3弾・5話 いくつもの真実



 ワンダリングスはピアエンテ女王親子の命を狙う謀反者が見つかるまで、惑星ピアエンテで過ごす事にした。

 ピアエンテ星は王族領以外の土地でも年中暖かく、花が咲き乱れ、一季ごとに実る作物も異なっていた。

 ワンダリングスはピアエンテの兵士と共に武術の訓練や王族領周辺の巡回、休み時間には町や市場で買い物や物見遊山、農場の様子を見に行ったりと行動していた。

 リブサーナはドリッドと共にピアエンテ王族領の果樹園や田畑の見学に行っていた。果樹園には深紅の房の葡萄に似た果実や白っぽい緑の柑橘類や青紫のプラムに似た果物がたわわに実り、熟れた実をもぎ取ると木琴やピアノの鍵盤を鳴らしたような音が鳴るのだ。

「へー、おもしろーい」

 リブサーナは果樹園の人に頼んで、自分も収穫させてほしいと熟れた果実を次々にもぎ取って鳴らして籠の中に放り込んだ。畑も鈴のような音を出す豆やシンバルの金属音を鳴らす直径一メートルの大かぼちゃなどの野菜、田の稲も刈れば弦を弾く音がして、まるで農園の演奏会のように見えた。農家の少年少女もかぼちゃのくりぬいたやつを楽器にして叩いたり、切れば笛になってすぐ吹ける笛竹を奏でたりしていた。

 農園では畑仕事や薪拾いや水汲みの他、最初から色のついた綿や麻を紡いだり、絨毯や布を織る女や、学校で読み書き計算や歴史や地理や地学などを学ぶ子供達、孫の面倒をみる老人が見られたりと、リブサーナは農民区の暮らしを目にしていた。もっと奥の農園には、牛や豚やヒツジや屋きんを飼っている農家もあった。

 町ではブリックが様々な店や商家を見て回り、薬屋ではピアエンテ各地の薬草や薬のもとになる蛇やイモリの干物を目にした。薬はガラス瓶に入れられ、棚に陳列して置かれて瓶には成分や効能のラベルが貼られていた。

 薬屋の他には、居酒屋や織物屋、本屋や家具屋の店があり、一階が店舗で二階以上が家になっている長屋が多く、道も石畳やタイルで舗装されており、町の住民も人間型(ヒューマンタイプ)のピアエンテ星人の他に、商いや観光にきた獣人型や蟲人型の異星人が多数来ていた。町の学校は商学や化が学など個人の能力に合わせて学校がいくつも設立されていた。

 ピリンはアリア王女や大臣・召し使いの子供達と一緒に庭で遊んだり、妖獣を召喚させて高原で乗せてあげたりしていた。

 グランタス艦長は大臣や王族と繋がりのある地方の豪族や先代王夫妻や王子王女の関連人物に聞き回ったり、手紙を出したりと手掛かりを探していた。

 ワンダリングスがピアエンテ星に留まってから四、五日が経った。ピアエンテ星の空はピンク色で、住民達は仕事や作業や勉強の合間に歌を唄ったり、奏でたりと過ごしてきた。

 また人々や鳥や虫が歌や踊りをする他、楽器のように奏でる作物、揺れると草笛を吹いたような音が鳴る木々や草、そして歌や音楽を覚える花もあった。

 花は一度開いた音色を蕾のうちに覚え、花が開くたびに覚えた歌を唄うのだ。花弁は七つで花弁の内側が白く、外側が赤や青の黄色の花である。

「この花、ティリオと同じ詩の調べを立てているわ」

 アジェンナはティリオと共に城から近い〈歌覚えの花畑〉に来ていた。どの花も一輪ずつ歌を唄っており、ティリオの爪びくハープと詩のメロディーを覚えた花もいくつかあった。

「でもね、枯れたり切り取ったり、薬で芸術品にしたら歌を唄わなくなるからね。種になったら、また歌を覚えなくちゃいけない」

 ティリオはハープを奏でながらアジェンナに歌覚えの花の生態を教えた。ティリオは相変わらず羽付き帽子とマントと狩人風の服といういでたちだが、アジェンナは紫色のカットソーと黒い七分丈パンツと網あげブーツでいつ戦闘に備えられてもいいように、胸に飾り石のついた銀色の胸鎧と手甲とすね当て、腰に長剣の鞘がさしてある。アジェンナだけでなく、他の者も武装しており、一見平和そうに見えるピアエンテの王族領内の謀反者を見つけ出すために警戒態勢に入っていたのだ。


 空に紫が入ると夜になり、人々は店を閉め今日の作業を終え、家々に灯りがついた。

 ワンダリングスはピアエンテ星に来た時は最初の一夜は王城に泊まったが。次からウィッシューター号で寝起きするようになった。ピアエンテ王族の謀反者に宇宙を流離うワンダリングスの重要機密を奪われないためである。

 ウィッシューター号の中は睡眠をあまり必要としないレプリカントであるブリックの研究室以外はどこも消灯されており、ブリックは艦長達が眠っている時は研究室で新しい薬品の研究に携っていた。研究室は特殊プラスチック材の四角柱の容器には薬品の用途や効能のラベルが貼られており棚に陳列されており、金属の台の上には試験管やフラスコなどの器具が置かれ、底には宇宙艇移動の時に落ちないように磁石が付いており、薬品の出来具合を保存するコンピューターとデータディスク、部屋の奥にはレプリカントをメンテナンスするための小部屋もある。

 ブリックは町に出かけている時や野原や森で見つけた植物の葉や根や実や種、キノコや深海魚の骨や肝、イモリや蛇の干物の粉状から採取したエキスや成分を調べて、新しい毒消しや治療薬の調合をしていた。青い服と薄灰色のボトムの上に白衣をはおり、プレパラートを作っていると、ガタンと音がした。

「ん?」

 ブリックは手を止め、扉を叩いて、薄暗い廊下に顔を出す。ブリックが起きている時は、ドリッドが夜中に起きてキッチンにやってきてつまみを作り出すか、ピリンが夜中に食糧庫のおやつの残りをいただきに来るかであった。そして……。

(もしかしたら、誰かが忍び込んだのか? なら、とっちめてやらんとな……)

 ブリックは研究室を出て、夜でも利く目で音を立てた主を探しだした。相手に気づかれないように忍び足にして、廊下を歩いていると足元に冷たい夜風を感じた。何と、宇宙艇が非常事態になった時に脱出する脱出シュートが外からはいりこまれて、筒から夜風が入ってきていたのだ。

(ここから入りこんだか!)

 ブリックは白衣のポケットから携帯端末を取り出し、緊急メールを素早くタッチ操作して眠っている艇員(クルー)に伝えた。そして自分は侵入者を突きとめに行った。忍ばせて歩いていると、何と司令室の扉が開いており、ブリックは胸ポケットに入れてあったペンライトを侵入者に照らした。

「誰だっ!?」

 司令室のコントロールパネルをいじり、盤上の立体モニターから映し出されたワンダリングスの戦歴などのデータを見つめている者は、黒いフード付きのローブに黒い革手袋、そして目と口もとの空いた石膏のマスクを身に着けていた。

「ここに入って何をしている!?」

 ブリックは侵入者につかつかと前進し、侵入者はローブの懐から金属製のボウガンを出してきて、弓矢をブリックに向けてきた。

 

「ブリック!? 一体何があった……のぉ!?」

 司令室に入ってきたリブサーナは現状を目にして寝ぼけ眼が覚めて、黒いローブに石膏マスクの人物を見て驚いた。リブサーナはパフスリーブとパフレッグの萌黄色の寝着姿で、髪の毛もソフトカーラーを巻きつけている。

「一体何事だ!?」

 艦長やドリッド、ピリンも寝着姿で司令室にやって来て、ピンチのブリックを見て口をつぐんだ。

「ブリックになにを……」

 ピリンが言うと、黒いローブの人物はブリックを突き飛ばして、この場から逃げ出そうとした。

「逃がすかっ!!」

 ドリッドがローブの人物のボーガンを持っている方の左腕を素早くつかんで、背負い投げた。

「どりゃあああ!!」

 ローブの人物はドリッドの投げ技を受けて床に強く叩きつけられ、その拍子でマスクが外れて、一同は人物の姿を見て驚いた。

「せっかくいい夢を見ていたのに……って、何なのぉ!?」

 長い紺の髪をリボンとレースのナイトキャップにまとめておそろいのネグリジェ姿のアジェンナが遅れて司令室にやって来て、場の状況を見て眠りから完全に目が覚めた。

「どっ、どういう事なの……!?」

 アジェンナは目を疑った。どうして、ティリオがドリッドによって羽がい絞めにされて、黒いローブを着て、尻もちをついているのか……。


 ティリオは金属製のロープで拘束され、司令室で座ったまま尋問を受けていた。場にいたのは

艦長、ドリッド、ブリックで、リブサーナはピリンと共に思い人が自分達の宇宙艇に忍び込んで情報を盗もうとしていた事にショックを受けて泣き崩れたアジェンナを廊下に連れ出したのだった。当のアジェンナは床に座り込んでひっくひっくと嘆いていた。何も言わない方がいい、と今のアジェンナを見てリブサーナはピリンと共に司令室の扉に耳をつけて立ち聞きしていた。

「まさかあんたがアジェンナに取りいって、ワンダリングスの重要機密を盗もうとしていたとぁ、下種の極みだな」

 ドリッドがティリオに言った。グランタス艦長やブリックもティリオにきつい視線を向けていた。

「お主、ピアエンテの女王の両親や兄姉に事故や病気に見せかけて暗殺したという、謀反者の仲間だな? と、なると首謀者がいる筈だ。そやつの名と企みは?」

 艦長がティリオに問いだす。ティリオもぼんやりとした表情で途切れ途切れながらも、答える。

「国務防衛大臣……ボロネーゼ……閣下……」

「ボロネーゼ大臣? ああ、王女の誕生祝いの宴で、末席にいた黒い髭と髪の大柄な男か」

 ブリックは宴の間にいた時の記憶を掘り起こして、顔と名前を思い出す。

「ボロネーゼ大臣? 出入り口に近い末席にいたあの? あの大臣は女王が王女の頃から仕えてきたベテラン大臣だぞ? うーむ、忠臣だと思っていた者が反旗を翻してきた、というのはよくある話だ。だが、待てよ……」

 グランタス艦長は女王の話を思い出し、ハッとなった。

「艦長、まさか更に裏で手を引いている者がいる、と……!?」

 ドリッドが手に顎を添えて考えている艦長を見て尋ねた。

「それが、フリズグランを出る時に、艦長が言っていた巨悪……!?」

 ブリックも艦長の深刻な様子を見て尋ねる。

「う〜む、そう、なのか……?」

 艦長はティリオに尋ねる。

「あの、実は……」

 ティリオは自分を操っているボロネーゼだけでなく、ボロネーゼを裏で操っている者も艦長達に言った。


「そうだったんだ……」

 司令室の外から立ち聞きしていたリブサーナとピリンは納得していた。

「ほしをのっとりょうとしているやちゅのいいなりになっていたのは、かじょくやともだちをまもりたかっただけだったぉ。だけど……」

 ピリンが呟くと、リブサーナも腕を組む。

「フリズグランを出てから、艦長がわたしとアジェンナに言った、『巨悪と戦う覚悟』ってのは、ティリオさんの仲間を人質にとり、その巨悪に従う事でティリオさんはワンダリングスの情報を狙っていたのか……」

 リブサーナはうずくまっているアジェンナをちら見する。するとアジェンナはいつの間にか泣き止んでおり、顔をうつ向かせていた。

「……赦さない」

「え!?」

 リブサーナとピリンは怒りのこもったアジェンナの声色を聞いて、引いた。

「ティリオの仲間を人質にとり、ティリオに悪事を加担させた奴……赦さないっ!!」

 アジェンナは立ちあがって叫んだ。

「おおーっ、アジェンナふっかつだぉ!!」

 ピリンが手を叩く。リブサーナもアジェンナがいつものアジェンナに戻って安堵する。


「……なるほど。やはり長年もピアエンテの王族に従い続けていたボロネーゼが巨悪の部下だったか……」

 司令室でティリオに尋問をかけていたグランタス艦長がティリオの話を聞いて納得した。

「艦長、なら早くボロネーゼとその一派の事を女王陛下に伝えましょう。善は急げです」

 ドリッドが急かすと艦長が遮る。

「待て。早く伝えてしまったら、ボロネーゼ大臣とその一派の耳にも入ってしまう。ならこうしよう。わしらはスパイの侵入に全く気付かず、戦歴などのデータを奪われて、窮地に陥っている事でな」


 ティリオはワンダリングスの重要機密や戦歴などの情報が入ったコピーディスクを懐に入れて、侵入した時と同様、脱出シュートから出て冷たい夜風と黒に近い紫の星がかすかにまたたく闇の野原の中を駆け抜けていった。

 惑星ピアエンテは一年中昼夜が平等で夜長や昼長というものはなく、地域によって時差や降雪や暖気域はあるものの、またフリズグランと違って雪や霜による冷害もなかった。

 そして夜が明けて空が紫から深い桃色になり、空が桃色にさしかかる頃、ワンダリングスは王城に向かう事にした。

 王城には二本の川が流れ、正門から入る南の川、裏門から入る北の川があり、一同は裏門から入る北の川を伝って行く事にした。 

 皆、各々の趣に合わせた衣装の上からワンダリングス共通の胸鎧と手甲とすね当て、腰ポシェット、腰や背には武器やエネルギーパックの携帯銃(ハンドライフル)を装備している。流石にピリンは小さいので、普段着の白いドレスだが。

 アジェンナは胸元が黒い紫のレオタードに黒い膝上タイツ、紫のアームバンドという色気と強気を兼ねている。

 一行は丸太を舟型に削った木に乗って、ピアエンテ王城の裏門をこいでいった。

 ピアエンテ王城の裏門は基本的に女中や下男の出入り口として扱われており、ワンダリングは裏門に入り、裏庭をまたいでいった。裏庭は水を汲むための井戸、お城で飼われている家きんの小屋があり、キィキィピャアピャア鳴いている。カモやガチョウに似た長い首に水かきのある鳥は翼が白く、その他の色が黒や褐色で、小屋には水場があって泳いでいたり、水浴びをしていた。その隣の小屋は白と黒のまだら模様の丸い鳥が団子状に集まっていた。

 他にも王族が乗るワゴンを引く鹿と馬を合わせたような生き物、スィームラが住まう獣舎があって、番人がスィームラの角の手入れやブラシを入れている様子が見られた。グランタス艦長は舎番の一人を呼びとめた。

「すまんが、わしらを勝手口から入れてほしいのだが……」


 ところ変わって、ここはボロネーゼ大臣の寄宿部屋。広さは王族の個室や広間程ではないが、床に絨毯、ベッドと机と椅子も王族が使うような高級的ではないが、女中や下男の部屋の家具よりは立派である。部屋には変装用のローブを脱いだティリオが入り、ボロネーゼにワンダリングスの機密情報が入ったデータディスクを差し出した。

 ティリオは夜明け前に城に到着し、ワンダリングスの宇宙艇から逃げ帰り、城に着くとローブを脱いで何食わぬ顔をして城に入って他の者をダマしたのだった。

「閣下、入手してきました」

「うむ、でかしたぞ。昔の知り合いがワンダリングスにいたのを理由に上手く盗めたな。もうよい、下がれ」

 ボロネーゼ大臣は椅子に座ったまま手を振り、ティリオに部屋から出るように命じた。

「あの……」

「何だ、何が望みだ」

 端末を机の引き出しから出そうとしたボロネーゼがティリオに険しい視線を向ける。

「お願いがありまして……。その……機密事項を手に入れたのならば……私の星を解放させてくれませぬか? それを報酬に……」

「あの御方に聞いてから、だ。一先ず下がれ」

 ティリオは頭を下げ、「失礼します」とボロネーゼの部屋を出ていった。廊下には灯りとりのランタンがいくつも並び、窓からは中庭の木の刈り入れや花の水やりをする庭師達が見られ、鳥のさえずりやピアエンテ星の様々な音が聞こえたりしていた。ティリオは重い足取りでふらふらと女王から与え与えられた自分の部屋に戻っていった。

「アジェンナ……それからワンダリングスの皆さん、本当にすみません……」

 ティリオの部屋は南東の一角で、故郷のエイスル星の景色を思わせる寒色系のカーテンや絨毯や寝具、タンスも本棚も机や椅子も白く、部屋の片隅の草のラグにはシブが喉を震わせながら、ティリオの様子を見る。

「大丈夫だよ、アジェンナやグランタスさん達がきっと救ってくれる……」

 ティリオは羽毛入りクッションの椅子に座り、自分や仲間の悲しみを現すかの旋律をハープで奏でた。


 一方、ボロネーゼはノート型の百科事典程の大きさの黒い端末を取り出し、電源を入れて通信モードにした。端末の画面に黒い悪魔を思わせる紋章が浮かび上がり、端末のキーを操作して、音声通信に入る。

『ボロネーゼか……。何用だ……』

 男とも女ともわからない恐怖を与えるような声が、端末から響く。

「はっ。エイスル星の吟遊詩人、ティリオが我々の反乱分子の一つになるであろうワンダリングスから戦歴、宇宙連合軍関連、武器情報などをはじめとするデータを盗み出す事に成功しました。これで宇宙波乱化の拡大が広まるでしょう」

 ボロネーゼが"あの御方"に端末のマイクに向かって伝え、端末の向こう側から『御苦労』の声が聞こえる。

「ピアエンテ時間で、三十五日六時間でこれをお届けにあがります。それまで気長にお待ちください」

『待っているぞ』

 ここで通信が切れ、黒い悪魔の紋章も消え、赤と黒の格子柄のデスクトップになった。

「あとはわしの部下兵がそろって女王陛下と生意気な王女を城から逃げ出すのを伴うふりをして息の根を止めれば……わしがピアエンテの王だ」

 ボロネーゼはそう呟くと、データディスクを端末に入れる。

「……その前にワンダリングスの奴らの事を調べなければな。あいつら、歴戦の勇者ってらしいからな」

 ディスクを入れると、画面に様々な画像や文章が映し出され、ボロネーゼはワンダリングスのデータを覚えようとした時だった。

 すると画面が白地にピンクの水玉の背景になり、しばらくするとピリンの顔が映し出された。

『ざんねんでーした。はずれだぉ』

 ピリンの声が出て、ボロネーゼは机を叩いた。

「くそっ!! 偽物か! ティリオめ、わしをだましたか。それとも気づかず偽物を運んで行ったか……」


「女王陛下!! 失礼いたします!」

 ボロネーゼは執務室でピアエンテ星内の問題解決や星周辺の国家交遊との契約の書類に署名と捺印をしているマズルカ女王の元へやってきた。女王は黒い木材に優雅なデザインの椅子に座って作業をしていた。女王は祝いの時よりも控え目な型のパールピンクのドレスを着ていた。

「どうしたのじゃ、ボロネーゼ大臣」

 女王はせっせと署名と捺印をしながら突如執務室に入ってきたボロネーゼに尋ねる。

「どうしたもこうしたもありませぬ、陛下! 王室仕えの吟遊詩人、ティリオが不祥事を起したのです!」

「その不祥事とは?」

「はっ、彼奴は陛下のご知人のワンダリングス兵団の艦長、グランタス殿の艇に侵入して、戦歴や連合軍に関する情報などの機密事項を盗み出して、我々も知らぬ者に高く売りつけようとしたのとの事です! あの男、何食わぬ顔で陛下を裏切り、恩をあだで返したのです! 早くあ奴を捕えて裁判にかけて処刑を……」

 ボロネーゼは自分の罪をティリオになすりつける発言をして、マズルカ女王に懇願した。

「証拠もないのにティリオが悪いと何故言える?」

 女王は作業をピタリと止めて、ボロネーゼに訊き返す。

「な、何故って、あやつは元々エイスル星という他の星の出身。そして数年前とはいえ、宇宙各地を流離う吟遊詩人とはいえ、裏方で胡散臭い事もやらかしていたという疑いも……」

 ボロネーゼは訊き返された時、有力説を告げた。

「……のう、ボロネーゼ。わらわの父や兄が亡くなったか覚えているか?」

 女王は自分の親兄姉が亡くなった話を急に尋ねてきた。

「な……何を今さら……。陛下の父上様が亡くなられたのは急な御病気。王妃陛下もテラスの老朽化に気づかず転落死、父上の後を継いだお兄様も視察に行く途中の同中の落石に巻きこまれて、御子も弟もいなかったために姉上様が継いだものの、姉上様も生まれてくる子が流産して自身も流産の影響による病で亡くなられたのですから、不運としか言いようがありません」

 ボロネーゼは先代王や父母が亡くなった原因を女王に返答した。

「しかしな、わらわが王女の頃に助けてくれたワンダリングスのグランタス艦長が城内の大臣やピアエンテ内の地方貴族に協力してもらったところ……、意外な事実が浮き出たのじゃ」

 女王は椅子から立ち上がり、ボロネーゼに視線を向ける。

「兄上が視察に行く途中、その視察先の領区主であるファゴ伯爵の部下が落石のあった先で、あの山道にはスィームラやワゴンの重みで道中に埋めた爆弾のスイッチが作動して、その近くの岩山に仕掛けられた爆弾が発動して、岩が落下するというトリックがあったんじゃよ。

 ファゴ伯爵の統治する山には新たな貴石の鉱脈があって、そこを掘り出すためにお前が一役買ったという話を伯爵が教えてくれた。

 この手紙にな!!」

 そう言って女王は書類の中の一枚を出して、ボロネーゼに見せた。文字は符号に似たピアエンテの文字だが、女王の兄とその従者の死亡日、ボロネーゼがファゴ伯爵と契約を結んだ日が四日差だったからだ。

「ファゴ伯爵が治めるファゴ区は王城から一日半スィームラに乗れば、そうでなくても戦争に使う小型艇を使えば六時間で着くからな。四日とは言わず、わずか一日で兄上の行く先に罠を仕掛けるのは余裕――。それだけでない。

 父上が病に伏せていた時、点滴や注射のアンプルにドラの実のエキスを入れていた事もな。アレルギーは口に入れたり外から触れないと症状がわからないのを利用して内側からいたらしめていたとはな。他に……」

「黙れ! この出来そこないの小娘が!」

 ボロネーゼは拉致があかなくなったのか叫んだ。

「王族に生まれながら、末っ子という理由で散々甘やかされてきた統治する力が低能な娘が!

 わしはずっと幼少のころからお前達一族が赦せなかった! 我が一族は曾祖父の代から仕えてきたというのに、いやわしの曾祖父こそがピアエンテの王に相応しかった!

 お前達の曾祖父が、わしの曾祖父でもある兄を押しのけて王座に着いたのだから! 曾祖父は戦のせいで車椅子暮らしになり、隠居暮らしながらも世間から忘れ去られて、我が一族は大臣止まりだ! だからわしは曾祖父が果たせなかった夢をかなえるために……」

「"あの御方"とやらに魂を売ったのか?」

 その時、執務室の扉が開いて、グランタス艦長達ワンダリングス兵団が入ってきた。

「きっ……貴様ら……」

 ボロネーゼは入ってきた連中を見て、後ずさりする。

「先祖の無念を自分の代で晴らす、か。悪魔を手を組んでいたとはぁ、呪われてんなぁ」

 ドリッドが腕を組んで頷く。

「しゃかうらみもいいとこだぉ」

 艦長の足元のピリンも言った。

「ちなみに今の会話は録音して、クシー星域の連合軍に送りました」

 ブリックが録音済みの携帯端末を見せる。

「私としては、ティリオの同胞を人質にとり、悪事を働かせたあんた自身が最も赦せないわーっ!!」

 アジェンナが血気盛んな怒りに燃える目をボロネーゼに向ける。

「わたしも末っ子だけど、甘やかされてはいなっかたし、厳しくもなかった」

 リブサーナがボロネーゼをからかうような台詞を吐いた。アジェンナは色気と強気を兼ねたレオタードに鎧に対し、他の者は軍服や長衣を鎧の下に着、リブサーナはアジェンナと同じ胸元が黒い明るい緑のレオタードで型は肩出しと膝までのレギンスである。

「まさかお前ら……ティリオにわざと偽のデータディスクを持たせていたとは……」

 ボロネーゼは歯ぎしりして悔しがる。

 今、ピアエンテ星の命運をかけた戦いが始まったのであった。