5弾・5話 ジュナと生徒会長


 ジュナが同級生のダイナ=タビソとラヴィエ=ネックと共に体育の授業を受けるための運動校舎に向かって廊下を歩いていると、一人の男子を筆頭にした集団が向こう側から歩いてやってきた。

 筆頭の男子生徒は十七ジルク(一七〇センチ)超えの背丈に均整のとれた体格に白い肌、柔らかさのある青がかった銀髪、臙脂色の瞳は丸みを帯び、青いジャケットと黒いピンストライプのシャツ、ベージュのスラックスと黒い革靴(モカシン)を身につけていた。男子生徒の後方にいる女子生徒は髪や目や肌の色は異なるが、左二の腕に<I・P>の頭文字を金糸で刺繍された紺の腕章をつけていた。

「ジュナ、下がった方がいいよ。生徒会長のイグロ先輩は」

 エリヌセウス皇国に引っ越してきてから、エリヌセウス上級学院のことは全部把握していないジュナはダイナに言われて、廊下の窓側に下がった。生徒会長イグロと女子生徒の集団はジュナたちを通り過ぎていく。

「ふー、行ったか」

 ラヴィエが集団を見て過ぎ去ったあとを見て呟いた。ジュナたちは運動校舎へ行き、体育の授業用のTシャツとウェストゴムパンツと紐付き運動靴に着替えて、体育の授業を受ける。

 運動校舎は走行種目を受けるエリア、球技を受けるエリア、地下には温水プールもあり、違うクラスの授業の場所が被らないように造られていた。ジュナたちのクラスの四年普通科は跳び箱や平均台などの室内運動を受けることになっていた。木板張りの床に座って自分たちの番になるのを待ちながら、ジュナはダイナとラヴィエにイグロ生徒会長のことを尋ねてきた。

「ねぇ、生徒会長ってどんな人?」

「ああ、ジュナは春の真ん中に転校してきたから知らないもんねぇ。イグロ=プッケーノ先輩は声楽科の六年生で、お父さんは有名なオーケストラの指揮者で、イグロ先輩も古典音楽の少年の部で何度も入賞しているんだって」

 ダイナがイグロ生徒会長の大まかな情報をジュナに教える。

「あと美声と顔立ちの良さと学年で上位十位に入る賢明さのため、女子にはもてるのよね。今日だって親衛隊が十人もつきっきりで、校内のファンクラブもどれだけいるか」

 ラヴィエも言った。

「次、ダイナ=タビソ」

 体育のカスヴァ

先生がダイナを呼んだ。カスヴァ先生は四十代の男の先生で、屈強な体格のタックルボール(ラグビー)部の顧問も。兼ねていた

「はい」

 ダイナは立ちあがり、平均台を渡り、七段ある跳び箱を超え、マットの上で前転する。ダイナが終わると次の生徒が運動する。

(イグロ生徒会長か……。わたしはクラブも委員会にも入ってないから、そういうの知らないからなぁ……)

 ジュナは思った。


 ジュナはあくる日の学生食堂で、エルニオ、羅夢、トリスティスと共に昼食をとっていた。学生食堂は生徒が食券で定食を買って食べたりする様子もあれば、家で親に作ってもらった弁当を食べて小さな食卓について過ごす。

「あのさ、トリスティスさん。生徒会長のことって知っている? 同じ六年生でしょ」

 ジュナは母が作ってくれた緑米(ベルナリッケ)とメヒーブ肉の辛みソースソテーの弁当を食べながらトリスティスに尋ねてきた。トリスティスは青魚のあげ定食を食べていた。

「ん? 生徒会長? そーいやジュナが転校してくる少し前に生徒会の役員決めで、生徒会長に立候補してきたイケメンがいたな〜、と思っていたけれどイグロが生徒会長になるなんてねぇ。お父さんが有名な音楽家で学校だけでなく、家でのレッスンもあるのによくやっているよね」

「そうなんですか」

 羅夢が茸や種子類入りのおにぎりをかじりながら呟く。

「生徒会って、学校の雰囲気を良くしたり、生徒の学校での様子をすごしやすくしなくちゃいけないから、難しい上に大変なんだよな」

 エルニオがスパガの茎やベッキャの葉にトガシの入った赤麦(リッテメアロ)の細麺をフォークですすりながら返す。

「親衛隊もいて、ファンクラブもあって、歌もうまくてイケメンで、いいとこがおおいじゃないの。まさかジュナも……?」

 トリスティスがジュナに尋ねてくると、ジュナは断固として首を振った。

「ちっ、違います! そんな訳……」

「あ〜ら、あなたもイグロ様にお仕えしようというの?」

「え!?」

 ジュナたちが顔をあげて振り向くと、六年生とおぼしき少女を筆頭に一三人の少女たちが立っていたのだ。少女たちは眼や髪や肌の色も背丈こそは異なるが、ジュナたちに敵いの目線を向けていたのだ。筆頭の少女は背が一六ジルク半もあり、色白で三角形の顔に高い鼻と切れ長の褐色の眼、髪の毛はウェーブの入った萌黄色の長髪で、ほっそりした体型には赤地に黒い縁のAラインのワンピースを着ていた。

「だ……誰ですか……?」

 ジュナがイグロ=プッケーノの親衛隊長とおぼしき少女に引きながらも尋ねてくる。

「ふふふ、イグロ親衛隊隊長、ファンクラブ〇〇一、六年ピアノ科のメディアナ=パルミエーラを知らないなんて、一年生でもないのに」

 少女はジュナに向かって鼻で笑って見下した。それからメディアナはジュナたち四人の顔を一人ずつ見てから言った。

「あなたたち、融合闘士(フューザーソルジャー)ね? 私、融合闘士格闘(フューザーソルジャーコロッセオ)大会をテレビ放送で見ていたから、ご存じよ。まぁ、所詮あれは野蛮好きの下々のための娯楽でしかないわ」

「野蛮?」

「娯楽?」

 メディアナの発言で羅夢がおののき、エルニオがカチンとなった。

「でも、わたしたち以外の融合適応者は学校にはいないですし……」

 ジュナがメディアナに温和に返すと、いてもいい筈のイグロがいないことに気づいた。

「生徒会長の親衛隊なのに、生徒会長さんは何処に?」

「流石に授業中や食事中は私たちがいたら邪魔になると思って、引いているの。ファンクラブに入りたかったら、いつでもどうぞ。じゃあね」

 そう言うと、メディアナと親衛隊は去っていき、他の食堂に来ていた生徒たちもポカンとしていた。

「親衛隊の気圧、すごいな……」

「ジュナさん、ファンクラブに入るんですか?」

 エルニオが半ば呆れ、羅夢がジュナに尋ねてきた。

「でもわたし、生徒会長さんのこと知らないから、容姿にひかれても内面までは知らないし……」


 その日の放課後、全ての授業と清掃、HRが終わり、クラブと委員会のある生徒以外は家に帰ったり、塾などの習い事へ向かったりしていた。

 ジュナの方も同級生のダイナとラヴィエはクラブに行っており、トリスティスは料理店を営む父の言いつけで店の清掃、エルニオも愛機アウローラ号のメンテナンス、羅夢も初級学校に通う弟の迎えに行っていて、ジュナは一人だった。このまま帰るのも何だと思っていたので、裏庭へやってきた

 裏庭には様々な木が植えられ、鉄と木材でできたベンチが置かれ、木々には赤や黄色や橙といった暖色系の木の葉が木の枝から舞い落ち、つやつやの石畳の床に散らばっていた。空は夏よりも薄い碧空で小魚の群れのような白雲が浮き、弱いが冷たい風が吹いていて、木の葉がクルクルと舞う。

「〜♪」

 ジュナは耳を傾けた。自分以外にも裏庭に誰かいるのを。高い男の声である。声のする方へ向かってみると、裏庭に植えられた楓(プリメ)の木の十一本ある真ん中の木の下でイグロ=プッケーノが一人で発声練習をしていたのだ。

(いくら生徒会長とはいえ、クラブや委員会のある日に一人で発声練習って……。

 でも、この歌声は何か安らかに思えるな……)

 ジュナはイグロの発する声に耳を傾ける。彼は発生言練習の次は今後の舞台で唄うのか、ある讃美歌を唄った。


 ♪太陽よ 全ての生命に火を与えん

  風よ 全ての熱を吹き飛ばさん

  雨よ 全ての乾きに潤いを

  月よ 全ての闇夜を照らさん


 ジュナはすっかりイグロの歌に魅了されていた。と、そこへジュナのいる反対側の砲口から、三人の少年たちが現れた。肌や髪や眼の色の違うが、三人とも目つきが鋭くてズボンを腰まで下げていて靴のかかとを踏みつぶしており、派手な色のジャケットやシャツを着ていた。六年生の不良である。

「おい、てめぇ。何一人で陣取ってんだよ。ここは俺の縄張りだぞ」

 リーダーとおぼしき少年がイグロにふっかけてくる。するとイグロは困った表情で口ごもる。

「へっ、女にちやほやされてっからって、本当は俺たちを見下してんだろ? アァン?」

 坊主刈りの少年がイグロを突き飛ばし、イグロは真後ろの木の幹にぶつかる。

「生徒会長さんよぉ。もし良かったら授業の時間を減らしてくれたら俺らも学校が過ごしやすくなるんだけどなー」

 背の低い少年がイグロに言うが、イグロは反論した。

「そ、それは学校じゃなくって、国の法律で決まっているから……」

 イグロが気弱そうに言うと、リーダー格の少年がイグロを拳で殴ってきた。

「うっ!」

 殴りつけてきた少年がイグロに言ってきた。

「てんめ、生意気言いやがって……。もっと痛い目に遭わせたろうか!」

 リーダー格の少年がイグロの胸倉を掴んできた時だった。

「やめてください!」

 ジュナが飛び出してきて、不良少年たちを止めた。

「暴力で制そうなんて、酷いじゃないですか。生徒会長さんは生徒会長さんなりに生徒のために頑張ってんですよ。……それにいつもは親衛隊のみなさんにつきまとわれていますけど、生徒会長さんだって一人でいたい時がありますし……」

 ジュナは不良少年たちに自分なりの発言をすると、不良少年たちはジュナの真剣な眼差しを見てイグロを離し、その場を去っていった。

「か、下級生に説教されたら、たまったもんじゃないしな……」

 そう言って逃げるように立ち退いたのだった。イグロはジュナを見て、起き上がる。

「君は……」

「あ、わたし四年生普通科のジュナ=メイヨーといいます。友達がみんなクラブや委員会や家の用事でわたしは偶然裏庭に来てて……」

 ジュナは顔を引きつらせて笑いながらイグロに自己紹介を述べる。

「そうか。僕は六年声楽科のイグロ=プッケーノ。親衛隊のみんなはクラブや委員会に行っていて、僕は今ひとりなんだ。……と思ったけれど、そろそろ生徒会に戻らなきゃ。

 助けてくれてありがとう。それじゃあ」

 イグロはそう言って、ジュナの前から去っていって校舎の中へ戻っていった。


 次の日、ジュナは母に言われて食糧の買い出しへ行った。この日は学校のない休日で、空は晴天で少し暖かい小春日和だった。

 屋根が四角や三角で色も水色や黄色のパステル調の多い住宅街を抜け、ジュナの家のあるラガン区の南隣のエルゼン区の商店街にやってくる。休日は家にいる人が多いためか、商店も客が思っていたより来ていた。売り子の呼ぶ声や主婦同士の話し合い、井戸端会議といった賑やかな声が響いてくる。

 ジュナは八百屋や肉屋や魚屋で次の休日までの食材を買い、買い物バッグを手に提げて家に帰ろうとしていた。

 ピーメン川を通った時、昨日と同じ男の声が聞こえてきた。昨日とは違う歌で甘い旋律だった。

「この声は……」

 ジュナはそれを聞いて、ピーメン川の土手へ向かった。茶色がかった芝生の斜面を下りた処の場所にイグロがいた。

「生徒会長さぁん!」

 ジュナは買い物バッグを持ったまま、イグロのいる土手へと向かった。自分の呼ぶ声でイグロは唄うのをやめて、ジュナを目にした。

「やあ、ジュナちゃん。おや、お使いかい?」

 イグロは今のジュナの様子を見て尋ねてくる。

「えへへ……。生徒会長さんの声がしたから、思わず来てしまいました……」

 ジュナは頭をかき、軽く笑いながらイグロに言った。

「お使いの帰りに道草するなんて、お父さんとお母さんに怒られるんじゃないのか?」

「あ、わたし母しかいないんです。父は去年、事故で亡くなって……」

 ジュナはイグロに訊かれると、顔をうつむかせる。

「あ、悪いことを聞いちゃったな……。ジュナちゃんも片親なのか……。僕には父しかいないからな……」

「えっ? お母さんは?」

 ジュナは思わずイグロの家庭状況に問いを入れてきてしまった。するとイグロは語り出した。

「僕は父がオーケストラ音楽の指揮者で音楽家。母はピア二ストで、レメダン区の中部にある音楽店が僕の家で、公立の上級学校に通う妹と初級学校に通う弟もいる。

 けど父は極度の亭主関白で、母はついていけず、カルツェン区の祖父母の元へ帰ってしまった。

 父は僕の歌手の教育を徹底的にこなし、弟と妹はおざなりにしてきたから、弟と妹は家政婦に見てもらうことになった。

 流石に僕も厳格な父のいる家に長くいることに苦痛を感じるようになり、生徒会に入ったけれど、今度は女の子たちにつきまとわれるようになっちゃってね……。

 一人でいる時が僕の幸福になってしまった」

 イグロの素性を聞いて、ジュナはイグロが気の毒に思えた。一件何かの才能や立場に恵まれている人ほど悩みを抱えているのだと。

「ああ、そうだ。よければさ、これをあげるよ」

 そう言いながらイグロは上着の内ポケットから一枚の券を取り出した。券には『王族領区芸術ホール開催、エヴァ=ブラウニングリサイタル』と書かれていた。

「ええっ!? こんなたいそうなイベント……わたしにはちょっと……。ど、どうせなら、親衛隊長のメディアナさんと行けばいいじゃないですか!」

 エヴァ=ブラウニングといえば、ビーザール大陸にあるファウン共和国出身の部隊歌手で、ファウン国とその周辺だけでなく、他大陸からもオファーされていることにはジュナも夕方のニュース番組で知っている。チケットをよく見れば「A席」と書かれている。

「彼女たちもついてくるけど……、親衛隊は一番安いC席でA席はどうせなら、いつもと違う子のほうがいいと思ってね……」

 イグロは言った。

「そうですか……。じゃあ、いただきます」

 ジュナはチケットを受け取り、イグロと別れて自分の家に帰っていった。


 その日の夜、ジュナとラグドラグに学校の生徒会長から音楽会のチケットをもらったことを晩食の時に話した。

「あら、生徒会長さんがこんなことをねぇ……」

 ジュナによく似た顔立ちと金の眼、千歳緑の髪をセミロングにして切りそろえたジュナの母、セイジャが白い磁器の碗からスープをすすりながらジュナの話を聞いた。

「いっつも同じ女子につきまとわれていたから、違う女のこと行きたかったねぇ、と。言ってたんだよな」

 白い体部角と翼と長尾の融合獣ラグドラグがジュナに返してくる。

「まぁ、昨日のお礼も兼ねていると思うんだけどね……」

 ジュナは川魚の酒虫をほおばりながら呟く。でもこの頃はダンケルカイザラントもエリヌセウス皇国に現れることもなかったため、ジュナはチケットをもらったからには行かなければと思った。


 それから七日経って、十一月に入りエリヌセウスの空気が冷えてきて、街路樹の木や家々の庭木や森林区の木の葉は赤や黄色や茶色に次々に染まっていき、虫は木の根や石の裏にはりついて眠り、茶色や灰色の鳥たちが木の枝や町の電線に泊まり、夏に活躍していた鳥たちは南の方へ移り、首の長い大型の鳥たちが野山に棲むようになった頃。

 十一月最初の日曜日、ジュナは筒間列車(チューブライン)で王族領区の王族領西部都心駅までやってきた。

エリヌセウスの中心である王族領区は地上より高く造られた筒間列車(チューブライン)が客たちをエリヌセウスの東西南北に送り届けていき、浮遊車が人々の真上を行き交いし、様々な高さや大きさや色や造りの異なる高層建築物がいくつも並んでいた。それは多世帯住宅だったり病院だったり。

 また都心の駅も住宅街や商店街の構内より広く、スーツを着た者、親子連れ、駅員などが歩き回っていて、店舗も他地方から来た者が買う土産屋、駅弁屋、喫茶店、化粧品などの免税店も多数あった。

「ええと、待合場所の駅模型は……」

 イグロとの待合場所である西都心駅の建物の模型のある処をジュナは探した。ジュナはあまり筒間列車(チューブライン)には乗らない。乗るとしても家や学校の周辺ぐらいだった。ジュナがキョロキョロと探していると、声が飛んできた。

「おーい、ジュナちゃーん」

 強化透明素材で囲まれた駅模型の前にイグロが立っていた。イグロは白いダブルジャケットと紺のスラックスと黒いベルト革靴、中は水色のストライプのシャツとループタイの正装である。

「生徒会長さん……」

 見つからなかったらどうしようと思っていたジュナだが、胸をなでおろす。ジュナも音楽会に相応しいように正装し、黒いリボン付きのボレロと裾と袖にレースのついた明黄色のワンピース、足元には黒いニータイツと茶色いブーティー靴、髪の毛も後ろを黄色いリボンで結えており、薄ピンクの口紅を塗っている。鞄は持ち手のないクラッチ型で黒白の繻子(スティーヌ)である。

「よく来てくれたね。それじゃあ行こうか」

 ジュナはイグロのあとをついていき、一方でジュナたちの尾行をする者たちがいた。ラグドラグたち四体の融合獣とエルニオ・羅夢・トリスティスである。彼らは普段の姿であるため、周りから変な集団と思われるも、そんなのはお構いなしだった。


 ジュナとイグロが駅から歩いて一〇ノルクロ(一〇分)歩いた先の白い半円状の建物、芸術ホールにやってきたのは昼の九時半であった。一度に二百五十人が座れるコンサートホールでは後部のC席には親衛隊員が座り、舞台から近いA席の前から五番目にイグロとジュナが座っていた。他にも老夫婦やエヴァに憧れる少女や女性、音楽学校の教授も集まっていた。

 一方、芸術ホールの外ではラグドラグたちがホール前のエントランスで立ってた。チケットを持たない彼らはここで、"奴"を待ちかまえたのである。紺の制服を着た警備員はラグドラグを見つめても、怪しい事さえしなければと押し黙っていた。

 ブー……とイベントが始まる合図が鳴り、舞台のそでから長い金髪ウェーブに深い蒼眼、白い肌に黒いティフト(タフタ布)のドレスをまとったエヴァ=ブラウニングが出てきて、簡単な挨拶を述べてから、歌を唄う。


 ♪ 空の彼方に虹の架け橋

   雨上がりに輝く希望の虹よ


 エヴァの歌は老若男女を魅了し、一曲目だけでも大きな拍手を受けた。それはジュナもだった。しかしジュナは二曲目に入ろうとしたところで、静寂になっている筈の会場にわずかに聞こえてくる音を感知した。ビリビリ……という音。超音波というやつである。その音は次第に大きくなっていき、エヴァも誰も彼も耳鳴りを感じ、両耳を手で塞いだ。

(も、もしかして融合暴徒(フューザーリオター)?)

 ジュナはこの会場に融合獣とその適応者がいるなんて思ってなかった。エヴァもイグロもイグロ親衛隊も他の来賓客も苦しんでいる中、ジュナはどこかに融合暴徒(フューザーリオター)がいるか探そうとした。

 後ろの客席、窓席、出入り口の近く。そして舞台の天井近くに人影を見つけた。はっきり見えないが融合闘士(フューザーソルジャー)であった。

(何とかして助けを呼ばなきゃ……)

 ジュナはクラッチバッグから携帯電話をとりだしたが、携帯電話にはノイズが走り使えなくなっていた。

 人々は超音波で次々に倒れていった。ジュナだけがかすかに起きていたが、まともに動くことは出来なかった。

(一体どうすれば。どうしたらいいの……)