3弾・1話 アジェンナ



 天国のお父さん、お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、村の皆さん、リブサーナはクシー星域の宇宙市場(コスモマーケット)にいます。

 宇宙を流離う雇われ兵団ワンダリングスに入団してから早四ヶ月。ホジョ星の時間ならば冬で歳の瀬なのですね。

 宇宙盗賊によってエヴィニー村を滅ぼされてから、わたしは頼れる親せきも知り合いもなくて困っていたところ、運よくワンダリングスに入って宇宙各域や各惑星で弱小国家の救済や奴隷解放といった人助けをしております。

 わたしの仲間で今の家族であるグランタス艦長もドリッドもアジェンナもブリックもピリンも出身も種族も違うけど、上手くやっています。

 人助けの他にもその惑星のテーマパークやリハビリセンターや宇宙市場で遊んだり、海水浴や天体観測もやります。

 前回の事件は人造人間レプリカントのブリックの同胞に関わる事件、今回はというと……。


 瑠璃色の地に赤や青や白などの星々が煌めく、宇宙空間に大小異なる円塔を重ね合わせたような巨大な建造物があった。様々な色や型の宇宙艇が一番下の層に入っていき、特殊素材のガラスの外側にはタコのように脚が八つあるロボット達が窓を磨いていた。

 建物の中は床と天井が電灯になっており、人間(ヒューマン)型、獣人型、蟲人型、鳥人型、魚人型などの宇宙人が様々な星域や惑星の特有の衣装を身にまとい、様々な食糧や書籍や電化製品、衣服やおもちゃといった物品を店舗で売買し、薄いピンクとクリーム色の制服を着た女性の店員、緑系の制服を着た男性店員らが会系や案内や商品の陳列といった作業をこなしていた。通路では客の他、足がキャタピラで円筒型の体型の警備ロボットが不審者や不審物がいないか動き回っていた。

 その宇宙市場の三階のレストラン・食糧店層の一角でワンダリングスの女子メンバーがそこにたむろっていたのだ。レストラン・食糧店層にはクシー星域中の食べ物が缶詰や瓶詰、箱詰めや真空パック詰め、野菜や果物やいくつかの魚介類はそのままで陳列されており、肉や魚の切り身は透明な防水ケースに氷や保冷剤と一緒に詰められており、穀物類や菓子などは透明な商品棚に並べられていた。

 向かい側のレストランではクシー星域中の鍋料理や郷土料理、軽食や茶菓子といった店舗が十数あり、出入り口前には大型画面から商品サンプルが映し出されている。

 その店の一つ、カフェ『ブランジュール』。その店のコーヒーやカフェ類、ソフトドリンクはが美味しいとの事で評判で、リブサーナ達も食糧と新しい衣類調達の帰りに寄ったのだった。

 店内はカウンター席と四人一組のテーブル席、二人一組のテーブル席があり、様々な惑星や星域の宇宙人が仕事内の休憩や友人同士でのくつろぎ、買い物の途中でカフェに来ていた。中には男女カップルや子連れもいた。

 そのカフェの出入り口から入って一番奥の四人がけのテーブル席に二人の女性と幼女が座っていた。カフェの中は壁もテーブルも椅子もパステルカラーで統一されており、彼女達の髪の毛の濃さが強調されていた。

 リブサーナはうねりのある糖蜜色のセミロングヘアに卵型の顔に中間肌、大きな深緑の双眸に細いけど農作業と武術の訓練で鍛えられた手足、瞳と同じ色のベストに淡緑のシャツと黒いハーフパンツ、茶色い編み紐ブーツ。頼んだ品はホイップクリーム入りのココア。白いマグカップからはみ出るくらいホイップクリームが入っていて湯気がかすかに見える。

 リブサーナの向かい側には長身の女がカフェオレをマグカップからすすっていた。長いストレートの紺の髪、切れ長の紫の瞳、純白の肌、頭部には長い触角が水銀のように垂れさがり、背には透き通った銀色の長い翅、黒いビスチェと紫の胸のあいたトップスの重ね着に白いパンツと黒い皮革ブーツ。一目見ればオシャレな年頃の娘に見えるアジェンナ。

 アジェンナの隣には若葉色の巻き毛に銀色の双眸、頭に二本の触角、背に白い透明な翅、白いボレロ付ドレスには青いラインが走っている。この幼女はピリン。ピリンは白いバニラアイスを乗せた緑色のクリームソーダをストローで飲んでいた。三人は既に食糧と新しい下着や衣類は既に一階の宇宙船停泊所に停泊させてあるウィッシューター号の中に宇宙市場内の物質転送装置で送ってからカフェで一服していた。

「こうやって三人でくつろいでいるのもいいね」

 リブサーナが小さなスプーンでカップに盛られたホイップクリームを崩しながらココアをすすった。

「そうね。ウィッシューター号での移動中の任務先での惑星でもやれるけど、宇宙市場の中の小じゃれたカフェも乙よね」

 アジェンナがカフェオレをすする。ピリンはソーダ水を三分の一飲んでからグラスと一緒に入っているスプーンでバニラアイスをすくって食べる。緩やかなメロディーのBGMと女性のおしゃべり声が重なる店内でアジェンナはふっと呟く。

「ここがクシー星域や旅の女性に人気のある店とはいえ、私の故郷を思い出させるわぁ」

「え?」

「なぁんかいった、アジェーナ」

 ドリンクを飲んでいるリブサーナとピリンが訊ねる。

「故郷? そうえいばアジェンナがゼータ星域にあるアンズィット星の生まれって聞いているけど、住んでいた場所や家族の事は詳しく聞いていないような……」

「しょーいえばしょーだ。アジェーナ、って人さがしでかんちょーたちといりゅんだよね? さがしている人ってだれなの?」

 リブサーナとピリンがアジェンナに視線を向ける。アジェンナは少し顔をひきつらせるも、笑いながらも笑いながら席から立ち上がる。

「そろそろ行こうか。艦長達も武器売り場での買い物を終えているだろうし……」

 アジェンナはリブサーナとピリンにこう促すと、出入り口の手前の会計場へ行った。会計先ではフォーマルなユニフォーム姿の両眼が突き出た砂色の体に口が横に広いエイリアンがレジを打つ。レジの金額表示板に数字が表示される。

「二五四コズムです」

 店員がごろごろした声でいうと、アジェンナは懐に入れてある黒い光沢の財布から正方形の白金貨幣三枚と正三角形の白銅貨六枚を出して店員に渡した。店員はレジから六角形の青銅貨一枚と五角形の赤銅貨一枚をアジェンナに渡した。

「お釣りの六コズムです。店内のご利用ありがとうございます」

 三人は丸い筒型の機械がいくつも並ぶ物質転送装置の中に入り、パネルのスイッチで行き先を設定して、一階の宇宙船停泊所へワープしたのだった。


 クシー星域の宇宙市場から薄青い機体が魚を思わせる雇われ兵団ワンダリングスの宇宙艇ウィッシューター号が青白い放物線を後部から出して、宇宙空間へ入っていった。

 そのウィッシューター号の司令室は操縦席と操縦パネル、モニター画面にもなるコクピット窓、その一段上の司令官席と基板状の立体モニターとコントロールパネル、天井と上壁は象牙色(アイボリー)、下壁と床は暗銅色(ダークブロンズ)という構造。

 ウィッシューター号の操縦席にアジェンナが座って操縦席の番をしていた。宇宙空間は基本的に昼夜がないため、宇宙空間の建物や宇宙船の中は一日二十四時間に設定されている。ウィッシューター号の操縦席は三時間おきに交代が決まっている。

 アジェンナが一人で操縦席にいると、リブサーナが入ってきた。ドアが左右に開いて銀色のトレーに薄ピンクのマグカップにリブサーナが入れたお茶、その隣の小皿にはリブサーナが数日前に造ったケーキが一切れ入っている。麦粉にバターと砂糖と鳥卵、赤や緑や紫の干し果物を混ぜて焼いたケーキである。

「お菓子持ってきたよ」

「どうも」

 リブサーナがアジェンナのいる席に近寄る。アジェンナはリブサーナから菓子とお茶を受け取り、渇きと甘さの飢えを満たした。

「あのさ、アジェンナ……」

「んー?」

「わたし、自分の事や家族や村の事はアジェンナや艦長達に話したのに、わたしはアジェンナの家族や故郷の事はそんなに聞いてないんだよね。ホジョ星から旅立って四ヶ月近くなるのに」

 アジェンナからは家族を故郷に残して、ある人を探しだすためにワンダリングスに入ったとしか聞いていなかった。

「ああ、そうだったね。私がゼータ星域のアンズィット星の出身としか話していなかったしね」

 アジェンナはふーっと一息すると、リブサーナに自分の生い立ちを語り出したのだった。


 アジェンナの故郷、ゼータ星域にあるアンズィット星はホジョ星同様、四季があり、東西南北によって気候が分かれていた。

 アジェンナはアンズィット星内の東部の地域、レジンという小国の生まれで、海は干潟を埋め立てた街、森や野の街道には必ず石と漆喰で出来た家々が並び、一年中春のように暖かい国であった。ただ他の国にない特徴は女性としての地位が高く、家督や家業を継ぐのは長女と決まっていた。娘のいない家は息子が他所の次女以下の娘を娶るという仕組みになっていた。

 そんなアジェンナは湖と高原の領地に生まれ、その地では漁業や農業や紡績業で暮らしを賄っていた。アジェンナの家は織物商の次女であった。

 レジン人は男も女も水銀を垂らしたような触角と薄い透明銀の翅を背に持つが、男の方が触角が短く、アジェンナの父も男の使用人も他の住民もそうであった。

 アジェンナは母親のアイーダ、三つ上の姉ブリーダ、父親は農家の息子ロシェット、じいやとばあやと通いつけの使用人が五人で、アジェンナの家も村民の家六軒分の広さの屋敷で家畜となる牛や羊も屋きんもたくさんいたのだ。父ロシェットはアジェンナが四歳の時に急病で亡くなり、その四年後に母親は新しい父親ゼビルトと再婚し、新父と間に生まれたのが歳の離れた妹、リールカである。新父は自分の子供でもあるリールカだけでなく妻の連れ子のブリーダとアジェンナも可愛がったのだった。

 先述でも言ったとおりであるが、レジン国は女性の地位が高い国で当然女性の数も多く、男性は女性の三分の一にしか満たなかった。長女はともかく、次女以下は男子のいる家や男子のいる国へ嫁ぐ事が多かった。

 アジェンナは姉妹と共に十二歳まで庶民の子らと一緒に学校に通い、卒業すると家庭教師を雇って学校よりハイレベルの学問や礼儀作法や歌舞、裁縫や料理、女の身だしなみや政治や商学、馬術や剣術や弓術といった稽古をしていた。

 姉は家庭科や歌舞や礼儀作法は立派であったが、アジェンナは苦手とはいわないものの、むしろ馬術や剣術や弓術といった体を動かす方が好きであった。

 アジェンナの故郷、レジン国のイベント〈実りの祭り〉が毎年、晩春に行われていた。

 アジェンナはこの時、十五歳。今よりあどけなく、年頃のじゃじゃ馬娘であった。この年の春、というか鮮青の空がとても濃い季節、アジェンナは姉のブリーダと一緒に家族より先に祭り会場に行ったのだった。

 祭り会場は常に白と赤の混ざったメノウのような石畳が敷かれた広場で開かれ、広場には石炭で走る機関車の駅、パンや金物などを売る商店が円形の長屋となっており、その広場に木や鉄の枠組みと厚手布の屋台がいくつも設置されていた。屋台からは串焼きや飴などの匂いが漂い、また貝細工や陶器などの工芸品なども売られていた。

 レジン国の人達は庶民は質素な型のシャツやベストやスカートやズボンを身にまとい、承認などの農民より格上の民は色とりどりの縁取りの服を身にまとい、貴族や豪商は金糸や銀糸で縁取った服や絹や毛織物・亜麻などの高級素材の衣服をまとっていた。今日は祭りなので、庶民や貴族も晴れ着をまとって参加していた。

「姉さーん、早くしないとお菓子が売れ切れちゃうわよー」

 アジェンナは長い紺の髪を三つ編みにして結い上げ、白い三角の花弁の花がいくつも連なったリリムという花を髪飾りにし、金糸で縁取った藤紫の地に白波貝の模様のドレスを身にまとい、靴も光沢のある黒いエナメルのようなブーツである。

「待ちなさいよ、ちゃんとお店の人は待ってくれるわよ」

 広場へと続く野原を小走りしながらブリーダが妹に言った。ブリーダは銀色の触角と背の翅はアジェンナと一緒だが、髪はつやのある真っ直ぐな褐色の髪、目は夕日のような朱色で、背もアジェンナより少し高く、祭りの日の晴れ着は瑠璃色の地に星模様のドレスで紺色の毛織物の靴をはいていた。髪型もアップにして、細長い花弁がいくつも重なったマルモという花の髪飾りをつけていた。

 屋台の商品を買って飲み食いしている人の他、広場の駅のエントランスホールの前で人だかりがあったのだ。

「アレ何かしら?」

 アジェンナとブリーダは人だかりを見て顔を見合わせてから、そこへ行ってみた。人だかりは若い娘や子供が多く、人だかりの中心には一人の吟遊詩人がリュートという弦楽器を演奏して、詩(うた)を唄っていたのだ。

 ヒューマン型星人で翅も触角もなく、背はすらりと高く、白い羽飾りのついたつばの広いハイ緑の帽子をかぶり、帽子と同じ色のマント、茶色い革のブーツ、丈の長い上衣とベストとシャツとズボンを身につけ、やけに白い肌に高い鼻に金の双眸、肩まである淡い青の髪は少し外はねしていた。

「空は宇宙に届く青、風は草木を揺らし、穀物は金の穂をつけ、草原には色彩かやか花を散りばめ、人々は平和と豊穣の祝いに活気だてる」

 若い吟遊詩人の男はレジン国の〈実りの祭り〉を現した詩を唄い、人々は拍手を喝采させた。

「素晴らしい!」

「素敵な詩だったよ!」

 祭りの広場に来ていた人達は吟遊詩人が連れている大型の牙と爪を持つ赤褐色の毛に氷のような青い眼の獣が口に咥えている籠に銀貨や銅貨を投げ入れ、屋台の主からは祭りの品である木の実と蜜入りのパンや腸詰やハムや塩干魚、様々な果物で作ったジャムを入れた。

「ありがとうございます」

 吟遊詩人の青年はお金や食べ物を投げ入れてくれた人達に礼を言った。アジェンナは青年の顔を見て、はっとなった。

(けっこう、格好いいな……)

 自分の領民の男や父、学校の同級生とは違った青年の雰囲気とは違った格好良さであった。レジン国の男達は屈強な体格や切れ長の瞳、角ばった顔型が好まれ、青年は面長の顔に丸みを帯びた眼、細身だけど厳しい環境を生き抜いてきた分だけ鍛えられていそうな体つきであるが、何よりもアジェンナは青年の笑みにきたのだった。

「すみませーん」

 アジェンナはブリーダと一緒に青年の所へ駆け寄る。

「すみませんけど、もう一曲唄ってくれませんか? お願いします」

 ブリーダは愛想よく青年にリクエストし、アジェンナは顔をうつ向かせながら頷く。

「いいでしょう。では私の故郷、霜の国での暮らしを現わした詩を――」

 青年はさっきとは違った指使いでリュートの現を弾き、青年の故郷である霜の国の詩を唄った。

「横殴りの吹雪、雪に覆われた黒い土、それでも人々は己の力で生き抜いてきた。

 暖炉の火は赤々と燃え、温かなスープで飢えをしのぎ、雪のない日には大人も子供も薪や木の実や魚を採りに行く。

 雪降る日は大人達が子供に物語や詩を聞かせ、子供達は口ずさむ――」

 青年の詩を聞いて、ブリーダもアジェンナも拍手する。詩歌なんてそう思いつくものでないのに、青年の才覚に感心したのだった。

「素敵!」

「本当です! 私達には真似できません!」

 ブリーダとアジェンナも青年に褒め言葉を送り、祭りでの小づかいである金貨を一枚ずつ差し出したのだ。レジン国をはじめとするアンズィット星の通貨は大概の宇宙各地で使えるコズム貨幣ではなく、丸く大きさの異なる金貨と銀貨と銅貨であった。

「あ、私はここの広場から離れた高原の領主の娘のブリーダと申します。こちらは妹のアジェンナ」

「よ、よろしく……」

 ブリーダは青年に自身と妹の自己紹介をする。青年も自己紹介をする。

「僕はエイスル星のティリオ。こちらは宇宙ピューマのシブ。一緒に旅をしているお供兼ボディガードさ」

 ティリオはシブの背中を撫でつけ、シブはうずくまったままブリーダとアジェンナを見つめていた。

 ティリオはエイスル星では貧しい靴屋の末息子であったが、詩歌の才覚があったため隣町の町長の家で奉公しながら弦楽器演奏を学んで、旅費が貯まると故郷を飛び出して宇宙各域や各惑星を転々とし、今辿りついたのが惑星アンズィットのレジン国であった。

 そして宇宙ピューマのシブは二年前に某所で出会った仲間である。


 〈実りの祭り〉は三日三晩続き、ティリオは昼間は広場や町を回って詩を唄い、夜はブリーダの口利きで彼女達の屋敷に泊めてもらったのだった。

 アジェンナの屋敷は広く、領主一家の個室だけでなく、客室やじいやばあやの部屋もあり、部屋が十二もあった。

 食堂は細長い食卓にテーブルクロス、椅子も八脚あり、上座には当主であるアジェンナ姉妹の母親であるアイーダが座り、上座の右近くの席に今の父、ゼビルトが座り、その隣に幼い妹リールカが座り、その向かい側にブリーダとアジェンナが座り、上座の向かい側の席にティリオが座っていた。

 アジェンナの母、アイーダはこの時、四十一歳とは思えぬ美しさで、つやのある褐色の瞳に深紫の瞳、今の夫ゼビルトは楕円型の顔に真鍮色の髪に水浅葱の瞳、浅黒い肌に屈強な体格の元鍛冶屋で、レジン国の貴族は金糸銀糸やスパンコールやクリスタルビーズ付きの服を身にまとっていた。母アイーダと新父ゼビルトの間に生まれたリールカは母親の肌と顔つき、父親の髪と眼を持っていた。

 ティリオがアジェンナ姉妹の家にお呼ばれされた時、ティリオは滅多に食べる事のない食卓の御馳走に驚いていた。羊のローストに様々な穀物のパンの山、川魚のスープ、山盛りのパスタ、数種のサラダに赤・白・桃のワイン、デザートのケーキも豪勢でチョコレートクリームを使っている。

「どうぞどうぞ、召し上がれ」

 母アイーダは遠慮なくと言うようにティリオにすすめる。

「あ、じゃあ、いただきます……」

 ティリオは数ヶ月に一度に食べれないような御馳走を口にし、領主一家と共に食事を共にした。シブは流石にじゅうたんの敷かれた部屋や窓のレース付きカーテンを引っかいたり毛やフンで汚したりしたらまずいので、馬屋の空いているスペースに入れられた。

 ティリオはカラフルなタイルで作られた風呂場で旅の疲れと汚れを流し、じいやばあやがベッドメイキングしてくれた寝室で夜を過ごした。

〈実りの祭り〉が始まってからもティリオはアンズィット星に留まり、レジン国やその周辺を旅し、二週間後にアジェンナ達の所へ戻って来たのだった。

「お帰りなさい」

 アジェンナとブリーダはティリオを屋敷から出迎えた。

「今日、泊まらせてくれる?」

 ティリオが訊ねると、姉妹は一も二もなく承知してティリオを自分の屋敷に泊めてあげた。その日の晩さんでティリオは一家にアンズィット星を旅立つ事を話した。

「えっ、何で?」

 アジェンナが訊ねると、ティリオは返事した。

「ああ、旅費が貯まったからね。アンズィット星から近い惑星に行こうと思う」

 アジェンナは沈黙した。もうティリオの詩を聞く事も、あの爽やかな笑みも見れない。それが残念だった。

 アジェンナはティリオが寝室に入る時、呼び止めたのだった。

「あの……私……、その……」

 アジェンナは口ごもった。ティリオの前だと上手く言葉が出ない。ティリオはなにを思ったのか、上着のポケットからプラチナの鎖を取り出して、アジェンナの首にかけてあげたのだった。それはペンダントであった。ペンダントトップは翼の台座に正方形に削られた紫の宝石がはめ込まれていた。

「これ……」

「ああ、五日前にぺルンの町で買ったものだよ。君に似合うと思って」

 アジェンナはティリオからもらったペンダントを見てじわじわきた。

「あ、私……あの、ありがと……」


 翌日、アジェンナと家族はティリオを駅まで送り、ティリオとシブが機関車に乗って宇宙港のある国へと旅立つのを見送ったのだった。

 ティリオが旅立ってからアジェンナはペンダントを見る度にティリオの顔と詩を思い出し、勉強や武術の稽古がおろそかになる事もあった。先生や親から注意される度にアジェンナのティリオに対する思いは濃くなっていった。

 ところでレジン国では、アジェンナのような高身分の者は一六、七の歳になると他家へ嫁ぐか自分の就く職業を決める慣習があった。

 姉は当然家を継ぐことが決まっていたし、妹はまだ幼いからまだ学校に通わせなくてはならなかったからいいものの、アジェンナは軍に入る事を選択した。若いので結婚する意思もなかったし、人一倍体力が優れていたから軍に、それもティリオと別れて半年後に宇宙に派遣される任務のある連合軍に入りたい、と両親に申し出た。ティリオとの再会は口にせず。だが、反対された。

「軍に入るのなら自国で充分。連合軍は危険が多すぎる」

 連合軍に入ればティリオの事が掴めると思い懇願するも、あっさりと一蹴されてしまった。しかしアジェンナは諦めなかった。月に一度来る宇宙新聞の記事や宇宙通信網のニュースや情報を頼りにアジェンナは連合軍に入らなくても宇宙に行く方法を探していた。そして半年後、たった二人の雇われ兵が宇宙各地を転々としながら弱小国家やハイジャックされた宇宙船の救助をしているという噂を探り出し、アジェンナは彼らがアンズィット星のそれもレジン国やその周辺に来るチャンスを窺っていた。

 アジェンナが十六歳になった春――。明け方が来る前にアジェンナは十六年間育った屋敷を抜け出し、普段着の上からボア付きのマントをはおり、白い大きなスカーフを目深にかぶり、護身用の長剣、背中に着替えや食べ物や必要な道具を入れた皮のリュックを背負い、両親も姉妹もじいやばあやも家畜達が起きる前に雇われ兵士グランタスのいる町へ向かっていったのだった。

 まだ暗く、春とはいえ夜は凍える寒さであったが、ティリオと再会するためにアジェンナは十六年間い続けた町に別れを告げたのだった。隣町は目と鼻の先で、危険な猛獣のいる森も昼間でも越えるのに険しい道もなく、ただ野原の道に規則正しく植えられた丸い木の葉の生えるシュルガの木の道を歩いていたのだった。

 そしてアジェンナは隣町の出入り口近くの野原に停めてあるウィッシューター号を見つけて、グランタスと参謀のドリッドが来るのを待ったのだった。

 隣町の出入り口である石造りの門から少し離れたシュルガの上でアジェンナはそこに登って二人が出てくるのを待った。その間に日が昇って光が空を明るくし、鳥の声がさえずり、町の住民が仕事を始める頃だった。

 アジェンナはうとうとしてしまい、ハッと意識を取り戻した時、薄青い魚のような宇宙艇からハッチが開いて、二人の蟲人型宇宙人が降りてくるのを目にした。

 黄褐色の触角と複眼と目に両肩に「>」状の突起を持つ黒い甲翅と薄翅を持つ老兵、赤褐色の体に黄色の触角と赤と黒の三白眼に赤字に赤斑の甲翅に薄い翅の筋肉質の巨漢が降りて来たのだ。

(今だ!)

 アジェンナは木から下り、二人の前に進み出た。

「な、何だよ嬢ちゃん、俺とグランタス艦長に何用だ?」

 ドリッドは突如現れた少女を見て訊ねてきた。アジェンナは懐から月間宇宙新聞の切り抜きのグランタスとドリッドの写真を見せて、懇願してきたのだった。

「私を……仲間にしてください!」

 アジェンナは二人に頼んだ。チャンスは今しかないのだ。もし逃したらティリオにもう会えなくなるかもしれない、と思って。

「お前さんはどうして、わしの所に来たんだ?」

 グランタス艦長はアジェンナを見つめる。アジェンナはグランタス艦長の威厳に圧迫されながらも答えた。

「あの……探している人がいるんです……。その人に会いたいんです……」

 その後アジェンナはグランタス艦長とドリッドに家の者に書き置きを残して抜けてきた事や再会したいその人と会うために連合軍に入ろうとしたが親に反対された事、武術も労力も学術もある事を話した。

 アジェンナは艦長から「故郷に戻れぬ覚悟はあるか」と尋ねられた時、ためらいなく決めたと答えた。そしてアジェンナはワンダリングスに入ったのだった。


「え、それって家出なんじゃ……」

 リブサーナはアジェンナのワンダリングス入団の経歴を聞いて目を丸くした。

「だから艦長達にはティリオの事は黙っていたのよ……。恋した男の人を探すと正直に言ったら、一蹴されると思って……」

 アジェンナは口を尖らせ赤面しながらリブサーナに言った。

「アジェンナも十六歳で旅に出たんだ。しかも目標付きで。ただ家族も友人も家も安全な暮らしを捨ててまで、っていうのは……」

 リブサーナの表情にかげりがまとう。宇宙盗賊のせいで家族も友人も家もなくし、頼れる親戚も知人もいなかった自分とは正反対のアジェンナの以前の生活が羨ましく思える。

「あ、ごめん……。だけど私だって、レジン国に留まっていちゃ、自分の運命が変わらないと思って……」

 アジェンナが謝りながらも返事する。

「ところで五年も経つのに未だにティリオさんの事、掴めないの?」

「うーん、宇宙情報網や各星域の新聞やニュースで調べて続けているんだけど、手掛かりは皆無。だけど……」

 アジェンナは台詞に一旦区切りを入れてから答える。

「強くなったし、あんたやピリンやブリックとも出会えたし、それはそれでいいかなー、って」

 アジェンナは笑って現在時の自分の状況を素直に答え、リブサーナもクスッと笑った。

(だけど、アジェンナが武力も常識もあるけれど、ガサツになっちゃったのは貴族暮らしをやめたからなんだろーか……)

 そう思っていたけど、訊ねるのはやめた。