1弾・4話 エルニオとツァリーナ




 宝石泥棒をやっつけたその日の夜、ジュナは寝付けないでいた。ただベッドの上でごろごろしているだけだ。ラグドラグはジュナの部屋のクッションを枕にして寝ている。

(そもそも融合獣って何だろう? どこから来て、どこで生まれ、どうして人間と融合することで、人間の力を増幅させるの?)

 ラグドラグと出会ってから、ジュナにはその疑問が染みついていた。眠れず、布団から飛び出し、コンピューターの電源を入れ、エレネットに繋げた。画面に『ウォンデュール・ユートピア』の緑の文字が出てきて、検索のスペースに「融合獣」の文字を入れて、クリック

した。数秒後に検索の結果が出て、十万件以上の結果が出た。流石にジュナもこれを見て、グウの根が出なかった。

(どうせなら、文献の方がいいかな……)

 そう考え直したジュナは「融合獣・文献」と入れ直した。やはり文献でも、一万以上の結果が出ていた。

(それじゃあ、ネットディクト)

「融合獣・ネットディクト」の文字を入れ直したジュナは、これなら手っ取り早く調べられると思った。白い画面に「融合獣‐電子百科」の青い文字が出てくると、すぐさまクリックした。

 そこには融合獣に関するデータが詰まっていた。

(凄い……。誕生の歴史や契合石、属性まである!)

 ジュナは膨大ではないが、電子百科の素晴らしさに感心した。電子百科はアルイヴィーナの地理・歴史・気功・天文などを始め、神話などの物語、芸能人などの有名人の履歴、社会用語、更には漫画やゲーム、アニメなどの記載もされている。データ内の青い文字をクリックすれば、そのページに行けることもできた。

 融合獣の誕生にはこう書かれている。

 今から二〇〇年前――、アルイヴィーナ旧暦三〇〇〇年のこと。サグ星系第二惑星ガルサイダの宇宙軍が、アルイヴィーナにしかない鉱物資源ハーダイトを狙いに侵略してきた。侵略を防ぐためにガルザイダ軍との戦争が約三〇〇日に及んだ。その為、多くの死者が戦兵・民間人合わせて数百人にのぼったという。

 アルイヴィーナ兵器製造部隊は、ガルザイダ軍を倒すために、融合獣を造り出した。動物の遺伝子と共鳴石(リンカイト)と人工合成骨(じんこうごうせいこつ)、速効再生化筋肉(そっこうさいせいかきんにく)、強性耐傷(きょうせいたいしょう)皮膚、その他の人工組織で造られた。

 高い知能と不死の肉体を持つ、融合獣は兵士と融合してガルザイダ軍を倒し、勝利に就いた。

 その後の融合獣は融合適応者やその家族と共に大切にされていたが、不死の生物であるため、老いうことも死ぬこともなく、次々と家族を失っていき、現在はアルイヴィーナ各地で散り散りになっている。

 中には融合獣を守護獣として大切にしている国や一族、貴族もいるがそれは星民(せいみん)の二十五%ぐらいである――。

(何かかわいそうだな。戦いのために生まれて、後はどこぞなりでも行け、だなんて……)

 そう思ったジュナはコンピューターの電源を消して、ベッドに入った。


  


 学校でジュナは二時間目の授業の途中、具合が悪くなり、保健室で休むことにした。

 夕べに融合獣の誕生の由来とその後を知った事実であまり眠れず、朝ご飯の時も学校に行く時も最初の授業の時も頭が内側から叩かれるようにガンガンして気持ち悪かった。最初のうちは我慢できたけれど、二時間目で骨が折れた。先生が頭を抱えているジュナを見て、保健室で休むように気遣ってくれた。ただ、保健係の同級生につき添われることを拒んで、ふらふらとした足取りで保健室に向かった。

 保健室はジュナのクラスの教室がある四階にある。軽い不調ならすぐに行けるが、今は凄く遠くに感じる。重い足取りでやっと、保健室に着いた。保健室は教室の三分の二の広さで、ベッドが右に三つ、左に二つ置いてあり、左側の入り口手前にはスチール製の事務机と薬棚が置かれ、保健室の先生がいる。白い肌に面長顔にチェリーピンクのセミロングヘアに勿忘草色の瞳をし、白衣とオレンジのカットソーと黒いスカートを身につけているガラナ・デック先生が引き戸を開けたジュナに目をやった。

「すいません、ガラナ先生……。頭が痛いので、休ませてくれませんか……」

 ジュナは頭を押さえながら言う。

「まあ、どうしちゃったの? ほんとに気分が悪そうね。気分良くなるまで寝てなさい。担任の先生には私が言っておくから。お昼もよかったら取ってきてあげるわよ」

「すいません……」

 ジュナは保健室の様子を見た。五つあるベッドのうち、右の奥のベッドに仕切りのカーテンがかかっている。すでに先客がいたようだ。

 ガラナ先生はジュナを右の真ん中のベッドに寝かせ、仕切りのカーテンをかけてくれた。

「ゆっくり休んでいてね」

「はい……」

 保健室のベッドはすべて白い鉄パイプで寝具もすべて白い。それから先生は水と頭痛薬もくれた。薬はピンクの糖衣錠で苦いのが苦手な人にも飲めるタイプだ。

(これ飲んだ方がいいみたいね……)

 ジュナは薬を飲んで、すぐに眠気を感じて寝床の中の天国に入っていった。


 ジュナがスウスウ眠っている頃、二人の女子生徒がピンクの小さな包みを持って、保健室にやって来た。

「失礼しまーす」

 保健室に来たのはダイナとラヴィエだった。

「ジュナちゃんにお弁当を持ってきました」

 ダイナがそう言うと、ガラナ先生がお弁当を受け取った。

「先生、ジュナちゃんは平気ですか?」

 ラヴィエが心配そうに訊ねると、ガラナ先生は「平気」よという風に笑った。

「今、気持ちよく眠っているから、あなた達は気にしないで」

「はい。失礼します」

 二人が去っていくと、ガラナ先生はジュナの眠っているベッドにお弁当を持っていく。

「ジュナさん、ダイナさんとラヴィエさんがお弁当を持ってきてくれたから、ここに置くわね」

 先生はジュナの枕元にお弁当とテトラパックのお茶を置いた。お茶はジュナがよく飲む朱茶のストレートティーだ。そして先生はお弁当を買いに購買部へと行き、保健室を出ていった。

 昼休みが終わり、三時間目の半ばになると、ジュナは眠っているうちに空腹感に襲われた。

「うう……」

 半身を起して目覚めると、枕元に弁当の包みとストレートティーのテトラパックに目をやる。

(お弁当、届けてくれたんだ……)

 ジュナはホッと一息をつき、弁当の包みを開いて弁当箱の蓋をあけた。カラフルな色合いの二段組みの弁当箱には、ホーニゴルダンソースであえたメヒーブのソテーと緑米(ヴェルナ・リッケ)サラダにデザートの赤紫の小さな丸いチェリクサの実が入っていた。

「いただきまーす」

 メヒーブソテーを一切れ口にすると、虫蜜(ホーニ)の甘さとスパイスの辛さが口内に広がる。

(ああ〜、おいしいわ)

 ジュナは遅れた昼ご飯をかつかつと食べ、テトラパックのお茶をチューッと飲んだ。おかずとご飯とサラダを食べ終えたところで、チェリクサを食べようとした時だった。シャッと仕切りのカーテンが開いて、一人の少年がジュナに怒鳴ってきた。

「ったく〜。人が呑気にグースカ寝ているの時に、カチャカチャクチャクチャと音を立てるんじゃないよ」

 いきなり見知らぬ少年が怒鳴ってきたのに驚いたジュナは、ポカンとした。少年は赤みのさす白い肌にウェーブが入った短いプラチナブロンドの髪、切れ長の明緑(めいろく)の瞳――ジュナと同じノルマロイドだろう。服装はフォレストグリーンのシャツに白いファッションネクタイ、七分丈の灰色のスリムパンツというフォーマルカジュアルな服装である。どこかのお坊っちゃんか中堅企業の子息か名家の息子だろうとジュナは思った。

「ごめんなさい……。お腹空いていたからつい……」

「この様子だと眠るのが長かったうえに、空腹まできてたか。でも僕は、眠ってから十五分なんだよ……?」

 少年は頭をかきながら、声変わり前の澄んだ声でジュナに注意した。

「ごめんなさい……って、ちょ、ちょっと待って。もしかしてあなた……私が眠っている時に起きていたの!?」

「ああ」

 少年はさらりと言った。

「とてもじゃないけど、君の寝声、聞いてて楽しかったよ」

「……っ」

 ジュナは少年のせせら笑う姿を見て、項垂れる。人に聞かれたくなかったのに……と思ったがふと気付いた。

「あ、あのう、失礼だけど、あなたもしかしてずっと保健室にいたの?」

「そうだけど」

「ちょ……、それってサボりじゃないですか! 頭痛くもないのにここに来るのはいけないことですっ!」

 ジュナはぴしゃりと少年に注意した。

「急にまじめぶるとはいい度胸だね。僕と同じクラスでもないのに、そんなこと言う権限ないよ」

「ダメじゃない……」

 ジュナは少年のサボりを聞いて、肩を落とす。

「僕はもう教室に帰るよ。じゃあね」

 そう言うと少年は保健室を出ていった。




 気がつくとジュナは頭の痛さなんてなくなっていた。ガラナ先生が薬を与えてくれたおかげで、ジュナは四時間目の授業を受けることができた。金曜日の四時間目の授業は体育だったけれど、ジュナは倒れることなく軽々受けられた。午前までひどい頭痛があったのが嘘みたいだった。

 エルネシア上級学院には校庭はなく、体育の授業をおこなう時は本校舎の右裏のスポルタ舎でおこない、体育館や硬質ラバー床やプールが設置されている。今日はハードル走だった。

 授業が終わると、帰りのホームルームと掃除を行い、放課後になった。委員会にもクラブにも属していないジュナは学校の図書室に向かった。

 図書室は本社の真裏の校舎の五階から七階を占めていた。図書室は三階とも教室二つ分の広さで、部屋の端は机と椅子、部屋の真ん中に柱型の本棚が九つ並んでいる。図書室の仕事と貸し出しの管理は図書部員がおこなっていた。図書室の床はくすんだピンク色のカーペットが敷かれ、みんな靴を脱いでいた。ジュナも倣ってブーツを脱ぐ。

 図書室は文学・辞典・図鑑・医学などの専門書などがぎっしりと入っている。ジュナは昨夜ネットで調べた融合獣関連の書物を探した。

 見つかったのは『融合獣の能力と属性』『融合獣と人間』『技言研究黙』だ。これだけあれば充分だったその三冊を持って貸し出しカウンターに行こうとした時、ジュナの後ろから声がした。

「へー、君そんなの読むんだ」

 その声にびくっとしたジュナは本を落としてしまった。バサバサッと音を立てた。

「あ、ああ〜」

 ジュナは慌てて本を広い、声をかけてきた人物をにらみつけた時、その顔を見て静止した。

「や。また会ったね」

「あ……あんたは……」

 ジュナが大声で言いそうになった時、少年は手でジュナの口をふさいだ。この少年は……ジュナが今日保健室で会った少年だ。

「ここは図書室だよ。三原則の走らない、騒がない、食べないを覚えてないの?」

 甘ったるい口調だった。考えていることは慎重だが、行動は調子にのっている。その少年をよく見てみると、背がジュナより少し高い。ジュナの身長は十五・三ジルクだから、十三歳女子の平均身長十五・五ジルクに近い。といってもジュナは今年の五月末に十三歳になるので、今は十二歳十カ月であるが。この少年は少し偉ぶっている口調だとすると、同年だがジュナより早く生まれているか、一つ上かそれとも二つ上かとジュナは考えていた。

「ふと思ったんだけどさー……」

 少年はジュナの口から手を離し、ありえないことを口にした。

「君の体から契合石の反応したんだよね。僕と融合している融合獣とは少し違った……」

「!」

 ジュナはこの少年が何故、ジュナが融合適応者なのか驚いた。

「あ……あなた……、一体、何者……?」

「人に名を訊ねる時はまず自分から。習わなかった?」

 少年の鋭さにジュナは少しムッとした。

(自分より少し年上だからって威張ることないじゃない)

「ジュナ・メイヨー。この学校の普通学科三年……」

「ジュナ・メイヨーね。僕は機工学科三年のエルニオ・バディス。もし良かったらみせてあげようか? 僕の相棒」

「……」

 ジュナはエルニオの後をついていき、校舎を出て裏庭に出た。


  

 学院の裏庭とその隣にある森林地区は二ゼダン半ある高さの亀甲状フェンスで仕切られていた。森林地区の野生動物が住宅街に入らないようにするためである。裏庭は灰色の敷石と灰色の石のベンチがいくつかあって、あまり人が来ることはない。今いるのはジュナとエルニオの二人だ。

「相棒……って融合獣のことでしょ? 一体どこに……」

 ジュナがそう訊いた時、エルニオが親指と人差し指で輪を作り、口に当ててピュイーッと口笛を鳴らした。すると一瞬強い風が吹いてジュナは目を瞑った。その同時にバサッバサッという羽ばたきの音がして、エルニオの伸ばした左腕に一羽の鳥がとまった。ジュナは目を開き、その鳥の美しさに見とれた。

(綺麗……)

 その鳥の体はラグドラグよりも少し小さめで、体全体はエメラルドのような緑で、両翼と尾羽は金色、頭には緑色の左右に広がった羽冠、瞳は淡い青、そして喉のあたりに――。

「あ……! 契合石……!」

 その鳥の喉にセレスタイトのような逆五角形の宝石があったのだ。そして鳥は黄色い嘴を開いて、エルニオに言った。

「ねえ、エル。この子が融合適応者なの?」

 淑女のような高い声だった。

「そうだよ。でも、今日は連れてないみたい」

 緑鳥(りょくちょう)とエルニオの会話を聞いて、ジュナは何をされるのかと生唾を飲み込んだ。

「融合発動(フュージング)!!」

 エルニオがそう叫ぶと、緑のつむじ風がエルニオを包んだ。ジュナはまた風が吹いたのに目を瞑った。風がやむと、そこには緑鳥と融合したエルニオがいた。

 融合したエルニオ――鳥の頭部を上半分かぶせたような頭部、体と両腕と脛はエメラルドグリーン、二の腕と両腿は薄緑、手と足が鳥の蹴爪になっており、背中に金色の鳥の翼、腰には金色の尾羽、そして首の真下に淡い青の契合石――。

「どう? これが僕とツァリーナの融合体さ」

 ジュナは後ずさりをした瞬間、エルニオが言った。

「あ、ちょっと待って。違うんだよ」

 そう言うとエルニオは融合を解除した。また緑のつむじ風に包まれたかと思うと、エルニオとツァリーナの姿になった。

「え?」

 ジュナは逃げようとするのをやめ、きょとんとした。

「僕が君をここに呼んだのは、仲間が欲しくってね……」

「仲間? 何で?」

 ジュナが訊ねるとエルニオは語り始める。

「そう。気の合う友達はいても、僕みたいに融合獣と融合している友人はいなくてね……。そこが融合適応者の皮肉なところさ」

「わたしじゃなくてもいいじゃない。いるでしょう? 適応者が他にも……」

 ジュナがそう言うと、エルニオとツァリーナは首を振る。

「それはなかったね。君と出会うまでは。君だって、同じな筈だ。気の合う友達はいても、その友人が適応者でなくて、話を合わせたりするのは難しいんじゃないか……」

「……!」

 エルニオに言われて、ジュナは確かにと思った。ダイナやラヴィエとは仲がいいけれど、融合適応者ではないし、まだ自分がラグドラグとの適応者になったことも話していなかった。

「だったらさ、適応者同士仲良くした方がいいよ。そっちの方が余程いいと思うね。その方

が気楽だろう?」

「うん。でも……」

 ジュナは真剣な眼差しでエルニオに言った。

「わたしはラヴィエちゃんやダイナちゃん、ラグドラグやエルニオくんやツァリーナさん、どっちも平等に仲良くしたい。どっちか選べと言われるのは……苦手」

 そんなジュナを見て、エルニオは肩をすくめて髪をかく。

「わかったよ。適応者も非適応者もどっちも仲良くしな。ただ、適応者同士でないといけない時は、そっちにしておいた方がいいけどね」

「……うん」

 ジュナは頷く。その後は携帯番号とメールアドレスを交換し合い、エルニオとツァリーナは帰ることにした。

「それじゃあね。今度君の融合獣、見せてよ」

 そう言ってジュナの前から去ろうとした時だった。

「あ、待って」

「何?」

 エルニオは振り向く。

「どうして、あなたは……わたしが適応者だってわかったの?」

 ジュナが質問してくると、エルニオは言った。

「一年以上融合していると、他人の契合石が反応しやすくなるんでね。それで気づいたのさ」

 そう言うと、エルニオは去っていった。