5弾・9話 校内異変、羅夢覚醒


 トリスティスが超変化を遂げてから数日後、トリスティスは道中で合流したジュナ・エルニオ・羅夢に自分も超変化を遂げてダンケルカイザラントの刺客を倒したことを話した。

「トリスティスさんも超変化を成し遂げたんですか。おめでとーございます!」

 羅夢が両手を合わせて祝福した。

「いやぁ、光属性の融合闘士(フューザーソルジャー)とは全くやり合ったことはないし、超変化を遂げたら遂げたで、どっと疲れが出たんだから」

 トリスティスが超変化の後の反動の辛さを羅夢に語った。

「エルニオに続いてトリスさんもかぁ。羨ましいつぅか、負けられてない、つぅか」

 ジュナはトリスティスの話を聞いて複雑な気持ちになる。

「まぁ、もしかしたらジュナや羅夢も超変化を遂げるかもしれないし。

 だけど、僕の時と違ってトリスさんは超変化を遂げた。僕の時は一般人であるダイナを助けたがいために、トリスさんの場合は明日に対する思いで……。

 もしかしたら個人によって超変化のきっかけが異るのかもしれない」

 エルニオが深く考えて自分たちの超変化の理由を思い出す。

 四人は駅近くから住宅街、学校の通学路に入る頃には、同じエリセウス上級学院の生徒たちが男女学年人種問わず、ジュナたち四人をチラチラ見て、ジュナたちと目が合うと逃げるように避けた。

「……?」

 校舎に入る頃には出入り口で先に来ている学校生がジュナたちを見つめたり、二〜三人のグループがひそひそしだしたり、ジュナたちを見ると、不審人物を見たかのように小走りで去っていった。

「何なんだ、みんなして……」

 エルニオは他の学校生の様子を見て首をかしげるも、各々の教室へ向かっていった。


 四年普通科の教室。ジュナが教室に入ると、ダイナとラヴィエを除く同級生たちの様子がおかしかった。ジュナを見るとヒソヒソしだしたり、目をそむけてやりそびれた宿題をやり出す者もいた。

「おはよう……、ダイナ、ラヴィエ。みんな、どうしちゃったの?」

 ジュナが段状席に上がり、ダイナとラヴィエに尋ねてくる。

「あ、ジュナ。おはよう……」

「あたしやダイナも教室に来てみたらこんなに気まずい雰囲気になっていて……」

「どういうこと……?」

 その時、授業開始のチャイムが鳴ってみんな席に着き、担任のマードック=ケイン先生が教室に入ってくる。

「起立、礼、おはようございます」

 同級生たちは何事もなかったかのように朝礼をする。

「みんなおはよう。最近学校の生徒の電子掲示板によからぬ噂が漂っている。それを間に受けて噂になっている人物をよからぬと思ってしまうだろう。

 誰が立てた噂か知らないが、噂になっている人物とは関係ない。

 暴力や暴言、無視や陰口は当然、身に覚えのない噂も立派ないじめだ。最悪の場合、その人の命が絶たれてしまうこともあるんだからな。みんな、そのことを覚えておくように」

 朝のHRでマードック先生はみんなにそう言った。学校生の電子掲示板というのは、エリヌセウス上級学院の生徒だけが使える電子網(サイバネット)によるツールで、そこでは基本校内イベントの予告やクラブの大会の実績情報、他にも人気の菓子店や読まれている小説の話題も掲載されている。

 一時間目の外国史の授業が終わると、ダイナとラヴィエはジュナにミニコンピューターの電子掲示板の情報を見せた。校内電子掲示板はパスワードがなくても閲覧できるようになっていて、記入年月日と電子網(サイバネット)上でのハンドルネーム、書き込んだ内容が表示される。

「これを見て」

 ラヴィエが一つの書き込みに指を差す。


 200年11月16日(土)13:13:37 HN(ハンドルネーム):ミッコ

 今日の掃除の時間の終了に呼び出しがあったんだけど、誰か知ってる?


 200年11月16日(土)13:18:06 HN(ハンドルネーム):ポッポ

 四年普通科のダイナ=タビソとラヴィエ=ネックのお母さんだよ。友達と遊びに行った先でフューザーソルジャーに襲われたってさ。


 200年11月16日(土)13:25:02 HN(ハンドルネーム):チップ

 フューザーソルジャー? そういやあ融合獣と一緒に犯罪しまくっているのをフューザーリオターっていうんだよね? それでどうしたの?


 200年11月16日(土)13:32:11 HN(ハンドルネーム):カリン

 先週うちの学校の生徒会長もフューザーソルジャーに襲われたっていうウワサがあったよね。ダイナ=タビソの件と一緒のフューザーソルジャーかな?


 200年11月16日(土)13:38:27 HN(ハンドルネーム):ポッポ

 多分……そうだと思う。うちの学校もそんなにじゃないけど、いたはずだよ。フューザーソルジャーが。三か月前のフューザーソルジャーコロッセオに参加していたあの四人だよ。


 200年11月16日(土)13:40:32 HN(ハンドルネーム):チップ

 もしかして四年生のエルニオ=バディスとジュナ=メイヨーと六年生のトリスティス=プレジットと一年生のラム=ソウジュイン?

 あの四人がフューザーソルジャーなのは大会オンリーだと思っていた。


200年11月16日(土)13:43:23 HN:ミッコ

 あの四人、大会で変な奴らに襲われたために大会の優勝者はなしになったんだよね。

 生徒会長やダイナ=タビソを襲ったのも、大会の奴らの仲間なんだろうか?


200年11月16日(土)13:48:02 HN:カリン

だとしたら、フューザーソルジャーだけ狙えばいいのにね。一般人には大きな迷惑じゃない。巻き添えにするなっての。


「知らなかった……。学校の生徒用の掲示板なんて、全く見ないから……」

ジュナは電子掲示板の書き込みを見てつぶやく。しかもこの噂が始まったのはダイナとラヴィエの母が学校にやってきてジュナたちに苦情をふっかけてきた日だ。おそらく生徒の一人が偶然会議室で立ち聞きしたのがきっかけだろう。本名も素顔も隠すことの出来る電子掲示板で広めていったのかもしれない。掲示板の書き込みは次の日もその次の日もジュナたちに対する書き込みが延々と続いていた。

「とにかく気にすることはないよ。噂なんていつか忘れられるもんなんだから……」

「みんながどんな目でジュナたちを見ようと、ダイナと私はジュナの味方だよ」

 ダイナとラヴィエはジュナをはげます。

「うん、ありがと……」

 だけど、この日のジュナに対する同級生の目は温かいものではなかった。みんなジュナを見たあとにそっぽを向くかジュナと目が合ったら背けるという感じだったのだ。

 昼食時もみんな教室を出て別の場所へ行くかジュナたちよりも離れた席で昼食を採っている姿が見られた。

 そうこうしているうちに三時間目、四時間目、掃除の時間、帰りのHRと過ぎていき、みんな逃げるように教室を出ていった。

「ジュナ、このあと一人で帰れる?」

「うん……」

「良かった。じゃあ、またね……」

 ラヴィエとダイナも帰っていき、ジュナは校舎の出入り口でエルニオ・羅夢・トリスティスと出会う。四人は同時に校舎を出て、他の学校生の姿が見えなくなる場所までやってきた。

「ここまでくれば大丈夫かな……」

 エルニオが後ろを向いて周囲に他のエリヌセウス上級学院の生徒がいないか確かめる。

「もしかしてエルニオたちも見たの? 学校の電子掲示板」

 ジュナが尋ねると、エルニオ・羅夢・トリスティスも頷く。

「うん。何かみんなの様子がおかしくってね……。みんなチラ見するし」

「わたしなんか学校のトイレで、みんながわたしやジュナさんたちのことを言っていましたし……」

「私も、リーフとバリアが怪物を見たような目で見つめで何も言わずにいたし……」

 ジュナに限らずエルニオ・羅夢・トリスティスも同級生や他の学校生から陰口を叩かれたり目を背けられてたりと知ると、ジュナは本当にもっとエスカレートしたらどうなるんだろう、と思った。

 その時、元を弾く音色が聞こえてきて何事かとジュナが耳を傾けると、羅夢が懐から携帯電話を出した。羅夢の携帯電話の着信メロディだった。

「あ、すいません。わたし、上級学校に入ってからお稽古が増えちゃって……。今日は茶道の日だったのを思い出したんです」

「あぁ、何だ。じゃあ早く帰りなよ。稽古に遅れちゃうよ」

 ジュナがそう促してくれたので、羅夢は筒間列車(チューブライナー)の駅入口に入る。

「はい、それではまた……」

ジュナたちも各々の家に帰っていった。


エリヌセウス上級学院の東を真っ直ぐ行ったエルネシア地方の東部セラン区はライゴウ大陸からの移民・和仁族の居住区として設けられ、どこの家も店も白い漆喰の外壁に渋色の瓦屋根に木枠に紙を貼り付けた障子窓の家屋が多く、住民も帯で締める一枚衣を着ており、下の衣よりも厚手の羽織を着たり、二股の丈長の下履きを身につけたり、履物も植物の幹で作った下駄やつま先かかと出しの長靴を履いていた。

セラン区内の赤茶色屋根の和瓦屋根に白い漆喰の横長二階建て建物――大きな木の板で『宗樹院(そうじゅいん)織物処(おりものどころ)』(」)と墨字と和仁文字の看板を掲げた店が羅夢の家の反物屋で、色とりどりの布や帯、柄入りや紋様入りの和衣を売っており、羅夢の両親が営んでいた。

羅夢は学校から帰ってくると、普段着ている活用性と単色の和衣と膝丈の下履きから稽古用の振袖と黒い下駄に着替えて髪型も下ろしている髪から半結い上げにする。

稽古先の茶道教室は家から歩いて七ノルクロ(七分)歩いた所のお屋敷で、普段の家一〇軒分の広さの土地に四季の木々が植えられた庭園、屋敷よりもとてつもなく小さい離れ、石を敷いた池には赤や金や黒の鱗と大きな口とヒゲを持つ魚、鯉が一〇数匹も泳いでいる。

羅夢は屋敷の者にあいさつをし、離れに向かう。

「お邪魔します。宗樹院(そうじゅいん)羅夢です」

 羅夢は引き戸状の玄関扉を開け、下駄を脱いで玄関を上がって茶室の中に入る。茶室の中は細い草を材料にして作った畳が六枚敷かれ、壁には床の間と書院造りと呼ばれる気の棚が設けられ、床の間には赤い鳥の掛け軸、茶室には羅夢と同じ柄や模様入りの振袖衣姿の一〇〜一六歳くらいの少女たちが七人来ており、正座をしていた。そして茶道の先生とおぼしき人物は六〇代の老婦人で茶色に染めた白髪まじりの髪を木で削った櫛で真上に結止めていた

「これで全員揃いましたね。それでは今日の授業を開始します」

 先生が言うと、先生は自分の目の前の茶釜を鼎に乗せ、その下に小さな電熱台の電源を入れて、釜を温める。電機器が流通する前は火鉢の上で釜を温めていたという。

 先生は釜の中の茶が十二分に温まると一番年長の少女を呼び寄せる。

「はい、ではお茶碗を三度回してからお上がりなさい」

 年長の少女がその通りにすると、見ている少女たちはその丁寧さに見とれる。そして次々に少女が代わる代わることによってお茶のお点前が続き、七番目に羅夢の番となった。

(お茶碗を三度回してから両手で持って上がる、っと……)

 先輩たちをお手本にして羅夢もお茶を飲む。

「では最後に万枝(まえ)さん」

 先生が羅夢の隣の少女の名を呼ぶと、少女は「はっ、はい」と言って立ち上がるが、少女は長いこと正座していたためか足がしびれてよろつき、ドッタンと前のめりに倒れる。

「やぁだ、またあの子転んで」

 くすくすと年配の少女たちが万枝の失敗を見て笑う。羅夢は万枝の失敗を見てわらいはしなかったが、(またやっちゃたよ)と内心つぶやいた。

「万枝さん、大丈夫?」

「す、すみません、先生。だ、大丈夫ですから……」

 万枝は急いで起き上がり、再び正座をとる。先生から茶碗を受け取ると、四回もまわしてしまい、両手で茶碗を持って飲み干そうとしたが、二、三滴こぼれて着物の膝上に落ちた。

「あの子またこぼしてる」

 年上の少女の一人がクスクス笑い、羅夢は平気で人の失敗を笑う先輩を見て呆れる。

(万枝ちゃんだって好きで失敗しているわけじゃないのに……)

 茶道教室は半ヴィゲクロ(半時間)で終わり、少女たちは次吊具に茶道教室を出て帰路に入っていった。

「万枝ちゃん。一緒に帰ろう」

 羅夢が万枝に声をかけた。本名、公野万枝は羅夢の一つ年上の上級学校の二年生で一二歳。背は十六ジルクと十二歳にしては高くて横幅があり、丸顔に小さい目鼻、口が大きくて髪型も暗い緑のおかっぱで器量は冴えないが大人しくてのんびりした性質であった。羅夢とは違いセラン区内の区立(公立)上級学校に通っている。

「万枝ちゃん、お茶こぼしてたけど、大丈夫?」

 羅夢が万枝の振袖を見て尋ねてくる。

「紺色だから平気。そんなに目立ってないし」

 万枝が気にしてなさそうに言った。羅夢の振袖は明るい桃色に白い桜(リッチェ)の花模様だから汚れは目立つが、万枝の振袖は紺の地に緑の松(ツーマ)模様でお茶のシミもそんなに目立っていなかった。

 夕方のセラン区は家に帰る子供や今日の仕事を終えた大人たちの様子が見られ、これから一杯やろうとする大工たちの様子も見られた。

「半年もやっているのに、失敗ばかりなんだよなぁ、私」

 万枝が呟くと、羅夢が返事をする。

「いやぁ、半年も通っているなんてすごいじゃないの。わたしなんて、まだ二ヶ月半だもの……」

「でも羅夢ちゃんは二ヶ月半の割には上手いよね。他にもお稽古やってんだって?」

「うん。月曜日の今日は茶道で水曜日は花道、金曜日が和琴で天曜日は舞踏だからね。あと独練で陰陽術もやってるし」

「ああ、そういえば羅夢ちゃんはお母さんが陰陽師の生まれなんだっけね」

 二人は丁字路に来ると、羅夢は左に万枝は右の道に入る。

「じゃあ、また来週」

「うん、またね」

 二人は分かれてそれぞれの家に帰っていった。


 翌日のセラン区上級学校。セラン区の中心にある上級学校は黒い瓦屋根と漆喰と木材でできた二階建ての建物で、中心が第一校舎、左が第二校舎、右が第三校舎として使われており、校庭、そして校舎の周りには松(ツーマ)や椿(メーリャ)、柏(シーワ)や藤(モフーブ)といった和仁族の文明を代表させる木々が秋の今は花もつけず葉も色あせているが春には美しい花を咲かせる。生徒の七五%が和仁族で、授業内容は和仁族の語学や歴史の他、エリヌセウス語や外国史、理科や数学などの授業も行う。国立や私立と違って学科は普通科だけだが、卒業後の進路は大学や専門学校、職種学校と多々である。

 万枝はそこの二年生の生徒だったが、鈍さと小太り体型の故、いじめの対象にされていた。万枝をいじめていたのは万枝とは正反対の細身に小柄さと細面の須王美利(すおうみり)と腰巾着の畑(はた)君(きみ)と牧(まき)次(つぐ)である。

 万枝は美利たちから睨みつけられたり「デブ」「ノロマ」と罵られたり、万枝の筆記具を隠されたりと受けていた。万枝の家は母しかいず毎日働いているため、母にいじめのことを言っても無駄だと思って我慢していた。学校を休んでいたら母が心配するのもあって。この日も他の生徒がクラブや委員会に行っている間、万枝は美利一派から校舎の裏庭に呼び出されていじめを受けていた。

「頼むからさぁ、学校に来ないでくれる? 目の毒になるんだけど」

 美利に続けて君と次も罵る。

「うちの学校の全体の成績が低いのも、あんたの頭の悪さに響いているんだけど」

「あんたが学校に来なくたって誰も気にしないんだからさぁ」

 美利たちが万枝を囲って罵っていると、裏門から一人の女がこの様子を目にし、美利たちは殺気を感じた。

「ねぇ、美利。あれ……」

 一番背の高い君が美利に言う。裏門の出入り口に一人の女が目にしているのを見て。

「あっ、自分たちいじめていたんじゃないんですよ〜。この子が失敗ばかりでノロマなのを直せと言ってただけでして〜」

 切れ長の細目の次が女の人に言い訳をした。だが美利は女の得体の知れなさを感じ、君と次に言った。

「ねぇ、この人に私たちが万枝をいじめていたことを先生たちだけじゃなく、私たちの親にも知れ渡ったらどうにもならないよ。行こう」

 美利たちはそそくさと逃げ、万枝だけが残されると、女の人は万枝の前にやってくる。

「あっ、あの……どうもありがとうございます」

 万枝は女の人に礼を言うと、女の人は万枝に優しく言ってきた。

「くやしくない? 毎日いじめられていて。先生にも親にも言えず、仕返ししたいわよね? だったら私と来ない? あなたに"力"を与えてあげる」

「力?」

 万枝が尋ねてくると、女の人は怪しい笑みを浮かべて言う。

「そう、夢と希望を、ね」


 セラン区の町中を羅夢がジュビルムと共に歩いていた。母からお客様に注文の和衣を届けるお使いを頼まれたのだ。

「は〜、今日は七軒も回ったからへとへとだよ〜」

「でも帰ったら甘餅と蜜茶が差し入れられるですよ」

「おお、そうだったね……。って、アレ?」

 羅夢はふと足を止め、一〇〇ゼタン先の人物を目にする。所々につぎのしている衣を着たおかっぱ髪の少女と見知らぬ女の人と歩いているのを。女の人は一七ジルク程の背丈で朱色の髪は外ハネで杏色の目はつり目で肌は黄色がかっており、非和仁族だと思われるが黒地に紅い楓(プリメ)模様の和衣を着ていた。

「万枝ちゃん? どうして……」

 そして、女の人が普通の人でないことは羅夢は気づいた。

「あの人、融合適応者だ……」

「えっ。本当? もしかすっと……」

「ジュビルム、あの人はダンケルカイザラントだよ……」


 セラン区内の小山の一角。針葉樹や常用樹などの木々が生え、栗鼠(スリエル)や兎(ラヴィーニ)や山鳥が棲み、以前ジュナと羅夢が布の染め粉となる草と花を採りにやってきた場所である。晩秋の今は木の葉や草が茶色く染まって枯葉は地面に散り、寒さのため動物もあまり見かけなくなったが、栄養価のある種子類や食べられるキノコもいくつかあり、所々に黄色いラズベの実もあった。

 万枝は女の人に連れられてこの小山に来ていたのだ。

「あのう、何処まで行くんですか? そろそろ帰りたいんですけど……」

 万枝が女の人に言った。もうすぐ母が帰ってくる時間で、洗濯物も取り込まなくちゃならないし、買い出しにもいかないといけなかったからだ。しかし女の人はさっきまでとは違ったきつい形相になり、万枝にドスのきいた声を出した。

「ハァ!? 何言ってんのよ。今更ここで引き返すっていうの? いいから私ときな!」 

女の人は万枝の腕を強く引っ張り、万枝は女の人から振り切ろうとした。

「やっ……、やめて下さい!」

「帰ろうたってそうはいかないよ!」

 女の人は万枝を強く押さえつけた。

「万枝ちゃん……!!」

 二人の目の前に耳長尾長の融合獣を連れた白群の髪の少女が現れた。

「あんたは……!」

「羅夢ちゃん、何でここに?」

 女と万枝が羅夢の出現を見て、各々の反応を出す。

「やっぱしダンケルカイザラントの融合適応者……。万枝ちゃんをどうするつもりだったんですか!」

 羅夢が女に尋ねてくると、女はほくそ笑む。

「何って、この子を以前より機敏で頭の切れる子にしてあげようと本拠点に連れて行こうとしたのよ。そうすればこの子をいじめた奴らに復讐が出来るもんでしょ。あんたが余計なことをしなけりゃあ」

「万枝ちゃん、騙されないで! その人は万枝ちゃんを利用しようとしているだけなんだよ!」

 羅夢が万枝に向かって叫ぶと、女は舌打ちをして、ある者の名前を呼んだ。

「ブレズパロ!!」

 すると、どこからか一羽の赤い雀(ズチッチ)のような緋赤の融合獣が飛んできて、女が左腕を出すと融合獣は女の腕に泊まる。融合獣は七ジルク程の大きさで、目は水浅葱で額に目と同じ色の契合石が付いていた。

「呼んだかい、ディシーヴァ?」

 融合獣は低めの女の声を発し、ディシーヴァと呼ばれた女に尋ねる。

「ああ、よく見たらこの二人はダンケルカイザラントには向かう融合闘士(フューザーソルジャー)だったよ。どうせならこの二人を始末してからだ。融合発動(フュージング)」

 ディシーヴァとブレズパロは緋赤の熱風に包まれ、その拍子で万枝が羅夢の方へ押し出され、羅夢は万枝の体を支える。熱風が弾けると、雀(ズチッチ)の頭部と嘴と翼を持ち、四肢が蹴爪になっているディシーヴァが現れる。

「万枝ちゃんに手出しはさせない」

 羅夢はジュビルムと融合して桃色の花弁の渦に包まれ、花弁が弾けると跳兎(ジャーニンヘン)の耳と尾を持ち、腹部に若葉色の契合石がついた融合闘士(フューザーソルジャー)になる。

「羅夢ちゃん、融合闘士(フューザーソルジャー)だったの?」

 万枝が姿を変えた羅夢に尋ねれると、羅夢は万枝に言った。

「万枝ちゃん、ここはいいから早く逃げて!」

 羅夢に促されて万枝は逃げ出した。

「まぁいいわ。あんたをさっさと倒してから、あの子を連れて行くわ」

 ディシーヴァが言うと、ブレズパロが続けて言う。

「そうだなぁ、面倒事は早く終わらせよう!」


 ジュビルムと融合した羅夢は両掌から花弁爆弾、梅花爆弁(ブルーメンボンバティエ)をブレズパロと融合したディシーヴァに向けて放った。桃色の花びらの渦がディシーヴァに向けられる中、ディシーヴァは空中に無数の火の粉を発生させ、梅花爆弁(ブルーメンボンバティエ)を燃やし尽くしてしまった。

「あの人と融合している融合獣、炎属性だ。樹属性のジュビルムには不利な相手だ……」

 羅夢はブレズパロの属性を知って引く。

「そうよ。私にとってはラッキーな相手だわ、お嬢ちゃん!」

 ディシーヴァは見下すように言うと、跳躍して一回転してから羅夢の背に強い蹴りを入れた。

「うぐっ」

 羅夢は枯れ草の地面に叩きつけられ、更にディシーヴァが翼を羽ばたかせ宙に浮き、両掌の炎の玉を出して羅夢に向けてきた。羅夢は咄嗟に蔓の防御癖、数多蔓壁(ヴァンティンスウォール)を出してディシーヴァの攻撃を防いだ。だが蔓の壁に火の玉が当たり、しかも枯れ草の地面や空気で乾燥した木に火が燃え移ってしまい、羅夢の周囲に火が広がってしまう。

「しまった……」

 羅夢は目の当たりの状況を目にして自分で自分の首を絞めてしまったことに気づいた。赤い炎がパチパチと爆ぜ、黒い煙が昇り、羅夢とディシーヴァの周囲が火の海に包まれた。

「おばかさんねぇ。こんな場所のこんな季節に樹の技で炎技を受けたらかえって自分が不利になるだけじゃないの。自分で蒔いた種よ。

 素直に友達をダンケルカイザラントに差し出せばこんな目に遭わなくて済んだのに」

 ディシーヴァが羅夢に向かって上から目線で言うように言った。鳥は叫ぶように鳴いて飛び、野鼠(ラトラ)や栗鼠(スリエル)や兎(ラヴィーニ)も逃げ惑い、木の枝や幹に火が燃え移る。

「……友達なんて見捨てられないよ」

 炎の壁に囲まれている羅夢が呟いた。

「友達を捨てて自分だけ助かろうなんて、絶対後悔する。だからわたしは友達を逃してダンケルカイザラントを倒すことにした。

 友達を置いていくなんて出来ない!!」

「羅夢……」

 羅夢の言葉にジュビルムが打たれる。ディシーヴァは舌打ちをし、掌から片方ずつ火の玉を出して羅夢に向けた。

「だったら……、あんたをここで倒して、友達に一生後悔を背負わしてやるよ!!」

 ディシーヴァの出した火の玉が羅夢と衝突するその時だった。羅夢の体が曙(オーロラ)のようなピンクの光を発し、ディシーヴァの放った火の玉や羅夢の周囲の火が弾け消え、オーロラピンクの光がおさまると超変化を遂げた羅夢が現れたのだ。

耳長尾長は以前と変わらないが桃色の体に白い部分が入り、更に金色の縁が入っていた。

「やったよ、羅夢も超変化を遂げました……」

「うん……。信じられないけど、力がみなぎってくるよ!!」

 羅夢の超変化を見てディシーヴァは引いて驚くも、再び攻撃してきた。

「変わったのは見かけだけじゃないかい!! 今度こそ焼き尽くしてやるよ!!」

 そう言ってディシーヴァは四肢に炎を纏い、羅夢に目掛けて急降下してきた。超変化を遂げた羅夢はディシーヴァの拳や蹴りを数多蔓壁(ヴァンティンスウォール)で防いだり、後方へ軽々と避ける。

「はっ!!」

 羅夢も防御していたり下がっているだけではなく、大きな振り子蹴りを出してディシーヴァを数ゼタン遠くまで蹴り飛ばしたのだった。そして更に羅夢は森の木々から蔓を伸ばしてきてディシーヴァを蔦縛封でがんじがらめにし、ディシーヴァは人間の罠にかかった猛獣の状態になってしまった。

「こんな所で私が負けるなんて……」

 ディシーヴァがぼやいていると、羅夢が梅花爆弁(ブルーメンボンバティエ)を放ってきた。だが放った花びらは桃色ではなく白であった。花弁の形は三日月のような水蓮(セレヌ)のような形をしていた。

「水蓮花弁・凍(ブルーメンボンバティエ・フリューゲ)!!」

 白い三日月状の花びらの舞を受けて、ディシーヴァは融合獣ごと生きたまま氷漬けにされてしまった。それだけでなく残った山火事も水蓮花弁・凍(ブルーメンボンバティエ・フリューゲ)の凍結能力で火が消えて白い水蒸気が発せられた。

「良かった……。大事にならなくって……」

 そう呟くと羅夢はジュビルムとの融合を解除し、そのまま倒れて寝込んでしまった。


 羅夢が目覚めると、そこは見慣れた障子窓とふすまと畳と机のある自分の部屋であった。周囲には父と母と弟と祖父、ジュビルムと万枝もいた。羅夢は布団の中に入っていたのだ。

「おお、目覚めたか、羅夢」

 祖父が目を覚ました羅夢を見て安心し、父母や弟も安堵する。

「あれ、わたし小山にいたのに……」

「万枝ちゃんが小山で倒れている羅夢をうちまで背負って運んでくれたのよ」

 母が言った。更に羅夢がいた小山では山火事を起こした犯人である融合暴徒(フューザーリオター)の女が融合獣共々お縄にかけられたという。

「万枝ちゃん、引き返してきたの……?」

「だって羅夢ちゃんが心配だったから……」

 万枝は照れながら返事をした。その時、羅夢は思った。自分が超変化を遂げられたのは、他者への思いやりが自分の中の契合石と反応したために出来たからなのではないか、と。

 一方、小山では額に一角、翼のある融合闘士(フューザーソルジャー)が夕暮れの中、一番高い木の上から羅夢とディシーヴァの戦いを見つめていた。

「エルニオは闘志、トリスティスは希望、羅夢は慈悲で超変化を遂げたか。残るジュナは何で超変化するか……」

 そう言ってその融合闘士は小山を飛び立っていった。