ジュナとラグドラグが石板の解読方法を見つけてから三日目の昼、この日は学校のない休日だったため、エルニオ、羅夢、トリスティス、彼らの融合獣はジュナの呼び出しを受けて、旧アルイヴィーナ世界の記憶と歴史、石板の作者の意思を見聞して、その凄さに驚いていた。 「……こりゃあますます、ダンケルカイザラントの手に渡してはいけないよなぁ」 石板の記憶を見た後のエルニオは深刻な表情になる。 「本当に、ですよねぇ。それにしてもジュビルムたち融合獣のルーツが実は融合人だったのには驚きました」 羅夢が家から持ってきた蒸し餅をほおばりながら答える。蒸し餅は白米(ヴィッテリッケ)をこねて中身にあんこや種子類や果物を入れてせいろに入れて鍋で蒸す和仁族のお菓子である。羅夢の膝元には羅夢と融合する耳長尾長の桃色の毛の平穏族(へいおんぞく)融合獣、ジュビルムが蒸し餅をかじっていた。 「ダンケルカイザラントは融合人をアルイヴィーナにおこうと思ってんの? だとしたら何で、って」 トリスティスはジュナが入れてくれたお茶を飲みながらその疑問を持つ。トリスティスの隣では彼女と融合する薄青い体の鋭角な口先やヒレの深流族(しんりゅうぞく)融合獣ソーダーズが尾びれを器用に立てていた。 「……それがまだまからないのよね。融合人(フェズナー)の世界が滅んだのは五十万年前。融合獣が生まれたというか造られたのが二〇〇年前。融合獣を生み出したのがテナイという科学者で、テナイは最初は動物の脳で融合獣に移植したけれど上手くいかず、人間――それもガルザイダ星の侵略戦でケガした兵士を融合獣にしたからね……んでテナイは自分を融合獣に化えて自分の分身(クローン)を子孫と名乗らせていた。まぁ、人体実験と世間を騙していた報いとはいえ」 ジュナがテナイのことを語ると、エルニオが呟いた。 「もしかすると、テナイはダンケルカイラントの一員だったという可能性は高いな。融合獣になったテナイは融合獣の命ともいえる契合石――融合人の化石を抜き取って融合獣を殺していたからな」 急速再生組織などの人体パーツを体内に備えられている融合獣は傷を負っても回復するためか「不死の人工生命体」と呼ばれているが、斬首されたり身体を粉々にされたり契合石を抜かれると流石に生命活動不可となって死してしまうのだ。融合獣になったラグドラグたちは最初の適応者の死で改変されていた記憶が人間時の記憶を取り戻した時、家族や友人は既にこの世を去り、融合獣は各地に散らばり、融合適応者と生活環境を変えていきながら今日まで生きてきた。 「しばらくは様子を窺おう。ダンケルカイザラントは世界の多くに震かんしているどうか」 「そうね……」 エルニオがそう言うと、エルニオと融合する菌の翼と尾羽を持つ緑色の羽毛の飛翔族融合獣ツァリーナも頷く。 「あのさ……、みんな私、そろそろお店のブレイクタイムの時間だから、帰らせてもらうね」 トリスティスが立ち上がってジュナたちに言った。トリスティスの家はエルゼン区の川沿いにあるレストランであるため、昼食時とお茶菓子のブレイクタイムと夕食時は忙しいため、彼女も従業員として働いているのだ。 「あ、はい。お気をつけて……」 一同は家へ帰るトリスティスを見送り、ソーダーズもトリスティスの後を追った。 晴れ渡る碧空、白金の太陽光が水面で反射して輝くピーメン川の近くにあるレメダン区の商店街にある二階建てでその上に小さな屋根裏部屋、屋根は半分だけの三角に水色のブロック、壁は砂浜のように白く、二階には四角い支柱のテラス、窓は四マスの枠で開閉式の建物、南国料理店『潮風』。休日はレストランで食事する客が多いため、トリスティスは両親と共に甲斐甲斐しく働いている。 店主である父親は主に調理、母親は注文・運搬・会計、トリスティスは食器洗浄と片付けである。 「トリスティス、今日はもういいよ。明日学校だからお下がり」 次第に客が最後の一組になると、トリスティスは両親に言われて、自分の部屋へ戻っていった。『潮風』の一番上の階はトリスティスの自室。壁に設置された本棚とロフトベッドとクローゼット、壁の上半分は白くて下半分はこげ茶色、こげ茶色のフローリングには極彩色のラグが敷かれ、トリスティスは風呂から出ると、Tシャツとショートパンツだけの寝巻に濡らした髪を撥水生地のターバンで巻いていた。 「あーあ、ちゃっちゃっと明日の予習、やらないとね」 トリスティスは椅子に座り、二、三冊の教科書をめくって、明日の授業に出そうな項目を探った。 十数分の予習が終わると、明日の準備をするために教科書とノートを入れ替えていると、一通の封筒がはらりと落ちた。パステルブルーの横長封筒で切手は紫縞貝、消印はエクート共和国であった。 「あっ、しまった。最近来たヒアルトくんの返事、書くの忘れていた……」 しかし時計の文字盤を見て、時刻は夜の十二時を指していた。 「いいや、もう今日は。お店が休みの時に返事書こうっと……」 トリスティスはそう呟いて、ベッドに入った。ロフトベッドの下の方ではソーダーズが眠っていた。 * ガイアデス大陸の西南の臨海地区にあるエクート共和国。この国は常に暖かな気流に覆われていて、夏はそんなに暑くならず気温は常に三十度以下であった。エクート共和国は干潟を埋め立てた街と波止場、上空から見ると魚の尾びれの形をした半島が特徴的で緑地帯も多かった。その尾びれ形の半島の東の入り江に漁村があった。 その漁村はマスト付きの漁船や商船が行き交いし、漁村の民家や商家は塩水に強い粘土を固めて焼いたレンガや漆喰の壁、屋根は半球状の物ばかりで、正方形や長形の上に半球が置かれたような外観であった。何よりこの漁村に住んでいるのは水棲人種(ディヴロイド)ということであった。 漁村の様子は十歳までの子らは村内の初等学校に通い、十一歳から十七歳までの子らは隣の港町や漁村よりも北の方にある町の上級学校に通い、大人たちは村で漁業や他国から来た商船との取引、また漁業と商業以外の職に就こうとしている者は大学や職業学校に入って学んでいる。 半島の東の入り江の村の名はザナカン。そのザナカン村に住む一人の青年、ヒアルト=ゼペリック。ヒアルトは御年十九歳になる漁師の息子で、一年前の初夏に上級学校を卒業すると、父親と一緒に漁船に乗っていた。 エクート共和国の漁船はマスト付きの防水合金と耐塩水合成材で出来ており、また長時間遠泳エンジンを搭載していたので、エンジン故障による転覆もなかった。 漁船の甲板では一八から六〇までの男たちが網を投げ入れて魚が入ってくるのを末まで、甲板の泥や砂を流すためにデッキブラシで磨いたり、村で待っている妻や姉妹のことや近隣の村町で起きた出来事を話し合ったり、ギターを弾いて歌を唄ったりとしていた。 船の中の仮眠室では三人の若い船乗りが早朝の出で寝足りず横になっていた。仮眠室は三つあり、両壁に二段ベッドが設置されており、扉の向かい側の壁に円状の窓があり、そこから光が入って薄暗い部屋を照らしてくる。その仮眠室の左側の下段にはねのある短い蜜金髪、中間肌、すらりとした体型、漁業船の船員らしく自然繊維の長袖シャツとズボンとベスト姿の青年、ヒアルトが眠っていた。隣の二段ベッドでは、同世代の船員も寝ていた。 「おおい、ヒアルト。起きてくれ、もう二時間経ったぞ」 仮眠室の扉が内側に開いて、中に大海老(ロズリップ)のように節のある殻に覆われた体は棒のように縦長で尾先が重ねた木っ葉状で枝のような足が八本に対し両前脚はハサミのようになっており大きく、長い触覚は体よりも長くて十三ジルクの体よりもあり、触覚の下の眼はつぶらな萌黄色の眼で体は金茶色、両手のハサミに萌黄色の契合石が二つ持つ深流族の融合獣が入ってきた。 「ん、あ、ああ……。もうこんな時間か。起しに来てくれてありがとうよ、ギラザーズ……」 ヒアルトはギラザーズの声を聞いてまぶたを開け、寝ぼけ眼ながらも菫色の眼を見せる。 ヒアルトはギラザーズと共に仮眠室を出てデッキに上がって大人の漁師たちと共に入れた網を出すために網をフック付きの丈夫な縄に引っ掛けて、電動巻き上げ機で網を出した。この時の空は仄青くて大きな入道雲を浮かべ、海の波は荒ぶる程でもなく、風は東から吹き、潮の湿りと匂いがあった。 ザァッと網が出てきて、網には様々な大きさや色や種類の魚が二、三〇〇匹もかあkっていた。ゆっくりと網を下ろして、その後は種類ごとに分けてクーラーボックスや生け簾に入れた。中にはヒレに毒のある魚や身や内臓に毒を持つ魚もいるため、注意しなければならなかった。 今日の漁業が終わると漁船はそれぞれの村や港に戻り、魚を持って帰ってくる。大きい魚や鮮度の良い魚は市場出荷、小さな魚は生け簾に入れて大きくなるまで育てたり大きくなるまで海に還したりした。中には貝や海老(プリシャロ)や蟹(クラッバ)などの生き物も採れるが、秋の今は旬の物ではないため村内で食べるか貝や甲殻類を欲している家で物々交換して、麦や果物といった山の幸と取り換えていた。 ヒアルトは二十五年間漁師をやっている父とギラザーズと共に、夕入り前に家に帰ってきていた。ヒアルトの家はザナカン村の壇上地形の壁が白くて屋根の黒い一軒家である。 「ただいまー」 ヒアルトは片手に余り物の魚と海藻と貝が数種入ったクーラーボックスを持って母の待つ家に帰ってきた。 「お帰り、今日も何事もなかったみたいね」 居間のソファで刺繍をしているヒアルトの母が帰ってきた夫と息子とギラザーズに駆け寄ってくる。母はうねりのある蜜入りの髪を青く染めた白い斑紋入りの長布を巻いており、服も風通しのよい自然繊維の服を着ていた。ヒアルトと少し違うのは母は色白でやせ気味で眼は碧玉色(ジャスパーグリーン)である。ヒアルトの父は海の男に似合う浅黒い肌に短い銀灰色の髪に菫色の眼、碇型の太めの体格で、ヒアルトの肌と眼は父親似、髪の色は母親似であった。 「ただいま、お父さん、お母さん、兄さん」 ヒアルトと父より少し遅れてヒアルトの妹、フローリアが帰ってくる。フローリアは十五歳で隣区の港町内の上級学校に通い、肩まであるストレートの銀灰色の髪に碧玉色の真珠のような白い肌、漁村育ちの娘にしてはしゃれた服である仄青いカットソーに白いロングベスト、後ろ裾が長いフィッシュテールのスカート。フローリアの手には家の郵便受けに入っていたきょうの夕刊と二、三軒の店のダイレクトメール、そして薄いピンクの封筒があった。 「おお、フローリア。ありがとうな。これ、俺のなんだ……」 ヒアルトは妹からピンクの封筒をひったくると、二階の一室である自分の部屋へかけていった。そそくさと去っていくヒアルトを見て妹は首をかしげる。 二階の東側はヒアルトとフローリアの私室で、どの部屋も半球を四分の一にした丸みを帯びた屋根に十字状の窓、壁が白くて床は防水合成材で自然素材のマットが敷かれている。部屋は四畳半で机もタンスも棚もベッドも壁に備え付けられており、天井の梁からは照明電灯と扇風機が下がっていた。 ヒアルトの部屋はブランケットがめくれており、本もいくつか棚から出しっぱなしで少し乱雑だったが、ヒアルトは気にせず堅木材の椅子に座って封筒を開封する。 文字は鋭角さを帯びた丁寧な文字でピンクの字に水玉模様の便せんに書かれていた。 「トリスティス、ダンケルカイザラントの刺客とやりあったって……」 二ヶ月前に融合闘士限定の融合闘士格闘大会でヒアルトは新たに大会に出場したトリスティスと出会い、試合して負けた。だが決勝戦で起きた大会出場者の一人が謎の国家組織ダンケルカイザラントの機械兵を送り込んでトロフィーの中の融合闘士強化の秘伝を狙いに襲ってきたのだった。その時にトリスティスとの文通によるやり取りが始まったのだ。 二人とも水属性の融合獣と融合し、水棲人種であること。そして互いの自分のためでなく他者を巻き込まないようにダンケルカイザラントと戦っていることでひかれ合った。 「あーあ、トリスティスに会いたくなったぜ」 ヒアルトがトリスティスからの手紙を読んでいると、声が飛んできた。 「トリスティスって誰?」 ヒアルトが振り向くと、隣の部屋に入ろうとしていたフローリアが完全に閉められていない出入口の前に立っていた。湿気に強いパセランの木材の扉は半分開いていて。フローリアの目に入ったのだった。 「フ、フローリア! お前、何立ち聞きしているんだよ。お前には関係ないだろ!」 ヒアルトが椅子から立ち上がって妹に言った。手紙は背に隠すようにして。 「そーいや、九月になってから差出人が<T.P>というイニシャルの手紙が来ていたけれど、兄さんいつの間に彼女ができたの?」 フローリアは険しい表情で兄に尋ね、ヒアルトは顔を赤くして言い返した。 「お、お前には関係ないだろ! ただの文通相手で、互いの国生活や文化のことで話しあっているだけだ。そんなこと探っている暇があるなら宿題でもやっとけ!」 そう言ってヒアルトは扉を閉めた。フローリアは決して図々しさではなく好奇心で兄の文通相手がどんな人か知りたかっただけであり、兄が教えてくれないのを見て肩を落とした。 * ザナカン村だけでなく、港町や漁村の朝は早い。夜明けと共に起きて、漁師や船乗りは昨夜のうちに家族に作ってもらった弁当を持ち、朝食を済ませて船に乗って沖に出る。それはヒアルトも一緒で、薄暗い青紫の空に冷たい空気の中、寝足りないと思いつつも父や仕事仲間の漁師と船に乗る。もちろんギラザーズも搭乗し、港や浜から十ラヴァン(十五キロメートル)も離れた沖合の方へ進行していった。 漁は風と並の強さで行くかとりやめかで決まり、秋の今は波が静かで風もそよ風の日が多く、魚も貝も甲殻類も烏賊(テンターキュ)や蛸(オットー)も嵐の多い夏よりもたくさん採れるのだった。 ヒアルトは赤ん坊の時から父と一緒に船に乗り、そのためか船酔いすることはなかった。他に父は船の操縦方法や網の手入れの仕方やロープの結び方などヒアルトに教えてあげていた。妹のフローリアも船に乗せられていたが、体力よりも知力の高い妹は漁師や船乗りではなく、商人になるためにキオーネ港の商業科のある上級学校に通っているのだ。 「よーし、ここでいいだろ」 船長の声で船は進行を止め碇を下ろして、漁師はフスマを固めた粒を海に投げて、網を中に入れて魚が網に入るのを待った。その間に甲板の掃除やマストの補修、ボイラー室の点検といった作業をこなした。 海の沖合に入る頃、空はすっかり淡い碧空となり、雲もいくつか浮き出て太陽が東から昇ってきた。 「ふー」 船のマスト近くにある見張り台でヒアルトは風向きと他の船とのぶつかり合いがないかを確かめるためにへりに肘をついていた。 「まだ風向きも変わってないし、波も高まってないからしばらくは平気か」 ヒアルトは円い見張り台の上で懐から封筒を出し、トリスティスからの手紙を読みなおした。彼女の学校や店での営み、融合獣仲間について……それもダンケルカイザラントとからの刺客と何度がぶつかってきたという大変さ。だがダンケルカイザラントについては世間は公表することがなく、わずかに知っているトリスティスたちもよく把握はしていなかった。手紙の一文にはジュナの母の故郷のエルサワ諸島にも出て、島をめちゃくちゃにした件も書かれていた。 「ダンケルカイザラントねぇ……。いくら世界各地で正体不明首謀者不明の事件が起こっているとはいえ、平穏でいられるのもなんかなぁ……」 ヒアルトもエクート共和国の山間部や近隣の国で身元不明人の失脚や森林などの自然区が荒らされたりの事件を見聞きしていたが、それがダンケルカイザラントとつながっていることにはピンとこなかったのだ。 (それらがダンケルカイザラントの仕業というのなら、奴らは何の目的で孤児・身障者の連れ去り、自然区域の破壊をやらかしているのだろ?) トリスティスからの手紙を読んでいるうちにヒアルトもダンケルカイザラントの正体や目的に興味を持つようになった。 清々しい碧空に潮の混じった凪に近い風、停泊させているとはいえ波が静かに揺らぐ中、緑がかった海中で怪しい影が潜んでいた。 深さ二百ゼタン(四百メートル)の海中では灰白色の砂や岩礁、濡れた髪のような海藻や赤茶けたメイリィス(ウミユリ)が漂い、赤地に白い斑紋の魚や黒いうろこの魚といった様々な種類の魚が泳ぎ、その砂や貝殻や珊瑚の欠片が埋まる海の足場に一人の融合闘士(フューザーソルジャー)がいた。 その融合闘士は水中活動が得意な深流族の融合獣と融合しており、体長は十八ジルク(百八十センチ)越えで屈強な体格に剥き出しの顔の下半分と二の腕と腹部は浅黒い肌で筋肉が盛り上がっていた。南方には多い褐色人種(ソルロイド)らしく、年齢は四十前後である。 「ええと、ここら辺だな。マレゲール様が言っていた場所とは」 融合適応者の男が自分と融合している融合獣に尋ねる。 「ああ、マレゲール閣下の情報によると、この岩をずらせば目的の物(ブツ)がある。岩を北東四十五度にずらせ、カッサバ」 融合獣が適応者であるカッサバに言った。カッサバの声は野太い巌の声に対し、融合獣オーグダマザは冷たく太い声である。オーグダマザは融合前は体長一.四ジルク程のがるガンゼ(オニオコゼ)の姿で扇形の尾ひれと胸鰭、三角が連なった背びれに毒を持ち、つき出た下あごと台形状の体に濃緑の鎧状のうろこに覆われ、唯一無防備な黄色い腹には鉄紺の契合石が煌めいていた。 「そんじゃやりますか。おおらよっ、と!!」 カッサバが岩を北東四五度の角度にずらすと、カッサバの背丈より二倍はある岩が砂煙と泡沫を立ててずらされていき、そこに棲みついていた魚や甲殻類や軟体生物は驚いて逃げ出した。 カッサバが目的の物を探しだすために岩礁を動かしている海上でも影響が起きていた。 漁猟用の網を引きあげようとヒアルトたちの乗っている船が揺れて、網が傾いて採った魚が砂のように零れ落ちて海に戻され、甲板にいる漁師たちも足を滑らせ、クーラーボックスも予備の網もひっくり返るという事態に陥っていた。 「どわっ、何だ何だ!?」 ヒアルトの父より五、六歳年上の船長が舵をとっており、コンソールの画面に映し出されたレーダーを見て、西南数ゼタンの処に海の底から何かが暴れているのを確認した。 「このままじゃみんな放りだされてしまう」 船長はぐらぐら揺れながらもコードレス船内通信機をとり、船に乗っているもの全員に報せた。 「みんな、無事でいるか!?」 小さな調理室にいるかしき、仮眠室で寝ている漁師、ボイラー室で燃料チェックをしている者、そして見張り台のヒアルトにも伝わったが、ヒアルトは柱にしがみついていた。 「降りたくても降りられねぇんだよ……」 ヒアルトが泣き言を言っていると、ギラザーズが何とかマストをつたってヒアルトのいる見張り台に入ってきた。 「ヒアルト、俺と融合して船揺れの原因を探りに行くんだ! ととと……」 ぐらぐらと揺れながらもヒアルトは迷っている暇はないと悟って頷いた。 「おう。融合発動(フューザーソルジャー)!!」 ギラザーズの両ハサミの契合石、ヒアルトの中の契合石が萌黄色の光を放ち、両者は泡沫状の渦に包まれ、渦が弾けるとギラザーズと融合したヒアルトが現れた。 ギラザーズと融合したヒアルトは、顔の下半分は人間時の口がむき出しになっている他は全身が金茶の装甲に覆われ、頭部に長い触角をもち、両腕の手首に甲殻類のハサミと五本指の手がついている。ハサミの付け根に萌黄色の契合石がある。 ヒアルトは見張り台に足をかけて漁船から勢いよく跳びおりた。 ダパーンと激しい水飛沫と共に音が鳴り立ち、甲板の縁にしがみついていたヒアルトの父が融合闘士たとなった息子の様子を見た。 「ヒアルト、すまないな。頼んだぞ……」 漁船の漁師は水棲人種だから溺れることはないが、誰よりも水中を潜れるのは融合闘士のヒアルトだけである。 * ヒアルトは海の中へ入り、船揺れの原因であるものを見つけに潜っていた。秋の海は冷たく一〇度前後だが、融合適応者は融合獣の属性によって熱さや寒さに耐えられるようになっている。 「! 岩が……岩が動いている!」 ヒアルトが海底の岩が真っ直ぐ動いているのを目にして声をあげた。 「なら岩を動かしている奴が船を揺らしていたという訳か。すぐにとっちめてやろう」 ギラザーズが言った。ヒアルトは潜りに潜り、岩を動かしている者を見つけたのだった。 「見つけたぜ、迷惑野郎!」 カッサバが岩を動かすのを止めると、自分の目の前に甲殻に覆われて両手にはさみがついた融合闘士が現れたのを見る。 「何だお前。このカッサバ様の邪魔をするとぁ、何様のつもりだ」 カッサバはエクート後にしては語尾をやたらと強調する訛りを発してヒアルトに向かって言う。 「あんた岩を動かして波を起こしてただろ? 今日も静かで低い波だったから早く漁を終えて、ゆっくり家で過ごせると思ってたのによ」 ヒアルトの個人的な事情を聞くと、カッサバは鼻で笑ってあざける。 「そんなこと、俺やオーグダマザの知ったこっちゃねぇ。今俺たちは任務の真っ最中なんでな。お前だって他人のことが言えるかよ」 「任務……? 何のだよ。あんたもしかして違法の鉱物や生物を獲って業者に売りつける運び屋か? それとも……」 ヒアルトが一旦口をつぐむと、ギラザーズが言った。 「もしかするとダンケルカイザラントの連中かもしれないぞ。<任務>と言っていたし」 「ダンケルカイザラントって、二ヶ月前の融合闘士格闘大会で決勝戦の日に量産型機械兵を投入させて大騒ぎを起こした迷惑集団だったか。そーなると、ますます邪魔しないでもらいたいな!」 ヒアルトが一足踏んでくるのを見て、カッサバが両拳をゴキリと鳴らし、ヒアルトに言った。 「おい、若僧。このカッサバ様とオーガダマザは何人ものの軍隊や国の衛兵を倒してきた猛者(もさ)なんだぜ? 痛い目に遭いたくなけりゃ、とっとと帰ってもらった方が身のためだ」 「……ヒアルト、あやつはあんなことを言っているが、お前はどうする?」 ギラザーズがヒアルトに尋ねてきた時、ヒアルトは応える。 「決まっているだろ、漁や休みを邪魔する迷惑野郎はぶっ飛ばしてやる。ただそれだけのことだ」 「後悔しても知らんぞ?」 エクート共和国のガラナン村海域の水深二〇〇ゼタンで、深流族の融合闘士の戦いが始まった。 |
---|