ワンダリングスが惑星フリズグランでの戦いを終えてから二五五時間が経った頃、ウィッシューター号の司令室にいたグランタス艦長とピリンが操縦席の番をしている頃、外からウィッシューター号の外壁を叩く音がした。宇宙空間は通信や交心術を使わない限り無音なのだが、宇宙帝は外からの振動による音でも聞こえるのだ。 「なんのおと?」 「うーむ、宇宙蟲か、それとも宇宙空間活動可能なエイリアンが迷子になってしまったのかもしれん。後者だったら助けてやらんと」 艦長はピリンを司令室に残して、廊下に出て窓から様子を見てみた。 「あっ!」 窓の向こう側の宇宙空間には一匹の宇宙トビトカゲがウィッシューター号の外壁に張り付いており、前足を丸めて外壁を叩いていたのだ。宇宙トビトカゲには宇宙空間や惑星内の空中を飛ぶための膜が四肢についており、尻尾で舵をとるのだ。身体はくすんだ緑色でガラス玉のような黄色い目を向けて赤い舌を出している。 「お前だったか。すぐに入れてやろう」 そう言って艦長は出入り口近くのダストシュートを開き、宇宙トビトカゲがそこから入ってくると、艦長はすぐに彼を入れて抱いてやった。宇宙トビトカゲは五、六〇センチの大きさで、背に青い筒状のケースを背負っている。 「これを見ればお前が探している目的地がわかるかもしれん」 艦長は宇宙トビトカゲの背負っている筒に手をとり、中に入っている物を確かめる。中に入っていたものは一枚の生成色の紙で、絹や亜麻を思わせる素材に何も書かれていない雑巾程の大きさの紙であった。 「何じゃ、こりゃ?」 艦長は紙を見て首をかしげた。 * 司令室に戻った艦長は別室で戦闘訓練をしていたドリッド、アジェンナ、リブサーナ、研究をしていたブリックを呼び寄せて、宇宙トビトカゲとトビトカゲが持っていた紙を見せた。 「これなんでしょうか、艦長?」 ドリッドが紙を見つめる。 「なにもかいてないぉ」 ピリンも紙を見つめる。リブサーナは宇宙トビトカゲを初めて間近で見て、珍しいそうに観察していた。トカゲも自分を見つめるリブサーナも睨みつけているがおかまいなし。 「これ、あぶり出しってやつですよ。厚紙に果物の汁で文字や絵を書いて、乾かした後に日の熱で通すと出てくるあれで」 ブリックが紙を見て一同に言う。 「そうか、よしブリック。お前の研究室にアルコールランプがあっただろ。それを使えば……」 艦長は納得して、リブサーナと宇宙トビトカゲを司令室に残して、他はブリックの研究室へ向かった。 ブリックの研究室は棚に様々な色や効能の薬品やエキスが四角柱の透明ケースに入れられて陳列されており、机にはノートPCや研究データのディスク、フラスコや試験管などの研究品が振動で落ちないように磁石がついており、ブリックはアルコールランプに火をつけて、熱気を紙に当てる。 艦長達は何が出るかな、と五分、十分と待ち続けたが、三〇分経っても現れなかった。 「……違うようですね」 ブリックが呟くと、一同は肩を落とした。 「何だよ、それ……」 ドリッドがため息を吐き、一同はブリックの研究室を出ていく。五人は司令室に戻り、宇宙トビトカゲと睨み合いしているリブサーナが舞い戻ってきた艦長達を目にする。 「あの紙何だったんですか?」 「いんや、あぶり出しではなかったよ……。折角何が出るか期待しておったのに……。リブサーナ、すまないがお茶を入れてくれんか?」 艦長が司令席に腰をかけ、リブサーナはトビトカゲを連れてキッチンへと向かった。 「艦長、ウィッシューター号、衛星群に入りました。ウィッシューター号、厳戒態勢に入ります!」 ブリックがコックピット窓のモニターを見て知らせた。 「何っ、全員操縦席につけ!」 ワンダリングス艇員(クルー)は操縦席に座ってベルトを締め、ピリンも司令席近くの補助席に座った。補助席は司令席の壁に折りたたまれており、非操縦艇員(クルー)は緊急・厳戒態勢時にはここに座るのだ。 ウィッシューター号は大小様々な灰白色の衛星群の中に入っていき、揺れたりかすったりと危機に陥った。 「ちょ……、厳戒態勢なんて……」 キッチンで茶を入れていたリブサーナは湯を沸かしている熱コンロの電源を切り、鍋を自身の足元に置いてうずくまった。 衛星群の中に入ったウィッシューター号は暫くの間、上下左右に揺れたり、艇員(クルー)達は同じ場所に留まっていなくてはならなくなった。そして――。 「あと三〇秒で衛星群を離脱します!」 ブリックがオペレートして操縦席内の艇員(クルー)達、キッチンのリブサーナは身を固めた。ウィッシューター号は衛星群からの離脱に成功し、広い宇宙空間に入れたのだった。 「宇宙空間に突入できました!」 一同は衛星群に入った時どうなるかと思ったが、離脱に成功すると全身の力が抜けた。 「一時はどうなるかと思ったわい」 「いっけんらくちゃくだね」 キッチンのリブサーナも静けさが来ると安堵して、半時間の間に冷めたお湯を再び沸かして、艦長達に頼まれたお茶を作った。ドライフルーツをこしたフルーツフレーバーティーである。 「お茶が入りました。で、ピリンちゃんはつららパインんのサイダー」 「おお、すまんな。待っていたぞ」 「わーい」 ピリンがリブサーナが持っていた銀色のトレイからサイダーのグラスを取ると、手が滑って衛星群突入の中で舞い落ちた宇宙トビトカゲが持っていた無地の紙にかかって、黄色い汁が紙を染めた。 「ピリンちゃん、いきなり……」 リブサーナが注意した時、紙に茶色い染みが不規則に浮かび上がっているのを目にした。 「これは……」 リブサーナが紙を拾い上げると、ドリッド達も駆け寄ってきた。 「何かも時みたいなのが浮かび上がっているぞ」 「まさかつららパインのサイダーで出てくるなんて……」 「よし、まだグラスに残っているやつを全部紙にかけてみよう」 ブリックがつららパインサイダーの残り汁を紙にかけると、音符やト音記号などの音楽記号のような文面が浮かび上がってきた。 「艦長、見て下さい」 ブリックが艦長に紙の文面を見せると、艦長は紙を手に取る。 「ん!? これはピアエンテの文字ではないか!」 「ピアエンテ?」 リブサーナが尋ねると、艦長は紙面に浮かび上がった文字を読み上げる。 『親愛なるグランタス・ド・インデス皇子へ クシー星域にあなたが設立しした兵団ワンダリングスがいる情報をつかんで、我が国の電書宇宙トビトカゲ、フォルティを派遣しました。 我が娘、アリア・ラ・シンフォニアの六歳の誕生日が行われますので、皆様もピアエンテに来て下されば幸いです。 惑星ピアエンテ現女王 マズルカ・ラ・シンフォニア一三世 尚、誕生日の日時は……』 「艦長の昔の知り合いですか?」 ドリッドが尋ねると、艦長は「ああ」と返事した。 「あれは確かドリッドと出会う三、四年前だったかな。 ピアエンテは芸術豊かな星で、農民も職人も休みには踊ったり歌ったりするのが大好きといわれているんじゃ」 「へー……陽気な人が多いんですね」 リブサーナがピアエンテの人間の生活文化を聞いて、楽しそうになる。 「ちなみに王女の誕生日は七日間続けているから、今は三日目だそうだ。 よし、ピアエンテの女王一家に顔を見せに行くか。ウィッシューター号、座標四二一、惑星ピアエンテへ進路変更!!」 「ラジャ!!」 ウィッシューター号は次の目的地を惑星ピアエンテへ向けて、ウィッシューター号は広報部から青い放物線を放って星の海を駆けていった。 惑星ピアエンテは宇宙から見てみれば桃色と白の斑のような惑星で、王城のある場所の近くへウィッシューター号は着陸した。 空は薄いピンク色で、陸は緑の草原に白や黄色や青の花が咲き乱れ、太陽はないのに暖かく穏やかな星であった。 ピアエンテの住人は人間型(ヒューマンタイプ)で、黒や濃い目のインナーに薄い色の衣をはおった肌の白い人間が多く、犬や猫も鳥も唄ったり踊ったりしている。 建物は丘の上や平地に白や空と同じ色の石造りの家、ワンダリングスは川を伝って、ゴンドラと呼ばれる船に乗って、白と薄紅の石造りの三角屋根の王城に着いたのだった。 「ふわ〜、凄いお城……」 「まるでかくざとうみたいだぉ」 リブサーナとピリンも初めて目にするピアエンテの王城を見上げて声を上げる。 ワンダリングスは王女の誕生日という事で、着なれない正装をまとっている。艦長、ドリッドは黒い燕尾服のモーニングをまとい、ブリックは白と青の貴族風のジャケットとシャツとサンキュロットを身にまとい、アジェンナは薄紫のワンショルダードレスで左胸に金色の大輪の花のコサージュが付いており、スミレ色のハイヒールを履いていて、髪も後ろで一つに結いあげている。 ピリンは髪をツインテールに結わえてもらい、薄黄色のレースとフリル付きのドレスをまとい、リブサーナは後ろ髪を白い六弁花のバレッタで結い止め、更に同じ花模様に翡翠色のパフスリーブドレスを着ていた。 城門にはトランペットを持った一〇人くらいの青い軍服を着た兵士が客人を迎えるための合図を鳴らした。艦長は門兵に宇宙トビトカゲと女王からの手紙を見せると、門兵は中に入れてあげた。 「ワンダリングスご一行のおな〜り〜!」 パッパラパー、という音と共に黒鉄色の門が左右に開いて、ワンダリングスは場内に入っていった。 城の中もまたきらびやかで、床と天井、壁や柱も白と薄いピンク、窓も透き通ったクリスタルガラスで、広間の天井には大きな金のシャンデリアが釣り下がっていた。 王女の誕生祝いの場である『曙の間』は薄紫と桃色のグラデーションの壁、床の絨毯は雲のような白で、そこにはピアエンテ星周辺の招待客や他の王侯貴族が集まり、白いテーブルクロスのかかったドリンクやごちそうを取っていたり、談話し合ったりしていた。人間型もいれば、獣人型や蟲人型など様々で、広間の奥にはビロードのような長椅子に座る見目麗しい親子が座っていた。 母親は長い金髪を足首まで垂らし、瑠璃色の大きな眼に赤い唇、手足もスラリと長く、シルバーグレーの地に青や白のクリスタルビーズ付きのドレスをまとっていた。 娘の方は身の丈はピリンより少し大きめで髪の毛は縮れた銀髪、眼は瑠璃色で水浅葱のケープ付きのドレスと青いエナメル靴を身に着けていた。親子の同じところは瑠璃色の眼と金色のティアラであった。 「もしかして、グランタス殿?」 母親はグランタスを見て、笑って近づいてきた。 「お久しゅうございます。マズルカ女王陛下。十数年前に出会った時は、成人したばかりのお嬢様で、更に美しく……」 グランタス艦長はマズルカ女王に頭を下げて膝まづく。リブサーナ達も艦長に倣って頭を下げて膝まづく。 「そんなにかきこまらなくても……。わらわは女王であるが、そんなに堅苦しくならなくてもよい」 「女王陛下……」 顔を赤らめる女王を見てグランタス艦長は姿勢を正し直した。 「ワンダリングスの者達、初めまして。わらわはピアエンテ現女王マズルカ・ラ・シンフォニア十三世。こちらはわらわの娘で第一王女アリア」 「初めまして、ワンダリングスの衆」 アリア王女は大きな眼をワンダリングスの面々に向けて、お辞儀をした。 「は、はじめまして……」 リブサーナもお辞儀をして、続いてピリンもお辞儀をする。すると女王は懐から白い羽の扇を出して口元を隠して艦長に耳打ちした。 「すまぬが、わらわがグランタス殿を招いたのは娘の誕生日だからではない。ここではちとまずいから、その娘二人をアリアと共に残して、わらわ達は他の間へ……」 「……?」 * マズルカ女王はアリア王女とリブサーナとピリンを誕生祝いの会場に残して、自分らは『深夜の間』へと移った。 『深夜の間』――。ピアエンテ王城の奥の主に猛暑の時に使われる部屋で、壁も床も天井も冷たい黒曜石で出来ており、暗く冷たい雰囲気のため『深夜の間』と名付けられた。 深夜の間は灰色のカーテン、灰色のソファが数脚置かれており、上座に女王、艦長達は上手前、ドリッド達は下座に座る。 「この平和そうなピアエンテの王城内に謀反者が……!?」 グランタス艦長は自分らがピアエンテの女王に呼ばれた真の理由を聞いて、然とした。 「そうじゃ。わらわは本来なら王位継承権の低い末子であったが、この十年の間に父や母や兄や姉が次々に事故や病気で死んでいったため、わらわが今の女王となった。 だが近年、父や兄達の死がのちに事故や病気に見せかけられた暗殺だという事がわかった」 マズルカ女王は自分が女王になった経緯をグランタス艦長に話した。 「その謀反者って誰ですか?」 ドリッドが女王に尋ねると、女王は口を一文字にして暫く黙ったのち、こう言った。 「もしかして、あやつかもしれぬ……」 * その頃、『曙の間』でアリア王女の誕生祝いの宴に出ているリブサーナとピリンは青年の客人からナンパされたり、王女と一緒にお菓子やごちそうを食べたりと過ごしていた。 「君かわいいね。何処から来たの?」 「この後街で遊ばない?」 金モール付きの礼装や絹やモスリン織りのタキシードを着た人間型や鳥人型の貴族の青年がリブサーナに話しかける。 「いや、わたし、保護者が厳しいので……」 リブサーナは何とか断ろうとしているさ中、ピリンは王女と一緒に様々な色や形のケーキやゼリーを食べていた。 その時、会場が暗くなって、出入り口にスポットライトが照らされる。年増の女官頭が客達に注目するようスピーチする。 「皆さま、今日はアリア王女の六歳の誕生祝いに来て下さってありがとうございます。これより王室仕えの吟遊詩人による演奏を行います。どうぞじっくり楽しんでください」 パチパチと火花のような拍手が鳴り響いて、リブサーナは王女に尋ねる。 「王室仕えの吟遊詩人ってどんなお人ですか?」 「今出てくるわよ」 王女は扉を指差して、扉が開いて一人の人間型の青年が入ってきた。 (あ、あの人は……) リブサーナは青年を見てはっとなった。長めの明るい青い髪に色白の肌、背丈は一七〇センチ大で、緑色の狩人のような服と帽子をかぶって、更にオレンジ色の毛の獣を連れて入ってきたのだ。 青年は持っている白い翡翠のハープで弦を弾いて木枯らしのような声を立てて、詩(うた)を唄ったのだった。 薄紅の空の下 緑生い茂る草地に 一年中彩やかな花が咲き 人も獣も鳥も 歌を唄い舞い踊り 青い川はせせらぎを立て 風は暖かな気を流す ピアエンテ それは年中華やかな星 青年の詩を聞いて客も王女も拍手や喝采を鳴らした。 「素晴らしい!」 「凄い素敵だわ!」 「聞いていただけで清々しくなれるよ!」 客人達は青年の演奏を聴いて誉めたたえた。 (あ……ああ……あの人は……もしかして、本当に……) リブサーナは青年を見て立ちすくんでおり、ピリンとアリア王女はきょとんとしながらリブサーナの様子を見つめていた。 「もう一回、頼むよ!」 「王女だけでなく、我々にも聴かせてほしい!!」 客人は青年にアンコールを頼んだ。すると王女が青年の前につかつかと歩み出て、青年にリクエストした。 「わたくしに……別の詩を聞かせてほしい。ティリオ殿」 「はい王女殿下」 青年が恭しくアリア王女に命じられると同時にリブサーナは思わず叫んでしまった。 「ええええ〜〜っ!?」 叫んだリブサーナを見て、ピリン、王女、他の招待客、青年がびっくりして注目した。 「なななっ、なんでサァーナがさけぶのさ!?」 「ティリオ殿と知り合いだったの?」 「いいえ……、わたくしはあの者とは今初めて会ったばかりで……」 その時、扉が開いてマズルカ女王、グランタス艦長、ドリッド、ブリック、アジェンナが密談を終えて宴に戻ってきた。 「な、何なのです!?この騒ぎようは!」 女王が顔をしかめて間にいるもの全員に注意すると、青年吟遊詩人はうろたえて否定した。 「陛下、これには私にもさっぱり……」 ふと青年は女王の近くにいたアジェンナに目をやった。アジェンナも青年を見てハッとなった。 「ティリオ……!? あなたティリオなの……?」 「君はもしかして……、アンズィット星で出会ったアジェンナ……!?」 すると青年の傍にいた宇宙ピューマがアジェンナに寄り添ってアジェンナのスカートに体をこすりつける。 「ティリオ……!」 「アジェンナ……。大きくなって!」 五年ぶりに再会したティリオとアジェンナは互いの顔を見つめあった。 「あれ、ティリオってひと、アジェンナのしりあいだったの?」 ピリンがリブサーナに尋ねてきた。 「うん……。この間、アジェンナから少し聞いたんだ。昔の知り合いの事」 艦長達もアジェンナにこんなに男前で、しかも詩人の才がある男の知人がいるとは思ってもいなかったので、驚いていた。他の客人も女王親子もティリオとアジェンナの再会を見て立ちのいていた。 ピアエンテ王女四日目の誕生祝いの宴が終わって、この日の招待客の過半数がこの日のうちに帰り、残りの少数は城に泊まり、ワンダリングスも王城内の謀反者を探すために王城に留まった。 ピアエンテの夜空は空気がほんのり冷たくなり、空もスミレ色に染まって星々が粉のように散って煌めいていた。 アジェンナとティリオ、そして宇宙ピューマのシブは城の中庭のあずま屋で久しぶりの再会を楽しんでいた。城の中庭は赤や青や黄色の果実のなる樹がいくつも植えられ、更に楽譜をかたどった花壇がグラデーションに花が植えられ、城の高いところから見てみると、紫の花が音符の形に植えられているのだ。 「アジェンナとティリオしゃん、なかよさそだね」 城の三階の一室の窓からリブサーナとピリンが二人の様子を見つめていた。ワンダリングスを含めた城の宿泊客は天ガイ付きベッドが二〜四台ある宿泊室を与えられ、一晩過ごしてから次の招待客と入れ替わっていた。 「アジェンナ、君が故郷を飛び出して、雇われ兵団のワンダリングスに入っていたのには驚いていたよ」 ティリオは五年ぶりに再会したアンズィット星の貴族令嬢が一人の女戦士になっていたことへの成長を知って、もの珍しそうにしていた。 「うん……。どうしてもアンズィット星に留まるのが嫌でね……、家族に反対されて黙って抜け出したから」 アジェンナは舌を出して、いたずらっぽく笑う。 「そうか……。まあ、僕は二年前からピアエンテ星で町や村を吟遊詩人しながらシブと渡り歩いていた時、偶然通りかかった女王様に王室で働かないか、と誘われて今に至るんだ……」 ティリオは宇宙各地を渡り歩く吟遊詩人からピアエンテ星の王室仕えになった経緯を語った。 「今でも時々、宇宙音波局(スペースラジオ)や音楽チップの録音で稼いでいるんだ。それと……あと数年はピアエンテ星に留まろうと思っている」 「えっ、何で?」 「今は……言えない。でも時々、お金や布類食べ物といった品物はエイスル星の家族に仕送りしている」 ティリオの平静な表情と言葉を見て、アジェンナは首をかしげるも、ティリオは表情を変えて、アジェンナに尋ねた。 「そうだ。ワンダリングスになってからの君の事、あんまり知らないんだよね。良かったら放してくれないか?」 「え、ええ、いいわよ……」 こうしてティリオとアジェンナは暫くの間、中庭のあずま屋で再会する今日までの出来事を語り合った。もちろん、フリズグラン星でリンジール族の兄妹、ザムガルとコゴエに出会って仲良くなった事も。 しばらくして、アジェンナは身ぶるいして立ち上がった。 「う〜、寒い。流石に長い事、ここにいると風邪ひいちゃうわ。それじゃ、ティリオお休みなさい。また明日」 「ああ、また明日ね」 アジェンナは中庭と王城につながる門に入ると、アジェンナが去った後の果実樹の茂みから一人の男が出てきた。大柄でたてがみのような黒髪とあごひげ、浅黒い肌に赤紫の鋭い眼の軍服型礼装の男である。 「ボロネーゼ閣下」 ティリオは男を見て膝まづく。 「ティリオ、まさかお前があの女と知り合いだったとはな。まぁ、いい。邪魔者は片っ端から潰していくのがベストだからな」 クックッ、とボロネーゼは重たくて硬い声を出しながら喉を震わせる。 「お前がわしの言う事を聞けば、エイスル星のお前の家族や友人は穏やかに暮らせるのだぞ? それに女王親子も父の代からわしのような国務防衛大臣の事をすっかり信用しているな。お前がわしに従えば、わしのピアエンテ星の新王になれるだけでなく、お前の星もあの御方から解放してやれるのだぞ」 ボロネーゼはティリオに言った。 「はい、閣下」 ティリオは拳を握りながら、ボロネーゼ国務防衛大臣に今は従うしかなく、アジェンナをだましている罪悪を心に抱いていた。 |
---|