2弾・7話 再会、そして襲撃


 クリスタルアークル造りの建物、エリヌセウス上級学院から、ぞろぞろと笠をさして帰る生徒たちが出てきた。梅雨前線がエルネシア地方とその周辺に入り、三日前から雨の降る日が続いていた。空はくすんだ灰色に染まり、雨が渇いた土や天然瀝青の道路を濡らす。木々や草は雨露が葉や花をつたって地に落ちる。浅いお椀状のエリヌセウス上級学院の敷地は雨水を地下水路に流すように造られており、水で埋まることはなかった。学校生たちは各々の色とりどりの傘を広げ、それぞれの家や塾に向かっていく。上から見ると、極彩色のあめ玉がいくつも転がっているようである。その中に三つ並んで学校の敷地から出ようとする傘があった。



紅いマドラスチェックの笠はダイナ、青い海の生き物プリントの傘はラヴィエ、黄色地にオレンジの水玉はジュナの傘。今日はダイナもラヴィエも委員会もクラブもないため、三人で途中まで帰ることになったのだ。

 雨の街というのは、あまり人が外出していない。みんな家にいるか、傘をさして家を出る人がいる位なものだ。住宅街も商店街も外出している人は少ない。せいぜい習い事に行くか出前でレインコートを着て浮遊(フロート)原付車(スクーター)に乗っている店員や新聞配達、買い物にしに来た人だけ。ラザン区六番街のライナー駅に着くと、ジュナはラヴィエとダイナと別れた。巨大なチューブを走るライナーはチューブ内を走るため、雨や雪に濡れることは決していない。上にホーム、下に階段の出入り口とエレベーターと歩道のある駅でラヴィエとダイナは傘を閉じて、ジュナと別れた。

「バイバイ、ジュナ」

「またね」

「うん、また学校でね」

 二人が明るい白光で照らされた構内に入っていくまで、ジュナは二人を見送った。そして二人を完全に見送ると、きびすを返して学校の方向へと変える。空の上では雨が降る他、ライナーがチューブを走り、浮遊車がジュナの上空七ゼタン(一四メートル)を走っていた。このまま家に帰ればいいものをジュナはこの日は学校の方向へと戻り、ピーメン川にかかる橋を渡って、ジラン区に入っていった。ピーメン川は雨による増水のため、流れが激しかったが、あふれる心配はなかった。

 その荒れ地の中に一軒の立派な建物があった。六十全辺(二四〇坪)はありそうな敷地には長い黒い柵、三階建ての赤い切り妻屋根の屋敷に庭園にはいくつものの種類の花が植えられた花壇やシーソーやジャングルジムなどの遊具、それから小さな小屋は兎(ラヴィーニ)や家禽を飼うための飼育小屋。そして門前に黒地に看板には金の文字で『集いの家』と書かれていた。


『集いの家』――。ここは身寄りのない子供たちを収容する施設で、ジュナが融合闘士(フューザーソルジャー)として初めて活躍した場所である。

「わたしの知らない間に立派になったんだなぁ」

 ジュナが初めて『集いの家』を目にした時は小さくておんぼろだった。そしてジュナとはわずか八日であったが同級生の女の子が住んでいた。『集いの家』からは子供たちの笑い声やおしゃべりする声が聞こえてくる。その時、門が開いて中から黒い傘をさした男の人が出てきた。

「君は……誰かね?」

 その男の人は細身に仕立てのいいビリジアンのスーツ、灰色の髪とひげを持っていた。男の人に訊かれてジュナは驚いたが、すぐに返答した。

「ああ、あ、あたしは別に決して怪しい者じゃありませんっ。ただ、同級生がここに住んでいてどうしているのかなー……って」

 合っているのか合っていないのかいえぬ言い訳をしながら、ジュナは答えた。

「同級生? 君、どこの学校かね?」

「え、エルネシア上級学院普通科……」

 ジュナの在学名を聞くと、男の人は何か気づいたような顔をすると、ジュナに言った。

「もしかしてケティ・ホーマーの同級生かね?」

「はい、そうです! ケティ・ホーマーです!」

ジュナは男の人と中に入り、立派な高級布地のソファとテーブルのある応接間に案内された。男の人は『集いの家』の院長先生で、ジュナと向かい合って香料入りの甘いランダの花茶を飲んだ。

 院長先生の話によると、ケティは銀行強盗が集いの家に逃げ込んだ時の事件の数時間後、カルツェン地方に住む母親が飛んでやって来て、ケティの身を案じて現在の夫、カルツェン公爵の元に引き取られ、ケティの頼みもあってカルツェン公のおかげで『集いの家』は大幅改装され、食べ物も服も寝具も学用品もカルツェン公の支援のおかげで充分にあるという。

「……ケティが急に転校したのにはびっくりしました。わたし、あの子と友達になりたかった」

 ジュナは院長からあの日の後日談を聞いて、カップをソーサーに戻した。

「ケティは現在、カルツェン公の邸でお母さんと新しいお父さんのカルツェン公、その二人の間に生まれた弟と妹と暮らしていてカルツェン公はケティを我が子同等にかわいがり、弟や妹もケティに甘えているそうだよ」

 院長先生はケティの現在状況をジュナに話すと、ジュナは表情を明るくした。

「それは……良かったですね」

「ジュナくん、君の学校の修了式はいつかね?」

 院長先生が訊いてきたので、ジュナは不思議そうに思って答えた。

「今月の三十二日、ちょうど終わりの日ですが何か?」

「ああ、実はというとね、六月二十三日の海曜日にケティがここを訪問することになってね、ジュナくんがケティに会いたいと言っているんなら、是非来てもらいたいと……」

「えっ、来るんですか? ケティが? ここに?」

 院長先生の言葉を聞いて、ジュナは立ち上がった。

あ、ああ。できれば調理や準備のボランティアとして参加してほしいんだ。ボランティアだからお金は当然出ないが、ドリンク類ぐらいなら……」

 ジュナは一も二もなく真っすぐに答えた。

「出ます! やります! ケティに会えるのなら!」


 その頃、アルイヴィーナの某所にあるダンケルカイザランとの司令室。巨大な台形状の部屋に高中低の床、最高位の床にはスクリーンがあり、壁にはいくつものモニター、その最低位の床には一人の巨漢がいた。

 一ゼタン(二メートル)はありそうな背丈、逆三角形の体型、むき出しの二の腕鍛えた筋肉、短く刈ったボルドーレッドの髪、四角い顔には赤黒いバイザーと一文字の口、浅黒い肌に古代紫の服、両腕には古代紫のカバー、黒いズボンと茶色のブーツ。最高位のスクリーンには人型のシルエット。そのシルエットから巨漢への命令が下された。

「マレゲールよ、お前に任務を与える。兵士を集めるために孤児を回収して来い」

「……了解」

 マレゲールという名の巨漢幹部は野太い声を一言出して、司令室を去っていった。


 2

『という訳で、集いの家に来てね』

 ジュナは携帯電話で三人の仲間にメールを送った。空の見える天井のある部屋がジュナの部屋。机やクローゼット、ベッドや本棚やぬいぐるみなどのインテリアがあり、ジュナはベッドに寝転がり、ラグドラグは小型テレビモニターでお笑い番組を見ていた。部屋のクリスタルアークルの天井からは瑠璃の空に星々。

「おい、ジュナ。本当にボランティアに行くのかよ」

 ラグドラグはテレビを見ながらジュナに訊いた。

「うん、行くよ。ラグドラグも一緒にね」

 ジュナはベッドから起き上がると、机に移動し、ミニコンピューターを開いて今日の宿題をやり始めた。

「お前はボランティアで役に立ちたいつーか、どう考えてもケティって子目当てだろ? ほんの少ししかお前と一緒のクラスメートだった人間が覚えているか、っつーの」

「でもわたし、ケティと友達になりかたかったんだもん。……ラグドラグと出会った日の時から」

 ジュナはタンタンとキーを叩きながら言った。

「その後、ケティは転校しちまった。ジュナが仲良くなろうとした次の日に」

「……」

「もう二ヶ月前だぞ? 期待しない方がいいぞ。人間の記憶なんて、生きている最中に所どころ破けるものなんだ。お前も兄貴がいなくなってから、何年も忘れていたんだろ?」

「そりゃあ、そうだけど……」

「それに孤児から貴族令嬢になって、性格変わっているかもしれねぇぞ」

 ラグドラグの言っていることは正しい。ジュナが覚えていてもケティが覚えていなかったりする可能性がある。本やデータチップのように生き物の記憶とうのはいつまでもとっておけないものだということを。ラグドラグは二〇〇年も生きていて、生身の生体部品よりも優れている人工生命体で丈夫で機械が少し入っている。但し、融合獣になった時の最初の記憶はないのだが。

「――ラグドラグは自分の家族とか友達は覚えているの?」

 ジュナが訊いてきたのでラグドラグは咳払いをして答える。

「ああ、覚えているさ。でも、二〇〇年前の戦争の時までだ。もうその間に親も兄弟も友人も亡くなって……」

 しかしこう付け加える。

「もう終わったことだ。過去に浸るくらいなら、今や未来を大事にするさ」

「そっか……」

 ジュナはミニコンを終了させると部屋を出て、バスルームに行った。

 それからジュナはケティと会える日を指折り数えたり、カレンダーを見ながら待ち続けた。

 そして六月二十三日、海曜日。この日は学校のない休日で天気は晴れ、空は雲のない碧空と白金の太陽が見上げられ、寒すぎでも暑すぎでもないちょうどいい気温であった。ただ梅雨の期間でちょっとじめじめしている。

 ジュナはいつもの休日と違って学校のある日と同じように起きて、サーモンピンクのリボン付きチュニックとレース付きの黒いアンダーキャミソールと藤紫のハーフパンツを着、素足に黒い足首リボン付きサブリナシューズ、肩にミニショルダーをかけ、ラグドラグと共に『集いの家』に向かった。『集いの家』の門前に着くと、当然おなじみの三組、エルニオ&ツァリーナ、トリスティス&ソーダーズ、羅夢&ジュビルムがいた。三人とも涼しげな服を着ており、エルニオは白い薄手のブルゾンと黒い中シャツの青緑のハーフパンツ、羅夢は緑の木の葉模様の和衣と黄色の帯、トリスティスは黄色のノースリーブブラウスと灰色のボックスプリーツスカートと紺のリボン付きレギンスである。

「みんな、お待たせー!」

 ジュナはみんなに元気よくみんなに言った。

「これで全員そろったわね」

 トリスティスが携帯用の防水金属の水筒のドリンクを飲みながら言った。

「本当はアウローラ号のメンテをしたかったんだけどなぁ……」

「そんなこと言っちゃだめよ。ジュナがどうしてもみんなに会わせたい人がいるからって紹介してくれるのよ」

 ツァリーナがエルニオに言った。その時、建物の中から『集いの家』の院長先生が出てきた。院長先生は夏用の薄手のスラックスに半袖シャツと赤と金のネクタイをつけている。

「やあ、君たち、よく来てくれたねぇ」

 院長先生が来ると、ジュナと融合獣たちは横一列に並ぶ。

「おはようございます、院長先生」

 ジュナは笑いながら、あいさつした。

「今日一日、よろしく頼むよ」

「はいっ」

 みんなは一斉よく返事した。

 新・集いの家内の廊下は白い壁に丸窓、床はフローリング、扉も縦六マスの綺麗な飾りが施され、二階は孤児たちの部屋が一部屋に一人から三人住めるようになっており、一階は院長室や応接室や食堂、プレイルームや風呂場などの生活に関連する部屋で、ジュナたちはおもちゃや絵本やピアノが置いてある大広間、プレイルームで本日のボランティアとして紹介された。プレイルームは奥にぬいぐるみや汽車の乗り物や絵本の本棚、その反対側の壁には大型電子ピアノが置いてある。ジュナたちはピアノの横に並ばされ、院の子供たちが体育座りでこっちを見ている。

「このお兄さんとお姉さんたちが今日みんなの世話をしてあげたり、遊んでくれるボランティアさん達です。みんな、よろしく」

 院長先生がみんなを紹介し、その後はラグドラグ達融合獣は子供たちの遊び相手、羅夢とエルニオは食堂でた医師が来るパーティーの準備を手伝い、ジュナとトリスティスは台所でパーティー料理を作る手伝いに参加した。

「あででで! しっぽと羽はやめろ!」

「私に乗るのは一人ずつよぉ」

「ふえーん、手足がちぎれますぅ」

「こんなに乗らないで……。ぐええええ」

 ラグドラグもツァリーナもジュビルムもソーダーズも幼い子供たちのおもちゃにされたり乗っけられたりして悪戦苦闘を強いられた。

「院長さん、このテーブルの花瓶は黄色の花がいいじゃないですか?」

「テーブルクロスが足りないですよ」

 食堂の飾りつけ担当の羅夢とエルニオは六人一組の机を三列三行に並べ、院長や男の先生たちとテーブルクロスをかけたり、花を持ってきたりと大忙し。

「トリスティスさん、包丁さばき上手ね」

「ええ、家はレストランなんです」

 トリスティスは調理担当の先生と、ジュナは鍋やボウルなどの器具洗いをまかされた。

 そして大使ケティがやってくる八時半までにパーティーの支度は終わり、孤児院の子供たちや先生たち、ジュナ一行は院の庭園でケティ一行が来るのを待った。

「お、来たぞ」

 エルニオが空を見上げて言い、真上からカルツェン公家の中型機動船が降りてきた。カルツェン公家機動船は丸みを帯びた四角で横から見ると端を斜め切にした長方形で大きさはアウローラ号より二まわり大きく、色はアイアンブルーのボディに白い三本線のディティルが入っている。機動船の横からハッチが縦に開き、赤いカーペットが転がって来て院の入り口まで広がり、機動船の中から白と黒の軍服を着た青年と白いエプロンとえんじ色のワンピースを着た若いメイドと共にケティが降りて来たのだ。

(えっ……。あれがケティ……!?)

 二ヶ月前とは違い、ケティは髪を長くのばして左寄せのサイドポニーにしており、フリルやレースやリボンのデコレーションが施されたクリーム色のドレスをまとい、両手には薄いレースの手袋、靴も滑らかな高級天然繊維の黄色い靴を履いている。

「みなさん、ごきげんよう」 

 ケティは品のある甲高い声を出して、院長先生や孤児院のみんなにあいさつした。

「ケティねえちゃーん」

「久しぶりだね、会いたかったよ」

 孤児院の子供たちはケティに群がって来て、ケティに飛びついてきた。

「シュビン、フラップ、元気みたいね。カルディ、大きくなったんじゃないの?」

 ケティもみんなの顔を見て名前を呼んだりしている。ジュナが黙って見ているのを見て、トリスティスが訊いてきた。

「あれ、ジュナ。行かないの? かつての同級生が来てんのに……」

「おい、トリスティス。ジュナはその……何て言おうか考えているんだよ」

 ラグドラグが言ったので、トリスティスは「あ」と口をつぐんだ。

 孤児院の食堂には壁や窓は色紙を輪にしてつなげた飾りや『ケティ、いらっしゃい』の天幕、細やかな花柄や水玉のテーブルクロス、白い花瓶にカラフルな青や黄色やピンクの花が挿され、テーブルの上には大きな器に入った野菜や加工肉の汁もの、数種のサラダ、野菜や果物を挟んだホールダー、四色米の酢に混ぜて卵焼きや生の魚介類を入れた和料理、唐揚げ、盛り果物、デザートもハートや星にくり抜いた果物を浮かべ色つき炭酸ドリンクのパンチ、マーブル柄や動物型のクラック(クッキー)、そして極めつけは二段重ねの巨大なアメルモグフェで白とピンクのクレメとストベやラズベや削ったココンをトッピングしている。ケティとおつきは中央のテーブルに孤児たちはケティの近く、そしてジュナたちは左側の末席であった。

「それでは、乾杯!!」

 院長先生の堅苦しいあいさつが終わると、みんな果実茶や果汁水、ミルヒェンで乾杯し、楽しい会食が始まった。

「うほー! うめーっ!」

 ラグドラグはホールだ―をほおばって叫ぶ。

「姉さんの作った料理、旨いっすね」

「ありがと、ソーダーズ」

 ソーダーズが真っ赤なテトマの旨汁をほめて、トリスティスは寿司をつまむ。

「羅夢、サラダのジャネポのやつとって〜」

「うん、今、わたしのくんせい魚を取ってから……」

 羅夢は魚のくんせいサラダを盛りながらジュビルムに返事。

「これ、おいしいわね」

「うん。他にもあるよ」

 盛り果物をほおばるツァリーナとエルニオ、そしてジュナはぽそぽそとごちそうを食べながら、ケティを見つめる。院の幼なじみや後輩の子たちと戯れるケティを見て、話したいけどタイミングがつかめないでいた。

「……ジュナ、話しかけてこいよ。今日しかねーんだろ?」

「う……でも……」

 ラグドラグに後押しされるものの、ジュナはためらう。その時、エルニオと羅夢とトリスティスがジュナの肩と手を持ち、ケティの近くへ連れていった。

「え、あの、ちょっと」

「言ってきなよ、さあさあ」

 三人に後押しされて、ジュナはケティの近くの前にやって来た。改めてケティを見つめると、暖方種族(バルカロイド)如くのハリのある浅黒い肌とつやのある髪、切れ長の目にすっきりした鼻と口、少し大きめの背ときらびやかな服とは違い、あまり変わっていないな、とジュナは思った。

「あ、あのっ」

 ジュナは緊張のあまり、ケティに大きな声で問いかけ、ジュナの声でケティが振り向いた。ジュナは顔が堅いままケティに言うべきことを言った。

「ケティ、わたし、二ヶ月前まであなたと同級生だったジュナ・メイヨーよ。わたし、転校してきた日、みんなに質問攻めされて困っている時、ケティが止めてくれたよね。クラスのみんなは『ケティは危ない』って言っていたけど、わたしはケティが『集いの家』では小さい子の面倒を見てて、苦労背負ってきたってわかっているから! クラスのみんなに伝えたかったけど、ケティは転校してしまった。先生は『もういない人のこと言っても難しい』って言っていたけど、わたしはケティが優しい人だって、わかっているから!!」

 融合獣も適応者仲間も院長先生も先生方も子供たちもジュナの台詞を聞いて、目を丸くしてあ然としていた。

「……ジュナ、ストレートすぎるだろ……」

 ラグドラグが右手で顔を押さえる。そしてジュナは最も言いたい本心を伝えた。

「ケティ、わたしと友達になってください!!」

「オォウ……」

 誰かがジュナの台詞を聞いて呻った。だがケティはジュナの顔を見て、眉を寄せてジュナに言った。

「あなた、誰? そんなことを言われても、わたし、あなたのこと覚えていないどころか知らない。知らない人に友達になってくれって言われても……」

 ジュナはケティの言葉を聞いて、衝撃を受けた。ガラスのハートの塊が一気に砕けたような感情だった。その後は一気に深い谷底に落されたような気持になり、ジュナはいつの間にか飛び出していった。

「ジュナっ!!」

「ジュナさん!!」

 ラグドラグ達が飛び出していったジュナを追い掛けていった。様子を見ていた院長先生がケティに言った。

「ケティ……、君はジュナさんを……かつての同級生のことを知らない……のかね?」

 ケティは悪びれる様子もない、というよりは無感情無表情に返した。

「わたしは本当に知らないんです。ジュナという子のことは。もしかしたら記憶に必要のない人間だったのかもしれません」

 ケティから悪気はないとはないとはいえ、ショックな一言を言われたジュナは『集いの家』を飛び出して、ピーメン川のほとりにうずくまっていた。

「ジュナ、俺の言っていたことが本当になっちまって……あの、その……すまん……」

 ラグドラグが後ろから声をかけたが、ジュナは声を上げずに泣く一方。

「ラグドラグ、君のせいじゃないよ。むしろそう言う方がジュナを悲しくさせるから、そっとおいてしておこう」

 エルニオがラグドラグに言った。

「それよりも『集いの家』に戻った方がいいのかしら?」

「そうですよねぇ、トリスティスさん。片付けもわかれのあいさつもしていないし……」

 トリスティスと羅夢が言い合っていると、東の空から聞き慣れぬエンジン音がわずかだが聞こえてきた。一般的な機動船や浮遊車のエンジン音ではない。まるで岩山か町が崩れるような……。空には濃紺の中型機動船が『集いの家』の方角に向かっていくのを、羅夢とトリスティスは見た。そしてジュナを除いたメンバーは悪寒を感じた。

「このやばい気配は……、奴らだ……。ダンケルカイザラント……」

 ラグドラグがジュナに言った。ジュナは泣くのをやめ、泣きはらした目でラグドラグを見た。そしてラグドラグが叫ぶ。

「みんな、『集いの家』に戻るぞ! あそこが危ねえ!!」

 3

 一行は『集いの家』に引き返し、その有様を目のあたりにした。

 庭園や花壇がつぶされ、飼育小屋や建物の壁や屋根が砕かれ、院長先生や先生方、ケティの付き人が手足にケガを負い、建物内のプレイルームに倒れていた。

「しっかり!」

 エルニオが院長に駆け寄り、声をかけた。

「一体何が? 子供たちは?」

 エルニオが訊ねると、院長先生はかすれた声で数分前の出来事をみんなに話した。

「き……君たちが出ていったあと……突如、マレゲールという大男が十人の武装した仲間を引き連れ、子供たちを力づくで連れ去った……」

「!!」

 院長先生の話を聞いて、みんなは呆然した。

「一体どうして……? 何のために……?」

 ジュナが漏らすと院長先生は言い続ける。

「ダンケルカイザラントの……兵士にするためだ……。マレゲールという大男がそう言っていた……。真の理想郷現実化のために……」

「そんな……」

 院長先生の言葉を聞いて、ジュナはさっきとは違ったショックを受けた。

「そ、そうだ、ケティは? ケティはどこ……」

 ジュナが呟くと、院長先生が答える。

「ケティも……連れ去られた……。奴らは……。機動船は……ここから南東……国境を越えていったと思われる……」

 そう言い終えると、院長先生は意識を失った。


 それから十分後、警察と救助隊が来て、ケガ人たちを回収し、院長先生たちは病院へと運ばれた。濃い青の制服を着た警官たちは『集いの家』の現場検証をしている。

 空を見てみると、すでに空は琥珀色で日は西に夜になろうとしていた。そして一行は一旦帰ろうとしたが、ジュナが自分たちの学校の近くを通った時、うつむいていたジュナが顔を上げた。

「――わたし、ケティを助けに行く。今ここで立ち止まったら、一生悔いが残る」

 ジュナは真顔で涙を流さず、みんなに言った。

「ジュナさん、マジですか……」

 羅夢が一度びっくりしたが、ラグドラグが首を振る。

「ジュナは……本気だ。警官や軍が助けられぬのなら、自分でやると」

 ジュナの決意を聞いたエルニオ&ツァリーナ、トリスティス&ソーダーズ、ジュビルムもジュナに賛同した。

「ジュナは助けたいんだよね、ケティを」

「ふふっ、頑固ね」

「この間の仮、返してあげるよ」

「そうっすね」

「私も手伝いますぅ」

 羅夢もためらったが、頷いた。そしてラグドラグが言う。

「そんじゃー、行くぜ。奴らを追いに!!」

 そして、運命の序曲が始まる――。