7弾・5話 女皇としてジュナとして



 平和祭から二ヶ月経った夏の始まりの季節。小雨の多い日の中、エリヌセウス上級学院で二〇四年度の卒業式が行われていた。

 卒業式は運動校舎で行われ、卒業生はスーツやボレロ付きワンピース、ブラウスとタイトスカートといった服装で卒業式を受け、ステージの上の校長が次々に生徒の名を呼んで、生徒は卒業証書を受け取る。

「普通科、ジュナ=メイヨー」

「はい」

 ジュナも名前を呼ばれてステージの方へ歩き、母が用意してくれたグレーのツーピースの服装で壇上に歩く。

「卒業、おめでとう」

 はげ頭に四角眼鏡に紺のスーツの六〇代の校長がジュナに卒業証書を渡す。ジュナは証書を受け取ってお辞儀をして列に戻った。

 卒業生全員の証書授与が終わると、在校生が卒業生に送る歌を唄い、卒業式は終わった。

 ジュナは雨の降る中、ラヴィエとダイナと一緒に途中まで帰っていった。

「ジュナ、またね」

「また会おうね」

 ダイナとラヴィエは筒間列車(チューブライン)の駅の階段を昇っていき、ジュナと別れた。

「うん、まったねー」

 ジュナは三年生の時から一緒だった友人二人と別れて、商店街を抜けて多くの家屋が並ぶ住宅街に入り、白い壁に台形の屋根のある自分の家へ入っていった。

「ただいまー」

 ジュナは玄関のドアを開けて、家具も家電もない居間を見る。今日で四年間住んでいたこの家ともお別れである。

 するとラグドラグとペガシオルが二階から降りてきて帰ってきたジュナを目にする。ペガシオルは額に金の一角、たてがみと背の翼は渋緑で眼と翼についている契合石は紺色の蹄獣型融合獣である。

「おう、ジュナ。やっと帰ってきたか」

「あと二〇ノルクロでお迎えくるんですよ。早く着替えて」

 二体の融合獣に言われてジュナは「はーい」と言って、自分の部屋に入る。

 天窓のある自分の部屋は机もテレビモニターもテーブルもベッドも片付けられており、クローゼットも一組の服を除いて空っぽだった。ジュナはツーピースから普段用のタイトワンピースと黒いノースリインナーを着て、リュックサックにツーピースと卒業証書の筒を入れて部屋を出た。

「玄関の持ち主認証登録は初期化させた。忘れ物はないな?」

「うん……」

 ラグドラグに促されて、ジュナとラグドラグとペガシオルは玄関の外に出てポーチで迎えが来るのを待った。雨はまだ降っており、屋根の雨水が滴る。

 すると、一台の立派な黒い高級浮遊車がやってきて、庭に降り立った。前中後と座席は三つに分かれて、中部席のドアが開いた。

「行こう」

 ジュナ・ラグドラグ・ペガシオルは浮遊車の中に入り、宙に浮かんで雨の中のラガン区を駆けていった。

(さようなら、わたしの家。もう、ここには戻ってこられない……)

 雨で濡れた窓から遠ざかっていく自分の家とラガン区の町並みを見てジュナは泣きそうになった。ジュナたちの他には運転手と皇室仕えの老執事。老執事は耐熱性の水筒から湯気の立つ果実茶をティーカップに入れて注ぎ、更にバスケットからラズベのジャムが入った焼き菓子を小皿に乗せる。

「皇宮に着くまでにどうぞ、お召し上がりくださいませ」

「ありがとうございます」

 ジュナたちは老執事からカップと皿を受け取ると、一口飲んでから菓子をかじる。茶は甘酸っぱさと苦味がして、菓子はほんのり甘かった。

 二ヶ月前、ジュナが大皇候補の選抜の儀に首都会館に来た時、ジュナに恨みを持つ融合闘士ボーガと戦って倒し、またジュナも傷ついて病院で手当てを受けて退院した日、キュイン宰相たちが待っており、議会によって次のエリヌセウス大皇はジュナに決まったと聞かされた時、ジュナは驚きのあまり何も言えなかった。

 母と兄はどうしてジュナが、と尋ねた処、キュイン宰相たちはジュナの勇気と戦歴、勤勉さと優しさ、善悪の分別。これらを持つ者こそが大皇に相応しいと考えて委ねたのだった。

「でも他にもハルノさんやジャーバンさん、ケティたちもいたのに……」

 しばらくして何も言えなかったジュナがようやく気を落ち着かせて尋ねてくると、キュイン宰相がこう答えた。

「いいえ。彼らは棄権しました。というよりはケティ様たちがジュナ様を推してくれたのです。『自分たちよりも何事にも逃げなかったジュナこそが大皇に相応しい』と」

「ケティたちが……」

 それを聞いてジュナはケティたち他の大皇候補が自分を信じて未来を委ね託してくれたのだと知ると、大皇になることを受け容れた。

「わたし、大皇になります」

 だけどこの時のジュナには卒業試験も卒業もまだだったため、「卒業してから」という条件で戴冠式を後にした。ジュナが大皇になるということは母も兄も融合獣も大皇一家になるため、住んでいた家を引き払い、皇宮に移り住むことになったのだ。

 ジュナたちを載せた大型浮遊車は運河も東屋も庭園もある皇宮の敷地内に到着した。

 エリヌセウス皇宮は森と平原をまるごと使い、平原には五〇〇〇人ならば収容できる赤い屋根に生成りの壁の建物、柱もテラスも窓も美しい装飾で誰もが一生に一度は住んでみたいと思うようになる造りである。

 皇宮の中は壁も床も天井も立派で、白地に金の花模様の壁紙や緑に白のストライプや深い赤などと色とりどりで、廊下にも部屋にもバーベッタ(ベルベット)のじゅうたん、天井にはガラスと金銀細工のシャンデリアが下がり、窓も一六マスの高級木材の枠、皇室仕えの人々は人種も国籍も異なるが、立派な服を着ていた。

 ジュナたちは部屋の一角に案内され、そこには母と兄が待っていて、高級そうなソファに座っていた。

「ジュナ。来てくれたのね」

「ペガシオル、付き添いご苦労」

 母と兄のいた部屋は控えの間らしく、ジュナの部屋と同じ位の広さであった。

「お母さん、お兄ちゃん……」

 ジュナは思った。もう自分は普通の人間ではなく、一つの国をまとめ束ね背負っていくリーダーになるのだ、と。


 皇宮に移り住んでからのジュナ一家の生活は過密なものばかりであった。

 毎朝三時半に起床し、着替えて朝食。その後は政治やマナーや礼儀作法や外国などを勉強し、昼食。また勉強で夕食の後すぐ入浴と就寝という生活であった。

 母は長年勤めていた都市開発の職場を退職し、ジュナと一緒に政治などを学んだ。兄とペガシオルは軍勤めだったので、一週間のうちの海曜日と金曜日は皇宮で過ごした。

 一番多忙だったのはジュナで国や人種によって会合するためのマナーや礼儀や言葉、儀式や催しによって異なるドレスの種類も覚えなくてはならなかった。

 流石に一七歳の女の子に毎日の勉強は多大な疲労になると感じたキュイン宰相は木曜日と日曜日と海曜日には休みを設けてあげた。

 ジュナ一家が皇宮に移住してから三週間が経った夏の暑さが本格的になる頃――。暦は七月の上旬を示しており、エリヌセウスの多くの国民が新しい大皇の戴冠式を目に道路に出たり、テレビモニターやサイバネットの動画の前で待機していた。

 皇宮内の衣裳室の前でレシルと母、ラグドラグとペガシオル、キュイン宰相はジュナが出てくるのを待ち構えていると、衣裳室の扉が開いて正装姿のジュナが出てくる。

「どうですか?」

 ジュナは赤いシュティヌ(サテン)のドレスをまとっていた。シュティヌのドレスは金の布で縁取りされており、袖は肘まであるベルスリーブ、スカートは足元が見えるAラインで、他にも短いレース手袋や赤い革靴、ネックレスとイヤリングは金細工にガーネット、髪型も前髪を上げた編込み入りである。

「素敵よ、ジュナ」

「お似合いですねぇ」

 母が着飾ったジュナを見て微笑ましく感じ、ペガシオルも褒める。母もシンプルな紫のドレスをまとい、兄も肩章の付いた白い軍事ジャケットに紺のスラックスと黒い革靴を身につけていた。

「では、参りましょうか」

 キュイン宰相にエスコートされ、ジュナたちは四頭の白馬が引く赤い馬車に乗って戴冠式先のローメル寺院へと向かっていった。


「来た! 新女皇の馬車だぞ!」

「撮影の用意をしないと!」

 道路で女皇一家の馬車を見に来た人々は我よ我よと押し寄せ合い、皇室仕えの警備員が押さえる。澄み切った碧空には黄色や水色の煙玉が打ち上げられ、街中はもう新女皇の姿見で持ちきりだった。

 馬車の中のジュナは窓から笑いながら手を振り、馬車の外では多くの人たちの声が混ざり合って聞き取れない程であった。


 エリヌセウス真北に位置するレジスターランド地方の東部にあるセンシルの街。センシルは湖川が多く緑豊かな地で、また工業にもたけていた。街並みはビルと家宅が駒のように置かれているようだった。

 ビル街の中にある三階建てのアパートの一角に一人の青年が住んでいた。青年の部屋は二部屋ダイニングキッチンとトイレと風呂場のある安めの部屋で、部屋の一つを勉強部屋、もう一つを寝室にしていた。寝室は北側に窓、南側に出入り口の扉、東西は窓でベッドとt二段のタンスとテレビモニターと漫画と小説の小さな本棚に草色のラグが敷かれていた。

 テレビモニターの前で、金の翼と尾羽を持つ緑鳥型の融合獣と白金髪に深緑の眼に白い肌、シャツとチノパン姿の服装の青年が座っていた。

「そういや今日が戴冠式だったもんな。まさかジュナがエリヌセウスの女皇に選ばれるなんて」

 青年はテレビの前であぐらをかきながらジュナの戴冠の様子を目にとどめておこうとしていた。

「だけど手紙によれば、大皇選抜の儀にジュナに因縁を持っている適応者がいたじゃない」

 緑鳥型融合獣が青年に聞いてくる。

「だけども、そいつらは捕まったんだろう? 皮肉になるけど、ジュナに因縁をふっかけてきた奴らのおかげでジュナは女皇になれたと言い切れないじゃないか」

 青年はのほほんと答える。

「うーん……」

 緑鳥型融合獣は唸る。青年はレジスターランドにあるセンシル市にあるファーベル工業大学に通うエルニオ=バディス。一七歳だが飛び級で大学生になった。緑鳥型融合獣はエルニオと融合するツァリーナで女性人格の飛翔族である。

 エルニオは母を早くに亡くし、また金融業者で粗暴だった父も亡くなった後は祖母に引き取られて、姉とツァリーナと共にエリヌセウスで暮らした。

 エルニオはエリヌセウス上級学院の機工学科に通い、機工学者である祖母の後を継いで機工学者になることを選んだ。十三歳の時に転校してきたジュナと出会い、次に羅夢、トリスティスと出会い、エリヌセウス上級学院で四人しかいない適応者仲間になった。

「おっ、映った、映った」

 エルニオはエルネシア地方で中継されているジュナの戴冠式移動の映像を見て呟く。赤い生地に金縁のドレス、金細工とガーネットの宝飾品を身に付け、口紅や頬紅、濃い目のアイシャドウで化粧し、髪も編みこまれたジュナを見て、エルニオはほう、となった。

「綺麗になったなー、ジュナ」

 自分が大学に行くまでは同じ場所にいたジュナが女皇になったのを見て、エルニオはふと寂しく思った。


 エリヌセウス皇国のあるガイアデス大陸より北東に位置するライゴウ大陸の中にある半島国、暁次(あきつぐ)。この国は和仁(わと)族と呼ばれる人種が太古からの文化や文明を遺し、また他国や新しい文明文化を取り入れている。

 建物は主に瓦屋根や障子戸、白い漆喰の壁などが使われ、また金属材やガラスを使ったビルもある。住民の衣服は体に羽織って帯で締める衣に袴、足元や草履や下駄の他に革靴もある。

 その暁次にある東部の地域の屋敷――。平野の都とは違って、盆地の田舎は田畑や果樹園が多く、夏の今は人々は草や麦の草をかぶって農作業をしていた。田舎の町の中に白い壁の塀と広くて部屋は軽く十ありそうな青灰色の瓦屋根の家屋。日谷県(ひのでや)の陰陽師で有名な小野宮(おのみや)家の屋敷である。

 ある日の夕方、その屋敷内の一部屋に一人の少女と一体の融合獣がエリヌセウス皇国の女皇の戴冠式をテレビモニターを通じてみていた。

 部屋の中は押入れと壁付けの棚、細長い文机と枠組みの本棚、窓と出入り口は障子戸でマス目状の木枠に紙が張られていた。床には草で編んだ畳板が敷き詰められていた。

 壁付けの棚の上のテレビモニターには女皇一家の馬車がエリヌセウスの街中を歩く映像が映し出されていた。

「ああ、ジュナさん。本当に女皇になったんだぁ……」

 うねりのある白群のセミロングヘアを桃色のリボンで結わえ、眼も薄紅色の少女が乙女座りをして呟いた。少女の服は白に近い桃色の衣で涼しげな水玉模様があしらわれて、衣の下にはインナーとして桃色のタンクトップとスパッツ。隣にいるのは長耳長尾の桃色の毛に眼と腹部の契合石は若葉色の融合獣。

「羅夢、どうせなら直で見たかったですね」

 融合獣が少女に言う。

「うーん、でもわたしがエリヌセウスにいたって、ジュナさんは見られなかったと思う……」

 少女は返事をした。この少女は宗樹院羅夢。ジュナと同じエリヌセウス上級学院に通っていたが、母の実家である親族が羅夢の陰陽術の才能を見込んで、年明けになってエリヌセウス上級学院を転校して母の実家に下宿して、隣町の学校に通うことになった。今は通学と陰陽術修行に明け暮れている。

「羅夢ちゃーん、ご飯よー」

 伯母の呼ぶ声がしたので、羅夢と彼女の融合獣ジュビルムは立ち上がる。

 羅夢はテレビモニターを消して、今へ向かっていった。


 エリヌセウス皇国と同じガイアデス大陸にあって、エリヌセウスから西南の臨海地区にあるエクート共和国。この国は常に暖かな気流に覆われていて、夏はそんなに暑くならず気温は常に三十度以下であった。エクート共和国は干潟を埋め立てた街と波止場、上空から見ると魚の尾びれの形をした半島が特徴的で緑地帯も多かった。その尾びれ形の半島の東の入り江に漁村があった。

 その漁村はマスト付きの漁船や商船が行き交いし、漁村の民家や商家は塩水に強い粘土を固めて焼いたレンガや漆喰の壁、屋根は半球状の物ばかりで、正方形や長形の上に半球が置かれたような外観であった。何よりこの漁村に住んでいるのは水棲人種(ディヴロイド)ということであった。

 半島の東の入江にあるザナカン村のある家に夫婦と娘と息子のいる世帯に、他国から留学してきた女性とその融合獣が居間のテレビモニターでエリヌセウス新女皇の戴冠式移動を観ていた。

「あ〜あ、エリヌセウスにいたら、ジュナの女皇姿を目に出来たというのにね」

 長い薄紫の髪を後ろで青いシュシュで束ね、明青の眼に白い肌、着ている服は群青色のノースリマキシワンピース姿の女性がテレビに映るジュナを見て呟く。

「まぁ、そんなこと言わんでも。エリヌセウスにいたら、エクートにはいなかった訳ですし……」

 上口先が尖り鋭角なヒレを持つ水色の魚型融合獣が女性に言う。

「そうだよ。トリスがエリヌセウスにいたら、俺んちでのホームステイもなかった訳だし……」

はねのある短い蜜金髪、中間肌、すらりとした体型、菫色の眼の青年が女性に言った。青年の妹が呆れつつも笑って返す。

「兄さん、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ。トリスの友達がエリヌセウスの女皇に選ばれるなんてねー……」

「まぁな。エクートは共和制だからな」

 節のある殻に覆われた体は棒のように縦長で尾先が重ねた木っ葉状で枝のような足が八本に対し両前脚はハサミのようになっており大きく、長い触覚は体よりも長くて十三ジルクの体よりもあり、触覚の下の眼はつぶらな萌黄色の眼で体は金茶色、両手のハサミに萌黄色の契合石が二つ持つ深流族の融合獣が青年の妹に言った。

 女性はジュナの二学年上のトリスティス=プレジットで、融合獣はソーダーズ。トリスティスは世界の西南に位置するポセドニア大陸の国生まれであるが、父がエリヌセウスで商売することになって移籍し、ジュナやエルニオや羅夢と出会った。エリヌセウス上級学院卒業後は父の店で働きながら父のレストランを継ぐためにエクート共和国に留学し、ヒアルト一家の家にホームステイしていた。

 ヒアルトとは恋仲になるも、どっちかといえば、ヒアルトの妹フローリアと親しくなってしまったが。

「すまねぇがトリス。昼飯作ってくれねぇかな?」

 ヒアルト兄妹の父がトリスティスに尋ねてきた。

「はーい。それで何がいいですか?」


 エリヌセウス皇国のエルネシア皇族領区内にあるローメル寺院。鐘のある塔にステンドグラスの天使と女神が特徴的なこの寺院は国の重要文化財に指定されており、建国から一五〇以上年経った今でもその美しさは色あせていない。青い屋根は清廉、白い壁は純潔を現しているという。

 ローメル寺院のホールには中心に白い三角帽と白いマント、紫の僧服を着た大僧正が

おり、寺院の中は外と違い黒い光沢石の床と壁、ホールの横長椅子にはエリヌセウス各地の貴族や地方主、政治家などが座っていた。

 ジュナは緊張しながらも、昨日まで行(おこな)った数日感の練習を思い出して、大僧正の前に膝まづいて、大僧正がジュナに王冠を被せる。

 王冠は十二ヶ月の誕生石がついた金細工で更に赤いバーベッタを張っていた。

 ジュナは王冠をかぶると立ち上がって、振り向いた。ホールの席には母と兄、ラグドラグとペガシオルも座っていた。

「ジュナ女皇、万歳!!」

 寺院にいた者が声を揃えて上げる。

 ジュナは寺院を出て門の前で戴冠式を見に来た街の住民やテレビクルー、記者などの人物に演説する。背筋を伸ばして顎を引き目を見据えて口を開く。

「エリヌセウス国民の皆様。わたしがエリヌセウス女皇となったジュナ=メイヨーです。

 皆様、今日はわたしの戴冠式に来てくださってありがとうございます」

 一般人もテレビクルーも記者も、ジュナ女皇の態度を見て耳を傾ける。

「……わたしは貴族でも資産家の生まれでもない一般人の娘でした。朝起きて学校に行き、勉強をして友達と遊んだり、家で掃除や洗濯をし、休みの日にはくつろいだりする――。そんな女の子でした」

 ジュナの演説を聞いて、戴冠式の見学者たちは沈黙する。

「わたしは学校に行ったりする平穏の他、多くの経験を目にし耳にし、身にしみ合わせて今に至ります。

 幼い時に住んでいた国に戦争が起こって兄が行方不明となり、エリヌセウスに来る前に父がエネルギー工場の事故で亡くなり、エリヌセウスに来てからも、出会いや別れ、多くの融合獣や適応者と関わり、学校では友人たちが進路を目指している時に、わたしだけが行き詰まっている時に、このような運命が訪れました」

 ジュナは自分の今日までのいきさつを心に込めて国民に伝える。その様子は電波や回線を通じてエリヌセウス各地や国外に映し出されて送れられる。今はエリヌセウスにいないエルニオ、羅夢、トリスティスにも伝わってくる。

「――わたしがここまでこれたのは、家族や皇室仕えの人たち、学校時代の友人や親戚、わたしを応援してくれた人たちのおかげです。自分一人では何にもなれなかったけれど、これだけは言えます。

 わたしはエリヌセウスの人々やエリヌセウスに関わる国の人々、そしてもうすぐ開通される星外の交流のために働きたいと思います。

 それが女皇になったわたしとしての役目と義務です」

 ジュナの演説を聞いて、見学者の国民の一人が拍手する。続いてもう一人、また一人と拍手の音が鳴り響く。

「ジュナ女皇、万歳!!」

「新しいエリヌセウスに万歳!!」

 国民はジュナを称える。寺院の中ではジュナの演説する様子を目にした母は涙ぐみ、兄も胸をなでおろし、ラグドラグとペガシオルも頷く。

「国の者たちはジュナ陛下を信じ、未来を委ねてくれるでしょう」

 キュイン宰相がジュナの母と兄に言った。


 戴冠式から十数日後のある朝……。

 ジュナに仕える侍女がジュナを起こして寝衣から普段用のドレスに着替えるためにジュナの寝室を訪れる。

「女皇陛下。お早うございます。お召換えの時間でございます」

 侍女がドアをノックすると、ジュナの声が聞こえない。

「陛下? 熟睡なさっているのですか?」

 侍女は問いかけるがジュナの声がしない。

「まさか……」

 そう思った侍女はもしものために合鍵を使って中には入り、観音開きの扉を押し出す。

 女皇となったジュナは書斎と寝室と客間を与えられて、寝室はゆうに八畳もあり、立派な装飾の柱と窓枠とドア、壁はベージュに金の蔓模様、床は赤茶色の大理石、窓には赤紫の長いカーテン、部屋の真ん中最寄りには緋色の天蓋付きベッドが置かれており、ベッドは絹(キルス)素材の枕とシーツ、高級亜麻(リルネ)のブランケット。だが、ベッドにいる筈のジュナの姿がない。

「へ、陛下がまたいなくなった!!」

 侍女は大声を出して、その声で他の侍女や執事が駆けつける。

「どうなさいましたか!?」

「陛下がまた逃げ出したのです! これで三度目です!」

「ええ!?」


 エリヌセウス皇宮の周囲は多くのビルや富裕者の住む屋敷が多く、ここの出勤者や出入りする通行人に混じって一人の少女が街中を駆けていった。

 白いカプリーヌ帽に青い縁どりの白いキャミソールチュニック、カーキの七分丈パンツに黒いストラップサンダル、肩には青いショルダーバッグ。肌は中間肌で髪を帽子の中にまとめていた。

 エリヌセウスは今は夏の真っ盛りで、山の近くにある内陸国とはいえ、風の流れがよく、風が熱気を和らげてくれるのだ。

 少女は街中で筒間列車(チューブライン)の駅を見つけると階段を昇って、勤め人や他所へ出かける者と共に駅のホームへ入っていく。

 筒間列車(チューブライン)の白とオレンジの車体の列車が入ってくると、中に乗り込み南へ向かっていった。

 今は朝のため、多くの乗客が立っていることが多かったが、少女は気にしてはいなかった。車内のテレビモニターがニュース番組からキュイン宰相の顔に変わる。

『エリヌセウス皇国皇族領区に住まう皆様、キュインです。本日、我が国の女皇、ジュナ様が三度目の脱走をいたしました。

 国民の皆様、ジュナ様を見かけたら、皇室警備隊にお知らせください』

 その報道を聞いて列車に乗っていた客の何人かが呟く。

「女皇が脱走? ありえねー」

「女皇陛下が私たちと同じ場所にいるなんて冗談でしょ」

 クスクス笑う声が少女の耳に入るが、少女は黙り、目的のラガン五番区駅に着くと、急いで降りた。しかし――。

「キャッ」

 列車から降りる時につまづいて帽子が脱げてセミロングの褐色の髪と金の双眸があらわになる。

「あっ、女皇陛下だ!」

「本当だ、何故ここに!?」

 他の乗客に自分のお忍び姿を見られたジュナは帽子をかぶり直して駅から逃げ出した。

 皇宮ではキュイン宰相が頭を抱えて、皇母となったジュナの母がクスクス笑う。

「やれやれ、戴冠式の時は何だったのか……」

「ジュナもまだ友達付き合いがしたいのよ。今日も許してやって頂戴」

 ジュナは住宅街で国民に追われつつも、ダイナとラヴィエのいる公園へ向かっていった。

 ジュナは女皇としてはまだ始まったばかりであったが、ジュナ=メイヨー個人としてはまだまだ続いていた。

「ダイナ、ラヴィエ、ひっさしぶりー!!」

 ジュナは公園の憩い馬で待っていたふたりの友人の姿を見て叫んだ。


〈フューザーソルジャーズ・完〉