ダンケルカイザラントの本拠地の出入り口で緑鳥型の融合獣ツァリーナと融合したエルニオ、黒い獣型融合獣と融合した幹部ユリアスが戦っていた。 エルニオは喉元契合石に手を当てて緑鳥の頭部が付いた二丁拳銃を出して銃口から風のエネルギーの弾丸、翡翠風銃弾(シルフィードブラスター)を撃ち放つ。緑色の風の弾丸はユリアスに真っ直ぐ向けられてくるが、拳から黒い稲妻、黒狼雷閃(ダークネスサンダライズ)を撃ち放ったユリアスはエルニオの攻撃を防いで、風と闇が弾け散って緑と黒の硝煙が辺りに漂う。 「お前……。以前出会った時と違って攻撃が増していないか?」 ユリアスがエルニオが自分たちと戦った時のことを思い出して尋ねてくる。ダンケルカイザラントの首領、ダイロスに命じられてユリアスたち幹部はエリヌセウス皇国エルネシア地方の孤児院『集いの家』の子供たちをダンケルカイザラントの人材として連行していく途中の臨時基地で追いかけてきたジュナたちと対戦した。五ヶ月半前と比べて、あの頃のジュナたちは成長段階の実力で、幹部たち三人よりも低かった。しかし、謎の融合闘士の登場で『集いの家』の子供たちは連れて行くことができず、しかもやむを得ず臨時基地を処分したためにその任務は中止になってしまったが。 「僕たちだってただ学校に行って勉強したり、友達と戯れていたり、家族と寝食を共にしている訳じゃない。その合間に体を鍛えたり融合獣と融合しても長くいられる訓練をしてきたさ。 融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)の訓練と本番、ダンケルカイザラントからやってくる融合闘士との戦いを得て、ここまで来たんだからな!」 エルニオはユリアスに視線を向ける。 「それは立派だな。褒めてやろう。だがしかし、それと引き換えにお前たちは代価を払った」 ユリアスはそう言いながらエルニオに両手から黒狼雷閃(ダークネスサンダライズ)を放ち、さっきより二倍の黒い電撃がエルニオに走ってくる。それを察したエルニオは気づいて、緑色の風のエネルギーを両手に込めて竜巻を放つ豪風昇拳・双(ダブルテンペスターブロークン)を放ち、竜巻が電撃を弾いた。再び黒い稲妻と翠の風が爆ぜる。 「日常だ。お前たちが融合闘士として強くなった代償として、お前たちは一般人を巻き込んで学校にいられなくなり、追い出されて家も捨てた。 代価というのはそういうものだ。戦争だって数千数万の命と引き換えに平和が訪れる。 お前たちは学校の歴史の授業でそう学んだはずだ!」 ユリアスが見下すようにエルニオに言った。戦いには犠牲がつきものという風に。 エルニオは沈黙していた。ユリアスの言っていることはあながち間違っていない。自分たちは確かに融合適応者でないダイナ=タビソを自分たちとダンケルカイザラントとの戦いに巻き込んでしまった。その火種は日増しに大きくなっていき、エルニオたちは学校を追い出された。ダイナを危ない目に遭わせてしまったことには悪く思っている。学校のみんなから非難や糾弾されても仕方がないと思った。 しかし、今のエルニオには自分がどうあるべきかがそこにあった。 「……確かに僕たちの行為や行動には良くないと思っている輩がいたからそれは当然かもしれない。 ダイナを巻き込んでしまったのは事実だし消すこともできない。 でも僕やジュナたちは後悔したり、非難が消えるのを待つだけでなく、自らここに来たんだ!!」 エルニオの本心を聞いて、エルニオと融合しているツァリーナも賛成した。 「あなたなら、そう言うと信じていたわ……」 エルニオの言葉を聞いて、ユリアスが鼻を鳴らした。 「ふん、その我慢ぶった発言、いつまでもつかな?」 ユリアスと融合しているヴォルテガがユリアスに言った。 「ユリアス、早いとこあいつを倒して、融合獣の契合石を奪おうぜ。融合獣ってのは性格になる人間の情報と契合石さえあればいいんだからよ」 「そうだな。では片付けるとしよう」 ユリアスは一気に瞬発してエルニオに鋭い赤黒い爪を生やした手先を伸ばしてくる。それを察したエルニオは拳銃を交差させて防ぎ、ユリアスの突きを受けずに済んだ。だがユリアスには爪先にも鋭い爪があり、エルニオの左ひざから右すねを大きく引っ掻いた。 「ぐあっ……!」 両脚を傷つけられてエルニオは叫び、どさっと廊下の床に落ちる。しかし融合獣には人工生体パーツの塊で急速再生皮膚組織や強化骨格などで形成されているため傷の治りは早く、先程ユリアスに傷つけられた左ひざと右すねも瞬時に塞がった。 「くそっ……!」 エルニオは治ったばかりとはいえ、痛む両脚で立つ。と、その時にいつの間にか背後にユリアスが回っていてエルニオは右手に闇の波動を溜めて放つ黒狼撃滅破(ダークネスドゥーミング)を受けて廊下の向こうの出入り口から約二〇ゼタン奥に飛ばされる。 「ぐうっ……」 エルニオはうつ伏せに倒れて空を飛んでいる時に狩人に撃たれた鳥のように伏した。 「確かにお前は五ヶ月半前と比べて強くなっていたよ。それは物理的な意味でのことだ。 我々ダンケルカイザラントの者はここに来てから強くなっているんでね。時間をかけて学ぶお前たちとは違って……」 ユリアスはつかつかと歩きながらエルニオに言った。 「それは……身寄りのない子供や障害持ちの人や、浮浪者を連れてきて衣食住の他にダンケルカイザラントへの忠誠を与えているんだろう……?」 エルニオは半身を起こしながら言い返す。 「そうだ。その者たちに居場所を与えた。役割を与えた。以前より強い体を与えた。それの何が悪い?」 ユリアスは自分たちは恵まれない者たちに幸福を与えているかのように振舞う。 「ツァリーナ、お前も融合獣ならわかる筈だ。俺たち融合獣は死んでいくはずだった人間で、新しく生を与えられたことを……」 ヴォルテガがツァリーナにさとす様に言う。確かに自分たち旧アルイヴィーナの兵士だったが、瀕死の重傷を負った時にある科学者から選択を迫られて生きることを選んだ。そのためか不老不死の人工生命体、融合獣になってしまったが……。 「俺もかつては身寄りがなかった……。あの日から」 ユリアスは淡々とエルニオに語り出してきた。ダンケルカイザラントに入る前の自分の生い立ちを。 ユリアスの幼名はアンジューリ=キアスというガイアデス大陸内の某国の多方人種(ノルマロイド)の少年だった。 生まれて間もなく孤児院の門前に捨てられており、明確な本名な両親や誕生日などは不明。アンジューリ=キアスの名は院長先生が付けた名前で旧アルイヴィーナの宗教改革を行(おこな)った僧正の名前から取った。 アンジューリは子供の頃から運動神経が優れており、上級学校に通う頃には地方内の大会で七年連続優勝し、武闘大会にスカウトされる。その武闘は手と足と投げで闘うテクノアーツ。テクノアーツの才能に長けたアンジューリは上級学校卒業後にプロの武闘家になり、その収入は自分の育った孤児院や他の孤児院に寄付をしてきた。 富と名誉を得て社会貢献するも、アンジューリの才能を妬む者も少なくなかった。サイバネットの掲示板による誹謗中傷や身に覚えのない悪い噂、先輩武闘家の営む運動用品店での横領の疑い。アンジューリは最初はやったかどうか思い出そうとするも記憶がなく、次第に周囲の視線が恐れと疑心に満ちていることに感じていく。テクノアーツの選手になってから二年余、アンジューリの嫌がらせの主犯が実は五年上の先輩でしかもアンジューリの横領の疑いがかけられた時に庇ってくれた相手だったことを知ると、今まで耐えていた我慢が昂ぶってきた。今度の武闘大会で数ヶ月は動けないほどのケガを追わせてやろうと仕返しを考えた。 そして数千人の集まるスタジアムの上で嫌がらせの主犯の先輩武闘家とぶつかった。その先輩と対戦するまでに加減していた力が今までの我慢の募りが解放されて殴り蹴り投げつけていった結果、先輩は動いていなかった。 急変を察したレフェリーが先輩の息と心音がないことを知ると、救急を呼んだ。先輩は脳出血と内臓破裂が死因で帰らぬ人となった。 アンジューリは先輩武闘家を殺した犯罪者として世間から糾弾された。被害者遺族に多額の慰謝料を払い、専属事務所を解雇され、自分が育った孤児院も殺人者の出身地として潰され、テレビ番組や新聞、芸能情報雑誌、サイバネットの事件掲示板に大きく取り上げられて非難された。 アンジューリは残った僅かな現金と衣類を持って安い賃貸アパートで過ごし、工事現場などの日雇いの仕事で日銭を稼ぎ、素性がばれると給料受け取りの翌日に退職届を出してあちこちを移動していった。 武闘界を追放されて一年近くのある日、アンジューリは世間のほとぼりが冷めた頃だと感じて何かの定職に就こうと考えた。そのためにはまず役所に行って家賃が極端に安い公営住宅に空きがあるか尋ねに以降とした処、役所に一人の気の荒い男が押し入ってきて左手に廃油の入った大きめの缶、右手に使い捨てライターを持っていたのだ。この男は妻が愛人と逃げて友人と思っていた相手から借金を押し付けられて新しい職も見つからないまま役所からも失業者年金も出してくれない自暴自棄のあまり、役所で死んで役所の奴らに後悔させてこようとしてきたのだ。役所員も他の来訪者もそれを見てパニックになり、中年の女子役員が警察を呼んだ。 アンジューリは自分と同じ境遇の哀れな男を止めようと説得した。 「お前に俺の何がわかる!」 男はアンジューリのそう言ったが、アンジューリは何とかして男の手から廃油とライターを奪おうとした。その時エントランスから何人ものの力のある警察官が駆けつけてきて男は警官たちに押さえつけられた拍子に廃油とライターが手から離れて床にこぼれた廃油と着け始めの火がついたライターが引火して爆炎が発生した。 役所の一角が破壊され、男を止めようとした警察官たちと近くにいた役所員が重傷を負い、他にも軽傷者が多数、男とアンジューリは大やけどで死んだ。 しかしアンジューリは生きていた。男と共に病院に運ばれて「死」が確定された後、男は死んでいたがアンジューリは体こそは仮死だったがかろうじて生きており、その後はアンジューリの親戚と名乗る男がアンジューリの死体を引き取ったという。自分の一族と同じ墓に入れてやりたいと病院に告げて。 その後アンジューリは急速再生皮膚組織や強化骨格、特殊な人工心肺などで蘇り、ダイロスと名乗る男がアンジューリの親戚として彼の体を引き取り、傷ついた体を人工生体パーツに換えてアンジューリは復活した。 ダイロスは姿こそは見当たらなかったが、アンジューリが寝ていた灰色の壁と床の天井の狭い空間の小さなスピーカーから声が聞こえてきたのだ。 『ダンケルカイザラントの幹部として仕えるのなら喜んで迎えよう』 アンジューリは黒い上下の長衣を纏っていた。そして素顔を隠すために赤黒いバイザーを目の上にかぶせた。名前もユリアスと変えて。 「俺は一度死んで生まれ変わった人間だ。融合獣のようにな」 ユリアスの語る生い立ちを聞いてエルニオは口をつぐんだ。恐ろしくも悲しいと思った。しかしエルニオは首を横に振った。 「いくら死にかけて甦らせてもらったからといって……、ダンケルカイザラントに従っていい訳がない! こんなことはもうやめて、罪を償ってほしい!」 エルニオの訴えはユリアスの心には届かなかった。 「まだ俺に説教する気か! もう俺にはダイロス様の忠義しかない!」 そう言ってユリアスは両手に漆黒の闇の波動をまとわせ、両手を伸ばして放った。 「黒狼牢空間(ダークネスプリズニング)!!」 闇の波動がエルニオに伸びてきて、エルニオは球体の闇の牢に閉じ込められる。 「くそっ……!」 エルニオは丸い闇牢に閉じ込められて出ようとするが、思っていたより狭く手足も伸ばせず翼も広げられない。更にユリアスは左首筋の真紅の契合石に手を当て、そこから赤黒い三日月を思わせる太刀を出してくる。 「深闇斬刃撃(ヘルダークレイド)!!」 ユリアスは太刀を振るい、黒い獣の爪のような闇の斬撃をエルニオに向けて放ってきた。 「うわぁ!!」 エルニオは闇の斬撃を受けて両翼と胴体の中心に思いっきりダメージが入り、闇の牢が砕けてエルニオは再び廊下に倒れる。翠の羽毛がハラハラと舞って闇のかけらと対になるように散らばる。 「うぐ……ぐ……」 エルニオは傷つくもすぐ傷がふさがり立とうとするも戦いで疲労のためか足がふらつき目眩を催す。 「エルニオ、大丈夫?」 エルニオと一体化しているツァリーナがエルニオに尋ねる。 「大丈……夫だ……。僕は絶対に……」 (負けない。そして大事な人たちや場所を守るんだ) するとエルニオの中の契合石のかけらが仄かに輝きを帯び、エルニオの全身に力がみなぎってくる。 「これで止めだ」 ユリアスは太刀に闇の波動を込めて垂直状に振るってきた。さっきよりも巨大な斬撃がエルニオに向かって放たれてきて、ツァリーナはもうダメかと思われた。しかし、あと一歩の処でエルニオの中の契合石が眩しい位に閃光を放ち、エメラルド色の光が発せられる。 「何だと!?」 ユリアスはヴォルテガと一体化している肉眼でその変異を目にする。 光がおさまると緑色の羽毛に白と金のディティールが入り、緑色の翼が四枚もある姿に変わったエルニオがいたのだ。 「これがイリューネが言っていた融合闘士の超変異……!!」 ユリアスとヴォルテガは一目見て驚くも、両手に闇の波動をためて放つ黒狼撃滅破(ダークネスドゥーミング)を出すが、超変異を遂げたエルニオは両手だけでなく両足首に風をまとって緑色の竜巻を起こす豪風昇拳(テンペスターブロークン)の上位版を放ってきたのだ。 「豪風昇四柱(テンペスタークワトロナード)!!」 エルニオが放った四つの竜巻はユリアスの闇の波動をかき消し、ユリアスは新しい闇の斬撃や稲妻を放つも、エルニオは次々に体を回転させて羽の矢を飛ばす旋風羽矢陣(ウィンディーズエアダスト)や緑色の気流を操ってユリアスの出した闇の波動や稲妻を気流で包んで拳で弾き返す翠気梱包返撃(エアゲージパッキング)を発動させて、ユリアスとヴォルテガは押されまくっていた。 (これが融合闘士の超変異……!! 投薬や機械化手術で強化された我々ダンケルカイザラントよりも能力が上とは……) ユリアスはもう体と意識がついていけなくなっていた。不幸な過去を礎にしつつも、ダイロスに助けられて新たな命と力を授かった自分が、平凡で特技があるだけの普通の少年に押されていることが信じられないと思った。 「だったら、あいつの契合石をえぐり取ればいい……!」 ユリアスは太刀を持ち直し、左手でエルニオの体を押さえつけて壁に叩きつけて右手に持った太刀でエルニオの喉元の契合石をえぐり取ろうとした。契合石を砕かれたり抜かれたりした融合獣は生命源である契合石が失くなれば死ぬ。融合獣と一体化したままの人間も融合獣もろとも死ぬだろう。 「俺の、勝ちだーっ!!」 ユリアスが叫んだその時だった。エルニオの四肢から緑色の風がまとわりつき、先程よりも強い風を出してきた。 「翠風鋭刃(エイリアル・スラッシャー)!!」 エルニオの四肢から強力な風が発せられ、ユリアスは吹き飛び、更にユリアスの両肩と両腰が斬り裂かれてユリアスは反対側の壁に叩きつけられて、壁が人型に凹んでユリアスはひれ伏した。ユリアスの右頭部の近くに太刀が突き刺さってユリアスは自身の敗北とエルニオの強さと神々しい姿を目にして全身で感じていた。 「止めを……刺せ……」 荒い息を吐きながらユリアスはエルニオに言った。だがエルニオは何もしなかった。 「それは出来ない。何故なら僕は普通の人間で神様じゃない。あんたには罪を償ってもらう」 それを聞いてユリアスは軽く笑うと、ヴォルテガとの融合を解除した。闇の波動に包まれるとユリアスと融合獣ヴォルテガに分離してヴォルテガは瞼は閉じているが生きている。ユリアスは懐から小さな瓶を出し、中身の黄色い液体を震える手で開けて中身を飲み干した。 「ぐふっ!!」 ユリアスは口から血を吐き出し、エルニオがそれを見てユリアスが毒を飲んだことを気づくと、ユリアスの体を支えた。 「な、何でこんなことを……!」 「罪を償え、と言ってきたが、もう俺には人間の心なんてないんでね……。あるのはダイロス様への忠誠のみだ……。生き恥を晒すくらいなら……ダイロス様に従うまま終わらせる……」 肩で息をしながらユリアスは自決の理由を語った。 「そ、そんな……」 エルニオはそれを聞いて引くも、ユリアスはヴォルテガに指をさす。 「どうせならヴォルテガは連れて行ってくれ……。あいつには新しい適応者が授かる……」 そう言ってユリアスは事切れた。身寄りのない者を連れっ去たり、裏切り者を始末し、多くの悪事を犯してきたユリアスだったが、彼が悲しい過去を持ち、悪として生きるしかなかったと知るとエルニオは流石に憎む気持ちが弱まった。 「ダンケルカイザラントになっていなかったら、どんな生き方をしていただろうか……」 エルニオはユリアスを見て呟いた。そして踵を返すと、急いでジュナたちと合流しようと翼を羽ばたかせて前進した。 しかし途中の兵器開発場の前で超変異の代償としての力の大量浪費と体の負担がかかってきて、エルニオは膝まづいた。 ツァリーナはエルニオと分離してエルニオの壁の角に座らせた。 「エルニオ」 「大丈夫だ。盛大に疲れただけ……」 エルニオはかすれ声を出しながらツァリーナに言った。 (僕はここで止まってしまうけど、ジュナたちがダンケルカイザラントのボスを泊めてくれる。そう信じているよ……) エルニオはどっと疲れが出て、まぶたを閉ざして眠りに陥った。 |
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