6弾・8話 全てが終わった後の学校で


 エリヌセウス皇国の冬は寒い。ガイアデス大陸の中心と呼ばれるドラキラナ山の周囲に造られた国のため、海沿いや平原と違って冷気が常に回っている状態である。天候も変わりやすく、雨の日もあれば雪の日も多い。乗り物は地上よりも上の場所を走っているから交通異常にはならないが、人歩道は積雪の恐れがあるため住民は雪かきをしなくてはならないのである。

 この時は冬の初まりで晴れの日や曇りの日が多く、まだ天災には至らなかった。

 ジュナは白いメッシュ素材のデイパックを背負い黄色いダッフルコートを着て住宅街を出て筒間列車(チューブライナー)の駅や大型客運搬浮遊車の停車場へ向かう社会人や大学生、初級学校や上級学校へ向かう少年少女の人々の中で、二〇日近くぶりにエリヌセウス上級学院へ向かうところだった。

 一ヶ月前に同級生のダイナ=タビソがジュナ一行とダンケルカイザラント融合闘士の戦いに巻き込まれてダイナの母が学校に来て、ジュナたちに訴えてきたのがきっかけで、全校生徒にその話が広がって、融合闘士(フューザーソルジャー)のことをよく知らない生徒たちから糾弾されて追い出されて登校拒否になってしまった。

 しかし今から二日前にテレビのニュースや新聞、サイバネットの事件欄や雑誌によってダンケルカイザラントの件がエリヌセウス全国民に伝えられて、また壊滅したことが報道されたのだ。母はダンケルカイザラントの壊滅が報せられると大喜びした。

「もうジュナもレシルも戦わなくて済むんだわ」

 だけど学校のみんなはどう思っているのだろうか。報道ではジュナたち融合闘士の名前は出されていなかったが、ちゃんと理解してくれるのだろうか。

 学校に近づく度に足が重くなる。怪我をしているからではなく、学校のみんなから悪いように見られるかどうか不安で仕方がなかった。

「ジュナ」

 自分を呼ぶ声が聞こえてきたのでジュナは振り向いた。金髪に緑眼、深緑のダウンジャケットの少年、エルニオ=バディスであった。

「なぁんだ、エルニオか。おはよう」

 自分の知らない学校生かと思っていたら仲間だったことにジュナはほっとした。エルニオもデイパックを背負い、ワークパンツにベルト付きのブーツの防寒性の高い服を着ていた。

「ジュナ、いつから学校に通っていたんだ?」

 エルニオが尋ねてきたのでジュナは「あ、ああ……」と言ってから返事をする。

「実は今日からで……。エルニオは?」

「実は僕も今日から」

「あ、そうなんだ……」

 ジュナとエルニオが話していると、聞き慣れた自分を呼ぶ声が飛んできた。

「ジュナさ〜ん、エルニオさ〜ん」

 白群の髪に桃色の眼、和衣の上に襟なしのベージュのコートを羽織り薄紅色の毛織ストールを首に巻いた和仁族の少女、羅夢が二人を呼んだのだった。

「羅夢ちゃん、おはよう!」

「羅夢、君は学校に行っていたのか」

 ジュナが羅夢にあいさつをし、エルニオが問いかけてきた。

「はい。今日からですけど……。もしかしてお二人も?」

 羅夢が聞いてきたのでジュナとエルニオは顔を見合わせる。

「うん。もうそろそろ勉強面の方が……」

「僕も……」

「ですよね。わたしなんか自宅学習の他にも習い事がありましたから。学校での勉強どうなっているか気になって」

 こうして三人はそろってエリヌセウス上級学院に向かって歩いていった。三人が合流してから数ノルクロ(分)後にもう一人の仲間と出会った。

「おはよ〜」

 長い紫の髪に薄青い眼の長身の少女、トリスティスであった。トリスティスは南国生まれのためか首と袖に紺のボアが付いた瑠璃色のマニッシュコートの他、水色のボアハットに黒い皮革パンツ、足元は青いレースアップブーツの完全な寒さ対策のコーディネートであった。

「お久しぶりです。トリスさんも今日から学校で」

 ジュナが尋ねてくると、トリスティスは頷いた。

「うん。勉強の方を何とかしないと、そろそろねぇ」

 そして四人は共にエリヌセウス上級学院に向かっていった。一人で行くと周囲からの視線に怯えてしまう。四人なら互いが同じ気持ちで同じ扱いだからかえって怖くない。

 ジュナたち四人は住宅や低層ビルの並ぶ景色に肌も髪も眼も背丈も違う少年少女の中を進んでいく。

 すり鉢状の地に石畳の地面、中心にクリスタルアークル素材の窓に金属枠の大きな建物、国立エリヌセウス上級学院。人種も年齢も体格も異なる生徒たちが建物に座れるように入っていく様子が目に入る。

 ジュナ、エルニオ、羅夢、トリスティスは階段を下っていき、一階の昇降口の中に入り、廊下で分かれていった。校舎に入るまでにジュナたちは周囲の学校生から見られたりしたが、どの学校生もジュナたちを見ると逃げるように避けるか、視線が合ったらそむけるような感じだった。ただ二〇日前のような冷視や怒りや不満は感じず、奇妙な雰囲気であった。

 廊下で別れたのは四人とも学科や学年が違うためで、ジュナとエルニオは同じ四年生でもジュナは普通科でエルニオは機工学科と異なっていた。やはり廊下でもジュナやエルニオに対する周りの視線はよそよそしかった。

 ジュナは普通科四年の教室の前に着くと、堅い扉の前で立ち止まって入る準備をする。

(ここに来るのも二〇日ぶりだ。周りの人たちがわたしやエルニオたちのことを許していなかったら、ママに頼んで転校しよう)

 そして扉のセンサーに触れると、扉がシャッと横に開いてジュナは教室に入る。

 エリヌセウス上級学院の教室は教団と授業内容を映す巨大スクリーン、三段になっている階段状の席、そしてそこに座る男女二〇人の学校生たちは仲良しの友達とおしゃべりをしているか、授業用のミニコンピューターで予習復習をしていたり、図書室から借りてきた本を読んでいたりとしていた。

 ジュナは身震いした後、一息ついてからあいさつした。

「お……おはようっ!」

 その声で真ん中の二段目の席に座る二人の少女が顔を上げた。

「も……もしかして、ジュナ!?」

 長い紺青の髪に褐色の眼の少女がジュナを見て呟いた。

「ほ、本当だ。やっぱり学校に戻ってきてくれたんだ!」

 オレンジ色のボブヘアに青緑の眼の丸顔の少女が教室に入ってきた女の子を見てもう一人に言った。

「ラヴィエ、ダイナ……」

 ジュナは二人の少女と目が合ったのを見て、二人の名を呼んだ。

「ジュナッ……!!」

 ラヴィエとダイナは席から立ち上がり、ジュナの方に駆け寄った。

「ジュナ、おはよう! ってか久しぶり〜。あんたがこの学校に戻ってくるのをずっと待っていたんだから!」

 紺青の髪の少女、ラヴィエ=ネックがジュナに言った。

「もしジュナがこの学校に二度と戻ってこなかったら……どうしようかとずっと思ってて……」

 オレンジの髪の少女、ダイナ=タビソがジュナに泣きそうな顔を向ける。

「二人共……わたしのこと、心配してくれていたんだ……」

 二人の友人の様子を見てジュナは喜んでいた。ラヴィエとダイナはジュナのことを母と同じくらいに思ってくれていたのを。

 

 それからして担任の男性教諭マードック先生が入ってきて、朝のホームルームが行われ、一時間目の授業が終わった後の休み時間、ジュナは二〇日分の授業内容の写しのデータチップをラヴィエとダイナからもらった。

「ごめんね。授業データのコピーまでもらっちゃって……」

 学校に行けなかったのとダンケルカイザラントに行っていたのと国の軍事施設にいたジュナは勉強が遅れてしまっていたらどうしようと思っていたところ、ラヴィエとダイナが助けてくれたことに安心した。というのも、年末年始休みに入る前に秋学期の期末試験があるため、ジュナは絶対に不を四つ以上取らないようにするためにしてきたため、絶対に追試と補習を受けないようにしてきたから学校を休んでいたとはいえ、追試を受けないようにと常に決めていた。

「ところでさ、ジュナ。テレビでやっていたダンケルカイザラントのことなんだけど……」

 他の学校生に聞かれないようにダイナが小声で尋ねてきた。

「テレビのニュースや新聞ではさ、そこの首領や幹部、兵士たちを打ち倒して残党は逮捕されて奴隷にされていた人たちを救ったのは皇国軍ってことになっているけどさぁ、本当はジュナやエルニオくんたちがやってくれたんだよね?」

「うん。これでもう戦わなくていいんだ……」

 ジュナが返事をすると、ダイナとラヴィエは「やっぱり」と言うように笑った。

「私とダイナはそう信じていたのよね。ジュナは長いこと私やダイナと会わなかった理由はそうだっていうことにしておいたから」

「ジュナやエルニオくんは学校に来られなくなったのは、学校のみんなから非難や糾弾を浴びせられたからじゃなくって、悪の親玉を倒す使命を担って至って」

 ラヴィエとダイナの言葉を聞いてジュナは苦笑した。

「そんなゲームやマンガの主人公じゃないんだから……」

 その時、スピーカーから二時間目の授業を知らせるチャイムが鳴って、次の授業の教科書を出して、学校生たちは席に着いた。

 二時間目の授業の終わりは昼休みで、ジュナは久しぶりにダイナとラヴィエと教室で昼食を採った。母が作ってくれたお弁当はメヒーブ肉の辛味ソテーや緑米(ヴェルナリッケ)の詰めに水野菜のサラダに青菜炒めにデザートにはくし型に切った柑橘類が入っていた。

「おー、ジュナ。相変わらず美味しそうなお弁当だよねー。おかず一つ交換して」

「うん、いいよ」

 ジュナはダイナの弁当のおかずの肉団子と自分のおかずのメヒーブ肉ひと切れと交換してあげた。

「私のおかずも交換して」

 ラヴィエがジュナに頼んできて、ラヴィエの卵焼きとジュナのメヒーブ肉を交換する。

(友達と久しぶりにお昼ご飯を食べられて楽しい。これが平和な日常なんだな……)

 学校を追われてからはジュナはラグドラグと一緒に食事をしていた。お湯を使えばすぐに食べられる即席品ではなく、冷蔵庫の中身を確かめてから作る自炊だったが、母が働きに出ているとはいえ、ジュナはラグドラグと二人だけの食事は静かで寂しく思えた。

 ダンケルカイザラントがなくなった今、ジュナは今まで経験できなかった日常を日毎に取り戻そうと決めた。


 三時間目、四時間目の授業、校内清掃と帰りのホームルームも終わって、ジュナはクラブ活動に参加するダイナとラヴィエと別れて、昇降口でエルニオ、羅夢、トリスティスと出会った。そして途中まで四人で帰ることになった。

「そっか。ダイナとラヴィエが、ジュナが学校に戻ってきたことを喜んでくれたのか……」

 冷たい風が吹き枯葉が舞う街中を歩きながら、エルニオはジュナが自分のクラスでの出来事を聞いて感心していた。

「うん。先生はわたしが久しぶりに学校に来たのを見て、『おお、来たか、メイヨー』と言っただけだし、ダイナとラヴィエ以外の同級生はわたしのことは睨んだりはしなかったけど、よそよそしい感じだったよ」

「そうか。まぁ、僕のクラスもそうだったな。周りが僕を見ていると困った顔をしていた」

「わたしもです」

「私もだよ。まぁ、授業の記録は友達のリーフからもらったけどさぁ」

 羅夢とトリスティスも今日の学校での出来事を話した。駅に着くと、ジュナはエルニオ、羅夢とトリスティスと別れた。

「それじゃあ、またな」

「お元気で」

「まったね〜」

 駅の出入り口の階段を昇っていく三人を見送ってからジュナはラガン区にある自分の家に帰っていった。空は日が朱色に染まって西に傾き、碧色から琥珀色に変わる頃だった。


「それでダイナとラヴィエ以外の人たちはジュナやエルニオくんたちを責め立てたことを後悔していたの?」

 夜になって母が帰ってきて、親子三人融合獣二体で台所の食卓で夕食を食べていると、母がジュナの学校での出来事を聞いて尋ねてきた。

「うーん……。後悔しているかどうかわんないよ。全員と親しい訳じゃないしさぁ……」

 ジュナは黄色く茹で上がったジャポネ芋をフォークで突き刺しながら言った。今日の主菜は青魚の蒸し酒煮で他に四色豆のサラダやひと皿分の赤米(リッテリッケ)、塩漬け豚(ピゲン)肉のスープと飲み水の水差し。今は冬なのでぬるま湯であるが。

「でもよ、ジュナが家に帰ってきた時は結構嬉しそうだったぜ」

 ラグドラグが母に教えた。


 二〇日ぶりに学校に通い直してからジュナたちの日常は取り戻しつつある。周囲の学校生の視線はよそよそしいものから何の変哲もないものへと変わっていき、試験の期間へと入っていった。ジュナもエルニオも羅夢もトリスティスも追試を受けない程度の点数を採るためにせっせと勉強に時間を費やしていき、三日間行われていった秋学期末試験は四人とも〈可〉は多かったものの追試を免れた。

「あー、もうボロボロ」

 試験が終わり点数を見てジュナはぐったりとなる。廊下の電子掲示板では大勢の学校生が自分の点数と追試の有無を確かめている。

「ホントによくやったよ、ジュナは」

「試験が終わった記念に三人で『シェルム』のアルメモグッフ(ケーキ)を食べにいこうよ。いや、エルニオくんたちも誘ってさ」

 ラヴィエがジュナの疲れぶりを見て称えてやり、ダイナが持ちかける。

 すると廊下の向こう側から一人の男子生徒を筆頭に十数人の少女たちの団体が現れる。女子生徒は背丈も年齢も人種も異なるが、左腕に〈I・P〉と金字で刺繍された紺の腕章をつけていた。

「うわっ、イグロ親衛隊だ! 道をあけなきゃ」

 女子の列を見た学校生が窓や壁の方へ身を寄せて、ジュナとラヴィエとダイナも妨げにならないように廊下の端へ身を寄せる。

 筆頭の少年は十七ジルク超えの背丈に青がかった銀髪にエンジ色の丸みを帯びた眼のイグロ=プッケティーノで、声楽科の六年でこの学校の生徒会長である。そしてイグロの後ろを歩くのは一六ジルク半の背丈に三角顔に高い鼻と切れ長の褐色の眼、ウェーブの入った萌黄色のロングヘアの少女、六年ピアノ科のメディアナ=パルミエーラである。メディアナはイグロ親衛隊のリーダーでイグロのファンクラブの〇〇一である。

 イグロとその親衛隊が通り抜けると、壁に寄り添った生徒たちは様子を見てから廊下に足を入れる。

「相変わらずの威厳よねぇ」

「イグロ先輩とメディアナ先輩ってやっぱり付き合っているのかな?」

 ダイナとラヴィエがイグロ親衛隊の様子を見て呟いていると、授業開始の音楽が鳴った。

「あっ、そろそろ教室に戻ろう」

 ジュナがラヴィエがダイナに言って、三人は教室に戻っていった。


 ジュナは家に帰り、コートを脱いで更にジャケットも脱ごうとした時、ジャケットに一枚の白い封筒が入ってることに気づいた。表には〈ジュナ=メイヨーへ〉と書かれており、裏には〈イグロ=プッケティーノ〉と書いてあった。

「えっ!? こ、これってもしかして……」

 ジュナはいつの間にかイグロからの手紙が服に入っていたかのを思い出し、廊下でジュナたちと親衛隊がすれ違う時にイグロがこっそり入れたのだろう、と気づいた。

 ここは自分の部屋でラグドラグは居間でドラマの再放送を見ており、兄もペガシオルも自分の部屋にいた。ジュナは自分一人と確認すると、ハサミで封を開けてイグロからの手紙を確かめる。


『ジュナ=メイヨーへ


 僕は君に言いたかったけれど、メディアナたちの視線が恐ろしいので手紙で伝えます。

 エリヌセウス上級学院の学校生が使うサイバネットの掲示板の噂をばらまいたのは実はメディアナでした。

 以前、僕が君をコンサートに誘った時、僕の隣がメディアナではなくジュナだったことに彼女が嫉妬して、君の友達が君の同級生のお母さんから厳しく注意されたのを利用し、学校のサイトの掲示板に悪い噂をばらまいた。その時、メディアナは偶然立ち聞きしていたのだろう。

 サイト掲示板の噂を信じてしまった学校生たちは君たちを追い出しメディアナに直接尋ねることは出来なかったけど、メディアナがいない時を見計らって彼女のミニコンピューターを覗いてみたところ、噂の発端はメディアナだったことにショックを受けた。

 ジュナ、メディアナを許してやってくれ。メディアナの嫉妬については僕にも非がある。

 僕とメディアナは将来は婚約する仲で、メディアナは独占欲が強い反面、僕を不幸にしたくないと考えている子だ。

 ここは僕がメディアナに代わって謝罪と反省をする。


 イグロ=プッケティーノより』


 ジュナはイグロからの手紙を読んで理解し、安心した。

(メディアナ先輩のやきもちから始まったのか……)

 ジュナがイグロと一緒に同じ席でコンサートを観ていることが我慢できなかったのだろう。一人の嫉妬のおかげでジュナたち融合適応者は同じ学校のみんなから糾弾されたが、長い時間をかけて日常に戻ることができたのは何とも言えない皮肉である。

(そういえば学校で見た時のメディアナ先輩の顔が何か以前とは違っていたよなー……)

 ジュナはメディアナの表情を思い出した。以前は堂々と顔を上げていたが、ジュナを横目で見た時、顔が固く強ばっていた。

(悪いのはダンケルカイザラントで、もういないからいいのに)

 あの時のメディアナはジュナを見て仕返しされると思って恐れていたのだろう。しかしジュナはメディアナのことなんてちっとも憎んではいなかったのだ。