3弾・6話 準決勝への勝者


 ジュナ&ラグドラグが闘技場でガントル&ノシドスと試合していた頃、フリージルドは取引先移動中の大型浮遊車の中で車内に設置されたテレビモニターからその様子を見つめていた。フリージルドを乗せた大型乗用浮遊車は黒くて縦に長くて、内装も座席がワイン色の高級絨毛で、フリージルドとエグラが一番後ろに乗っていて、天井から下がったテレビモニターで試合を観戦していた。他に乗っているのは一番前の運転手と中席の秘書の青年セミズパンである。

 フリージルドは長い明緑の髪をアップにしてまとめ、ベージュの半袖ビジネスジャケットと黒いタイトを着、足元は肌色ニータイツと皮革パンプス。化粧はナチュラルメイクで印象をよりづける為の金フレームの伊達眼鏡を装着している。

「やーっぱし、あの子が勝ったのね……クスッ」

 フリージルドはジュナの初戦の勝利を見て軽く笑う。

「ジル、お前はやっぱり戦いたいのか、ジュナって娘(こ)と……」

 隣のエグラがにやつくフリージルドに訊ねたが、フリージルドは試合に夢中であった。

 2


 大会三日目も透き通った碧空で、カラッとした陽気である。観客席には昨日より少ないが様々な観客が座っている。融合獣、一般人、フリージルドの親衛隊といった顔ぶれである。エントランスから浮遊円盤に乗ったマーフィーが登場して闘技場をくるくる回って叫ぶ。衣装も白い革のジャケットと黒いパンツの服装で金銀のアクセサリーが施されている。

「会場のみんな、おはよう!! 今日で大会三日目、第二戦、準決勝、決勝戦を行うよ!! 

勝利は誰の手に!? 今回もチャンピオン・フリージルドか、それとも新たな勝者か?」

 ワアアアアッ、と観客達はマーフィーの実況でハイテンションになる。その観客席の中で、苦笑いする羅夢とジュビルム。

「ふっ、皆さん朝からノリノリですね」

 エリヌセウス組で最初に敗退した羅夢はジュナ達の戦いを見守る立場に。そして席の近辺にはティサ・ヘルメリヒ&バズビープ、ヒアルト・ゼペリック&ギラザーズもいた。

「それでは本日の対戦初発はチャンピオン・フリージルドと融合獣エグラ対エルニオ・バディス選手と融合獣ツァリーナだっ!!」

 闘技場の大型モニターにトーナメント表が映し出され、敗退した選手の顔はモノクロ化し、画面に「フリージルド・クロム対エルニオ・バディス」の名前と顔が映し出される。

「赤コーナー、チャンピオン・フリージルド・クロムと融合獣エグラ!!」

 赤コーナー側のエントランスホールからフリージルドとエグラが出てくる。チャンプの登場で会場が更に沸き立つ。

「フリージルド!! フリージルド!!」

 多くのファンに見渡され、フリージルドは平等な笑みを見せながら登場する。長い明緑の髪をおろし、赤い肩出しのミニスカートドレスと黒いビスチェスカートに茶色の折り返し付きショートブーツの服装である。エグラもフリージルドに従うように歩いて登場する。

「青コーナー、エルニオ・バディス選手と融合獣ツァリーナ!!」

 青コーナー側のエントランスホールからエルニオとツァリーナが登場する。緑の迷彩柄のシャツとベージュのアーミーパンツとアーミーブーツの服装で観客席の羅夢に手を振る。

「エルニオの二回目の相手がチャンピオンか……。チャンピオンかなり強いし、うーむ……」

 控え室内の映像モニターで会場の様子をトリスティスとジュナが見つめる。

「もしエルニオが勝ったらある意味奇跡だよ。ダンケルカイザラントだって怖くないレベル的に成長したって事になるし……」

 ジュナが携帯食のドライフルーツ入りスナックをほおばりながら言う。ラグドラグとソーダーズもエルニオ&ツァリーナの戦いを画面越しから見守る。会場ではフリージルドの信奉者が彼女の名を繰り返し呼んでいた。

「フリージルド! フリージルド!」

 精神の熱気と外気の熱が混じり合う中、ステージではフリージルドとエルニオが見つめ合っていた。

「は、初めまして。お互いに悔いのない戦いをしましょうね」

 エルニオはフリージルドに握手を交わそうとしたが、フリージルドは口をへの字に曲げて首を横にする。

「悪いけど……、私が求めているのはあなたじゃないのよね」

 フリージルドは口を尖らせ、エルニオは衝撃を受けながらも動揺を振り払った。

(ちょ……そんなきつい事言わんでも……。でもフリージルドさんが言った「求めている相手」って誰……!?)

 そんな事を考えながらも試合開始のゴングが鳴った。

「熱闘開始(ファイティング・オン)!!」

 そしてフリージルドとエルニオは各々の融合獣と融合し、前者は明橙の炎、後者は翠の旋風に包まれ、翼と蹴爪と羽毛状の装甲に包まれた鳥人の姿となった。

 両者とも蹴爪状の拳をぶつけ合い、火花が咲いてこすり合わさった拳から煙が出る。

(何てオーラだ! 僕らより融合期間が長いとはいえ、限りない力と精神がある! チャンピオン・フリージルド、どんな強さの秘訣が……)

 エルニオは自身の瞳に映ったフリージルドの威厳を見て、体と心が共に威圧が来るのを感じ取った。

 フリージルドは両手に炎をまとわせ、エルニオに拳を向けてくる。スロー映像でないと見えないパンチの速さでエルニオは勘で避ける。と思ったら、フリージルドの脚がエルニオに向けられ、蹴爪付のカカトがエルニオの背に当たった。

「ぐはっ!!」

 エルニオはステージ外ではないものの地べたに胸と腹が着いて倒れ、フリージルドは近くに着地する。

「つ、強っ!!」

 フリージルドの強さを見て、控え室のトリスティスは目をひん剥かせる。

「何という反則的(チート)強さですかい! エルニオさんもどうしたんってですか!?」

 ソーダーズもうろたえる。

「ラグドラグ、フリージルドさんって……」

「経験の結果だ」

 ラグドラグがジュナに言う。

「フリージルド・クロムはジュナより十歳上とはいえ、十年以上もエグラの奴と融合していた。エグラも攻撃とスピードにたけている。

 そして劣っているスペックは特殊技で補っているといえよう」

 ステージのフリージルドは切れのある蹴りや拳をエルニオに繰り出し、エルニオも逃げてばかりいる。

「フリージルド選手、攻める攻める! エルニオ選手に反撃の機は出るのか!?」

 マーフィーの実況で客席の羅夢とジュビルムはエルニオの様子を見ていられないかのように祈っていた。

「くっそ、逃げてばかりじゃだめだ。反撃しないと……」

 いつもは慎重なエルニオもせっぱつまってくると、焦りが湧いてきた。ステージのへりに追いつめられた時、直線状に跳躍し、両腕に翠の風をまとわせ、ステージ上のフリージルドに向けてきた。

「豪風昇拳・双(ダブル・テンぺスターブロークン)!!」

 エルニオの両拳から翠の竜巻が螺旋状に放たれ、フリージルドに向かってくる。豪風昇拳・双の反動でエルニオも空中から闘技場に出そうになったかがツァリーナの意思で翼を踏ん張らせて、飛ばされないように済んだ。

 翠の竜巻で会場全体に強風が広がり、会場の観客やマーフィーの髪や服が翻って、みんな目を閉じてしまった。強風の後には凪となり、目を閉ざしていた羅夢は空中のエルニオを見つけて顔を輝かせた。

「良かった、エルニオさん無事で……」

 羅夢が視線をエルニオから地上のステージに目を向けると、炎に包まれたフリージルドを目にした。フリージルドの体から炎が消えると、平気で余裕満面の笑みを見せる。

「えっ、どういうことで!?」

 控え室のソーダーズは画面越しの試合場に仰天する。

「フリージルド選手、炎でエルニオ選手の竜巻を防いで飛ばされずに済んだ!! 凄い戦略だ!!」

 マーフィーの実況で会場はヒートアップ、回乗客は盛り上がる。

「そっ、そんな……」

 エルニオが空中で呆然と飛びつくしていると、フリージルドが翼から火の粉の弾をエルニオに向けて飛ばしてきた。無数の火の粉がエルニオに当たって、エルニオは真っ逆さまに落ち、ステージ外に倒れた。

「エルニオが……負けた……」

 控え室のジュナが画面越しの試合を見て呟く。

「ステージアウト! この勝負、チャンピオン・フリージルドの勝利!!」

 マーフィーの判定で会場が声と熱気が飛んでくる。フリージルドはただ胸を張った体制でいる。エルニオはというと、体に大ケガは負っていなかったものの、体が煤で黒くなっており、体を起こした。

「ツァリーナ、負けたよ……」

「手ごわい相手だったわね、フリージルドとエグラは……」

 エルニオは負けてしまったが、むしろプレッシャーから解放された安堵に包まれていた。



「あーあ、折角頑張って特訓したのにね」

 控え室にツァリーナと共に戻って来たエルニオはジュナに傷の手当てをしてもらっていた。といっても、擦り傷や切り傷といった小さなケガばかりなので、消毒だけで済んだ。

「彼女の強さはさっきの試合で充分わかった。俺とジュナかソーダーズとトリスティスのどっちかが勝ち残ればだが……。攻略考えるぞ、ジュナ!」

「え!? 今から?」

 ジュナは対フリージルドの戦略をいきなり考えるのか、という疑問に目が点になった。その時、手に持っていた消毒液の筒が斜めになって、エルニオの手の甲の傷に一気に十滴分かかった。

「うわあっ!!」

 たくさんの消毒液が傷に入ってきてエルニオは叫んだ。

「ごっ、ごめん!」

 ジュナはエルニオの声で我に返って謝罪した。

「次は私だね」

 トリスティスがベンチから立ち上がった。

「ああ、そうだったわね。あなた達の相手はバンガルド・ゼヴァイス……。羅夢とジュビルムを打ち負かした奴」

 ツァリーナがトリスティスとソーダーズに言う。

「属性だけなら互角。スペックでいえばバンガルドと融合獣ガチリーザーの方が強そう」

 ジュナは先日の羅夢対バンガルドの試合を思い出す。

「私はバンガルドと戦うのはそんなに不安じゃないよ。ただ……、私がこの試合で勝っちゃったらジュナと戦うんかよ、と思っちゃうのよ」

 トリスティスは苦笑いをしながらみんなに言う。そういえば……とみんなは顔を見合わせる。

「でっ、でも勝ったら勝ったで友情バトル、って事にすれば……」

 ジュナはフォローの台詞を出す。

「そうね、そうしておこう。……おっと、もうこんな時間だ。じゃ、行ってくる」

 トリスティスは控室を出ていって、ソーダーズも宙を泳ぎながら着いていく。

「そんじゃ、僕は羅夢やジュビルムと一緒に客席で試合を見学しよう」

 エルニオとツァリーナも控え室を出ていった。

 十ノルクロの休憩が終わると、買い物やトイレで席を外していた観客達が客席に戻ってくる。エルニオは携帯メールで羅夢の居場所を確かめ、彼女のいる席に来てみると……。

「何であんた達までいるんですか」

 エルニオは先日自身達が倒した相手の顔を見る。

「あっ、エルニオさん。残念でしたね。フリージルドさん、強いですよね。あと、ティサさんとヒアルトさんが決勝戦まで見たくってわたし達と意気投合して……」

 ひざにジュビルムを乗せた羅夢がエルニオに言う。羅夢の手には甘茶のテトラパックと柑橘饅頭が握られている。

「よっ」

「エルニオくん、私の隣に座る? なんてね」

 ヒアルトもティサもエルニオに声をかける。

「かつての敵と何仲良くしてんだか……」

 エルニオは羅夢の後ろ近くの空席に座り、会場を見る。

「よく言うでしょ。〈昨日の敵は今日の友〉って」

 羅夢の左隣りに座っていたティサが声をかける。観客らしくサックスのサマードレスを着ている。

「なーんか違うような気がする」

「堅い事言わない言わない。試合始まるぜ。俺、断然トリスティスに賭けるね」

 ヒアルトが首をひねってエルニオに言う。そして彼らの隣には契約する融合獣バズビープとギラザーズが座っている。この二体もジュビルムと羅夢と馴染んだ。

「さーあ、次は第二戦第二試合! この試合の勝者が準決勝に進出です。勝つのは二人のうちどちらか!?」

 マーフィーが赤コーナーの方に平手を向ける。

「赤コーナー、トリスティス・プレジット選手と融合獣ソーダーズ!!」

 赤コーナー側のエントランスホールからトリスティスとソーダーズが出てきた。トリスティスは濃青のノースリーブカシュクールと胸元に白いレース付きキャミソールと白いサブリナパンツの姿である。むき出しの肩には水棲人種の証の青い三本線。

「青コーナー、バンガルド・ゼヴァイス選手と融合獣ガチリーザー!!」

 青コーナーのエントランスホールからバンガルドと白緑の鱗と鋭いトゲに覆われた融合獣ガチリーザーが出てくる。バンガルドは軍事ジャケットと濃緑の軍事ズボン、革の編み紐ブーツの姿で、相変わらず冷たい表情である。

「……っ」

 バンガルドの顔を見て、羅夢は顔をしかめる。昨日バンガルドに痛めつけられた恐怖が思い出されたのだ。

「羅夢ちゃん、大丈夫よ! あなたのお友達がきっとやっつけてくれるわよ!」

「お、おう! あんな乱暴者、ぶっ飛ばしてくれるさ!」

 ティサとヒアルトが羅夢に言う。控え室のジュナとラグドラグもトリスティスの戦いを画面越しながらも胸を高鳴らせていた。

「熱闘開始(ファイティング・オン)!!」

 マーフィーの掛け声とともにゴングが鳴り、トリスティスとソーダーズは水色の渦潮に包まれ、バンガルドとガチリーザーは砂塵に包まれ、融合する。水色の鋭較差を持った半魚人の融合闘士と堅い白緑の鱗に覆われたハ虫類人の融合闘士の姿が現れた。

 トリスティスは両腕に装備された細剣を向け、バンガルドに突進。両腕を振り上げ、力強く刃をおろした。ところがバンガルドはとっさにトリスティスの手首をつかんで放り投げた。幸いトリスティスはステージから落ちなかったが、勢いよく地に滑り転がる。

「トリスティス選手、いきなりの攻め、かと思いきやバンガルド選手が攻撃を素手で受け止めた!」

 マーフィーの実況。トリスティスはむき出しの右頬を押さえ、こすって出来た擦り傷は融合獣が持つ急速再生能力で瞬時に塞がった。トリスティスが立ちあがると、バンガルドが歩きながら迫ってくる。

「姉さん、来ますぜ」

「ああ、ならばこうするまでよ!」

 トリスティスは右脚を曲げ、左脚を伸ばし、足元に水気をまとった滑走でスライディングをしてきた。

「トリスティス選手、融合獣の属性を活かしたスライディングキック! バンガルド選手に向けてくる!」

 マーフィーの実況で観客席の者や控え室のジュナもトリスティスの美しき蹴り技に釘づけになる。バンガルドはトリスティスが自身に近づいてくると見極めた時、腰の太く長い尾を振る。丸太のような尾がトリスティスに向けられてきた。と思われたが、トリスティスは両掌を地につけてバネにして跳んで、掌から水のドリルを出して渦潮刃撃斬(スクリューイングブレッジ)をバンガルドに浴びせたのだった。

 会場の中心はトリスティスの技で水びたしとなり、水飛沫がステージ近くの観客達にかかった。

「トリスティス選手、意外な戦法でバンガルド選手を攻めた!? さーあ、肝心のバンガルド選手は……」

 浮遊円盤で水飛沫が来る事を避け、上昇していたマーフィー。濡れたステージは夏の太陽熱で蒸発して渇き、トリスティスはステージの青い面に降り立つ。眼の前には、一つの茶色い岩があったのだ。

「げっ、これは……」

 トリスティスが思わず漏らすと同時に岩がひび割れて砕け散り、中からバンガルドが出てきたのだ。それも無傷で。

「バンガルド選手、融合獣の技を使って岩で我が身を包んで、トリスティス選手の攻撃を防いでいた!」

 バンガルドはその後はトリスティスを挑発するように指と尻尾の先端を引っ掛けるように動かす。

「くっ……!」

 トリスティスはあたまに血が昇り、バンガルドに刃を向けて一方的に攻める。

「トリスティスさんが……いつもとは違う感じになっている……」

 観客席の羅夢がテンパっているトリスティスの表情を見て呟く。

「これは奴の作戦かもしれない」

 ヒアルトがみんなに言う。

「作戦?」

 羅夢が訊くとヒアルトは「えと、えと……」と口ごもり、彼の相方融合獣ギラザーズが説明する。

「わざと相手を挑発させ頭に血を昇らせて頭脳が〈攻め〉しか考えられないようにして、自分は攻め・守り・避けの考えを持ちながら戦うというやり方だ」

「そ、そうだ! 俺はそー言いたかったんよ!」

 ヒアルトが顔を引きつけさせながら言った。トリスティスは何度も腕の刃でバンガルドを突きまくり、その間にバンガルドは体を堅硬石と同じ硬度にさせる補助技を使ってしのいでいた。そのうちにトリスティスの攻めがだんだんと速度が下がってきて、トリスティスの息遣いが荒くなる。トリスティスが片腕を伸ばしてきた時、バンガルドは相手の腕をつかみ、更にトリスティスの後ろに回って空いている腕を押さえ、ぐいっと引っ張った。

「ああっ!」

 左腕を痛めたトリスティスが叫び、バンガルドは彼女を離してステージの中心に放る。

「うっ……うう……」

 幸い肩が脱臼したり靭帯は切れなかったが、トリスティスは左肩を押さえる。

「これで終わりだ」

 バンガルドはそう言うと、両腕に砂塵を渦巻かせ更に砂塵はしなるように伸びてトリスティスを拘束した。

「砂嵐縛鎖(サンディーストッパー)!!」

 砂塵の鎖に縛られたトリスティスは空中で砂嵐に苦しめられ、更にバンガルドが手を動かす事によって伸ばされたりと苦しめられる。

「バンガルド選手、なんとも恐ろしい戦法! このままでは……あっ、砂塵が散ってトリスティス選手がステージの外に放り出されました!」

 マーフィーが試合の様子を見て実況し、バンガルドが手を平手にすると同時に砂塵は消え、細かい傷だらけになったトリスティスがステージの外に放り出された。

「と……トリスティス選手、場外負け……。この試合、バンガルド選手の勝利です……」

 マーフィーが会場の様子を見て判定し、トリスティスの勝利はここで止められた。



 トリスティスはその後、会場スタッフによって医務室に運ばれた。医務室のベッドで体や顔にガーゼエイドや絆創膏をはられ寝かされていた。ソーダーズはベッドの脇に立っていてトリスティスの様子を見ていた。

「あー……あたし負けちゃったよ」

 トリスティスは腑抜けたようになっており、目が死んでいる。

「トリスティスさん……」

 羅夢がトリスティスの表情を見て心配そうにする。トリスティスが医務室に入れられた後、エルニオ、羅夢、ジュナ、ヒアルト、ティサと彼らの融合獣が駆けつけて入ってきたのだ。

「かわいそうに……。あんなに痛めつけられるなんて卑怯だよな」

 ヒアルトがトリスティスの様子を見て呟く。

「バンガルド、彼は反則過ぎる強さよね……」

 ティサが指を顎に添えて言う。

「バンガルド・ゼヴァイスの奴め。昨日の羅夢の分も合わせて謝罪させようと思ったのに……。くそっ」

 エルニオが憎々しげに言う。

「姉さん、いつもと今までの様子と違って感情的になってましたけど……、そんなに悔しかったんで?」

 ソーダーズが訊ねる。

「うん……。何かすごく頭に来てさぁ、本当に相手の思うつぼにされちゃったみたい」

 トリスティスは溜め息を出しながら言う。

「それもそうだけど……午後の試合、ジュナとあいつだぞ」

 エルニオがジュナとラグドラグに視線を向ける。

「そうだった……。次はわたしだった……。でも、負けない。負けたくない。みんなの仇、とってみせる。折角ここまで来たんだもの……」

 ジュナが決意を固めたように言う。その時、医務室に蛍光グリーンのジャケットを着た壮年の女性スタッフが入ってきた。手に何かを持っている。掌より大きめの箱で赤い光沢の包装紙に金色のリボンで縛っている。

「ジュナ・メイヨーさん。お届け物ですよ。ジュナさんが出ていった後の控室に置いてありましたよ」

「わたしに? 誰から?」

「わかりません。いつの間にか置かれていました。透視機などで調べてみたら爆弾とかの物騒なものではないようです」

 スタッフの言葉を聞いてティサが顔をひきつらせる。

「爆弾とかだったら大会中止になっているでしょ……」

 スタッフから届け物を受け取ったジュナは封を開く。

「ジュナさん、もうファンができたんですか?」

 羅夢が訊いてみると、ジュナは「んー……」と曖昧に呟く。包み紙から白い箱が出てきて、中には何と立派なブレスレットが入っていたのだ。

 幅太の黄金色に手の甲に当たる面には真っ赤な楕円型のガーネットがはめ込まれている。

「凄い綺麗……」

 トリスティスと羅夢とティサが腕輪の美しさに見とれる。よく見てみると腕輪には竜と天馬の絵が刻まれている。更に箱には小さな封筒が入っていて、ジュナが中を開いてみると、四つ折りにされた便せんには字が書かれていた。印字ではない。肉筆である。ジュナ達が使うアリゼウム語で便せんにはこう書かれていた。

『我が妹ジュナ。僕は君の戦いを画面越しから見ていて応援している。僕は肉眼で戦う君を見たいけど、敵がいるかもしれない思ってて見たくても出来ない。せめてこの腕輪を僕だと思って身につけてほしい。

 君の勝利が願う事を祈って。


レシル』


「お兄ちゃん……」

 ジュナは腕輪を握り、腕輪を右手首に付けると、体の奥から勇気や希望や闘志といった感情が込みあがってくるのを感じた。まるで生き別れの兄、レシルが分け与えてくれるように。

「お兄ちゃん、見ててね。わたし、絶対に勝つよ……!」

 ジュナは腕輪とレシルの肉筆の字を見て拳を握った。

 あと二時間でジュナの戦いが始まる。