2弾・3話 見えない”悪”



 アルイヴィーナのどこかにある悪の秘密基地――。

 その司令室は巨大な台形の部屋に一八の巨大モニター画面、三段式の床の上位に玉座を思わせるいくつものコードに繋がれた鋼の椅子、そこにその首領が座っていた。と言っても終了はスクリーンのような仕切りで姿を隠し、シルエットしか見えない。その中段には三人の幹部。

「ダイロス様、生物兵器ブレンダニマの一号が完成いたしました」

 背中まであるシルバーブロンド、中間肌、黒いローブ付きの黒づくめの服、両目は赤黒いバイザーで見えないが面長顔で長身の二十代前半の男だとはわかる。

「うむ、ご苦労だった。アルイヴィーナ理想化計画の初期段階が終わったか」

 老人のようなしゃがれ声が仕切りの向こう側から伝わってきた。

「ブレンダニマ一号はどこに派遣させればよいでしょうか?」

 青年幹部は凍てつくような声でボスに訊ねる。

「ではお前が行ってくれるか、ユリアスよ。まず最初は融合獣の回収を頼む」

「ははっ。ですが、融合獣には融合適応者がいる者もおりますが……」

「いや、適応者付きでも、回収できる場所があるぞ。そこに行ってくれるか」

 青年幹部はボスから言われた場所に行くように命じられると「承知しました」

と同意し、その部屋から出た。


 エリヌセウス皇国はアルイヴィーナの中心に位置する国。即ち内陸国で草と木々と山と大地に囲まれた国。

 エリヌセウス皇国内東部にあるエルネシア地方ラガン区五番街。この日は学校のない海曜日で空は碧で白い雲が大小細太と浮かび、白金の太陽が照りつけ、街を歩く人々は半袖や薄手の服を着ている。夏が近づいているため気温が上がり、梅雨が近いため少し蒸しており、南から熱風が吹いてきている。

 その街中にあるラガン区五番街スポーツセンターは丸いドーム状の建物と長方形が組み合わさった灰色のブロック造りの大規模な建物で、ルームランナーやステップウォーカーなどの道具があるトレーニング室やダンス室、球技室などの設備が施されており、ドーム状の部分は温水プールで、浅い子供用や競泳用、流れるプールといくつにも分かれており、一日ではやりつくせない。その中の一つ、遊戯用プールにジュナたちがいた。

「暑い日にプールは最適だねっ」

 ジュナが素潜りしたところでプールサイドから顔を出して、腰をかける。

「そうですね」

 羅夢が一休みして、スポーツドリンクをストローで吸う。黒一点のエルニオは遊戯用プールでバタ足している。スポーツセンターのプールは公共場で、家族で来たり友人同士で来たり、様々な理由で訪れており、ジュナのようなノルマロイドや寒方人種や暖方人種、熱帯人種(ブレザロイド バルカロイド ソルロイド)、老若男女といてみんな個人好みに合わせた水着を着ている。

 ジュナは黄色いハーフトップと黒いハイカットの水着、羅夢は桃色地に白地黒水玉のリボンと二段フリルスカート付きのワンピース水着を着ており、髪の毛が絡まないようにツインテールにしている。エルニオは緑の迷彩のバミューダ水着である。

「おっ、トリスティス先輩が飛び込むぞ」

 エルニオが室内プールの奥の飛び込みプールに目を向ける。飛び込みプールの飛び込み台は初心者用・中級者用・上級者用と三段階に造られ、そのトリスティスが上級者用の高さ七.五ゼタン(十五メートル)もある飛び込み台からダイブしようとしていた。トリスティスはクリーミーパープルの長い髪を一つに束ねて一まとめにし、真珠色のグラマーな体系にはコバルト色と白のコントラストの背中と腰が大きく空いた水着を着、両肩と両腿に青い三本の縞が走り、背中には推薦人種の証であるえらがある。トリスティスは飛び込み台から狙い定めて伸ばして両手からダイブし、その後一回転してザパーンとプールの中に入った。

 おおーっ、と他のプール使用者が彼女のダイブフォルムに目を奪われて、拍手の嵐をおこした。

(本当にえらがあるんだ……)

 ジュナはトリスティスの体を見て呟く。トリスティスは海や水辺で暮らせるようになった水棲人種で、ジュナのようなノルマロイドとは違う体の構造になっている。正しくはトリスティスは水棲人種の父と他人種の母から生まれたハーフで、そのハーフは他人種との血が混ざると純粋な水棲人種なら誰でもできる水泳能力が劣るため泳ぎが苦手である。しかしトリスティスはソーダーズと出会ったことで、彼から泳ぎ方を学び泳げるようになった。しかも純粋な水棲人種は一日に何回かは水浴びしないと活力が保てず、トリスティスも半水棲人といえど、三日に一度は水に長時間入らないと元気になれないという。

「でも、お腹空いたね。もう終わりにしたいな」

 ジュナがそう言うと、羅夢もエルニオも賛同した。プール内の高い壁にかかっている電光掲示板の時計は昼の八時三十分を示している。

「トリスティス先パーイ、もうそろそろ終わりにしましょうよー」

 ジュナが飛び込みプールから上がってきたトリスティスに言う。

「ああ。ごめん。もう出ようか」

 それから四人はプールから出て、更衣室にあるシャワーで塩素を洗い流して、水着から普段着に着替えた。四人は解散して各々の家へと帰っていった。昼間の街並みは家の食材を切らした主婦や一人暮らしの若者が買い物袋を担ぎ、空では浮遊車が行き交じり、犬(フュンフ)の散歩をしている男性も見かけたり、子供用の組み立てブロックを並べたような家からは昼ごはんの様子が伺えた。ジュナもプール用のビニールバッグを持ちながら九番街の自宅へと小走りして帰っていく。

 九番街にある小さな庭付きの屋根半分がクリスタルアークル張りの白い家――。ここがジュナの家。

「ただいま〜」

 ジュナは玄関を上がって靴を脱ぎ、うがいと手洗いをしてから食堂へと入る。

「ジュナ、お帰り。お腹空いているでしょうからご飯食べなさい」

 紺色のサロンエプロンをつけたジュナの母親が自分とラグドラグの分の食器を片づけながら言う。

「はーい」

 ジュナは丸椅子付きのテーブルに座り、食卓の上に置かれた昼ごはんに手をつけた。白米(ヴィッテリッケ)と茸類(シュルマ)の炒めご飯とニーオの透明スープとサラダである。炒め飯には平広茸(ひらひろシュルマ)と黒太糸こくぶとし)と丸白(まるしろ)といった茸類が入っている。

「いただきまーす」

 ジュナは母親が作ったご飯に手をつけ、味わって食していると、ラグドラグが入って来た。

「帰ってきていたか、ジュナ」

「ただいま」

「プールに行ってたんだって? 楽しかったか?」

「ラグドラグもついてくればよかったのに」

「ん……。いや……。俺はいいよ。暑さとか寒さとかそういうのないから」

 人工生命体であるラグドラグ達融合獣は寒さや暑さは感じることができないため、どこの環境でも生きていけるが、魚などの水棲生物を模した融合獣は水の中に入らないと活力を保てない。しかしラグドラグは地上の生物を模しているため、全体の水浴びは必要なく、霧吹きで水かけしたり、濡れタオルで体を拭うだけで清潔を保てている。

「まあ、あれから三日経っているという訳で兄貴の情報とかそういうのは掴めていないんだろう?」

 ラグドラグが三日前にみんなでジュナが小さい時に住んでいたアクセレス公国で兄の手掛かりを探しに行ったが、見つかったのは兄の手紙と融合獣と思われるものの羽根だけであった。しかも兄は秘密の組織に入っているため、帰りたくても帰れないのことだった。

「うん、でも、どんだけかかろうと見つけたいよ、お兄ちゃん……。ママが見たら、きっと喜ぶよ」

「だろうな……」


 エリヌセウス皇国最北端にある地方レジスターランド監獄。エリヌセウスの真北にあるレジスターランド地方の監獄で、円状の谷に灰色の要塞が立っており、唯一の出口は一ヶ所だけで、一本道の渡り橋には、高さはざっとある二十ゼタン(四十メートル)はありそうな門と二つの管制塔。囚人達は脱獄できても監視員に追い詰められて深い谷に落ちるか、門を超えても監獄の周囲十ラヴァン(十五キロメートル)は岩地と荒れ地のため、町にたどり着く前に疲労死か餓死してしまう。

「死ぬくらいなら監獄の方がマシ」と囚人達は答える。囚人達の主な仕事は社会復帰のための職業訓練と称して囚人個々の能力に合わせて、廃棄機械の解体とリサイクルパーツ集め、そのパーツで新しい機械製品造りなどといった仕事をしている。人間の囚人の他、人間と共に悪事を犯した融合獣もここで更生させている。最も融合獣は少なくて珍しい生物のため、人間の囚人よりは少ないが。

 その監獄で事件が起きたのはジュナ達が公共プールに行った日の夕方だった。管制塔では黄色と灰色のつなぎの様な制服を着た監視員が四時間おきに交代している。

「おい、ハイマル。交代の時間だぞ」

「ああ、見張っているのも楽じゃねーな。囚人の見回りの方がまだマシだ」

 二人の若い男の監視員が管制塔の交代で話し合う。四角いこの監視室の中は三方の窓と斜め下にいつくかのモニター、通信マイクなどと複雑な機械でいっぱいで、窓のない後方は出入口で、頂点の下層は仮眠室と給湯室とロッカールームで区切られている。

「じゃあ、後は頼んだぞゲイラ」

 ゲイラと呼ばれた肌の黒い暖方種族(バルカロイド)の男はノルマロイドのハイマルにそう言うと監視室を出ていった。

「おう、後は任せておけ」

 ゲイラは監視室を出ていき、ハイマルが一人残った。

「まず周辺の確認を……。北よし、東よし、西よし、南よし。南東も西南も北西も問題なし。そして北東も……って、ええっ!?」

 ハイマルは目をひんむかせ、北東モニターの様子に仰天した。琥珀色になった空のはるか遠くから、謎の巨大鳥がこっちに向かってくるではないか。

「なっ……、何だありゃ? 隣管制塔、全監視員に告ぐ! 北東の方角から謎の飛行物体飛来! 総員出撃を願う! 繰り返す……!」

 ハイマルはマイクに向かって監獄の全監視員に告げた。北東の方角からやって来た謎の飛行物体――正しくは生物遺伝子と機械の融合生物、ブレンダニマは隼(ファリブーザ)のような猛禽鳥のような姿で、頭や翼や脚や胴体が中途半端な半生半機械体である。そしてそのブレンダニマの背中に乗っている銀髪に黒づくめの男――ユリアスがいた。

 隼(ファリブーザ)ブレンダニマは両翼で強風を起こし、監獄から出てきた監視員達を後方へと飛ばし、そして更に体内に仕込まれた火炎放射器から炎を出し、彗星の様な火炎弾を出して、監獄に孔を空けた。

「うわーっ、わーっ?」

 監視員も囚人達も突然の出来事にパニックになり、どさくさまぎれて逃げる囚人、ガレキに当たってケガを負った監視員が続々。ブレンダニマは下降し、監獄の一ヶ所に火炎弾で壊した。壊したところは斜めのバツの字状の牢屋で、中に獣や鳥や魚――犯罪を犯した融合獣が閉じ込められていた。

「な、何だ、何だ?」

 融合獣たちはびっくり仰天。外から壊した所からユリアスが中に入ってきて、彼らに言う。

「お前達に訊く! このまま監獄に残って辛苦を味わうか。それとも我々に着いてくるか! どちらかを選べ!」


 ところ変わってエルネシア地方ラガン区九番街。ジュナはこの時間に勉強していた。ジュナの十三歳の誕生日の後には学期末試験があるのだ。勉強は苦手でが、追試と補習は受けないようにと努力していた。

「ちょっと、テレビ見てみようと」

 ジュナは机から離れて、自室のテレビの電源を入れた。その時のチャンネルがニュース番組だった。

「今日、エリヌセウス皇国レジスターランド地方にあるレジスターランド監獄が襲撃を受け、監視員・囚人合わせて一二〇人が負傷しました。レジスターランド監獄は一般の囚人の他、融合獣の犯罪者も収容しており、その犯罪者融合獣十四体全てが監獄を襲った謎の飛行物体にに連れていかれました」

 単発の女性ニュースキャスターが読み上げている報道を見て、ジュナは驚いた。映像の岩山の中の監獄が孔だらけになっており、煙が出ており、負傷して傷だらけの監視員が救命機動船に乗せられていくのを見た。

「警察や国軍はこの事件を重度凶悪犯罪として事件を負うつもりです……」

 ジュナはこのニュースを見て、ポカンとしていた。その時、部屋の外からドタドタという音が聞こえ、ラグドラグがドアを強く開けて入ってきた。

「ジュナ。テレビ見てみろ! って、見てたか。監獄の融合獣が全部連れて行かれたってよ」

「うん……。でも悪いことした融合獣なんか捕らえてどうすんのかな……。彼らだって元は人間なのに……」

 ジュナは深刻な顔をして『監獄融合獣連れさり事件』に疑問を感じる。

「さあな。ただ一つわかるのは誰かの企みだとしか思うんだが……」

「企み?」

「ああ。細かいことは知らんが、俺はそう思う。気をつけた方がいいぞ……」

 ジュナやラグドラグだけでなく、エルニオや羅夢やトリスティス、他にも融合獣と暮らしている人間達はこのニュースに対する恐怖を感じていた。学校や家庭がある彼らには関係なさそうに見えていたが、いつしか巻き込まれていくことを……。


 次の日の登校途中でジュナはエルニオと出会った。

「おはよう、ジュナ」

「おはよう、エルニオ」

 朝はいつものように碧空に太陽が照らし、すがすがしい空気を吹き付ける。子供達は学校や幼稚園、大人達は高等教育機関や仕事場に足を運ぶ。

「昨日の……『監獄融合獣連れ去り』のニュース見たかい?」

「見た見た。ラグドラグやツァリーナも連れて行かれるのかなぁ……」

 ジュナは不安げな顔をする。

「大丈夫さ。連れていかれそうになったら、融合して戦えばいいのことだろう。ただ、闇商人なのか悪徳軍事国家の仕業なのか不明だけどね」

「うん……」

 エルニオはジュナにそう念を押してくれた。

 美しいクリスタルアークル張りの建物、エリヌセウス上級学院はすり鉢状の土地に建てた学校である。ジュナの住んでいるラガン区と同じ六番街にある。普通科の他にも音楽科や体育課などのいくつものの学科がある。ジュナは普通科の教室に入っていく。

 教室内は階段式の机に今日の授業を映すための巨大画面。生徒達は小型コンピューターと教科書で授業を学ぶ。

 ジュナの教室では一時間目は古典で、エリヌセウス周辺国の古典や他国の神話を学ぶ。エリヌセウスは建国されてたったの一五〇年で歴史が浅いからだ。ジュナは家庭科と保健は優で苦手な物理や和文化(暁次国など)の成績は可で、他は良である。今日の古典はオーディニア神話の勉強だった。

「……そして森の神フォーリアは後に豊穣の女神と呼ばれるようになったのです……」

 二十二人の生徒達は耳を傾けている者もいれば、ぼんやりしていたり紙製のノートに落書きしている者もいる。今日は何事もなく平凡な一日が過ぎていくとジュナは思っていた。

 ところが窓の向こうの街の奥、ラガン区の東側で暗灰色の煙が碧空に上っているのを、誰かが見つけて叫んだ。

「何だありゃ?」

 その生徒たちの声で他の生徒や先生も昇煙に気がついた。

「火事かしら?」

「事故じゃないの?」

「も、もしかして、テロ!?」

と、騒ぐ者もいた。

「みんな、落ち着いて。取りあえずニュースを見て、現状を確かめなさい」

 見かけも性格もおおらかな先生はみんなに言った。先生は画面を映像放送モードにし、みんなにニュースを見せた。

 映し出されたのはラガン区四番街・七番街と王族領区北東部の映像であった。ラガン区は住宅地域が多いが、王族領区は古典的ビルがいくつも並ぶ都心で、エリヌセウス皇帝の管轄地域でもある。どのビルも家も壊され煙を出し、人々もケガをして救命隊の乗り物に運ばれる姿が見られた。

「複数の目撃者によりますと、謎の飛行物体がいくつものの隕石を落としたと言われております……」

 現場の青年レポーターが現場の状況を報告し、クラスや学校のみんなは息をのんだ。

「やっぱりテロだよ」

 気の弱い女子生徒が言った。

「あー。みんな静かに。落ち着いて。テロかどうかはまだわからない。まだ調査中だ。引き続き授業を続けるぞ」

 先生達の的確な行動でエリヌセウス上級学院や被害地周辺の学校生徒達は平和に授業を行えたが、中には被害地に生徒の家族がいた人もいた。その人は家族の安否を確かめるために早退させられていた。そして下校は同じ地域の者と集団下校するようにと言われ、生徒達はそのようにした。ジュナが家に帰って来た時は、夕方近い午後十二時十五分だった。

「ただいまー」

 ジュナが家に入ると、ラグドラグが出迎えてくれた。

「お帰り、ジュナ。今日はいつもより遅かったな」

「うん。学校に行っている間に別の地域で事故か事件かわからないけど、爆破があったんだって。みんな怖がっていて安全のため集団下校になったんだ」

「ああ。俺もテレビで見たぞ。昨日の監獄事件といい、今日の街中爆破といい、凄い危なくなってねーか?」

 ラグドラグが腕組みして考える。

「あっ、そうだ。ママさんからメールが来てよ、冷蔵庫の食材が切れたからお使いに行ってくれ、とさ。リストは印刷しておいた」

 ラグドラグは家のコンピューターから印刷した買い物リストをジュナに渡した。

「んー、ナニナニ。ミルヒェン(家畜乳)、果物、野菜、メヒーブ……。いっぱいあるなぁ」

 ジュナは少し考えてから、ラグドラグをチラ見する。

「ラグドラグ、買い物に行くよ。わたし一人じゃ、大変だから」


 日が沈むまでの時間帯にジュナとラグドラグは母親に頼まれた食材を買いにエルゼン区の商店街へと出かけた。ラガン区にも大型市場センターや商店街はあるが、商店街は家から遠く離れた二番街にあり、市場センターは学校と同じ場所にあるので、引き返すのも面倒だったので、隣の区だが近い買い物先に行ったのだ。

 夕方の商店街は一階が店舗で二・三階が住まいという三階建ての建物が多く、店の形もジュナの家のようなものもあれば、三角や台形の屋根付きといったおしゃれなものがあり、人歩道は灰色と茶色の不揃いの石畳で、おしゃれな外灯が並んでいる。通りは学校帰りや塾に行く子供たちや今夜のおかずを買いに来た主婦、酒の肴とお酒を買う仕事帰りの男もいた。ジュナは八百屋で赤く甘そうなテトマや丸くて甘辛いニーオなどを買い、肉屋で合成家畜メヒーブ肉や牛肉を買ったり、ベーカリーでもモグッフやミルヒェンを買う時に店主のおじさんから「お使いかい?」と訊かれたりと楽しい買い物時間を満喫した。

 全ての買い物が終わった時には夕日が西に沈もうとしていた。

「早く帰らなきゃ。ママが心配する!」

 ジュナは歩道をかけながら、両手に紙袋を抱え、ラグドラグは頭の上に麻(ラスファ)を編み合わせた買い物かごを持って走る。回りはすっかり濃青に変わり、進んで行くたびにすれ違う人々も少なくなっていく。

 ジュナがエルゼン区とラガン区の境目に足を踏み入れた時、急に辺りが真っ暗になった。

「えっ、何!?」

 ジュナとラグドラグが真上を見上げると、それは巨大な鳥――しかも鳥と機戒が融合したような姿だった。大きさはざっと七ゼタン(十四メートル)はある。

「なっ、何なのよォ!!?」

 ジュナが驚いて叫ぶと、その巨鳥の上に乗っていた男がジュナとラグドラグが見える巨町の肩の上に降りてきた。

「あ、あなたは!?」

 ジュナがその男に訊ねる。男は銀色の長髪に長身、黒づくめの服を着ており、両目は赤黒いバイザーを付けているため両目の色や目つきがわからない。

「私はユリアス。この鳥は私の主が作った生物兵器ブレンダニマだ」

「ブレンダニマ……!? ……あっ」

 ジュナはバイロンを見て、昨日のニュースを思い出した。

「まさか、昨日のレジスターランドの監獄を襲ったのは……!」

「その通り。こいつの仕業だ」

「な、何の為、何の目論見があって、監獄なんかを襲ったうえ、融合獣までさらったんだ!」

 ラグドラグがユリアスに訊ねる。

「さらったのではない。救ったのだ」

「救った? どうして?」

 ジュナがユリアスに訊いた。

「我が主の理想化計画のためだ。その為に融合獣が必要だった。理想とは真の幸福と安定のため……」

「それって何だよ?」

 ラグドラグが「幸福」と「安定」の意味を深く探る。

「それは言えぬ。そこの融合獣、良かったらお前も来ないか? 我々の理想化のために……」

「やだねーっ!」

 ラグドラグははっきりと言った。

「お前の言っていることは全部怪しいんだよ! 怪しいってのは、悪い奴が多いんだ! 俺は悪者の仲間にはならねぇっ?」

「……。我らに逆らう者は人間でも融合獣でも始末しろと言われたな。ならば、その契合石でも奪うとしよう!」

 そう言うなり、ユリアスは指を鳴らし、ブレンダニマにジュナとラグドラグを倒すよう、命令した。

「融合発動(フュージング)?」

 ジュナが叫ぶと、ラグドラグの胸についた契合石とジュナの体内の契合石が光り、ラグドラグが白いオーラとなりジュナを包み込み、巨大な蹴爪を向けてきたブレンダニマを融合したジュナが受け止めた。

「何!?」

 ユリアスは攻撃が止められたのを見て、真下を見てみると、竜頭と竜手・竜脚・竜翼・竜尾に纏われたジュナが両手で蹴爪を受け止めたのだ。ブレンダニマの攻撃を受けとめながら、ジュナは思った。

(この辺りは住宅地だ。関係のない人まで被害が出る)

 そう思ったジュナはブレンダニマを押し返し、背中の翼を羽ばたかせ、ひと気のない川の土手に逃げてブレンダニマを誘った。川辺ならあまり人が来ないからだ。ましてや夜に川辺に来る人はいない。

 ジュナは川の土手に逃げ込み、ブレンダニマをここに引き付ける。

「ほう、考えたな。他人を巻き込まないためにわざわざステージチェンジとは」

 ユリアスが嫌味誉めをすると、ブレンダニマが嘴から炎熱弾を出してきた。

「ジュナ、来るぞ?」

 ラグドラグがジュナに言うと、ジュナは胸の契合石に手をあて、剣を出して炎熱弾を真っ二つにした。二つに割れた炎熱弾は両脇で爆発した。

「当たったら一たまりもない……」

 ジュナはゾッとした。しかし、敵は次次に攻撃をしてくる。ジュナは炎熱弾を斬るか避けるかの精一杯である。

「何て手強い……」

 ジュナはハアハア言いながら、ブレンダニマの攻撃にまいっていた。しかも半月ぶりに融合したので、久しぶりの戦闘のことなんて考えていなかったのだ。

「ふん、この程度か。他愛もない。ブレンダニマ、お前の蹴爪で小娘を引き裂け?」

 ユリアスの命令でブレンダニマがギョーッと叫ぶと、ジュナに突進してきて蹴爪でジュナに掴みかかろうとしてきた。

(やられる?)

 そう思った時、ガッという音と共にジュナの目の前に誰かブレンダニマの攻撃を受けとめたのだ。思わず目をつぶったジュナが片目を開けてみると、そこに翼を持った融合闘士(フューザーソルジャー)がいたのだ。

(エルニオ?)

 ジュナが助けに来てくれた者はエルニオかと見てみると、ツァリーナと融合したエルニオではなかった。翼が抹茶色、たてがみと髪の毛のような尾も抹茶色、体全体の色がアイボリーで、頭の上にプラチナ色の一本角、両翼に紺色の契合石が付いている。その姿は古(いにしえ)の時代の聖騎士であった。

(だっ、誰……!?)

 ジュナがその融合闘士を見て、その姿に惹かれる。その融合闘士の目の色は紺色であるが、融合体での色か素体の人間の目色なのかわからなかった。口元は他の融合闘士と同じ口元が人間のままで、ジュナに優しく笑いかけると、振り向いてブレンダニマを強い力で弾き飛ばし、川の中に落下させた。

「つ、強えぇ……。あの融合闘士(フューザーソルジャー)……」

「う……うん……。あの、助けてくれて……」

 ジュナとラグドラグがその融合闘士に礼を言おうとした時、彼はジュナに言った。

「水の中に落とせば、奴の火炎攻撃は出すことができない。ブレンダニマを倒せ。あれは創造主の命令通りと破壊本能しかない人工生命体だ」

 美しい男の声を出して、ジュナにそうするように言った。

「わ、わかった……」

 その時、川の中から泡吹が出てきて、ブレンダニマとユリアスが出てきた。ずぶ濡れている。

「よくもやったな……。ブレンダニマ、攻撃して二人とも倒せ?」

 そう言われてブレンダニマは嘴からジュナと騎士型融合闘士に炎熱弾を出そうとしたが、体内の発火装置が水でしけってしまったため、出せなくなっていた。出そうとしても、油切れのライターのようにしか出せない。

「い、今だ」

 ジュナはそう言うと、剣に力をこめてブレンダニマを斬りつけた。

「創生竜斬刃(ティアマートインパルス)!!」

 ブレンダニマを右斜めに真っ二つにし、ブレンダニマは爆発して消滅した。川から黒い煙が昇る。

「くそっ。とんだ邪魔が入ったか。撤退しなければ……」

 ジュナの攻撃を受ける前にブレンダニマから離れたユリアスはそのまま姿を消した。

「あ、ありがとう。あなたのおかげで……」

 ジュナが助っ人の融合闘士に礼を言おうとした時、その人物はもういなかった。

「あれ……、もういない……」

「一体何者だったんだ。あいつは……」

 ラグドラグも謎の融合闘士の行動に不思議と思った。


 5


 ジュナとラグドラグは川辺で融合を解除し、ジュナは黒い半袖カットソーと白いサブリナパンツと茶色い布靴の姿に戻り、急いで家の近くでブレンダニマと遭遇した場所に戻っていった。もう日が暮れており辺りが暗い青に変わっているのだ。早くしないと母親が心配しているに違いないと。

 だが、ラガン区とエルゼン区の境目に来ると、警察の浮遊車と何人かの警官がいたのだ。

(お、遅かったー?)

 二人は脱力し、一番偉そうな警官にすがって泣いている女の人が二人の気配に気づいて振り向いた。

「ジュナ?」

「ママ?」

 やはり帰宅しても二人が買い物に行っても帰ってこないジュナとラグドラグの安否を心配して、母親が警察に通報したのだ。

「ママ、ごめんなさい……!」

 ジュナは母親に叩かれる覚悟で前に歩み寄った。しかし母親はジュナの左ほおをパチンと軽くはたいた後、ジュナを抱きしめた。

「無事で良かった……!」

「ママ……」

「パパやレシルがいなくなって、ジュナまでいなくなったら……」

 母親は肩を震わせながら、ジュナを抱きしめた。

「娘さんが無事なら、このままお引き取り下さい。後の謎の爆発は我々警察が調べますので……」

 警部はジュナの母親にそう言うと、ジュナ親子とラグドラグを家に返した。

 家に帰って三人は母親が買ってきた揚げ物や煮物や蒸し物の惣菜を食べた。ご飯を食べながら、ジュナは自分を助けてくれた融合闘士のことを考えていた。

(あの人は一体、誰だったんだろう。今度会ったら、名前や住所とか聞いておこう。お礼もしたいし……)

 ジュナや他の融合闘士は気づいていなかったが、見えない"悪"との戦いが始まろうとしていたのだ。