「チラ、ゾゾ。初めまして。あたし、勇崎乃江美。乃江美って呼んでほしいがや」 乃江美はルチェリノーマの女王の使いである白ネズミのチラと緑縞トカゲのゾゾに向かってあいさつした。 「こちらこそよろしくね、乃江美」 「よろしく〜。だけど乃江美って、ここに住んでいる他の人間と違って訛りがあるよね。語尾高いし」 ゾゾに訊かれて乃江美は答える。 「あたしがしゃべってんのは愛知県っていう場所の三河弁ってやつがや。あたし生まれ育ちは愛知県の東あたりにある豊橋市で、物心ついた時から方言なんがや。だけど、お父さんとお母さんがオーストラリアって国に転勤が決まってじゃん、あたしは英語が出来へんから千葉県にいる伯父さんたちと暮らすことになったんがや」 「そうだったの……。でも伯父さんが置いてくれただけでも」 チラがそう言うと乃江美はそうでもないと答えてくる。 「そんなことあーへん。伯父さんは厳しい人で『女の子は淑やかで慎ましくないと』ってうるさいんがや。そんでな普段の服は質素で上品なのを求めてくっし、伯母さんや家政婦の猿田さんに家事をさせないであたしにもやれって言うし、学校終わったら習い事として華道と裁縫もやらされておるし……」 乃江美の今の生活を聞いてチラとゾゾは乃江美が不満そうだと知った。 「あ、ごめんじゃん。愚痴っぽくなっちゃって……。ところでルチェリノーマとデラツウェルクって何がや?」 乃江美はチラとゾゾに二組の小人の件について尋ねてくる。 「ああ、さっきも言っていた通り、この暁台にある違う次元から来た生命のことなのはさっき教えたろ? ルチェリノーマは古代から暁台に住んでいる小人の一族で今はパナケイア女王が治めている。だけども古代の予言の中に闇の小人の一団、デラツウェルクが現れて、ルチェリノーマと人間の平穏をおびやかす予言があって、それが今の状況なのさ」 ゾゾが乃江美にわかりやすいように教えてくる。 「ルチェリノーマの宝に守要玉っていう八つの宝玉があってルチェリノーマの国の王宮にあったんだけれど、守要玉の半分がデラツウェルクに奪われてしまったの。その時の王宮は大騒ぎになったけれど、予言の続きには守要玉に選ばれた伝説の戦士、リノーマサーゲストが現れると伝えられていたのよ。といっても、光の小人の国の住人ではなく人間なんだけどね。でも見つかって良かったわ。これでデラツウェルクの次の襲撃が起こっても大丈夫ね」 チラは乃江美に伝えた。乃江美はパーカーの胸ポケットに入っていた白い半透明に黄色の稲光と剣が重なった紋章のエンドウ豆ほどの石を取り出した。 「ところでチラとゾゾは野良犬に襲われた猿田さんの所へ向かう時、公園の鳩を操っていたけど、あれは何がや?」 乃江美はチラが公園の鳩を呼んで自分たちを現場へ乗せてくれたことを訊いてきた。 「ああ、わたしたちルチェリノーマは体が小さいから他の動物の力を借りて生活しているの。主に他の場所への移動や荷物の運搬にね。だけどデラツウェルクは違う」 「ああ、野良犬を操って猿田さんを襲ってたじゃん」 「そう。デラツウェルクは他の生き物を操って自分たちの兵にするんだ。もちろん小人たちの世界ではこれはタブー。他の動物を悪いことのために使うのは当然の罪。ましてや人間を操りなんかしたら……」 ゾゾが言いかけたところで乃江美の部屋の障子戸の向こうから声が飛んできた。伯母さんだった。 「乃江美ちゃん? もういい頃合いだからお裁縫の勉強の時間よ。あと十分の間に居間に来なさい」 「は、はい。ただ今……」 乃江美は素子伯母さんに返事をした。 「チラ、ゾゾ。わたし伯父さんと伯母さんからのお稽古は必ず受けなくちゃいけ編の。後で詳しいこと教えてがや」 「わかったわ。じゃあ、また後でね」 チラが承諾すると乃江美は公園に行っていた時のパーカーとデニムスカートからアーガイルのニットとシャツとチェックのスカートに着替えて、伯母さんのいる居間へと早足で歩いていった。 素子伯母さんは月曜日と木曜日には暁台の市民文化センターで和裁講座の講師を務めていた。乃江美は家庭科の授業で裁縫を受けていたけど、雑巾や台布巾、ボタン付けやほころび直しぐらいなら出来た。「裁縫は女のたしなみだから」と素子伯母さんは乃江美に裁縫を教えた。居間のこたつ机に座って乃江美は針と糸を動かして縫い方の練習を受けていた。 裁縫の稽古は夕方の五時に終わり、乃江美は一時間も経つと肩がこって正座の足もグラグラすることに感じたが、裁縫が終われば次の義務まで好きにすることに喜んだ。乃江美は裁縫でしびれた足を引きずりながら自分の部屋まで歩いていって障子戸を開けるとローテーブルの上にいるチラとゾゾを目にする。 「ただいま〜。小人にとっちゃ一時間は長かったよね?」 乃江美に訊かれてチラがこう言ってきた。 「いいのよ。それに乃江美がここを離れている間にゾゾと探しものをしていたから」 「探しものって?」 「乃江美の家とルチェリノーマの行き来の確認さ。さぁ、勇雷玉を持って、女王さまの所へ行こう」 「えっ? もう遅くなるぎゃ。今外に出たら伯父さんと伯母さんが怒るうえ、心配するし……」 ゾゾにそう言うと、また外に出るのかと乃江美はそう思ったが、チラは一たん部屋から出て廊下と縁側の障子戸から出るようにと促す。そしたら倉橋家の庭に出るのだが、どうやってルチェリノーマの女王の所に行くのかと首をかしげた。倉橋家の中庭は小さな芝生と渡し石のある池と池の左右に植えられた松と山茶花の木、そして石灯籠があった。乃江美は自分の部屋の押し入れのタンスにしまっていたお出かけ用のバッシュシューズを出して履いてチラとゾゾと一緒に庭へ出た。どこがルチェリノーマの国とつながっているのか見回しているとチラが教えてくる。 「さ、この石灯籠の足元の上に立つのよ」 よく見てみると石灯籠の足元に変わった形の模様が入っていた。乃江美が倉橋家に来た時からある模様はてっきりただの飾り彫りだと思っていた。模様は右に太陽で左に月、中心に小人の女王らしき彫りが施されていた。 「この石灯籠の模様がおったなんて知らんかったがや……。ここの足元に立てばええんじゃな?」 乃江美が石灯籠の足元に立つと、シャツのポケットに入れていた勇雷玉が模様に反応するかのように、黄金色の光が乃江美とチラとゾゾを包み込んだ。その光のまばゆさで乃江美はまたまぶたを閉ざしてしまった。空はすでに青と白々が重なった色になっており、太陽も朱色になって西に傾いていた。 「う〜ん、何度も光でまぶしくなるのもごめんだがや……」 乃江美が起き上がると、緑の芝生に赤や白や黄色のパンジーに似た花が咲く中庭の中にいた。周りは四角く囲まれているが、白い石の壁に青緑の屋根の宮殿だということがわかった。天を見上げると白とピンクが混じったような空で春の昼間のように暖かかった。 「ここはルチェリノーマの女王さまの宮殿よ」 チラの声がしたので乃江美は起き上がって、チラとゾゾの姿を目にして仰天する。 「二人とも、その姿は……」 チラは亜麻色の三つ編みで銀灰色の眼の人間の少女と同じ姿で、ゾゾは褐色のストレートヘアに萌黄色の眼の青年姿だったからである。 「これがわたしとゾゾの本来の姿よ」 「ぼくたちルチェリノーマが人間の住む処に出る時は小動物に姿を変えているんでね」 小人姿のチラとゾゾの衣装はルチェリノーマの民族風なのか、えりやすそや袖の縁に変わった形の織り方の布が施されていた。女子はブラウスとスカートと編み上げブーツ、男子はシャツとズボンとハイカットシューズでシャツやブラウスの上にジャケットやベストを着るようであった。 「さぁ、女王さまに会いに行きましょう」 チラに促されて乃江美は宮殿の中に足を踏み入れた。宮殿に入るには中庭に出入する綺麗な彫りの褐色の扉を開けて乃江美は暁台の町とは違った未知の域に入り込んでいった。 王宮の中は廊下だけも二十歩おきにスズランの形をしたランプがつり下がり、天井も壁もベージュで床はココアブラウン、窓枠も楕円の十字枠で部屋の扉は赤茶色で閉ざされていたが、今はその時でないと乃江美はわかっていた。 「ここが謁見の間。女王さまがいらっしゃるわ」 チラが謁見の間の扉に立つと、ゾゾが扉をノックして扉の向こうから声が飛んできた。 「どちらで?」 澄みきった女性の声だった。チラとゾゾは声の主に返事をする。 「女王さま、チラとゾゾが人間の町からリノーマサーゲストをお連れしました」 「どうぞ、お入りなさい」 すると扉が左右外側に開いて、謁見の間はドールハウスの小部屋を思わせ、天井や壁はラピスラズリで出来ており、天井の照明は金色のシャンデリア、床のじゅうたんは灰白色で、向かい合って座る椅子の右側には長い金髪に色白の楕円の顔に藍色の双眸、白地に金糸レースやフリルをあしらったドレスの女の小人が座っていたのだ。 「あなたがルチェリノーマの伝説の戦士となった人間の子ですか。初めまして、わたしはルチェリノーマの女王、パナケイア」 乃江美はパナケイア女王の神々しさに目がくらむも、標準語で上品にあいさつした。 「は、初めまして。わたしは勇崎乃江美、です」 語尾高い訛りが入ってしまうも、パナケイア女王は乃江美の訛りを気にせず椅子に座るように促した。椅子は丸みを帯びた背もたれ付きで手すりと脚は曲線美に造られていた。乃江美は丁寧に座り、乃江美の後ろにチラとゾゾが立ってかしこまる。 「チラ、ゾゾ。連れてきてくれてありがとう。乃江美、これからちゃんと聞いてね。あなたには他の戦士を見つけ出してほしいのです」 パナケイア女王の言葉を聞いて乃江美は耳を傾ける。これは重要な話だ、と。 「闇の小人、デラツウェルクが人間の住む所に進撃を仕掛けてくるのは初耳ですか?」 「あ、それは女王さまの所に来る前にチラとゾゾから教えてもらいました。デラツウェルクは人間を操って人間たちのいる処に侵攻しようとしている、ってことを。あと、あたしの他にもデラツウェルクと戦う戦士って、どうやって探すんですか?」 乃江美がパナケイア女王に尋ねてくると、パナケイア女王は乃江美に守要玉を持っているか訊いてくる。 「勇雷玉は持っていますよね?」 「あ、はい。確か小人になると、エンドウ豆ぐらいのがあたしの頭と同じ大きさになるんでしたよね」 乃江美は小人になった時にシャツのポケットの勇雷玉が乃江美の小人化で乃江美のニットとシャツの間に挟まっていたことに気づく。ニットの襟ぐりから勇雷玉を取り出すと、更にパナケイア女王はクリスタルガラスの呼び鈴を鳴らし、謁見の間に二人の小人が入ってくる。一人は暗緑の燕尾服の老人で灰色の髪をオールバックにし、銀のクロッシェをかぶせた盆を持ってきた。もう一つは赤茶色の髪を後ろでアップにした長袖のえんじ色の質素なドレスの女性で、人間で言えば五十歳ぐらいで、こっちもクロッシェ付きの盆を持っていた。 「執事のモルといいます」 「女官長のプッチアといいます」 「は、初めまして、勇崎乃江美です」 乃江美はモルとプッチアにあいさつする。 「モル、プッチア。例の物をお見せして」 女王に促されてモルはクロッシェを外し、乃江美に一つのアイテムを見せる。白地に金縁の掌に入る程の携帯時計のような物であった。乃江美はそれを手に取り、文字盤はアナログ式で時計のある方は丸く下は尖った二又状であった。 「これは何ですか?」 乃江美が尋ねてくると、パナケイア女王は乃江美に使い方を教えてくる。時計のボタンを押すと二又状の部分が左右に開いて、四つの絵文字盤が入っており、その中心のくぼみに勇雷玉を入れるようにと教えると、勇雷玉はそのくぼみの大きさに沿って納まったのだ。 「これは伝説の戦士が持つ、サーゲストウォッチです。左上の青がルチェリノーマの王宮との通信、左下の緑がデラツウェルクの探知、右上の赤が戦士になる時の紋章、右下の黄色がルチェリノーマの国に行く時の認証。暁台の中にあるルチェリノーマの紋章と合わせれば行けますよ」 「はー……、ありがとうございます」 「あとこれもお願いします」 プッチアがクロッシェを外すと乃江美のと同じサーゲストウォッチが三つ並んでいた。緑とピンクと水色である。 「ルチェリノーマの元に残った守要玉が納まったサーゲストウォッチです。中の守要玉が導いてくれるでしょう」 「あの……他の三人をあたしが探すんですか。でもどんな人がリノーマサーゲストになるのか……」 乃江美が呟くと、チラとゾゾが言ってきた。 「わたしたちもいるわよ」 「ぼくも乃江美の仲間探しに協力するよ」 パナケイア女王は二人に言った。 「では頼みましたよ。デラツウェルクの侵攻阻止と奪われた四つの守要玉の奪還を」 そして謁見が終わると乃江美は女王から渡されたサーゲストウォッチの右下の盤を触り、チラとゾゾと共に金色の光に包まれてまぶたを閉ざし、乃江美は元の大きさに戻っており倉橋家の庭の中に立っており、チラとゾゾも白ネズミと緑縞トカゲの姿に戻っていた。空はもっと深い紫色になり、日も西に半分沈んだところだった。 「そんじゃあ、仲間探しとデラツウェルクとの戦いに勤しむがや」 乃江美はチラとゾゾにそう告げると、伯父一家の元での堅苦しくて慎ましすぎる日々が少しでも活気が上がれば、と喜んでデラツウェルクとの戦いに向けていくことを誓ったのだった。 |
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