ジュナがエリヌセウス大皇候補決定の通知が届いてから半月が経った。ジュナは親族や近所の住民、学校の先生や学校生の誰にも大皇候補に選ばれたことを隠して過ごしてきた。そんなことを話したら騒ぎで今の居住区にも学校にもいられなくなると思ったからだ。 半月の間にジュナは大皇選抜の儀として政治や経済、テーブルマナーや礼儀作法、大皇が参加する催しや行事についての勉強をした。何せ突然の出来事だったから、休日を使ってまで、みっちり参考書サイバネットの記事で学ぶ他なかったのだ。 進路指導の日に至っては、大学や専学の進路の二次募集が大皇候補選抜とかぶった時はやめると言って、先生からは何故と聞かれたが「言えません。でもこの時はやめる他ないんです」と答えるしかなかった。 そして平和祭休みの二日目。ジュナは母に普段あまりしない化粧を施してもらい、髪型もハーフアップにして白いラインに瑠璃色のボレロとワンピースのアンサンブルを着て、手にはエナメルのハンドバッグ、足元はニーストッキングと黒いパンプスを身に付け、お供にラグドラグを連れて、大皇選抜の儀を行う場所、エリヌセウス首都会館に来ていた。 エリヌセウス首都会館はビルと筒間列車(チューブライン)の筒道の中に建つ古風な造りの建物だった。ビルは高さも素材も異なる先どった時代の造りに対し、首都会館は面向屋根にレンガの壁と芸術的な彫りの白い柱とテラスが特徴であった。赤茶色の壁、黒い屋根と色合いは控えめだが、それでもエリヌセウス上級学院と同じ広さの敷地には生垣と花畑と東屋と池のある庭園に、建物も大型ホテル並みの大きさであった。 首都会館は皇族や貴族や政治家のパーティー会場やコンサート、劇などの催しに利用される場所だが、大皇選抜の儀では庶民も選ばれるため、場違いな所と言っても過言ではない。 「ここでジュナが大皇になるかならないかで行うのかー……。もう嘘だろ、としか言い様がないな」 「うん……。でもなぁ……」 ラグドラグが首都会館を見つめ、ジュナが呟く。 「ん? どーした? 体調悪いのか?」 ラグドラグがジュナに尋ねてくる。 「そうじゃないんだけど……。選ばれたら大皇としての責任を持たなくちゃいけないし、選ばれなかったら進路どうしようかと思って……」 ジュナは重苦しい顔をする。 「でも五月にはいくつかの大学で三次入試もあるだろ? 今は儀式に参加することに専念しろよ」 「そうだね……」 ラグドラグに促されて、ジュナは会館の入り口に足を踏み入れた。金色の門扉は開いており、会館を囲む塀も一ゼタン半(三メートル)あり、更に塀の上に黒い鉄の柵が付いており、飛行型融合獣と融合しない限り侵入できない造りになっていた。門前には紺色の軍帽と白い軍服と紺のスラックス姿の警備員がいて、ジュナはハンドバッグから通知書を見せて中に入る。 清廉されて整えられている庭園を通り、ジュナは会館の中に入る。 「ようこそ、大皇選抜の儀へ」 入口では黒い燕尾服を着た執事が六人待ち構えており、ジュナは執事たちに通知を見せる。 「ようこそ、ジュナ=メイヨー様。大皇選抜の儀へ。そちらは?」 老齢の執事がラグドラグに目を向ける。 「ラグドラグ。わたしと融合する融合獣です」 「そうですか。適応者のいる融合獣は適応者の分身ともいえますからね。どうぞ」 老執事の案内を受けて、ジュナとラグドラグは会館の中へ入る。壁はアイボリーで金色のラインとダイヤ模様が施され、床は赤紫のバーベッタ(ベルベット)の絨毯、吹き抜けのある階段は白い大理石で、どの部屋も扉が高級黒木で出来ており、天井には銀色のシャンデリアがいくつも吊り下げられていた。 「ここで待機して下さいませ」 ジュナとラグドラグは案内された部屋の中へ入る。二人の入った部屋は天井には色ガラスと銀色のシャンデリアに赤地と白い花模様の壁紙、窓は六ますの黒木枠で、床にはオフホワイトの絨毯、奥の壁側にはポットや水差しがいくつも置かれたクロス付きのテーブル、背もたれ付きの椅子も一〇数脚あって、そこにいる三人の女性と五人の男性が座ってカップやグラスの茶やドリンクを飲んでいた。そしてその内の四人には融合獣がついていた。 「あっ、あなたは……!」 ジュナは三人いる女性の一人に声をかける。 「あなたは……ジュナ?」 長い黒髪を後ろシニヨンにして切れ長の黒い眼に暖方人種(バルカロイド)特有の浅黒い肌、背は一七ジルクとジュナより高く、しなやかながらも豊満な体格、薄黄色のキルス(絹)素材のスーツを着た女性はジュナが上級学校三年の時は数日まで同じだったケティ=ホーマーだった。 「うわーっ、久しぶりーっ! こんなに綺麗になっちゃってーっ!!」 四年ぶりに会った同級生の再開でジュナは思わずはしゃいだ。 「ジュ、ジュナも相変わらず元気そうで……。あなたも大皇候補に選ばれたようね。私はカルツェン地方の選抜としてここに来たの」 「地方の選抜? じゃあ、ここの人たちって……」 「そう。ハイネン・レーゲル・ランドン・ガギーネ・レジスターランド・カルツェン・エルネシア・ガムリッサ・エルセラの各地方から一人ずつ選ばれた大皇候補って訳よ。ジュナはどこから来たの?」 「わたし? 四年前からずっとエルネシア地方のラガン区住まいだけど?」 「てことはエルネシアからの選抜なのね、ジュナは」 ケティはジュナを見た時、他の大皇候補を目にする。その時、扉が開いて正装スーツ姿の男女の大臣たちが入ってくる。全部で七人いて、その中心の大臣は身の丈が一八.五ジルク(一八五センチ)もあり、獣のたてがみのような赤茶色の髪に眼は暗灰色(ダークグレイ)で肌の色からして多方人種(ノルマロイド)である。他の大臣は男女三人ずつで肌や背丈も異なっていた。 「よく来てくれた、エリヌセウス新大皇候補の諸君。私はエリヌセウス皇国宰相バルヴェ=キュインである。 君たちは九人は各地方から我が皇国のマザーコンピューターのよって算出され、ここに集められてきた。我がエリヌセウス皇国やいくつかのアルイヴィーナ星内の国家は血縁の他、マザーコンピューターによって国民から選ばれる継承システムで皇位を決める場合もある。 君たちにはこれから三日間、首都会館で生活し、催事や議会に出席してもらう」 キュイン宰相の説明を聞いて他の大皇候補がざわつく。 「一日で決まるんじゃないの?」 「アルバイト先に一日だけしか休みを取ってないよ」 「政治なんてわかんねーよ」 それを聞いてジュナも顔色を変えて沈黙する。 「静かに。君たちの泊まる部屋は既に用意してある。尚、食事と睡眠、そして議会及び催事のパンフレットを参照するように」 女性の大臣がジュナたちにベージュのエンボス紙のパンフレットを配る。パンフレットは時間と内容が細かく書き込まれており、さらに個人の宿泊室に入るためのカードキーも入っていた。 「四日目の昼には議会で大皇の決定を伝える。大皇に漏れた者はその場で帰宅しても良い」 大皇候補者たちは待機室を出て自分の荷物を持ち、会館内の用意された部屋に入る。会館の宿泊室は主に皇族帰属や政治家の宿泊室だが、一般人が使えるのは余程のことでない限りであった。 「うわぁ……」 ジュナとラグドラグは自分たちが泊まる部屋を見て目を丸くする。天井も壁紙も淡い色の地に金の細かい鎖模様が施され、天井には電灯ランプで花のつぼみのような形をしており、カウンター机に椅子、壁付けの大きな鏡に小型テレビ、クローゼット、シャワールームとトイレもあった。窓は白木の高級材で四マス枠で、ベッドはセミダブルで羽毛布団と枕である。広さもジュナの部屋の二倍近くはあり、見ただけで快適である。 「ホテルかよ……」 ラグドラグが宿泊室の造りを見て呟く。その時、ドアを叩く音が鳴ったので、ジュナはオートロックになっている扉を開ける。 「失礼します」 中に入ってきたのはジュナより四、五歳くらい上の二人の女性であった。二人とも頭に白いフリルの付いた帽子に紺色のパフスリーブのワンピースと白いフリル付きのエプロンをまとっていた。 「ジュナ=メイヨー様のお世話係をする者です」 「世話? 一人でやれますよ」 ジュナは二人のメイドにそう言ったが、メイドは首を横に振った。 「いいえ。原則として仕えているのです、私たちは。未来の大皇になるお方は気高い振る舞いも必要です」 「まずはお体をお洗いに」 メイドはジュナをシャワー室に連れて行き、ジュナの着ていたアンサンブルを脱がせて、髪と体を洗浄されたジュナはメイドが用意してくれた服を着せられる。その後は髪型をセットしてもらい化粧もしてもらう。 一人個室で待っていたラグドラグはメイドに着付けをしてもらったジュナを見て「はーっ」と声を出す。 ジュナはバルーンスリーブのマーメイドラインのバーベッタ素材のワインレッドのドレスを与えられ、髪もフェミニンアップでドレスと同じ色のリボンを結わえてもらい、靴も黒い別珍材で茶色のニータイツも履いていた。化粧もそれに見合っており、豪華に見えた。 「他の人たちも正装しているの?」 ジュナはメイドに尋ねる。 「そうです。大皇に相応しい人間はまず身なりからです」 それからジュナとラグドラグはメイドの案内を受けて会館内のある場所に案内される。 そこは会議室であった。窓は暗幕で遮光され、天井は宿泊室よりも大きな電灯、壁紙は上が白で下がチャコールグレイでどちらも金の魚眼模様が入り、床には銀灰色(シルバーグレイ)の絨毯が敷かれ、壁の片側には映像などを映すモニター、中心には楕円形の黒い机、上座にはキュイン宰相と二人の大臣、そしてジュナ以外の大皇候補と融合獣が四体座っていた。 「これで全員そろったかそれでは大皇候補による会議を行う」 ジュナとラグドラグは入口から近い末席に座り、メイドたちは退去する。更に会議の内容の書類が配布され、ジュナはそれを手にして読む。 「レジスターランド南部及びレーゼル南東及びガギーネ東北部の被災の対策と復興……」 今から五ヶ月前、その地域は秋嵐(しゅうらん)による被害で土砂崩れや洪水などの災害に見舞われ、死者も一〇〇人以上出た。畑や果樹園、家宅を失った者も多数いて、今も尚仮設住宅や親族の元で暮らしている人も多い。 (これは本当に他人(ひと)事じゃないからなー……) ジュナは書類の内容を目に考え込む。 「そこは僕の住んでいる地域ですからね。僕は被災地にいた訳ではないけど、被災地は土壌の性質にも問題があった訳で……」 そう諭したのはレーゼル地方からやってきた青年。ファロ=エッドである。ファロは寒方人種(ブレザロイド)のようで雪白の肌に水色の眼、紫がかった銀髪に細身の長身で、紺色のピンストライプのスーツに白いシャツと赤いネクタイを身にまとっていた。 「被災地は雨雪で長年浸透してきたためにも関わらず、改善は怠っていました。あと一年早く対策を施していれば問題はなかったと思います」 「異議有り。私はそうは思いません」 そう言ってきたのはガギーネ地方からやってきたマエラ=リッティであった。マエラは中間肌の多方人種(ノルマロイド)で茶色がかった黒髪をバレッタで結い止め、瑠璃色の眼は光の加減で黒にも見え、濃い茶色のティフト(タフタ)材の長袖長スカートのドレスを身にまとっていた。 「私のいた地では岩盤の多い場所で無人地で死者は出ませんでした。レーゼルの被災地も岩盤で固めておけば良かったのではないかと思います」 「ちょっと待って下さい。岩盤で固めたって、別の被災が起こることだってあります」 そう割って入ってきたのはランドン地方出身の青年、ジャーバン=ヴィックであった。ジャーバンは浅黒い肌の暖方人種(バルカロイド)でジュナより年上だが一七ジルクと男性としては小柄で、紫の髪は肩まであって、眼は黄褐色で彫りが深く、灰色のスーツと深緑のネクタイ姿であるが、暖方人種の多い大陸アポロニアの訛りが強い。そして何より羽毛と蹴爪のある飛翔(ひしょう)族の融合獣をお供にしていた。 「岩盤は瀝青で固めたって雨雪で地面が柔らかくなってしまうし。どうせなら植林の方が良い方だと思う」 「だけど苗のコストとかはどうなるんだ?」 ハイネン地方出身の青年、ラーズ=クェーパーがジャーバンに声をかけてきた。ラーズも融合適応者で、彼はヒレのある深流(しんりゅう)族の融合獣を率いていた。ラーズは肌が白く髪は明るい青で眼は薄い灰色で、濃緑のスーツに黄色いネクタイを身につけていた。服で隠れているが、両方と両腿に青い三本線と背中にエラを持つ水星人種(ディヴロイド)である。 「苗のコストもだけど、植物ってのは土の質によって育ちにくいか易いで決まるからな。植物の根が深ければ深い程、軸ズレは起こりにくいのは確かだけど」 「いっそのこと、立ち入り禁止にしてしまった方が安全なのか、と……」 そう言ってきたのはエルセラ地方出身の少年、ヴィティニー=テレーズである。ヴィティニーは大皇候補の最年少で一五歳。淡いオレンジの髪に白い肌、そばかす顔に薄い青紫色の眼のあどけない少年で、彼は学校生が着るような黒いジャケットに灰色のカプリパンツに黒い編み上げブーツの服装である。 「津波とか地震のあった場所なんて、もう二度と足を入れないほうがいいんじゃないか、って」 ヴィティニーは素っ気のない策を出してみんなに言った。 「もう少し考えたら? まだ上級学校生だから、って」 そう言ってきたのはレジスターランド地方出身のハルノ=ズレイアであった。ハルノこの中で最年長の二十三歳で、十七ジルク超えの身長に中間肌に青緑の長いソバージュヘアにオレンジの眼、服装はドレープ入りの淡紫のドレスである。それに翅と触角のある蟲翅(こし)族の融合獣を引き連れているため、適応者であった。 「地学と気象学の専門家から知識を分けてもらった方がいいわ。それで被災地の被害対策ができるってもんでしょ」 ハルノが言うと、ケティが意義を説いてきた。 「専門家に頼んでも、これもコストに問題が出ると思うんですけどね〜」 ケティは黄土色の光沢のあるシンプルなドレスを着ており、髪ももみあげを三つ編みにして後ろで束ねていた。 「あと交通の問題とかもありますし、人歩道やドラキラナ山を登る登山者もおりますし」 「確かに……」 ケティの言葉を聞いてファロが呟いた。 「そもそも被災の原因はオルト川の堤防の老朽化なんだよねぇ」 ラーズが地図を見て言った。ドラキラナ山の西とオルト川はつながっており、また被災地にあたっていた。 「わたしは、被災地の復興もだけれど、人歩道のアクセスを維持できるようにするように考えますけどね」 ジュナはみんなより遅れて議論を出してきた。二次被害を出さないことや土地の改善もあるけど、一番早く解決する案を出してきた。 ジュナの案を聞いて他の大皇候補や大臣たちは「確かに」というような顔をしてきた。 「それもそうだったな。それが一番大事だった」 「そうよね。土地の改善もだけど、被災の遭っていない人が被災の遭った土地を利用することもあるんだものね……」 ラーズとマエラがジュナの意見を聞いて頷いた。 「てっきり押しが弱いと思っていたら、いいことを言うのね」 ハルノがジュナの議論を聞いて感心する。するとガムリッサ地方出身の青年、ボーガ=マゲーガーがジュナを見て、「ふぅん」と言った。ボーガは大蛇に似た融合獣を連れた適応者で、背は一八ジルク超えと高く、色白で冷たい目つきで眼は濃緑、髪は段差の入ったエンジ色でベージュのジャケットと黒いスラックスの姿であった。 その後議会は続いて、昼の真ん中になったので会議は終了し、第一に交通を重視という結果になった。その後は会議室を出て、食堂へ向かっていった。 「はぁ〜、お腹すいちゃったよ」 食堂へ向かう途中の廊下で、ジュナは両腕を上げた。 「まぁな、朝が早かったからなぁ」 ジュナが今の適応者とはいえ、付き添いであるラグドラグはジュナの後をついていく。 食堂は一台で一〇人が座れる横長のテーブルが一〇脚あり、一〇〇人ならゆうに入れる広さであった。メニューも聞いたことのない言葉の固有名詞が多く、肉料理や魚料理などに分類されていても焼きなのか煮込みなのか実際見ないとわからないものばかりである。しかし今は大皇選抜の儀のため、全員同じメニューの食事が支給された。 支給された食事は銀色のステンレスのトレイに野菜のスープ、白身魚のクレメ(クリーム)がけ、薄切りの合成家畜メヒーブのソテー、有機野菜のサラダ、乳脂で炒めた白米(ヴィッテリッケ)は薄黄色に染まっており、デザートはストベやラズベなどの春果実のバブフェ(泡菓子)であった。 「おおっ、おいしそう」 ジュナはこの支給食を見て思わず目がらんらんになる。 「ジュナ、テーブルマナーはわかるよね?」 ジュナの近くに座るケティが尋ねてきたので「あ」と呟いた。 「そっか、ここは家じゃないんだった……」 ジュナは赤面した後、あいさつをしてから食事にありつく。まずはスープ、次にサラダ、魚は表を食べてから中骨を外して残っている半分を食べ、肉はひと切れを食べてから飯を一口入れると丁寧に食べた。食事中は流石に大皇選抜のためか誰も声を出さず、静かに食べていた。 食事が終わると、次の催しが決まるまでに与えられた個室で休憩し、ジュナはベッドの上に寝転がった。 「食事だけでも固くなっちゃうなんて、もうヘトヘト〜」 「何言ってんだよ、ジュナ。大皇になったら、もっと大変なんだぞ。他国の王族や大統領との交流ともあるし……」 ラグドラグがジュナに言った。 「そうよねー、大皇になったらなったで、外国語の歴史や言葉や文化も習わなくちゃならないし、大きな催しだってあるだろうし。何でわたしが選ばれたんだろう?」 ジュナはエリヌセウスの新大皇候補に何故自分が選ばれたのか呟く。 「血縁者だとかえって皇位争いが激しくなるからじゃないのか? 人間ってのは大昔から誰が国を民を治めるかでもめることがよく起こるからなぁ」 元人間のラグドラグは自分が人間時代に学んだ各国の歴史の内容を教えた。 「どーすんだ? 義務もあれば自由もある国民に戻りたいか? でも大皇になったのは他の人間に選ばれたでないといけないからな」 「それも、そうだったねぇ……」 そう言ってジュナは携帯端末を出して母と兄に報告のメールを送る。四日目の夕方になったらかえってくる、と。 パンフレットの内容に沿ってジュナとラグドラグは夕方まで休みをとり、ジュナの世話係のメイドがまた来て、今度はジュナに豪勢なドレスに着替えさせた。色はジュナの眼の色と同じ金褐色でレースやフリルやリボンが装飾され、パフスリーブでの長袖にAライン、靴も皮の金色でネックレスやイヤリングなどのアクセサリーも銀細工に黄玉(トパーズ)、髪もカールしてもらい、黄色い花のヘアコサージュを刺してもらった。 ジュナは会館内のホールに案内されて、会議室より広いホールには赤い天幕付きのステージに多勢の来賓客、バイキング形式の食事テーブルにはモグッフ(パン)や米やサラダや肉や魚が数種類もあってデザートもピンクや茶色の菓子がどっさりと並んでいる。 ケティたち他の大皇候補も女子はドレスで男子は黒か沈んだ色のタキシードを着ており、来賓客もエリヌセウス各地の地方貴族や役人、肌も髪も眼の色も異なっていた。 「一日目の夜は来客パーティーか。お母さんと歳の近い大人ばっか……」 「まぁ、これも試練の一つだぞ」 ラグドラグがジュナに言った。他の大皇候補たちは来客である貴族や役人、他にも名門大学の名誉教授や名医、大御所女優と話をしていた。但し、一組を除いては。 「あれ……。あの人がいない……」 ジュナは大皇候補の一人とその融合獣の存在にいないことに気づく。キュイン宰相に尋ねようとしたところ、後ろから声をかけられる。 「ジュナじゃない! 久しぶり〜」 ジュナが振り向くと、そこには一七ジルク近い背丈に中間肌、長くうねったライムグリーンの髪を三つ編みにして結い上げた藍色の眼の女性――フリージルド=クロムが立っていたのだ。フリージルドは赤いスレンダーのドレスとクロスストラップのハイヒールに黒い毛のストールを肩にかけていた。 「フリージルドさん、何で……」 ジュナはフリージルドが何故、首都会館にいるのか驚く。 「私だってクロムファクトリーの現社長だもの」 「あ……」 ジュナの中のフリージルドといえば、融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)の三大会連続チャンピオンの印象が強く、去年の大会でジュナとの決勝戦で成長したジュナに敗退したのを機に自分が経営している企業に専念した。 「そういえば、そうでしたね……」 「まさかジュナが大皇候補に選ばれていたなんて……。ところで誰を探していたの?」 「ええと、キュイン宰相に大皇候補が一人いないのを目にしたので尋ねようと……」 それを聞いてフリージルドは口元を釣り上げる。 「さては……、その大皇候補が男の子でしかもイケメンだったから惚れちゃったとか?」 「ちっ、違います!! ただ、何でいないのか気になっちゃって……」 ジュナは赤面して首を振る。 「まぁ、大皇候補に選ばれたとはいえ、私は四年前にジュナと出会ってからあなたはいずれこの世界を変えそうな気がする、と信じていたのよね。現に私の次のチャンピオンとなって、伏せられていたけどダンケルカイザラントを壊滅させたのもジュナだって気づいているから」 「フリージルドさん……」 すると来客の群れからオレンジ色の羽毛に覆われた鋭い嘴と蹴爪に氷青(アイスブルー)の眼の融合獣がフリージルドに声をかけてくる。 「おーい、ジル。レンヴィスタの政府長が呼んでいるぞ」 「わかった、今行くわ。それじゃあね、ジュナ。私はエグラが呼んでいるから……」 フリージルドは自分と融合する融合獣エグラに呼ばれてジュナの元から離れる。するとジュナの前にキュイン宰相が現れる。 「大皇たる者、国内外の人間と接するための儀ですからね、今夜のパーティーは」 「はい……。ところで、ガムリッサ地方のボーガ=マゲーガーさんは? さっきから姿が見当たらないので……」 「ああ、彼か。彼は休憩の間に体調が悪くて宿泊室で横になっていると聞いた。彼は適応者だから、融合獣が付き添ってくれているよ」 「そうなんですか……」 それを聞いてジュナは少しすっきりした。初対面の筈なのにジュナはボーガのことをどこかで見たような感じがして思い出せなかった。 緊張なのか不安なのかわからぬまま……。 |
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