5弾・3話 ヒアルトVSカッサバ



 エクート共和国ザナカン村海域水深二〇〇ゼタン(四〇〇メートル)の海底で融合闘士となったヒアルトとダンケルカイザラントの所属の融合闘士カッサバの対決が始まった。

 ヒアルトは尾を強く叩いてハサミをカッサバに向けてきた。カッサバはたくましい腕でヒアルトのハサミの上を掴んで振り回してツボ貝や海星のある岩礁に叩きつけ、ヒアルトが岩礁にぶつかった拍子で砂が舞って辺りが白濁になった。

「こいつ……案外マジで軍隊や強国の衛兵を一人で打ち倒してってのは、本当らしいな……」

「何言っているんだ、これはまだほんの序の口だ。俺の真の力はこれからだ。俺の邪魔をしたことを後悔するがいい」

 カッサバは起きあがろうとしたヒアルトに言うと、カッサバは近くにあった岩の一つをつかんで、右手で拳にして押し飛ばしてきたのだった。

「危なっ!」

 ヒアルトは急いで避け、水中では圧力がかかるとはいえ、カッサバが投げつけてきた岩はヒアルトが先程ぶつかった岩礁と衝突して岩が数片に砕けて大小の泡沫が次々に湧いた。

「こんな攻撃を受けたら俺の甲殻にも傷がつくどころかもたないだろ……」

 ヒアルトと融合しているギラザーズが呟いてドン引きする。

「だったら遠くから攻撃しかない。行くぞ!」

 ヒアルトは柔らかな白い砂の海底を強く蹴って水中を宙で舞うようにして、カッサバのいる真上近くまで近づいた。ギラザースと融合しているとはいえ、ヒアルトの鳩尾が左右に開いて更にその中には甲殻類の口を思わせる不気味だが突起状のものがいくつもあるそこから無数の泡沫を出してきた。

「大吹泡沫弾(フラットバブレット)!!」

 ヒアルトの胸の口から泡の弾丸が放たれ、カッサバに向けられた。泡の弾のいくつかがカッサバの足元の砂に当たって白い濁りに覆われた。

「くそっ、こしゃくな……」

「カッサバよ、目には目を飛び道具には飛び道具だ」

 オーガダマザに揶揄られてカッサバは自分の全指を広げてヒアルトに向けてきた。鋭角なカッサバの指先から半透明の棘が出てき。

て、ヒアルトに向けて撃ち放ったのだった。

「やばしっ!!」

 ヒアルトはカッサバの放った棘が水中とはいえ、素早く向けられてくるのを目にして真っ先に避けた。その時、ヒアルトの近くにいた中型の獰猛な魚、赤鮫(リッテジャギズ)がヒアルトの変わりにカッサバの棘に刺されて体をバタバタさせてもがいた。

「うわっ、な、何だ!?」

 赤鮫(リッテジャギズ)が棘に刺されたのを目にして、ヒアルトとギラザーズはもがいた鮫を見ていくうちに鮫はぐったりして横になって沈んでいくのを目にした。

「棘に刺されて暴れたと思っていたら、今度は動かなくなったぞ……?」

「ヒアルト、さっきのは棘は毒だ。鮫は棘の毒で苦しんで体が動かなくなったんだ」

 ギラザーズがヒアルトに鮫の様子の理由を教えた。

「な、何だってぇ!?」

 ヒアルトが驚いていると、カッサバは次々に毒の棘をヒアルトに向けてきた。

 右に避ければ左、左かと思えば上、下と次々と放ってくるので避けるのにも限りがある。

「なら毒の棘を泡に包んでしまえばいい!」

「できるのか?」

 ヒアルトの思いつきにギラザーズは少し気になったが、またカッサバの新たな棘がヒアルトに向けられてきた。

「泡沫包装(バブラップアワー)!!」

 ヒアルトの胸の口から泡の弾が勢いよく放たれ、カッサバの毒棘が中に入って包み込むことができたのだ。

「おお、できた……」

 ギラザーズがヒアルトの新技を見て感心した。

「何てことだ。いきなり新技が使えるなんてよ」

 カッサバが相手の攻撃を泡で包みこんで防いだヒアルトの技を見て歯を食いしばる。

「まぁ待て。あれは所詮防御技で攻撃とは一まず違う。ここは水中で私と奴の得意場所でもあるし、どうせならお前の得意な肉弾戦であの若僧を片付ければいいだけのこと」

 オーガダマザがカッサバにそう言った。

「だよな……」

 そう決めるとカッサバは水底を強く蹴って、水中を上昇してヒアルトの真上まできた。

「はっ!?」

 ヒアルトは相手が自身の近くに来ていることに気づくと、カッサバが自身の体重と水圧を利用してヒアルトに向かって棘付きの体を弾丸のように突進してきたのだ。

「うわっ!!」

 ヒアルトは急いで避け、ボズンという音と共に水底の砂が凹んだうえ、白濁が前より舞った。

「うわっぷ」

 水中に舞った砂や生物の残骸がヒアルトの目に入り、視界がふさがれた。白濁に混じってカッサバのシルエットが現れて、ヒアルトを拳で殴りつけ、ヒアルトは砂と貝殻と魚の破片だらけの水底を擦れるも、海藻がクッションとなって、ヒアルトのダメージを半減してくれた。

「全くよぉ、こっちは漁師の息子とはいえそんなに筋力がないんだってばよ。もう怒った!

 海岸……いや港町まで吹っ飛ばしてやる!」

 ヒアルトが起きあがったその時だった。右肩にしびれるような傷みが走り、そこから右上腕が熱い痛みに侵された。

「な、何だよ、この痛さは……」

 ヒアルトが地肌の見える右肩の一部が赤くなっているのを目にした。

「ヒアルト、どうやら俺たちは彼奴の毒にやられた……」

 ギラザーズがもだえながらヒアルトに言った。融合獣にもオーガダマザの毒に触れたようだ。

「いくら甲殻に覆われている融合獣でも、毒にはかなわなかったようだな。別に死にいたりまではしないが……、全身に回ったら三,四日は熱と痺れに悩まされるからな」

 オーガダマザが自身の持つ毒の効力をヒアルトとギラザーズに教える。


 融合獣オーガダマザの毒に侵されたヒアルトとギラザーズは敵から離れるために居た実と痺れのある右肩を押さえながら水面へと向かっていった。

「逃げたか? 毒に侵されるのが怖くて引いたか。ガハハハ」

 カッサバが逃げていくヒアルトを見て笑う。

「今なら邪魔者のいないうちに"あれ"を手に入れよう。マレゲール様たちが待ちかねているようだから」

 オーガダマザがカッサバに任務の続きをするように促した。


 ヒアルトとギラザーズは近くの無人離島の洞窟に逃げ込み、融合を解除した。洞窟の中は薄暗く、天井に床にも緑青の岩の棘があり、潮だまりには稚魚や貝や蟹(クラッバ)の幼生などの生物が棲みついていた。

「うう……ふぅ……」

 ヒアルトは服がずぶ濡れ、右肩は赤くはれており、汗が噴き出て毒熱にうなされていた。

「そういえば彼奴が言っていたな。死にはしないが数日は熱と痺れに悩まされると。俺は融合獣で次第に回復するからいいが、ヒアルトをどうにかしなければな……」

 ギラザーズはオーガダマザの毒に苦しむヒアルトを見て考えた。

「そうだ、毒魚の解毒にはメプコの実と浜ラフサの草が効くといわれていたな。ここにあってほしいものだ」

 そう呟いてギラザーズはヒアルトを洞窟に残して、離島の森の中へ入って毒魚の解毒に効くメプコの実を探しに行った。

 離島には様々な裸子植物の木々や柔らかな肌の木、棘のある枝や葉を持つ木、木の上には様々な大きさや嘴や羽毛の異なる鳥が枝の上や幹の中に巣を作り、蜥蜴(ズリザー)や蛇(ジャーネ)が木の上や地の上で這っていた。そんな生き物に混じってギラザーズはハサミと細くてしなやかな脚でメプコの実を探した。羽虫や多足虫もおり、ギラザーズは離島の中のわずかな望みである毒消しの実を求め、それは森の中の白い岩の近くに自生していた。

「お、おおお……」

 メプコの実は低木だが、うねりのある薄黄の幹には茨のような棘、葉はざらざらしていて細長く、ところどころにつけている実は直径四分の一ジルク(二.五)の固い実で薄緑と赤紫で二色に分かれ、赤紫の広いほど熟れている証拠。熟れた実はいくつか木の周囲に落ちていて鳥や虫の食べた跡が残されていた。

「よしっ、今すぐこれを持って毒を治してやるからな、待ってろヒアルト!」

 ギラザーズは洞窟で熱さと痺れにうなされているヒアルトを思いながら赤紫の実をいくつかもいでいった。



 一方、ヒアルトは分刻みに苛まれる熱と痺れに苦しんでいた。薄暗く汗をかくたびに体が冷え、毒には侵されない代わりに寒さで死んでしまうのではないか、と意識の中で思っていた。

「父さん、母さん、フローリア、みんな……」

 そして夏の武闘大会で出会った長い髪に鮮青の目の少女の姿がちらついた。

(トリスティス……。君に返事が書けないまま……いや、君に直接会えないまま逝くのが惜しく……)

 ヒアルトがうなされていると、ジャプッと水のはねる音がした。

「ヒアルト、メプコの実を持ってきたぞ! 今、解毒剤を作るからな!」

 ギラザーズが魚毒に効くというメプコの実を両のハサミの中に入れて、ヒアルトのいる洞窟に入ってきた。ギラザーズは早速、ハサミと岩盤でメプコの実を液状にして潰して、赤紫の固い実が赤紫と薄黄の混じった半液状になると、ギラザーズは毒の入った部分にメプコの実を塗りたくり、ヒアルトの熱は次第に下がっていき、痺れも薄れていった。傷口とメプコの刺激する成分の液が沁みたけれど、毒よりは何でもなかった。

 *

 その頃、水中ではカッサバが再び目的の物を採取するために水底に岩を動かそうとしていた。

「あいつと戦っているうちに、場所から大分離れたからな。さーて、さっさと取り出すぞ」

「まぁ、マレゲール様は他の幹部と違って時間を気にしない方だ。では……」

 カッサバが岩を押してオーガダマザが指示を出そうとしたその時だった。

「待ちやがれ!」

 その声に振り向くと、オーガダマザの毒で動けなくなっている筈のヒアルトが復活して、ギラザースト融合して海の中に入ってきたのをカッサバは目にしたのだった。

「おっ、お前! オーガダマザの毒で動けなくなった筈……」

 カッサバがヒアルトを見て驚くと、ギラザーズが答える。

「俺もヒアルトも生み育ちでね、水生生物の毒に侵された時の解毒方法の知識も持っているんでね」

「今度こそお縄についてもらうぜ、カッサバ!」

 再戦を仕掛けてくるヒアルト&ギラザーズを見て、カッサバ&オーガダマザも姿勢を立て直す。

「いいだろう! 今度こそ再起不能にしてやるよ!」

 海を守る者と海を荒らす者の第二ラウンドが開始された。


 カッサバはまたしても全指の先から毒の棘をヒアルトに向けて飛ばし、ヒアルトは泡沫包装(バブラップアワー)で特棘を包みこみ、その後に水中を上昇して一回転してから踵落としをカッサバに向けてきた。カッサバはすぐに背面を向け、背面の毒棘に刺されたらまずいと思ったヒアルトは自身に泡沫包装(バブラップアワー)をかけ、泡沫の防御に身を包んだヒアルトは後ろの尾を強くはじいて後退した。

 珊瑚(シブラコル)のある方向へ逃げたヒアルトは何とかしなければと思ったところ、偶然蛸(オットー)を見つけて、岩の隙間から引きずり出して、蛸(オットー)は八本の赤紫の触手でヒアルトの動きを封じようとしたが、ギラザーズの外殻に覆われていたため絡みつくことができなかった。

 その時、カッサバが魚雷のように突進してきて、ヒアルトを自身の毒棘で動けなくしようと突っ込んできた。

「待ってたぜぇ、この時を! ほらっ、プレゼントだ!」

 そう言ってヒアルトは蛸(オットー)を強く放り投げてカッサバの顔にオットーが張りついた。

「むぐ、がっ! ま、前が見えん!」

 カッサバの顔にオットーが強力な吸盤でくっついて、更に触手で頭や肩を縛りつけた。

「これで終わりだ!」

 ヒアルトは胴体の口から無数の泡を出して、蛸(オットー)で身動きできないカッサバを包みこみ、更に渦に変えて海面に上昇させた。

「泡沫過流撃(バブレットィールズ)!!」

 泡沫の渦でぐるぐる巻かれ、また顔も蛸(オットー)で塞がれているカッサバは水上に勢いよく放りだされた。

「うわっ!!」

 盛大な水飛沫と共にヒアルトとギラザーズが帰ってくるのを待っていた漁船の漁師たちは一たん驚いて身を引くも、スコールのような水飛沫が止むのを見て、水面に浮かび上がってきたそれを見た。

 融合を解除されたカッサバは古代紫の上下の服に身を包み、黒い角刈り頭と浅黒い肌の姿で、オーガダマザもひっくり返って毒棘のない腹を見せていた。

「こいつか! 荒波を起こしていたのは!」

「今すぐ捕えて、役所へつきだせ!」

 漁師たちはカッサバとオーガダマザを漁網で捕らえたのだった。


「これは、金属……!?」

 ヒアルトはカッサバが動かしていた岩の下の鉱石を見て呟いた。鉱石は鈍く光る銀灰色で灰白色の砂に埋もれていた。

「これ、錆や腐食に強い金属、カリュバダイトじゃないか。そうか、奴らはこれを狙いに岩を動かして、荒波を起こしていたのか……」

 ギラザーズが岩の下の鉱石を見て呟くと、ヒアルトが尋ねる。

「カリュバダイトを手に入れて何をしようと?」

「……ダンケルカイザラントは機械兵を送り込んでいた。もしかしたら長期水中活動が可能な機械兵や戦艦を造ろうとしていたのだろう。それで海の中のカリュバダイトをいただこうと」

「それでか……。だけど、奴の妨害はでき……た……。うっ……」

 ヒアルトが目まいを起こし、気を失って水中から浮かび上がった。


「う……」

 ヒアルトが目覚めると、見覚えのある自身の部屋で、窓の外は琥珀色の空の夕入りどきであった。しかも寝間着になっており、更に右肩には包帯が巻かれている。

「兄さん、やっと起きたのね!」

 フローリアが水の張ったたらいを持ってヒアルトの部屋に入ってきた。

「フローリア、俺いつの間に……!?」

 ヒアルトが妹に尋ねると、フローリアは返事をした。

「何って兄さん……。兄さん二日前の漁で海の中で荒波を起こした融合暴徒(フューザー・リオター)を退治しに行った時、毒魚の能力を持つ融合獣の毒に刺されて水面から浮かんできた、って父さんが言っていたのよ。

 ギラザーズがメプコの実で応急してくれたからよかったけれど、その後は安静にしなくちゃいけないのに、無理したから二日も眠っていたのよ」

 フローリアはため息を吐きながら二日前の出来事を話した。

「お医者さんが診てくれたからいいけど……」

 フローリアは床にたらいを置いて手ぬぐいを絞った。

「兄さん、兄さんが眠っている間に兄さんから届いた手紙……読んじゃった」

「何っ!?」

 ヒアルトは妹が自分の知らない間に手紙を見たことに飛び跳ねた。

「……兄さんの彼女になるっていうのなら、私にも紹介してよ。友達になりたいから」

「あのなー、トリスティスはただの文通相手だ。お前が割って入ってくるな」

「いいじゃない」

「良くない!」

 ヒアルトはフローリアと言い争いになった。

「ヒアルト、食事ができたぞ。もう二日も食べてなかっただろう?」

 兄妹が口げんかしている時にギラザーズが入ってきた。

「あ、そうだったな……」

「あと二日前にカッサバとその融合獣が漁師たちの営業妨害と融合暴徒(フューザー・リオター)取締法で逮捕されたそうだ。今は尋問を受けているそうだ」

「そうか……。あいつやっぱり捕まったのか。自業自得とはいえ」

 ヒアルトはギラザーズからカッサバのことを聞き終えると、寝間着から普段着のシャツとズボンに着替えた(妹がいるにも関わらず)。

「さぁーて、久しぶりに飯を食うか。こんなに空いたの久しぶり」

「……ギラザーズ、割り込んでこないでよ」

「いいではないか。あまり興味に深入りしすぎるとプライバシーの侵害になるぞ」

 そう言ってギラザーズはヒアルトのあとについていった。

 カッサバはカリュバダイトは手に入れることはできなかったものの、ダンケルカイザラントはいつどこで何を探していて何の目的にするのかまではつかめない。これはごく一角にすぎないのである。