3弾・5話 羅夢とジュナの初戦


「おいしー」

 選手達の控室でジュナたちエリヌセウス組とその融合獣、これから戦う本出場選手達と出場した選手たちは大会主催本部から支給された弁当をほおばっていた。大きめのテトラパックのお茶に使い捨ての紙とアルミ箔の弁当箱の中には卵焼きやジャネポ芋と数種類の野菜サラダ、白米(ヴィッテリッケ)と唐揚げや茹でネルド(パスタ)が入っていて、中々いけている。

「午後はジュナさんとラグドラグ、羅夢ちゃんとジュビルムでしたな」

 ソーダーズが自身の鼻先を楊枝にしておかずを刺して宙に放り投げて口でキャッチしている。

「羅夢とジュビルムは先行ったしな。まだ時間があるから大丈夫だろ」

 ラグドラグが先に出場の準備に行った羅夢とジュビルムの様子を語りながら、ジュナに言う。

「うん、そうだね。そういや、フリージルドさんは?」

 ジュナは控室にチャンプがいない事に気づいた。いてもいい筈なのに、と。

「ネット事典の詳細によると、フリージルド女史は企業の長も務めていて、その合間に企業の仕事もやっているそうだ。フリージルド女史が多くのファンに追いまわされながら相方融合獣と一緒に闘技場から出ていく様子を見かけたよ」

「同じく」

 エルニオとツァリーナが言う。

「企業? どんな仕事? 何の会社?」

 ジュナがフリージルドの役職に問いかける。

「あー……それはだな……」

 エルニオが答えようとした時だった。ジュナたち三組の後ろを大柄な男と大きめの体の融合獣が通り過ぎた。男は浅黒い肌にくすんだ青の刈り上げた髪、オレンジの瞳、簡素な白い衣の上にたすきのような薄橙の衣をはおり、靴は木の繊維でできたサンダル、顔は四角く、ジュナの母親と歳が近そうだった。融合獣の方はというと四本の蹄脚にもさもさの朱色の毛、口から突き出た二本の牙が突き出しており、鼻が出っ張っている。眼は水面光(アクアオーラ)、背中の契合石も水面光である。

「あの人たちがジュナの最初の相手か……」

「どっちも力がありそうっすね」

 トリスティスとソーダーズが呟く。

「わたし、負けない。絶対に勝って見せる」

 ジュナは口に唐揚げを入れたまま宣言した。


 闘技場では観客達も他店で買った弁当や闘技場近くの露店で買った食商品を食べ済ませて、席についている。

「レディースアーンドジェントルメン!!」

 午前中の試合とは違う衣装を着て、反重力の小型円盤に乗って登場したマーフィーが闘技場に現れる。上空は太陽が真上に来ており、空が碧々としており、少し暑く感じる。

「食事やトイレ、その他の必要な諸事情は済ませたかな? 午後は初戦第四試合と第五試合、行ってみよーか!」

 マーフィーのシャウトに合わせて観客がワアアアッ、と盛り上がる。

「赤コーナー、バンガルド・ゼヴァイス選手と融合獣ガチリーザ〜!!」

 赤コーナー側のエントランスから白緑の堅い鱗に覆われた堅鱗族の融合獣と浅黒い肌に冷たい感じの褐色の瞳と赤茶色の髪の男が競技場に入ってきた。

「あれが羅夢の初戦の相手か……」

「なーんか怪しい雰囲気漂わせているよね」

 エルニオとトリスティスがバンガルドを見て言う。

「バンガルド選手は今回初出場となっております。出身国はセラミー小帝国の生まれで……何か様々な職を転々とやってて、今に至るようです! 

 バンガルド選手と融合するガチリーザは大地属性です!」

 マーフィーの選手解説を聞いて会場はざわつく。

「セラミー小帝国? あんな国から……」

「彼の経歴って何なの?」

 観客達もバンガルドの詳細を聞いて疑問に思う。

「続いて青コーナー、ラム・ソウジュイン選手と融合獣ジュビルム!!」

 ステージの青コーナー側の入り口から羅夢とジュビルムが愛想よく笑いながら登場する。

「羅夢だ。あんなに注目されて大丈夫?」

「てゆうか、ほとんどの男達が羅夢に視線を向けているよーな気が……」

 観客席から見ているジュナとトリスティスが言った。確かにトリスティスの言う通り、十代半ば〜二十代の男達が羅夢を見ているような気がする。

「羅夢選手も今大会が初出場で、エリヌセウス皇国在住の暁次人(あきつぐじん)です。来月から上級一年生になろうとしている女の子で、午前中の試合で初出場ながらも勝利を収めたエルニオ選手、トリスティス選手のご友人だそうです!」

「わたしは?」

 ジュナがマーフィーの解説に自身の名を出さなかったことに問う。

「お前は次の試合で紹介されるからいーだろ」

 ラグドラグが突っ込む。

「ちょっと失礼するよ〜。ここ空いていて良かった」

 トリスティスの隣席にヒアルトがドリンクと甘味スナックを持ってきて、ギラザーズを連れて座り込んできた。

「ちょ……何いきなり私らんとこに来てんのよ!? てか、まだいたの?」

 トリスティスが突如現れたヒアルトを見て驚く。

「俺、明日の決勝戦まで観てみたいからさ、もう一日いることにしたわ」

「は……はぁ……」

 ヒアルトの行動を見て、ジュナは力のない返事をする。

「にしても、羅夢の相手は大地属性だから、仮に羅夢よりも強かったとしても、特殊能力のあるあの子が勝つと思うよ!」

 トリスティスがステージの羅夢とジュビルムを見て言う。その羅夢はというと、さっきステージに向かう途中、バンガルドが酒を飲んでいて酔いどれていないか見ていた。

(お酒飲んでいたのに、平然としているように見える……。でも試合中によって打ち所が悪かったら……)

 羅夢は顔をあげてバンガルドにあいさつした。

「よ、よろしくお願いします」

 だがバンガルドは無言無表情のまま羅夢を見つめている。

「それでは、熱闘開始(ファイティング・オン)!!」

 ゴングの音が鳴り、試合が始まった。

「融合発動!!」

 羅夢とバンガルドは自身の体内の契合石を発動させ、羅夢とジュビルムは薄桃色の花吹雪に包まれ、バンガルドとガチリーザは緑がかった砂塵に包まれ、羅夢は薄桃色の耳と尾の長い獣人の姿となり、腹部の若葉色の契合石が輝く。

 バンガルドは白緑と黒斑の縞の鱗に覆われた姿で、首回りと尾のトゲ、四肢の爪は黒く、脇腹にべっ甲色の契合石を煌めかせた。気味悪さと恐ろしさを兼ね合わせているような感じだ。

「行くよ、ジュビルム。わたし達もエルニオさんやトリスティスさんに追いつこう!」

 そう言って羅夢は跳兎特有の跳躍力で尻尾と脚を使って大きく跳躍した。おおっ、と観客達が羅夢の姿を見て感心する。バンガルドの周りをぐるぐる跳びながら羅夢はジュビルムと戦略を練っていた。

(作戦は素手→武器→技の順番で!!)

 それから羅夢は大ジャンプする。

「羅夢選手、かなり跳んだ〜!! 軽く五ゼタン(十メートル)はいったぁ! それに対し、バンガルド選手はじっとしている! 何か策でもあるのかぁ!?」

 マーフィーが両者の動きを見て実況。その時、羅夢が空中三回転をし、ミサイルのように体を丸めて突っ込んできた。

「おお〜っと、羅夢選手、華麗に三回転し、体を丸めてバンガルド選手に向かってくる! バンガルド選手、どうする、どうなる!?」

 マーフィーの実況で会場は盛り上がって羅夢は両脚を出して、ダブルかかと落としをバンガルドに向けてきた。羅夢のかかとはバンガルドの背に当たり、バンガルドはそのまま地べたに叩きつけられた。羅夢は尻尾をばねのようにして体を受け止め、地に着いた。

「やったか!?」

 客席のエルニオが羅夢の様子を見て、笑いを浮かべる。しかしバンガルドはムくりと起き上がり、背についたほこりを平手で払った。

「……え。何ともない……?」

 羅夢が目を見張る。

「……ってーな」

 バンガルドがむき出しの口をやっと開いたか言葉がこれであった。

「バンガルド選手、なんとも丈夫!! 羅夢選手の行方は?」

(ちっ、空気読めよ、司会! 羅夢をピンチに追い詰めるようなこと言うなよな)

 ラグドラグが心の中で悪態をついたが、バンガルドはべっ甲色の眼をぎょろつかせ、羅夢をにらみつけた。

「や、やばいな。相手をマジにさせたかも。でもしっぺ返しを喰らう前に……」

 羅夢は不安を感じて契合石からツル状の鞭を出して、バンガルドに投げつけた。鞭はバンガルドの右腕に巻きつかれた。しかし……。バンガルドは左腕で伸ばしている鞭をつかみ、羅夢ごと引っ張り上げたのだ。

「ひゃああ」

 羅夢は釣り上げられた魚のように宙を舞った。その後はバンガルドが自身の頭を羅夢の頭に頭突きしたのだ。ガッ、とでっかい音がして、羅夢は目から星を出してのびてしまった。

「らっ、羅夢――っ!!」

 ジュナたちはショックを受けて叫んだ。

「羅夢選手、倒す筈が倒されてしまった! このまま起き上がらなければバンガルド選手の勝利だが……」

 マーフィーが言いかけた時、バンガルドがのびている羅夢に足蹴をし、更に片手で首をつかんで締め上げたのだった。のびていた羅夢もあまりの息苦しさに我を取り戻したが、今度は首の痛みにさいなまれた。

「バッ、バンガルド選手、なっ、何を……!? このまま息の根を止めたら反則負け……いや、即退場になってしまいますよ!?」

 マーフィーが状況を見てバンガルドを止め、観客達もバンガルドの暴力的行動を見て悲鳴を上げたり、目をそらしたりした。

「らっ、羅夢……!!」

 ジュナたちも立ち上がり、ステージの方に走り向かう。バンガルドは舌打ちをして羅夢の首をつかんでいる手を緩め、ステージから放り投げた。羅夢は強く投げ飛ばされずに済んだものの、ドサッと音を立てて地に着いた。

「羅夢選手、場外負け……! よってバンガルド選手の勝利……」

 マーフィーが静寂の空気の中で実況し、観客達も無言になっていた。羅夢はそのままスタッフ達に連れられて、医療室に入れられた。


 医療室に駆けつけてきたジュナたちは白い鉄パイプのベッドに寝かされて眠っている羅夢を見た。医療室は六つのベッドと六つの仕切りカーテンがあり、羅夢は右側の真ん中に寝かされていた。和衣を脱がされアンダーだけの姿である。首に包帯が巻かれ、こめかみや所どころに手当てが施されている。融合は解除され、ジュビルムが傍らにいて羅夢の目覚めを待っていった。

「首に絞められた跡がついていたけど他は擦り傷や小さい切り傷、後脳しんとうで眠っているから大丈夫だよ」

 医療室の壮年の男性スタッフがジュナたちに言った。

「そ、そうですか……。しかし、僕らは許せません。バンガルドって人ぁ、やり過ぎじゃないかと頭に来てます」

 エルニオが義憤を募らせて言う。

「本当だよ。詫びてもらおうと頼もうとしたら姿さえ見えない」

 トリスティスも拳を鳴らして苛つく。

「あの……皆さん。あたし……てか、羅夢がバンガルドさんがお酒飲んでいて、それが気になってたんじゃないかと……」

 ジュビルムが心配した目でみんなを見つめる。

「いいや、羅夢やジュビルムのせいでもないでしょ。世の中には酔拳という飲酒して酔いどれるで戦うという技もあってね……」

「空気読め。お前の言っていることは正しいのか?」

 ソーダーズとラグドラグが漫才のようなことを言う。その時、医療室内のスピーカーから次試合の選手の呼び掛けの放送が流れてきた。

『初戦第五試合出場の選手にお知らせいたします。あと十ノルクロで試合が始まりますので、奇数の選手は赤コーナーエントランス、偶数の選手は青コーナーのエントランスにご来場願います。繰り返します……』

 その放送を聞いて、ジュナは耳を傾けた。

「そうだった。わたし、行かなきゃ。まだ試合に出ていなかった」

「なら、行かなきゃ。ここは私たちに任せて」

「ジュナ、君の活躍ここでな」

 トリスティスとエルニオがジュナとラグドラグに言う。

「ああ、やったやるぜ」

 ラグドラグもそう言って、ジュナと共に医療室を出ていった。


 会場ではステージの真上の空は太陽が西に傾いており、夕方に入ろうとしていた。会場の客席も何らかの理由で帰宅した者がちらほらいて、客席は歯抜け状態であった。エルニオとトリスティスは融合獣と共に医療室の壁掛けテレビモニターで羅夢の様子を見ながら、ジュナとラグドラグの活躍を画面越しで観察することに。

「さーあ、融合闘士闘技大会二日目もいよいよクライマックス。第二戦、準決勝、決勝戦は明日に持ち越し。先程の試合の羅夢選手は医療室で安静中の事です。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。

 さて、本日最後の試合はガントル・クライアジ選手とジュナ・メイヨー選手の対戦です!」

 マーフィーが本日を締めくくる明るい雰囲気で実況する。

「赤コーナー、ガントル・クライアジ選手と融合獣ノシドス〜!!」

 赤コーナー側のエントランスから羅漢のようなガントルとこれまた重量級融合獣のノシドスが出てきた。

「ガントル選手はポセドニア大陸の小島国、シャムダン共和国ド・ハー派教会僧兵長で数多くの僧兵を生み育ててきた名高き聖職者。そしてノシドスは長年ド・ハー派教会に仕えてきた融合獣で無属性。

 そして……青コーナー、ジュナ・メイヨー選手と融合獣ラグドラグ!!」

 青コーナー側のエントランスからジュナとラグドラグが出てきた。多くの客席の者たちがジュナとラグドラグに盛大な拍手を送る。

「ジュナ選手はエリヌセウス皇国在籍の本大会出場の十三歳。三組のお仲間と共に予選を駆け抜け、今回初戦のトリを飾った未来の超新星! 融合獣ラグドラグとどんなコンビネーションを見せてくれるのか、気になります!」

 マーフィーの実況は大げさかつ丁寧だな、とジュナは思いながらステージに上がる。ジュナは顔を上げてあごを引き、ガントルに視線を向けた。対するガントルは合掌している。聖職者と一般女子児童とは格差が見えてくるものだろうか。

「よ、よろしくお願いします。」

 ジュナは愛想よくガントルにあいさつした。

「君は……何のために戦っているのかね?」

 ガントルがジュナに訊ねてきた。低く震えるような穏やかな声で。

「……?」

 ジュナとラグドラグはガントルが唐突に言ってきたので首をかしげる。

「この大会に出る者は大概が己の名誉とか賞金とかそういった大っぴらな言葉を出してくる。だが重要なのは、どうしてそれが欲しいのかだ。そして手に入れたとしても使い方を知らなかったり、わからず手放してしなうことがある。手に入らなかったとしても、その先の未来で気づく。君もそうなるだろう」

 ガントルは教会で説くようにジュナとラグドラグに語る。宗教というものは国土や域によって異なる。教えも悟りも禁忌も。ジュナと母親は無宗教だ。ジュナはガントルの言葉に間違いないと考えたのち、こう言った。

「わたしは……大切な家族と友人、守るために戦っています。もっとさぐりだせるというなら、その人たちがいなくなったら、哀しんだり悼んだりする人が出てくるからです。

 わたしの言っていることはおかしいですか?」

 ジュナはガントルにこう言った。

「いや、いい答えだと思う。君はよい人間だ。でも、中には君の言葉や考えを否定する者もいるだろう。自身の正しさは結局、己が知っているという事だ」

 ガントルは大らかに笑うと右手を手刀にして構える。

「では……、行きます!」

 ジュナも両拳を構える。

「では、熱闘開始(ファイティング・オン)!!」

 マーフィーのかけ声と共にゴングが鳴り、ジュナとラグドラグ、ガントルとノシドスは融合する。

「融合発動(フュージング)!!」

 ジュナとラグドラグは白い閃光に包まれ、ガントルとノシドスは白い濃霧に包まれ、それが消えると、融合した両者の姿が現れた。

 ジュナは竜頭・竜爪・竜尾・竜翼を持った白い竜人となり、ガントルは四肢が棍棒のようなごつさと両足が堅い蹄となっており、全身がもっさりとした朱色の獣皮装甲、頭部は猪豚(ウィーブル)の上半分に覆われ、下がむき出しの口、顔の横に曲がった牙、背中に水面光(アクアオーラ)の契合石が輝く。

 ジュナは胸に手を当て、胸の契合石から柄は紺色で刀身がプラチナ色の長剣を出した。ガントルも背中の契合石から武器の柄を出し、手を柄に回し、引き抜いた。出てきた武器は刃が小さめの両刃斧(トマホーク)二丁である。刃は水面光で柄は朱色である。

 両者とも同時に武器を持って構え、振り上げる。キィーンと刃がぶつかり合う音が響いた。ジュナは剣を横にして、ガントルの斧を両方受け止めた。

(ジュナ、相手は長年ド・ハー教派に貢献してきた僧兵長だ。お前の動きを読めるんじゃどうしたらいいものか……)

(かといってフェイント戦方ってのも……)

 ジュナとラグドラグが精神内で話し合っていると、ガントルが片方の斧をジュナに向けて突いてきた。ジュナは軽く後方に飛ばされ、ステージに転がる。

「体だけでなく心にも隙が出来てしまったら相手の意のままだ。君も修業を積んで……」

 ガントルがステージに転がり起きようとするジュナに言う。

「いいえ、今のは少し油断をとっただけです。悟りはなくても、他の戦い方でやるんです」

 そう言うなりジュナは両掌から結晶のつぶて弾を出して、ガントルに向ける。

「竜晶星落速!!」

 無数の結晶のつぶてがガントルに向けられた。しかし、ガントルは斧を一本につなぎ合わせて、結晶のつぶてを斧の回転で防いで向こうにしてしまった。

「ジュナ選手の技が炸裂したと思いきや、ガントル選手が防御してしまった!」

 マーフィーが実況し、ジュナは凹む。ガントルはつなぎ合わせた斧を地に突きたてる。

「ではこっちも本気を出すとしよう。ノシドス、気は整っているか?」

「拙僧もそろそろ本領を発揮しようかと」

 呑気だが高位の僧侶のようなしゃべり方をするノシドスが返事をした。ガントルはつなぎ合わせた斧を回転させて舞い、ジュナを惑わせる。

「気をつけろ、ジュナ。どんな事が起きるか……」

「うん。あれ……ガントルさんが三人いる……」

 ジュナの目の前にはガントルが三人になっていて、斧を振り舞う姿が、イヤマーフィーや他の観客も画面越しに見ている者たちもガントルが三人に見える。どういうことなのか?


 

「これはどういうことでしょうか? ガントル選手が三人に……?」

 マーフィーも実況しているのか本音を言っているさ中か、三人のガントルがジュナに斧を向けてきた。ジュナはハッとしてガントルの斧に叩きつけられ地に落ちる。すると、右と真ん中のガントルだけがスーッと消え、左のガントルだけが残った。

「どうかね? 私の技、幻霧舞斧(イルージトマホーク)は? どれか本物か迷っただろう?」

 ガントルはそう言い、ジュナは頭を押さえて起き上がった。またガントルが斧を回しながら増え、三人、四人、五人に増える。

「うわっ、また同じのが五人も!」

 ジュナは仰天して驚き、また同じ手を喰らうかとガントルに剣を突きたてたり、斬りつけたりした。だが二人消した時点で三人目のガントルが分離させた斧を峯うちで攻撃した。

「まーたガントル選手の幻霧舞斧(イルージトマホーク)だ〜! ジュナ選手、また受けてしまった! 起点はあるのか!?」

 マーフィーの実況でジュナ対ガントルの戦いに誰も目が離せなくなっていた。ガントルはジュナに語りかける。

「もうこれで終わりしよう」

 ガントルがそう言って斧を一つにつなげようとしたその時だった。ジュナは剣を投げつけ、ガントルの斧を一丁ステージの外に落したのだ。ジュナの剣もステージから遠くに刺さる。

「な、に……?」

 ジュナはむき出しの口をにやつかせ、ガントルに言った。

「わたし賭けたんですよ。貴女の技は斧が一つにそろっていないと出来ないと。わたしは空手覚悟で……見事斧の一つをステージ外に落しました」

 ガントルの斧の一丁はステージ外の地面に突き刺さっている。しかしガントルは迷いもせず、ステージ近くに突き刺さっている斧を抜こうとした。斧を一本ステージに刺してステージ外の斧を拾おうとした時、ジュナはかけ出し、ガントルが斧を引き抜いた時、ジュナの体当たりを見事に受けて、ステージから落ちた。ガントルは両手に斧を持ったまま。

ドサッと鈍い音がして一瞬無音になった。

「が……ガントル選手、ステージアウト! よって勝者はジュナ・メイヨー選手! 第二戦最後の出場者はジュナ選手に決定!!」

 マーフィーの判定で会場は歓声と拍手で響いた。ガントルはというと大の字で倒れたまま呆然としていた。

「か……勝った……! ジュナが……勝った!」

 画面越しでジュナの戦いを見ていたトリスティスとエルニオが感激した。

「どつきで倒すなんて……」

「これは誰も予測してなかったという事で……」

 ソーダーズとツァリーナは目をひんむかせたが、画面上の闘技場ではオレンジの空の下でジュナはガントルに手を伸ばしていた。

「まさか、こんな単純な方法でやられるとは思ってもいなかったよ」

「いえ……時にはこういう方法も必要だと……誰の教えでもない自分で思いついたことです……」

 ガントルは起き上がり、ジュナに手を合わせ、頭を下げてエントランスに入っていった。


 日は暮れて観客は帰ったり宿泊所に泊まったりして、大会の二日目は終わっていった。

 大会出場者が泊まるプリムホテルでは、一行はヒアルトのおごりで和仁料理食べ放題ディナーを食べていた。食卓には魚の切り身を四角く握ったご飯に乗せたお寿司に魚貝類や野菜を揚げた天ぷら、茶色いバージェやたれで焼いた家畜の焼き肉などの食べ物が十数個の大皿の上に乗っている。ジュナたちは好きなおかずを取って食べている。

「ヒアルトさん、すみませんねぇ。おごってもらえるなんて」

 エルニオが寿司をほおばりながらヒアルトに言った。

「ま、まあね……。しかしよく食べるね……(財布もつかな……)」

 羅夢も起き上がれるようになってみんなと一緒に食べている。和仁料理亭は畳に座る座敷席とカウンター席の二つがあり、ジュナ達は大人数用の座敷についていた。他にもお客さんがいる。店員は和衣にかっぽう着のユニフォームで料理を運んだり、注文を受けたりしている。

「みなさん、わたしだけ初戦止まりになってしまって……その……」

 首に包帯を巻いた羅夢が申し訳なさそうに店のリサイクルばしで野菜を突っついて言う。

「ら……羅夢のせいじゃないよ。私らだって、あんたの相手があんなに強いとは思ってもなくって……」

 トリスティスが山菜天ぷらをつまみながら言った。

「そうだよなー。羅夢を医務室送りにするなんてよ、謝罪入れさせようと思ったのに、あいつとその融合獣、見つからないんだぜ?」

 ラグドラグが言う。

「スタジアムやホテルの中をちゃんと探したのか?」

 ヒアルトの隣の席のギラザーズが言った。

「ええ、探しやしたよ。けど、見当たらなかったんすよ」

 ソーダーズがジュナの試合の終了後にバンガルドとガチリーザを探したが、見つからなかった事を淡々と話す。

 そうして融合闘士闘技大会の二日目は終わり、ジュナ達は明日の試合に備えてプリムホテルの宿泊室のベッドで一晩、体と頭を休めた。

 さて、件のバンガルドとガチリーザはというと、誰もいない真夜中の闘技場で話し合いしていた。ステージの真ん中には銀髪の黒い服の男と黒い毛並みの牙獣族の融合獣。融合獣の瞳と左肩の契合石は血のような紅蓮。

「あんたか。明日の決勝戦で上手くやってくれよ」

 バンガルドは銀髪の男に言った。

「ああ、お前の欲しがっている宝、勝ちでも負けでも手に入れさせてやるぞ。くっくっく……」

 この光景を見ていたのは、紺碧の空に群がる星々と楕円形になっている自然月と変わる事のない人工月だけ。

 もうすぐ朝を迎える大会三日目は波乱万丈になりそうである。