レジスター・ビッグパークはエリヌセウスの北部、レジスターランド地方の荒れ地を埋め立て、造られたエリヌセウス一のテーマパークである。巨大な虹色観覧車、フリーフォール、急流滑りに大型ループのジェットコースターといった絶叫マシンもあれば、メリーゴーラウンドやティーカップやゴーカートといった大人しい乗り物もある。 平和祭休暇などの大型連休はレジスター・ビッグパークのような遊園地や行楽地は混雑が平日よりも増して、入場に一時間以上もかかってしまう。しかし平和祭初日にフューザーリオターを退治したことでエルネシア地方警察から謝礼として遊園地のスピードパスと行き帰りのラインの乗車券、そしてテーマパーク内の宿泊券をもらったジュナたちは、開園の朝六時に入れたのだ。 だが未成年者の上級学生三人と融合獣三体だけでは心配だということで、ジュナの母親もついてきた。母親も仕事場が休みだったので、エルニオの家族と羅夢の家族に責任もって預かると約束した。 ジュナたちは昼間は園内でアトラクションに乗ったり、パレードを見たり、園内のレストランや食事処でご飯やおやつを食べて楽しみ、夜は四方に塔がある古城型のパークホテルで眠って、夕食と朝食はバイキングを食べて満悦していた。 平和祭休暇五日目でビッグパークに宿泊してから三日目の夜――。ジュナと羅夢は旅行用の大型ショルダーバッグに明日の朝ホテルから出るための荷造りをしていた。ジュナたちの泊まっている部屋はジュナと母親と羅夢の泊まるダブル室とエルニオと融合獣たちが泊まるシングル室に分けていた。ホテルの部屋はクリーム色の壁紙にオールドブルーの絨毯、黒い大理石のシャワールームとトイレ、ベッドはシングルベッド二つと折りたたみベッドがある。 ジュナも羅夢もエルニオも家族や友人に渡すおみやげを買い、羅夢はエリヌセウスの友人だけでなく、暁次の旧友にもおみやげを買った。 「そんなに買ったと思ったら、前住んでいたとこの友達の分だったんだ」 「はい。合わせて六人ですね、前と今で」 羅夢は顔をあげてジュナに訊く。 「ジュナさんは、前に住んでいたヘルネアデスの友達の分はどうしたのですか?」 それを聞いて、ジュナは荷造りの手を止める。 「えっと……。前住んでいた国には仲良かった子いなかったんだよね……。わたし、暗くて無口、って嫌われていたから……」 「でも、わたしから見たジュナさんは、気さくで気のいい人だし……」 「そんなこと、」 とジュナが言いかけた時、コンコンと白いドアをノックする音が聞こえた。 「おい、そろそろメシの時間だぞ。早く行かないとなくなっちまうぞ」 「早くするです―」 ラグドラグとジュビルムがドアの向こうで言ってきた。 「エルニオとママさんはもう行っているぞ。早くしろよな」 「あっ、うん。今行くから……」 ジュナと羅夢は立ちあがって、部屋を出てルームキーを差してロックした。廊下の窓からは、テーマパークとは反対側の森林都市の風景が見え、空の碧と森の深緑が綺麗である。二人と二体は紅い絨毯の廊下を走り、五階から二階にあるレストランへと向かっていった。 二階のレストランは正方形の白いテーブルクロスのかかったテーブルと白い椅子が四脚で一セットになっており、床は蔓花模様の萌黄色の絨毯、中央には白いテーブルクロスがかかった大きなテーブル三台には食べ物の入った盆が乗ってある。右のテーブルには食器とスープとモグッフとご飯と麺、中央は肉や魚や野菜のおかず、左はデザートの果物や菓子が盛られており、ホテルの宿泊客が三十名ほどレストランに集まっている。 席は母親とエルニオとツァリーナが取っていてくれて助かった。森林都市側の窓席である。ジュナと羅夢とラグドラグとジュビルムは食べ物を取りに行く。ジュビルムはいつもの如く野菜、ラグドラグは肉と魚、羅夢もモグッフやご飯や麺料理を集め、ジュナも好きなおかずを少しずつ取った。 牛(クーコウ)のミニステーキ、羊(ムーシ)の香草焼き、七面鳥(グアナッコ)の薄切り胸肉と適当な野菜と白米(ヴィッテリッケ)を盛り付け、最後に虫蜜ミルクのジナニック粉がけのトーストを取ろうとしたが……。 (ああっ! なくなっている〜) トーストが見事に空っぽになっていたのだ。ミルクトーストはジュナの好物のひとつだった。新しいものを作るには時間がかかるし、またすぐになくなるかも知れない。ジュナがそう肩を落としていると……。 「よかったらどうぞ」 ジュナの目の前に二枚のミルクトーストが乗った皿が出てきた。顔をあげると、差し出したのはジュナより三、四歳くらい年上の少女だった。上等六年生か大学一、二年だろう。長いストレートのクリーミーパープルの髪に切れ長のラムネードブルーの瞳、中間肌のようだが少し白く、濃い青のキャミソールワンピースの上にベビーブーの長袖カーディガンをはおり、足元は白い革のサンダル。そして背丈がジュナより一ジルク高く、ナイスバディである。 「え……っ。でもこれお姉さんの……」 ジュナは見知らぬ人から食べ物を分けてもらうなんてとんでもないと遠慮したが、女性は平気な顔をする。 「別にいいのよ。私にはちょっと多すぎるから」 少女は言葉の中央が高くなる南国訛りの言葉で言った。 「あっ……ありがとうございます……」 ジュナは女性に礼を言った。 「でもねあなた、成長期だからってこんなに食べたら……」 と、女性はジュナに忠告した。ジュナは少し苦い顔をしたが、確かに女性の言う通りだと思った。そして女性はジュースのグラスを二つ持って去っていった。 「おい、ジュナ」 ジュナが来ないのでラグドラグが探しに来てくれた。ラグドラグの声で、ジュナは我にかえった。 「おい、早く来いよ。みんなジュナが来ないから心配しているぞ」 「あ、うん……」 自分の席に戻りながら、ジュナはさっきの女の人にお礼をしておきたかった、と思った。 楽しかった平和祭休暇が終わり、また学校に通う日々が始まった。平和祭休暇が終わると、すぐに後期期末試験勉強期間に入った。 上級学校では、十月に前期中間、翌年の一月に前期末、三月半ばに後期中間、五月の初めに後期末、六月初旬に学期末試験がある。他の国立上級学校や私立上級、公の地方立も大体同じ時期に試験がある。テスト内容は学科ごとに試験の内容が異なり、ペーパーテストだけの学科もあれば、実技試験の学科もある。ジュナのクラスの普通学科は全教科の試験が行われる。 「はい、レジスター遊園地のおみやげ」 ホームルーム後の休み時間にジュナはダイナとラヴィエに遊園地で買った文房具セットを渡した。文具には「RL」のロゴとマスコットキャラのレジユーコくんのイラストが入っている。 「ジュナちゃん、ありがとうっ。いいなあ、レジスターランドの遊園地に行ってたなんて」 ダイナが羨ましそうに言った。 「あたしやダイナは親せきの家やおじいちゃんちに行ってただけよ」 ラヴィエが言った。 「親せきに会いに行くのも、楽しいと思うけど?」 ジュナがそう言うと、ラヴィエは首と手を振った。 「いやいや、小さい従兄弟たちの世話やらされて、遊ぶ余裕なかったもん」 三人は笑い合った。本当やラヴィエやダイナも誘いたかったのだが、この二人はスケジュールが入っていたので一緒に行けなかったが、代わりにおみやげを渡したのだった。 本日の授業がすべて終わり、生徒たちが教室を出ていく。ジュナが帰りの支度をしていると、ダイナとラヴィエに声をかけられた。 「ジュナちゃん、一緒に帰ろう」 「うん、いいよ」 ダイナとラヴィエと一緒に帰れるのは、クラブも委員会もない冥曜日の日だけで、途中まで一緒に帰るのだ。学校の外では、植えてある樹の花はすっかり散って、緑の葉が芽吹いていた。枝には頭と尾羽と翼が黒くて灰色の鳥ムクジューや白や灰色の体の鳩(ポッピー)が止まっている。ジュナたち三人が学院の敷地を出ると、ジュナは上級生らしき女性徒の服からハンカチが落ちたのを見て、拾って声をかけた。 「すみません、ハンカチ落ちましたよ」 その声でハンカチの持ち主が振り向いてジュナからハンカチを受け取る。 「ああ。どうもありがと……!」 「お姉さんは!」 二人は同時に声をあげた。ハンカチの持ち主はジュナが休暇の遊園地ホテルで出会った女の人だった。服装は青いシャツとズボンとサブリナシューズの服装だったが、外見こそは同じだった。 「どうしてエルネシアに……」 ジュナが呆然としていると、女の人は率直に言った。 「私は、今日からこの学校に転校してきたのよ」 女の人は口調はあっさり、顔は冷静に言った。 「へ!? 転校?」 ジュナはぽかんとして、この女の人がジュナと同じ学校の生徒だということに驚いた。 「ジュナちゃん、どうしたの?」 「この人と知り合いなの?」 ダイナとラヴィエが訊ねてきたので、ジュナはハッとした。 「あ、うん、まあ……」 と、少しやる気なく返答した。 四人はダイナとラヴィエの住むザネン地区行きのカーガー停留所まで一緒に歩いていくことにした。ジュナと遊園地で出会った少女はトリスティス・プレジットといい、アルイヴィーナの南西部にあるポセドニア大陸の島国、南国コルエダの出身である。 「トリスティス先輩は、休暇の手前にエルネシアに来て、今日から通い始めたんですね」 ダイナがトリスティスの話を聞いて、納得した。 「うん。両親に連れられてね、お父さんがコックの腕を試したいからってエリヌセウスに越してきたのよ。私の家はエルゼン区でもうすぐ開かれるレストランなのよ。ジュナと出会った夜に遊園地ホテルにいたのは、お父さんに連れられてね。お父さんはホテルのコックさんから南方料理の仕込みを手伝ってほしいと言われたからで……」 「そうだったんですか。じゃあ、レストランにいたのは……」 ジュナがあの日の夜を思い出す。ジュナと出会ったのは、父親が指導している間に食事をしていたからである。カーガー停留所に着くと、ラヴィエとダイナは、ジュナとトリスティスと別れる。 「なるほどー。納得しました、トリスティス先輩。じゃあ、うちらはここでお別れしまーす」 「ばいばい、ジュナちゃん」 ジュナも二人に手を振る。トリスティスと二人きりになると、トリスティスはジュナの左手を取って握る。 「な、何をするんですか、トリスティス先輩……」 するとトリスティスはフッと笑って言う。 「ジュナも、わたしと同じ融合闘士(フューザーソルジャー)ね」 (え!?) ジュナはトリスティスの台詞に思わず耳を疑った。 「ディヴロイド!? トリスティス先輩が!? 南国にしかいない種族の!?」 ジュナは六番街にある喫茶店『カリエラ』の外席で、トリスティスの話を聞いて、驚いた。喫茶店の外席は硬化プラスティック製の白いパラソルテーブルと椅子が何組かおかれている。 「そうよ。お父さんがディヴロイドでお母さんがソルロイドなのよ」 トリスティスはジュナがこの前のお礼にとおごってくれたレツィトの果実の黄色いサイダーを飲みながら言った。相変わらず心は冷静、口調はあっさりである。 トリスティスの言うディヴロイドとは、ポセドニア大陸にしかいない人種で、別「水郷の民」と呼ばれていた。外見は白い肌に両肩と両腿に青い縞が走り、背中にえらがあって、長時間水中活動できる種族のことである。また海洋学や造船の知識や技術にも優れ、言い伝えでは「水郷の民が人々に造船技術を伝えた」と云われる。道理で南国の人の割には肌の色が白いとジュナは思った。 「それと……フューザーソルジャーとどういう関係ですか?」 ジュナはハミカ茶のグラスをすすりながら訊ねる。 「うん。私が住んでいたのは、コルエダの湾岸都市(ベイシティ)でね、そりゃあここより薄い碧の空と水浅葱の海が見えていてね……」 「それはいいですから、いつフューザーソルジャーになったのか教えてください」 そしてトリスティスは自分がフューザーソルジャーになった理由を話す……。 ポセドニア大陸は季節が乾季と雨季に分かれ、海辺ではサンゴ礁が豊富な地域である。トリスティスがかつて住んでいたコルエダの湾岸都市は、大型の船が行き交う都市で、多くの人々が港に出入りしていた。ポセドニア大陸では、内陸にソルロイド、海辺にディヴロイドが暮らしていたが、四〇〇年前、ソルロイドが他の大陸と外交するために海洋学や造船に詳しいディヴロイドに頼んで、造ってもらったという。そのおかげでソルロイドだけでなく、ディヴロイドも他の大陸の人間と交友するようになった。しかし、体の構造が他の人種と違 うディヴロイドは、他の大陸の人間から少し違うというだけで差別や虐待、奴隷として売買されることがあったという。 湾岸都市は、入江に浜辺、岬に灯台、他にも船着き場や高台の高床式住宅、平地のミラーガラス張りの低層ビル、ドーム型の学校といった施設が造られていた。 ポセドニア大陸では、ソルロイドとディヴロイドとの婚姻はよくあることだが、他の人種の血が半分混ざったディヴロイドは、外見こそはそうであるが、ディヴロイドの血が薄まり、泳ぎや潜水があまり上手くなかった。そしてトリスティスも……。 半ディヴロイドである彼女は、父親と同じ外見で生まれてきたが、半分他種族の血をひいていたため、泳ぎも潜水も苦手でソルロイド・ディヴロイド両方から莫迦にされていた。十歳のある日、彼女は浜辺で一体の融合獣と出会った。 当時トリスティスはコルエダの湾岸都市の学校に通っており、父親はベイホテルの料理人、母親はフリーのジュエリーデザイナーとして生計を立てていた。 その頃、両派から蔑まれていたトリスティスは一人で遊ぶことが多かった。彼女は浜辺に座って波の動きを眺めることだった。浜辺の砂は白く、所々にコツナの木々が立っていた。 十歳の雨期の終わり、トリスティスは琥珀色の夕焼け空と波の揺れを同時に眺めていると、浅瀬に大きな魚が浮かんでいるのに気がついた。何だろうと思って駆け寄ると、それは沖合にしか棲まない筈の薄青い体に旗のような背びれと先が細く尖がった上あごを持つ剣魚(ソルディッシュ)だった。 「どうしてこんなところに……?」 体をよく見てみると、赤黒いシミ――血がついていたが、傷はどこにも見当たらなかった。それから尻尾の付け根についている琥珀色の契合石を見つけて、触ろうとしたら――。 「そこ、さわんないでおくんなせぇ」 どこからか若い男の声がしたので振り向いたが、それらしき人物はいなかった。 「あっしが言っているんでね……」 剣魚(ソルディッシュ)が頭部を持ち上げてトリスティスに言った。 「わっ、喋った!?」 トリスティスは驚き、それを見て剣魚(ソルディッシュ)が悲しい顔をした。 「あんさんもか。あっしを気味悪がって……」 「……?」 トリスティスはその台詞を聞いて、どういうことか訊ねた。 「そうだったの……。ソーダーズはずっと一人で生きていたの……」 剣魚(ソルディッシュ)姿の融合獣、ソーダーズはトリスティスに身の上を話した。 「そう。あっしら融合獣は二〇〇年近く前に戦争で勝つために造られて、傷ついてもすぐ治る体のため、死ぬことのない生き方を歩いて、いや魚型だから泳いできやして……」 ソーダーズはホロリと琥珀色の瞳から、涙を流した。泳げないという理由だけで蔑まれている自分はまだいいのかもしれないトリスティスは思った。 こうしてトリスティスとソーダーズは似た者同士惹かれ合ってか、友達となった。 それからトリスティスは週三回浜辺に行って、ソーダーズから水泳の訓練を受けて、泳げるようになって、校内水泳大会で銅賞を採って、自分を蔑んでいた同級生たちに勝利した。 水泳大会の翌日、トリスティスは浜辺に行ってソーダーズに水泳の賞状を見せた。 「ねえ、見て。わたし水泳大会で銅賞をもらったの!」 「それはよかったでやんしたね」 ソーダーズも当然の如く喜んでくれた。 「これでみんなを見返せるよ」 それを聞いて、ソーダーズは黙りこくった後、トリスティスに言った。 「……あっしはトリスティスを泳げるように水泳指導しただけで、苛めていた相手を見返す ようにした訳じゃありやせんよ。そんな考え方をしたら、凄い悲しい……」 「でも、わたしは水泳大会で勝って、あいつら悔しがっていたの。いい気味だ……」 「ただ勝つだけじゃ、本当に強いとは言えやせん!」 ソーダーズが思わずトリスティスに怒鳴った。ソーダーズの気迫でトリスティスはビクッとなった。 「トリスティス、あんさんの名前はディヴロイド達の言葉で"三つの宝"という意味でありやしょう? 彼らの三つの宝、家族、同胞、自身……。ご両親はその三つを大切にするようにと、そう名付けたんでやんしょう?」 「……」 「だとしたら考えるんでやんすね。真の強さを」 十歳のトリスティスにはまだこの意味はわからなかったが、後日にわかることとなる――。 それから三週間――。ある日、トリスティスはいつものように浜辺で一人遊んでいると、一そうのホバークラフトが泳いでいくのを見た。ホバークラフトはオレンジ色で、漁夫のセヴィアンさんのものだった。 「あれ、セヴィアンのおじさん、今日は漁がお休みの筈。何で、行ったんだろう?」 不思議にも思ったがトリスティスは気にせず集めた貝殻をもって、家に帰っていった。 トリスティスの家は岬のふもとの小さな居住区で、建物は全て白い礁(しょう)石(せき)の四角い家。硝石は水に強くて崩れにくく、海岸地帯の住居の特徴である。そこには多くのディヴロイド達が暮らしている。 海辺の天気は変わりやすく、乾季でも台風やスコールが降ることがしばしあった。午後トリスティスが昼寝をしていると、近所が騒がしく聞こえて起きた。 「お母さん、何が起きたの?」 トリスティスは母親に訊ねた。薄い金髪に薄青い目に小麦色の肌のソルロイドである母親はトリスティスに言った。 「セヴィアンさんの娘たちが帰ってこないのよ。そしたら漁猟用のホバークラフトもなくなってて……」 「ええっ!」 トリスティスは驚いた。午前中の浜辺でセヴィアンのホバークラフトに乗っていたのは、セヴィアンの娘のカゼーラとその友達だったのだ。昨日の学校で、トリスティスはカゼーラが悪友のリヴェルとゼアンに言っていたのを思い出していた。 「明日さあ、お父さんの舟で煌めき島に行こうよ。あそこには砂金とか真珠がいっぱい採れるほか、綺麗なお魚もいるんだって!」 「行きたーい」 まさかあの事が本当になるとは知らなかったのだ。それにカゼーラは純ディヴロイドで、リヴェルとゼアンと一緒に半ディヴロイドであるトリスティスを、しょっちゅうからかっていた。大人たちに内緒で危険なことをしたりすることもあったが、父親の舟を黙って借りていくのは、もっと性質(たち)が悪い。トリスティスは元から危険かどうか判断できる冷静さがあったが、少し迂闊で最後まで確かめないところがある。 「わたしのせいだ……」 「え?」 「わたしはセヴィアンさんの舟を見て、あれに乗っているのがカゼーラ達だとわからなくて、つい……」 「ち、違うわよ。あれはトリィの責任じゃないわ……」 と、その時、海の方から声がした。 「舟が流れてきたぞーっ」 他の漁師が叫んだ。トリスティスと母親が浜辺に行ってみると、セヴィアンの舟が流されてきたのだ。ざわざわとディヴロイドの漁師が驚いている。 「何てことだ……。煌めき島まではだいぶ離れている。大人のわしが行っても無理だ……」 体格がよく、赤茶の髪と髭のディヴロイド、セヴィアンが両手で頭を抱えた。ディヴロイドにも泳げる距離と潜れる深さの限界がある。煌めき島から本島は一.五ドマン(七.五キロメートル)も離れているため、大人のディヴロイドでもせいぜい半ドマン(二.五キロメートル)の持久が限界だ。 「止めればよかったんだ、そうすれば島にとり残されること……」 トリスティスがうつむいていると、浅瀬からソーダーズがおいでおいでをしているように、ヒレを出してきた。 (……ひと気のいないとこに来い、って行ってるの?) そう感じ取ったトリスティスは、大人たちの群れからこっそりと岬の下の入江の洞窟に向かっていった。 入江の洞窟は小さく、色あでやかな熱帯魚たちの宝庫である。そこにトリスティスとソーダーズはいた。 「あっしなら、カゼーラって子たちを助けることが出来やすけどね……」 「お願いよ、カゼーラたちを助けてやって。わたしをからかっていても、無人島にとり残されてたら、かわいそうだよ……」 しょぼんとするトリスティスを見て、ソーダーズは言った。 「但し、あんさんがあっしと融合するなら別ですけどね……」 「融合?」 「そう、あっしら融合獣は、人間がいないと本領発揮できないんでね……。やりやすか?」 ソーダーズを見て、トリスティスは頷いた。 その頃、煌めき島では浜辺で三人のディヴロイドの少女たちが立っていた。煌めき島は無人島だが、真珠や極色彩の熱帯魚の他、金や銀や翡翠やメノウや瑠璃などの鉱物が採れることで有名であるが、採りすぎないように無人島管理局の許可を得ないと入れない。だが、それに関わらず……。 「え〜ん、あたしたちおうちに帰れないよ〜」 ハニーブロンドのディヴロイドの少女、ゼアンが両手に目を当てて泣いていた。 「泣いてたって、何とかなるわけないでしょ!」 赤茶の髪に銀目のディヴロイドの少女、カゼーラが叫んだ。 「どうせなら干潮の時に帰ればよかったんだよ。そしたら満潮で舟が流されることなく……」 青緑の髪に黄緑の瞳と少し太めのディヴロイドの少女、リヴェルが言った。 「あんただって、魚焼いてて満ち潮に気づかなかったじゃない!」 「てっきり、カゼーラが舟を見張ってると思ってて……」 カゼーラより体が大きいリヴェルはカゼーラの子分だった。 「そんな……」 「お父さ〜ん、お母さ〜ん、お兄ちゃ〜ん、お姉ちゃ〜ん、ぐずっ……」 と、その時、ザプッという音がした。海から人が出てきたのだ。 「誰かしら、大人のディヴロイドね?」 カゼーラが見てみると、それはディヴロイドでもなく、他の人間でもない、見たことのない人間だった。背丈はカゼーラと同じだが、頭部の上半分が剣魚(ソルディッシュ)になっていて淡い紫の髪の毛がはみ出ており、胴体上部と腰と両脚は魚の表面のように水色につるりと光り、両腿は青く光り、両脛に琥珀色の契合石がついており、腰に水色の魚の尾びれ、両腕には二の細い剣がついており、二の腕と腹部は白い肌が露出しており、二の腕にはディヴロイドの証の蒼い縞模様である。それはソーダーズと融合したトリスティスであった。融合したトリスティスは魚のようにすいすいと泳げ、しかも動きの素早い剣魚(ソルディッシュ)のように時速十ドマンで海を泳 いだのだった。しかもソーダーズはラグドラグやツァリーナとは違う、武装型融合獣で武器が装備されている珍しい融合獣なのだ。 トリスティスはカゼーラたちを手招き、浜辺に立つと両手を上げて、海の水粒子エネルギーを自身の真上に集め出した。 「融合闘士が技を出すには、適応者が想像した技の図を融合獣が具現化させる――」 ソーダーズの言われたとおりに、トリスティスは技を発動させ、そして両手を勢い良く振り下ろし、両腕の剣を地面に突き刺した。 「海割破戒(スプラッシュド・ローディング)!!」 ズバァッと海が割れて、割れた海から道が出来た。 「えっ!? ウソっ!!」 この光景を見て、カゼーラたちは驚いたがここで驚いている暇はない。トリスティスは急いで三人にこの道を渡るように手招き、カゼーラたちは島を出て、海の道を走りだした。この海の道には限界があり、十分が限度だ。本島まで半ラヴァンというところで海は元通りになり、ザザザーッと海の道は閉ざされた。しかし、残りの道はディヴロイドなら泳げる範囲だったので、カゼーラたちは泳いで帰ったのだった。 娘たちが海から這いあがってきたのを見て、セヴィアンたちは駆け寄った。 「カゼーラ!」 「リヴェル!」 「ゼアン!」 三人の親たちが娘に駆け寄った。 「お前たち、心配させおって!」 セヴィアンはカゼーラを怒鳴りつけた。 「ごめんなさい、もうしません」 カゼーラは涙ぐんで謝った。 「しかし、良かった。お前たちが帰ってこなかったら、どうしようかと……」 セヴィアンは娘を抱きしめた。その時、トリスティスが海から這いあがってきて、ソーダーズと融合を解いていた。カゼーラは振り向いて、助けたのが自分たちがからかっていたトリスティスだったということに気づいた。 「あんただったの……? あたしたちを助けてくれたの……」 トリスティスはそのまま帰ろうとしたが、カゼーラが止めた。 「た、助けてくれてありがとう……」 カゼーラは恥ずかしそうにトリスティスにお礼を言った。 その日からカゼーラや他の子供たちはトリスティスと仲直りしたのだった。 「それで、融合適応者になったんですね」 ジュナはお茶をすすりながら、トリスティスの融合適応者のいきさつを知った。 「うん。あの時に言ったソーダーズの言葉はわからなかったけれど、今は理解できるから」 トリスティスは両肘をテーブルの上について、両手の甲をあごに乗せて言った。 「あ、そうだ。そしたら――」 ジュナは思い出し、トリスティスにもし良かったらエルニオや羅夢にもトリスティスを紹介させてあげたいことを話した。 「ジュナ以外の融合適応者? ……いいよ」 トリスティスは承諾した。 「ああ、ありがとうございます」 ジュナはトリスティスにお礼を言い、勘定を払ってトリスティスと別れた。 その後ジュナは家に帰って、この間の休暇のホテルで出会ったトリスティスが、ジュナの学校に転校してきて、しかも融合適応者だったことをラグドラグに話した。 「へー、そうだったんだ。会った女性が融合適応者とはねえ……」 ラグドラグはベッドの家で転がりながら返事した。ジュナは今日やる試験範囲の勉強をしながら、話していた。 「うん、びっくりしちゃった。でも、あの人とは仲良くやれそうな気がする」 「まあそうだな。ところで、ジュナ。この間の平和祭休みに言おうと思ったんだが……」 「うん? それ今言うの?」 ジュナは何気ない笑顔をラグドラグに向けた。だがラグドラグは言うのをやめた。 「いや、やっぱりやめるよ。お前の――平和が大事だ」 「……そう。でもわたしたちは家族だから、遠慮しないでいつでも言っていいよ」 ジュナはそう言うと、また机に目を向け問題集を解き始めた。 (やっぱり、俺も莫迦だよな。こいつと少ししか暮らしていないのに、情が沸いちまったな……。今の状態で言えるわけないよな。そんなこと……) ラグドラグは難しい顔をして、ジュナの背中を見ていた。 |
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