1弾・8話 捕らわれの白竜



 ジュナとトリスティスがエルネシアの学校帰りに再開してから二日後、羅夢とジュビルムは初めてジュナの家にやってきた。羅夢はジュナからトリスティスとソーダーズの紹介に招かれたのだった。この日は学校が休みの日曜日だった。

 様々な人種がいるラガン地区の街中で、和仁族で和衣(わごろも)姿の羅夢が珍しいのか、ラガン地区の人たち十人中三人が彼女を目にしている。羅夢はこの日、桜色の半袖衣と濃紅の長袖衣の重ね着と古代紫の帯と黒いレギンスの服装で、両手には赤いチェリクサの花模様の風呂敷に包んだ和菓子を入れている。後ろからジュビルムが跳ねるようについてくる。

 ふと空を見上げると、碧の中に翡翠色の人影が見えた。ツァリーナと融合したエルニオだった。エルニオは羅夢の前に降り立つと融合を解いた。エルニオは緑のミニベストと萌黄のシャツ、山吹色のアスコットタイ、灰色のズボンの服装をしている。

「エルニオさん、来たんですね」

 羅夢はエルニオに声をかけた。

「ああ。ツァリーナと融合した方が安上がりだからね」

 エルニオがそう言うと、ツァリーナは翼でペシッと彼の脚を叩いた。

「融合獣は節約の存在じゃないのよ」

「あはははは」

 羅夢とジュビルムは思わず噴き出して笑った。その後は二人と二体でジュナの家に着き、インターホンを鳴らした。

「はいはーい」

 インターホンの音を聞いて、ジュナの母親が玄関から出てきた。

「いらっしゃい。トリスティスさんはもう来ているわよ」

 母親はエルニオ達を招き入れた。

「お邪魔します」

 二組は会釈し、靴を脱いで揃えて、ジュナの部屋に行く。二階に上がってすぐのジュナの部屋に入ると、ジュナとラグドラグが出迎えた。

「いらっしゃい」

「よう来たな」

 エルニオたちは部屋の中に入り、部屋の真ん中に座っているトリスティスとソーダーズを目にした。

「この人がトリスティス先輩とソーダーズ。二日前にわたしと同じ学校に転校してきたんだって」

 ジュナはエルニオたちにトリスティスとソーダーズ紹介した。

「私はトリスティス・プレジット。エルネシア上級学院五年生よ。よろしく」

 トリスティスは南方訛りの言葉でエルニオたちに挨拶した。

「あっしはソーダーズといいやす。よろしくたのんます」

 ソーダーズは尻尾で立ち、頭を器用に下げる。それに倣って、エルニオや羅夢たちも頭を下げる。

「エルニオ・バディス。機工学科三年です」

「ツァリーナよ、よろしく」

「和仁族でもうすぐみなさんと同じ学校に入る宗樹院羅夢です。よろしくお願いします」

「ジュビルムでーす。よろしく」

 エルニオたちは改めてトリスティスを見る。南国出身だが肌はやや白く、淡紫の髪に薄青い瞳、何よりも背が高く、モデル並みの体型がジュナでなくても目を引く。服装は水色のロングパーカーに青いシャツとベージュのサブリナパンツという内陸国のエリヌセウスには合わないが彼女には相応しく爽やかな服装だった。

 その後は羅夢が持ってきてくれたお菓子をみんなで分け合って食べた。黒塗りの木箱にはノルマロイドであるジュナやエルニオが食べられるようにと、洋風大福を用意してくれた。甘いぎゅうひにココスクレーメやカスタードやストベやナバレのクレーメが入っている。

 みんなでわいわい食べているさ中、トリスティスはエルニオと羅夢に自分が水棲人種(ディヴロイド)だということを話した。

「ええっ!? トリスティスさんて、ディヴロイドなの!?」

 羅夢はトリスティスがディヴロイドだと聞いて驚いて、大福を落としそうになった。エルニオやツァリーナやジュビルムも面喰らった顔をした。

「わたしだってトリスティス先輩がディヴロイドと聞いた時、ビックリしたもん。ディヴロイドなんて南国にしか棲まない人種だからね」

 ジュナは二日前に聞いていたので、もう驚くことはなかった。しかしディヴロイドは露出の多い服を着ない限りはノルマロイドと区別がつかない。水棲人種といっても、長時間潜れるのと体に縞とえらがある以外は。

「でも私は半分ディヴロイドだから、水中活動は苦手でソーダーズと融合すれば平気なのよ」

 トリスティスはストレートにエルニオと羅夢に言う。

「でもスタイルが良くて羨ましいです」

 ジュナがそう言うと、羅夢やエルニオ、融合獣たちも頷く。

「何、それじゃあ私は『体だけいい女』ってこと?」

 トリスティスがむくれると、ソーダーズは「褒めてんすよ」と言い、最後はみんなおかしくなって笑った。

 やがて夕方になり、移動はそれぞれの家に帰っていく。

「じゃあまた明日学校で」

 ジュナがエルニオとトリスティスにそう言った。

「ああ、またね」

「御馳走さま」

 エルニオはツァリーナと融合して飛び去り、ソーダーズは空中を泳ぎながらトリスティスの後をついていき、羅夢とジュビルムも帰っていく。三組を見送ったジュナはラグドラグと自室に戻った。

「融合暴徒もあの日以来現れないし、融合獣で悪事を働いた事件も起きないし、暫くは平和続きね。テストはあるけど、その時までは大丈夫でしょ」

 そう思っていたジュナだったが、この平和はジュナの周囲だけであった。


  


 ジュナの言った通り、テスト勉強期間とテストの日の二日間は何事もなく平和だった。ジュナの学校の期末試験は午前と午後に二科目ずつ二日間行われ、合計七〜八科目の試験を受ける。成績は優・良・可・不の四段階に分けられ、不を四つ以上採ると再試験を行い、そこで可以上を採らないと三日間放課後で補習を受けることになっている。

 試験が終わり、ジュナも他の生徒たちも試験の苦しみから解放される。

「どーだったー?」

「やっぱ無理かもー」

「追試も補習も嫌だよなー」

という会話が教室中にざわめく。ジュナも正直言って、ジュナは今回の試験は多分平均点ギリギリだろうと思っていた。一応この十日間頑張ったのだが

 試験が終わると、掃除が行われ、クラブと委員会活動が再開される。仲良しのダイナは保健委員会に入っており、ラヴィエは体操部に入っているので、今日の下校は一人だった。

(わたしもクラブに入ろうかな……)

 そう思ったけれど、運動は球技も陸上も水泳も今一つで、音楽はやるより聴く方が好きだし、クラブに入らなくとも料理はできるし、裁縫もボタンつけとほころび直ししかできないし、芝居や絵もやるより見る方が向いているし、文章も書くのは苦手だし、没頭できる研究もない……。ジュナは一体何が自分に向いているのか思い悩むことがあった。

(わたしは何をすれば、のめり込むことができるだろう?)

 そう考えながら、ジュナは自分の家に着いたのだった。

「ただいまー」

 ジュナは玄関から入り、手洗いとうがいを済ませ、台所に行って今日のおやつを用意した。おやつはブルベの果実茶と母親が職場の人からおすそ分けしてもらったプロックゼン(クッキー)を箱から出して十枚出してお皿に乗せた。ティーカップとプロックゼンのお皿をダイニングに運んで食べた。プロックゼンを一枚食べては果実茶を飲みを繰り返しながら、ジュナはテーブルの上に丸まっている今日の新聞に気づいた。

「そういえば、今日のニュースも新聞も見ていなかったな」

 そう何気になく手に取ったジュナだったが、めくっていくうちに一つの記事を見て沈黙した。

「エルネシア地方ガイマン地区付近の森で、融合獣の一体(蝗(ナゴーカス)型融合獣)が殺害される。死因は契合石を抉り取られ――!?」

 ジュナはその記事を見て思わず新聞を落とし、二階に駆け上がって自分の部屋にいるラグドラグを見た。ラグドラグはテレビモニターに白い正方形のゲーム機を繋ぎ、シューティングゲームで遊んでいた。

「おう、ジュナ、お帰り……。どうしたんだ、蒼い顔して……」

 自分の前に立ち尽くすジュナを見て、ラグドラグがジュナがいつもと違うそぶりでないことを悟った。

「わたし、知らなかった……。融合獣にも"死"というものがあるなんて……」

「!」

 融合獣が殺害されたという事実を知ったジュナは、ただ呆然としている。

「お前……」

 ラグドラグはそんなジュナを見て、深刻に語り始める。

「すまない、ジュナ。言おうと思っていたけれど、傷つきやすいお前のことだから黙ってたんだ……。俺たち融合獣は体についている契合石を抜かれるか、首をはねられるか、粉々にされるほどに体がバラバラにならない限り死なないんだ……。ずっと黙っていて、ごめん……」

 老いや病気や深い傷を負っても死ぬことはないが、誰かの手によって殺されることで融合獣の死を知ったジュナにとっては大きな衝撃だった。ジュナはひざまずいて、でも知りたい一心でラグドラグに訊いた。

「あなたは……どこで生まれて、どこから来たの……?」

 言うべき時が来た、とラグドラグは思った。もしかしたら彼女の心を交わすかも知れない、嫌われるかもしれない。でもずっと隠し続けている訳にもいかなかった。

 融合獣の悲しい誕生を――。

「俺たちが二〇〇年前に造られた人工生命体だというのは知っているよな。体は人工組織で造られ、動物の遺伝子とリンカイトという鉱石が契合石の源核(げんかく)――」

「うん」

「だけどよ、素材(マテリア)はもう一つあったんだ。融合獣の個々をつかさどる部分、性格や感情は、元の人間のモノなんだよ……」

「嘘……!!」

 ジュナは融合獣が人間で造られたという事実を聞き、驚愕した。

「今から二〇〇年前――」

 ラグドラグは語り出す……。


  


 ガルザイダの星の人間から奇襲を受けたアルイヴィーナは数百の部隊と数万人の兵士が立ち向かった。だが、ガルザイダ軍は強く、一人でアルイヴィーナの兵士十人の力を持っていた。死者は一般人と兵士を合わせて数百人にも上り、ケガ人も千人も超すものだった。

 人間だったころのラグドラグ――ラドル・デュークもアルイヴィーナの兵士の一人だった。ラドルはかつて、両親と四歳下の妹と共に暮らしていたライン整備士の青年で、銀白髪紫眼のノルマロイド。母星を守るために志願兵となったが、出撃して三カ月で重傷を負い、全身の七割が火傷に負われ、両眼も見えない状態だったという。ラドル以外の他にも重症の兵士はたくさんいた。中には十六歳の少年兵や女性兵もいた。軽傷者は何日か休んで戦場に復帰できたが、重傷者はもう戦えなくなっていたうえ、アルイヴィーナの各地に建てられた医療施設が満杯になっていた。

「俺は守るんだ……この惑星(ほし)を……」

 まだ二十三歳の青年であったラドルは毎日のようにうわごとを言っていた。彼が重傷を負って十日後のことだった。

 何人かの科学班担当者がラドルに打ち上げた。科学担当班の総官テナイはラドルに言った。

「君はどうするかね? このまま朽ちて死ぬか、それともまだ戦うか? どうする?」

 ラドルの返事は同じだった。「戦う」と。するとテナイ総官は「連れて行け」と部下たちに命令し、ラドルを医療施設から地下に設けられた科学兵器開発施設に運んでいった。ラドルは目は見えなかったが、自分と同じようにテナイの質問に答えた人間たちがどこかに連れていかれたのを聞いて、戻ってくることはなかったという噂を耳にしていた。

(まさか、殺すのか? 戦えない者は「役立たず」だからか?)

「嫌だ、死にたくない……」

 浮遊担架に乗せられたラドルは嘆いた。

「違うよ、君は生まれ変わる(・・・・・・)んだ。殺すのではない。安心したまえ……」

 テナイはそう言うと、ラドルを一つの巨大な部屋に入れた。その巨大な部屋は中央に何かの動物をかたどった素体とそれにつながっている管と巨大な筒。筒は一人一人が入れる大きだった。その筒の中の液体は炭酸のような泡が浮かび、赤っぽい色をしていて、五十くらいの数があった。

 白衣を着、手術用の白い帽子とマスクを人々はまず、ラドルの体の包帯や薬のついたガーゼを剥がし、ラドルの腕に強力な麻酔注射を入れる。ラドルは全身が少しずつ麻痺していくのを感じ、だんだんと意識が薄れていくのを感じた。

「もう動きません、総官」

「よし、開始しろ」

 班員たちはラドルの筒の中に入れた。するとラドルの体がジュワジュワと溶け込んでいき、皮が剥がれ、筋肉が崩れ、骨がなくなっていった。そしてその液体はいくつものの管を通って、素体に流れ込んでいき、灰色の石だった契合石が色をつけた。

 そしてラドルが眼を開けた時は、テナイと数人の部下たちが目の前にいた。

「おめでとう。君は生まれ変わった。君は傷ついても癒える体となったのだ。もう心配は必要ない」

 目を向けると、手が竜(ドーリィ)の手だった。

(俺は……誰だ……?)

 ラドルは全ての記憶を失っていた。自分はどこの誰で、人間だったことも。

「君に相応しい名前をつけないとな。君はそう、ラグドラグだ!」

「ラグ……ドラグ……?」

 ラドルは言い返した。

「そうだ、君はこの惑星を救うために生まれた生命だ。やってくれるね?」

 テナイは言った。ラドルだけでなく、他の兵士たちも融合獣になっていて、かつての記憶を失くしていた。それはテナイが融合獣の頭脳の記憶部分を「適応者と共に戦っていく」というプログラミングをさせられていた。

 そしてラグドラグは最初の適応者と共にガルザイダ軍を追い払い、勝利を得、その後はずっと人間だった時の記憶を失ったまま生きていたが、適応者が亡くなった時、全ての記憶が甦って、プログラミングが解けた。そしてその姿を見た時、ラドルはすでに人間ではなくなったことに気づいた。

「だ、誰が俺をこの姿に……。あっ……」

 彼の脳裏にあの男の記憶が甦った。

「テナイ……!」

 あの男だ。あのテナイがラドルをこのような姿に変えた。そしてラグドラグはテナイを探し、復讐を果たそうとあの場所に向かったが、そこはすでに廃墟と化し、テナイもすでに亡くなっていた。

「くっ……そおおおおおおおおおお!!」

 自分の姿を変え、人生も変えられ、しかも復讐する相手もいない悔しさに彼は叫んだ。

 しかもそれは戦争から六十年後のことだった。そして懐かしい故郷に帰った時は、みな知らぬ者で、家族もすでに亡くなっていた。

 その後は各地を転々としてきた――。


「それが融合獣誕生の原点だ」

 ジュナは話を聞いて、力が抜けたように両手を床に着いた。そんな残酷な歴史があることを初めて知ったのだから。

「テナイは優秀な生物学者で人工組織の開発者であり、有能な医学士でもあった。融合獣の開発は戦争から十年前に造られていたらしい。最初は動物の脳と知性強化剤と使っていたが、薬が強すぎたせいで失敗した。融合獣は地下作業や海中作業のために造り出した筈が、戦争の道具になっちまった――」

「薬を使った動物の脳じゃできなかったから、重症の兵士を使ったの……」

 ジュナは震える声でその台詞の続きを言った。ラグドラグがよく見てみると、体がガタガタ震えていた。

「ジュナ、気持ちはわかるが、肝心のテナイはもう……」

 ラグドラグがなだめようとしたが、床のじゅうたんに水が滴った。

「ジュナ……?」

 よく見てみると、ジュナは歯を食いしばり、両目から涙を零していた。

「わたし……ラグドラグの適応者なのに……気づいてやれなかった……。どうして……もっと早く……知ってあげようと思わなかったんだろ……」

 ジュナは自分を責めていた。どうしてラグドラグがこんな過酷な生き方をしていたことを知ってやれなかったのか。奥深い彼の傷を見てやれなかったのか。情けなくてたまらなかった。

 ただひたむきに泣いているジュナのためにラグドラグができるのは、彼女を一人にしておくことだった。ラグドラグは静かにジュナの部屋を出た。

  


 ラグドラグは街をさまよい歩いていた。通りゆく人間の中に混じって、ふらふらしていた。

(俺は、本当に莫迦だ……)

 悪口を言った訳でもなく、強くはたいた訳でもないのにジュナを、適応者を傷つけてしまった――。

(俺はいつかジュナに本音を言おうとしていたが、あいつの――あどけない笑顔を見ていたら、だんだんそういう気が失せてきていた。俺はあいつの級友を助けるためにジュナと融合して、一緒に暮らすようになってからは毎日が楽しく思えた。何も知らせない方が幸せだったんだろうか?)

 わからない、とラグドラグは思った。今までの適応者は顔も声もあまり覚えていないが、あまり善い人間ではなかったことは確かだ。もうそんな奴とはご免だからと地下水路で暮らすようになった。だが、命の源である契合石がなくなるか首を斬られない限り死ぬというのも嫌だった。残された家族もラドルが戦死したと思ったまま亡くなっている。

(俺は一体どうしたら……)

 その時、後ろから声が飛んできた。

「ラグドラグ!?」

 呼ばれてビクッとしたが、その声には聞き覚えがあった。振り向くと羅夢とジュビルムがいた。

「お前ら――」

 川のほとりの土手で、二体と一人はどうしてこうなったか、話を聞き合った。土手の芝の上で羅夢は体育座りをし、ラグドラグとジュビルムはそのまま足を伸ばして座っている。

「そうですか。ジュナちゃんには話してなかったんですね……」

 ジュビルムが何故ラグドラグが家を出て、さまよっている理由を聞いた。ツァリーナもジュビルムもソーダーズも出身地や人種、国籍は違うがアルイヴィーナの若い兵士だった。彼らもテナイの手によって、重傷を負っていたのを融合獣にされたのだった。

「わたしも、ジュビルムと出会って何日か後に、この子が昔のアルイヴィーナの兵士だったのには正直驚いてショックでした……」

 羅夢も二年前にジュビルムの正体を知った時は驚いたが、それでも現実を次第に受け止めたのだった。彼女の家族もジュビルムを迎え入れて。

 羅夢は暁次国の鹿沼町に両親と父方祖父と弟と暮らしていた。その時の商家はまだ小さかったが、家族五人細々と穏やかに暮らしていた。 

 二年前の秋に、母親と弟と一緒に町の近くの山に木の実拾いに来ていた。山にはマリックやハルツェやウォーナクの木の実がいっぱい採れるのだった。そしてたまにしか食べれない甘いお菓子を作ってもらうのが何よりも楽しみだった。暁次の甘いお菓子は都ではよく食べれたが、田舎では贅沢品として扱われ、結婚式や祭りなどの祝い事しか食べられず、普段の時でも一週間に一度しか味わえないのだ。田舎では米(リッケ)のせんべいやふかし芋やべっ甲飴が子供のおやつだった。

 さて羅夢は紅葉の森の中で、木の実を拾っているうちに母親と弟とはぐれてしまった。

「やだっ、母上、門保(かどほ)、どこ〜?」

 夢中で木の実を集めているうちに、森の奥に迷い込んでしまったのだ。

「あ〜、どないしたらええんじゃろ。母上も門保も心配しとるかもしれん」

 羅夢が困っていると、くすんくすんという声が聞こえた。どこからだろうと思って辺りを見てみると、目の前の古いシーワの大木の根元から聞こえてきた。

「ここに誰がおるんじゃろ……」

 根元を覗いてみると、そこにジュビルムがいたのだ。

「おんしが泣いておったのか。助けるから待っとれ」

 羅夢は手を伸ばしたが届かず、そこで一枚しかない前掛けを裂いて、縄を作り、ジュビルムを引っ張り上げたのだった。

「助けてくれてありがとうです」

「あ、ああ……」

 羅夢はジュビルムを初めてみた時、驚いた。兎(ラヴィーニ)のようだが毛は薄い桃色で尻尾が長く、お腹に宝石みたいな石がついている。おまけに喋っている。

「融合獣知らないですか?」

「ああ、知らん。どんな生き物じゃ?」

 羅夢はここでジュビルムから融合獣の話を聞いて、納得した。

「そうか、おんしら融合獣は人と融合して強くさせるんか……。ところで、ジュビルムは何故穴におっこったんじゃ?」

「はい……。三日前にお腹をすかせた狼(ヴォルファー)に襲われて、穴の中に落っこちて……。お腹もすいちゃって、もう何も……。穴の中には黄金しかなくって」

「こがね?」

 それを聞いて羅夢は驚いた。

「はい。黄金です。純金です」

「す、すまんがまた穴に入って採ってきてくれぬか? 本物かどうか確かめたい」

 羅夢はジュビルムに頼み、ジュビルムは前掛けの縄に繋げてもらい、金を一つ採ってきてくれた。確かに金色の延べ棒だった。しかも一つではなく、十もあったのだ。

「凄い……。本物じゃ……」

 その時、母親と弟がやってきて、迷子になった羅夢を探しに来てくれた。

「羅夢、ここにいたの!」

「心配したんじゃ、姉上」

 青竹色の髪を一つに束ねた桃色の目の女性と母親と同じ髪の男の子が羅夢を見つけた。男の子の方は、目の色が褐色である。

「母上、明日夢」

 二人は羅夢の手元にある黄金を見て驚いた。そして三人で金塊を家に持って帰り、家族に見せた。両親や祖父は当然の如く驚き、後日に金属鑑定士に見てもらうと、その金塊は七〇〇年前の稲豊(いなとよ)時代にこの地を治めていた村雨(むらさめ)族の隠し財産であった。その金塊は羅夢が見つ

けたものなので彼女のものとなり、総額四〇〇ヴィーザとして県の財産管理局に買われて、一家は金持ちになったが、近所の者や親戚からは嫉妬された。「自分たちと同じく貧しい者が金持ちになっていい気になっている」と周囲はそう思い、羅夢たちはそんなことを考えていないのに妬まれたのだった。そして一家は暁次を出て、エリヌセウスへと引っ越した。

「そうだったんだな。偶然融合獣のジュビルムと出会ったうえに財宝まで見つけたが、周りから嫉妬されて逃げるようにここへ……」

 ラグドラグは羅夢一家のエリヌセウス来訪を聞いて、納得していた。

「はい。どうせならジュビルムだけを助けて、宝をそのままにしていれば……といつも考えるようになりました。宝を見つけたのは、偶然なのに……」

 羅夢は悲しそうに言う。

「だがよ、その宝を見つけたおかげで別のものが手に入ったともいえるぜ。もしずっと暁次にいたら、俺やジュナとも会えなかったし」

 ラグドラグがそう言うと、羅夢とジュビルムは「あ」と気づいたように言った。

「確かにそれはそうですよね……」

「そう言われてみれば……」

 羅夢はそう告げると、ジュビルムと共に立ち上がり買い物の紙包みを持って家に帰ろうとした。

「それでは、わたしたち帰ります。帰らないと、おうちの人、心配するので」

「あ、ああ……。わかった」

 羅夢とジュビルムが去ろうとする間際、ジュビルムが踵を返して、ラグドラグに言った。

「ラグドラグも帰った方がいいですよ。最近、融合獣狩りがこの地方をうろついているって噂ですから」

「ああ。あれか……」

 融合獣狩り――。それは四月の終わり頃から今起きている事件のことである。適応者つきであれ、適応者なしであれ、融合獣が殺されて体の契合石が抜き取られる事件であった。融合獣と一緒に他の融合獣を奪って闇市や他星人に売る融合暴徒よりもたちが悪い。

 体についている契合石は共鳴石(リンカイト)に動物の遺伝子や融合獣となった人間の遺伝子や感情、性

格や記憶が入った人工血液が流れていることで融合獣は生きていられる。更に心臓頭脳といった器官と繋がっているため、砕かれたり抜かれたりすると死ぬ。因みに個体によって、契合石の色が違うのは、人間だった時の瞳の色からきている。

 ラグドラグが空を見上げると、空はすっかり日が暮れて、琥珀色になっていた。

「帰ろう……。ジュナのもとへ……」

 そして翼をはばたかせて、家の方向へと飛んでいく。


  


 ラグドラグは空を飛びながら、街の景色を見ていた。あちこちの家に明かりがつき、こった造りの外灯がぽつぽつと発光する。

「ああ、夜の街ってこんなんだったんだな……」

と、ラグドラグが見つめていると、殺気を感じた。振り向くと、一筋の電撃がこっちに向かってきた。

「うおっと!!」

 ラグドラグは素早くよけ、電撃を放った主が街中の小さなビルの屋上にシュタッと跳び下りた。

「お前か。攻撃してきたのは……」

 ラグドラグも屋上に降り、その相手を見る。融合闘士だった。濃いオレンジの地に黒い縞模様、瞳は山吹色、左肩に同じ色の契合石。虎(トッフーガ)を模した融合獣らしい。融合闘士の姿は虎(トッフーガ)の獣人のようだった。

「お前、どうして俺を攻撃してきた?」

 ラグドラグが融合闘士に訊いてきた。

「そんなことは簡単な理由だ。もうあれから二〇〇年経つのだから、融合獣は不必要になっただけだ。そして安らかにしてやっているだけだ」

 融合闘士は押し殺した低い声で答える。

「ふざけんな! 一人の科学者が重症の兵士を使って、融合獣を造り、殺されない限り死なない体にされたんだ! 家族も知人もみんな死んで、どんな生き方してきたかわかってんのか! 俺は、俺たちは……人間でも動物でもない不死の人工生命体なんだ! それでも……エリヌセウスは融合獣たちにも権利を与えてくれている……。お前は何故、こんなことを……」

 ラグドラグがそう言うと、融合闘士は融合を解除した。一瞬に山吹色の光が閃いたと思うと、人間と融合獣に分離した。

「お前は……!」

 ラグドラグが融合適応者の顔を見て驚いた。

 細面の顔、ベージュ色のオールバックヘア、冷たい山吹色の瞳、十八ジルクの細身の背丈、詰襟のロングジャケット――。

「テナイ!?」

 ラグドラグがその顔を見て驚く。

「ああ。私はテナイだ。といっても君たちを生み出したテナイは、私の曾々祖父だ。今の私は五代目のアルフォード・テナイ。初代カルセドル・テナイの子孫だ」

「子孫だって!? でもひいひい孫のお前は初代テナイの悪行とは関係ないのに、どうして融合獣狩りなんか……」

「それは曾々祖父の意志だよ」

「意志!?」

「そうだ。曾々祖父は人体実験と多くの人間を融合獣に変えた罪で逮捕される前に、赤子であった曾祖父を残して自害し、子孫である父も祖父も曾祖父も、初代のテナイの罪による酷い仕打ちを受けてきた。その時悟ったのだ。全ての原因は初代テナイの芸術作品、融合獣の存在で苦しめられてきた。私たちはテナイの無念を晴らすために、融合獣を少しずつ殺してきた――」

 テナイの話を聞いて、ラグドラグは激怒した。

「ふざけるな!! 先祖の悪行を晴らすために、融合獣を殺しているだと!? お前も酷いとは思わないのか!?」

 ラグドラグはテナイの融合獣を見て、意見を問う。

「無駄だよ。このアティゲラは代々テナイ家に仕える融合獣でね、私の命令には絶対なのさ」

 そうテナイが言うと、アティゲラと融合して、ラグドラグに襲いかかった。

(ジュナ……!!)

 ラグドラグは目をつぶり、今の自分に適応者がいないのを悔んだ。


 ラグドラグに呼ばれたような気がして、ジュナは突っ伏していたベッドから起き上がった。

「ラグドラグ……?」

 嫌な予感がした。きっと彼の身に危機が起きたのだとジュナは思った。

「探さなきゃ……!」

 そう思ったが、どこに行けばラグドラグがいるのかわからず、足を止めた。

「どうしよう……。どこにいるか、わからないよ……」

 ラグドラグの居場所がわからず、ジュナがぐずり始めた時、ジュナの脳内に一つの景色が浮かび上がった。浮かび上がったのは――。

 天井にも壁にも穴があき、床のコンクリートもひび割れており、鉄製の箱やドラム缶がいくつもある古びた倉庫の内部。そして更にその倉庫はラガン地区の三番街の外れにある森近くの封鎖された倉庫だった。

 ジュナはこの場景はラグドラグの記憶が自身の記憶と繋がっていることに気づき、この間文献で調べたデータの一部を思い出した。

(そうか。適応者がいる融合獣は、適応者と離れていてもどこにいるか、自分と適応者の中にある契合石で繋がっているんだ。それで、他の人間と融合ができない訳――。だとするとラグドラグの記憶がわたしの中に送られてきているんだ!)

 居場所はわかった。助けに行こうとも思ったが、もう夜になっているし、一人で助けにいけるかどうかも不安だった。

(それでも、わたししかいないんだ。助けに行こう。ラグドラグの今の融合適応者はわたしなのだから)

「ジュナ」

 母親がなかなか部屋から出てこないジュナを心配して、部屋に入ってきた。

「ジュナ、ラグドラグがいないようだけど、何があったの? それにご飯、もう冷めちゃったわよ」

 母親はジュナの肩に、そっと手を置いた。

「ママ」

 ジュナは呟いた。

「わたし、ラグドラグを探しに行く。わたししか探し出せないの。待ってて……」

 ジュナは振り向いて母親に言った。ジュナの真剣な眼差しが母親に伝わった。

「わかったわ……」

 そしてジュナは夜の街に出て、ラグドラグのいる倉庫へと向かった。

「待っててね、ラグドラグ。今、助けにいくから」