2弾・6話 生きる糧



 エリヌセウス皇国エルネシア地方の南部、エルゼン地区内にあるピーメン川が流れる土地の近くに一軒の店があった。川は青く、さらさらと流れ、草が生えた土手には可愛らしい彩りの花を咲かせ、休日の晴れにふさわしい太陽が碧空を照らしていた。

 エルゼン区は主に商業区として扱われ、茶屋や料理店などの飲食店、衣料品店、家具屋などの店が建てられている。淡い色の建物の並ぶ店舗の中で、風変わりな店があった。

 二階建てでその上に小さな屋根裏部屋、屋根は半分だけの三角に水色のブロック、壁は砂浜のように白く、二階には四角い支柱のテラス、窓は四マスの枠で開閉式、テラスには『南国料理店・潮風』の看板が掛けられている。テラスの下は出入り口で、左右開きの窓で、黒板に『本日のメニュー』と『金・天・月定休日』とチョークで書かれている。

 この家の主の娘が顔を洗面所で洗っていると、父親が声をかけてきた。

「おい、トリスティス。すまないがエルセラにあるへヴィエナ農園から新しい野菜を仕入れに行ってきてくれないか」

「あ、うん。わかった」

 トリスティスはタオルで顔の水けをふくと、ヘアバンドで上げていた髪をおろし、朝ご飯をさっさと済ませると、ソーダーズと一緒に家を出た。

「今日は雨は大丈夫なようね」

 トリスティスは空を見上げて呟く。そして川へと行き、そこに停泊させてある小型水上船を町内共用の船置き場から出して押し上げて川に入れた。船置き場はピーメン川の土手に造られており、横長にコンクリートの枠で壁と屋根で雨露を遮り、船置き場の上は、貸し船屋兼釣り屋が設けられていた。

 トリスティスは船置き場の裏から入り、自分の家の小型水上船に乗り、エンジンをかけて発進させた。エンジンがドッドッと鳴り、トリスティスとソーダーズを乗せた船が発進して、ピーメン川の川下へと向かっていった。

船は小さいが六人まで乗れ、上から見ると五角形で屋根がないので空を見上げる事ができる。トリスティスとソーダーズを乗せた水上船は店が並ぶ景色から草原、森を超えて平地に同じようなドームが並ぶ土地に入っていった。トリスティスは船を止めると、鉄の鎖を近くの木に巻きつけ船を降りた。足を入れた土地は白い卵のような建物がいくつも建てられ、中には屋根が開かれたものもある。帯のように造られた窓にはいろんな人たちが何かを集めている光景が見られた。トリスティスはその一部に入る。

「こんにちはー」

 建物の中は細長い長方形の畑がいくつも並び、そこの労働者たちがサロペットと中シャツの服を着て、肥料や背中に背負った放水機で水やりをしていた。

「おお、トリスティス嬢ちゃん、来てくれたなぁ」

 この労働所の主である薄茶色の髪が禿げあがった頭にはなだ色の眼をしたガタイの良いノルマロイドの中年の男がトリスティスを見て、あいさつした。

「こんにちは、おじさん。これを仕入れに来ました」

 トリスティスは男に父親から渡されたメモを渡した。

「ああ、わかったよ。今詰めるから待っててくれ」

 ここは農園で、エリヌセウスでは開閉式の屋根付きドーム内に畑を作り、野菜や果物や穀物を育てていた。二、三〇〇年前までは畑や果樹園はそのまま地面に耕されていたが、台風や霜で作物が枯れたりしてダメになったりと被害が出ていた。そこで農林水産省がこのドーム型農園を造り、被害を大幅削減。晴れの時はドームを開き、雨や風や雷の時はドームを閉じ、太陽光をためた電光で育成していた。

 トリスティスはドーム農園の外で待っていた。待っていて一時間で農園主が木箱に箱詰めされた野菜を自動荷車に乗せてくれたのだった。自動荷車はリモートコントロール式で、農園主が遠くまでも操れるように動かせるのだ。

「ありがとうございます」

 トリスティスは農園主にシュア紙幣を渡し、頭を下げた。そして自動荷車で小型水上船のある川まで運び、箱詰め野菜を水上船の後部座席に乗せた。

「意外と多いっすね。水上船が沈んだりしやせんでしょうか?」

 水上船の見張りと留守番をしていたソーダーズが背中と尾びれと胸びれを使って箱を持ち上げながら言う。

「大丈夫よ、これくらい……」

 そう言って、トリスティスは箱詰め野菜五箱を水上船に乗せて、エルネシアへと帰っていった。

 トリスティスの父親は近所の八百屋で買えるエルネシア地方産の野菜や果物は使わず、よその地方の野菜や果物や穀物で調理したメニューを出していた。エルネシア産の作物は味が薄いためお客さんに出すメニューにしても不満そうであるからと、よその地方の、しかも味の濃いエルセラの野菜や果物を使ってメニューを作っていた。当然肉や魚も朱氏類のえさだけを与えたカセイム豚(ピゲン)とか海に近い地域の魚介類などと自国の味に近い料理を出すためにこだわっていた。

 トリスティスはエルネシア地方エルゼン区に到着すると、小形水上船を船置き場に止め、野菜をソーダーズと共に運んで、レストランの厨房内にある大型冷蔵庫に入れる。野菜の他にも極彩色の果物、冷凍庫に保管された大きな肉の塊や大小の魚が保管されている。

 学校休みの日のトリスティスは両親と共にレストランの調理や接待、掃除をし、昼食時間の七時半から九時半は大忙しだが、夕食時の十一時半まではフリーダムなのだ。

 今日のランチタイムが終わると、トリスティスは作業時の紺色のエプロンを四つ折りにして、ジュナの家に行こうとした。レストランの一階は机と丸椅子の二人席が六つ、四人席が五つ、カウンターには八人が座れるほどの内装で、食卓と椅子はすべて木製でダークブラウン、床と壁の下半分もダークブラウンで、壁の上半分は白く、南国の海辺や夕日、港町などの写真パネルが飾られている。

「おい、ジュナちゃんちにいくんなら、これ持って行け」

 厨房からトリスティスの父親が顔を出して言った。トリスティスの父親、ガイリーは浅黒い肌に筋肉質の長身、短く刈った金髪にトリスティスと同じラムネードの瞳、黒いTシャツと灰色のワークパンツの下には背中のえらと水棲人種の証の青い三本線が両肩と両ももについているのだ。母親は褐色の肌をした熱帯人種(ソルロイド)だが。

「あ、ああ。あれね。わかった」

 そう言ってトリスティスは父親から渡されたボール箱を持って、ラガン区のジュナの家に足を運んだ。

 この日はジュナの家でジュナとトリスティスと羅夢、そしてジュナの同級生、ラヴィエとダイナと遊ぶことになったのだ。しかし、ジュナの家に行く時、丁度二組の訪問が重なってしまったが、ジュナの名案で五人で遊ぶことにしたのだった。

「どっちかがキャンセルするより、大勢いの方がいいんだけどなぁ」

 心が広いのか人が好いのか、ジュナのおかげで五人はネイルアートやボードゲームを楽しんで、楽しい時間を過ごした。両方とも上手くいっており、夕方になるとみんな帰宅し、ジュナの母親がトリスティスが持ってきてくれた野菜で晩御飯を作ってくれたのだった。食卓の絵うにはサラダや汁もの、炒めご飯やメインディッシュのガクリと五香草

の蒸し鵝鳥(ガアコ)の肉が乗っている。

「おーいしーっ」

 ジュナの母親は葉菜ナラダと実菜テトマと根菜キャロとニーオのサラダを口にして叫んだ。

「そぉーか? お袋さん、俺ァ、どうもエルネシア産の野菜とどうも、味の区別がつかないんだが……」

 ラグドラグが葉菜ベッキャと根菜のスープを飲みながら言う。

「トリスティスちゃんのお父さんは料理人だけにどこの食材を使えばこんなにおいしいのかの区別がつくのね。エルネシア産よりもイケてるわよ。また分けてくれるかしら?」

 母親は苦いマンピと甘い粒コーロシの緑の玉粒ゲーイが入った黒米の炒めご飯を食べるジュナに訊いた。

「そりゃ無理だよ。トリスティス先輩が野菜を持ってきてくれたのは仕入れた野菜がたまたま、家の冷蔵庫に入らなかっただけで……」

「あら、そうだったの。でもトリスティスちゃんに言っておいて。『野菜をおいしく頂きました』ってね」

 親子二人と融合獣一体の楽しい休日の晩ご飯を過ぎていった。


 巨大な台形&階段状のダンケルカイザラントの司令室。その一番下の階層で、女性幹部ガルヴェリアは総統ダイロスに呼び出された。

「ダイロス様、お呼びでしょうか」

 オレンジの長い髪、露出の多い赤銅(コッパー)の服、白い肌に赤黒いバイザーのいでたちのガルヴぇリアは敬礼をとる。一番上の階層にはダイロス総統がいるのだが、厚手のスクリーンで顔や姿を遮っているので、シルエットしかわからない。

「ガルヴェリアよ、これをお前に預ける」

 すると、ガルヴェリアの前に中層の壁からロボットアームが出てきて、そのアームがつかんでいるビンをガルヴェリアに渡した。透き通った掌大のダイヤカットのビンは首は長く、中に薄紫色の液体が入っている。

「薬品……ですか?」

 ガルヴェリアはビンを振ってみせる。ビンの中でパシャパシャと液体が揺れる。

「ある実験をしてもらいたい」

 ダイロスが言ってきた。

「実験? 何の?」

「これは植物を怪生物にする薬液(ポーション)だ。これを植物にかければ、巨大化して根や葉は武器となり、人も動物も融合獣も襲う」

 ダイロスがガルヴェリアに植怪獣化液(プラントドンポーション)の説明をする。

「植物を怪獣に変えて町を滅させるというのですね」

 ガルヴェリアはビンを振りながら作戦を訊く。

「そうだ。但し、森などの植物の多い場所では薬液をまくと、無数の植怪獣が出現してお前まで襲うことがある。まだこれは実験段階だ」


 ガルヴェリアは一旦司令室を出て、モニタールームで実験にふさわしい場所を探した。長さ十五ジルク(一五〇センチ)横二十三ジルク(二三〇センチ)あるモニターを見ながら、その下のいくつもあるボタンやキーがある操縦板をいじりながら、エリヌセウス国内の地図を一地方一区ずつ調べる。

「ここもダメ。あそこもダメ。……もうっ、エリヌセウスってどうして自然が多すぎるのよっ。草地や森の中に街があるの多すぎっ」

 ガルヴェリアがカチャカチャと操縦板を叩きながら、実験場所を探し続けた。

「ガルヴェリア、何も街中や無人地帯でなくたっていい筈よ。これは〈実験〉なんだから」

 ガルヴェリアの足元で、一ジタン(二メートル)近い大きさの蟲翅族融合獣がモニターを見ながら、ガルヴェリアに言った。三つの節のある体は赤銅で腹は瓜のような形で、頭は大きな深緑色の目と直角型の触覚、口には大きなあごがハサミのようになっており、腹部とは反対の細い胴には六本の足、蟻型(ティンピア)融合獣のレノアリスである。レノアリスはあごをキチキチと音立てながら、ガルヴェリアにモニターを足指す。

「となると、どこがいいのかしら……」

 ガルヴェリアが呟くと、地図の中に街とは違った細かい映像が映った。エルセラ地方のドーム式農園を見つけた。映像には農業者たちが水をまいたり、肥料をまいたり、害虫駆除用の家畜鳥、ピッフェルに害虫を食べさせている映像があったのだ。ピッフェルとは顔は白く体は灰茶の首とオレンジの足と嘴が長い小型の鳥で、作物を喰う害虫が好物で、長年農業者たちの農薬代わりとして飼われていた生き物である。因みに鵞鳥(ガアコ)や鶏(コッケー)のような屋禽と違って肉は硬くてまずく食用にはならない。

「そうか、農作物を植怪獣にすればいいのね……」

 ガルヴェリアは農園の映像を見て、ここを〈実験場〉にすることにしたのだった。


司令を託された日の晩――といってももう深夜になっていたが、ガルヴェリアとレノアリスはエルセラ地方最北部カラクル区のへヴィエナ家が所有している農園に潜り込んだ。育てる作物によってドームで覆われ区切られた夜の農園は何もかも漆黒に包まれ、空には人工月と白銀の自然月と砂金のような星々が光源である。更に古代と違って、作物泥棒や畑荒らしの動物が入ってこないので、ドームに入るには暗号を入れる数字ボタンを入れなくてはならない。

「さてと」

 ガルヴェリアは移動用の小型機動船を降りて、穴掘りが得意な蟲を模したレノアリスが造った地下通路を通って、この二方は農園のドーム内に入り込むことができた。夜のドーム農園は暗かったが、ガルヴェリアの装備しているバイザーの暗視モードで内部の構造が分かった。

「どうやらここは緑の長い葉がいくつも飛び出ている。どうやら根菜のようね」

「いいから早くポーションをまきな」

 レノアリスに言われて、ガルヴェリアは畑の一部にポーションを一たらしまいた。ここだけでなく、葉菜や実菜、芋や豆の畑にも地下から侵入して、ポーションを一たらしずつまいたのだった。

「そんじゃー、後は機動船で様子を見ますか」

 ガルヴェリアはそう呟くと、地下通路を通って農園とは別の場所に停めてある機動船のある所に戻っていた。


 翌日、へヴィエナ農園の主人と息子たちが朝の農業をしにドーム農場にやって来た。農場での朝は夜明け前の三時半に起床し、薄暗いうちから作業を始める。農業者たちがドームに入ると、あり得ない光景が目に映った。

「ああっ!!」

 畑の土は全て掘り返され、無残に抜かれた根菜がばらまかれており、割れていたり踏まれたように潰れていたり、更にはドームの壁に壊された痕があった。

「なっ……、作物泥棒か? いや、昨夜は壁を壊す音やその機械音なんてしなかったぞ? でも、何で……」

 へヴィエナ農園のみんなは他のドームも覗いてみたが、どの野菜も無残になっており、ドームには壁が壊されている痕があった。

 へヴィエナ氏は警察を呼び、何十人ものの警察官が農園を調べた。警察の調べによると、ドームの壁は内側から壊されたことが判明した。どのドーム農園にも人が内部に取り残されていた形跡はなく、ましてやレノアリスが通った地下通路も塞がれていたのだ。その時、他の農場からの通報が知らされた。

「警部、大変です! 他の農場から通報が来ました! 怪獣が農場を襲っているとのことです!」

 若い警官が壮年の警部に言った。

「何だと? 怪獣? 被害状況は?」

「はい、その怪獣は他の農場の作物を吸収しているとのことです!」

 数人の警官が携帯モニター映像を運んで来て警部やヘヴィエナ一家に見せた。映像には他家のドーム農園の野菜や穀物を奪って吸収して少しずつ大きくなる怪獣の姿が見られた。その怪獣は足は根っこ、無数の豆のような蔓が触手となっており、胴体は巨大なテトマのような朱色で首は二つの首の黄緑の矢印のようなキャロのようで口先が半分に割れており、まさに菜怪獣であった。人々は逃げまどい、怪獣は触手で野菜や穀物を引っこ抜いて、口に入れてさっきよりも一回り大きくなっていくのだ。

「この怪獣を始末するために、カラクル区を閉鎖させる! 住民は近隣区に避難! 部外者は一切入れるな!」


 その日の午後、エルセラ地方全地域とエルセラ北部の近隣にカラクル区進入禁止令が出された。もちろん、トリスティスの父親もトリスティスも知ったのだ。昼食時のテレビニュースで。

 エリヌセウス上級学院では昼食時に教室内のモニタースクリーンで娯楽用のアニメーションを観たりすることがある。そのアニメの途中でニュース映像に映り替わった。

『エルセラ地方カラクル区で怪獣出現! カラクル区住民は近隣区に避難。周辺区民は進入禁止』

 もちろん、全てのクラスにこの映像が流れ出たのだった。その映像は町が灰色の軍服とベレー帽を身に付けた軍兵と緑の迷彩服を着た衛兵、そして濃い青の制服を着た警官が住民たちを四角いコンテナのついた軍用浮遊車に乗せて他区へ運び、更にカラクル区と他区をつなぐ道や川を鎖で封鎖した。

 自身の教室で昼食を食べていたトリスティスは水筒のキャップを落とし、中のお茶が机上を濡らした。

「どーしたのよ、トリスティス」

 一緒に昼食を食べていた同級生、ブレザロイドのリーフ・グレートが訊いてきた。リーフは金髪のウェーブヘアをうなじの所で束ねており、オリーブグリーンの瞳をトリスティスに向ける。

「およっ? ここって確か、トリスティスのパパさんがごひいきにしている農場の近くじゃないのぉ?」

 同じく級友のソルロイド、バリア・エストパレスが訊いてきた。バリアは浅黒い肌と大きな杏色の瞳と象牙色のボブカットに小柄な背が特徴の女の子である。

「う、うん……。でも、怪獣って……」

 トリスティスが呆然としていると、彼女の脳裏にアレが浮かび上がって来た。

(ダンケルカイザラントのブレンダニマ……!?)


 一方、カラクル区では警官、地方自衛隊、国内軍兵が怪獣と戦っていた。隊支給のレーザーライフルを放ったり、空中じゃなく地上を移動する砲台付きの戦車(パンツァー)の弾丸を放ったりと攻撃を繰り返していた。しかし怪獣は触手がちぎれたり、体に孔を空けられても触手は失った部分から新しい触手が再生して出てきたり、孔は空いてもすぐ塞がってしまうのだ。

「きっ……、キリがありません、大将!!」

 自衛隊の衛兵が大将の男に言った。

「ううむ、このままでは我々の命も危うい……」

 その時、怪獣が攻撃を繰り返してくる兵の方に向かってきた。兵士たちは一目散に逃げ、怪獣はその巨体で戦車を押しつぶし、戦車はドンッと音を立てて大破した。

「ウッフフフフフ……。まさかほんの少しのポーションだけで、あんな怪獣を生みだされるなんて」

 組織の小型機動船を迷彩形態(カモフラモード)にし、カラクル区の上空からガルヴェリアとレノアリスは高みの見物をしていた。コクピットの窓をモニター化させて、実験の成功を観察していた。怪獣は戦車を押しつぶし、草地を這って進んだために芝生は荒れ、木々も倒され、兵士たちは逃げまどう。そして封鎖の鎖のあるピーメン川に行き、鎖を壊して川上に進んでいった。

「い、いかん! このままではエルネシア地方の南部に行ってしまう! 被害をふさがなければ!」

 その様子を見ていた大将は、全兵士にエルネシア地方に移るように指示した。


「すみませんね、ガイリーさん」

 夕方の『潮風』で、へヴィエナ農園の一家がトリスティスの父親が作った料理を食べながら感謝の言葉をささげた。カウンター席には、トリスティス父が作った料理が並んでいる。赤み魚と白身魚のスライスをクシュンという辛い実を粉にしたのとカンキツ系の酢であえた料理スエラ、根菜の葉っぱだけ与えたペッぺラ牛の蒸しスパイススライス、四色豆のかゆ、中身が桃色の南国パプキととろみのあるノッポイモのスープ、大きな玉菜をくり抜いて器にしたサラダ、デザートは紅いパシュパと黄色いパンプルと薄橙のゴーマの果肉で作ったブバリィ(冷え菓子)である。

「いいてことよ。食べてくれた方がありがたいし」

 トリスティス父はヘヴィエナ氏に言った。へヴィエナ一家は夫婦二人と息子と娘が二人ずついて、子供たちはみな学校に行きながら農業を手伝っている。一番上の長男は十四歳、一番下の娘は六つである。へヴィエナ夫人は黒髪に橙の眼のノルマロイドの女性で恰幅が良く、子供たちは少しずつ両親の特徴を受け継いでいて、髪や目や顔立ちも少しずつ違っているのだ。一家は現在エルネシア地方エルゼン区内の公立初級学校の体育館で避難中である。本来なら避難先で軍兵から支給されるレトルト食品やブランケットで寝食をするのだったが……。

「父ちゃんの育てた野菜でご飯作ってくれる人のご飯食べたい」と末娘が言ったのがきっかけで『潮風』に来たのだった。

「それにしても、農園が荒らされたら、あんた達はどうするんだ? うちは飲食店だから、他の野菜を買ってなんとかできるけど……」

 トリスティスの父親がそう言うとの同時に、町に警報のサイレンが鳴った。

「な、何だ!?」

 町の住民も避難先の人間も、そしてピーメン川の小形水上船置き場で船の洗浄に行っていたトリスティスとソーダーズが警報に傾けた。

『エルゼン区の皆さんに通報します。カラクル区に出現した怪獣がこっちに向かってきています。近くにいる川は急いで避難してください。繰り返し致します……』

 町の至る所にあるスピーカーから緊急放送が流れてきた。トリスティスとソーダーズが南の方を見てみると、農園の植物を吸って成長した怪獣がやってくるのを眼にしたのだった。

「あっ、あれは……!! もしかして昼の放送の怪獣でありやしょうか!?」

「そうかもしれない……。国軍がいくらかかっても倒せないのなら……。行くよ!」

 トリスティスとソーダーズは融合して、鋭角さを持った水色の融合闘士となり、ピーメン川に潜って、怪獣のいる方角へと進んでいった。


 晴れていた空は灰色の雲に包まれ、空も呻り声を出し、夕立が降ってきたのだ。ザアア……と雨音が地面や水面に響いた。しかし水棲系融合獣と水棲人種の融合闘士のトリスティスにとって水のある場所は有利であった。川から這いあがったトリスティスはま近で植物怪獣を見た。両者が遭った場所はエルゼン区の町はずれの原っぱと土手であった。

「こいつをやっつけないと」

 トリスティスは植物怪獣に立ち向かった。両腕に装備された剣を怪獣に向けて突き刺してきた。その時、ガルヴェリアの乗っている小型機動船の映像画面に植物怪獣に立ち向かうトリスティスの姿を目撃した。

「あれは……。でもたったひと組で、この怪獣には勝てないわよ」

 そう言って両者の戦いを見物することにした。怪獣に突き刺してきたトリスティスは反対に怪獣の触手に弾き飛ばされ、草地に転がった。雨で濡れた地面が泥となり、トリスティスの体を汚した。

「うぐっ……、結構強い……」

 トリスティスが手で顔の泥をぬぐうと、他の触手がトリスティスに向かってきた。鞭のように叩きつけ、トリスティスの体が大きく跳ねた。

「そんなことをしたって無駄無駄。実験は成功、でも被害防衛は不可ね」

 ガルヴェリアがライブ映像を眺めながら呟いた。

「こーなったら、激流斬波(マリニード・カリバー)でぶった斬るしか……!」

 トリスティスが空気中の水分を集めて水の大剣を出そうとした時だった。触手が大きく振りかぶろうとしてきたのだ。

(やられる!!)

 そう思った時だった。空から風の気圧で造られた銃弾が怪獣の触手を吹き飛ばしたのだった。トリスティスには誰がやったのか、わかった。空の上にはツァリーナと融合したエルニオ、ラグドラグと融合したジュナ、そのジュナに連れられたジュビルムと融合した羅夢が現れたのだった。

「みんな

 トリスティスは叫んだ。ジュナは羅夢を地に降ろし、エルニオは尚も両手の銃で空気圧の銃弾を撃ち続けた。

「何でここに?」

 トリスティスがジュナに訊くと、ジュナは答えた。

「さっきテレビのニュースで怪獣がエルネシアに来たっていうから、もしかしてと思ってやってきたの」

「ブレンダニマ、かと思ったらお化け怪獣だったとは知りませんでしたぁ」

 羅夢が言う。

「ありがとね。そんじゃあ、反撃開始よ!!」

 トリスティスが叫ぶのと同時にジュナと羅夢も怪獣に攻撃する。エルニオは銃で空気圧弾を乱射し、ジュナは結晶のつぶてを飛ばす竜晶星落速(クリスタル・スターダスト)を出し、結晶のつぶてが怪獣の体を貫いた。羅夢は花びら爆弾、梅花爆弁(ブルーメン・ボンバティエ)を放ち、怪獣のバランスを崩し反撃をふさいだのだった。そしてトリスティスが激流斬波(マリニード・カリバー)を出し、巨大な水の剣で怪獣を真っ二つにしたのだった。真っ二つになった怪獣は体が急激に干からびて粉々になり、風化したのだった。

「や……やっつけた……」

 みんなはその場で立ち尽くした。そのうち雨がやみ、琥珀と紫に染まった空が現れた。その時、空から何かが降ってきた。硬いものだが雹や霰ではない。それは種であった。細いのや丸いの尖ったのや四角い種の雨がカラクル区とエルゼン区外れの荒れ地に降り注いだのだ。

 怪獣がやられたのを知ったガルヴェリアは機動船でエリヌセウスを出ていった。

「負けてしまったか……。でも、ユリアスが言っていた四人と、研究成果が見られたからいいわ」


 怪獣が倒された日の夜、再び雨が降った。種の雨が降って種が植えられた場所に奇跡が起きた。

 カラクル区の荒らされた農場や草地、エルゼン区の町外れの空き地に、たくさんの巨大な野菜や穀物が成ったのだ。大きいというのは平均より二回りというのではなく、何と、二、三ゼタン(四〜六メートル)もある巨大な作物であった。

「これは神様からの授かりものだ。これで何ヶ月かは食べ物に困らない」

 農業者も住民もみんな大喜びであった。そしてその巨大作物の種で、カラクル区の農業者たちはもちろん、ヘヴィエナ一家もこの種で農業の仕事が助かったというのだった。