空が白い灰色に覆われたエルネシア中央地方。しとしとと秋雨が降り、赤や黄色に染まった木の葉や草を濡らし、れき青の道や土を濃く染める。時折、遅れて生まれた夏虫の声や秋には美しく鳴く秋虫が雨にまぎれて鳴いていた。道行く人は地道は傘をさし広げ、道の上では浮遊車(カーガー)や筒間列車(ライナー)が走って、晴れや曇りより乗客が多い。 すり鉢状の地にクリスタルアークル材と金属の建物、エリヌセウス上級学院でも生徒たちは外で遊ぶことなく、図書室やコンピューターがいくつもある視聴覚室で過ごし、教室で読書や自習や駄弁で過ごしていた。 四年生の教室の一つ、機工学科。エリヌセウス上級学院は様々な学科がいくつもあり、本人の適性能力や志望で入学・転学する。全学科の教室の共通は授業の内容を映す巨大モニター、階段状の席に学科ごとに受ける教科も専門学やその専門の補うものが多かった。 生徒たちは教科書と授業の内容を写すミニコンピューター、少数だけどノートや取り替えのきくルーズリーフに書き写す者もいた。コンピューターは生徒たちの板書の他、休み時間の情報探索のツールにもなるのだ。 生徒たちはミニコンピューターで電脳情報網(サイバーネット)で毎月や隔週で更新される機工情報の電子マガジンやニュースを閲覧していた。 その機工学科四年の生徒の一人、エルニオ・バディスは同級生たちから尊敬と羨望の眼差しを受けていた。生徒たちは人種は異なるが、機工学を学んで研究や開発に進むのは一緒だった。 生徒の一人がミニコンピューターをエルニオに向けて、「すごいすごい」と誉めたたえる。 コンピューターの画面には、 『カテリーナ・バディス博士率いる宇宙用長期移動機動船、完成。全長一〇〇ゼタン(二〇〇メートル)、高さ三〇ゼタン(六〇メートル)、定員五〇名入りの大型で、来月から試験飛行、本格活動は二〇二年四月』 と、表示されていた。映っている写真にはエルニオと同じカールしたプラチナブロンドに萌黄色の眼に白衣の老女、カテリーナ・バディス博士と五人の研究・開発共同者が北がいマン宇宙艇開発センターでインタビューを受けている写真であった。共同開発者は人種も年齢も違う男女で、若くて二十五歳、最年長で七十五歳であった。 「うん、まぁね……」 エルニオは翠の眼を向けながら、曖昧に返事する。エルニオは三年前まではレジスターランド地方で姉と父と暮らしていた。 その父が転落事故で亡くなり、その後は姉と共にエルネシア地方に住む祖母と暮らした。エルネシアに住む祖母と暮らした。エルネシアで暮らすようになってから、エルニオの機工学の才能が芽生えて、今では小型機動船をスクラップから造り上げて一台を完成させる程であった。祖母の遺伝子が起こしたのかもしれないけれど。 「これでアルイヴィーナももうすぐ、宇宙へ飛び出すことが出来るんだよな〜」 「惑星内の文明は進歩させられたけど、宇宙への本格化はこれからなんだよなぁ」 同級生たちは語り合った。 エリヌセウス上級学院から北にあるレメダン区、その三番街にある広い敷地の一つがエルニオの家であった。白いドーム型の機動研究所と小型空船がある巨大な長方形の丸屋根のガレージ、そしてその奥に住居と思われる十三全辺(五十二坪)の赤い屋根に白い壁の屋敷――。エルニオは登下校は大型浮遊車(カーガー)に乗って通学し、停車場からは歩いて帰っていった。大型浮遊車(カーガー)の停車場は三階建ての建物と同じ高さの建築物で、屋上が停車口、二階が待合室と売店、一階が薬局、美容院、喫茶店の三つの店舗で、大型浮遊車(カーガー)の次発まで喫茶店で売店のペットボトルより高いジュースや茶やカフェを買ってくつろぐ人もいる。 エルゼン区は山に近いため木々が多く、斜面も多いが、その地形にあった住居を立てて人々は暮らしている。学校にいる時よりも少し強さが増した雨の中、エルニオは家の中へ入っていった。 * 建物の中の一角であるエルニオの部屋は二階の六畳間で、白い壁紙に薄緑のカーペット、窓には深緑のカーテン、他に机と机の半分の範囲のコンピューター机は金属のフェンス状で、クローゼット、機工学関連や図鑑などの書籍入りの本棚、屋根裏(ロフト)にはベッドとテレビ番組を見るための壁掛けテレビモニターが設置されている。そして、屋根裏(ロフト)の角には翠の羽毛と金の翼と尾羽の鳥型融合獣、ツァリーナが鳥の姿のクッションで卵を温める親鳥の様にうずくまって寝ていた。 祖母と暮らしてから、四年近くが経っていた。エルニオの母は父と結婚してから、辛い人生を送っていた。機工学者であるエルニオの祖母とエルニオが八歳の時に亡くなった祖父の反対を押し切って、金利貸を始めたばかりの父であるフューノ・ドラウディと結婚し、父の商売が波に乗ってくると、父は酒や客からの金せびりにはまるようになり、人が好くおとなしい母が相手を庇うと必ず殴るのだった。五歳年上の姉とは食うには困らなかったが、父の職業柄や性格で、近所の人からも脅かされ、学校でもいじめに遭ってきた。 母であるラニーナ・バディスは恐ろしい夫の制圧と周囲から白視線で精神衰弱による肺病によって亡くなった。母が亡くなった時の祖父母の怒りようは六歳のエルニオから見ても凄まじかった。 九歳の時にツァリーナを拾ったことで、父の報いが回ってきたかのように父は客とのもみ合いで転落死。相手は罪には問われなかったが、エルニオは父の急な事故死と解放感が混ざって複雑であった。 父の死後は姉と一緒にレジスターランドを出て、祖母に引き取られて、友人も何人か出来て順調であった。ただ、謎の国家組織ダンケルカイザラントと対決しなくてはならなくなったが。 エルニオはベッドに寝転がり、傍に置いてあった機工学の情報雑誌を開いた。その色つきの見開きのページには、長期向けの大型宇宙機動船の開発者たちの情報とインタビューが掲載されていた。 祖母の他に同じ目的・志の開発共同者たち――。祖母は数日前から北ガイマンに出張しており、姉も外交官になるための勉強のさ中、祖母と一緒に出張していた。幸い火事は通いつけの近所の主婦がやってくれていたからともかく、エルニオはちと寂しかった。 「本当は五人じゃなくって、六人の共同開発者なのに……」 エルニオは雑誌の情報を見て呟いた。 エルニオの言う"もう一人"の長期大型宇宙機動船の開発共同者、ドルナドス・ヒューイ。彼は三歳の時から養護院育ちで天涯孤独ながらも、機工学と科学と数学の才に恵まれており、わずか十二歳でエリヌセウス政府の支援でレジスターランド北部の名門であるレジスター工業大学を十八歳で卒業して、その後は宇宙艇開発センターで宇宙艇向けの燃料開発と研究に就き、若くして宇宙艇開発者の一人になったのだ。ところが……。 (一年半前に、急に退職届を残して姿を消したからなぁ。何処で何をしているのやら) 休日にはエルニオの家に遊びに来たりと、エルニオや姉ネリスにとっては歳の離れた兄や従兄のようであった。 それから一時間して、エルニオはキッチンへ行き、一人分のモックミルフェン(ミルクコーヒー)を作った。バディス家はキッチンはハイテクで、三段の大きめの冷蔵庫に熱コンロは四口、大きな流しも食器洗い機もあり、大きな鳥肉や鍋が入るオーブンや電子レンジもある。 エルニオはモックミルフェンを中ぐらいの苦さに作り、牛乳(ミルフェン)をモックの三分の一ほど入れて、砂糖を大匙一杯半のカップに入れて、更にカラマラ(キャラメル)のエキスを入れて調理機近くの食堂の椅子に座る。 キッチン兼食堂は壁は明るい青で、引き出しも棚も調理機も白く、床は軟質ラバー製の黒い床である。調理機の他にはテレビ画面付きの電話と祖母の買った赤い花畑の油絵である。 エルニオがカラマラモックを飲んでいると、ブブーと玄関のブザー音が鳴った。 「誰だ?」 エルニオは立ちあがって電話のモニタースイッチを入れて、誰なのか確認してみる。画面には一人の男性の顔が映る。橙に近いぼさぼさの金髪にどろんとした大きな瑠璃色の双眸、卵型の顔に薄茶色のトレンチコートの男性である。 「……っ、あなたはドルナドスさん?」 エルニオは画面に映った顔を見て、驚いた。 『久しぶりだね、エルニオ。こんなに大きくなって』 画面の向こうからドルナドスの独特のある声が聞こえてきた。 「本当に……。でも何でうちに? あっ、今外は雨でしょ。中に入って」 * エルニオは突如失脚し、突如舞い戻ってきたドルナドスを家の中に入れてあげた。リビングも教室の三分の一の広さで、バーべッタ(ベルベット)素材の紫のソファが一人・二人・三人がけが一脚ずつあり、レースのテーブルクロスのローテーブルに厚さの違う二重のレースのカーテン、これまた朱色のバーべッタ素材のじゅうたんに壁設置テレビモニターに黒い木材の棚が置いてあった。 「ドルナドスさん、いきなり来るものとは思ってもなかったんで……。これでもどうぞ」 エルニオは別のカップに新しく作ったモックミルフェンを入れて、ドルナドスに差し出した。砂糖は別に添えてある。ドルナドスは一人掛けのソファに座り、エルニオが入れてくれたモックミルフェンを飲む。コートは肘掛に置き、黒いシャツと苔緑のズボンの姿である。 「いやぁ、久しぶりにエリヌセウスに戻って、先生たちに挨拶しようと思ってたら、ついた時雨で困った。エルニオ、入れてくれてありがと」 ドルナドスはモックミルフェンをすすってエルニオに言った。 「……ところで、今は何処で何をしていて……。一年半にいきなり退職届を残していなくなったから」 エルニオが尋ねると、ドルナドスはカップをソーサーに置いて咳払いをする。 「ガイアデス大陸の……西の方で、新しい燃料や化学製品の研究やそこの地域での交流を深めていてね」 ドルナドスは大ざっぱに答え、エルニオは「ふーん」と呟く。 「手紙の一つや電話の一本くらい入れてくれればいいのに……」 「ああ、それは済まなかったな。落ち着くまでに時間がかかったからな。エルニオは今は何を?」 「エリヌセウス上級学院で、機工学科の四年生になったよ。機械技術にも詳しくなった」 エルニオは今の自分の現状をドルナドスに教える。 「今ばあちゃんと姉ちゃんは北ガイマンの宇宙艇開発センターへ出張しているから、今は……僕一人」 「あ」とエルニオは思い出すように言った。 「ちょっとばあちゃんに電話してくるから待ってて」 そう言ってエルニオは居間を飛び出し、台所兼食堂のテレビ電話を祖母の携帯電話につないだ。画面に祖母の顔が映り、エルニオは祖母に弟子で共同開発者のドルナドスが一年半ぶりに家にやってきたことを伝えた。 『私とネリスが帰ってくるのは、あと三日だから泊めてあげなさいよ。ドルナドスは親戚みたいな人だもの。私たちが帰ってきたら、ドルナドスと入れ替わるわ』 「ばあちゃん、ありがとう」 こうしてエルニオはドルナドスを自分の家に泊めてあげたのだった。 * 「ツァリーナ」 エルニオはドルナドスの泊まる部屋の掃除とベッドメイクを済ませると、自室の屋根裏(ロフト)のツァリーナに声をかける。 「ああ、お帰りなさい、エルニオ。誰か来たの?」 ツァリーナはエルニオは尋ねる。 「うん、ばあちゃんの弟子で宇宙艇の共同開発者のドルナドス・ヒューイ。一年半前までは家に遊びに来ていた」 エルニオはツァリーナはドルナドスのことを教える。 「ただ……、彼はいつ間にか変わっていたみたいだ」 エルニオはドルナドスを泊めてあげるものの、瞬時に感じたことをツァリーナに伝えた。 「少し様子を見てみましょ」 「うん」 翌日のエリヌセウス上級学院の昼休み。学生食堂でエルニオはトリスティスと羅夢と一緒に食堂の片隅で昼食を採っていた。 「いきなり一年半前に失脚したエルニオさんのおばあ様のお弟子さんがいきなり今さら戻ってくるなんて、どういう風の吹き回しなんでしょうかねぇ?」 羅夢は卵焼きやおひたしや茶色く染まった煮物入りの日の丸弁当をつつきながら、エルニオの家で昨日起きた出来事を聞いた。 「うん、里帰り的だったら、前もって連絡が来ているだろうし」 エルニオは野菜やゆで卵の入ったホールダー(サンドウィッチ)をかじりながら返答する。 「ただ、ドルナドスさんは時々、非合法や無認可や法律違反の薬品を使うことがあったのもなんだろうけど……。一年半前の失脚の理由が無認可薬剤使用の罪がばれるのが怖くて逃げていたんじゃないかと……」 エルニオの言うとおり、ドルナドスは優秀だった反面、人体や環境に悪影響を及ぼす薬品、マッチ一本の火でも五〇倍に広がる可燃性の薬や下手したらビル一個を吹き飛ばすほどの威力を持つ火薬を使うところがあった。そのような薬を使う時は地方や都市政府の許可が必要で、使用量も一人につき数リノドマン(数百グラム)と決まっていた。 「……確かに危なっかしいことをするんじゃ、政府も放っておけないわな。んで、お祖母さんとお姉さんが帰ってくるまでに様子を見ることにしたのか」 トリスティスが小魚の酢漬け入りの炒めご飯を匙で一杯すくう。 「ま、僕や姉ちゃんのことはかわいがってくれていたからなぁ。あの人は。まぁ、身寄りのない孤児だったのもあるけど」 エルニオはテトラパックの香茶をストローで吸って飲む。 「ところで、ジュナはどうしたんだよ。今日はダイナやラヴィエと一緒に昼食を採っているのか?」 エルニオは同じ学校生のうちの四人しかいない融合適応者仲間の一人が欠けていることに気づいた。 「ジュナさん……ですか? 今日から七日間欠席ですよ?」 羅夢が言うと、エルニオはきょとんとする。 「うん。もうすぐお父さんの命日だから、供養休暇でいないって」 トリスティスも言った。 「えっ……、そんなの聞いていないよ」 エルニオが困ったように言うと、羅夢とトリスティスは自分の携帯電話のメール文書をエルニオに見せた。 「昨日、来ていたんですよ。夜寝る前ですけど」 「エルニオにも来ている筈でしょ」 二人に言われてエルニオは自分の携帯電話を見てみる。メールの件名は『七日間出かけてくる』で、確かにジュナからの送信であった。 『お父さんの命日のため、学校をお休みします。ラグドラグも一緒に』 「……。そういやジュナも父親を亡くしているんだっけ……」 エルニオはジュナも父親が不在だったのを思い出した。ジュナの父親はエリヌセウス皇国より北上の国、ヘルネアデス共和国に在住していた時に、エネジュウム工房(ファーチャー)の爆発事故に巻き込まれて亡くなっていたのを。 「まぁ、仮にダンケルカイザラントが攻めてきても、わたしたちがいますし」 「そうそう。ただ言えるのは、ジュナの方が私らよりも融合適応者としての潜在能力が高いのよね。個人差でもあるのかな」 羅夢とトリスティスがダンケルカイザラントからの刺客が現れても、三人で頑張るというように。 * この日もエリヌセウス皇国の中心部は秋雨前線に覆われており、空は灰色の曇天で、雨が規則正しく降っていた。 エルニオの家では、エルニオが学校に行っている時に、ドルナドスが留守番をしてくれていた。ドルナドスは昨日と今朝にエルニオに食べさせてあげる料理を作り、家の中を箒と掃除機で清潔にしていた。 ドルナドスは掃除を終えると、掃除機と箒を置いてあった場所に戻すと、急ぐようにカテリーナの書斎へ向かっていった。カテリーナの書斎の扉には本人確認のための指紋のロックキーが施されている。ドルナドスは懐から表面一面がタッチ入力式の小型端末を取り出し、更に接続コードを取り出して、端末とロックキーをつなげて、ロックキーのプログラムを操作して施錠を解除した。 ガチャン、とドアが開き、ドルナドスは書斎に入った。書斎はそんなに広くはないが、カウンター机と壁二面が書物だなで機工学などの資料や事典がぎっしり詰められ、カウンター机には平面のデスクトップコンピューター、そして入ってすぐの扉の近くに五ジルク四方の金庫――。金庫は番号入力式で、八けたの番号を入れないと開かない仕組みになっている。ドルナドスはまたもハッキングで金庫を開けようとしたが、コードの接続口が見当たらなかった。 「チッ、こんな厄介なもん、つけやがって」 ドルナドスはハッキング解除が出来ぬのなら、右手を胸に当て、仲間を呼んだ。 「おい、俺だ。ドルナドスだ。ミドナトゥク、来い」 ドルナドスがそう呟いていると、後ろから聞きなれた声が飛んできた。 「ドルナドスさん、誰を呼んでいるの?」 ハッとして振り向くと、書斎の扉には学校から帰ってきたばかりのエルニオが立っていたのだ。 「や、やあ、エルニオ。帰って来てたんだね……。せめておかえりぐらいは……」 ドルナドスは疑いの眼差しで見つめているエルニオを見て愛想笑いをした。 「僕……気づいていたよ。ドルナドスさんが融合適応者だってことぐらい」 そしてこう付け加えたのだった。 「ドルナドスさんが一年半前に失踪したのは、ダンケルカイザラントに入ったからでしょ?」 エルニオはそうであるか否かドルナドスに問いかける。半信半疑で。 「周りの奴らからは優秀でも危なっかしい奴は置いておけない、って言うからね。安全でも威力の低い薬品縛りの研究は好きにやれねーからな。先生ですらも、何度も俺に説教してたしな」 ドルナドスは愛想笑いから冷笑になり、一年半前の失脚理由を語り出した。 「ダンケルカイザラントは居心地が良かったよ。好き放題に研究が出来たしよ。この数日間、地上に潜伏して大型宇宙機動船完成のニュースを手に入れて、ここまで来たって訳よ。まさか、お前も融合適応者でしかもダンケルカイザラントに反旗を翻しているとはな」 エルニオはドルナドスの話を聞くと、こう言った。 「この金庫の中に設計図はないよ。机の上のコンピューターにもね。残念だったね」 ドルナドスはカウンター机に上り、窓を開けて飛び降りたのだった。 「ここは三階……!」 エルニオが言った時、嘴と蹴爪を持つ暗灰色(ダークグレイ)の飛翔族の融合獣が空の彼方から飛んできて、ドルナドスと融合したのだった。 「融合発動(フュージング)!!」 両者は漆黒の闇の波動に包まれ、闇が弾けると、ドルナドスは夜鷹(ミドボク)の姿を模した融合闘士に変化していたのだ。羽毛は暗灰色(ダークグレイ)、頭部の嘴と四肢の蹴爪は濃い黄色で、契合石は喉より下にあって濃緑(ダークグリーン)である。 「エルニオ、来たわよ!」 エルニオの部屋の屋根裏(ロフト)にずっと隠れていたツァリーナが現れて、エルニオの元へ駆けよる。 「ドルナドスさん……。僕はあんたを止めてみせる!!」 エルニオはツァリーナと共に窓から降りて融合し、エルニオは翠の風に包まれて、金の翼と尾羽、翠の羽毛の有翼の融合闘士に姿を変えた。 エルニオとドルナドスは雨降る中のエリヌセウスの上空で戦いを始めた。双方とも素早さを司る飛翔族の融合闘士のためか、力も同等だった。 エルニオが両手に風の力を込めて放つ豪風昇拳(テンぺスターブロークン)を飛ばしてきた。翠の竜巻は空気中の雨と共にドルナドスをびしょ濡れにしてダメージを与えた。 ドルナドスも負けておらず、両手から闇の波動から造られし針を飛ばしてきた。エルニオが新たに放ってきた豪風昇拳(テンぺスターブロークン)を貫いて、エルニオの身体に突き刺さったのだ。エルニオの身体に刺さった闇の針は霧のように消え、エルニオとツァリーナの身体に響いた。続けてドルナドスは闇の波動を球状にして、エルニオに飛ばしてきた。 「ぐはっ!!」 エルニオは上空数百ゼタンの高さから降下していく。 「あばよ、エルニオ。後でじっくり資料を探すよ」 ドルナドスはそう言うと、北の方角へと向かっていった。 落下していく中、エルニオはドルナドスへの信じる思いと信じたくなかった思いが交差するのを感じながら、意識をもうろうとさせていた。 (ドルナドスさん……。昔は本当に僕や姉ちゃんにとって良き兄さんだったのに。僕はあんたのことはダンケルカイザラントの奴らに仕方なく従っていたものだと思ってたんだ……) エルニオはそう思いつつも、一つの一大決心をした。 (僕は、僕は……あんたを止めてみせる! これ以上、悪事に走らせない!) エルニオは目覚めると、背中の翼を動かし、翠色の気流が自身の身体をまとわせ、空中で折り返して、ドルナドスに後を追ったのだ。 ドルナドスがエルニオの祖母カテリーナのいる北ガイマンへ向かっていると、ドルナドスは殺気を感じた。一度止まって振り向くと、全身に翠の気流をまとわせたエルニオが現れたのだ。 「エルニオ……。まだ俺を止めようとしているのか?」 ドルナドスは恐れおののくも、エルニオを睨みつける。 (どういうことだ……? 今までのエルニオと様子が違う……) 「まあいい。お前の動きを封じてから後で取りに行くさ……」 ドルナドスは四肢に闇の波動をまとわせ、爪先から闇の戦を無数に放った。 「深夜爪縄(ディープナイトネイル)!!」 二〇本の闇の線がエルニオに迫りくり、エルニオは体にまとわりついた翠の気流を包むようにドルナドスの放った闇の線を絡み取ったのだった。闇の縄は気流の檻に入れられた。 「なっ……何だって……!?」 ドルナドスは驚きのあまり目をひんむき、エルニオは更に気流の檻を包む拳で叩きつけたのだった。 「翠気梱包返撃!!」 先程の豪風昇拳(テンぺスターブロークン)よりも勢いの強い力でエルニオは気流の檻と闇の縄をドルナドスにはじき返したのだった。 「うおおおおおっ!!」 ドルナドスは弾け飛んだ闇の縄で自身が拘束されていくつもの木々が生える真下の森へ落下していった。エルニオも後を追い、ドルナドスを探しに行った。そして大きな木の根元でのびているドルナドスと落下の衝撃で融合が解けたミドナトゥクを見つけたのだ。 「俺を……どうする気だ、エルニオ……」 怯えつつも睨みつけるドルナドスを見て、エルニオは言った。 「ドルナドスさん……。罪を償ってほしい……。今ならまだ、取り返しがつく」 そう言って、エルニオはドルナドスに手を差し伸べた。 「一度、お前や先生やみんなを裏切ったこの俺を……赦してくれるというのか……?」 エルニオは頷いてドルナドスはエルニオの融合したままの手を取ろうとしたその時だった。 「ぐぅっ……!?」 ドルナドスが急に苦しみ出したのだ。 「ドッ……ドルナドスさん!? ドルナドスさん!」 エルニオはドルナドスの肩を持って呼びかける。ドルナドスは顔が青白くなり、瞳孔が開いて、息もなかった。 「そんな……」 エルニオはドルナドスを見て後ずさりし、ドルナドスの肩の後ろに蟲に似た白い機械が刺さっているのを目にした。 「これは……」 エルニオは機械を近くの木の枝で触った。機械には針が付いており、それが毒液を注入するための物だということがわかった。 「そんな……。ダンケルカイザラントは失敗した者には切り捨てて、罪を償わせるんじゃなかったのかよ!?」 エルニオは膝まづいて嗚咽をあげた。 * エルニオが嘆いている間、融合獣ミドナトゥクはダンケルカイザラントの幹部ユリアスと融合獣ヴォルテガによって連れ戻された。 「人の心を持つダンケルカイザラントは要らぬ。ましてや反旗を翻す者と手を取ろうとする奴は」 そう言ってユリアスは踵を返し、ヴォルテガはミドナトゥクを背負って去っていったのだった。 * それから三日後、レメダン区の教会でエルニオは帰ってきた祖母と姉、そして祖母の研究仲間と共にドルナドスの葬儀に参加していた。皆、黒い喪服を身にまとい、冥福の祈りをささげていた。祖母と姉やかつての仲間にはドルナドスは毒蛇に噛まれて死んだことにしておいて。 ドルナドスの亡骸は地区の共同墓地に埋葬され、喪客は黙祷した。 黙祷の中、エルニオは誓った。 (ドルナドスさん、罪を償って帰ってきて欲しかった。だけど、神様は赦してくれても、ダンケルカイザラントは赦してくれなかった……。僕は赦さない、ダンケルカイザラントを……!) 雨が降る中、エルニオは何が何でもドルナドスの様な犠牲を出さないと誓ったのだった。 |
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