浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・8話   休日の一時に


 デラツウェルクのアジトの洞くつではデリョーラが三人目のリノーマサーゲストの出現と反撃に遭ったことを聞いたアッターカとラヴィアーネは気まずい空気を何とかしよう沈黙していた。

「何よ、『お前も同じ目に遭ったか』って顔をして」

 デリョーラが憎まれ口を叩くと、別行動を取っていたデラツウェルクが姿を見せる。

「待て。我々の目的を忘れたのか?」

 そのデラツウェルクの言葉を聞いて三人は気まずさから抜け出した。

「奴らが三人になったのなら、最後の一人の出現を阻止させればいいだけのこと。おれがあやつらの所へ行こう」

 その意見にデリョーラは不満を持つも、自分たちのリーダーであるそのデラツウェルクの言葉に従った。


 乃江美が暁台に来てから一ヶ月が過ぎた。両親がオーストラリアに転勤し外国語が出来ない乃江美は伯父一家に預けられて、伯父さんからは伯母さんと家政婦の猿田さんと家事をやるように命じられ、また伯父さんと伯母さんによる華道と裁縫の稽古を受けて、転校先の菫咲学園で方言や訛りを地主の娘の頼子との子分にからかわれつつも、自分が人間の住む場所に侵攻をけしかけてきた闇の小人デラツウェルクの野望を阻止する光の小人ルチェリノーマの伝説の戦士になり、デラツウェルクが起こす事件に遭いながらも仲間を二人も得られた。

 四月の終わりから大型連休といわれるゴールデンウイークに入り、菫咲学園でも生徒たちはどこへ旅行するか遊びに行くかで話し合っていた。乃江美は授業が終わると梢と遭遇して、一緒に昇降口まで向かうことになった。

「乃江美ちゃんはどこかお出かけする予定ある? わたしはママが総合病院の看護師でパパは旅行会社の仕事があるから旅行には行けないけど、遊ぶことは出来るし」

「あたしの連休中は東京の寮のある高校に入った陽司兄ちゃんが帰ってくるし、習い事も家事もあるしなぁ」

 陽司は譲太郎伯父さんと素子伯母さんの一人息子で、東京の寮のある高校に入学し、ゴールデンウイークの時に暁台の実家に帰ってくるのだった。

「陽司さんって確か中学生華道コンテストで銀賞を採ったって話だよ。陽司さんの生け花のセンスって個性があるのよね」

 梢はインターネットの華道のファンサイトで見つけた記事を乃江美に教えた。

「ほっか。陽司兄ちゃん、って名が知れてたんかや」

 すると一階の掲示板近くを通りかかり、そこにはクラブの部員募集や地域で行うイベントのチラシなどが貼られており、その中の一つ『暁台アナログゲーム大会』のチラシがあった。参加者募集は締め切られていたけど観客の参加は可能だった。

「もし良かったら、これの見学に行ってみる? 五月三日で午後一時から三丁目の公民館のレクリエーションルームで開催されるって」

「アナログゲームの大会の見学か……。あたしも行ってみようがや」

「そうだ。舞風さんも誘ってみよう。みんな行けばいいし……」

 梢はスマートフォンを出して舞風にメールを送る。乃江美も暁台に来てからは知り合いのいない場所に習い事や家事のある堅苦しくて寂しい日々を過ごしていくと思っていたのが、そうではなかったことに感じていた。

 自分はもう一人ではない、と。


 四月最後の日であるこの日、乃江美はいつものように夕方のバスに乗って帰り、両親の海外転勤が終わるまでの住まい、華道の家元の伯父さんが営む華道教室のある日本風家屋がある一丁目に帰ってきた。この時家にいたのは譲太郎伯父さんと家政婦の猿田さんだけで乃江美は菫咲学園の制服からベーシックな普段着に着替えて猿田さんと一緒に夕食の支度をする。だけど今日はいつもより具材が多かった。

 夕方七時半になり素子伯母さんが息子の陽司を連れて帰ってきたのだ。伯母さんは白いブラウスとサックスブルーのタイトスカートで陽司は東京の高校の制服をまとっていた。黒いパイピングブレザーに赤いネクタイ付きの白いシャツに灰色のスラックス、肩には着替えや教科書などを入れた大型のドラムバッグを提げている。伯父さんによく似た顔立ちに前髪を分けた少年が乃江美の従兄、倉橋陽司である。

 陽司が家に入ると猿田さんが出迎えて乃江美が料理を運ぶ。今日の夕食は手巻き寿司と鶏の煮物とポテトサラダといった陽司の好物である。陽司も制服から普段着のラグランTシャツとジーンズに着替えて五人そろったところで食べる。乃江美より四歳上とはいえ陽司は無愛想に見えた。

 夕食を終えて乃江美も皿洗いとチラとゾゾにあげる夕食の残りを小さいタッパに詰めて廊下を歩いていると、風呂上がりの陽司が歩いてやってきた。乃江美は小さなタッパを背中に回して自分の秘密を悟られないようにした。

「乃江美。菫咲学園に通ってんだって? あそこはおれが中学卒業まで通っていたところだからな。友達とか出来たか?」

 陽司が訊いてきたので乃江美は梢と舞風の顔を思い浮かべる。中にはデラツウェルク、乃江美に意地悪をしてくる浜金谷頼子とその子分もいたけれど。

「うん。梢ちゃんって子と、中等部の人だけど舞風さん。伯父さんと伯母さんからの習い事でクラブ活動でけへんけど、委員会なら……」

 乃江美は訛りと方言が入っていることに口元を押さえる。だけど陽司は無表情ながらも流してくれた。

「父さんと母さんは乃江美の方言や訛りに注意しているけど、おれはいいから。おれは父さんのすすめで東京の高校を受験して寮生活になったけど、同室の男子や他の同級生とは上手くやっているから」

「陽司兄ちゃんと同室の人って、関東地方以外の人とか?」

「まぁな。おれの高校じゃ東京住まい以外は寮生活者で中には沖縄出身もいる」

 陽司は自分が入った高校の暮らしを乃江美に教える。自分も似たようなものだ、と。乃江美は自分の寝室に戻ると、チラとゾゾに今日の夕食の残りを差し出す。それからサーゲストウォッチの青を机の左引き出しから取り出して見る。

(あと一人。あと一人でリノーマサーゲストがそろう。もしかしたら陽司兄ちゃん? そしたら陽司兄ちゃんは暁台にいることになっちゃうし、東京の高校に折角入れたんだから……)

 守要玉の最後の一つである〈賢水玉〉に選ばれる人間は誰か。出来ればこれから暁台にいられる人でありますように、と乃江美は願った。


 五月第一土曜日から春の大型連休、ゴールデンウイークに入り、親戚の家や旅行先の地へ行く家族、学校の友人と一緒にテーマパークやショッピングへ行く学校生もいれば、家の稼業が農家だったり商店や宿屋だったりと手伝いをする人もいる。

 乃江美の両親がいるオーストラリアでは日本と暦が異なるため一時帰国してくることはなかったが、乃江美は毎週日曜日に届いているノートPCの両親のメールを読んでいた。また乃江美も一週間ごとの出来事をオーストラリアの両親に送っていた。ただしルチェリノーマと闇の小人デラツウェルクやチラとゾゾの件や自分や学友が闇の小人の侵攻を阻止する光の小人の伝説の戦士であることは隠して。

 乃江美は昼食を食べて皿洗いを済ませると、ダンガリーのシャツワンピースから白地に虹色のマルチストライプのチュニックと黒いインナーとカーキのサブリナパンツに着替えて押し入れのタンスからサイケなミニリュックを出して財布やスマートフォン、チラとゾゾ、サーゲストウォッチを入れて赤いバッシュシューズを持って玄関へ向かおうとしたところ、縁側で猫のソウセキをひざにのせた陽司と出会った。

「おう、着替えてどこへ行くんだ?」

「ああ、友達と公民館のイベントに行くんがや。言ってなかったっけ?」

「そうなのか。おれ里帰りしても勉強と華道の稽古以外は暇だから、ついてきてもいいか?」

 それを聞かれて乃江美はいきなりの要求に動転するも、もし断ったら自分が困ると思ってつい返事をしてしまった。

「ええよ。陽司兄ちゃんが来ても、あたしは大丈夫がや」


 乃江美と陽司は公民館へ向かって町中を歩いていき、公民館行きのバスへ乗っていった。この日は雲がぽつぽつ浮かぶ晴れた空で、家の庭木や街路樹の葉が茂り、歩道を歩く老人や親子、道路には自動車が何台か走っている。陽司と乃江美はバスの座席に座って公民館に着くのを待っていた。

 やがて住宅の中に三階建ての小豆色の屋根にクリーム色の壁の小ぶりの学校のような公民館が見えてくると、乃江美と陽司は降車した。三丁目にある暁台公民館は暁台に住む婦人会のダンスサークルや絵画などの習い事を行う建物で、素子伯母さんも週三回の昼には和裁教室の講師となって通っていた。

 今日は暁台の十歳から十八歳までの少年少女が競い合うアナログゲーム大会で、参加者はすでに控え室におり、観客の子供たちも何十人か集まっていた。

「あっ、乃江美ちゃん」

 梢と舞風がそろって乃江美を見つけて声をかけてきた。梢は緑色のカーディガンと黒地に白い水玉のスカートの服装で、舞風はサワーピンクのフリルブラウスに水色のミニスカートに茶色のブーツの服装だった。

「梢ちゃん、舞風さん」

 乃江美は二人と合流できたと喜び、梢と舞風が陽司を目にする。

「どうも。乃江美の従兄の倉橋陽司です」

 陽司が二人にあいさつする。

「あら、乃江美。従兄まで連れてきたの? まぁ、いいけど」

「陽司さん、わたしあなたの華道作品知ってますよ。個性が強調されていて……」

「舞風さん、梢ちゃん。それは後でええがや」

 乃江美がそう促すと、四人は公民館の中へ入っていく。


 公民館の中で一人の少年が控え室を出て廊下の窓から空を見上げた。前髪を垂らした短髪に楕円型の眼、青いTシャツを重ね着してハーフパンツの服装。彼は今日のアナログゲーム大会に参加したのはいいが、何か物足りなさを感じていた。


 アナログゲーム大会は学校の教室より広めのレクリエーションルームで行い、大会参加者は部屋の中心の長方形状に並べたテーブルに向かい合ってゲームを競い、観客は壁側のパイプ椅子に座って見る形式だった。観客は乃江美一行の他、自分の兄弟や友達の活躍を見に来た十代の子が多かった。大会主催のゲームサークルの大学生がホワイトボードに参加者のトーナメント表を出してくる。トーナメント表の名前を目にして梢が声を出す。

「あら、今日の大会には智吉(ともよし)くんも出てたのね」

「智吉?」

 乃江美がその名前を聞いて尋ねてくる。

「うちの学校の六年一組の智吉澄季(ともよし・すみき)くんよ。アナログゲームが得意で〈アナログゲームの貴公子〉と呼ばれるほどの有名人なのよ」

「梢、乃江美は転校してきたばっかでそういうことは知らなかったのよ。見ればわかるわ」

 扉が開いてトーナメント参加者の八人がぞろぞろと入ってくる。その中に垂らした前髪に青い服の智吉澄季もいて、チラとゾゾも乃江美のリュックからそろりと顔を出す。

 第一戦はオセロで二人が競い合って勝った方が準決勝に行けるルールで、三組目の澄季は追い詰められたかと思いきや、相手の黒い目がやたらと長列だったのを利用して逆転し、準決勝のウノゲームでは相手の手の動きを目にして勝ち進み、決勝戦では過去三回連続優勝者と陣取りゲームでたいけつすることになった。澄季の対戦相手はやたらと長身の高三男子で、いかにも自分より経験の下の澄季を見下していた。

 菫咲学初等部の〈アナログゲームの貴公子〉と暁台ジュニアアナログゲーム三大会連続チャンプとの戦いが始まった。乃江美も澄季や他のゲーム競技を見てきたけど、澄季は他の参加者と違って川の流れのような雰囲気がすると感じた。時に緩やか、途中で深さを増させるような。


 所変わって乃江美たちがいる公民館の別室、配電室に一人の侵入者が忍び込んできた。といっても人間でもなく、窓ガラスを丸く空け、狭いけれど壁に部屋ごとの配電盤があるこの部屋に潜入したのだった。

「さて、始めるとするか」

 その侵入者は左腕を上げて指先をはじくと、配電盤の中のヒューズが一斉に切れたのだった。すると公民館の中の電力が切れてしまい、公民館内でサークル活動を行(おこな)っている人々やレクリエーションルームのゲーム大会の子供たちは突然電気が切れたことにざわついた。

「いきなり何なんだ!?」

 誰もが突然の停電にどよっとなり、いつもは無愛想な陽司も異変を察する。その上、乃江美たち三人が持っているサーゲストウォッチが反応を起こし、デラツウェルクの出現を報せるチキチキ音が鳴ると、乃江美と梢と舞風は皆に気づかれないように会場を抜け出した。

 それからサーゲストウォッチの敵探知の緑の絵文字盤が光っているのを目にすると、舞風は乃江美と梢に三手に分かれて探した方がいいと言った。

「わたしは一階、梢は二階、乃江美は三階を調べて」