4弾・7話 エルネスティーネ家の休暇


 エルサワ諸島の空が琥珀色から青紫の空に染まる頃――、島民たちは今日の営みを終えて、店や役所を閉じ、時折港や浜で夜釣りをする者もいて、島民たちの家々に灯りがつき、家族団らんや酒場や夜店で一杯やったり寝入ったりしていた。

 エルサワ諸島の領主、エルネスティーネ子爵邸でも、今日の晩さんが開かれていた。

 食堂には円卓が二つあり、一度に六人が座れる席に天井には電気式のシャンデリア、テーブルクロスも白地に虹色の糸で刺しゅうが施され、椅子も高級素材の黒木肌にバーべッタ(ベルベット)の背もたれとクッション。

 各々の円卓の上座には現子爵のバーシャが座っている。バーシャが座る席には夫と三人の子供、祖父が座る席にはジュナと母セイジャ、そしてラグドラグが座っている。

 母セイジャも晩さん用のドレスに着替えており、大人の夫人に似合う深緑のドレスに着あえており、髪も少し高めに結い上げている。

 祖父も祖母も喪服から普段着る灰色のロングジャケットの一式、祖母も藍色の地に白い貝殻模様のドレスを着ている。伯母もえんじ色の祖母や母よりも派手めのドレスを着ており、夫や従兄たちもロングジャケットの正装で、ハプサはジュナよりも派手めの赤紫のドレスを着ていた。

 扉が開いて、給仕やメイドたちが銀の盆に真っ白なモグッフ(パン)や木の実や星果物入りのモグッフ、銀色の汁器に冷静の野菜スープ、カーゼル(チーズ)やネルド(パスタ)入りの野菜サラダ、青魚のレアクマ(クリーム)ソースがけやエルサワ牛のフィレステーキを運んできた。

「あんま……家出は食べられねぇもんばっかだな」

 ラグドラグがエルネスティーネ家の晩食を見ながら美味しそうにほおばった。

「うん……。まぁね……」

 ジュナも何かのお祝いや祭りでしか食べられないような食事を味わい、最後はデザートの赤と白の葡萄(ドレプ)の泡菓子(バブフェル)をいただいたのだった。バブフェルもお店で売っているような手のひらサイズではなく、全指を円状にした程の器に盛られており、薄紫の生地を割ると紫のソースが出てきて甘酸っぱかったのだ。


 晩さんが終わると、子爵も祖父母も従兄たちも各々の好きなようにしていた。バーシャ伯母さんは先に入浴、従兄たちも自分の部屋でテレビを見たり、先生からの課題を片付けたりしていた。

 ジュナも母セイジャも与えられた客用寝室で仕事先にメールを送ったり、エルニオたちにメールを送ったりしていた。

「明日すぐ帰れば帰ればで、疲れるからなー」

 ラグドラグが床の上に寝転がって呟いた。

「うん。だから明日はエルサワ諸島で一日休むの」

 それがジュナ一家のスケジュールであった。


 翌朝、エルサワ諸島の空は白金の太陽が水平線から顔を出し、空が紺青から紫、桃色へと変わり、諸島の住民は漁に出たり畑仕事や牛(カウモー)や豚(ピゲン)や羊(マトゥニプ)の世話といった作業を始めたり、島の子供たち本島の学校に行くために定期船に乗って通っていた。

 ジュナ一家もメイドが用意してくれた新鮮な盥の水で顔を洗い、旅行用のリュックサックから普段着の黄色いトップスカットソーと黒いハーフトップとオレンジのスカートを同じく家から持ってきた寝着から着替えて、旅行用の携帯ブラシで髪をとかした。

 食堂に来ると、母セイジャも普段着用のゆったりしたカットソーと足首まであるロングスカートの姿で登場し、祖父母や子爵一家も形は質素だが高級素材である絹(キルス)や亜麻(フリルネ)やバーべッタ素材の服を着て、席に座っていた。昨日の夜と同じ席である。

 食事は野菜サラダや生果物入りのギョルトル(ヨーグルト)や白モグッフといった昨晩の食品よりあっさりしていたが、付け合わせに茹で卵と厚切り豚燻製(ベーコン)が一切れ盛られていた。

 食事の後は屋敷仕えの使用人やメイドたちが屋敷内や庭の掃除、食器洗いや食料の買い出し、息子たちは学校には行かずに家庭教師から授業を受け、長男アロジーノは数年前にエルサワ諸島を出てアクサレス公国内の名門大学を飛び級で卒業して島に帰った後は子爵の跡取りのために公務を覚えていった。アロジーノはハンサム顔のためか女の子に人気があり、公務より女の子と遊ぶ方が好きなのだが、両親や祖父母から「子爵毛の自覚を持て」と厳しく言われていた。

 ハプサも美人の類で舞踊や楽器の演奏、女のたしなみとして料理や裁縫、稼働や茶道を学ばされていたが、ハプサはやたらとめかしやで服や靴やアクセサリーや帽子を毎月買っており、子爵令嬢の教育よりも着飾って町を歩いたり、よその領地のパーティーに出るのが大好きだった。

 末息子のブルーヴといえば……。

 ジュナ一家は子爵邸を出て、町の人々がかいがいしく働く町の中を歩いていた。建物は三〜四階建の長屋が多く、町の人たちは店を営んでいたり、船に乗って漁や船客を運んでいたりしていたりと過ごしていた。

「はぁ〜、秋冬の海辺もいいもんだな。砂浜に座って、あがったり引いたりする波の様子を見つめているだけで、和むんだね」

 三人は港町近くの海岸で座っていた。砂浜は白と黄色が混ざり、海は群青色で白い波が行ったり来たりを繰り返していた。沖には海上船が何艘も浮いており、漁師が魚を採る様子も見られた。

「懐かしいわ、私が子供の時はよく浜辺で貝殻を拾って集めたり、砂のお城を作ったりお父様たちに怒られた時はここで泣いていたものよ」

 母セイジャはラグドラグトジュナに思い出を語った。その時、砂を踏む音がして三人は振り向いた。そこにいたのは薄藍の柔らかそうな髪に金眼の少年、ブルーヴであった。

「あら、ブルーヴじゃない。どうしたの?」

 セイジャが屋敷にいる筈の甥に声をかける。

「あ、あはい。セイジャ叔母さん。その、ちょっとお話ってものがありまして……」

 ブルーヴはしどろもどろに叔母に言いそろそろと三人に近づいた。

 ブルーヴは薄い青のシャツにスレートグレイのスラックスとローファ靴というシンプルな服装でぱっと見は庶民の青年っぽい。そしてまじまじとジュナとラグドラグを見つめる。

「ジュナ、君って融合闘士(フューザーソルジャー)だったんだね……。夏休みの……融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)をテレビで見てたよ」

「あ、うん。ありがとう……。あ、でも今年の大会はアクシデントがあって、優勝者なしなんだよね……」

 ジュナは人差し指でほおをかきながら返事する。

「ま、ジュナも融合闘士としての能力は少しずつ成長しているんだぜ。あとジュナには相手の融合闘士のタイプスペック判断が得意でな……」

 ラグドラグがブルーヴに言った。

「いいなぁ、君がジュナのパートナーか……」

「んー、でも融合して半年しか経っていないし……」

 ブルーヴは羨望の眼差しをジュナとラグドラグに向ける。そしてこう言ったのだ。

「僕も融合闘士(フューザーソルジャー)になりたい。どうやったらなれるんだい?」

「えっ、どうしてって……。そりゃあ、融合獣を見つけて、契約すればいいだけのこと……なんだけど……。エルサワにはいないの?」

 ジュナがブルーヴに尋ねる。

「いる訳ないだろ。こんな狭い場所には。僕だって融合闘士になれば、空を飛んだり水の中を泳いだり、素早く動けるようになれるんだろ? 僕は機動船の操縦も水上船の運転がとてつもなく下手だし、運動だって兄さんたちより上手くはない。ジュナ、君が正直羨ましい」

 ブルーヴは真ん中にジュナ、その隣に母セイジャ、ラグドラグが座っている浜辺に自分も膝を立てて座る。そして改めてジュナとラグドラグを見つめ直す。

「ジュナ、君と久しぶりに会って、随分とまぁ……、可愛くなったんだなぁ」

「うん……。お兄ちゃんが行方不明になってから……八年になるからね……。でも、わたし長いことお兄ちゃんのこと忘れてて、十三歳になる前に少し前にふいに思い出してね、お兄ちゃん、レシルはきっとどこかで生きているんだ、って」

「これ、ジュナ……」

 母セイジャが兄レシルのことをつらつらと話すジュナを止めた。そして右袖を少しめくって金のブレスレットに赤い柘榴石(ガーネット)の飾り石がついたアクセサリーをブルーヴに見せた。ブレスレットには竜と有翼馬の飾り彫りが刻まれていた。

「ジュナ、それは……」

 ブルーヴはブレスレットを見て尋ねる。

「お兄ちゃんが融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)に出場していたわたしに、くれたの。あ、直接会ったんじゃなくって、届けられていたの。お守りにってね……」

 ジュナはブルーヴにブレスレットが自分に贈られた経緯を話した。

「……?」

 ブルーヴはジュナのブレスレットを見つめ、更にラグドラグの眼を見つめる。

「な……何だよ」

「いや、君の眼を見て、思い出したんだよな……。確か僕らのご先祖様の一人に……ラグドラグと同じ眼の人がいたのを」

「ええっ!?」

 ブルーヴの話を聞いて、ジュナとラグドラグ、そして母セイジャも驚いた。


 海でのひと時を過ごしたジュナ一家とブルーヴはエルネスティーネ家に舞い戻り、エルネスティーネ家の子爵を務めた一族の間に入っていった。その部屋には窓には、どの人物像も金の額縁にレーザーインクで描かれた歴代子爵の肖像画が飾られていた。

「この部屋の肖像画に五人の絵が飾られている。まず現子爵の母さん。おじい様から爵位を継いだ二十代の時。ハプサ姉さんに似ているだろ?」

 若き日のバーシャ伯母さんの肖像画はほっそりしており、フリルやレース付きの黒と赤のドレスを着ていた。その隣が若き日の祖父、髪の毛がたっぷりあり、濃くてつやがあり、猛禽類の如く鋭い金の眼に金糸と銀糸の縁取りの礼装をまとっていた。

 その隣が曾祖父でやはり祖父に似ていた。そのまた隣の曾々祖父は祖父や曾祖父よりも優しそうな顔をしていた。

「で、その隣が最初の子爵。でも、僕がラグドラグに言いたいのは、初代子爵夫人。子爵の反対側に飾られている初代子爵一家の集合絵。子爵はある娘を妻にした。二男二女を授かり、長男が次代の子爵となった。初代子爵の妻となった庶民の娘ってのが、ほら……紫の眼をしているだろう?」

 ブルーヴが電熱ランタンで灯りをともしながらラグドラグに言った。初代子爵と一緒に描かれている子爵夫人は三〇代半ばらしく、夫のペンタロット=エルネスティーネ子爵と二人の息子と二人の娘と並んで描かれていた。透き通るような白い肌、真っ直ぐな薄茶色の長い髪、赤ん坊の末息子を抱いている様、鋭い金の眼の子爵とは対照的な垂れ眼気味の明るい紫の眼。子供のうちの長女と次男が初代子爵夫人と同じ紫の眼をしていた。

「そん……な……。偶然だろ?」

 ラグドラグが初代子爵夫人の絵を見て呟いた。

「いや、本当に似ているよ。この色合いはね」

 ブルーヴは言った。


 昼食になるまで、客室に戻ったジュナとラグドラグはベッドに座って話し合った。

「ラグドラグの家族はもう、いないんだよね。二〇〇年の間にさぁ」

 ラグドラグたち融合獣はかつて、二〇〇年前のアルイヴィーナの人間がアルイヴィーナ星を攻めてきた敵軍を倒すために造られた新造生命体であり、融合獣の性格・記憶・知性は負傷したアルイヴィーナの兵士が溶かされた液が融合獣の血液となり濃い部分は生命核に届いて、この姿に至る。ラグドラグも兵士になる前は一般人の青年だったが……。

「妹がいたんだ……。それもさっきブルーヴが見せた絵にそっくりな」

「でも、ラグドラグの妹はもういないんでしょ。妹さんの子供や孫すらもわからないし……」

 ジュナが言うと、ラグドラグが首を振る。

「いや、いいんだ。もう俺の肉親のことは。妹や友人たちだって、俺のことは戦死したものだって思いこんで生きていったんだからなぁ」

 その後ラグドラグはジュナと出会うまでは各地を転々として生きていったのだった。


 ラグドラグとジュナは気づいていなかったが、扉越しに二人の会話を聞いている者がいた。長い黒い巻き毛を一つに束ね結い、白い肌に黄褐色の眼の長身の若いメイドである。

「彼らは私の正体に気づいていない。まぁ、いい。昨日のうちに調べておいたアレを見つけておいたからな……」

 そう言ってメイドはニヤリと笑うと、ジュナとラグドラグのいる部屋の前を去り、忍び足である場所に向かっていった。


 エルネスティーネ家は二階建ての本館の他、地下階や一家が休日の外出の時に使うバーベキューセットや海遊具などが置かれている屋根裏の物置きがあった。

 メイドは一階に降り、料理人が今日の昼食を作っているさ中、食堂で昼食の準備をしているメイドや使用人のいる場所を通り抜けて、屋敷の一階奥の書庫にやってきた。メイドは扉を確かめ、髪をとめているピンを一本ぬいて、鍵穴に入れた。エルネスティーネ家では指紋や音声確認のセキュリティは設置されておらず、アナログ式であった。扉は鍵と錠でエリヌセウスやヘルネアデスやアクサレス本土のように広範囲の土地ではないため甘かったのだ。

 見事に扉のロックは解除され、メイドは扉の中に入る。書庫には革表紙や布表紙、紐とじの小冊子の本が棚の中にぎっしり詰められ、エルサワ諸島やアクサレス公国、アルイヴィーナに関する歴史や地理や地学、医学や薬学などがこの五畳間に収められているのだ。(文学や画集は子爵一家の個人の趣味のため、書庫にはない)

 メイドは扉を閉めて、内側からカギをかけて、目的の物を探し始めた。書庫は薄暗く灯りとりの窓が天井近くの欄間しかないため、探し物を見つけるのは難儀であった。しかしメイドの目的は本ではなかった。メイドは扉と対になる壁の本棚の一番下の段の百科事典を関数順から小さい順から大きい順に並び変えた。すると、本棚近くの床がゴゴゴ……と引き開いたのだった。メイドはエルネスティーネ家の書庫の資料ではなく、書庫の地下扉を見つけたのだ。

(二〇日間潜入した甲斐があったわ)

 メイドは上からの命令であるエルネスティーネ家の中に眠る秘伝書を探しに潜り込んでいたのだ。当然書庫が怪しいと睨んだ彼女は毎日隙を狙って書庫を調べに調べ上げて、地下扉の秘密を見つけたのだった。

 メイドは地下扉の中に入り、階段を降りていった。屋敷の地下階とは別々に造られたこの地下は元は鉱石の眠る場所のために掘られ、らせん状の階段と中心には滑車があって鉱石の荷箱を上げ下げする鎖、中は暗い上に湿っていて空気が荒んでおり、壁に手を当てておかないと足を踏み外しそうだった。初代エルネスティーネ子爵は元々は庶民の鉱夫だった。しかし、エルサワ諸島が領土化される前の島で、虹色輝石(プリズマイト)の鉱脈を発見したために、エルサワ諸島の初代領主となり二〇〇年間、エルサワ諸島の幸福と平和を築いてきたのだった。そして一二〇年前に鉱脈は尽きてしまったが、その名残として鉱脈の上に屋敷を建てたのだった。

 メイドは半分まで石段を降りると、懐の中に隠してあった小型照明具を出し、辺りを照らした。着地点は地上より三〇ゼタン、更に人為的に造られた木板と漆喰の壁が欠けていたり割れていたりと仕切られていた。


 昼食がすむと、子爵一家もジュナ一家もそれぞれの活動に入った。祖父母は部屋で過ごしていることが多く、バーシャ伯母とジャーミル伯父は領内の勤務で、この日の午後は町へ行って、町内議会場で領内会議を開き、アロジーノは自前の小型海上船で何人かいるガールフレンドと共に遊び、ハプサは子爵仕えのお針子に頼んで新しい普段用のドレスの注文をし、ウェストを半ジルク減らすために町とは反対の海辺の広場へと散歩しに行った。ブルーヴはというと、昼食後はジュナの部屋へ行き、ジュナの仲間であるエルニオ・羅夢・トリスティスの写真と彼らの相棒である融合獣の写真を見せてもらっていた。

 ジュナの携帯電話の写真フォルダにはジュナと同じ学校に通う三〇〇人のうちの四人である融合適応者の写真と融合獣が収められていた。

「ジュナの学校でも四人しかいないのか……。エルサワ諸島には一人もいないというのにな」

「うーん、エルサワ諸島はそんなに広くないし犯罪もそんなにないから、かえって平和だし融合獣がいても宝の持ち腐れっぽいし」

 ジュナが言うと、ブルーヴはまだ融合闘士に対する憧れは残っていた。

「ここだけの話なんだけど、」

 ジュナはブルーヴに言った。自身の住むエリヌセウス皇国で巨大な怪獣が暴れていたり、融合適応者の悪者が出てきて、その都度にジュナやエルニオらがそいつらと戦い、野望を喰いとめてきてことを話した。エリヌセウス皇国だけでなく、今年の融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)でも、悪の融合闘士や怪獣を送り込む連中――ダンケルカイザラントのことを教えたのだった。

「ダンケルカイザラントねぇ。その人たちって、何が目的でそんなことをしているの?」

「アルイヴィーナの支配、っていった方がいいのかなぁ……。融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)では、融合適応者の強化の秘伝が隠されているトロフィーを奪ったとしか」

 ジュナは一ヵ月半前に起きた出来事をブルーヴに伝えたが、新学期が来て四年生に進級してからも、次々にダンケルカイザラントが様々な理由でエリヌセウス皇国に刺客が送り込まれてきたこともあったので、結局ダンケルカイザラントのことは上手く伝えられなかった。

「まっ、融合適応者になっても、いいことばかりじゃないんだよ」

 ラグドラグがブルーヴに言った。

「エリヌセウス皇国は何度もダンケルカイザラントが侵略しているのに、国民に伝えないのは何か理由でもあるのか? 怪獣が出てきたり、孤児院の子たちが一度に何十人も誘拐されたり」

 その質問にジュナが答えた。

「大っぴらに国民に発表したらエリヌセウス皇国はダンケルカイザラントと戦争になるから、かえって黙秘しているんだと思う。ダンケルカイザラントって過激な人たちが多いから、交渉もまず無理……」

 ジュナの話を聞いてブルーヴは肩を落とした。自分が融合適応者になれば関係ない人にも迷惑がかかってしまうと。

「でもブルーヴって、賢いしお兄さんたち気はいいし、他に得意なことや向いていることを見つけていけばいいんじゃないの? まだ十五歳だし、きっとさぁ……」

 ジュナがブルーヴに自分なりの励ましをした。ジュナも十三歳とはいえ、エリヌセウス皇国に引っ越ししてから、次々に出来事が大なり小なりぶつかってきたのか。

「そうだね……。明日で叔母さんもジュナもエリヌセウスに帰るんだっけ……。そろそろおいとまするよ」

 そう言ってブルーヴはジュナの部屋を出て、自分の部屋に帰っていった。


その日も平和が過ぎていき、空は満面の星が瞬く瑠璃色に染まり、どこの家々も灯りをつけて夕食や酒盛りを楽しみ、エルネスティーネ子爵邸でも晩食をとり、主人も客人も使用人も明日に備えたり今日の疲れをとるために灯りを消し、床に就いたのだった。

 住民が寝入ってどれ位が経ったが、日付が翌日に変わる頃だった。

 エルネスティーネ子爵邸がゆさゆさと揺れ、ガガガガ……という岩を削るような音で目が覚めた家の者は灯りをつけ、廊下に出て集まった。

「なっ……何じゃ!?」

「じっ、地震かぁ!?」

 祖父母も従兄たちも使用人たちも電熱ランタンを持っており、ジュナもラグドラグも母セイジャも起き出したのだった。

「で、でもお父様、町の方はちっとも異変が起きてもませんよ!?」

 バーシャ伯母が廊下の窓を開け、月灯りと電熱ランタンの光で町の様子を照らした。町には建物が揺れたりなどの変化は一切なく、震動が起きているのはエルネスティーネ邸とその周囲であり、木の幹や枝がユサユサ揺れ窓からはひんやりした秋の空気が流れてくる。ジュナは融合適応者の勘が働いて、祖父母に尋ねる。

「お、おじいちゃん。この家に地下空洞とか地下トンネルとかない? そこから原因が来ているのかもしれない」

「あ、ああ、地下? エルネスティーネ家の屋敷が建つ前はここは鉱洞だった。今は虹色輝石(プリズマイト)の鉱脈は尽きてしまったが、鉱脈を見つけた我が一族の始祖が建てたからな」

 ジュナは祖父から屋敷の成り立ちを聞くと、メイド長が全員居る筈のメイドの一人が欠けていることを報せた。

「大旦那様……、メイドが……一人いないんです。休暇届けといった書き置きもなく……」

 壮年のメイド長が青くなって祖父に言った。

「何てメイドだ?」

「最近入ったばかりの……ヘレン=ダンという者です。何せ私や他の者も作業やらで気づかなくって……」

 一人欠けたメイドの話を聞いて、ジュナとラグドラグが顔を見合わせる。彼女が怪しい、と。そして更に長年エルネスティーネ家に仕える執事長、ルクレツィオがあわてふためながら祖父母とバーシャ伯母に駆けつけて報せた。

「大旦那様、大奥様、子爵様……。しょ、書庫が、書庫が大変なことに……」

「な、何だって!? 何か盗まれたのか!?」

「い、いいえ違います……。本は一冊も紛失はしておりませぬ。ただ、穴蔵といえばいいのか、地下への出入り口があって……」

 ルクレツィオが説明すると、バーシャ伯母が夫のジャーミル、アロジーノとハプサを連れて確かめに行った。

「お父様たちはここに残っていて。セイジャ、お父様とブルーヴたちを見ていてちょうだい」

「わ、わかりました」

 ジュナとラグドラグ、末っ子のブルーヴは残されたが、両親に言われてついてこいと言われたアロジーノとハプサは面倒くさそうについていった。

「ったく、眠いったらありゃあしないよ」

「ママってば、私じゃなくブルーヴを連れていけばいいのに……」

 アロジーノとハプサはぶつくさ言いながら両親の後をついていき、書庫の様子を確かめに行った。

「やれやれ……。アロジーノもハプサも子爵の子とはいえ、少しだらしがないな。運良く子爵家に生まれたからって、豪遊だの遊びだの劇だのと好き放題しおって」

 祖父がアロジーノとハプサの様子を見て呆れつつ溜息を吐く。

「アロジーノなんか長男だというのに、子爵家を継ぐという自覚や責任感が薄いんでしょうね。末っ子とはいえ、ブルーヴの方がまだ真面目でキチンとしているというのに……」

 祖母も同感した。

「おじい様、おばあ様、僕には無理ですよ。子爵家の跡取りなんて……。責任が重大すぎて……」

 ブルーヴが両掌を出して首を振った。

「いや、言ってみただけだ。ただ、お前の方が兄よりまともだ。他所へ嫁いだとはいえ、カーシャの娘たちやジュナも、アロジーノやハプサよりもきっちりしている。それにまだ子爵家を継ぐのは誰とも決まっていない」

 祖父が言った。ジュナもブルーヴが兄や姉とは違い、こんなにも大人しくて融合獣という身近でない存在への憧れをもつ子爵家の息子としては変わり者っぽいとはいえ、ブルーヴこそが次代の子爵らしく思えた。


 一方、書庫では一番奥の本棚の真下に扉があって、そこが旧地下鉱道への道だと知ったバーシャ伯母と夫、アロジーノとハプサはそこからかすかとはいえ、ゴゴゴ……と聞こえる岩や地面を削る音が地下から響いてくると知ったものの、誰が確かめに行くかで困っていた。

「兄さんが行ってよ。私は嫌よ。こんな暗そうで湿気まみれそうなとこは」

「面倒なことはいっつも俺に押し付けて。お前が行けよ」

「どうせなら貴方が行ってちょうだいよ。一応、一家の大黒柱でしょ」

「そう言われても……」

 すると書庫に寝着から普段着に着替えたジュナとブルーヴ、そしてラグドラグが現れたのだった。

「どうしてお前が……!?」

 アロジーノはジュナとブルーヴを見て尋ねるが、ジュナはこう言った。

「伯母さんたち、わたしたちに任せて下さい。この出来事は……常人では解決できなさそうなんです」