ジュナたちエリヌセウス皇国の融合適応者がエリヌセウス上級学院に戻ってから二十日が経った。十二月二十四日の聖夜祭も秋学期の終業式も過ぎていき、学校は冬季休みに入り、十二日間家で過ごす。 ジュナや仲間たちの家では年明け前の煤払い、つまり大掃除を行い、ジュナもレシルもラグドラグもペガシオルも母も家の大掃除に励んでいた。窓ふき、床磨き、不用品の処分、庭の草むしりとみんなでやったおかげで家の中はピカピカになった。 その後は年越しの縁起のいい食べ物、フェリチェスタという麺を食べて過ごす。フェリチェスタという麺料理は麦粉に四色豆を粉にした物で色付けして茹でで、肉のソースや香草のソースなどをつけて食べ、麦は豊穣、豆は長寿を意味するので縁起が良いといわれエリヌセウス建国以前からガイアデス大陸の大方で食べられていた。 フェリチェスタで年の瀬の晩食を終えると、ジュナもレシルも自分の部屋に戻って車輪付きのトランクに数日分の着替えと歯磨きセットや洗顔料、学校の冬休みの宿題のテキストデータチップとミニコンピューターやゲーム機、コミックスや小説の本を入れて準備をする。 ジュナ一家は年末のこの日と年始の五日間は母の故郷であるエルサワ諸島で帰省し、祖父母や伯母や従兄弟たちに顔を合わせることになった。特にレシルが生きていたことにはみんな驚いて喜ぶだろう。 十二月三十二日、エリヌセウス皇国北部と東部はしんしんと雪は降っているが、猛吹雪の心配はなさそうだった。ジュナ一家は早朝に家を出て皇族領区の中にある空港へ向かい、アクサレス公国エルサワ諸島行きの機動船に乗り込んで。降雪の中四枚の翅のような飛翼を持つ白地に青いラインの機体の機動船は雪空を舞う雪虫のようだった。 エリヌセウス皇国を出発してから四ドマノルクロ(時間)に機動船は青い海上に八つの島が浮かぶエルサワ諸島に到着し、エルサワ諸島はエリヌセウスより北の域に属しているが雪は降っておらず、そのため漁船や島を巡る定期船が海上を渡っていた。 エルサワ諸島は細長の島と丸みを帯びた島が四つずつあり、機動船はその一ヶ所の一番大きな島の一部を空港にした場所は緑の中に灰色の瀝青と白い白線で覆われていた。 ジュナ一家は空港内のターミナルを歩いていると、一人の黒い服をまとった老執事が『メイヨー一家』というアリゼウム語で書かれた厚紙を持っていた。 「セイジャ様たちですね。お迎えに参りました」 老執事はセイジャに声をかける。 「ありがとう、出迎えてくれて。他の人は?」 母が老執事に訊ねると、老執事の後ろから若い男の執事が二人現れて、母やジュナやレシルのトランクを持ってくれた。 「お久しぶりです。ジュナお嬢様とラグドラグ様。おや、そこの二人は?」 老執事がジュナの後ろにいる青年と融合獣に目を向ける。 「どうも。行方不明になっていたけど、帰ってきたレシル=メイヨーと融合獣ペガシオルです」 レシルは老執事にあいさつをし、ペガシオルも頭を下げる。 「あ、あなたがセイジャ様のご長男のレシル坊ちゃま……? こ、こんなに大きくなられて……。おじい様とおばあ様もさぞかしお喜びになるでしょう」 ジュナ一家は老執事に連れられて、多くの旅客や空港職員、機動船アテンダントの女性が行き交う空港を出て、エルネスティーネ子爵一家のいる第一諸島へ向かう定期船へ乗り込んでいった。 定期船はジュナ一家や子爵執事の他に第一諸島に帰る島の人々がいて男や女子供、老人が乗っており、席で寝ているか座っているか軽食を食べたりしていた。 空は冬のため日入りが早く碧空の空が赤みを帯びて西に日が淡い赤になって傾いていた。定期船は第三諸島を出て二十ノルクロ(一時間半弱)後に第一諸島の船着き場に到着した。 「うわっ、寒っ!」 ジュナは船を降りると冬の空気が素肌に触れるのを感じて思わず叫んだ。船着き場の周辺は砂浜と店や住宅の並ぶ町に家に帰る漁師や子供たちや買い物帰りの女性の姿が見られた。浜辺には海鳥が降りていたり、空を飛ぶ様子が見られた。 ジュナ一家は港町より上にあるエルネスティーネ邸へ向かい、白い壁に赤い屋根の真上から見ると半円に長方形を合わせた邸宅があった。九十全辺(三百六十坪)の地に果実をつける庭木や東屋や噴水もあるエルサワ諸島 領主の家である。 屋敷の中は二十代から五十代までの黒い燕尾服の執事、紺色のパフスリーブのワンピースに白いエプロンとヘッドフリルを身につけたメイドたちがジュナ一家を出迎えて、荷物を部屋に運んでくれた。 ジュナ一家は大広間に案内され、大広間は広々としており、天上に金色のシャンデリアがつり下がり、壁紙も美しく赤いバーベッタ(ベルベット)のじゅうたんが敷かれており、白いテーブルのかかった円卓がいくつかあり、円卓に合う背もたれ付きの椅子にはバーベッタのクッションが敷かれ、立派な服を着た老夫婦に中年の夫婦が二組、青年が一人、若い女性が二人、ジュナと歳の近い少年に十歳くらいの女の子がいた。それから背に翅をもつ蟲翅(こし)族の融合獣。 「おお、来たか。セイジャ、ジュナ」 上座の席に座っていたオールバックの白髪に金眼の老人がジュナ一家に目を向ける。 「お父様、お母様、姉さんたち。今来ましたわ」 母セイジャが大広間の人たちにあいさつをする。すると恰幅のよい群青の巻き毛に金眼の女性と青緑色の髪をストレートボブにした金眼の細身の女性が立ち上がって駆け寄る。 「セイジャ、よく来たわね」 「ジュナちゃん、大きくなったわね」 「バーシャ姉さん、カーシャ姉さん」 母セイジャの姉である二人の伯母が母とジュナにあいさつをする。 「お久しぶりです、伯母さん……」 ジュナは二人の伯母に返事をすると、祖父のエルネスティーネ子爵がジュナの後ろにいる青年を見て立ち上がる。 「お前、もしかしてレシルか?」 「まああ……、本当に生きていたのね……」 白髪の巻き毛に薄緑の眼の祖母がレシルを見て目を潤ませる。 「おじいちゃん、おばあちゃん、伯母さん、従兄妹たち、レシル=メイヨーです。十年近くぶりです……」 祖父母と伯母、伯母の夫と従兄妹たちも立ち上がってレシルに駆け寄る。 「き、君がセイジャの行方不明になっていた息子のレシルくんか?」 「いつの間にこんなに大きくなって……」 バーシャ伯母の夫であるジャーミルとカーシャ伯母の夫でルーベック共和国に住む宝石商のサリマン=パッキャーノがレシルを見て喜ぶ。カーシャ伯母の夫のサリマンは中肉中背の体格に黄土色の髪に赤紫色の眼に白い肌の寒方人種(ブレザロイド)で二人の娘ユーリンデとエガーテの父でもある。ジュナの父の供養期間には出られなかったが、今こうして実家の年始祝いに来ているのだ。ユーリンデは十七歳で青緑色のカールヘアに赤紫色の眼で母に似ており、エガーテは灰緑の髪をツインテールにしており金褐色の眼は父に似た面影の子である。 「本当にレシルなんだな! 十年近くも顔を合わせないでいたら、こんなにでっかくなってよぉ!」 バーシャの長男で二十二歳のアロジーノがレシルの背を叩く。アロジーノは薄茶色の髪に薄緑の眼の青年で後のエルサワ諸島の子爵になる。 「う、うん。アロジーノさんも元気そうで……」 するとバーシャ伯母の次男である藍色の髪に金眼の少年、ブルーヴがジュナに近づいてくる。 「あっ、ブルーヴ。これからよろしく……。ああ、この子か。ブルーヴと融合する融合獣って」 ジュナがブルーヴの近くにいる蟲翅族の融合獣を目にしてあいさつをする。ブルーヴの融合獣は銀灰色の体に節のある六つの脚に甲翅は藍色で透明な下翅に眼と背中の契合石が赤紫色で大きさは十二ジルク(一二〇センチ)である。 「あたし、ハイディニア。よろしく」 「俺はジュナと融合するラグドラグだ」 「僕はレシルと融合するペガシオル」 ラグドラグとペガシオルはハイディニアとあいさつする。 「ブルーヴくんも融合できるようになったんだよね。おめでとー」 ジュナがブルーヴに言うと、ブルーヴは小刻みに震えて言い返した。 「よくないよ。僕はハイディニアと融合できても、ダンケルカイザラントと戦おうと思っていたのに……。いつの間にかダンケルカイザラントはなくなっているし、僕の存在意義って……」 「えっ? そうだったの?」 ジュナはブルーヴの心境を聞いてキョトンとなった。一方でユーリンデ姉妹とバーシャ伯母の長女のハプサは様子を見つめていた。 エルネスティーネ家での年始祝いは楽しくて素晴らしかった。 朝も昼も夜も海の幸の盛り合わせやメヒーブの塊肉のローストや数種のサラダやネルド(?料理)、モグッフ(パン)も乳脂やジャムもたくさん盛られており、ジャーミル伯父とサリマン伯父と祖父は男同士で酒をたしなみ、子供たちは家でゲームやカルタをしながら楽しみ、家にいるのが飽きると散歩や第七諸島にある諸島内に一つだけの大百貨店に行って買い物をしたりと過ごしていた。 第七諸島にある大百貨店は漁村と森の間に建てられたベージュの壁にドーム型の三階建ての大きな店で、エルサワ諸島以外で採れる野菜や果物や穀物、お菓子や飲料、シンプルな安価からセレブリティブランドの衣服店、音楽データチップの店、食事処も五十はあり、東西南北各地の料理店や映画館も設置されている。他にも宝石店や自転車店、おもちゃ屋やなどが勢ぞろいしていた。 店内もセールで島の住民が買いに来ていたり、家にいる退屈しのぎのために来ていたり、ざわついていた。 ジュナ兄妹、パッキャーノ姉妹、アロジーノ兄弟も来ていたり、ユーリンデとハプサは衣服店や宝石店を見て回り、アロジーノは書店で暇つぶしの本を探して物色、エガーテはおもちゃを見たいがためにレシルとペガシオルがついていた。 ジュナとラグドラグ、ブルーヴとハイディニアはフードコート内の一角でドリンクを飲んで一息ついていた。フードコート内はカウンター席やテーブル席で食事をする島民といっぱいで賑やかだった。炒め飯や麺料理などの匂いや湯気が漂い、店員や客の声が響いてくる。 「エルサワ諸島にもこんな大きなお店があるなんて知らなかったなー」 ジュナは飲料ドリンクスタンドで買ったストベミルッヒ(いちご牛乳)をのみならずブルーヴに言った。 「まぁ、秋は亡くなったゼマン叔父さんの供養期間で三日しかいられなかったしな……」 ブルーヴは酸味のある乳酸ブルベを飲んで返事をした。ラグドラグとハイディニアも椅子に座ってドリンクを飲んでいた。 「そうだ、ジュナ。僕ね、初代子爵夫人がどういう人なのか調べたところで誰なのか分かったよ」 「え? どんな人なの……?」 「聞いて驚くなよ。初代子爵夫人はドミーナといって、二百年前にラドルという兄がいて戦争に行ったきり行方不明になっていた、という記述があったんだ」 「ドミーナ……? ラドル……? もしかして……」 ジュナは以前ブルーヴが見せてくれた初代子爵一家の肖像を思い出す。 「初代子爵夫人って……」 「そう、ラドル、今はラグドラグになっている彼の妹だったんだよ。そして僕やジュナはドミーナの子孫でラグドラグと血縁上のつながりがあったんだよ」 ブルーヴの話を聞いて、ラグドラグは何も言わず目を丸くしていた。 「わたしとあなたが融合したの、ってもしかしてドミーナって人が導いてくれたからなのかもね」 ジュナの言葉を聞いてラグドラグは口を開いた。 「そうなんだろうなぁ、きっと……」。まさかジュナと俺は心だけでなく遺伝子もつながっていたのには、今日まで気づかなかった……」 人間であるジュナと元は人間であり融合獣となったラドルことラグドラグ。 両者が融合したのは突然の宿命ではなく、二百年ぶりにお互いの遺伝子が呼びあせ合った運命だったことを今知った。 自分の妹が遺してくれた子孫のおかげで彼は家族を得ることが出来た。 ジュナとラグドラグ、いや全ての適応者と融合獣は"仲間"であり"家族"でもあることを抱き続けて……。 〈第六弾・完〉 |
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