6弾・5話 トリスティス対マレゲール



 ジュナと一角有翼の融合闘士を先に行かせたトリスティスはダンケルカイザラントの幹部、マレゲールと戦っていた。

 トリスティスは両腕に水の力を込めてマレゲールに向けるも、マレゲールは体に生えている触手から氷の刃を出してトリスティスに向けて拳で飛ばす氷刃閃乱(グレイシアス・ミサイル)を放ってきた。

「まただ、渦潮刃撃斬(スクリューイングブレッジ)!!」

 トリスティスは技を一旦解除して両腕の刃に水のエネルギーを離して水のドリルに変えて、水のドリルと氷の刃はぶつかって水のドリルは凍りついて氷の刃と共に砕ける。それも何回も放ってくるため、トリスティスとマレゲールの周囲は氷の破片だらけで冷気が漂っていた。

 トリスティスは体力が消耗していると知りながらも、マレゲールが平然としていられることに目をやる。

(マレゲールとだいぶ戦って時間が経つというのに、相手はそんなに疲れていない。氷属性の融合獣と一体化しているからか?)

 技を放った後のトリスティスは次第に目眩を催し、体温も体力浪費と冷気で下がっていることに気づいた。

「姐さん、体がやたらと低くなってやすよ。撤退したほうが……」

 トリスティスと融合しているソーダーズがトリスティスの体温下降を気にして彼女に言ったがトリスティスは拒んだ。

「何を言っているの。ここで下がったら誰がマレゲールを倒さなくちゃいけないのよ。寒いのなんて……」

 マレゲールは凍えているトリスティスを見て、呟くように言った。

「お前を相手にして正解だった」

「え?」

 どういうことか、とトリスティスは疑問に思った。マレゲールは何故、トリスティスを相手にして良かったと言ったかを。

「お前は水属性の融合獣と一体化することで水の技を使う。俺は氷属性のオーガジェと融合しているため、常に冷気が使えるようになっている。つまり水分が多ければ多いほど……」

「俺たちは強くなる」

 オーガジェが這いずり声で短く答える。

「ああ、なんてこと……」

 トリスティスは両腕で肩を抱いてマレゲールの相手を引き受けてしまったことを悔やむ。天井や床の角には凍りついている部分も多く、床も飛び散った水で氷が張っている。

 天井に下がった氷柱の一つが重みで落下し、トリスティスの真上に向かってくる。

「危なっ!」

 トリスティスは震える声で体を真横よけて氷柱が地面に当たって砕ける。体温は下がる、水の技は凍らされる、かじかんで上手く動けない。この危機の三拍子に陥ったトリスティスは歯が立たない状態であった。するとマレゲールがいくつものの氷刃閃乱(グレイシアス・ミサイル)をトリスティスに向けて放つ。トリスティスは何とか両腕の刃を使って氷の刃を砕くが、マレゲールは肩についた外殻を一つ飛ばしてきて、天井に向けて冷殻回転撃(アイシェラーローター)を発動させた。外殻はトリスティスには当たらなかったものの、天井の無数の氷柱に向けて天井から切り離し、トリスティスの真上からいくつものの氷柱が落下してきて、氷柱がトリスティスの体を拘束させる枷となって、トリスティスは床に氷柱が刺さった状態で身動きがとれなくなる。昆虫の標本のようである。

「ああ、そうか……。外殻を飛ばしてきたのはこのためだったんだ……」

 トリスティスはマレゲールが何を考えているかわからない大男だと思っていたが、実は今の戦場を利用して自分を追い詰めたのだと悟った。

「動けないでやんの」

 オーガジェが氷柱で動けないトリスティスを見て呟く。

「最初のうちは互角だったが、オーガジェの属性で次第に凍えていくのは俺の考えだ。

 生身の人間は弱いな。ダンケルカイザラントの医学や技術ならどんな暑さや寒さにも耐えられるようにするのにな……」

 マレゲールがトリスティスに向かって言う。

「生憎、私は生身の体が気に入っているんでね。水棲人種(ディヴロイド)のハーフとはいえ、背中のエラも肩と腿の青い三本線も大事にしているし。親からもらった体をあんなにいじられたくないの」

 震える声でトリスティスは言った。トリスティスの台詞を聞いて、マレゲールは眉をひそめる。

「親からもらった体、か……。だが俺が親からもらった体は生身といえど、ヤワなものだった」


 マレゲール、生まれはエリヌセウス皇国の西北隣にあるリトリース公国の地方都市の生まれで、父は医師で母は薬剤師だった。この夫婦から生まれたマレゲールは生まれつきひ弱で主に脚の筋肉が弱く、車椅子で過ごすことが多かった。

 父は虚弱な息子の身を気にして、丈夫にするために筋肉増強剤や内蔵強化剤などの薬物治療を行ってきた。

 長年に渡る治療の結果、マレゲールは車椅子がなくても歩けるようになり、食物による胃腸炎を起こすこともなくなってきた。しかし副作用で足がつったりお腹を下したりとすることが多かった。

 マレゲールは十五歳の時に学校で怒られたのがきっかけで、教室を騒がせた。それがマレゲールの身に異変が起きていた前触れであった。

 薬剤の副作用による感情コントロールの崩壊である。父と母は感情を抑える薬をマレゲールに与えたが、ある時飲み忘れて無意識のうちに暴れて家具を傷つけ窓を壊し、異変を感じた父と母はマレゲールを止めようとしたが、父はマレゲールによって窓から落とされて転落死、母も何度も椅子で殴りつけられた末に死亡。父と母を不本意で殺した後、マレゲールは目眩と激しい頭痛に襲われて意識を失った。

 そしてマレゲールが目覚めたのは一年後でしかも自然の中の療養所や病院でもなく、青がかった金属の部屋のベッドの上に寝かされていた。壁のモニターにシルエットだけの人物が映って、その人物が自分を治し、今いる場所に移した者だと知った。

『私はダイロス。ダンケルカイザラントの総統。君は父の過剰な薬剤治療による副作用で父と母を殺し、君も死にかけた。君を正常な精神と感情コントロールできるのに一年も治療がかかってしまった。君は今、どんな感じかね?』

「……何ともありません。父と母が死んでも、自分が死なせたということを知っても、冴えています」

『治療は成功だ。君はようやく感情コントロールができている。このままどうかね? ダンケルカイザラントに務まらないかね?』

 ダイロスに治してもらったのを機にマレゲールはダンケルカイザラントに従うことになった。周りから何を考えているかわからないように見えて、思考も感情もあるマレゲールとして。


「俺はダイロス様に感情コントロールと正常な精神を与えられてもらっただけでなく、強化骨格や再生皮膚組織などの改造を受けて今に至る」

 マレゲールはトリスティスに自分の過去を淡々と語り、トリスティスとソーダーズは寒さで震えつつもマレゲールの話を聞いていた。マレゲールの武力の高さと寡黙さで何を考えているかわからない性格は父とダイロスのおかげであると知り、理解した。

「それからダイロス様は俺は融合獣オーガジェを授けてもらい、強さと平衡の感情を持ち合わせている。

 生まれてからも自然のままであり続ける常人と違ってな」

 トリスティスの今の体の状態は肌は白くなり、唇は紫色になり、体の温度がどれくらい下がっているのか自分でもわからないままになっていた。

(少しでも熱があれば、この寒さから抜け出せるのに……。どうすれば、どうすれば……)

 ぼんやりしつつもトリスティスは考える。

「ふと思ったんでやすけど、この廊下の先は常温になってやすから、そこに行けば熱装置ぐらいはあるんでないでしょうか?」

 トリスティスを助けるためにソーダーズが声をかける。

「でも、どうやって……」

と、トリスティスが尋ねると、床に凍った水たまりの一つを見て気づく。

「そうだ。こうすればいいんだ……」

 トリスティスは震えながらも手を動かして、空気中の水分を集める。空中の水は冷気のためか集めても凍ってしまい、トリスティスは何とか大きな水の塊を出そうとする。

「何をやっている?」

 オーガジェがトリスティスを見て呟く。

「見ていてらちがあかないな。寒さで体が動かなくなっているから、このままダイロス様の元へ連れて行く」

 マレゲールは水分を集めては何度も繰り返すトリスティスを見て、体の触手を伸ばしてトリスティスを押さえつけていた氷柱の枷を砕いた。トリスティスを持ち上げようとした時、トリスティスはわずかに残っている体力で、両肘を動かして滑走したのだった。仰向けの状態で。

「なっ、何!?」

 マレゲールとオーガジェはトリスティスが前に滑っていくのを見て仰天する。足元を見てみるとトリスティスのいた床に水分をばら撒いた所が前に突き出るように凍っており、トリスティスはそれを利用して滑走したのだった。

「やられた……」

「追うぞ」

 マレゲールは頭を抱えるもオーガジェと共に追うことにした。


 その後はトリスティスは凍りついた床で滑走した後は自身に水をかけて体についた霜や冷気を流し、廊下を出て五〇ゼダン先の場所にいて、運良く天井の暖房機を見つけて冷えた体を温める。

「ハァハァ、死ぬかと思った……」

 トリスティスは暖房機の温風に当たりながら呟く。少しずつ体温が上がり、冷気が水滴となって体から滴る。

「幸いここに暖房機があって良かったですけど、そんなにさっきの場所から遠くないでやすよ?」

 ソーダーズが心配してトリスティスに声をかける。トリスティスがようやく立ち上がれるようになると、背後から触手が伸びてきてトリスティスの両腕と胴体が縛られる。マレゲールが後を追いかけてきたのだ。

「常人のくせに俺から逃げ出すとは根性あるな。だが、両腕を縛らればお前は技を発動でさせることができない」

 マレゲールがトリスティスの体を締め上げる。ギリ、と音がした。

「あうっ!!」

 折角凍った場所から逃げられたとうのに、自分の体の調子を取り戻すこといっぱいいっぱいになっていて、反撃を考えていなかったトリスティスは苦しむ。

「くくく、苦しめ」

「くたばったらお前の融合獣の契合石をもらうぞ」

(うう……、折角凍りついた場所から逃げ出せたというのに、今度は縛られるなんて……)

 少しずつトリスティスの体にマレゲールの触手が巻きついて食い込んでくる。

(お父さん、お母さん、みんな……。これが終わったら絶対に帰るって決めたのに……)

 気が失いかけたトリスティスは何とか理性を保とうとする。ふとトリスティスの脳裏に朝黒い肌に蜜色の金髪、深紫の眼の青年の姿がよぎった。

(ヒアルト……)

 融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)で出会って試合して、決勝戦で起きたダンケルカイザラントの乱入を共に戦ってくれた異地の水棲人種の青年。これを機にトリスティスとヒアルトは文で交流するようになった。

(やだ……ここで終わりたくない……。帰ったらヒアルトに好きだって告白するって決めたんだ!!)

 トリスティスがそう思った時、トリスティスの体内の契合石が輝き、トリスティスの全身に力がみなぎり、体に巻きついていた触手を力尽くで払った。

「な、何事だ!?」

「まさか……」

 触手を払われたオーガジェが相手の異変を目にして仰天し、マレゲールがトリスティスの様子を目にしてよろける。

 トリスティスは激しい水色の光に覆われて光の粒子が弾け飛ぶと、姿を変えたトリスティスが目の前に立っていたのだ。

 体に白いディティルが走り、背にはマントのような背びれ、仄かに水色の光が彼女の体をまとっていたのだ。

「これが超変化した融合闘士……。初めて間近で目にする……」

 マレゲールが超変化を遂げたトリスティスを見て呆然となるも、気を取り直して立ち向かっていく。マレゲールは両拳を冷気で包み込みトリスティスに向けてくる。

「氷塊拳(グレイシング・フィスト)!!」

 マレゲールの冷気の拳がトリスティスに向けられる。しかしトリスティスは両腕の刃に水エネルギーを込めてマレゲールの攻撃を防ぐ。トリスティスの両腕にまとわりついた水エネルギーは凍りつくが、トリスティスは素早く水流を指先から出して飛沫で氷を濡らして氷はトリスティスの腕から剥がれて地面に落ちる。

「氷刃閃乱(グレイシアス・ミサイル)!!」

 トリスティスが素早く凍結を解いてしまったのでマレゲールは触手から氷の刃をいくつも出してきて拳で飛ばしてきた。トリスティスは水のドリルを同じ数だけ出してきて、マレゲールが飛ばしてきた氷の刃を受けて防ぎ、凍ったドリルは地面に落下する。

「思っていたより強さが増している……」

 マレゲールは両肩の外殻をトリスティスに向けて飛ばしてくる。

「冷殻回転撃(アイシェラーローター)・両(ダブル)!!」

 回転してくる外殻がトリスティスに向けられていく。だがトリスティスは両腕の刃に水エネルギーを込めて両腕を大きく振るった。

「海割破戒・大刀(スプラッシュローディング・グラノ)!!」

 二つの大きな水の斬撃が放たれて、水の斬撃はマレゲールが飛ばしてきた外殻を弾き返してその一つがマレゲールに直撃して、マレゲールは地面に伏して倒れる。

 マレゲールの外殻はガコンと大きな音を立てて地面に落ちる。表面にはトリスティスが放った水の斬撃による亀裂が走っていた。

「うぐぅ……、トリスティス……」

 マレゲールは胸と腹を押さえて立ち上がろうとするが、トリスティスが止めとして水の大太刀を振り下ろす激流斬波(マリニードカリバー)を放ち、マレゲールはその衝撃で押し流されて壁にぶつかった。

「う、ううう……」

 マレゲールは唸り、トリスティスが近づいてくる。

「悪いけど、ここを通してもらうよ」

 トリスティスがマレゲールに向かって言う。

「止めは刺さないのか?」

 マレゲールは虚ろになっている目をトリスティスに向ける。

「私はそんなことはしない。改造されているけどあなたは人間。私も人間。相手の命を奪うことはやらないわ」

「そうか……。だが俺はもうダメだ」

 トリスティスはそれを聞いて何のことかと首をかしげるとマレゲールはこう言った。

「俺は常に心身安定剤を飲まないと、体力と精神が保てない。一回でも飲み忘れるとダイロス様に治してくださった体が不調を感じて……俺は死ぬ」

「えっ!?」

 トリスティスはそれを聞いてマレゲールに尋ねる。

「い、今持っている? 飲ませてあげるから……」

 だがマレゲールは首を振った。息が荒くなり、体が痙攣している。

「どうやらさっきの戦いで薬を落としたか水で流されてしまったらしい……。だけど、オーガジェは助かる……。もっとダイロス様に貢献したかったが……、もう無理だろう……」

 そう言ってマレゲールはビクン、となると首をもたげて事切れた。マレゲールが事切れたと同時にオーガジェがマレゲールと分離して瞼を閉ざした状態で横たわっていた。マレゲールは古代紫の服を着た暗紅色の短髪に浅黒い肌の巨漢の姿になる。

「……ひどいことをしていたというのに、生い立ちと最後は悲しいわ」

 トリスティスはマレゲールの姿を見て呟く。

「虚弱で生まれてきたのが、不幸な生き様の原因だったんでしょうか」

 ソーダーズも言ってきた。敵とはいえ、いつまでも相手の悲しみに浸ってはいられない。トリスティスはジュナともう一人の融合闘士の後を追いかけて駆け出した。

……しかし、マレゲールの死を見届けてから一〇〇ゼタン半のところで超変化の代償で体に負担が起き、ひざまづいた。

「あ、姐さん!!」

 ソーダーズはトリスティスと融合を解除して彼女の肩を持った。

「どうやら疲れがドッと出たみたい……。悔しいけれど……、私は動けない……」

 トリスティスはがくんと力が抜けて、瞼を閉ざした。ソーダーズはトリスティスを壁に寄せて見守るしかなかった。

「ジュナさんたちはどうしてやすかね……」


 一方ジュナと兄レシルはダイロスの間でダイロスが送り込んできたインスタノイドと戦っていた。

 ダイロスの配下のインスタノイドは今までのインスタノイドとは違い、外観も性能も異なっていた。飛行型インスタノイドは頭部に二本の角を持つ甲虫に似た姿で角からレーザーを発射してくる。地上型のインスタノイドは上半分は人型で下半分は蟲のような八本足で壁や床を跳躍してきて掌から粘りのある網を出してくる。水中のインスタノイドは多足の軟体生物のようで両肩に触手を持ち、伸ばしてくる上に口から墨を出してくるのだ。

 ジュナとレシルは強化インスタノイド軍団と戦い、剣で斬ったりランスで貫いたりと悪戦苦闘を強いられた。

 それでも兄妹は力を合わせてインスタノイド軍団を倒していき、それを見ていたダイロスは兄妹に言った。

「流石だな。私の部下を二人がかりとはいえ、撃ち破るとは……」

 息を荒く吐き、体力も半分使い果たしたジュナとレシルは段上のダイロスに視線を向ける。

「次はお前を倒す。さぁ、降りてきて戦え! 戦うんだ!」

 レシルがダイロスに向かって叫ぶ。

「フッ、よかろう。お前たちの相手になってやろう」

 するとスクリーンが開いて、ダイロスが姿を見せる。

「あっ!?」

 ジュナとレシル、彼らの融合獣は目を見開いた。ダイロスは単純な作りの機械人形にローブをまとわせただけの姿だったのだ。

「どういうこと……」

 ジュナがダンケルカイザラントのボスが人形だと知ると呆然となる。するとダイロスの声がまた聞こえてきた。

「本当の私はここだ!!」

 すると中段の床が開いて地響きが鳴り、そこからなんと鳥と獣と爬虫類と魚の頭部を持ち、背には毒蛾(スモルフ)のような虹色の大きな翅に獣の前足と後ろが鳥の蹴爪、魚の尾ひれを持つ巨大なブレンダニマが出てきて、更にブレンダニマの体には所々機械の装甲が有り、更に胸の中心に虹色がかった黒い契合石が付いていた。

「な、何だよ、このでかいのは!」

 ジュナと融合しているラグドラグがブレンダニマを見て驚く。

「これぞ、ダンケルカイザラントの最強で最高の傑作、インスタブレンダニマ融合獣、グレータ=キマイラスだ!!」

 巨大生物の声から男の声が発せられ、それがダイロスだと気づくとレシルは呟く。

「……ダイロスはブレンダニマの体に契合石を埋め込み、機械改造を施して、自分自身がこの姿になったんだ……」

「……そんなっ」

 レシルの言葉を聞いてジュナは唖然となる。人間が自ら融合獣に、いや異形の人工生物になるなんて信じられなかった。

 ここからがダンケルカイザラントとの決戦であった。