「準備はできた? エルニオ」 「ああ、もう覚悟はできている」 ステージに向かう通路の中、エルニオは広い石畳の床を歩き、闘技場の中心に足を踏み入れた。 「さーあ、皆さんお待ちかね! 初戦第二試合はエルニオ・バディス選手対ティサ・ヘルメリッヒ選手との対戦だぁ!! エルニオ・バディス選手はエリヌセウス皇国エルネシア地方からやって来た十三歳の少年! そして機工学者カテリーナ・バディス博士の孫息子でもあります! 相方の融合獣、ツァリーナは飛翔族風属性の融合獣。初出場ながらも予選をくぐり抜けた彼らはどんな活躍を見せてくれるのか!?」 マーフィーの解説と共にエルニオとツァリーナがエントランスから出てきて、ステージの赤コーナー上に昇った。 「赤コーナー、エルニオ・バディスと融合獣ツァリーナ!!」 マーフィーの掛け声と共にテレビ局の取材班はマイクやカメラをエルニオの方に向ける。それだけでなく、観客席の十代や二十代の女の子たちはエルニオの容貌に目を向ける。 「あの子、かっこいいじゃない!」 「私の彼氏より素敵じゃないの。ファンになろっかなー?」 どの女の子もきゃあきゃあ騒いでいる。 「青コーナー、ティサ・ヘルメリッヒと融合獣ヴァズビープ!!」 青いステージ側のエントランスから薄緑(ミントグリーン)の髪と薄黄(キャナリーイエロー)眼の寒方人種(ブレザロイド)の女性と蟲翅族の融合獣が出てきた。 「ティサ・ヘルメリッヒ選手は今回出場二回目。ビーザール大陸のヒューレ共和国出身。前大会は第二戦で敗退しましたが、今回は勝てるか!? 融合獣のヴァズビープは雷属性! 風と雷、どっちが勝つのか!?」 ティサとヴァズビープは満面の笑みを浮かべながら、観客たちに手を振る。少年から老人までの男の観客が声を上げる。 「ティサさーん」 「ティアちゃんこっち向いてぇ!」 「ティーサ、ティーサ!!」 大人のティサも少年のエルニオも熱狂的な応援が振る舞われている。 「あらあら、君とやりあえるなんて。お姉さん嬉しいわぁ」 ティサはいたずらっぽくエルニオに微笑み、ウィンクする。エルニオは引いたが表情や感情を相手に見せたりせず、真顔で返答する。 「ええ、僕もです……。貴女のような美しい方と戦えるなんて……。お互い頑張りましょう」 そう言ってエルニオは右手を差し出し、ティサと正々堂々の戦う誓いの握手をかわした。大人の女性と十代前半の少年の握手する様を見て観客も他の選手もスタッフもマーフィーも感心する。 「おおーっと、エルニオ選手、清々しくティサ選手と握手を交わしたぁ!! 何て礼儀正しい! これはいい試合が見られる予感です!!」 マーフィーが実況する。客席のジュナたちもエルニオの敬う様子を見て感服する。 「はぁー……。やるなぁ、エルニオ」 「自分の善さをアピール……じゃないよね、流石に」 ラグドラグは吐息し、ジュナはエルニオの様子を自己解釈する。ステージでは握手を交わしたエルニオとティサが各々の融合獣と近づき、発声させる。 「融合発動(フュージング)!!」 エルニオとツァリーナは翠の旋風に包まれ、ティサとヴァズビープは仄青い稲光が幼虫が口から糸を吐いて繭を作るように稲光の繭に包まれ、旋風と稲光繭が弾け散り、中から融合闘士となったエルニオとティサが現れた。 翠玉色(エメラルド)の羽毛と金色の翼と尾羽と嘴と蹴爪、喉にソーダブルーの契合石を持ったエルニオ。ティサは頭部に蜂(ビーネ)の上半分、両腕と両脚と腰が蜂のようなベビーブルーの身体となり、二の腕と両腿は黒く背中に薄茶色の透き通った四枚翅、頭部の下半分は人間の口と薄緑の髪の毛がはみ出ており、眼が四つある(・・・・・・)。普通の眼の他に蟲の複眼が前頭部にあるのだ。細かい網状の眼が。それから二本の黒い触覚がついている。 「それでは熱闘開始(ファイティング・オン)!!」 マーフィーの掛け声と共にゴングが鳴り、エルニオとティサの試合が始まった。 エルニオは両手を構え、ティサに言った。 「先攻どうぞ。レディファーストですよ」 紳士的に言うエルニオだが作戦があるようだ。 「あら、意外に優しいのね。うふふ、いいわ。お言葉に甘えて」 そう言うなり、ティサは両ひじを曲げ、そのひじから細長い親指ほどの太さの針を伸ばして出してきたのだ。体に武器が仕込まれた武装型の融合闘士らしい。 「そんじゃ……行くわ……よっ!!」 ティサは背中の翅を震わせ、エルニオの方へ突撃してきた。しかも体から青白い火花がパチパチと鳴りながら放たれている。 「ティサ選手、体に電気を流すことで身体能力を刺激させ、エルニオ選手に向かってくる! ほんの一ボルトの電圧でもクルというのに、エルニオ選手は大丈夫か!?」 マーフィーが危険を増させるような実況で、観客たちをハラハラさせる。突っ込んでくるティサがひじの針を振り上げてエルニオに向けようとした時、エルニオは見事後ろ反りでティサの電撃針を交わし曲げている右腕と対象に真っすぐなままの左腕をつかみ、背負い投げたのだ。 「何ですって!?」 ティサはエルニオの投げに驚いたが、ステージに叩きつけられた。更にエルニオは上空へとジャンプし、体を回転させて羽の矢をティサに向けて飛ばしてくる。 「エルニオ選手、ティサ選手の電撃針を交わし大きく投げ更に得意技の一つ、旋風羽矢陣(ウィンディーズ・エアダスト)をだしてきたぁ〜っ!! 無数の羽矢がティサ選手を射ようとしている!」 エルニオが出してきた羽矢は翠玉の光を放ち、容赦なくティサの方へと飛んでくる。起き上がったティサはエルニオの攻撃に咄嗟に気づいてきて防御技を出してきた。 「六角巣防壁(ハニカム・ネストブロック)!!」 仄青い六角形の電気状のバリアーガいくつも積み重ね集まって半球状の蜂巣になり、羽矢攻撃を見事に防いでくれた。蜂巣状バリアに当たった羽矢は黒焦げて燃えカスとなった。 「ティサ選手、防御壁でエルニオ選手の攻撃をしのいだ! 蜂巣状のバリアを作るとは、ティサ選手、まさに女王蜂(レジーナビーネ)!!」 マーフィーの実況で会場が盛り上がる。 「さっきの投げ技のお返し、してあげる!!」 ティサは不敵な笑みをエルニオに向け、更にティサと融合しているヴァズビープがエルニオとツァリーナに言う。空中に浮いているエルニオは内心恐れながらもティサがどんな反撃を仕掛けてくるか彼女を見つめる。 「花粉と蜜どっちがいい?」 優美なティサとは違う声、ヴァズビープの声は幼気のある甲高い女の声である。ヴァズビープの質問でエルニオはきょとんとなるが、素直にこう答えた。 「ど……、どっちかっていうなら蜜かな……」 「そう蜜ね」 ヴァズビープが言った時だった。ティサの掌が蟲の口のように開き、そこから湧き出るように金色の液体がエルニオに向けられて放出されたのだ。 「え!? わあああ……」 ティサが出してきた金色の液体は粘り気があって甘く、エルニオを絡め取り、液体まみれになったエルニオは飛べなくなり、地に落ちてステージに転がった。 「ティサ選手、蜜の罠である絡蜜束縛を出してきたぁ!! この技はダメージはないものの、相手の動きを封じることのできる補助技だぁ! エルニオ選手、どうする!?」 マーフィーの解説実況でエルニオは理で察知するものの床と蜜が密着して動けない。ピンチに陥ったエルニオを見て、ジュナたちも焦る。 「どどど、どうなるんですか? エルニオさんは〜!?」 羅夢は両手を口に当ててうろたえる。 「こんな技を出してくるなんて予想外だよ……。見ている方でもあの蜜にさわりたくわないわ」 トリスティスが顔をしかめる。 「一体どうやって逆転するの? それとも……」 ジュナも祈るようにして呟く。 「くそっ、べたべたしてとれない……」 エルニオは蜜まみれになりながらも何とか危機を脱しようとするが、動けば動くほど蜜に張り付いてしまう。 「エルニオく〜ん、もうそろそろ倒れてもらいたいな。ここで締めないとお客さんが飽きそうだから」 ティサは穏やかに笑いながら意地悪そうな台詞を流した。それと同時に電撃針を伸ばしながら両手を大きく広げ、ひじの針がバチバチと青白い電撃を放出させながら歩み寄ってくる。 「エルニオ、近づいてくるわ」 「わかっているよ、ツァリーナ。ああ、だんだんと蜜が堅くなってきて糊で固められたようになって……。ん……?」 エルニオは気づいた。ティサの放った蜜液が少しずつ固さを増し、粘り気モスクなってくることを。 (そうだ、こうすりゃいいのか) それと同時にひじの電撃針に電気をためたティサが両腕に電撃を走らせ二つの電流が繋がり、エルニオに向けて放たれた。 「両電動放閃(ダブルボルチャージ)!!」 青白い電撃がエルニオに向かってくる! (もう終わりか!?) ジュナたちや観客がそう思った時、翠色の旋風がエルニオを包み込み、ティサの電撃とぶつかって大きな衝撃がステージの上で鳴り響いた。 「うおおっ!! ティサ選手が放った電撃がエルニオ選手を包んだ風とぶつかった〜!! 凄い凄い暴発です!! 二人は一体どうなった〜!?」 実況担当のマーフィーも暴発に驚きながらも実況を続け、電撃と旋風が消え去った時、ティサはステージ上にいたが、エルニオの姿はなかった。代わりにエルニオを接着させていた蜜液が氷塊のように固まっていて散らばっていた。 「い、いない!? 一体どこへ……!?」 ティサが周りを見回している時、上空からエルニオが降下してきて両手の拳に翠の風をまとい、ティサに向けてきた。 「竜風昇拳・双(ダブル・テンぺスターブロークン)!!」 エルニオの拳から二つの竜巻が螺旋状に放たれ、ティサをふっ飛ばし、ティサはステージから勢いよく弾き飛ばされ、競技場の上に放り出された。 「ティサ選手、場外負け(リングアウト)です! 初戦第二試合はエルニオ選手の勝利です!!」 カンカンカーンと、とゴングが三回鳴って、試合終了の合図が会場に響く。ワアアアアッ、と会場の観客たちも初出場のエルニオの勝利を見て喝采する。 「やっ……やりましたよ、ジュナさーん!! エルニオさん、勝ちましたよぉ!!」 「ホントだよぉ! エルニオ、ばんざーい!!」 羅夢とジュナは抱き合ってエルニオの勝利を喜ぶ。 「はぁ……、一時はどうなるかと思いやしたぜ」 「おお。先の読めない試合だったな」 「勝てて良かったです……」 融合獣たちも一息をつく。 「あっ、エルニオが……」 トリスティスがステージから降りて場外負けしたティサに駆け寄るのを目にした。 「大丈夫……ですか?」 エルニオはティサを抱き起して様子を確かめる。 「エルニオくん、ありがとう……。負けちゃったよ。どうやって抜け出したのか私やヴァズビープでも驚きだわ」 「ああ、あれですか。蜜が空気に触れると固くなるのに気付いて、竜風昇拳・双(ダブル・テンぺスターブロークン)で高速乾燥させて砕いたんです。一か八かの賭けでしたが……上手くいきましたよ」 エルニオ選手はティサの手をとり、立ちあげる。そして握手した。 「エルニオ選手とティサ選手、仕合終了後も握手を交わした! 美しい意気込みだぁ!!」 マーフィーが二人の様を見て叫んだ。カメラを持った客やテレビの取材班たちが二人の握手を映像の中に収めていた。 エルニオとティサの試合が終わったのち、トリスティスが観客席を外してソーダーズと共に選手の控室へと向かって歩いていた。トリスティスの横をソーダーズが空中に浮きながら泳いでいる。長い廊下と白い壁と扉と窓が並ぶ通路をトリスティスが鼻歌をふかしながら歩いている。 「姉さん、皆さんに特訓の成果を見せやしょうや」 「もっちろんよ!」 トリスティスはガッツポーズをとる。途中トリスティスは軽い腹ごしらえにと携帯食の自販機の前に立ち止まる。一ゼタンの高さの透明板張りの自販機の中には四角柱の箱がいくつも並び、大きさはどれも掌サイズで、米ココン(米チョコレート)、野菜味のビサケ(ビスケット)、果物チップ入りのフィネス(固めのケーキ)が売られている。味も種類も豊富で、トリスティスはビサケのどれを買おうか悩んでいると、後ろから声が飛んできた。 「何にしようと思ってんの?」 トリスティスはてっきりソーダーズかと思っていたが、ソーダーズより高めの男の声だと気づき、後ろを振り返ってみると、トリスティスよりも年上の青年が立っていたのだ。はねのある短い蜜金髪、濃紫の切れ長の瞳、中間肌、すらりとした体型、口から白い歯を見せて笑い、黒い半そでシャツと白いタンクトップと砂色の七分丈パンツと黒い皮のサンダルという南国風の感じである。 「あ、あなたは……」 トリスティスは静止したままの姿勢で青年に声をかける。 「よっ、また会ったね」 青年はトリスティスに言う。昨日の予選でトリスティスに気易く声をかけてきたナンパ男である。そして、トリスティスの初戦の相手である。 「ヒアルト……さん?」 「覚えていてくれたんだなぁ、俺の名前。トリスティス・プレジットちゃん?」 ヒアルト・ゼペリックである。国籍は違うがトリスティスと同じ水棲人種(ディヴロイド)であり、シャツの袖口からは水棲人種の証である青い三本線がわずかに出ている。 「こんな所で何やってる……ってわかるか。何買おうっかって」 「そ、そうですけど……」 馴れ馴れしい、とトリスティスは思った。水棲人種は海辺か川などの水辺にしか棲まない種族だが、国籍は違えど他人種より同族の絆は強い。だが、同じ水棲人種といえど、ヒアルトはそんなに同族が好きなのか、とトリスティスは疑問に感じる。それにヒアルトは純血っぽいがトリスティスは父親の血を強く受け継いでいるとはいえ、ハーフである。 「これから試合始まる、ってのにこの態度でいいんですか? こっちは特訓の成果かかっているというのに……」 「特訓? 何の?」 思わず特訓という言葉を漏らしたことにトリスティスは口をつぐんだ。 「ヒ……ヒアルトのお兄さんにゃ関係ないってっすよ! ね、ねえ!?」 ソーダーズがヒアルトに言う。その時、ヒアルトは腕組をしてトリスティスの<特訓>の意味を解読しようとしている。 「おっし、今のうちに去るわ」 「軽食は?」 「諦める」 トリスティスが抜き足さし足でヒアルトから逃げようとした時だった。 「ヒアルト、何をやっているんだ」 ガラガラ声だがどこか静かな男の声がしてきた。その後ろを振り返ってみると、ヒアルトと融合関係にあたる融合獣がいた。大海老(ロズリップ)のように節のある殻に覆われた体は棒のように縦長で尾先が重ねた木っ葉で枝のような足が八本、に対し両前脚はハサミのようになっており大きく、長い触覚は体よりも長くて十三ジルクの体よりもある。触覚の下の眼はつぶらな萌黄色。体は金茶色、両手のハサミに萌黄色の契合石が二つ。 「ああ、ギラザーズか。偶然俺との対戦相手と出会って。この子も水棲人種なんだぜ」 ヒアルトは甲殻類の融合獣に言った。 「あ、ど、どうも……」 「こんちゃーっす」 トリスティスもソーダーズも思わずこのまま退散したら失礼だと思い、ギラザーズにあいさつをする。それからギラザーズを観察をする。 (水属性でまちがいないけど、防御はありそうだな。素早さとかテクニックはどうなんだろう?) トリスティスはギラザーズの全性能のステータスを想像してみるが、防御が高いのしか思いつかない。 「悪いねぇ。こいつはちょっと腰が軽くってねぇ。同族の美女がいると、ついつい手を出しちまう癖があるのさ」 ギラザーズがトリスティスとソーダーズに言った台詞を聞いてヒアルトは咳払いをする。 「おい、ギラザーズ。それは酷いんじゃないのぉ? 国籍は違っても種族が同じならそれなりのコミュニティが必要ってもんで……」 ヒアルトは言い返す。と、同時に壁にかかった電光掲示板の時計を見て気づく。 「うおっ。あと五リノクロだ。そろそろ行かないとな。じゃあ、トリスティスちゃん。ステージで会おうな」 ヒアルトはそう言うとギラザーズと共に控室へと向かっていく。 「え、ええ。お互い頑張りましょうね」 トリスティスが愛想よく言う。ヒアルトが二十歩歩いたところで後ろ向きで二倍の速さでトリスティスの方へ戻って来た。 「そぉーだ、トリスティスちゃん。俺たちの試合で一つ契約をしようじゃないか」 「け、契約?」 トリスティスはきょとんとする。ヒアルトが不敵な笑みをこぼしてくる。 「そう。勝ったら負けた方を自分の好きなようにすんの。俺が勝ったら君を俺の女にするから。な?」 「ええっ……」 トリスティスはヒアルトの突拍子の意見に身を後方に引く。住んでいる地域違うのにと思いつつ、トリスティスは自分の勝利による契約を口にした。 「では、私が勝ったら私とその友人たちにごちそうをおごって、しかも特級メニューをお願いしてもらいましょうか」 「はっ? 特級?」 「そうです。無理ですかぁ?」 トリスティスはわざとヒアルトが困りそうな契約内容を出してきたのだ。彼が金持ちのボンボンならともかく、自分と同じ一般庶民なら逃げ出すと思って出してきたのだ。 ヒアルトは顔を一瞬ひきつらせたかと思うと、返答した。 「あ、ああ。そんなのでいいのか? おごってもらうなんて。ま、まあ、まだ勝負はこれからだしな……」 そう言ってトリスティスに背を向け、ヒアルトは去っていった。控室に向かう通路の中で、ヒアルトは計略を図った。 (美人でスタイルよくって年下の友達がいるから面倒見もよさそうで俺の理想の女子だったのに、あれ程頑なだったとはな。何としてでも彼女に――しかしトリスティスの融合獣は何となく素早さとテクニックがありそうだったな。もしかすると……) 相手のスペックの利点・欠点を見極めたヒアルトはうっすらとにやけたのだった。 * 『さーあ、これより第三試合を始めます! 赤コーナー、ヒアルト・ゼペリック選手と融合獣ギラザーズ』 マーフィーの実況と共に会場のエントランスホールからヒアルトとギラザーズが出てくる。ヒアルトはさわやかな笑みを浮かべて会場の客たちに手を振る。 「ヒアルト選手はガイアデス大陸の最西南国エクート共和国出身の漁師の息子で、今大会では二度目の出場で前大会ではベスト十位という結果になりました。今大会での彼の実力では!? そして青コーナー、トリスティス・プレジット選手と融合獣ソーダーズ!!」 青コーナーのエントランスからトリスティスとソーダーズが出てきて、トリスティスは少し緊張していてむっつりしており、歩き方もふらついてはいないものの堅い。 「姉さん、リラックスして」 隣にいたソーダーズが耳打ちしてトリスティスはむっつりのまま頷く。 「トリスティス大丈夫か? 何か固まっているな」 「うん。慣れないこと、つまり注目を浴びせられるの苦手なのかな」 観客席のラグドラグとジュナがトリスティスの様子を心配そうに見守る。 「うーむ、どうなることやら……」 エルニオも顔に右掌を当てて頷く。 「トリスティス選手は今回が初めて。エリヌセウス皇国からやって来た新参者のようですが、勝負は最後まで見てみないとわからない! そして両者は水棲人種(ディヴロイド)で深流族の融合獣と融合しているのがみそのようです!」 マーフィーが同族同士の試合前の様子を解説し、両組はステージに上がる。トリスティスが上がろうとした時、ステージの縁に右足の全てを乗せられず、よろけてステージから転倒した。 「ああっ!!」 ソーダーズがトリスティスを後ろから抱きとめた。その様子を見てヒアルト組もマーフィーも他の観客たちもジュナたちもトリスティスがステージから落下してケガで棄権を免れた事に脱力した。 「ね、姉さん。しっかり……」 「あ、ありがとうソーダーズ。おかげで緊張が解けたわ」 ソーダーズに起こしてもらい、ステージに上がったトリスティスは立ち上がり、向かい側のヒアルトに目を向ける。 「じゃ、改めていきましょうか」 「ああ、いいとも」 二人の水棲人種は視線を合わせる。 「それでは熱闘開始(ファイティング・オン)!!」 マーフィーの掛け声と同時にゴングが鳴り、トリスティスとヒアルトは各々の融合獣と融合した。 「融合発動(フュージング)!!」 二つの水流がトリスティスとソーダーズ、ヒアルトとギラザーズを包み、水飛沫となって弾け、融合闘士となったトリスティスとソーダーズが現れた。 ソーダーズと融合したトリスティスは上頭部・胸・腰・両腕・両脚・背中が剣魚(ソルディッシュ)のような鋭いヒレと水色の装甲に覆われ、両腕に細身の刃、両腿は青く、下頭部と両課と腹部は白い肌がむき出しになっており、頭部から薄紫の長い髪がはみ出て揺らぐ。両脛には琥珀色の契合石が輝く。 ギラザーズと融合したヒアルトは、顔の下半分は人間時の口がむき出しになっている他は全身が金茶の装甲に覆われ、頭部に長い触角をもち、両腕の手首に甲殻類のハサミと五本指の手がついている。ハサミの付け根に萌黄色の契合石がある。 ヒアルトもトリスティスもためらうことなく飛び出して互いにハサミと刃を向けてきた。ガキィン、と金属のぶつかり合う音が響いた。左手でトリスティスの刃を受け止めたヒアルトは空いた左手でトリスティスの脚を挟もうとしてきた。それを察したトリスティスが後方へ転がり、しゃがみ防御する。 「やっぱり正面攻撃は正直まずいか……。やっぱ特殊攻撃で遠距離やった方がいいんかなー……」 トリスティスは攻撃も防御もありまくるヒアルトとの対策を整理する。トリスティスがそうこうしているうちにヒアルトは腰のガードローブのような尾を地に叩きつけて跳躍し、空中を折り返してトリスティスにハサミを向けてきた。 「ひゃああっ!!」 トリスティスはヒアルトの攻撃を持ち前の素早さでよけ、何とか逃れた。 「トリスティス選手危機一髪!! ヒアルト選手、尾をばねにして犠牲にした素早さを覆してきたぁ!! 海老類は前に進むのは遅いが後ろに進むのは速い! ヒアルト選手、見事なまでの戦略です!」 マーフィーの解説が会場に伝わり、客席のジュナたちもトリスティスの危機に焦る。ステージではヒアルトが何度も何度も尾バネとハサミ落下を繰り返し、トリスティスは右へ左へ前へ後ろへ避けるばかり。 「姉さん、このままではヒアルトのペースに振り回せでっせ!? どうするんすか!?」 「わ、わかっているよ! やっぱし、特殊攻撃で行くしかない!!」 ソーダーズに言われたトリスティスが答えた。刃を突き出し渦を発生させる。 「渦潮刃撃斬(スクリューイング・ブレッジ)!!」 トリスティスの腕の刃から水のドリルが出てきて、ヒアルトに向けられた。 「何だと!?」 水のドリルはヒアルトに勢いよく当たって、水飛沫が散った。ヒアルトはそのままステージの真ん中に落ちた。 「逃げてばかりいたトリスティス選手、反撃に出た〜!! ヒアルト選手、このまま敗退か逆転勝利するか?」 マーフィーの実況で会場の観客たちは息をのむ。トリスティスが出した水飛沫は地に濡れて大小様々のシミを浮かべ、夏の日差しで蒸発する。 「そーきたか、トリスティスさんよぉ……。俺だって負けてられねぇ」 折角上手くいっていたのに、とヒアルトは起き上がる。その時、思いがけないことが起きた! 何と融合しているヒアルトのみぞおちが左右に開いて更にその中に甲殻類の口を思わせる気味の悪い突起状のものがいくつもあるおぞましい形をしていた。 「ゲゲッ!!」 トリスティスもジュナたちも多くの観客たちもヒアルトの胸の口を見て叫んだ。 「大吹泡沫弾(フラッドバブレット)!!」 ヒアルトの胸の口から無数の水泡が出てきて、トリスティスの視界を防いだ。しかも泡が弾けると、平手で叩かれるようなダメージが伝わった。 「あああっ」 トリスティスはヒアルトが持っていた特殊技に苦しむ。 「ヒアルト選手、胸の口から泡を出してトリスティス選手を呑み込んだぁ〜っ!! しかし泡が多すぎるためトリスティス選手の姿が……あ!?」 ヒアルトが出した大量の泡が一瞬にして二本の水のドリルにより消え去った。トリスティス渦潮刃撃斬・双(ダブル・スクリューイングブレッジ)で大吹泡沫弾(フラッドバブレット)を洗い流したのだ。泡と水が合わさってステージが水浸しになった。 「そ、そんなバカな!」 ヒアルトは身じろぎする。ヒアルトが動揺した隙を突いてトリスティスは水浸しになったステージを滑走し、ヒアルトの前で刃で空を切り、その圧力でヒアルトを弾き飛ばしてステージから押し出した。 「うおおっ」 ヒアルトは大きく弧を描き勢いよくステージの外に叩きつけられた。 「トリスティス選手、見事に勝ちました! この初戦第三試合、トリスティス選手の勝ちです!!」 マーフィーの審判で勝敗が決まり、トリスティスは右腕を上げて自分の勝利を実感した。 ワアアアッ、と試合会場が喝采し、ジュナやエルニオも羅夢もトリスティスの試合に一息ついた。 「ふぅ……。どうなるかと思ったぁ……」 ジュナは身内の戦いを見てひやひやしていたが、一気にたがが外れてよろける。 「あっ、トリスティスさんがヒアルトさんの方へ歩いていきますよ」 羅夢が指さしてみんなに言う。 「どれどれ」 水浸しになったステージからトリスティスが下りてきて、ヒアルトの方に向かう。ヒアルトは何とか全身を起こし、トリスティスに例の約束を話す。 「あ〜あ、負けちゃったかぁ。約束通り、特級メニューをおごんなきゃなぁ。財布きついけど」 「あのさ……それはいいけど。私、ヒアルトさんが……あの何ていうか……その……まとわってきたのが困ったもんで……わざと特級メニューを……」 トリスティスはしどろもどろに返事する。ヒアルトは試合前はちょっとうざったく感じたが、そんなに悪い奴でないと悟ったのだ。 「いや、約束は守るよ。特級じゃ申し訳ないのなら、普通のメニューをおごるよ。俺は約束は果たさないと困っちゃうんだけど」 ヒアルトはトリスティスに言う。苦笑いしながらトリスティスは答えた。 「じゃ、普通メニューお願いいたします」 * その頃、羅夢は第四試合に出るために選手の控室へと向かっていた。ジュビルムを抱いて長い廊下を歩いていると、殺気を感じた。踊り場で羅夢の対戦相手であるバンガルド・ゼヴァイスとその融合獣ガチリーザがベンチに座っており、しかも試合前なのに甘ビク(トウキビ)の酒を飲んでいたのだ。 バンガルドは浅黒い肌からして暖方人種。短く刈った赤茶の髪に鋭い褐色の瞳、背は十八ジルク近く、体格は少し筋肉質っぽい。薄手の灰色ジャケットを羽織り、無造作に着た黒いピンストライプのシャツとモスグリーンのパンツの服装、足元は茶色い革靴、首と腕には金色のチェーンのネックレスとブレスレット。見かけはまるでヤクザである。 その融合獣ガチリーザは体は白緑の鱗に覆われ、更に黒い縞模様、体は八ジルクと小柄であるが、口は大きく、両首筋と尻尾のトゲと手足の爪は黒くて鋭い。眼はどんよりとしているがかえってべっ甲色の明るさが気味悪さを増していた。左脇腹にはべっ甲色の契合石がある。 羅夢は柱に隠れ、バンガルドの怖さにおののいた。 「羅夢?」 ジュビルムが訊ねた時、羅夢は「しっ」とジュビルムの口をふさいだ。 (あの人、おぞましく感じる……。あたしの初戦がこんな怖い人なんて……) 羅夢はバンガルドに悟られぬよう息を殺して控室へと向かった。 だが、この大会にはとある者の企みがあることは誰も気づいていなかった……。 |
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