1弾・5話 第三の出会い


 ジュナはエルニオと出会った日の夕方、ラグドラグにエルニオとツァリーナのことを話した。

「同じ学校に自分と同じ適応者がいて嬉しかった、ねぇ……」

「うん。そうだと思うよ」

 ジュナはラグドラグのコップに二杯目のピチモの果実のジュースを注ぎながら言う。ラグドラグはジュナが学校の帰り道に買ってきた『ロベスピエール』という菓子屋のダナウテをほおばる。ダナウテは小麦粉と砂糖と鳥卵とミルクとふくらし粉を練って団子状やハート型、リング状に固めて油で揚げた菓子で、プレーンの他、ココン味を食べている。

「そのツァリーナって何が元ネタなんだ?」

「うーんと緑宝鳥(ツィリン ※この世界のケツァル)だって。普通の緑宝鳥(ツィリン)には金色の羽根が入ってないしね」

 そう言うとジュナは苦甘いコッフェル味のドナウテをかじる。

「そうか、鳥をもとにしているから飛翔族(ひしょうぞく)か。となると属性は……」

「何それ? 飛翔族って?」

 ジュナは属性はともかく、飛翔族という聞きなれない言葉を耳にして訊ねる。

「ん? ああ。融合獣にはそれぞれ属性と種族があるんだ。属性でどんな技が得意で、この場所での行動が苦手というのがわかる。飛翔族というのは元になった動物のことさ」

 ラグドラグが教えてくれると、ジュナは学校で借りた本を見せる。見せたのは『融合獣の属性と能力』だった。本の装丁は上製本で赤い十二角形の絵の表紙である。

「これでしょ?」

「まあ、本で読んだ方が説明より知るのが早いしな……」

 ジュナはその本を開いて、種族と属性の項目を見る。


〈融合獣の種族〉

・堅鱗族(けんりんぞく)――爬虫類・両生類を基にした融合獣。攻撃力が高め。

・飛翔族――鳥を基にした融合獣。素早さにたける。

・牙獣族(がじゅうぞく)――虎(トッフーガ)や狼(ヴォルファー)などの肉食獣、熊(べマーグ)などの雑食獣を基にした融合獣。獣の本能に支配されることもある。

・平温族(へいおんぞく)――兎(ラビーニ)や馬(ホルシェ)などの草食獣を基にした融合獣。基になった融合獣によって攻撃・防御・素早さが異なる。

・蟲翅族(こしぞく)――虫を基にした融合獣。基の虫によって能力が異なる。

・深流族(しんりゅうぞく)――魚や水棲動物を基にした融合獣。水中での活動が得意。


 次にジュナは属性の項目を見る。


〈融合獣の属性〉

 融合獣にはそれぞれ属性というものがあり、得意・苦手が存在する。属性は全部で十二。


 水属性――炎と鋼に強く、雷と樹に弱い。

 炎属性――鋼と樹に強く、水と地に弱い。

 雷属性――水と風に強く、地と樹に弱い。

 風属性――地と音に強く、雷と氷に弱い。

 樹属性――水と地に強く、炎と鋼に弱い。

 音属性――鋼と闇に強く、風と光に弱い。

 鋼属性――樹と氷に強く、炎と音に弱い。

 氷属性――風と光に強く、鋼と闇に弱い。

 光属性――闇に強く、氷に弱い。それ以外は普通。

 闇属性――氷に強く、光と音に弱い。

 無属性――属性の優劣なし。


 なお、融合獣の属性は共鳴石(リンカイト)、基になった動物の遺伝子情報の中の適性によって属性が決まったとされている。


「そーだったんだ。知らなかった。そういえば宝石泥棒の融合獣は炎を使っていたから、炎属性だよね。ラグドラグは何の属性?」

 ジュナがさりげなく訊くと、ラグドラグは数秒の無言の後に答えた。

「無だけど?」

 その属性を聞くと、ジュナの表情が苦笑いになった。

「な、何だよ、その顔は! 無属性なんてつまらなそうな顔だったぞ!」

 ラグドラグがむかついた顔をして、ジュナに怒鳴った。

「だ、だって〜、もっといい属性かと……」

「はー……。まあいい。それよりもエルニオとはメル友になったんだって?」

 ラグドラグは怒ったのち、エルニオとの出来事を訊ねた。

「うん。何かあったら連絡し合うと。メールアドレスと携帯番号訊いたから」

 ジュナは手の中の薄くて長方形をした機会をラグドラグに見せる。アルイヴィーナでは住人の九十パーセントが携帯電話を所持している。ジュナは丸みを帯びたプラチナホワイトの携帯を手にしている。

「ふーん……。取りあえず、エルニオとツァリーナに会ってみてぇな。会わないとわからなねえことでいっぱいだしな」

 ラグドラグはそう言うと、三個目のドナウテをほおばった。

 その日の夜、ジュナはぐっすり眠れた。

 しかし――。


  


 ジュナは全速力で学校に向かって走っていた。

「眠りすぎて遅刻しちゃう〜!」

 二日分眠ったため、起床時間を寝過ごしてしまい、朝ご飯も食べる余裕もなく、途中のデイリーストアでカロリーブロックを買って走りながら食べて六時の閉門になんとか間に合った。ギリギリセーフで教室に入り込み、何とか朝のホームルームに間に合った。

 その後は授業を何事もなく過ごし、いつものようにラヴィエとダイナと一緒に昼ご飯を食べて、全ての科目が終わると帰宅した。

 軽い足取りで街の通りを歩いていると、数歩手前の花屋から出てきた女の子とぶつかった。

「きゃっ」

 ばらばらといくつもの花が、白い道に散らばった。

「あ、ご、ごめん」

 ジュナは屈んで花を拾い集めた。花は異種の花五、六種で同種二、三輪で水色のリユー、白いズラス、薄桃のルーグ、黄色のセレヌといった香りのいい花ばかりだ。

「どうも……すみません」

 花を持っていた女の子がジュナに謝った。背がジュナより一ジルク程小さい。髪の毛は少し波打ったセミロングの白群(びゃくぐん)、肌は色白、瞳は明るいピンク色で、衣服が珍しい着こなしだった。桜色の和衣(わころも)と黒いレース付きのインナーシャツに白いキュロットスカート、衣は幅太の勿忘草色の帯で閉めており、足元は黒いレッグカバーと衣と同じ色の靴を履いている。

(この子、和仁族かな。年は初等学校四年ぐらい?)

 ジュナは女の子を見て、考える。

「はい。これ、あなたのお花?」

 ジュナは花を女の子に差し出した。

「そうです……。花香水(かこうえき)を作るための花です……」

 女の子は和仁訛りの言葉で言った。語尾が少し高い。

「花香水ねぇ」

 女の子の言う花香水とは、花から絞り出したエキスと清水を混ぜ合わせた美容品のことで、花の種類によって心を落ち着かせたりイライラを押さえさせたりするといった効果があるため、

個人によって使う花香水が異なる。(そういえばこの子も、甘い……香りがする)

 ジュナは少女の体から甘い香りが鼻に入ってくるのを感じた。

「ところでこの花はお母さんに頼まれて買ったの?」

 ジュナはさりげなく少女に訊いてみた。

「え? これは……お姉さんは信じてくれないかもしれないけれど……、わたしが作るんです。といっても趣味程度で」

「へぇーっ。凄いね」

 ジュナは年下の少女が自分で花香水を作るのに感心した。

 ジュナと少女はすっかり意気投合し、少女の住む和仁族居住区セラン地区についていき、セラン地区内の甘味処で一緒にお茶をした。エリヌセウスの各地方には、和仁族が過ごしやすいようにと和仁族居住区を造っており、街の構造は暁次国(あきつぐこく)の街と同じ造りになっている。

 セラン地区は和仁族居住区だけであって、街の装いも人々の装いも皆和風だった。

建物はみんな波型の瓦屋根と白い漆喰と障子の引き戸で、男は着流しと袴、女は振りそでが多く、着流しとズボン、振袖ドレスや洋装と和装の組み合わせもあった。和仁族地区にいるジュナは明るい黄色の半袖半丈のつなぎに黒い長そでカットソーと茶色のブーツという合わない格好であるが。

 甘味処『うまい紋』は、外席と中席があり、中席は四角い黒塗りのちゃぶ台に臙脂色の座布団が四つが人組になっており、抹茶色の畳が敷かれ、靴を脱いで座る仕組みになっている。ジュナたちが座っている外席は店の外に丸い緑の筒状植物、アドブーでできた長椅子が二脚、出入り口の脇に置かれている。その長椅子に二人は座っていた。

「あ、そういや名前訊いてなかったね。わたしはジュナ・メイヨー。ジュナって呼んで」

「わたしは宗樹院羅夢(そうじゅいんらむ)。初等学校四年です」

 二人が紹介し合った時に、店員がお茶菓子とお茶を持ってきた。紺色の頭巾と前掛けをつけた若い女の店員は白い湯呑みに入れた緑茶とギョモの団子を二人に渡す。

「はい、緑団子二人前。ごゆっくりどうぞ」

 緑団子は楕円型の薄緑の皿に盛られ、一本の串に四つの団子が刺され、その上にあんこがかかっている。ジュナは初めての和菓子を見て、眺める。ジュナに対し、羅夢は団子にかぶりついている。

「どうして食べないんですか? あんこは苦手で?」

 羅夢が団子を食べないジュナに訊いてきた。

「うん、あんこは初めてだからね……。ヘルネアデスに住んでいた頃も、エリヌセウスに来てからも和食って口にしてないから……」

 思い切って食べたが、うっときた。

「うう〜ん、口の中がモソモソする〜」

「やっぱノルマロイドの人にあんこはきつかったですね。はい、お茶」

 羅夢はジュナに湯呑みを渡し、ジュナはお茶を飲み干す。

「やっぱ慣れないものは口にするものじゃないね」

 その後は二人で話し合った。ジュナがエルネシア上級学院の三年生だということを話すと、羅夢は先月のエルネシア上級学院の入学試験に合格したことを話した。

「そうなんだ! わたしと同じ学校に行くんだ」

「はい。今年の夏に今の初等学校卒業して、秋に入学します」

「じゃあ、楽しみだな。羅夢ちゃんとまたお喋りできるし……」

と、ジュナは黒いベルトに白い文字盤の腕時計を見て、もうすぐ日が暮れることに気がついた。

「もう帰らなきゃ。店員さん、お勘定お願いしまーす。それじゃあね羅夢ちゃん。わたし、帰る。ラグドラグも待ってるし……」

「ラグドラグ?」

 ジュナが漏らしたのを聞いて羅夢が誰かと訊ねた。

「ラグドラグはわたしの家にいる融合獣のことで、白竜(ヴィッス・ドーリィ)を基にした融合獣で……」

 ジュナはラグドラグにことを話し、更にエルニオとツァリーナのことも話した。

「そいでね、エルニオって子が、融合適応者同士の友人が欲しいって言われて……」

「融合獣……。わたしの家にもいますが……」

「えっ!?」

 ジュナはそのことを聞いて、思わず大きな声で叫んだのであった。



 ジュナが家に帰ってきたのは、四時三十分で夕日が暮れる頃だった。ジュナの住むラガン地区と羅夢の住むセラン地区では歩いて三十分もかかるため、集団運送車(グルーピー・カーガー)で帰ったのだった。運賃も十六ラッツァかかった。ジュナの小遣いは毎月一シュアで、残りは三クランである。クラン銀貨に換算すると二クランも使った。給料日は毎月一日で、四月はあと十七日もある。エリヌセウスではアルバイトは原則として十四歳からと認められており、ジュナはあと一年アルバイト可能を待たなくてはならない。

「ただいま〜」

 家の中に入ると、ラグドラグが居間でテレビモニターを見ていた。

「おう、お帰り。ずいぶん遅かったな」

「うん。セラン地区に行ってたんだ。学校の帰りで途中で出会った女の子とすっかり仲良くなってね、一緒に過ごしていたの。はい、おみやげ」

 ジュナはそう言いながら、鞄から干した長笹(ノーグザーフ)で包んだあん団子をラグドラグに差し出した。

「おお、和菓子か。買ったのか?」

「ううん、茶店で頼んだんだけど、わたしの口には合わなくてテイクアウトにしてもらった」

「そういうことか……」

 ラグドラグはあん団子をほおばる。

「美味いぞ、あん菓子も。そうだ、ジュナ。ママさんな、ジュナが学校から出て行ったあとに『そろそろ食材がなくなるから買って帰るから遅くなる』ってさ」

「ええー、そしたら帰ってくるの、五時半じゃない……」

 するとお腹がキュウっと鳴った。今日は空きっ腹ばかりだったのを思い出した。


 それから一時間後――。母親が買い物用のロニー素材のエコバッグに一週間の食材を買って帰ってきた。

「ただいまー」

 するとラグドラグが玄関から出迎えに来てくれた。

「マ、ママさん、ジュナがよ……」

「何? どうしたの?」

 何も知らない母親は黒いローヒール靴を脱いで、玄関に上がる。

「メシ作ったんだよ」

「ええっ!?」

 ラグドラグがそう言ったのを聞いて、母親は思わず叫んだ。

「あの子が一人で?」

「あ、ああ……。帰ってきて空きっ腹だったからよ、家にあるもんでメシ、作ったんだ……」

 母親は急いでダイニングに向かい、覗いてみるとテーブルの上に食事が出来ている。四色豆と白米(ヴィッテ・リッケ)のメヒーブ肉の細切れの炒めご飯、六種の野菜と牛肉コンソメのスープ、鰯(サワディシ)の衣焼き、ハミカ茶がそろっている。

「ジュナはもう食って二階で寝てるよ」

 ラグドラグは母親にそう言った。

「まああ、ジュナったら……。誰からも教わっていないのに……」

 母親は感心して椅子に座り、炒めご飯を食べてみる。肉と米とスパイスの旨みが口内に広まった。

「おいしいじゃない。初めてにしては」

 母親はジュナの作ったご飯を食べて感動する。スパイスは入れすぎだが、辛くもなく薄くもなくおいしかった。ラグドラグも一緒に食べ、舌鼓を打った。それから母親は二階の自室で横になっているジュナに声をかけた。ジュナはベッドでごろ寝していた。

「ママ、お帰り……」

「ジュナ、ご飯おいしかったわよ。また食べたいわ」

 母親が褒めてくれたので、ジュナは思わずヘラッと笑う。

「ありがと、ママ……」

「じゃあお片付けはママがやるから」

 そう言って部屋を出て、台所へ行く。

(そう言えばあの子、エリヌセウスに来てから変わったわね。前は内気で口数も少なかったし、もしかして……)

 ラグドラグのおかげかも、と母親は思った。

 ジュナはヘルネアデスに住んでいた頃は、友達と呼べる子がいず、内気で物静かなため、「暗くて陰気な子」と思われていじめられていた。でも、今のようになったのラグドラグのおかげなのかどうかは、わからない。


  


 就寝前、ジュナはベッドメイキングをしていて寝る準備をしていた。

「ところでよ」

 クッションを枕代わりにして寝転がっているラグドラグがジュナに訊いてきた。

「お前が今日遅く帰ってきたのは、和仁族のガキに会ったからなんだろ? どんな奴だった?」

「うん。宗樹院羅夢といってね、趣味だけど花香水を作っているんだって。あの子の髪や体からも甘い香りがしてね、融合適応者だった」

「どんな融合獣と融合してんだ?」

 ジュナは家に帰ってくる前のことを思い出して、ラグドラグに話した。


 ジュナと羅夢がセラン地区の甘味処で支払いをしていると、「羅夢〜」というかわいい声がしてきた。すると街の大通りから一匹の跳兎(ジャニーヘン)が跳ねながらやって来た。普通の跳兎(ジャニーヘン)は三、四ジルクの大きさで体の色は砂色か灰色か色素欠乏色(アルビノ)が一般的だが、このジャニーヘンは普通より二まわり大きく、体がベビーピンクで尖がった長い耳と長い尻尾の付け根に白いエームの花のような花が付いていて、瞳が若葉緑で、お腹に若葉色の契合石がついていた。

「あっ、融合獣……」

 ジュナはその融合獣を見て呟く。見た目がかわいらしく、草食獣を基にしているから平温族だろう。

「この子はジュビルム。わたしの融合獣です」

「ジュビルムですぅ。よろしくですぅ」

 ジュビルムは長い尻尾を振りまわしながら、挨拶する。

「わたしはジュナ・メイヨー。わたしにも融合獣がいるの。ラグドラグといってね、今は家にいるんだけどね」

「いつから一緒にいるの?」

 ジュビルムが訊ねてきたので、ジュナはエルネシアで最近ラグドラグと会ったばかりだと話した。

「わたしは……ライゴウ大陸の大国、暁次国で二年近く前にジュビルムと出会いました。それから父の仕事が上向きになったので、去年の夏にエリヌセウスの和仁族居住区に引っ越したんです」

 羅夢はジュナに自分たち一家がエリヌセウスに来た訳を話した。

 羅夢の父親は暁次国の南西部にある白(しら)凪(なぎ)県(けん)の鹿森町(かもりちょう)で染織物の商人を営んでいた。ジュビルムが来てから福が舞い込んだように仕事が上向きになって、長年の夢であった異国に店を出すという夢を実現させるために家族を連れて、エリヌセウスで店を開いた。今では和仁族の客の他、ノルマロイドやブレザロイドやバルカロイドのお客さんも来ているという。

「お父さん、凄いね……」

「はい。父のおかげでわたしはジュナさんと同じ学校が決まったし、ただ……」

 羅夢はしんみりする。

「暁次でもエリヌセウスのこの街にも、わたしと同じ同い年や年の近い融合適応者がいなくて少し淋しいな、って」

「あ……。そうか、羅夢ちゃんもなんだ……」

 ジュナがそう声をかけた時、あることを思いついた。

「もし良かったら……、わたしやエルニオと適応者仲間になってあげようか。わたしも彼も同じ適応者の友人がいないから……」

「いいのですか? わたしもジュナさんと仲良くしても」

「いいの。エルニオもきっと喜んでくれる」

 二人は携帯番号とメールアドレスの交換をし、その後にジュナはエルニオに「羅夢も仲間に入れていいか」とメールを送った。

 二人はその後に別れ、帰りのカーガーの中で、エルニオの返事のメールが届いて、もちろんOKだということも。


「……という訳よ。それじゃ、おやすみ」

 ジュナは部屋の灯りを消して、ベッドに入る。


  


 二日後の朝、ジュナはいつもより半時遅れて起床した。休みの日はいつもより半時長く寝ている。

 ジュナは目覚ましを止めて、ラグドラグが寝ている間に着替える。上が白の下がオレンジのスウェットパジャマから夕べのうちに用意したキャンディオレンジのチューブトップワンピース、その下明るい黄色のカットソーと濃い青のレギンスを着る。

 ふぁぁと後ろからあくびが聞こえた。

「ジュナ、おはよ〜。今日どこ行くんだっけな〜」

 ラグドラグが目をこすりながらジュナに訊ねる。

「うん。今日はツァリーナもジュビルムも来るって」

 昨日の夕方、エルニオからメールが来て、「明日から平和祭休暇だから一緒に遊ばないか」

というメールが来たのがきっかけで、三組で遊びに行くことにした。

「そうかそうか、それにしてもジュナ……」

 ラグドラグがにやつきながら言う。

「今日の下着はピンクのマドラスチェックかよ。ド派手なやつ、持ってたんだな」

「ちょ……何で……」

「衣擦れの音が聞こえて、目を少し開けたらお前の着替えている姿が見えたんだよ。そしたらブラとショーツが……」

 その数秒後、ラグドラグは脳天を勢いよく殴られた。

「す……すみませんでした……」

「こんなことなら部屋から出せばよかったわよ。ラグドラグのハレンチ」

 普段ラグドラグはジュナの部屋で一緒に寝ることはないが、夕べはジュナの誘いもあって、ジュナはラグドラグが完全に寝ていると思っていたのが甘かったと思った。

 ジュナとラグドラグは朝食を終えてすぐに、家を出た。家を出ると、外は薄い灰色の曇り空だったが、雨の降る心配はなさそうだった。

 カーガー停車場へ歩いて七分、カーガーに乗って十三分かかってレメダン街広場の停車場で降りた。今日は六日間の平和祭休暇のため、カーガーは家族連れやカップル、友達やグループ、それから融合獣連れの者もいたが、羅夢は見かけなった。

 レメダン街広場はジュナの住むラガン地区の真上にあり、地区南の六番街の中にあった。レメダン地区の街並みは細長の白い壁、切妻屋根の家が寄り添ったように並び、大通りはピンクの花こう岩でできた敷石の道、通りの脇は青い花こう岩のプランターの行列、プランターには水色のピルナの花や白や桃色のヒシス、黄色のロッカ、紫のネズパなどが色とりどりに植えられている。プランターの間には凝った作りの外灯が配置されている。人々は平和祭

初日のため、男も女も子供もどの種族も普段以上にめかしこんでいる。絹やバーべッタ素材の服は襟が大きかったり金糸縁がついていたりと様々だ。

「それにしても平和祭だからって、みんな着飾ってるな。どこもかしこも。それより待ち合わせ場所ってどこだ?」

「待ち合わせね……。六番街にある街広場はこの大通りを抜けたところに……」

 ジュナとラグドラグは大通りを歩き続け、広場に着いた。広場は上空から見ると八角形をしており、ジュナたちが来た東側からみると、広場の中心には大きな八角形の花時計、北は木々と芝のある公園、南の道は商店街になっており、店という店は昼食時の準備中になっていた。平和祭の仕入れや品ぞろえ、下ごしらえ中である。西の道の奥には白い四階建ての縹

色の切妻屋根の建物があった。エリヌセウス一の大きな図書館である。

「待ち合わせは花時計前って言ってたけどな。まだ来てねぇな」

 ジュナは広場にエルニオとツァリーナがいないか探し出す。

「来てねーのなら待とうや。探したら体力が尽きちまうよ」

 ラグドラグに言われてジュナは花時計のふちに作られた黒光りの石のベンチに座る。この通りという通りは皆同じように見える。人も建物も花も。セラン地区が和装に対し、レメダン地区は洋風――細かくいえばノルマロイド発祥の地のオーディニア大陸の街並みと同じである。

「平和祭かー……。今日からだもんね。ママも仕事が休みだって言ってたし。あっ、ラグドラグ、その時はいつもより豪勢なご飯が食べられるよ」

 ジュナが気楽そうに笑うとラグドラグは少し渋い顔をした。

「ジュナ。お前は平和祭はいつからあると思うか?」

「? 確か二〇〇年前に出来たんだっけ」

 二〇〇年前のこの時期に、ガルザイダ軍との戦争に勝利してから六日間、アルイヴィーナ人はこの六日間を平和祭を開いたことから平和祭休暇が始まったという。

「俺たち融合獣もその時に生まれたんだ」

「え? あ、ああ……。そうだったね。サグ星系ガルザイダ軍がアルイヴィーナのエネルギー鉱石を狙って戦争が起きて、敵軍を追い払うために融合獣が生まれた――んだよね?」

「そうだ。そして融合獣は何でできている?」

「えっと……。人工合成骨と速効再生筋肉、強化耐傷皮膚を始めとする人工組織と人工内蔵、動物の遺伝子とリンカイト……」

 ジュナは記憶を取り出して答える。

「じゃあ、融合獣(おれたち)の個体の性格は何からできているかわかるか?」

「え……? それは知らない……」

 ジュナは融合獣の性格は人間や動植物のように育った環境や教育方法で決まるものだと思い込んでいたが……。

「融合獣は人工組織の他に……」

 ラグドラグがそう言いかけた時、横から声が飛んできた。

「ジュナさーん」

 その声でジュナとラグドラグは振り向いた。すると広場の西側から二人と二体の姿があったのだ。エルニオとツァリーナ、羅夢とジュビルムである。ツァリーナトジュビルムはそのままであったが、エルニオは襟のついた白いベストと緑のアンダーシャツと七分丈のサックスのズボン、靴はボトルグリーンのショートブーツの姿。羅夢は髪に薄いピンクのリボンを両脇につけ、丈短の薄ピンクの和衣で濃いピンクのタボの花模様がついている。和衣の下は藤紫のひだスカートと細帯、靴は昨日と同じものだった。

「エルニオも羅夢も……。どうして一緒に……?」

 ジュナは二人はどうして一緒に来たのか訊ねる。

「駅構内で緑鳥を連れている人がいたので、エルニオさんだってわかりました。その後一緒に来たんです」

 羅夢が説明した。

「そうなんだ……」

 ジュナはメンバーが全員来たことを黙認した。

(それにしても)

 ジュナはラグドラグを振りむいたが、ラグドラグは首を振った。

(ラグドラグは何が言いたかったんだろう。羅夢が来たところで口をつぐんじゃって……)

 ラグドラグは大事なことを言うのはやめた。この楽しい平和祭には相応しくないからと。