いつもと変わらぬエリヌセウス皇国エルネシア地方、レメダン区の朝――。 夏の残り香である熱気と日差しが漂い、街の人々は学校や職場へ行くために大型浮遊車(カーガー)や透明な筒状の通路を走る列車(ライナー)に乗って停車場や駅で待機し、その乗り物が着いた時、乗り物の乗客と停車場の客と交互に入れ替わったりして、目的地へ出発する。 列車(ライナー)の最先端の運転室の運転士や大型浮遊車(カーガー)を運転している運転手は操縦かんやハンドルを握って安全運転をして乗客を目的地まで送る――ハズだった。 スピード計測器やブレーキなどのパーツが完備されている列車(ライナー)の運転室では中年の運転士が二〇年間マニュアル通りに操縦していると、何と窓の正面に列車(ライナー)にが映し出されたのだ。それも今、自分が運転しているのと同じ車体が! 「な……!」 ぶつかる、と思った運転士はとっさにブレーキを握り、緊急停止させた。 キキキィ〜、と耳をつんざくような音が列車内とチューブ内に響き渡り、客車両の乗客たちは立っている者はバランスを崩して壁や他の乗客にぶつかり、座っている者は座席から転がったりと大騒ぎになった。 「うわーっ」 「な、何なんだーっ!」 男も女も老人も列車(ライナー)で学校に通う少年少女も急な異変によって、心を乱した。 緊急停止した列車(ライナー)の運転士は突然現れた列車(ライナー)の出現による衝突を防ぐためとはいえ、顔を見上げるも目の前の列車(ライナー)はなかった。 「あ、あれ……おかしいな……。さっきまであった筈なのに……」 運転士が呟いていると、運転室のドアがダンダンと強く叩く音がいくつも聞こえてきた。 「おい、一体何停車させているんだ!」 「早くしろ!」 いきなり列車(ライナー)が止まったことに申し出てきた乗客の何人かが運転士に苦情を向けてきた。運転士は青ざめるものの、列車(ライナー)各駅と乗客全員に連絡をしたのだった。 エリヌセウス上級学院。ジュナは自分の教室の四年普通科に入ると、階段状教室に座っている生徒がいつもより少ないことに気づいた。 「あれ……ラヴィエもダイナもいつもはわたしより教室に来ているのにな。珍しい……」 そう思いつつもジュナは階段席を昇って席に着いた。ジュナのクラスの総人数は二十二人だ。エリヌセウス上級学院は学科ごとに生徒の数も異なり、他クラスと差は出るのだが……。 (わたし入れて十一人しか来ていない。本当にどうしちゃったんだろう) ジュナはそう考えながらデイパックの教科書やノート、ミニコンピューターを出して机の中に入れた。と、その時、授業開始のチャイムが鳴って生徒たちは着席し、教室の出入り口の扉が開いて担任のマードック・ケイン先生が入ってきた。マードック先生は席に着いている生徒たちに言った。 「あー、今日は臨時休校が決定した。と、いうのも列車(ライナー)通いの生徒たちが多数いて、列車(ライナー)の急停止事故のため来られなくなったからであるとの報告が入った。 今日は家に帰って自宅学習するように」 マードック先生の知らせにより、教室全体が静かになるが、男子生徒の一人がマードック先生の質問した。 「えっ? でもこれだけ人数がいればいつも通りやれるんじゃ……」 「いや、エリヌセウス上級学院の生徒の半分は他区から列車(ライナー)で通ってきている生徒が多い。寄って今日は生徒の半分が列車(ライナー)事故による通学不可のため今日は臨時休校にするとのことだ」 マードック先生が説明したので徒歩や大型浮遊車(カーガー)で通学している生徒はクリスタルアークル張りの校舎からぞろぞろと出て、家に帰っていった。 すると帰る途中の駅に偶然目にしたジュナは数十人ほどの乗客予定の人たちが列車(ライナー)駅の駅員たちを責め立てているのを目撃した。駅は階段を昇らないとホームを目にできないので、半分昇ったところで様子を確認した。ホームにいる人たちはスーツ姿のサラリーマンや様々な型の制服の学校生や他所の町へ出かけようとしていた中年主婦など年齢や性別や人種は異なっていたが、列車(ライナー)がいつまで経っても来ないことに腹を立てていた。 「いつまで待たせる気だ!」 「早く原因を教えてよ!」 たくさんの人たちに囲まれてうろたえている数人の詰襟の制服に制帽の駅員と年配の駅長が乗車予定車たちに言った。 「もう五ノルクロないし一〇ノルクロで動きますので……」 苛立って荒れる人たちの様子を見て、ジュナは手で口を押さえて引いた。 (この修羅場、見てらんないわ……) と、その時、ジュナの服に入れてある携帯電話が鳴って、取り出して見てみると、三人からメールが来ていたのだ。 (ダイナ、ラヴィエ、エルニオ…! そーいやこの三人、全部列車(ライナー)に乗って通学していたんだった……!) 徒歩通いであるジュナはたくさんの人に押されているエルニオたちを想像して、雨の日も風の日も学校に行ける自分がどれだけましか口をつぐんだ。 (一応、「大丈夫?」とメールで返信するか……) ジュナはメールを送信してきた三人に違う文書のメールを送り、修羅場となっている列車(ライナー)駅を去って、自分の家へと帰っていった。 * 一方、ビル街のあるビルの屋上ではジュナも駅員たちも他の人たちも知らなかったが、この様子を見ている者が二組いた。 古代紫の衣装に身を包み、赤黒いバイザーの巨漢マレゲールと彼と融合する貝型融合獣オーガジェは白い殻と古代紫の触手を持った姿で今回の現場任務は彼らの担当であった。 そしてマレゲールの部下の融合適応者、エーゲンと融合獣ミラジェリフである。 エーゲンはマレゲールと違って細身で小柄な寒冷人種(ブレザノイド)の青年で、白い肌と明るい青の髪と眼、そしてマレゲールに似た衣装をまとっている。 融合獣ミラジェリフ青い半透明の体に帯状の触手と笠型の頭部の下には淡黄の眼が乗り物の灯りのようについており、目の裏側の胴体には目の色と同じ色の契合石が着いていた。 「人間は規則が一つでも乱れると騒ぎを起こす……。列車(ライナー)であれ空路であれ航路であれ……」 マレゲールがオペラグラスで列車(ライナー)駅の騒ぎようを見て呟いた。 「ライナーチューブの透明部分と太陽光による屈折、そして空気中の水分を凝縮させて列車(ライナー)と同じ規模の幻影を一般人に見せる……。 水属性や氷属性の融合闘士なら誰でもできそうな気がしますんがね。まぁ、試験段階は良しとしましょう」 細かくも軽い口調でエーゲンがマレゲールに言った。 彼らの言う試験段階とはエリヌセウス皇国のエルネシア地方の都市部を舞台にエーゲンとミラジェリフの融合闘士姿の術を利用して、手始めに列車(ライナー)の規制ダイアルを乱し、社会的混乱を乱すというものであった。 「他の水属性や氷属性の融合闘士にもお前と同じ術が使える訓練を施して、世界各地の移動手段の乱れを起こし、人間たちにダンケルカイザラントへの服従を与える……」 「乙、だな」 マレゲールが作戦成功した時の状況を呟いていると、オーガジェが言った。 エリヌセウス皇国のエルネシア地方の南東部にあるエルゼン区を流れるピーメン川の沿いにある商店街の一角にある南国料理店『潮風』。 二階建てでその上に小さな屋根裏部屋、屋根は半分だけの三角に水色のブロック、壁は砂浜のように白く、二階には四角い支柱のテラス、窓は四マスの枠で開閉式、店内はカウンター席とテーブル席があり、その厨房で今日の昼メニューを仕込んでいる金髪蒼眼に浅黒い肌の男がエプロンをつけてスープの出汁とりやオーブンの余熱をこなしていた。 「ただいまぁ」 店主の一人娘であるトリスティスが学校用の鞄を持って家に帰って来たのだ。 「トリスティス、学校はどうした?」 父親がトリスティスに尋ねると、トリスティスは鞄をカウンター席に置いて、カウンターの椅子に座る。 「臨時休校よ。お休み。私ゃ列車(ライナー)通学じゃないけれど、列車(ライナー)が緊急停止してこれなくなった生徒が多数いたから、急な臨時休校よ。お父さん、知らないの?」 「知っとるよ。さっきテレビで見た。何か列車(ライナー)の運転士が走行中に別の列車(ライナー)が迫ってきたからとか言っていて、急停止させて何万人にも迷惑がかかったっていうあれだろ? あの運転士が何かおかしかったんじゃないの?」 父親はスープに塩を入れながら返し、「そうだ」という風にトリスティスに言った。 「学校が臨時休校になったんだから、今日の店を手伝え。早速だがヘヴィエナ農園に行って野菜を仕入れてこい」 「ええー、いきなりー」 トリスティスは声をあげて父親から急にお使いを頼まれたことに不満を持つも、仕方なくソーダーズと一緒にエルセラ区と隣接している地方のヘヴィエナ農園に行くことにしたのだった。 ヘヴィエナ農園を行くには家の近くの小舟停泊所の小型水上船に乗ってピーメン川を下って行くのだった。 「は〜、せっかく休みになったのに、いきなりお使いはないでしょ」 トリスティスは小型船を運転しながら、川を下り南下のエルセラ地方へ進む。 「自営業の宿命っすよ。それにしても、ザネン湖の戦いから五日経つとはいえ、ダンケルカイザラントの仕業だったりして……。今日の列車(ライナー)事故の件は」 「そんな訳ないでしょ。まぁ、この間の産廃物燃料化装置は奪われなかったとはいえ、設計図はコピーされて持ってかれてダンケルカイザラントの融合闘士は囮であっさり上司に捨てられるなんて……」 と、トリスティスとソーダーズが話し合っていると、前方に巨大な、しかも海用の巨大な客船が二人の乗っている水上船の前に現れたのだ。 「ひっ……!? ああああ……」 トリスティスとソーダーズは大型客船のえじきになりたくないがために川へ飛び込んだ。ゴボゴボ、と水中で気泡がいくつも浮き、川底には石ころや砂や水草、水棲昆虫や色々な川魚がいくつも泳いでいた。 「ぷはっ」 トリスティスとソーダーズは水面から顔を出すと、突如現れた大型客船がないことに目をやった。 「あれ……。ない……」 「いつの間に消えて……」 二人は顔を見合わせるも、乗り捨てた小型水上船に乗り込んだ。 「まさか、これって……融合闘士……それもダンケルカイザラントの仕業じゃないでしょうかねぇ……」 「融合獣に幻を操れるやつか……」 トリスティスは水びたしになった上衣のすそを絞りながらソーダーズに訊いた。トリスティスの上衣から出た水は川の中へ激しく滴る。 「蜃気楼、ってやつですよ」 「蜃気楼? 砂漠や熱帯地方のあれ? ああ、初学生の頃の理科の時間で習ったあれか」 「そうっすよ。空気中の水分と太陽光による屈折、そして……」 ソーダーズは川の水面に目をやる。川の水面にはゆらゆら揺れながら映していたのだ。 「そういえば今朝の列車(ライナー)事故はチューブの素材……」 「そう! 空気中の水分、光の屈折、そして反射物……。それらで蜃気楼ができあがるんっすよ!」 「そうか……。ダンケルカイザラントは水属性や氷属性の融合闘士の能力を利用して、蜃気楼を作って、騒ぎを起こしていたなんて……」 * トリスティスは少し遅れながらもひいきにしているヘヴィエナ農園に行き、お使いを終えると、屋根裏の自分の部屋へ行き、携帯電話でジュナにまず、今朝の列車(ライナー)事故がダンケルカイザラントの仕業だと伝えた。 『ええっ!? 今朝の出来事はダンケルカイザラントが関わっている!?』 「うん。はっきり調べたわけじゃないけど……。でも多くの人たちを巻き込んでいるってなると、融合暴徒(フューザーリオター)個々のやることじゃない、ってとこが」 融合暴徒(フューザーリオター)――融合獣の能力を利用して他者の癒合獣を奪って闇社会の売買品にしたり、盗みや傷害などの犯罪を犯す者たちのことである。ジュナもラグドラグと一緒に宝石泥棒やタッグで犯罪をしている融合暴徒を相手にしたことがある。 『でもねー、サイバーネットで調べてみたら融合暴徒個々の犯罪は減っている方なんだって。エルニオや羅夢ちゃんにも協力してもらう?』 「いや、その必要はない」 『え、何で?』 「この間のダンケルカイザラントの融合闘士が雷属性で、私はその場に出なかった名誉挽回がしたいんだ。水と氷の属性なら私一人でも……」 『トリスティスさん……』 「ところでさ、明日は休日とはいえ、九月になってからエリヌセウスの中心は晴天続きだ。敵は晴れの日にまた同じことをやるよ。だからといって、雲の日や雨の日に騒ぎを起こす感じじゃなさそうだし……」 『海辺の町で生まれ育ったから、そういうのがわかるんですね』 電話の向こうでジュナが感心する。 トリスティスはエリヌセウスに来る前は西南方にあるポセドニア大陸の水棲人種が多く住む海辺の町で暮らしており、気候で人の活動が多少わかるのだ。 そして翌日、トリスティスは今日も晴天であるからして、両親と共に『潮風』で働きながらもダンケルカイザラントの融合闘士の情報をうかがっていた。調理は両親、注文や会計や料理を運ぶのはトリスティスの仕事だ。 休日の今日は親子連れやデートカップルなどの様々な客が出入りしている。一方ソーダーズは川辺から見える筒間(チューブ)列車(ライナー)を見つめており、蜃気楼が出るのを待った。 (ダンケルカイザラント……。前は学校の近くだったから、次は……) ソーダーズが目を皿にして街の様子をうかがっていると、ピーメン川を越えたところにあるエルゼン区の列車(ライナー)駅でつながっているはずの列車通路が途中で区切れているのを目にした。 「あっ、あれは!!」 ソーダーズが目にしている光景をトリスティスの眼にも入った。融合獣と適応者が一体化するために必要な契合石は融合獣の体に付いている他、現適応者の体内にも入っており、両者が遠くに離れていても契合石を通して情報をつかむことができる。 厨房の流し台で皿を洗っていたトリスティスはソーダーズの見た状況を把握すると、エプロンを外して両親に言った。 「ごめん、父さん、母さん! ちょっとばかしここを離れるわ!」 「ええ!?」 トリスティスは両親にそう言うと、料理店を飛び出し、家々をかけて行ってソーダーズのいる川辺へやってきた。 「い、今の列車(ライナー)の通路が一瞬にして消えたのは……。ちょっとだけだけど、周囲がぐにゃりとなったから……」 「ダンケルカイザラントか」 ソーダーズとトリスティスは顔を見合わせると、融合を発動させた。 「融合発動(フュージング)」 トリスティスとソーダーズの周囲が水がわき立ち、二人は渦水に包まれ、渦水がはじけ散ると、ソーダーズと融合したトリスティスが姿を現した。 剣魚の頭部と背びれ、尾びれ、両腕には剣が装備され、両脚のすねには琥珀色の契合石が煌めいている。頭部から出ている髪の毛が風でなびく。 トリスティスは川の中に入ると、川とつながっている地下水路をつたって、現場へと向かっていった。 * その頃街では筒間(チューブ)列車(ライナー)の運転士が急に道先が崩れているのを目にして緊急停止させた。昨日と同様、またダイヤが乱れ、列車(ライナー)に立ち往生の乗客や駅員を責め立てた。 緊急停止させた運転士は景色に目をやると、通路は崩れてなどなかったのだ。そして、街の陰のビルの隙間から様子を見つめるエーゲン。 「エルネシアを中心に広げていけば、我が野望も達成できる……。そして俺たちも昇進間違いなし!」 薄暗く人の入らない陰とはいえ、エーゲンは融合を解いてミラジェリフと共に地下水路へつながる網ブタを外して中へ入っていった。 地下水路は丸みを帯びた天井、半ジルクおきに設置された電灯、水路の左右に設けられた足場、壁にはいくつか地上と通じる出入り口が設けられている。水路を流れる水は消毒剤やこもった空気が漂っていたが、エーゲンとミラジェリフは別の場所に停泊させている小型機動船の処へ帰ろうとしたその時だった。 「見つけた! ダンケルカイザラントの刺客!」 エーゲンは聞きなれぬ女の声を聞いて振り向いた。すると、後ろに魚型融合獣と融合した女の融合闘士がいたのだ。 「お前……。どうしてここにいる」 エーゲンは声を震わせつつも、トリスティスに尋ねる。 「私も水属性融合獣と融合していてね、初学生の時に習った理科の蜃気楼の科目を思い出したのよ。この事件はダンケルカイザラントの仕業で、水か氷の融合闘士が関わっていると」 「だけど……どうして俺たちが地下水路に逃げたということがわかった!?」 エーゲンが訊いた時、今度はソーダーズが答える。 「昨日の事件が起きたのはピーメン川からだいぶ西に離れた街の中、そこに水辺はない。まともに逃げられる場所は地下水路ぐらい、と把握したんすよ」 「く……!」 エーゲンとミラジェリフがシンクロして悔しがった。 「そうか、俺たちダンケルカイザラントにたてついているという少数でガキとはいえ逆らっている奴らとはお前らのことか……」 「こいつらを倒してダイロス様たちの手土産にしよう。さすれば……」 ミラジェリフがエーゲンに言うと、エーゲンはミラジェリフと融合する。 「融合発動(フュージング)」 エーゲンとミラジェリフは渦水に包まれ、水が弾け散ると、青い半透明の笠と背中に触手、青い半透明嬢の衣状の装甲に包まれた融合闘士の姿を見せた。融合闘士となったエーゲンは背中の触手をトリスティスに向けて伸ばしてきた。細い肌帯のような触手がいくつも伸びてきて、トリスティスは絡まれないようによける。 エーゲンは触手を網状にしてトリスティスを捕えようとするが、トリスティスの腕に装備された剣で切断され、斬られた触手が散発された髪のようにバラバラと水面に散る。 「触手をいくつか斬ってしまえば……」 トリスティスはニッと笑うと、エーゲンの斬られた触手が瞬時に再生した。 「棘皮生物は再生能力が早いことを忘れていたのか?」 エーゲンが笑い返すと、触手を再び伸ばし、トリスティスの首と胴に巻きつけた。 「ぐっ!?」 エーゲンの触手に絡まれたトリスティスは息が詰まり、手で払いよけようとすると、再び締め付けられる。 「喉は呼吸困難、腹は圧迫されて息ができないままくたばるか。どうせなら、あっさりいかせた方がいいか」 そう言うとエーゲンは余った触手の数本の先から鋭角な針を出して、トリスティスに向けてきた。 (毒針……!!) トリスティスは呼吸にもだえながらも、エーゲンが止めを刺そうとしているのがわかった。 「あばよ」 エーゲンの棘がトリスティスに向けられた。だが、その時後方でガラガラと何か崩れる音がしてエーゲンが目にやると、地下水路の天井が崩れ、その瓦礫が降ってきて、エーゲンは思わずトリスティスを放した。 「……っはぁっ!」 地下水路の天井に細い曲線状の亀裂が入り、そこから日の光が差し込んで薄暗い地下水路の一部を明るく照らした。 「くっ……」 思わず目に入った日の光の眩しさに目を瞑ったエーゲンは少し経ってから目を凝らすと、目の前にはオーガジェと融合して古代紫と白の装甲に身を包んだマレゲールが巨大な姿で仁王立ちしていたのだ。 「ひっ……!? 何で……」 エーゲンは驚き腰を抜かすと、更に水を固めたドリルが出てきて、エーゲンは激しい水飛沫とともに後方へ飛ばされたのだった。 巨大マレゲールは消え、後にはトリスティスが残った。 「間一髪でしたね」 トリスティスと融合したままソーダーズが彼女に言う。 「がんじがらめにされた状態で激流斬波(マリニードカリバー)を出して、天井を壊して日光を入れるようにしたからね。一か八かの挑戦だったけど」 「日光と地下水路にたまった空気中の水分、そして反射となる地下水路の水面――。姐さんも試しにやってみたら、ちゃんと出来たなんて。そして止めは水のドリルを出して相手にぶつける渦潮刃撃斬(スクリューイングブレッジ)。ただ、巨大マレゲールはないと思いやすがね」 二人は笑い合った。これでもうエルネシア地方内の交通に支障はないだろう。トリスティスはこの場を去り、来た時と同様、水路をつたってピーメン川近くのエルゼン地区の敷地内に帰っていった。 トリスティスが融合解除をして『潮風』に戻ってくると、父親が待っていた。 「トリスティス、お前どこへ……」 「え、えっと、それは……」 「テレビを見ろ!」 父親に促されて二階の居間にあるテレビを見てみると、エーゲンとミラジェリフが列車(ライナー)事故と地下水路破壊の容疑で捕まり、警察に連行される映像であった。 「これは……」 トリスティスは感じとった。この前と同様、上官に見放されたのを。 (ダンケルカイザラント、平気で作戦に失敗した融合獣と適応者をあっさり見捨てたか……) と、トリスティスは思ったのだった。 その後、トリスティスは午後のお茶時間と夕食時間の業務をこなした後、メールでジュナ、エルニオ、羅夢に今日は自分一人でダンケルカイザラントの融合闘士と戦ったことを報告したのであった。 それだけでなく、敵が使っていた蜃気楼発生術も使えるようになったことも伝えたのだった。 |
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