が途絶えた。 「そうだった……あいつの存在、忘れていた……!」 アジェンナがグランタス艦長の幼なじみで元戦友であるダイラムがカーマン率いる反乱軍の助っ人としていたのを思い出した。 * 国王とカーマン、数人の兵とワンダリングスは空母に乗って、ダイラムがいるという〈輝き木葉〉の森へ飛んでいった。〈輝き木葉〉の森は上から見ると森が光沢のある薄緑の木の葉の森で日光や月光が照らすと輝きが増すといわれ、他の惑星では木の葉一枚でも一〇〇〇コズムの価値があるという。 王国軍空母は森の中にある木が生えていない平地に着陸した。エクセター星特有の無公害エンジンとエクセター星産の自然燃料で動く王国軍空母はゆっくりと下降し、そこにいたエクセター星の野鹿や野兎や野鳥は空母の登場に気づいて、そこから逃げ出した。 一行は森の中へ入り、日光の反射で輝きを増す木の葉の眩しさに耐えながら、反乱兵のアジトへ向かっていった。木の葉はみんな炎のような形をしており、肉厚で葉脈が見えにくく木の枝や幹は黒ずんだ赤銅のようであった。カーマンやエクセター王は目の前の惨状を目にして言葉を失った。 杭と厚手布を張っただけの簡易テントの中はケガを負って横たわっていたり顔と手足をだらりとさせている反乱兵がいたのだ。箱のような通信機や折り畳み式の椅子やベッドも壊されている。その中心には蛮刀を持ったダイラムがいたのだ。蛮刀には赤い染みがついている。 「ダ、ダイラム、これはどういう事だ!」 グランタス艦長が目の前の状況を見て火のようになってダイラムに激昂した。リブサーナは傷ついた兵士を見て手で口を押さえ、アジェンナはピリンに見せないように立ち伏せ、ドリッドやブリックは兵士の生死を確認する。弱々しいが呼吸や心音はあった。 「グランタスか……。俺もライブ映像を見てたよ。がっかりだ。戦争で勝てば一〇〇万コズムが手に入るというから反乱軍に雇われたというのに……」 ダイラムはスカした表情をグランタス艦長に向ける。 「和解したんじゃあ報酬が手に入らねぇ。俺は無理やりにでも報酬をよこせとこいつらに言った。だが、こいつらは『和解してしまっては払えない』と返してきた。で痛い目に遭わせた、って訳だ」 ダイラムは一同に反乱兵を傷つけた理由を話し、グランタス艦長は拳を握り肩を小刻みに震わせた。 「ダイラムよ、わしはお前がほんの少しでも後悔心や反省感があると思ってお前が改心するのを待っていた……。幼き日のただ星を純粋に守るだけのお前を……」 そして顔を上げ、ダイラムにこう告げた。 「だが! 貧民に生まれた事を呪い、出世に固執し、己の私利私欲のために殺生や悪事に染めてまで成り上がろうとは、全宇宙の神が赦しても、このわしが赦さん!!」 「か、艦長!!」 私利私欲のために生きている艦長の幼なじみとの訣別宣言と制裁を申しだしてきたグランタス艦長の台詞を聞いてリブサーナ達は驚いた。その時、ブリックの携帯端末からトーンの低い着信音が鳴り響いて、ブリックが表示画面を見てみると、それはミュー星域の宇宙連合軍からであった。 すると画面からミュー星域連合軍上層部と思われる星人の顔が映し出された。青い軍服と軍帽、二本の角を生やした熊のような顔の連合軍将校の姿が立体的に映った。 『ワンダリングス諸君、私はミュー星域連合軍元帥、パブロワだ。君達にある人物の逮捕を要請しにきた。 犯罪名、数十ヶ国の悪徳国家雇用兵、違法薬物運搬罪、暴力団補助罪、その他十件の罪状を持つ人物――インデス星人、ダイラムだ!!』 「!!」 ミュー星域の将校の要請を聞いて、リブサーナ達は驚愕する。 「どうやらお前は宇宙連合軍からどうにかしないといけない悪になってしまったな、ダイラム……」 グランタス艦長は黄褐色の双眸をダイラムに向けて呟く。 「艦長、連合軍将校の要請によると、ダイラムは生け捕りにして連合軍が管理する監獄惑星ナラックスに収監するとの事です!」 ブリックは艦長にそう伝える。 「死なせてしまってはダイラムを楽にさせてしまう、というのが連合軍の考えか……。生きて償わせるのはわしも賛同だ」 グランタス艦長は戦斧をダイラムに向け、決闘を申し込む。 「ダイラムよ、お前の罪は拭っても拭いきれぬ! わしと最後の戦いをせよ! これはただの戦いではない! わしの友情の終止符とお前の罪を止めるため、そしてお前に戦士としての誇りを思い出させるために!!」 「フッ、いいだろう……。お前が勝てば大人しくお縄にかかろう。 だが俺が勝ったら、お前達は俺を逃がせ。お前達が監獄に入れられるのだ。重要犯罪者逃走罪でな」 ダイラムの言葉を聞いてリブサーナとピリンはショックを受ける。 「ピリンたちがろーやにいくのぉ!? しょんなのヤダぁ」 ピリンは泣きだす。リブサーナもダイラムに負けた艦長と自分らが艦長に入れられて拷問を受けたり重労働させられている様子を想像してしまい、崩れ落ちる。 「安心しろ、リブサーナ。俺達の艦長が勝つに決まってんだろ……。牢屋には行かねぇよ」 ドリッドがリブサーナの肩を持って支える。 * 国王とカーマンは傷ついた兵を王国軍空母に乗せて一時退去し、空母が着陸した平地の中心にグランタス艦長とダイラム、その二人から離れるようにリブサーナ達が二人を見ていた。 「せめてかけ合いは同時にやった方がいいよなぁ、グランタス? 決闘っていうのはそういうもんだ」 ダイラムがグランタス艦長に持ちかけ、艦長は一も二もなく頷いた。 「三つ数えたら始めるぞ。いいな?」 艦長が再び頷く。 「一、二、三!!」 ダイラムが三つ数えるのちにワンダリングスの幸・不幸が決まる決闘が始まった。二人とも蛮刀と戦斧を高くかがげてかけ出していく。 ガキィーン、と刃がぶつかる音が空と地の全体に響いて森の鳥達が騒ぎ出して木から離れていく。ダイラムの番等を戦斧で受け止めた艦長は後退して戦斧を持ち直しす。その時、ダイラムが降り下ろした蛮刀から発した斬撃が艦長の方へ向かってくる。 「あっ、あぶない!!」 ピリンが思わず声を上げ、リブサーナも目を反らしてしまった。だが艦長は戦斧で斬撃を食い止め、斬撃は二つに分かれて左右を走り、後ろの木に当たって木が割れて、木の葉が舞い散り、幹が大きく軋む音を立てながら折れ倒れた。 「艦長、やるじゃん……」 アジェンナが目の当たりの光景を目にして安堵する。 「そりゃあ、そうだよ。艦長はいくつものの戦場を駆けてきたんだ。俺より長く生きてんのは当然だ。艦長の戦闘能力の高さは最早、生まれついての才覚といってもいい位だ」 ドリッドはみんなに言う。十年も艦長の補佐を務めてきただけに、艦長の実力を熟知している。十年前、まだ若いながらに大尉だったドリッドが派遣先の戦地の星にかりだされた時、敵軍に捕まりそうになった彼を助けてくれたのがグランタス艦長であった。ドリッドは艦長の強さと懐の広さに惹かれ、自身の星の務兵として生きるより艦長の補佐として生きる決断をしたのだった。 艦長とダイラムの戦いはなおも続き、押し合い、つばぜり合いと変えていきながらエスカレートしていく。艦長がダイラムの一瞬の隙を突いてダイラムの背後にまわろうとした時、ダイラムが艦長の動きを見きったのかそれとも艦長の動きを逆利用したのか、蛮刀で背を強く峰打ちしたのだった。 「ぐあっ!!」 ダイラムの強打を受けた艦長はそのまま地べたに倒れこみ、持っていた戦斧もダイラムによって蹴飛ばされてしまった。 「甘かったな。俺もこの三十年で強くなっているんでね。ガキの頃は平凡だった俺でも鍛練と経験でグランタスにも劣らん」 ダイラムがそう言いながら艦長の背に足を乗せる。 「歴戦の英雄であるお前の武勇伝もここで終わりだな、グランタス」 ダイラムが不敵の笑みを浮かべる。 「遺言はないか?」 「……わしはいなくなっても構わぬ。だがドリッド達は……」 「助けてやってくれ、だろう? お前の命乞いするとこ見てみたかったな」 ダイラムがそういった時だった。艦長が眼を見開いて、ダイラムが自身に乗せている足首をつかんで、ねじり倒したのだ。 「うわっ」 ダイラムはこのまま地べたに尻もちをつき、その拍子でズボンの裾が破れた。 「ああっ!!」 リブサーナとピリンはダイラムの足首を見て叫ぶ。ダイラムの足首には生々しい赤茶色に走った古傷があったのだ。ダイラムは足首を押さえて呻く。 「グランタス、てめぇ……」 「わしが知っているのはお前の生い立ちや戦闘力だけでない。お前が過去の戦いで負った傷の部位も知っているという事だ!!」 そう言ってグランタス艦長はダイラムの胸ぐらをつかみ、そして空いた右手を拳にしてダイラムのみぞおちにボディーブローを強く入れて殴りとばした。艦長に殴られたダイラムは後方へ大きく飛ばされ、後ろの大木と衝突して気を失った。蛮刀も地に刺さり、座った状態で手足をだらりとさせ、口を開けて白目をむいた姿で。 「お前は力量や生き抜く術は持っていても、足りなかったものがいくつかあったようだな」 艦長は失神しているダイラムに向かって言った。 「艦長ー!!」 振り向くと艦長とダイラムの戦いを見ていたドリッド達が駆け寄ってきた。 「どうなるかとひやひやしましたよ! 艦長が無事でよかった!」 ドリッドが中心に立つ。 「任務も終わったし、監獄に入れられる事もなくて助かったです!」 アジェンナも嬉しさのあまり艦長にすがりつく。 「艦長、これでエクセター星での事件は解決しましたね……」 滅多に笑わないブリックも朗らかに笑う。 「かんちょ〜、じぇんいんそりょったね」 ピリンが艦長の胸に飛び付く。 「今度こそ、ただいまリブサーナ戻って参りました」 リブサーナが敬礼する。 これで本当にワンダリングス全員がそろい、エクセター星での課せられた任務が完了したのであった。 |
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