5弾・8話 日常の変異とトリスティスの超変化



 ダンケルカイザラントの司令室、中段に幹部と彼らの融合獣、下段に蟲翅族の融合獣、黒蝶(スピゲルト)に似たスピゲルト、ユリアスと同じ黒いトップスとミニスカートとニーハイブーツの女、短めの黒髪を野獣(ワイルド)カットにした白い肌に金茶の眼のイリューネがひざまづいて幹部たちに伝える。

「私がダンケルカイザラントに反するエリヌセウス国の融合闘士(フューザーソルジャー)の一人を我が夢幻空間(ファンタジュリオン)に閉じ込めた処……、相手の体に異変が起き以前とは全く違う姿になったのでございます」

 イリューネは自分が倒そうとした相手によって逆に打ち負かされたことを報告した。

「……それでおめおめと逃げ帰ってきたという訳か……。しかしお前の処罰はあの方が決める」

 イリューネの上官であるユリアスがよって上段のスクリーン越しに映るシルエットだけの首領に視線を向ける。

「イリューネ、スピゲルト、お前たちは確かに反者に負けて逃げ帰ってきた。しかし、相手の状況を伝えたことで軽減してやろう。お前は派遣士から本拠地の守備兵にする」

 重たく沈んだ首領の声が上段から聞こえてくる。

「ハッ、ありがとうございます」

 イリューネとスピゲルトは首領に恭しく頭(こうべ)を垂れた。そして首領は三幹部の一人、巨漢のマレゲールを指名する。

「今度はお前の部下をエリヌセウス国エルネシアに送れ。もしかしたら翠の融合闘士(フューザーソルジャー)だけでなく、他の融合闘士(フューザーソルジャー)にも変化が起きるかもしれぬしな」

「……御意」

 マレゲールは静かに応える。


 エリヌセウス国エルネシア地方の国立エリヌセウス上級学院。すり鉢状の地に建てられたクリスタルアークル材の建物には種族も国籍も異なる十一歳から十七歳までの子らが通い、また個人の能力に合わせて二十以上の学科が設けられている。通学路の街路樹や高低の庭木の葉っぱはすっかり赤や黄色や茶色に染まり、一枚ごとに枝から散って石畳や瀝青の地面に落ちていた。落ち葉は下水路に詰まって事故を起こす可能性があるため、街の清掃員が定期的に取り除いていた。

 電線や枝に泊まる鳥も灰色や茶色の地味色の鳥が多く、虫の鳴き声も次第に減っていった。教室の中では階段状に造られた席、授業の内容を映す巨大モニターと教壇。生徒たちは授業・学習用の端末であるミニコンピューターに今日の授業内容を入力していた。

 機工学科の四年であるエルニオも本日の授業内容であるレイアウトやら設計図のモ社に励んでいた。

「今日の授業はここまで」

 先生の声と同時に授業終了の音楽がスピーカーから流れ、生徒たちは起立と礼をする。

「ありがとうございました」

 その後は自分の担当する場所に分かれて掃除、帰りのHRを終えて教科書や端末を通学バッグに入れて帰宅したりクラブや委員会に行こうとしたところ、廊下から声が飛んできた。

「ちょ、何なんですか!?」

 エルニオのクラスの担任のソラス先生が誰かに声をかけられたのだ。

「エルニオ=バディスってどの子ですか! 会わせて下さい!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。すまない、エルニオ。後で会議室に来てくれ」

「……?」

 エルニオはソラス先生に言われ、教科書や端末をバッグにしまうと、先生に言われるがままに教室を出て、会議室へと向かった。


 会議室はエリヌセウス上級学院の一角にある教員たちが今後の学校行事や生活問題を討論し合う場所である。生徒だけでなく学科の数でも教師が多いため、教室二個分の広さでやはり巨大モニターと四段の階段状の石が東西南に設置されている。

「し、失礼します」

 エルニオがソラス先生に言われて会議室に入ると、そこにはジュナ・羅夢・トリスティス・ジュナの担任であるマードック=ケイン先生、羅夢の担任である若い女のアスターシャ=カリー先生、トリスティスの担任である中老の女教師、ヴェラ=ヴィーズ先生がいたのだ。

「えっ、どういうこと……?」

 エルニオがきょとんとしていると、会議室にソラス先生が二人の婦人と共に入ってきた。

「これで四人とも揃いましたね」

 長い瑠璃色の髪をアップにし面長顔の女性が楕円の赤縁眼鏡を片手で直してジュナたち四人に言う。もう一人の婦人はオレンジ色の髪を肩まで切りそろえていて青緑の眼で丸顔に小太りの体型である。

「あなたがジュナ=メイヨーさんね。どうも私、ラヴィエ=ネックの母のヴェルザ=ネックといいます」

「私はダイナ=タビソの母、リノヴェ=タビソといいます」

 何ということだ。ジュナの同級生、ラヴィエとダイナの母が学校に来ていたのだ。

「あの……ダイナとラヴィエのお母さんがどうして学校に……」

 ジュナは突然呼び出されて何のことかとダイナとラヴィエの母に尋ねてくる。ラヴィエは母が眼鏡のレンズ越しに褐色の眼をジュナに向ける。

「どうしてですって? どうしてはあなたたちの方でしょ。二日前、ザネン区の文化センターの催しでうちの娘があなたたち四人といたら危ない目に遭ったんですってね」

 ラヴィエの母は二日前の休日で起きた件でジュナたちの学校に来ていたのだ。

「エルニオ=バディス。あなたが私の娘ダイナと一緒にいたために、娘は危険な目に遭ったっていうのよ。もしケガをしていたら、いいえ命を落としていたかもしれない、ってのに……」

 ダイナの母がカンカンになってエルニオを叱った。エルニオはダンケルカイザラントが一般人にまぎれて自分たちの元に現れたという展開には予想できず、ダイナを巻き込んでしまったことに悪びれていた。しかし当のダイナは平気だった。

「お、お母さん方、落ち着いて下さい。事情はよくわかりませんが、あまり攻め立てないで下さい……」

 普段は生徒に厳格なマードック先生が二人の母をなだめた。しかし二人の母の苦情はエスカレートする。

「あなたが私の娘の友達になったから、娘と同じにしようとしたんだわ」

「先生方、どうしてこんな子たちを学校に通わせてるんです? このままにしたら娘たちだけでなく、学校全体にも支障が起きますよ」

 マードック先生たち担任教師たちはジュナたちの詳しい事情を知らないため戸惑い、ジュナたちも自分たちが融合闘士(フューザーソルジャー)でしかも謎の国家を相手にしていると言うべきか迷っていた。融合闘士(フューザーソルジャー)のことはともかく、ダンケルカイザラントの件は言っても信じてくれないと思った。

「やめてよ!」

 会議室に誰かが入ってきた。ダイナとラヴィエであった。ダイナとラヴィエは自分たちの母が学校に来ていると知ってクラブや委員会に行くのを引き返してきたのだ。

「ママ、ジュナたちを責めないで。ジュナたちは悪くないのよ」

ラヴィエがジュナたちの前に立って庇護した。もちろんダイナも。

「私は大丈夫だよ。ケガだってしてないし……。ていうかママは責める相手を間違っている」

「どういうことよ!?」

 ダイナの母がダイナに尋ねてきたところ、ジュナが止めた。

「お願い、そんなにしゃべったらかえってお母さんが……」

「でも言わないとジュナちゃんが……」

 ダイナとラヴィエの母はジュナたち四人を睨みつけると、四人の担任に厳しく言った。

「兎に角、もっときっかり注意してやって下さいな! さぁ、ラヴィエ、帰るわよ」

「それでは、失礼します!」

「ママッ……」

 ダイナとラヴィエはそれぞれの母に連れられて会議室を出ていった。残ったジュナたち四人と各々の担任は自分の生徒が一体何をやっているかの質問はせずに、「呼び出して住まない」と言って帰してやった。


 帰り道、四人はそろってエリヌセウス上級学院を出て、自分たちの家へと向かっていった。他にも帰宅しようとしたりそのまま習い事へ行く学校生や買い物しに町へ来た人々、住宅街を筒間列車(チューブライナー)や浮遊車(カーガー)が走っており、形や色の異なる住宅には犬(フュンフ)を飼っていたり洗濯物を取り込む主婦の姿も見られた。

「ダンケルカイザラントと出会ってしまったとはいえ、ダイナやラヴィエを巻き込みたくなかった……」

 エルニオがとぼとぼと歩きながら呟く。

「もう珍しくないんでしょうか……。ダンケルカイザラントが一般人に混じって活動、ってのは……」

 羅夢が続けるように応える。

「にしても、以前エルニオがダンケルカイザラントの融合闘士(フューザーソルジャー)に追いつめられた時、以前より強くなって姿も変わったってのはどういうこと? エルニオは何かわかる?」

 トリスティスが今日の出来事のきっかけとなったエルニオの超変化についてエルニオに尋ねてくる。

「いや、その、何ていうか……。僕が『ダイナを守りとおしてみせる』と決意した時、僕の中の契合石が急に暑くなって全身に流れるように力がみなぎってきてね……。契合石と何か関係があるのかもしれない」

 エルニオは超変化の件を思い出す。

「よくよく考えれば、融合獣の体は人工生体パーツ、人格と記憶は二〇〇年前のアルイヴィーナの戦兵、融合獣の生命源ともいえる契合石は五〇万年前のアルイヴィーナ星の支配種族だった融合人(フェズナー)の化石だもんね。

 まぁこれはわたしの予想なんだけど、契合石の融合人(フェズナー)の遺伝子がわたしたちに融合適応者に力を貸している、もしくは力を与えてくれていて、エルニオは超変化を遂げた、ってならないかなぁ」

 ジュナは自分なりの考えを他の三人に伝えた。

「どうなんでしょう」

「誇大妄想いってんねー……」

「オカルトチックすぎないか? ジュナなりの理論って」

 羅夢・トリスティス・エルニオはジュナの考えを評する。その時、トリスティスの服の胸のポケットに入れていた携帯電話が高音の激しい南国音楽の着信メロディを鳴らしていた。

「ちょっと失礼」

 トリスティスは胸ポケットから携帯電話を取り出すと、電話に出る。

「あ、はい、トリスティスです。あ、父さん? 何? 今日から臨時休業? 私に留守番を頼んでほしい? うん、わかった。すぐ帰るから」

 トリスティスは電話の通話を切ると、ジュナたちに言った。

「父さんと母さんに急用ができたから、急いで帰るね。またね」

「はい、トリスさん。気をつけてねー」

 トリスティスはバッグを持ちなおしてかけ出し、ジュナたちと別れてピーメン川を越えたエルゼン区にある自分の家へと向かっていった。


 ピーメン川沿いに設けられたレメダン区。住宅街の中にはいくつか商店があり、その一つである二階建てでその上に小さな屋根裏部屋、屋根は半分だけの三角に水色のブロック、壁は砂浜のように白く、二階には四角い支柱のテラス、窓は四マスの枠で開閉式の建物、南国料理店『潮風』。トリスティスの父が経営している店である。内装は升目の枠の窓に上下で色の異なる壁、カウンター席とテーブル席に分かれており、トリスティスはカウンター席で今日の夕飯を食べていた。

 この日、トリスティスの父母は知り合いの夫婦の父が急死したため三日間の間家を空けて、エルセラ地方へ葬儀の参列をしに行くことになったのだった。そのためにトリスティスとソーダーズが『潮風』の留守番をしなくてはならなかた。この日の夕飯は父がいつも作ってくれる消費ギリギリの食材で作った南国料理ではなく、お湯でパウチ袋を温めたり電子レンジで温めて調理する即席料理だった。

「うーむ、たまにはインスタントも悪くないっすね」

 トリスティスと共に夕飯をいただいたソーダーズが呟いた。甘辛ソースの雑穀麺に野菜と新家畜メヒーブ肉の煮込みにお湯を注ぐだけの海藻スープである。

「だって冷蔵庫の食材は父さんたちが帰ってきた時に使うかもしれないじゃない。まぁ、鮮度が悪くなったら流石に使うけどさぁ」

 トリスティスがフォークで麺を巻きつけながら応える。

「そりゃあそうかもしれませんねぇ。ところで、今日学校にダイナちゃんとラヴィエちゃんのおかっつぁんがやって来て、姐さんたちに抗議してきたんでしたっけ?」

「うん。結構怒っていたよ。『うちの子を危険な目に遭わせて』って」

「融合適応者でない一般人から見てみれば、融合闘士(フューザーソルジャー)は格闘競技者という認識が強いんでしょうね。……元をたどれば戦争の兵器なのに」

「あー……そういう見方もあるのか。でも、ダンケルカイザラントの存在なんて私たちや今年の融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)の参加者ぐらいしか知らないし……。だからって政府がいつまでも一般民を不安にさせないように隠し続けているのも限界があるだろうし……」

 トリスティスはソーダーズに自分なりの予想思考を伝えた。トリスティスは食事を終えると即席食品の容器を厨房に二つある四角いゴミ箱の二つの片方に放り込んだ。白いビニールが備え付けられているのが野菜の芯や魚の骨などの生ごみを入れる可燃ごみの箱で青いビニールが備え付けられている方がプラスチックなどの不燃ごみを入れるゴミ箱である。ちなみに油や調味料などの容器はガラスや紙素材が多いため資源ごみに出される。

「三日だけとはいえ、ここにいるのは私とソーダーズだけかぁ。あーっと、宿題があったんだった」

 トリスティスはそう言うと、ちゅう房と食堂の消灯をし、屋根裏部屋の自分の部屋を駆けもどり、ソーダーズはトリスティスが宿題後の入浴のために風呂掃除をやりだしたのだった。


 次の日、学校は休みの日曜日だった。トリスティスは自室のベッドで夢の中にいた。休日は料理店の忙しい日なのだが、『潮風』は店主が急用のため臨時休業で、トリスティスは朝四時に起きる頃、この日は五時半まで寝入っていた。カーテンの隙間から日光が差し込み、トリスティスはその眩しさによって眼が覚めた。

「ふぁ〜、お店のない休日でこんなに長く眠れたの久しぶり〜」

 トリスティスは半身を起して大欠伸する。二色染めの南国風のワンピース型寝間着から普段着の青いハイネックと白いAラインのキャミソールワンピースに着替えてから、また即席食品で朝食を採り、午後にジュナたちと会合しようと思って二階に上がって電話をかけようとしたその時だった。カーテンで窓が閉ざされているとはいえ、二つの人影が映ったのを目にした。

「あれま、臨時休業で閉店!? 折角隣町からここまで来たというのに」

「どうします? 他の店にします?」

 声の感じからして老夫婦のような人物だった。しかも隣町までわざわざ来てくれたと言っていたのを耳にしたトリスティスは少し気迷った。学校休みで店舗休みでのんびり過ごそうと思っていた時に来客があったのだから。しかしトリスティスが決心すると、一度屋根裏の自分の部屋に戻り、ワンピースから灰色のサブリナパンツと白いエプロンをまとうと、一階に下りて店の出入り口の扉を開けた。

「い、いらっしゃいませ。ほ、本日は経営者である父が不在のため臨時休業になってましたが、せっかく来てくれたお客さんのために私がやります!」

 店からトリスティスが現れたのを目にしたのを目にした老夫婦は一度驚くも、すぐに喜んで店の中へ入っていった。

「そ、そうかい。じゃあ、頼むよ」

 赤い肌の南方種族(ソルロイド)の夫婦はテーブル席について注文を頼む。

「海魚のホットソースがけと乾燥コパルコ入り赤米(ルエデリッケ)、白豆(ヴィッテべネン)のクリームスープ、サエド鶏(ケッネ)の南国サラダを二人分」

「はい、かしこまりました。全て用意するのは無理ですが、一品ずつでよろしいでよしょうか?」

 老紳士の注文を受けたトリスティスが客に尋ねると、老婦人が「ええ、そうね」と返事をしてくれたので、トリスティスは厨房へ入り、ガラスのコップにお冷とおしぼりを木製トレイに乗せてソーダーズに渡す。

「私はすぐ調理にとりかかるから、ソーダーズ運ぶのよろしく」

「はい」

 ソーダーズは両手のように前びれを使ってトレイを持ち、老夫婦のいる席へ向かっていった。トリスティスは厨房に置いてある店のメニューのレシピを見ながら調理にとりかかる。米(リッケ)を研いだり白豆(ヴィッテべネン)を茹でたり魚を冷蔵庫から取り出して蒸して焼いたり、いつも父が調理するものだから商品の運搬や皿洗いやテーブルを拭いたりしているトリスティスにとっては慣れない作業であった。

 それでもスープが出来上がると、ソーダーズに運ばせ、老夫婦はスープを匙ですくって口にする。次々と米(リッケ)飯や魚、サラダを一品ずつ完成させていき、トリスティスはよれよれの状態で勘定に入る。

「全部で四クラン二ラッツァです」

 老紳士は一シュア紙幣を出し、トリスティスはレジスターからおつりの小銭を出す。

「ああ、君。今日の料理だけど……」

「はい。どう……でしたか……」

「塩味が強くて、わしらにはきつかったよ」

 トリスティスは自分が作った料理の評価を聞いて肩を落とす。レシピどおりに分量とか気をつけて作ったのだが急いでいたのとあまり細かく計っていなかったため、味がきつくなってしまったことに心を痛める。

「だけども、お休みの日とはいえ、いきなり現れた私たちのために作ってくれてどうもありがとうね」

「今度こそは丁度いいように作ってくれよ」

「あ……、ありがとうございます」

 老夫婦は店を出て、トリスティスは緊張が抜けて空いているカウンター席に座って上半身を卓上に置いた。

「大丈夫すか!?」

「うん……。でもね、さっきの老夫婦が認めてくれたこと、嬉しいんだよ……」

 トリスティスは初めての商い調理にそれなりのベストを尽くせたことに安心していた。


 この日『潮風』に来たのは老夫婦だけであった。トリスティスは今日の経験で練習も兼ねて今日の夕飯を自炊したのだった。今度は味を薄くし過ぎたが、それでも今後役立つと思った。

 ソーダーズと一緒に蒸し魚入り辛味ご飯を食べていると、夜なのにピーメン川の方が数リノクロ(秒)とはいえ、昼のように激しく光ったのを目にしたのだった。

「えっ? 何? 今の光……」

「照明機の故障って訳じゃあなさそうですね……。行ってみましょうや!」

 トリスティスとソーダーズは家を出て、晩秋の夜空の下へと飛び出た。空は黒雲に覆われていて、道路の外灯だけが頼りだった。また空気も冷たく、息が白くつく。

 ピーメン川の土手では草は茶色や黄色に変色しており、水は夜のため青黒く、風の少ない夜とはいえ、水面が揺れている。

 トリスティスとソーダーズが謎の激光の原因を探っていると、空中から融合闘士(フューザーソルジャー)が降りてきて水面から一ジルク程浮いて立っていた。

「来たか」

 融合闘士(フューザーソルジャー)はトリスティスとソーダーズを見て蟲翅族らしく複眼と下の眼を向ける。その融合闘士(フューザーソルジャー)は頭部と甲翅と四肢が黒く胴体が薄赤く頭部に触角と朱色の複眼、契合石は左わき腹にあって朱色、剥き出しの口から八重歯が出ている。よく見てみると、背中に発光器がついている。夏の夜に見かける昆虫、蛍(タフリル)の融合獣と一体化しているようだ。

「さっきの光はあなたの仕業?」

「そうだ。夜に激しく光ればダンケルカイザラントには向かう融合闘士(フューザーソルジャー)が出てくると思ってな。俺はブライスタ。融合しているのはグフロラ。単刀直入に言うと、お前を倒しに来た」

 ダンケルカイザラント融合闘士(フューザーソルジャー)の長髪を受けて、トリスティスとソーダーズは叫ぶ。

「融合発動(フュージング)!!」

 二人は青い渦潮に包まれ、渦潮が弾けると両脚に琥珀色の契合石を持つ鋭角さと魚のヒレを持つ水色の融合闘士(フューザーソルジャー)となったトリスティスが現れる。

 ブライスタは甲翅と透明な下翅を背から出し、周囲に緑がかった黄色い光の粒子の玉をいくつか出し、トリスティスに向けてくる。光の粒子の玉は弾丸のように迫り、トリスティスは素早く避ける。光の粒子の玉の当たった地面は表面が削れ、地煙を出していた。

「何て威力なの……」

 トリスティスが敵の攻撃を見て冷や汗をかいていると、ブライスタが新たな光粒子の玉をトリスティスに向けてくる。トリスティスのいた地面が破裂し、トリスティスはその衝撃で転がる。

「あううっ」

「次こそ当てる」

 ブライスタが三度目の光粒子をトリスティスに当てようとした時、トリスティスは危険を察し、ピーメン川の中に飛び込んだ。晩秋のピーメン川の中は冷たかったが水属性の融合獣と融合しているトリスティスはそうでもなかった。水の中は暗いがかすかに揺れる魚や川海老(ウォートリップ)の姿が見られた。

 水の中に入ればこっちのものかとトリスティスはどうやって反撃しようか考える。だが、水面が激しく光り、カッと緑がかった黄色の輝きがトリスティスの眼に入る。

「わぁっ!!」

 トリスティスはその眩しさで両まぶたを閉じ、ブライスタの光粒子が向けられてきた。

 バシャーン、と盛大な水飛沫と共にそこが一瞬眩しくなったかと思うと、トリスティスは水中からはじき出されて土手の上にうちあげられる。眩しさのあまり目がチカチカして光粒子の攻撃も思っていたより大きく、トリスティスはソーダーズと融合したままの姿で仰向けに倒れる。

「光属性の融合獣は攻撃に特化されていてね、最も勝てる闇属性だけでなく弱点の氷以外の属性にも抜群のダメージを与えられるんでね」

 ブライスタは土手にうちあげられたトリスティスに言うと、両手を上げて無数の光粒子を集めてトリスティスに止めを刺そうとした。

(私、ここでやられるの……?)

 もうろうとした意識の中、トリスティスは思った。融合適応者になってから数年も経つのに、自分より上回っていて氷以外ならどんな属性にも効果のある光属性の融合闘士(フューザーソルジャー)に負けるなんて……。

(いや、でも明日父さんと母さんが帰ってくるし、学校もあるし、何より店の手伝いだって……)

 今日何よりも嬉しかったのは休業なのに来てくれた老夫婦に自分なりのおもてなしをしたことだった。上手く味付けはいかなかったけれど、トリスティスのことを誉めてくれた。あとそれからまたエクート共和国のヒアルトから手紙が来て返事もまだだったことに思い出していた。

 その時だった。トリスティスの体内の契合石が輝き、トリスティスの全身に力がみなぎってくるのを感じた。そしてトリスティスの体が激しい水色の光に覆われた。

「うおっ!!」

 トリスティスの変化を目にしたブライスタは眩しさのあまりまぶたを閉ざし、光粒子の玉も光の粉になって弾ける。

 するとブライスタの目の前には以前とは違った姿の融合形態のトリスティスが経っていたのだ。体に白いディティルが走り背にはマントのように背びれがつき、仄かに、水色の光が彼女の体をまとっていたのだ。

「おおお……。これがイリューネの言っていた融合闘士(フューザーソルジャー)の強化か……」

 ブライスタは超変化を遂げたトリスティスを見て驚くも、自身の眼で確かめられたことに好奇を寄せる。

「私も……、超変化できた……」

 トリスティスは自分の変化を見て驚き喜び、また自分の全身に力がみなぎってくるのを感じていた。

「行くぞ!!」

 ブライスタはまたしても光粒子の群れを発生させ、トリスティスに向けてきた。超変化したトリスティスは両腕の刃(ブレード)を×字状に振るい、水の斬撃を放った。水の斬撃は×字状にブライスタの放った光粒子を消滅させて光の粉に変えた。

「くそ! 攻撃力も上がっていたか! こっちも別の攻撃で行くぞ!」

「そうだな」

 ブライスタと融合していたグフロラが静かに返事をする。ブライスタは新たな光粒子を出し、それを一つにまとめて光の太刀に変えたのだ。

「蛍光烈剣だ。剣には剣で行くぞ」

 ブライスタは光の剣を持つとトリスティスに立ち向かって刃を振り下ろしてきた。トリスティスは両腕の刃(ブレード)を×字状にして受けとめた。

「そうきたか」

 ブライスタが呟くと、光の剣を解除して空いた左手で光粒子を固めた砲撃を放って、閃光と同時にトリスティスは後方へ飛ばされ、川の中へ落ちた。水飛沫と落下音が夜の川辺に響き、ブライスタはトリスティスがやられたと見届けようと背中の翅を動かして川へやってきた処、トリスティスが川から出てきて川の水底から巨大な水のドリル、渦潮流撃斬(スクリューイングブレッジ)を出してきてブライスタを突き出した。いや、それだけでなくトリスティスは水のドリルを二又の水柱に変えてブライスタを捕まえてブライスタは水の玉に囚われる。

「んぐぐぐぐ」

 水属性でない融合闘士(フューザーソルジャー)は水中では息ができない。トリスティスは大ジャンプをして、空中に巨大な水の大太刀、激流斬波を出してブライスタをたたっ斬ったのだった。

 ドパァァァンと津波が唸るような音が町の周囲を響かせ盛大な水飛沫と共にブライスタは水面に叩きつけられて、融合が解除された姿でプカプカと浮いていた。短い黒髪に浅黒い肌と紫の上下の服の青年と蛍(タフリル)に似た融合獣である。

 トリスティスはダンケルカイザラントの融合闘士(フューザーソルジャー)を倒せたのを見届けると川の土手に着地し、ソーダーズとの融合を解除する。

「やりやしたね! 姐さんもエルニオに続いて超変化しましたぜ!」

 ソーダーズが融合を解いたトリスティスに言うが、トリスティスはふらついていた。

「だけど、体が……」

 そう言うなりトリスティスは横に倒れてしまった。ソーダーズが駆け寄ると、トリスティスは眠っていたのだ。

「超変化するとあっしのような融合獣はともかく、人間の体には負担がかかるんでしょうね」

 ソーダーズはトリスティスを背負うと尾びれで立つように『潮風』に戻っていった。

 二人目の超変化を遂げた融合闘士(フューザーソルジャー)はトリスティスだった。トリスティス&ソーダーズ、ブライスタ&グフロラは気づいていなかったが、二組の戦いを目にしていたピーメン川近くの低層ビルの屋上から見つめていた。

 額に一本角、背に翼を持った融合闘士(フューザーソルジャー)であった。

 夜空に浮かぶ白い三日月と永久に円い人工月だけが彼の正体を知っていた。