浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・1話エリヌセウス来訪




「ジュナ、忘れ物はないわね?」

 玄関から二部屋分離れた居間から、母親の声が飛んできた。ジュナは茶色の天然皮革ブーツを履きながら返答する。

「うん、大丈夫」

 ブーツを履くとかかとを鳴らし、白い長方形のバックパックを背負う。新しく行く学校の教科書もミニコンピューターもデータディスクも全部入れてある。

「行ってきます」

 ジュナは居間の方を向いて、母親に言った。母親はダイニングのテーブルの上の食器を片づけながら返事をした。

「行ってらっしゃい」

 それを聞いてジュナは玄関のドアを開ける。ドアはスライド式で、外に出る時は開閉スイッチを押すだけで開くが、中に入る時は暗証番号と指紋認識をしなければ入れることができなかった。

 ジュナは白い壁と白いタイル床の玄関から、正方形の柱が二本立っているポーチに立つ。ジュナの家は十三全辺(五十二坪)の敷地の中に建てられた白い二階建ての建物だった。

 長方形の一般住宅の二階建ての一部が強化クリスタル・アークル素材のガラスで張られている部屋がジュナの部屋だった。家の庭には天然の芝が敷かれており、悠々とガーデニングができる。といっても、ジュナも母親も自由にガーデニングする余裕はなく、せいぜい簡素な花壇にリプシュやネズパ、セレヌの花を植えただけだ。リプシュは四枚重なった赤や青や黄色や紫の花を開き、ネズパは蝶(ピレクレオ)に似た紫や黄色の花をつけ、セレヌは六芒星のような白

やオレンジの花を咲かせていた。

 新しい家は門も門扉もないが、家は垣根で分けられており、両隣の家を見上げることができる。バックパックを背負ったジュナは家を出る。

 歩道は左右に分かれおり、真中に境目の街路樹がいくつも植えられていた。道は赤茶色のブロックといくつかのクリアブロックで埋め尽くされており、ステンドグラスのようだった。

 今は朝の通勤通学時間なので、様々な年齢の子供たちや大人たちが駅や集団(グルーピー)輸送車(カーガー)の停車場に向かっている。服や鞄の形が違うだけでなく、肌や髪や瞳の色も違う。ジュナのような無特徴人種(ノルマロイド)もいれば、肌も髪の色も目の色も薄い寒方人種(ブレザロイド)や小麦色の肌の熱方人種(ソルロイド)や色黒の肌に暖色系の瞳と髪の亜熱人種(バルカロイド)もいるということだ。

(この国は本当にどんな人種でも住まわせてくれるんだ)

 ジュナは思った。今のこの国は春で、空は綺麗な青緑で白い雲が綿のように浮いていて、

白金の太陽が光っていた。東から吹く風は微かに暖かい。

 ジュナは家から出て、三番街にある学校に向かっていった。学校に向かうのはジュナの他にも様々な年齢や人種の少年や少女が向かっていた。中には走っておいかけっこしたり、道

の小道を蹴りながら進んでいて通行人にぶつかって怒られたり、新品の時計や装飾品を見せ合ったりする女の子たちを見かけた。

 住宅地を出ると、そこより少し低めの受け皿状の広い土地に巨大なクリスタルアークル張りの塔を何本も重ねたような巨大な建築物があった。これがジュナの通う、国立エルネシア上級学院である。

 学院の周囲は三段の道になっており、下はプリメやリッチェやブーネの樹が植えられており、プリメの掌形の葉が深い緑色に染まり、ブーネは一つの枝に獣の爪のような葉をいくつもつけ、枝の先端に濃いピンクの蕾をつけている。そしてリッチェは白や薄紅や濃紅の五つの花弁を開かせていた。今が咲き頃なのだ。

 真中の段は黒い柵とラシーバの白木のベンチがいくつも並び、中にはベンチで朝食をとったりしている生徒もいた。上段には柵と花壇にこの時季に咲き頃の花がいくつも咲いていた。

「今日からここに通うんだ……」

 ジュナは学院を見上げて呟いた。他の生徒たちが入っていくのを見て、ジュナも学院に入っていった。


 ジュナは教壇の上に立っていた。教室はジュナの家にある居間の二倍の広さはあり、白い壁に水色の床、黒い机が階段状になっている教室だった。ジュナが入った普通学科の生徒は全部で二十二人いて、ノルマロイドもいればバルカロイドやブレザロイドもいる。

「みなさん、今日からこの学院に入ることになった、ジュナ・メイヨーさんです。仲良くするように」

 小麦色の長い髪を後ろでまとめ、褐色の瞳と色白の肌を持ち、オールドブルーのロングジャケットとワンピースの揃いを着、黒いハイヒールを履いた女の先生、ブレダ・レティス先生がジュナをクラスのみんなに紹介した。

「みっ、みなさんっ。はっ、初めましてっ。ヘ、ヘルネアデスから引っ越しして、こ、この学院に入った……ジュナ・メイヨーです。よ、よろしく、お願いしまっすっ」

 ジュナは四十四の瞳が見つめる中、ガチガチになりながら自己紹介した。

「ジュナさん、そんなに緊張しなくても……」

 ブレダ先生がなだめてくれたが、ジュナは顔面や両掌が汗まみれになっていた。

「という訳で、みんな仲良くしてあげてね。ジュナさん、席に座って。空いている席に。うちの学校には指定席はないから」

 ブレダ先生に言われてジュナは教壇を降り、段席の方に上がっていった。

 席に座っている生徒たちを見て、男子も女子も髪色や肌の色や瞳の色こそは違うけれど、大抵が最新流行の服や高級素材や高級ブランドの服を着ている。

 ジュナの今日の服装はサニーイエローのノースリーブカットソーと上腕まである同色の腕カバーに黒いミニスカート。足元は白いハイソックスに両脚と足の甲にベルトのついた茶色のブーツだ。

 普通の十代の女の子たちは着飾ったり化粧したりするものだが、今年十三歳になるジュナはしゃれっ気がなかった――というよりも苦手と言った方がいいだろう。フェミニンやガーリッシュといったファッションはジュナは苦手だった。しかし今日着ている服は黄色だったので、ジュナの金色の瞳と似合っていた。

 髪型も男の子たちは流行のヘアスタイルや人気俳優の髪型をまねていたり、女の子は三つ編みつきシニヨンやロールアップしたツインテールといったもので、胸元や袖にレースのついたブラウスやレースを何枚も重ねたスカートなどを身につけていた。ジュナは明褐色の髪を短く切ってあるだけだった。

(わたしって地味なのかな。服装も髪型も)

 ジュナは自分と周りの女の子たちを比べてそう思った。

 身長は平均並み、体型は少し細めで中間肌。顔は卵型のジュナはこの学校でも、前の学校と同じように目立たないだろうと思った。

 ジュナが住んでいた国、ヘルネアデス共和国はガイアデス大陸の北方にある小国で、季節が雪のふる冷季(れいき)と春のような暖季(だんき)に分かれている。ヘルネアデスに住む人々は冷季はドーム型の都市で暮らしていた。ドームの中は防寒システムで制御されているため過ごしやすく、暖季の時はドームを開いて、冷季に備えるための太陽光エネルギーを集めて、電気や熱、システムの動力を蓄えていた。

 ジュナは一番上の四段目の席に座った。椅子は壁と一つになっていた。席は一列に五人が並ぶ長さで、机の下には教科書やモバイルを入れられるようになっている。

「それでは今日の授業を始めます。一時間目は世界史です」

 ブレダ先生の呼びかけで、本日最初の授業が始まった。


  

 ジュナの住む惑星、アルイヴィーナは美しい青緑の惑星である。六方と中央に大陸があり、各大陸に独自の進化を遂げた人種が住んでいた。種族は外見も文化も言葉も違うのは当然のこと。戦争や侵略など、この数万年のうちに繰り返されてきた。

 だが今から一五〇年前に当時の数十カ国の王や大統領などが人種の境界線をなくすために、ガイアデス大陸の中央に全ての人種が暮らせるようにとエリヌセウス皇国を建国した。人種差別もなく、異文化競争もない平和な国を。結果は成功だった。そしてエリヌセウスは拡大して、今のような大国となった。

 ジュナは一生懸命、授業に取り組んでいた。ブレダ先生が超大型モニターに授業の内容を画面いっぱいに標示し、生徒たちはミニコンピューターでモニターの内容を写している。ミニコンピューターはモニターの十六分の一の大きさで、上に画面、下にキーボードと出し入れ式のスライドとスライドペンが収納されている。

 ペンでスライドにモニターのデータを書き込み、書き込んだ文章はコンピューター画面に標示され、それをデータディスクに入れ込んでいく勉強である。

 一時間目の授業が終わり、授業終了の音楽が天井のスピーカーから流れた。

「はーっ」

 ジュナは授業に緊張していたのか、机に突っ伏した。

「ジュナちゃん」

「?」

 何人かの女の子の声で、ジュナは頭を持ち上げた。同級生の幾人かがジュナの前にいる。

「前はヘルネアデスに住んでたんでしょ? 寒かった?」

「ヘルネアデスってどんな国?」

 同級生が次々に質問してきた。

「え、えーと……」

 ジュナはうろたえた。授業が終わるととっさにクラスのみんなが集まってくるとは思ってもいなかったのだ。

「食べ物はさぁ」

「どんなお菓子が好き?」

「あ、あの……み、みんな……」

 一人ずつにしてよ、と言いたかったが控えめなジュナはますますうろたえる。すると一人の女子がみんなに言った。

「ちょっとみんな。この子困っているじゃない。質問は順番にしなよ」

 そう言ったのは黒髪のウルフカットセミに黒い眼の少し背が高く、筋肉質な体格の少女だった。横幅が細身のジュナより少しある。肌が色黒であるから、バルカロイドだろう。服は生成りの半綿半麻のシャツと苔色のキュロット。

 少女の言い方がきつかったのか、みんな沈黙した。気まずい空気に包まれた、とジュナは困った。

「あ、あの……」

 ジュナがおろおろしていると、男子の一人が言った。

「別にいじめた訳じゃないんだぜ。別にこんな言い方しなくたって……」

 女子の一人も言った。

「そ、そうよ。ケティは言い方がきつすぎるのよ。ほら、ジュナちゃんだってびびっているし」

「あ、あー……。別にわたしは……」

 ジュナがまごついていると、ケティは自分の荷物を肩掛け鞄に入れて席を立ちあがった。

「気分悪。帰る」

 ケティはそう言って教室を出て行ってしまった。

「えっ、あっ? じゅ、授業終わってないよ!?」

 ジュナがケティを止めようとすると、同級生の一人が制した。

「いいんだよ、ケティは。あいつ、機嫌悪くなると、サボるから」

「だけど……あの子の家族が……」

「ケティは養護院(ようごいん)から学院に通っているから家族なんていないよ」

 小柄な少女が言った。

 その時、授業開始の音楽が流れ、みんな着席した。

(初日から大変なことが起きちゃったなあ……)

 ジュナはケティの問題ぶりを見て溜め息をつきながら、次の授業の教科書を出した。


 

 二時間目の授業が終わり、正午の昼休みになった。生徒たちは家から持ってきた弁当やお店で買った弁当を教室や中庭や温室に持って行って食べたり、学生食堂に行って食堂のランチを買って食べる。午後一時の授業までには各々の教室に戻る。

 ジュナは教室の一番上の座席で母親が作ってくれた弁当を食べていた。円形の黄色い弁当箱には赤麦(ルエデメアロ)の平打ちのネルド(麺)が入っていた。赤くて丸いテトマの実とにおいのきつ

い白くて小丸いガクリの実を細切れに刻んだソースと白・赤・緑・黒の豆(べネン)と四角いサイコロ状にした豚のザレスム(塩漬け保存肉)が入っている。クリーム色の柄のフォークでネル

ドを巻きつけて食べる。(ママも朝から仕事があるのに、料理とか洗濯や掃除もやっているから偉いな。感謝しておかなきゃ)

 ジュナの母親は都市開発者で、街の構図を考えたり建物の配置を研究したりと生計を立てていた。母セイジャ・メイヨーはかつてはヘルネアデス共和国で都市開発実行や都市再構築計画の企画者だった。その活躍記録や研究がエリヌセウスの都市開発団体『社団法人・夢限の門(イルーゼ・ガルト)』に認められて、ジュナを連れてエリヌセウスに来たのだった。

(パパも生きていれば、三人で暮らせていれたかもしれない)

 ジュナの父親、ゼマンは動力工房(エネジュームファーチャー)の工員であったが、一年前の冬に起きたエネジューム蓄納機の爆発事故で死んでしまった。事故の原因は責任者の注意怠慢だった。被害者の遺族たちは工場側から慰謝料を受け取ったが、死者三十人と負傷者百余人も出た事件だったため、三か月も各国で話題となっていた。

 ジュナも母親も父親が死んだことは大きな傷であったが、工場長を恨んでも父親が戻ってこないことも理解していた。母親は仲の良かった夫を失った悲観に暮れていたが、一人娘(ジュナ)の存在で立ち直ったのだ。

――ママにはわたしがいるよ。

 その言葉が母親を立ち直らせてくれた。そして親子は今に至る。

 母親のエリヌセウス行きが決まると、ジュナも勿論ついていった。三月の半ばまではヘルネアデスの公立上級学校を転校して、エリヌセウスの国立エルネシア上級学院に入ったのだった。ジュナは転校先は地方立の公立上級学校でも良かったのだが、イルーゼ・ガルトの会長が新しい財団員の娘のためにと紹介状を書いてくれて、編入学したのだった。その後は入学学科を決めて、編入試験を受けて普通学科に入った。まだ何に就こうか考えていなかったので、普通科に入ったのだった。

 しかし――。

 教室内ではジュナの他に十人の生徒がいたけれど、みんな仲良しのグループに分かれて食事をしている。ジュナはまだ誰からも誘われず、自分から「入れてほしい」とも頼まなかった。転校してまだ一日なので、新しい学校にはまだ馴染めなかった。

(さっきケティに言われたことを気にしているのかな。それで、無暗にわたしを困らせないように気遣っているのかな)

 それとも、転校生いじめか――と思ったが、みんなそうはしていない。

(もう少し様子をうかがってみよう)

 ジュナは暫く新しいクラスの様子を観察してみることにした。

 昼休みが終わって、午後一時に授業が再開された。上級学校では、普通科は初級学校同様に国語や体育などの全ての授業を少しずつ受けるが、他にも美術学科や服飾学科、園芸学科などの専門学科もあり、その学科専門の授業を行うのだ。

 ジュナは社会と国語が得意だが、商学(ビジネス)は苦手で、簿記や経済学はもっぱらできなかった。数学の計算やワードプロセスはできるとして。午後三時に授業が終わり、その後に掃除、ホームルームと行われ、三時半に今日の学校生活が終わった。

 ジュナもバックパックに荷物を入れて帰ることにした。他の生徒たちも家に帰るかクラブ活動か委員会で学校に残っていた。ジュナはまだクラブや委員会に入ろうとは考えていなかった。教室を出ると、横はガラス張り、高い天井には長方形の照明がいくつも並び、黒い硬質ラバーの床でできた廊下を歩いていると、何人かのグループで帰っていく生徒たちやクラブや委員会に行く途中の生徒や図書室へ行く生徒たちとすれ違った。

 エルネシア上級学院は七階建ての建物で、学科は全部で二十二もあり、教室、実習室、図書室など全部で八十の部屋があり、円状のエレベータや太陽光発電による冷暖房が設備され、噴水のある中庭や七階の中心にある大型温室があって大規模だった。

 国立学院といっても、王族や王室勤めの大臣や軍官や使用人の子女は王宮内の宮内学院に通い、貴族子女は家庭教師をつけてもらうか貴族学校に在学していた。この学院は中流者や一般民の十歳から十六歳までの者や学力や適性によって学科が応じられていたり、自分に合った学科に入れるのだった。

 ジュナは学院を出て、白い天然瀝青の階段を上がっていった。階段は左右に区切られ、真中がスロープになっている。

 朝は急いでこの景色をちゃんと見ていなかったが、改めて見ると美しい光景だった。

 ジュナは学院の敷地から出ると、住宅街に入っていった。学院の北以外の三方は住宅地に囲まれ、北方は森林地区になっていた。森林地区には、様々な野鳥や栗鼠(リモール)や穴熊(ホラーグ)や兎(ラビーニ)の棲みかになっている。

 住宅地の住宅は様々な色や形をしており、円筒形の家や上円下方の家、右が半円で左が正方形の家などユニークな形ばかりで、色も白や薄茶色、クリーム色やサックスブルーやミン

トグリーン、スカイグレーの壁や屋根がカラフルだった。道行く人は買い物に行く主婦や学校から帰ってきたところの子供たち、散歩している老人、犬(ヒュンフ)を連れて歩いている人とすれ違った。

 学校から歩いて十五分の九番街にある自分の家にたどり着き、二本の支柱が立った玄関のある白い家を見つけると、ジュナは敷地に入り、家の暗証番号と本人確認の指紋を入れる。ピーッと家のロックが外れ、扉が左右に開いた。

「ただいま」

 ジュナは言ったが、家には誰もいない。母親は財団勤務に行っており、夕方五時までには帰ってこない。玄関には板張りの廊下があり、左右に二つずつと奥に扉があった。玄関と同じスライド式で、靴を脱いで奥の扉に入る。

 奥の扉は居間で、壁は白く左右に円状の窓があり、入り口側の壁には壁に備え付けられた棚があり、その棚の中に大きなテレビジョンモニターが置かれている。他の棚には録画用ディスクが入っていたり、録画機や引き出しがいくつもある。

 床には生成りの絨毯が敷かれ、棚の向こう側には麻(ラスファ)ソファーとガラステーブルが置かれている。ソファーのある方の反対側には二階へ行くための階段がある。

 ジュナは白い階段を上がり、階段を上がってすぐ近くの部屋へと入る。そこがジュナの部屋だった。


  

 ジュナの部屋は屋根が半台形の六畳半だった。天井は半分がクリスタルアークルのガラスで張られた屋根で、日光が差し込み碧空が見えるのだった。夜や雨や雪には部屋の内部に設置されたシャッターで閉められるようになっている。

 壁はクローゼットと備え付けの本棚、小型のテレビジョンモニター、白い天板の机は端が丸く、その上に薄型のモニターコンピューターとキーボード、辞書や参考書が並べられ、丸筒のベビーブルーのペン立てにはカラーペンやシャープペンシル、ノック消しゴムやハサミが入っている。机の傍らには回転椅子があり、グレイッシュピンクの布地が張られている。

 部屋の左端にはベッドがあり、ヘッドボードが棚になっており、デジタル時計と写真立てが置かれ、ベッドカバーや布団や枕は無地のレモンイエローで統一されている。ベッド側の壁にはタペストリーが掛けられており、花畑と空を現した緑系の布でできている。

 床は板張りで部屋の中心には明るい灰色の絨毯が敷かれ、他にも熊(べマーグ)や鰐(ゲートイル)や兎(ラビーニ)や海豚(ルカフィー)のぬいぐるみが置かれている。

 ジュナはバックパックを椅子の上に置くと、すぐベッドに寝転がった。

「はーっ」

 疲れた……。長い間、引っ越しや転校というものを体験していなかったジュナには、この十数日は忙しい日々だった。

(少し休もう……)

 ジュナはそう決めると、一眠りすることにした。机のある側の壁にかけられた八時盤の時計は、午後の四時五分を指していた。

 アルイヴィーナは一日が一六時間、一週間が十日、一か月が平均三十三日、一年が四二〇日で構成されている。春の今は、昼夜八時間ずつで四時には昼夜が変わる。

 ジュナはベッドに入り、今日の疲労を癒していた。ベッドのヘッドボード棚に置かれているガラスの写真立てには、九歳のジュナと両親が写っていた。艶やかな千歳緑の切りそろえた長い髪に金色に瞳をもつ母親と明褐色の髪に銀灰色の瞳をした父親がジュナの両隣りに立っていてにこやかにしていた。

 鳥や犬(ヒュンフ)や猫(キャリー)の鳴き声や近所から聞こえてくる人々の声が響いてくるけど、それもだんだん気にしなくなった。

 青緑の空が次第に黄金色からオレンジに、琥珀色になる頃は日が沈み、薄紫の空から青、群青色、そして濃紺の空に白金の星々が散りばめられていく。空には天然の月と人工の月が浮かんでいる。

 自然月(しぜんげつ)は仄かな銀色に光り、人工月(じんこうげつ)は金色に輝いていた。人工月は今から数百年前にアルイヴィーナの宇宙学者たちによって造られて打ち上げられた。このアルイヴィーナは千年以上前から異星の植民地にされそうになったり、鉱物資源やこの惑星だけの高エネルギーを狙ってきたりと何度も危機にさらされてきた。いわば人工月は敵の異星人が来るかどうかを調べるためにある。

「ジュナ、ジュナ……」

 誰かに呼ばれる声でジュナは目を覚ました。寝ぼけた目で見上げると、母親がいた。部屋はいつの間にか屋根のガラスが閉められ、白色の電灯がついていた。ジュナの母親は千歳緑の髪を両サイドに髪どめをつけ、藍色のビジネスワンピースを着ていた。

「ママ……。帰ってきたの?」

 ジュナがぼーっとしながら訊ねると母親は答えた。

「そうよ。今帰ってきたとこなの。寝ていたけれど、具合でも悪いの?」

「ううん。新しい学校に行って疲れて寝てた」

「そう……。誰かにいじめられたりしなかった?」

 ジュナは首を振り、母親はほっとしたような顔になった。

「ああ、なら良かった。今日、晩御飯は御弁当屋さんのものだけどいいわよね?」

「うん」

 ジュナは母親と一緒に一階へと降りていく。

 食堂は居間の左隣の手前にあって、広さは居間の半分ほどだった。その隣が台所で、台所

と繋ぐ通り道がある。

 食堂のテーブルは壁と併合されており、白い角丸の四人掛けである。椅子は白くて丸い座

部と鉄パイプの車輪付きで全部で四脚。ジュナと母親は向かい合って晩御飯を食べていた。

買ってきてくれたおかずはサラダとメヒーブの香草焼き黒(ネレヴァ)ソースがけだった。羊(ムーシ)の雄と豚(ピゲン)の雌から生まれた合成家畜メヒーブは八十年前に造られた家畜で、肉は羊(ムーシ)の歯ごたえと豚(ピゲン)のうまみが特徴的である食品の一つだった。他にも緑(ヴェルナ)米(リッケ)とリゴルの果汁水。

「そんなに今日の学校、大変だったの?」

 母親がメヒーブ肉をほおばりながら、今日のジュナの出来事を聞いた。

「うん。ケティって子のこと、気になっちゃって……」

 ジュナはフォークでサラダを突っつきながら答える。

「ケティて子は本当は優しいんじゃないのかしら? 転校したてで困っているジュナを助けようと……」

 ジュナは控えめで内向的な分お人好しで気になる人を放っておけないのは、母親は知っていた。しかしそれはジュナの良い部分でもあった。初等学校三年の時は、ジュナは人の良さが理由で使い走りとしていじめられたことのあった。

「明日は学校がお休みの日だからゆっくりと休みなさい。何だったら、遊びにいってもいいし」

 母親がそう言うと、ジュナは少し考えてから答える。

「うん。そうするよ。この周辺は覚えておけるように行ってくる」


  


 アルイヴィーナは曜日が十あり、日月火水木金土天冥海の順で、日曜日と木曜日と天曜日は基本的に休みだった。

 ジュナは七番街にある商業地区の中にいた。商業地区は様々な形や高さのビルや建築物が並び、街の真上にはチューブラインの電車(トラノ)がパイプ状の線路を走っており、車型によって大

さの違う反重力車(グリービット・ワグネル)が地上から八ゼタン(一六メートル)上空を走っている。道は住宅地区同様、街路樹や花壇で左右に区切られている。道行く人はジュナと同じノルマロイドやバルカロイド、ソルロイド、ブレザロイド、和仁族(わとぞく)もいる。和仁族は北東にあるライゴウ大陸で和文化(わぶんか)や和言葉(わことば)をもった人種でノルマロイドによく似ているが、和仁族は平面顔でノルマロイドは凹凸状になっているのが違いだ。

 商業地区は各店によって服のデザインや対象年齢の違うブティックやオーダーメイド専門服店、個人経営レストラン、異国料理店や製菓店、弁当屋に茶屋、装飾品店、本屋も文学専門店、辞書専門店、絵画・写真集専門店と色々あった。

(大皇国は何でもあるんだな)

 ジュナは大通りを歩きながらそう思った。今日は休日のためか親子連れや若い人や少年少女の姿が多い。ジュナは一人で来ていて、母親は今日は家で今度の発表の企画を制作していた。

(今日のわたし、街の雰囲気と合ってるかな……。一応めかしこんだけど)

 ジュナはブティックのショーウィンドーに今の自分の姿を映しながら、通りゆく人々と自分を見比べる。ジュナが着ている服は大きな襟にフリルと黒いレースがついたジョンブリアンのワンピース。それと同じカチューシャと水色のラメ入りポシェット、足元は黒い天然皮革のストラップシューズ。これでもおしゃれに頑張った方だ。

 ジュナは自分の服装がおかしくないことに確認すると、街の大通り(メインストリート)を歩き出した。

 街を歩いていると、ジュナのような十代前半や二十代半ばの人々は、個人好みの服装をしている。カジュアルなものやガーリッシュ、ボーイッシュなものや民族(ローカル)ファッション、和風なものを着こなしている者がいる。女の子なんかは有名な少女服ブランド『リチェト』や『フレミア』などの最新商品を着ている。

 ジュナは街の違和感をふと感じ取った。何人かに一人かが必ず動物を連れていることだっ

た。それも一般的な犬(ヒュンフ)や猫(キャリー)とかではなく、豹(パルサー)や山羊(ゴイセット)などの中型の獣や野(マウ)鼠(ッチュ)や山猫(ニャーリング)な

どの小型獣、鷹(ハウキーン)のような猛禽類や鷺(グレーシッサ)や燕(ツバルロ)などの鳥、甲殻類や魚などの水生動物

赤ん坊ほどの大きさもある虫もいた。その生物たちの特徴は、体のどこかにある明るい石を持っていることだった。

(この動物は一体どうして人間と一緒にいるの? それに体についている石は――)

「ジュナちゃん!?」

 誰かに自分の名を呼ばれた声で、ジュナは我に返って振り向いた。

「……え!?」

 そこにいたのはノルマロイドの少女が二人立っていた。一人は濃いオレンジの髪のセミロングに空のような青緑の瞳で、今のジュナと同じ瑠璃色のフェミニンワンピースを着ている。もう一人は紺色の髪を二束のポニーテールにし、薄茶色の瞳、白地に青い星のような花柄のワンピースを着ていた。

「やっぱしジュナちゃんだったよ」

 オレンジブロンドの少女が言った。

「茶髪のショートカットヘアに黄色の服なんてどっかで見たことあるな、って思ったらそうだったね」

 紺色の髪の少女が言った。二人は顔を見合わせて笑っていた。

「だ、誰……?」

 突如話しかけられたジュナは困った顔をして二人に訊いた。

「わたしだよ、同じクラスの……って、転校したてだからまだ覚えられないよね」

 紺色の髪の少女が言った。紺色の髪の少女はラヴィエ・ネックといい、オレンジブロンドの少女はダイナ・タビソといった。この二人はジュナと同じクラスの女子で、休みの今日は一緒に買い物に来ていたのだ。

 昼時にジュナは二人と一緒に食事をとり、大通りの広場で串焼きを買って食べた。

 広場は円形で中心にオーロラガラスの噴水が流れ出て、太陽の光で虹を作っていた。東西南北の四方に道が分かれており、各地域から人々が来ている。若い男女のカップルや老夫婦や子連れ親子などといった人々だ。ジュナたちは広場の入り口近くの滑光石(かっこうせき)でできた灰色の

ベンチに座っていた。ジュナは串焼き屋の屋台で、甘辛いニーオとメヒーブの香辛料つき串焼きとジャネポ芋の輪切り串焼きと緑色のロリコと鶏(キキリキ)の串焼きを買った。広場にある屋台は串焼き屋の他、果物ココン(チョコレート)屋や型作焼(かたつくや)屋などが合わせて十ほど立てられている。

 ジュナは串に刺さった肉を一つずつ味わいながら、春の日なたと東風(こち)を浴びていた。メヒーブ肉の柔らかさとニーオのシャキシャキ感の甘辛さが味わいを増す。

「ところでさジュナちゃん」

 ジュナが串焼きにかぶりついていると、海老(プロンプ)スティックを食べながらダイナが訊ねてきた。

「何?」

「ジュナちゃんを見つけた時、ボーっとしていたようだけど、一体何考えていたの?」

「ん、ああ……。実はね……」

 ジュナは食べるのを途中でやめて、ダイナの質問に答える。十何人に一人が体に色付きの石をつけた生き物を連れていることを話した。

「それ、融合獣(ゆうごうじゅう)だわ」

 ラヴィエが朱茶(あかちゃ)の入った紙コップをすすりながら答えた。

「ゆうごうじゅう!?」

 ジュナはその言葉に首をかしげる。

「うん。希少な珍しい生き物よ。体に契合石(けいごうせき)ていう宝石がついていてね、その石に最初に触

れた人間と契約するって文献で読んだんだけど……」

 ダイナがジュナに融合獣の説明をした。

「融合獣は人間と一つになって、その人間を獣人化させるって話だよ」

「あら、わたしは人間を強くさせるって電子情報網(エレネット)で読んだわ」

 ラヴィエがダイナとは違うことを言った。

「獣人化させるんだって」

「人間を強くさせるのよ」

 二人の言い合いを聞いて、ジュナは融合獣のことが恐ろしく思えた。

(多分きっと、人間を強くさせる代わりにその人を獣人みたいに変えちゃうんだ。そしたら、

性格も獣みたいになっちゃうのかな……)

 しかし、「融合獣は稀有」だという存在を思い出して、考え直した。

(まあ、わたしとはきっと無縁なんだろうな)

 だから大丈夫、とジュナは思った。

 しかし、その考えは後日に裏切るものだった。